複雑・ファジー小説

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花と愛と毒薬と {episode}
日時: 2015/01/28 23:50
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 1年弱の長い執筆がようやく終わりました。
 執筆中、朝倉疾風から夜多岬に名前を変更しました。これからもし、また新しく書くときは、この名前ですので、お見かけした際はお声をかけていただけると嬉しいです。

 小説というにはあまりにも拙く、私の私的感情を爆発させるため書いているようなものですが(所謂ストレス発散)……。
 読んでいただき、ありがとうございます。
 暇な時間があれば、また、ふらっと現れます。
 どうぞその時は、「ああ、またこの人書くのか……」と、呆れながらも読んでいただけると幸いです。



(本編)
執筆開始 2014年 2月5日
執筆終了 2015年 1月25日





 ○現在、完結後の「彼女たちの物語」を書いております。本当は書くつもりはなかったのですが(ただいま実習中)、暇なときにちょこちょこやっていくつもりです。懲りずに(笑)
 ○あと、Twitterをまたまた始めました(既に4回消してる)。IDは@moto_asakuraです。ゆるゆる始めます。いろいろと。



(彼女たちの物語)
執筆開始 2015年 1月28日





    夜多 岬 (元 朝倉疾風)




Re: 花と愛と毒薬と ( No.54 )
日時: 2014/08/17 20:59
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)


 水音が部屋に響く。快楽を追うために必死で腰を動かしたが、当然のように心はまったく満たされない。半ば機械的に律動させていたが、常磐が少しでも抵抗する素振りを見せると、遠慮も容赦もなく激しく突いた。恐怖とショックからか、挿入する際に常磐が嘔吐し、辺りに酸っぱい胃液の匂いが立ち込めている。不快だったが、それよりも粘ついた体液がシーツに落ちることの方が耐え難かった。
 こんなに気持ちの悪いものだったか。女を抱くことは。
 甘い声など到底出るわけもなく、口を開けば、苦痛にくぐもった声と「たすけてたすけてたすけてたすけて」という小さな悲鳴だけ。
 ふうー……と長く息を吐いて、目を閉じる。
 そこに帆乃香を思い浮かべた。
 彼女を自分から遠ざける者は排除しなければならない。
 学校に通う?入院させる?冗談じゃない。笑い話にもならない。
 帆乃香の目に映るものは、すべて、秀一だけでいい。
 狂っていると思う。おかしいという自覚もある。異常だ。

「イくから。口開けろって」

 顎を掴んで強引に口を開かせる。銀歯が見えた。引い抜いたものを擦り、喉奥に向かって射精する。白と白が混ざって、ドロドロだ。テーブルの上に置いてあった携帯で、常磐の醜態を写真に撮る。何枚も何枚も。

「アンタが話聞きたがってた前の担任って、こいつのことかな」

 虚ろな目をしている常磐が、秀一の携帯を見て、顔色を変えた。
 そこには陰部から血を流し、口にタオルを詰め込まれ、陵辱を受けている女性の姿が映っていた。
 教師職から退いたと聞かされていたが、まさか同じ目に合っていたとは。

「帆乃香に近づこうとしたんだよ。アンタみたいにさ。たまたまあの日だったらしくて、そこらじゅうが血だらけ」
「さ…………ッ、さいあく…………」
「最悪?ああ、俺は悪かもねぇ」

 平然と服を着ながら秀一は裸の女を見下ろした。目を合わせるだけで常磐の震えはいっそう酷くなり、一歩でも近づけば「近づかないで」と枕を投げてくる。

「け、警察に言ってやる…………警察に、言って、アンタもおしまいだわ。アンタはあの子の傍にいたいみたいだけどね、ははははっ、警察に言ったら、アンタは逮捕、逮捕されるのっ、きゃーはっ、ああああっ、あああああああああッ!」

 自分に起こったことを思い出して気がふれたのか、常磐が髪の毛を毟り出す。そして再び嘔吐した。叫び、嘔吐し、叫ぶ。その繰り返し。過呼吸を起こし、息がだいぶ荒くなる。手足が痺れ、頭痛が酷くなる。狂ってしまいたいと思っても、最悪なことに頭は正常だった。
 自分は強姦されたのだ。
 下半身が鈍く痛む。この世界から消えてしまいたかった。目の前の男から逃げたかった。けれどこの状態では無理だ。意識が遠のく。

「彼女でも、試してみたいなぁ」

 声がした。子どもの声だ。
 この際子どもでもなんでもいい。この場から助け出してくれるのなら、誰だって────
 そこでぷつりと常磐の意識は途切れた。






Re: 花と愛と毒薬と ( No.55 )
日時: 2014/08/23 16:40
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 どのくらい時間が経っただろう。
 目を開けると先ほどとは違う部屋にいた。ぬいぐるみがたくさん置いており、ベッドの上には衣類が粗雑にほっぽり出されている。それらを見るにこの部屋の持ち主は少女だろう。ぼんやりとそんなことを考えていたが、自身の姿を見て顔面が蒼白になった。
 下着類は何も身につけておらず、膝の上には裏返しになったジーンズが乗せられていた。服はキャミソールを着ているだけで、整えていた髪の毛もぐしゃぐしゃだった。ソファに座っているが、ここまで誰が連れて来たのかはわかっている。南野秀一という男だ。
 自分の身に起こった悪夢のような出来事を必死で忘れようとする。が、無理だ。そんなこと到底できるわけがない。悔しさと恥ずかしさより、あの時この屋敷に入らなければよかったという後悔と自責の念が生まれて、涙とともに流れる。体の震えが未だに止まらない。叫んで狂ってしまいたいほど、喉奥はひくついていた。
 まだ屋敷の中だ。手足は拘束されていないから、外には出られる。
 しかし歩こうとすれば激しく下半身が痛み、ついでに眩暈と吐き気も襲ってくる。とてもではないが、立てられる状態ではない。
 どうすればいいのか。警察を呼ぶか。しかし荷物が見当たらない。
 混乱しきって完全に頭の回転が止まってしまいそうになったとき、部屋の扉が開く音がした。恐怖でそちらへ向けない。体が硬直する。こちらへ近づいてくる足音が大きくなるたびに、腹の中の胃液がせり上がりそうだ。
 ぽんっと肩に手を置かれる。悲鳴を上げてしまいそうになったが、なんとか堪えた。反射的に振り返る。そこにいたのは帆乃香だった。
 帆乃香の小学校時代の写真を見ていたため、その少女が帆乃香本人だと気づいた。
 
「あなたが常磐さん?」

 帆乃香が微笑みかける。表情は可憐だが、どこか人間味が欠落しているようだった。戸惑いながらも常磐が頷く。その直後に自分の姿を思い出し、両手ではだけている前を隠した。なんということだ。教え子にこんな醜態を晒すなんて。そう思っても、ショックが大きすぎて帆乃香にでさえ縋りつきたい勢いだった。

「可哀想に。秀一にやられたの?」

 耳元でそう囁かれる。驚いて声すらも出せなかった。すべてお見通しだという様に帆乃香は優しく常磐の頭を撫でる。そしてゆっくりと前から抱きしめた。気のせいだろうか。ほんのりと花の香りがする。子どものようにその腕の中であやされる。この状況が理解できず、常磐は何も言えなかった。

「彼はとても孤独でね。わたしがいないと干からびて、土に還っちゃう。だから怒っちゃうんだよ。わたしがいなくなると、すぐに怒っちゃう」
「それで…………前の先生にもこんなことしたの……これって、犯罪よ……っ。わかってるの?」

 言っているうちに常磐はあることに気づく。南野秀一がとんでもなく狂っているということはわかった。ならばこの子は、益田帆乃香は南野秀一に心的な影響を受けてしまっているのではないかと。秀一は女性に簡単に手をあげ、あまつさえ強姦するような男だ。帆乃香が学校に来ないのも、おかしな言動をとるのも、すべてあの男がそうさせているのではないか。だとしたら虐待だ。
 自分を抱擁している腕を解き、帆乃香の肩を掴む。
 真剣な眼差しで少女を見つめた。

「もしかして、益田さんもあの男に脅されてるの?」
「え……?」
「あいつは、あいつはね、酷いやつよ。わたしにこんな、こんなことして……益田さん、一緒に警察に行きましょう。あんな男と一緒にいたら、なにされるかわからないから。一緒に逃げましょう。ねっ」

 必死だった。力の加減がわからずに爪で帆乃香の腕に傷をつける。
 しかし帆乃香はゆっくりと首を横に振る。

「どうして?あの男にせ、洗脳とかされてるの……?先生と一緒なら怖くない、からっ」
「常磐さんはなにか大きな勘違いをしているんだと思うな」

 帆乃香の言葉に腕の力が少し弱まる。その隙に帆乃香が常磐の左乳房を鷲掴みした。人間味が無く空っぽにも近い、ただ美しいだけの顔が近づいてくる。
 この感覚はなんだろう。
 恐ろしいはずなのに。花の香りがして、どこか安心させられる。甘くて吸いつきたくなるような、蜜めいた香りだった。

「あの子はね、わたしのものなんだよ。絶対に誰にも渡さないし、誰からも奪えない。逃がしてなんかやらない。逃げるとしたら…………まずありえないだろうけれど、秀一がわたしから逃げるよ」

 言っている意味がひとつも理解できなかった。この少女は何を言っているんだ。あの強姦魔に脅されているのか。益田帆乃香という人間がわからなくて、常磐の思考がついていかなくなる。もともと追いついていたわけではないのだが。

「秀一は言うの。自分のことをまるで蝿みたいだって。ゴミ溜めの中でうじゃうじゃ湧いて、そのくせどこかで綺麗なものを求めてる、強欲な蝿だって。あの子が求めているのはね、わたしなんだよ。わたしはあの子にとっての花なの」

 だけど、と。
 ぞっとするほど妖艶で冷たい、影のある微笑みを浮かべる。

「あの子を毒して冒しているわたしは、毒薬なのかもね」

 そのとき、今まで細い弦のように張り詰めていた常磐の何かが、プツリと切れた。
 言い様のない感情が溢れて止まらない。
 常磐は思った。この少女に出会うべきではなかった。関わるべきではなかった。この少女は人の心の隙間に入り込んで、そこから毒を吐く。心で相手を毒して、夢中にさせて、落としていく。彼らのいる暗いところまで。
 常磐の目に涙が浮かぶ。
 男に強姦されたいま、目の前にいる少女に献身的な思いが募る。もう自覚しざるを得なかった。
 自分も帆乃香の持つ毒薬に冒される蝿の一匹にすぎないのだと。

Re: 花と愛と毒薬と ( No.56 )
日時: 2014/08/28 14:21
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 二週間後、常磐麻昼の遺体が自宅で発見された。
 連絡が取れず、心配した同僚の職員が自宅を訪ねたところ、鍵のかかった自室で首を吊っていたらしい。部屋にはそれまで無かった大量の花がベッドや床を埋め尽くし、悪臭を放っていたという。花の中で汚物を撒き散らしながら息絶えている常磐を想像すると、吐き気と悪寒が秀一を襲う。
 間違いない。帆乃香が誘ったのだと確信した。
 テレビを消し、静かになった部屋で一人考える。あのサイトもまずいのではないかと不安になった。秀一がつくった悩み相談を書き込むサイト。裏では自殺サイトとなっている。全国の人間が見ることのできるものだ。今はまだ公にはなっていないが、既に帆乃香に唆された自殺者が何人もいるはずだ。この前のローカルニュースでも「会いたい」と遺書に残した自殺した男性の報道がされていた。サイトを通じて帆乃香に心酔した輩がいるということだ。
 自分と同じ蝿が何匹もいると考えるだけで虫酸が走るが、遊び半分に潰されているのだと思うと哀れにも思えてくる。 
 そんなことよりも、サイトの存在がバレたら面倒事になりかねない。死を崇める宗教じみた団体がいるのではないかと週刊誌は煽りに煽って書きたてていた。自殺の遺書が家族宛ではなく、何者かもわからない相手に送られているものなのだから、不審に思うに決まっている。
 一刻も早く帆乃香の悪趣味な遊びを終わらせなければならない。
 そう秀一が焦りを感じ始めていた矢先、帆乃香は一人の少年を気にかけるようになっていた。




 自転車の漕ぎ方なんて知らない。持ってすらいない。そんな帆乃香が一人で出かけられる範囲は限られている。徒歩でせいぜい15分。それも人気のないところ。その日はいつもどおり昼過ぎまで熟睡して、夕方から日が落ちるまで滅多に人が立ち寄ることのない公園にいた。手入れされていないため、雑草が伸び放題で足にあたってチクチクする。二つある錆びれたブランコは鎖を握るだけで、手の平が鉄臭い。血の匂いみたいだ。
 帆乃香の隣のブランコには少年が座っていた。学校帰りなのかランドセルを近くに置いている。制服はどこか汚れていて、なんとなく不潔だった。顔立ちは黙っていれば一瞬性別がわからないほど綺麗で整っている。しかし子どもらしさを欠いた瞳は虚ろげで、心を閉ざすというより、もともと心がそこに無いかのようだった。

「マヤ、一緒に死んでくれる?」

 少年は帆乃香の言葉に耳を傾ける。心中を誘う彼女の声は甘く、くすぐるようだった。不思議な人だと思った。最初に出会った時から。彼女はこの世界のどの人間よりも壊れていて、消えてしまいそうだった。今もこうして自分と会話していること自体に違和感を感じてしまう。夢の中で帆乃香と会っているのではないかと疑うほど、彼女の存在は曖昧だった。
 返事をしないでいると細い指で軽く頬をつねられた。
 間抜けな顔をして少年が唖然としていると、帆乃香はむすっとした顔で、次は彼の髪を引っ張る。遠慮というものを知らないのか、かなり痛い。

「ちゃんと聞こえてるのかなぁ」
「い、痛い、痛いよ…………」
「答えなさーい」
「口先だけの約束なんてできないよ。ぼくがその約束を覚えていても、帆乃香は忘れちゃうかもしれないじゃないか」

 言われて、それもそうだと帆乃香は納得し、考える。考えて考えて、そして自分と他人とを結びつけるための方法なんて、一つしかないと気づいた。
 手を離して、まっすぐに少年の瞳を見つめる。先ほどまでの幼稚な雰囲気ではない。日が溶け落ち、闇が訪れる。相手の表情が陰りを増す。
 少年の視線が不意に彼女の首元に移される。白い首筋には赤い花が咲いたように、綺麗な痕が浮き出ていた。無意識に手を伸ばしてそこに触れる。冷たくて柔らかい。

「…………わたしに触ってみたい?」

 いたずらっぽくそう問われ、少年は躊躇いがちに頷いた。
 帆乃香はブランコから降りて、その小さな体を抱きしめる。戸惑う少年の弱さに、するりと、簡単に入り込む。秀一にしたのと同じ様に。
 草の匂い。風のぬるさ。近くで感じる人の存在。それは確かに安心できるものではあった。

「ねえ、これできみとわたしは共犯だよ」

 帆乃香の右手が少年の下半身を撫でた。少年は困惑の表情を浮かべるが、怖くはなかった。彼女はすぐそこにいる。殺せる距離にいる。もしもなにか嫌なことをされたら、その喉を締め上げればいいのだ。
 舌で唇を舐め取られる。
 少年は初めてキスをした。
 息ができない。しかし唇を離すことはしたくなかった。自然と鼻呼吸になり、後は夢中だった。これは夢に違いないから、今だけは道を踏み外してもいい。そう惑わせるほど濃厚な時間が流れる。

「わたしを置いて、一人で行かないでね。わたしときみは二人で一つなんだから」

 視線が交じり合う。帆乃香の手の動きは休まらない。高揚していく少年を眺め、帆乃香は心の奥底で思う。
 決してマヤを手放さないと。そのためならどんなことでもしてみせると。
 小さい帆乃香の手の中で、幼い少年は精通をむかえた。


Re: 花と愛と毒薬と ( No.57 )
日時: 2014/08/30 22:49
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)



「下着が濡れて気持ち悪いでしょ。わたしの家においでよ。お着替え手伝ってあげる」


 言われるがままに手を引かれて、着いたところはこの前の屋敷だった。既に辺りは暗くなっており、涼しい秋風が肌を撫でる。若干寒いくらいだ。屋敷の外観の印象は昼と夜とで全然違っていた。花が咲き乱れ、そこらじゅうに濃い香りがする。しかし街灯のないところにポツンと建っているため、玄関先の灯りだけで見れば、花のシルエットが不気味なものに思えた。帆乃香に裏口を案内され、少年は屋敷の中に入った。

「こっちだよ。秀一に見つからないでね。たぶんご飯の用意をしてるかなって思うから」

 数回頷く。一度見たことのある秀一という男は、どことなく嫌な雰囲気を持っていて、好きにはなれなかった。帆乃香たちは足音をたてないようにそっと歩き、階段を登って、二階へ向かった。この時間帯なのに家の人とすれ違わないことに疑問を感じたが尋ねることはしなかった。腕を握る帆乃香の手は冷たい。下着が気持ち悪くて、歩くたびにぞっとした。
 連れて行かれたのは風呂場だった。タオルと女物の寝巻きを出され、唖然としていると、遠慮なくシャワーから水を出される。冷たくて身を捩っていると、強引に頭に水をかけられた。

「服がっ、濡れるっ」
「早くして。3分で出てきて。その間にわたしがパンツ洗ってあげるから。脱いで」
「え、ええっ」

 嫌がる素振りを見せたが、既に下着をズボンごとずり下ろされていた。驚いて変な声が出そうになったが、ピシャッと風呂場の扉を閉めて、帆乃香が出て行ってしまった。一人残された風呂場で呆然としていたが、流れ出る水の音で我に返る。
 このままここに来て良かったのか、少年には判断しかねなかった。あの少女に関わっていいのかも。

「…………これを着るのか」

 風呂から出て、用意された着替えを見て、少し落ち込む。女みたいな顔をしていると自覚はあるが、女装の趣味はない。しかも下着着用無し。ものすごい抵抗感はあるが、いきなり家の人がここを開けて鉢合わせするのも嫌だ。もそもそと着替えて、鏡を見てげんなりしていると、勢いよく扉が開く。自分でもわかるほど心臓が飛び跳ねた。相手が帆乃香だとわかり、ほっとする。

「似合うね、マヤ」

 全然嬉しくない。むすっとした顔の少年を見て、帆乃香がおかしそうに笑う。なにがそんなに面白いのか怪訝そうに首を傾げていると、頭をそっと撫でられた。普段されない行為に少し戸惑う。

「わたしの部屋に行こうか。下着は乾かしてあるから」





 そこから先は少年にとってひどく記憶が混線する体験となる。
 部屋に着いて真っ先に帆乃香がとった行動は、泣き喚くことだった。いきなり子どものように泣き出した帆乃香を見て、ぎょっとしたが、そのままにしてもおけない。崩れて床に頭を伏せて慟哭する細い身体を、震える手で撫でた。先ほど帆乃香が自分にしてくれたように。
 なにが起きたのか理解できず、少年は声をかけることもできなかった。どうしよう。焦りで徐々に口の中が乾いてくる。泣き声は苦手だ。耳にキンキン響いて、聞いているこっちが泣きたくなる。
 そのまま時間だけが過ぎていく。このまま終わらないのではないかと不安になったその時、「んがあっ」奇声をあげて帆乃香が少年に襲いかかった。
 完全に無防備だった少年は突然の奇襲に身構えることすらなく、受身もとれずに床に倒れる。馬乗りになった帆乃香はギラギラとした獣のような目で少年を見下ろした。

「わたし、最初に会ったときから、一緒に死ぬのはきみだって決めてたんだぁ」

 嗚咽で溶けそうな声。
 言葉の真意を噛み締めるまで時間がかかりそうだった。

「ねえ、世界に愛されているんでしょう?前にマヤはそう言ったよね。わたしも愛されたい。だから、愛してよ。マヤ、わたしを愛して」
「なに言ってるんですか。あんた、ちょっと変だ」
「雨が降って洪水になって、お腹パンパンになるくらい水を飲んで、溺死しちゃうのってどう?でもそれじゃあ、全然美しくないよね」
「なんだよ、あんた」

 少年の言葉を無視して、帆乃香は続ける。

「ときどき自分がなんなのかわからなくなる。花?毒?それとも化物なのかな……。どっちでもいいや。死ねるのなら、もう、なんだっていい。でもね、どうせ死ぬなら、綺麗に死にたいの」

 それが帆乃香の願い。
 花のように、すべての人の心を毒す、死体になりたい。

「ねえ、マヤ。わたしと綺麗な死体になろう。そして愛してくれた世界を裏切ろうよ。それが復讐になるんだよぉ」

 甘ったれた口調。涙で濡れた頬を少年の頬に擦りつける。そのまま流れでキスをした。人間の理性が崩れるなんて簡単なことだと、もう帆乃香は知っている。相手が子どもだろうが関係ない。
 キスをしながら、そっと。服のポケットから隠し持っていたカッターナイフを取り出す。痛みと恐怖と快楽さえあれば、自分のものにできる。制御できない感情を与える人物が、すべて帆乃香なのだと思い知らせることができるから。
 口角を上げながらこれから先起こることを想像して、帆乃香の肌にうっすらと鳥肌が浮き出る。
 あの日────南野秀一がこの屋敷に初めて来た日のように。

Re: 花と愛と毒薬と ( No.58 )
日時: 2014/09/01 20:46
名前: 八朔 ◆KyMuo3h4jg (ID: AdHCgzqg)

いきなり失礼いたします!
八朔と申すものです。
大会銀賞本当にあめでとうございます!!
貴方様の作品は前々から読ませていただいていたのですが、入賞されたと知り身の程知らずながらコメントさせていただきました。

この作品は人の歪な人間関係や妙に現実じみたものがあり、ファンタジーとは違った面白さがあって更新されるたびにどんなことがおこるのだろうとワクワクさせながら読んでいます!

帆乃香さんや秀一さんがどのような道をこれから歩んでいくのかを楽しみにしています!


それでは失礼しました。


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