複雑・ファジー小説
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- 花と愛と毒薬と {episode}
- 日時: 2015/01/28 23:50
- 名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
1年弱の長い執筆がようやく終わりました。
執筆中、朝倉疾風から夜多岬に名前を変更しました。これからもし、また新しく書くときは、この名前ですので、お見かけした際はお声をかけていただけると嬉しいです。
小説というにはあまりにも拙く、私の私的感情を爆発させるため書いているようなものですが(所謂ストレス発散)……。
読んでいただき、ありがとうございます。
暇な時間があれば、また、ふらっと現れます。
どうぞその時は、「ああ、またこの人書くのか……」と、呆れながらも読んでいただけると幸いです。
(本編)
執筆開始 2014年 2月5日
執筆終了 2015年 1月25日
○現在、完結後の「彼女たちの物語」を書いております。本当は書くつもりはなかったのですが(ただいま実習中)、暇なときにちょこちょこやっていくつもりです。懲りずに(笑)
○あと、Twitterをまたまた始めました(既に4回消してる)。IDは@moto_asakuraです。ゆるゆる始めます。いろいろと。
(彼女たちの物語)
執筆開始 2015年 1月28日
夜多 岬 (元 朝倉疾風)
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.33 )
- 日時: 2014/05/05 23:41
- 名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
- 参照: http://ameblo.jp/xxxoo-nico
ずいぶんと長い時間、ぼくらは布団の中で絡み合っていた。裸になったとき、寒くて鳥肌がたっていたけれど、終わったあとは息も乱れていて、体も火照っていた。ぼくの胸に顔を埋めているカオリからは女性独特の匂いと、花の香る匂いがする。体液が乾いた指はぱさついていて、擦るたびに匂いがより濃くなる気がした。
時計を見ると昼だった。学校をすっぽかして朝からなにやってんだと、自嘲気味な笑みがこぼれる。暇な手でカオリの頭を撫でていると、彼女が小さくくしゃみした。裸のままだと風邪をひくからと、部屋の暖房のスイッチを入れる。
携帯はどこだっけと思い返して、学校に放置したままのカバンの中だと気づく。腕の中で大人しくしているカオリに、ぼくとしてもあまり乗り気ではない提案をしてみた。
「昼から学校行こうか」
「……体がだるいのに」
「カバン、学校に置きっぱなしだし。ただでさえ問題児として見られてるんだから。無断欠席くらいは控えようかなって」
「それは真矢だけでしょ」
授業を真剣に聞いている素振りもないのに、カオリはそれなりに普通の成績をとっている。頭の出来が違うのか、それともぼく自身、留年という危機感がないだけなのか。高校くらいは無事に卒業してくださいよと母さんからは成績表を渡すたびに言われる。まあ、できれば十代のうちに死んでおきたいので、無事に卒業することはないだろうけれど。
カオリの細い腰から尻にかけてを丁寧に撫でると、くすぐったそうに身を捩らせた。シーツはふたりの汗と体液を吸い取って、少し湿っている。こんな時間も悪くないなと思った。
「あいつになにか言われたの?」
小さい声でカオリが聞いてきた。
「あいつ?……ああ、南野さんか。べつになにも言われてないよ」
「ああ、そう。……真矢がああいうふうになるのって、少し珍しかったから。ちょっと動揺した」
「ごめんね。こんなことさせて」
べつにかまわない、とカオリは首を横に振る。吸い付く肌に指を這わせる。猫みたいな仕草でカオリが自身の目を擦った。
怠い体を起こし、ベッドから出る。素っ裸のまま風呂場へ行って、シャワーを浴びた。カオリの使っているシャンプーを使うせいか、よりいっそう彼女を間近に感じられて嬉しい。ぼくって匂いフェチだったのか。
風呂場から出て髪をタオルでガシガシと拭きながら部屋に戻ると、カオリが無言で頷き、続いて自分もシャワーを浴びに行く。その間、ぼくはテレビをつけて、冷蔵庫の中を漁る作業に取り掛かる。どうせ過保護な南野さんがなにかしら作ってくれてるんだろう。小さい冷蔵庫を開けて、中を確認してみる。タッパーには少量だけれどおかずが詰め込まれていた。麻婆茄子か?ほのかにニンニクの匂いがしてくる。生卵があるから、卵かけご飯でいいかなと安易な方を選んでしまう。カオリも食が細いから、べつに文句は言わないだろう。
ソファに座って食べていると、カオリがこちらにやってきた。髪は濡れて湿っている。服は制服ではなく、学校指定のジャージだった。なにを食べてるのと聞かれたので、卵かけご飯だと答える。興味もなさそうに台所の方へ行く。どうやらお気に召さなかったらしい。
そそくさと食べ終えて、カオリの部屋に戻り、床で若干シワになっている制服に着替える。
台所へ行くと、カオリが牛乳をパックからそのまま一気飲みしている真っ最中だった。お行儀が悪いと思いつつ、口元から垂れている白い筋をじっと眺める。
「終わった?」
飲み干したようなので声をかける。
ぺろりと口の周りのおひげを舐め取り、カオリが頷く。その仕草が子どもみたいで可愛らしかった。
※
見知らぬ男子高校生とチャットをし続ける毎日が続いている。休まずに指を動かしながら、昔、一緒に死のうと約束した「お気に入り」の少年と雰囲気が似ていると思った。
ほくそ笑みながら、画面越しに彼と会話する。
文字だけの会話だけれど、それだけでMは十分だった。
いつもなら相手を自殺に導くだけで終わるけれど、今回はどうしようと少し悩む。この人なら自分と一緒に死んでくれるかもしれない。死に場所は近くの公園の花畑の中だと決めていた。そこでなにかしらの方法で息絶えて、死んでもなお、美しいままでいようと。
Mは軽快に指を走らせ、彼に言葉を送る。
一緒に死んでほしいと。
しばらくすると、向こう側から返事がきた。
その返事を見て、Mは子どものような笑みをこぼす。
世界にさよならを言う日がやっときたのだ。
※
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.34 )
- 日時: 2014/05/09 22:09
- 名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
- 参照: http://ameblo.jp/xxxoo-nico
学校に行くと数学の授業の真っ最中だった。
クラス中の視線が磁力で集まってくる砂鉄みたいだ。教師も困り顔でぼくとカオリを交互に見ていたが、「遅刻だぞー」とだけ言って、何事もなかったかのように授業を再会する。黒板を見たけれど、数字とアルファベットが並んでいて、ちんぷんかんぷんだった。なんだあれ。あんなの習ってたか?
自分がかなり遅れていることを悟って、これは期末テストは赤点だなと確信する。テスト範囲は…………一応、粟島に聞いてみるか。
自分の机に引っ掛けてあるカバンを手にとって、「…………」このあとどうしたもんか。授業を受ける気なんてさらさらないけれど、荷物を取りに来て帰るだけなんて、学校をナメていると思われかねない。
とりあえず席に座ってみる。
カオリはなにしてるんだろうと、すぐ後ろを振り返る。
皆が制服のなか、ひとりだけジャージ服のカオリは、それなりに目立っていた。
「益田、なんでジャージなの」
ぼくの左斜め前に座っている粟島が不思議そうに声をかけてくる。
周りの生徒がギョッとした顔で粟島を見ていたが、本人は毛ほども気にしていない様子だった。カオリが答えるわけがないので、代わりにぼくが答える。
「ジャージの方が楽だからじゃないかな」
「ダサいけどね。あのあと大丈夫だった?」
「大丈夫だったよ。どーもね」
こいつ、いいやつだな。
人の親切には警戒してしまうけれど、粟島の気遣いは自然に心に染みていく。こいつだけ態度が変わらないせいか。ぼくたちの暗いところを垣間見ても、粟島のいる場所は変わらない。そこから一歩も動かずに、ぼくらを見ている。立っている場所は違いすぎるのに、彼女の視線は対等だ。それは対等であるはずなのに、ぼくからするととても眩しい。
キラキラ、してる。
羨ましいとさえ思う。
「ノートあとで見せてあげようか。益田も塚原も…………益田は大丈夫かな。でも塚原は毎回、赤点ギリギリだから」
「余計なお世話だと突っ張ってやりたいけれど、ものすごく助かる。解説付きだとすごく嬉しい」
「りょーかいだ」
教師が咳払いをする。前を向けと粟島に注意を促したのだろう。粟島はつまらなさそうに教師を見て、また体を前に向けた。頬杖をついて、長ったらしい方程式の解き方をじっと聞いている…………んだと思う。粟島も勉強がそんなにできるわけじゃないから、もしかしたら全然関係のないことを考えているのかも。ぼくみたいに。さすがにどうやって死のうかとか、そんな後ろ向きなことは考えてないだろうな。
授業が終わる数分前、廊下を他のクラスの生徒がぞろぞろと歩いてくる。移動教室だったらしく、静かだった廊下が少し賑やかになる。「まだ他のクラスは授業中だぞー。静かにしろー」と男の先生の野太い声がした。そのおかげで声が止み、ペタペタという足音だけが響く。
その中に、視線を感じた。
さっきぼくとカオリが教室に入ったときに投げつけられるような、ああいう好奇心を含んだ視線ではない。突き刺さるような視線。
引きつけられるようにそちらを向く。
「……………………」
女生徒がひとり、廊下に突っ立っていた。後ろから他の生徒が迷惑そうに彼女を追い越していく。
その女生徒に見覚えがあった。
確か、先週にぼくを体育館裏に呼び出したあの子だ。飛び降り自殺した少女の親友だと名乗って、カオリが裏で自殺を手引きしていると疑っていた────。
「中澤千秋」
名前を小さく呟いてみる。
向こうはそれに気づいたらしく、小さく頷いた。そして何事もなかったかのように歩みを再開させた。
視線だけで相手をここまで緊張させるのって、ある意味才能だと思うんだけれど。縛りが取れたように肩の力を抜く。あそこまで敵意ある視線を向けられるようなことはしていない。…………いや、あの視線はぼくというより、どちらかといえば。
ゆっくりと振り向く。
カオリが眠そうに瞼を擦り、ぼくに気づいて首を傾げた。なんでもないよと言い、前を向く。
そうだ、あの視線はぼくに向けられていたんじゃない。
カオリだ。
あの子は昔の事件を知っている。カオリを疑うことだって、わかりきったことじゃないか。
カオリは加害者側の人間として捉えられているんだから。
世界の不遇さを嘆き、同時にカオリに同情する。ぼくの立場からカオリへ同情するなんて、周りからして見れば気が狂っているとしか思われないんだろうな。でも、ぼくと彼女の関係は周囲から理解されるほど安易なものではないし。ぼく自身、人殺しの片棒を担いでいたのに、被害者面して生きていくことなんてできない。いたたまれない。
あの子からしてみれば、ぼくもカオリも似たようなものだろう。
中澤千秋だけじゃなくて、あの事件のせいで大切な人を失ったすべての人が、ぼくとカオリを殺したいほど憎んでいるだろう。
そんな暗いところにカオリをひとりになんてできない。
ぼくの心に残ってある良心は、すべて、カオリだけのものだから。
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.35 )
- 日時: 2014/05/17 16:56
- 名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
- 参照: http://ameblo.jp/xxxoo-nico
授業がすべて終わり、放課後、粟島のノートを移し終えたぼくとカオリは、ふたり仲良く下校していた。担任から必ず放課後に職員室に寄るようにと口を酸っぱくして言われたけれど、どうせ言われることは毎回同じなんだから、行かなくてもいいだろうと判断した。ぼくってかなり不真面目だなー。真面目に生きようという気がないせいからか。生きることにがむしゃらになれるやつって、一体なにがそんなに楽しいんだろう。胸をときめかせる恋愛に夢中になっているからだろうか。でも恋愛ならぼくだって負ける気がしない。ぼくの人生は恋愛一直線だから。恋愛のためにぼくの人生があるんだと言い切ってしまってもいいほどだ。なら、将来の夢や目標を追っかけているんだろうか。ぼくの夢は…………あの子と綺麗な死に方でこの世を去ることだ。
それがぼくの夢で、願いで、責任でもある。で、だ。
粟島からの短い説明を聴き終えただけで、授業内容をほとんど理解してしまったカオリは、ぼくの隣でいつもより遅めに歩いている。無理をさせたかなと不安になって顔を覗き込むと、ものすごく真顔で「あっち向いてて」と言われてしまった。年頃の娘から存在を否定された父親のような扱いに、心が荒んでくる。冗談は置いといて。
女子高校生が自殺したビルの前で、ぼくは歩みを止めた。
特に目的はないんだけれど、ただなんとなく。血の染みはすでに消えてしまっているけれど、ビルの脇には花束とぬいぐるみと線香なんかが備えられていた。手を合わせることもなく、それらをじっと眺める。
カオリはここにいたくないらしく、ぼくの服の裾をものすごい勢いで引っ張ってくる。
ぼくはそれを右手で制して、供え物の前にしゃがみこみ、そこにある一枚の写真を見た。
中澤千秋が映っていた。満面の笑みで、もうひとりの女子とピースしている。たぶんこの子が自殺した小野紅音なんだろう。ふたりとも普通の高校生といった感じで、小野紅音については自殺なんて考えているふうには到底思えない。それくらい嘘のない笑顔だった。
写真の裏の日付を見ると今年の夏に撮られていたものだった。…………いや、今は2月だから、もう去年になるのか。
「そいつなに。知ってる人?」
後ろからカオリが質問を投げかけてくる。
「そうだよ。知ってる人」
ひとりは。
もうひとりは、もうこの世界から消えてしまった、見知らぬ他人だ。だけれど、自殺したという点で、ぼくとどこかで繋がっているような気さえしてしまっている。会話をした中澤より、小野に対しての方が親近感が湧く。
この子はどういう気持ちで自殺したんだろう。世界が退屈だったのか。それとも死を選ぶほど嫌だったのか。この笑顔を見る限りでは想像ができない。
たまにいるんだよ。表と裏の顔がまったく違う、二面性を秘めている人間が。ぼくみたいに死にたがりの目をしていない人間が。
「そこでなにをしているの」
カオリではない声がした。
なんとなく声の主の正体が想像できたので、故意に無視する。相手はぼくのすぐ背後に近づいてきた。隣には服の裾を掴んでいるカオリがいたけれど、彼女の視線は足元に注がれている。まるで周囲を見ようとしない。場所が場所だからだろうけれど。
「それは紅音の写真だから、そこに置いておいてください」
声は、すぐ後ろで聞こえた。
さすがに無視していたら激高されると思い、振り返る。
下校途中の中澤千秋が立っていた。制服の上から藍色のコートを着ている。短いスカートから出ているほそりとした足は、膝小僧の色が濃くなっていた。
「この子が小野紅音さんだっけ。ものすごく可愛い子だね。とても自殺するようには思えないや」
自殺、という言葉に、中澤の眉が微細に動く。明らかに不快そうな表情色鮮やかにコロコロと変化していく心情。こういう変化がはっきりと現れるのって人間だけだと思う。ぼくにはない、美しい変化だ。
「ええ。わたしも紅音が自殺するなんて思っていません」
「じゃあ殺人だって思ってるのかな」
「誰かに自殺を促されたんだと思います。…………前に起きた事件のように」
突き刺さるような視線がカオリの方へ向けられるのを、ぼくは見逃さなかった。
「人を殺したら、犯人は罰せられます。他人の命を奪うなんて、どんな理由があってもしてはいけない行為だから。でも自殺は違う。自殺を自分の意思で選び、実行したとしても、自殺した人は罰せられない。もう死んじゃってるんだから、当たり前でしょう。でも、体罰やいじめでその人が自殺した場合、自殺の理由に関係している人物は罰せられる。
それなら、紅音を自殺へと促した“M”ってやつも罰せられるべきなんです。人が死んでいるのに、ヘラヘラと関係のないフリをして…………今でものうのうと生きている。死ぬことを勧めたくせに、自分だけ毎日を呑気に生きている。それが許せないんですよ」
怒りを抑えているのか、声が少し震えていた。
その気持ちがわからないわけではない。ただ、ぼくはもう、純粋な怒りの感情すら捨ててしまっているから。残っているのは邪で自分勝手な自己主張だけだ。
中澤はじっとカオリを見ていた。カオリは中澤を見ることはなく、ぼくの服の裾を掴んで離さない。
「でも普通の人間は他人が『きみは死ねばいいと思う』と提案したところで、簡単に自殺なんかしないだろう」
「そんなストレートに言うわけないじゃないですか。それに紅音は『Mに会いにいく』と言ってたんですよ。わたしにはなんのことだからわからなかった。でもニュースで別の女の子が自殺したとき、遺書にまったく同じ言葉が書かれていたのを思い出して、ぞっとしました。もしかして、紅音は、“M”に会いに行くために死んだんじゃないかって」
昔、どこかで読んだ小説の中で出てきた、死神を思い出した。
きっと死神だ。
小野紅音をこの世界から連れ去ったのは、人間のフリをした死神なんだ。
ぼくは一度見たことがある。あれは死神というよりは、化物だったけれど。
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.36 )
- 日時: 2014/05/25 22:57
- 名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
- 参照: http://ameblo.jp/xxxoo-nico
しばらく三人とも無言だった。気を張っている時間が長いので、空気がやたらと重い。
中澤はカオリをMだと誤解しているんだから、カオリの前でMについて騙るのは、きっと、彼女なりの攻撃なんだろう。カオリを庇護しているぼくへの復讐でもあるんだろう。
中澤の目の奥を眺める。
静かだけれど怒りが沈殿していそうで、長くは見ていられなかった。
「Mは何がしたいんだろうね。人を自殺にまで追いやってさ。なんの得になるんだろうね」
「こっちが聞きたいです。理解しようとも思わないですけど」
「────前から思ってたけど、なんで敬語なの」
「距離を置きたいんです」
しれっと酷いことを言われた。メンタル面がギスギスに壊れまくっているぼくとしては、いまここで動脈を掻ききってしまいたいくらいのダメージを負った。でもいつも笑顔を絶やさないようにって母さんに躾られたから、表面上は傷ひとつついていないふりをする。
「あ、違うくて。わたし、男の人が苦手なんです。だから」
「ああ、あー、そういうことか!なるほどなるほど」
後付けっぽいキャラ設定だな……と思うのはやめよう。わざと納得してから、ひと呼吸置く。このまま話を逸らしてくれるほど空気を読むやつではないだろう。
「あの、どうしてここにいるんですか。ここがどういう場所か、わかってますよね」
「たいした理由じゃない。手を合わせに来ただけだ」
「そんな偽善っぽいことやらないでください。……そっちの子はなにしにきたの」
中澤の質問がまさか自分に向けられていると思っていないカオリは、彼女の問いかけが聞こえていないかのように振舞う。その態度が癪に障ったのか、中澤が行動に移した。
ぼくの持っていた小野の写真を取り上げ、カオリの目の前にそれを突き出す。今まで蚊帳の外で話すら聞いていないカオリは、いきなりのことに慌てる素振りもなく、控えめに中澤を睨みつける。
「ねえ、なにしにきたのかって聞いてるのよ。紅音の死んだ場所で、あなたはなにをしているの」
「おい。中澤」
「答えてよ。紅音の目を見て答えて。写真の、左側に写っている子よ。ここで飛び降りて死んだ、あの女子高生だよ」
説明したところでカオリがわかるはずもない。
不審げに写真を眺めて、つまらなさそうに首を横に振る。
「ここで死んだのを見てたくせに……。ねえ、あなたがMなんでしょう。犯罪者の妹はやることも汚いのね。自分の都合が悪いときだけ黙りこくっていればそれでいいんだから。事件が起こったとき、まだ未成年だからって理由で正当に裁かれなかったから、さぞかし生きやすいでしょうね。死ななくてもよかった人を何人も何人も追い詰めて、自殺に追いやって、あなたのお姉さんはなにがしたかったのかしらね」
その理由は、きっと死神しか答えられない。
ぼくも未だにわかっていないんだから。
「しかも小さい男の子を家に連れ込んで淫猥なことをする変態だったそうじゃない。どんな手を使って自殺サイトをネットから証拠もなく消したのかわからないけれど、あなたのお姉さんのしたことは、殺人よ。自殺サイトを使って他人を殺したの。救おうと思えば救えた命だったのに。誰かが気づけば救えたかもしれないのに……なのに……」
あの女は死神だ。人の心の闇を裂いて、隙間に入り込んでくる。甘い言葉で誘惑して、こちら側へくるように仕向けるんだ。その手口に、あいつは、悩み相談と称した自殺サイトを選んだ。自ら管理人となり、そこへ書き込まれる多くの悩みを、解決するのではなく、世間への拒絶に変えていった。闇を抱える人々の絶対的な存在になり、自分自身の好奇心のために、あるいは自分と死んでくれる人間を探すために、彼らを自殺へと促していった。
「今度も同じようなことしているんでしょう。狂ってる姉妹だよね。家が資産家だからって、お金で警察を黙らせて、のうのうと生きてる。自殺してしまった人たちの代わりに、あなたたちがどうにかなればよかったのよ。家族全員ぶっ殺したあなたのお姉さんは、どうしてあなただけを生かしたの。あなたも、あの女も、一緒に死ねばよかったのよ。わたしが、紅音が生きたかったぶん、あなたたちを殺してやりたい」
中澤を全ての言い分を聞いたあと、ははっとカオリが笑った。
久しぶりに彼女の笑う声を聞いた。
少しだけ幸せになれた気がする。生きていてよかった、万歳、と叫びたくなった。
だけど次に出た彼女の言葉は冷たくて、乾いていて、死を拒絶する者の言葉とは思えないものだった。そしてぼくを興奮させるには十分すぎる、ある意味、愛の告白だった。
「わたしだってあのとき死にたかったよ」
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.37 )
- 日時: 2014/06/07 17:56
- 名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
- 参照: http://ameblo.jp/xxxoo-nico
「朝起きたらずっと死ぬことばかり考えて、夜に寝るとき、このまま目が覚めないでほしいって。ずっと思ってた。記憶ごと吹き飛ばされてしまえばいいのにって。あんなもの見たくも聞きたくもなかった。何も知らずにお姉ちゃんに殺されていた方が、何万倍もよかったんだ」
ぼくは夢を見ているんじゃないのか。カオリがこんなこと言うはずないのに。自分で自分の頬をちぎれるくらい引っ張ってみる。じんじんと痛み、生理的な涙が浮かぶだけだった。これは夢じゃない。夢じゃないんだ。
6年ぶりに見るカオリの笑顔は、粘ついた糊で貼り付けられた作りものなんかじゃなくて、心の中に溜め込んでいた黒い感情をそのまま表したものだった。そのせいか笑っているのにどこか違和感がある。今にも崩れてしまいそうな不安定さがそこにあった。
「これでもね、死のうと頑張ってたんだよ。わたしだって、もう生きていたくはないから。でもしょうがないじゃない。あんなもの見ちゃったら、死ぬのが怖くなったんだから。何度も切ったけれど、浴槽のお水が真っ赤になるだけ。痛いのも苦しいのも嫌だし、だけどここに居続けるのはもっともっと苦しい」
中澤が理解しがたいといった表情でカオリを見ていた。中澤にわかるわけがないのだ。死のうとする人間の気持ちなんて。自殺するやつが生きたいと考えるわけないだろう。小野だって、自殺に至る原因は何にしろ、理由なんてひとつ。「生きていたくなかったから」だ。Mに会うと言っているのだってただの言い訳だ。
この世界にいたくないから、Mという死神に縋った。死ねば救われると思ったんだ。
────可哀想だな。
死にたくても死ぬ勇気がないぼくより、ずっと可哀想だ。
「だから紅音を追い込んだの?Mを名乗って、洗脳みたいなことして、自殺に追い込んだんでしょう」
カオリはもう一度なにか言おうとして、「………………」だけど中澤にはいくら説明しても無駄だと思ったのだろう。そのまま肩を落胆させる。
「真矢、もう行こう。こいつ頭がおかしいよ」
ぐいっと腕を引っ張られた。
屈託のない、塩気のまったくなさそうな甘ったるい笑みを着飾って。小学生の時に巻き戻ったみたいで、軽く胃の中がせり上がってくる感覚がする。
納得できないように、中澤はぼくらの前に立ちふさがった。
「ちょっと待ってよ。紅音の前で謝って。紅音は益田さんに殺されたようなもんなんだから」
「違うよ」
「犯罪者の妹だからなにするかわかんないもんね。紅音の他にもMのせいで何人の人が自殺を選んでると思ってるの。あの人たちも益田さんが追い込んだの?」
「違うよ」
「いまさら被害者ぶって、塚原くんに守ってもらおうとして…………。塚原くんは迷惑だよ。アンタのことなんか嫌いなのよ。だって、塚原くんはあの犯罪者にたぶらかされたようなもんじゃない」
「だから、違うっつーの」
小さく、小さく、次ははっきりと。
ぼくは中澤に否定の意を示した。
次に、中澤の肩を掴んでぼくの方に近づける。薄い。カオリほどではないけれど、骨が浮いている肩だった。目の中を覗くと、偽善と自己中の塊が渦巻いているようで、直視できなかった。
戸惑ったように中澤がぼくの中でもがいた。いやだ、いやだ、と。ぼくは彼女が離れていかないように、肩に置く手の力を強くする。
周囲の通行人が不審そうにぼくたちを見たり、立ち止まったりしている。傍から見ればぼくが嫌がる女子高生に乱暴しているふうに見えるだろうな。またぼくの好感度がガタ落ちだ。生まれる前からそんなもんないけれど。
「カオリは関係ないよ。今回の自殺の件も。6年前のことも」
そう伝えるだけで精一杯だった。
だってカオリはただあの人の妹だったというだけで。カオリ自身に罪はないんだから。
たまたまあの人の妹で、たまたまあの家の子どもで、たまたま────南野秀一が傍にいた。偶然が重なってカオリが巻き込まれてしまった。生かされてしまった。それだけだ。
ぼくなんかよりもずっと不幸で愛らしくて素敵な人。
「前に起きた事件と酷似しているからって、人を犯罪者扱いしてさぁ。本当に、世間ってもんは厳しいよなぁ」
「痛い……塚原くん、痛いです」
「ぼくだって痛いよ。6年前からずっと。ここが、ものすごく痛い」
とんっと胸の真ん中を指す。
そこは心臓がある場所。
人間誰しもあるらしい「心」が存在している場所だった。
もしかしたら、ぼくはずっと心が病気なのかもしれない。父親が自殺未遂を繰り返していたあの頃から。母さんがそれを必死で止めている姿を見たあの時から。膿んだ火傷の跡みたいに、心がハートの形をしていない。それでも痛いと感じるのは、心があるからだ。ぼくの中には、まだ、心がある。
「そうでもなさそうですよ」
それを中澤は軽やかに踏みにじる。
一気にぼくの内部が汚されたような気がして悪寒が走った。
「塚原くんには、心が無いんですよ。心がある人間が犯罪者なんかと一緒にいたいって思うわけないじゃないですか。今回の紅音の自殺に益田さんが関わっていなくたって、その子の姉が昔、ヤバいことしてたっていうのは事実でしょう?そこに塚原くんも巻き込まれたんなら、どうして、どうしてそんなやつの味方するの。頭おかしいですよ」
言われているあいだ、中澤の顔がだんだん崩れていって、母さんの顔になって構成されていった。
もちろんそれは幻覚なんだろうけれど。
────アイツは益田帆乃香の妹なんだから。
────真矢は平気そうな顔をしているけれど、香織ちゃんのところにいるのが本当は苦痛なんでしょう。
────香織ちゃんだって可哀想よ。あんたが傍にいるから昔のことを忘れられないで。二人とも可哀想。
教えてやろうか。ぼくがカオリに惹かれたわけも、カオリが大人しくぼくを隣に置いているわけも。種明かししたところで、きっと理解なんてできないだろうけれど。
「傷の舐め合いだって言ったら、信じる?」
中澤の耳元でそう囁いた。
信じられないといった顔で中澤はぼくを見る。軽蔑しきった瞳で。
「汚い」
そう吐き捨てて、中澤は自分の肩に置かれているぼく手を振り払った。何度も触れられた部分をゴシゴシと制服の裾で擦る。蛆虫が付いていたのかと疑いたくなるほど、その行動は大袈裟だった。
「アンタたち、汚い」
唇を震わせながらぼくたちを罵倒する。
そして小野の写真が落ちているのにもお構いなしに、中澤はその場から逃げるように立ち去ってしまった。残されたぼくらは中澤の後ろ姿が見えなくなるまで、そこから一歩も動かなかった。
「帰ろうか。なんだか疲れたね」
日が暮れ始めたので声をかける。返事はなかった。
代わりに、くいっと手を引っ張られる。
なにかなーおっしこかなーと振り向く。人間味のない整った顔が「無」を取り繕っていた。
「────カオリって死にたかったんだね」
浮き足立つ自分の声音を抑えた。
こくりとカオリが頷く。
「でも怖くてできなかったんだ」
また頷いた。
子どものような仕草にときめく。
「ぼくと同じだね」
弱虫だなぁ、本当に。
ぼくに言ってくれれば、いつだって一緒に死んであげれるのに。
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