複雑・ファジー小説

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花と愛と毒薬と {episode}
日時: 2015/01/28 23:50
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 1年弱の長い執筆がようやく終わりました。
 執筆中、朝倉疾風から夜多岬に名前を変更しました。これからもし、また新しく書くときは、この名前ですので、お見かけした際はお声をかけていただけると嬉しいです。

 小説というにはあまりにも拙く、私の私的感情を爆発させるため書いているようなものですが(所謂ストレス発散)……。
 読んでいただき、ありがとうございます。
 暇な時間があれば、また、ふらっと現れます。
 どうぞその時は、「ああ、またこの人書くのか……」と、呆れながらも読んでいただけると幸いです。



(本編)
執筆開始 2014年 2月5日
執筆終了 2015年 1月25日





 ○現在、完結後の「彼女たちの物語」を書いております。本当は書くつもりはなかったのですが(ただいま実習中)、暇なときにちょこちょこやっていくつもりです。懲りずに(笑)
 ○あと、Twitterをまたまた始めました(既に4回消してる)。IDは@moto_asakuraです。ゆるゆる始めます。いろいろと。



(彼女たちの物語)
執筆開始 2015年 1月28日





    夜多 岬 (元 朝倉疾風)




Re: 花と愛と毒薬と ( No.8 )
日時: 2014/02/15 17:38
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)


 体育をサボったことについてはあまり叱られなかった。
 「体調が悪いんです」と言うのをかなり後回しにしていたため、放課後にぼくとカオリは仲良く呼び出された。担任が困ったように笑いながら、出席簿を指差す。ぼくたち二人の、無断での授業欠席数が二学期に入ってから二桁になっているため、やんわりと注意を受ける。
 表面だけ撫でるような声色に若干鳥肌が立った。
 立ったまま寝てしまいそうなほど退屈な担任の話を聞いているあいだ、カオリは欠伸をしたり髪の毛を気にしたりとじっとしていない。職員室の生暖かい空気と印刷機の独特の匂いがダメなのか、鼻を強めに掻いている。
 そんなカオリの態度を見て見ぬふりをし、担任はぼくだけに話しかけてくる。少し気まずそうに。その全ての返事を「ええ」とか「そうですね」「反省してます」に統一し、話は10分ほどで終わった。
 職員室から出てすぐに、カオリが長くため息をつく。
 ずっと立ちっぱなしがキツかったのか、その場にゆっくり座り込んでしまった。こういうところは小さい子みたいだ。

「貧血?顔色が少し悪いけど」
「あいつ話長い。真矢が怒られてるんだから、わたしはべつにいなくてもよかったじゃん」
「まあそう言わないでよ。ぼく一人じゃ心細いしさ」

 決して嘘ではない。軽い冗談でもない。
 きみが全てなんだと遠まわしに告白して、少し背を屈める。
 行き来する生徒がぼくたちを不思議そうな目で見て、そのまま通り過ぎていく。人目を気にするほど繊細な神経は持ち合わせていない。それはカオリも同じらしい。

「雨が少しやんできたから、そろそろ帰ろうか。ぼく、傘がないんだよね」
「…………だからずぶ濡れだったんだ」
「ブレザーもまだ乾いてなくてさ。風邪ひきそう。暖めてほしい」
「ひとりで先に帰ればいいのに」

 本当はひとりで帰れないのはカオリの方だ。特に雨や雪の日なんかは。本人は自覚があるのかわからないけれど、単独で行動できる範囲が極端に狭い。ひとりじゃ何もできないのだ。
 恐怖で体が動かなくなるらしい。
 一歩踏み出せば車が横から突っ込んでくるかもしれない。自分に恨みのある人間が自分を殺しにくるかもしれない。災害に巻き込まれるかもしれない。
 色々な死への恐怖が体を支配して凍結する。動けなくなり、そして次は溶け出す。恐怖ではなくて、彼女を支配している根本的な闇が。
 それを間近で見てきたからこそ、ぼくはカオリの悪態を無視して、手を差し伸べた。
 その手は拒まれなかった。






 車道側をぼく、路側帯の最も左側を不安定な足取りでカオリが歩く。
 雨はやんでいるが天気は悪く、風があたるごとに冷たさがピリピリとして痛覚となって襲ってくる。ブレザーが濡れて重いけれど、それ以上に寒い。どうせだったら、雪が降ってくれればまだ見栄えもするのに。
 ぼくは小さい頃から雪を見てもそんなに盛り上がらない子どもだった。クラスメイトが窓の外を見てきゃあきゃあ言っているのを見ても、何がそんなに面白いのかわからないと、ひとり澄ましていた。
 ただ朝起きたとき、夜にしんしんと降り積もって出来た白い世界は、素直に美しいと感じていた。

「カオリは冬と夏、どっちが好き?」
「秋が好き」
「ぼくは冬と夏のどっちがカオリにとって好ましいか聞いたんだけどな」
「そんなこと聞いてどうするの」

 ぎゃくにそれくらい何で教えてくれないのか。甚だ疑問だ。
 質問を変えよう。

「雪は好きなのかな」
「テレビで雪崩の映像を見た日から嫌いになった」
「怖かった?」

 無言で頷く。
 死に直結することを全て拒もうとしている彼女は、この世界に受け入れられていない。
 ぼくが言うのもあれだけど、さっさと死んじゃえばいいのに。

「ぼくは雪は綺麗だと思うけどなぁ。真っ白で、それが地面を覆っててさ。ひんやりしていて、とても冷たい。夏よりかは冬が好きだな」
「寒がりのくせに冬が好きなんておかしいよ」

 小学生のころ、雪を見てはしゃいでいた連中のなかにカオリもいたんだけどなぁ。あれは見間違いではないはずだけど。
 ヨロヨロとしたのろい足取り。
 それはべつに平衡感覚が無いわけではなくて、単純に急ぎすぎて車にでも撥ねられたらどうしようという彼女なりの警戒心の現れだ。
 ぼくもその歩調に合わせる。焦らせないように。

「でも明日は雪かもね。学校休むつもり?」
「滑って転んだら怖いから」
「休むのならぼくにも連絡してよ。ぼくも休むからさ」

 職員室で足止めされてから20分後、軽快なサボリ宣言を公表しているとき。
 どすんと。
 鈍い音がした。
 振り返る。その瞬間、まずいと思った。
 そこに広がる光景は、ぼくら二人にとっては特に好ましくないものだったから。
 女子が、そこに落ちていた。
 体の向きは不自然に曲がっていて、球体関節人形のようだった。トマトを落としたみたいに中身が飛び散っており、道路に黒めの血が流れる。
 通行人のひとりがそれに気づき、悲鳴をあげた。その悲鳴が終わるか終わらないかくらいに、

「ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ」

 ぼくのすぐ隣で叫喚が、音になって、鼓膜が痛い。
 カオリからその音は出ていた。そこにある“死”を目前にして、彼女の中の闇が一気に溢れ出した。恐れているものがそこにある。ある、という表現は落ちている死体(たぶん死んでる)に対して失礼かなと思ったけれど、カオリにとってはどうでもいいことだ。
 次いで、白い液体を道路にぶちまける。

「カオリ」

 それが吐瀉物だと気づき、ぼくは崩れかけるカオリの体を支えた。
 通行人がどんどん集まってきて、死体を見てなにか言っている。そのうちの何人かは、ぼくの腕の中で暴れまくっているカオリに気づき、声をかけてくる。

「きみ、大丈夫か?」

 ぼくの肩に手が置かれた。
 え、ぼく?

「なに笑ってるんだよ」

 笑う?
 体を支えていた手で、そっと自分の顔を触ってみた。笑ってる……のかな。
 幼い頃から抱いていた死への憧れが、ドクドクと。ぼくの中に溢れ出す。
 カオリが変になってるのに。死体がすぐ傍にあるのに。
 ぼくはあまりにも異常な気持ちになっていた。
 


Re: 花と愛と毒薬と ( No.9 )
日時: 2014/02/17 13:37
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)






 飛び降りたのは女子高の生徒だった。
 ぼくの通う共学の高校から歩いて少ししたところにある私立高で、同級生たちがよく可愛い子がいると騒いでいた。今月に入って二件目の飛び降り。動機は不明だけれど、きっと自殺だろうとニュースでは騒がれている。ぼんやりと液晶画面を眺めながら、彼女の最期を思い出す。あのあとぼくとカオリは早々にその場から立ち去った。カオリの様子に気づいた誰かに声をかけられたが、それを無視して、カオリの吐瀉物で服を汚しながら逃げた。
 逃げ帰ったのはカオリの住むマンション。
 ぼくの家の方が距離が近かったからそっちにしようかと迷ったけれど、カオリを連れて帰ったらきっと親がうるさいだろうから、やめておいた。理由は、まあ色々あって。
 ローファーが地面に擦れる音がする。先程からまともにカオリは歩いてくれない。ぐったりとしたままぼくに寄りかかって、「いち、に、いち、に」と歩みを促すように声をかけるとその通りにゆっくり足を動かす。もっとも歩くというよりは引きずっているといった方が正しい。雨で濡れた地面でズルズルとローファーの裏を削っている。
 「もう着くから」と言うと、ほんの少しだけ頷いた気がした。ぼくの声に反応しているということは音は聞こえているみたいだ。
 エレベーターに乗ったとき、少量だがカオリが数回嘔吐した。酸っぱい独特の匂いが立ち込める。あとから来た人は顔をしかめるだろうなぁ。掃除は掃除婦さんに任せよう。
 それから玄関に着くまで、カオリはずっと俯いたまま。
 何も視界に入れたくないのか、視線はずっと自分の足元にしか向けられていないようだった。
 なにか話しかけようかと試みたけれど、頷く以外に大きな反応は返ってこないと推測されるため、遠慮しておいた。
 カオリの鞄をあさって鍵を取り出す。あらかじめここに入っているとカオリに教えてもらっていた。扉を開けて一応「おじゃまします」と言ってから入る。玄関で靴を脱ぎ、カオリを支えたまま奥に進む。
 ずるずるずるずるずるずる。
 カオリの靴は履かせたままなので、床に多少傷がつくかもしれない。後で確認しよう。
 とりあえずカオリをソファに座らせて、汚れたブレザーを脱がせて、ぼくのブレザーと一緒に洗濯機にぶち込んだ。その後カオリの目の前で軽く手を振ってみたけれど、まるで反応がない。瞬きという生理的動作も一切ないため、目尻から涙がつうっと伝っている。それを手の甲で拭い、閉じれないものかとカオリの目蓋をそっと撫でてみる。ゆっくりと目蓋が閉じられた。
 華奢な肩をこれ以上ないほど慎重に押してみる。緩やかにカオリはソファの上に倒れ、そのまま起動を停止した。
 というか寝た。
 スカートが多少捲れて太ももがあらわになっている。……太ももというか、もも。太くない。ていうか細すぎる。ちゃんと食べてるのか。
 ぐるりと部屋を見渡す。女の子の一人暮らしというわりには可愛らしい家具や細々とした装飾品は見当たらない。シンプルで、どちらかというとビジネスホテルみたいだ。散らかっていない。置かれているゴミ箱にすらゴミがない。中学生のころに来たときとまったく同じだ。

「自分の領域に潔癖すぎだよカオリ」




 しばらくしてカオリが起きた。
 静かな目覚めに、ぼくは彼女がソファから立ち上がるまでまったく気付かなかった。
 微かな人の気配と物音がして、振り返る。ぼうっとそこに立つカオリは、いつものカオリとは少し異なっていた。

「さくっとじょきっと切らなきゃなー」

 覚醒した彼女の第一声は、なんとも奇妙なものだった。
 そのまま速歩で隣の寝室に向かう。体の横揺れが激しい。

「おい、カオリ」

 呼んでもカオリは振り返らず、寝室の扉を開ける。
 慌てて後を追い、彼女が右手になにかを持っているのを発見した。
 カミソリだった。

「あぶねえって」

 急いで右手首を掴み、ものすごい力で親指の付け根を押す。

「うがっ」

 振り払おうと身をよじるが、体格的にもぼくの方が上なので、彼女の努力は報われなかった。床に落ちたカミソリを蹴って遠くへやる。それを取りに行こうと、また必死でもがき始めるので、ぼくは後ろからカオリを抑え込んだ。前屈みになり、カオリの体が痙攣してまた嘔吐する。フルーツ牛乳しか摂取していないせいか、吐き出されるものはほとんど透明で粘り気のある液体だった。
 肩で息をしつつ、次は子どものように泣き始める。
 ひくひくと喉を震わせ、ぼくの腕の中でカオリはなにかに怯えていた。

「大丈夫だよ。まだ死んでない。ぼくもカオリもまだ生きてるよ」

 よしよしいい子だねーと頭を撫でてやる。
 左手首の傷がちらっと見え、ぼくの心が痛んだ。治りかけのものもあるけれど、ほとんどが古い傷だ。何度も何度も傷つけたせいか痕が残っており、ミミズ腫れになっている。普通の人が見るとぎょっとするだろうな。

「死ぬのが怖いならこんなことするなよ」

 責めているわけではないけれど、ぼくという人がいるのに自傷はやめてほしい。どうせならぼくが手を加えたい。
 歪んだ思いをふつふつと募らせながら、カオリの様子を伺う。
 痙攣は止まったが、まだ回復する見込みはなさそうだ。完治する可能性は既にゼロであるわけだけど。

「いたいのがこわい」

 幼稚じみた口調。普段の彼女からはとても想像できない。
 なにも言わず彼女の訴えを聞く。

「だからいたかったら、ちょっとはわかるかなって。死ぬってことが、どれだけこわいか。わたしは死にたくないから、いたいのも嫌だから、絶対に忘れちゃいけない。いたいってことを忘れちゃいけない」

 それは彼女なりの自分を守る術だった。日常に潜む死を忘れないように、体に刻み込む。今生きていることを有り難く思いましょう、なんていう理論ではない。そもそも死と隣り合わせの人生が彼女にとって有り難いわけがない。
 生き地獄だ。

「そうだね」

 ぼくは心にもなくカオリの意見に同調する。
 飛び降りた女子を見て、ぼくの心は少しでも恐怖で動いただろうか。
 いや違うな。
 そこにあったのは恐怖ではなく、羨望だった。


Re: 花と愛と毒薬と ( No.10 )
日時: 2014/02/21 04:41
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

        

               ※


 テレビで女子高生が飛び降り自殺したことが報道された。
 地面に叩きつけられて、骨がバラバラになって、可哀想なほど不細工に顔が潰れている女子高生を想像すると、ぞっとする。できればもっと綺麗に死にたい。体を叩きつけるのは固くて冷たい地面なんかじゃなくて、可憐に咲き乱れる花畑の中がいい。
 この近くに有名なデートスポットになっている花畑があるらしい。
 自殺の下見に行ってこようかな。
 多少中身がぶちまけてしまっても、赤い花びらのように見えるかも。花畑の中を覗いたら、そこにひっそりと綺麗な死体があるとしたら。……想像するだけで心臓がドキドキする。
 けど、やっぱりひとりでは死にたくないかな。
 たくさんの恋人がいる中で、ひとりだけ死ぬのは怖いし正直悔しい。
 ひとりはやだ。
 一緒に死んでくれる友達がほしい。
 飛び降り自殺した彼女たちは死んだら「M」に会えると本気で思っていたわけではないだろう。
 たぶん自殺するひとつの理由にしたかったんだ。自分が死ぬための理由。「M」という人物を追い求めて、自分の中で勝手な理想を抱いて、この世界とさよならした。
 ひとりは嫌だから。
 せめて自分の中にある妄想の友達と一緒に。

「ばっかじゃねーの」

 その愚かさに愛情すら抱いてしまって反吐が出そう。可哀想にと同情してやる。それと同時に羨ましいとも思ってしまう。彼女たちは決してひとりで死んでいったわけではないから。自分はひとりではないと確信したまま、死んだのだから。

「ずるいよ、本当に」
 
 誰ひとり想像しないだろう。
 彼女たちを死へと導いた「M」本人が、本当は一番の死にたがりだってことに。





             ※


 飛び降りを目撃した翌日は学校を無断で休んだ。
 カオリをマンションに送ってから、ぼくも自宅へは戻らずにずっと彼女につきっきりだった。
 女子の家で一夜を明かすなんて初めての体験だったけれど、ほとんどをベッドの上で過ごした。多少、誤解を生む言い方をしたのはカオリと二人きりだったのに、なにひとつ彼女と進展がなかったことが癪だったからだ。男として異性の家にお泊りなんていうイベントはなにかと期待もするだろう。親に「ごめん。今日は友達の家に泊まるから」と嘘をついた時は、微妙な背徳感があってドキドキした。嘘をつくのはあまり得意じゃないから、きっと母親は全てをお見通ししているだろう。帰ってからの言い訳を後で考えよう。
 夜はとっくに明けたのにぼくらはまだベッドの中だった。早朝に起きたカオリを腕枕したりして、ぼくは有意義に朝の時間を過ごした。一晩中カオリの寝顔を見ていたから一睡もしていなかったりする。睡魔で目蓋が疼いて、気を抜いたらすぐに眠ってしまいそうだ。
 カオリが起きてから、かれこれ数時間が経っている。いい加減、腕枕している左腕がじんじんと痺れてきた。体勢を変えたいと要求したけど反応はない。ちゃんと起きているんだけど、心が上手く機能していないみたいだ。
 修正して機能できるようになるまで髪の毛をいじったり、頭を撫でたり、頬を軽くつねってみたりした。それら全てをカオリは拒絶せず黙って受け入れている。カオリの方も瞬き以外の動作はなく、ぼんやりと宙を見ていた。その視界にきっとぼくは入っていないだろう。

「昔を思い出す」

 しばらくしてカオリが呟いた。心の水面が微かに揺れるほど小さい声。ぼくはそれを聞き逃さなかった。鼓膜で拾い、彼女の過去に浸る。それはぼくにも通じるものがあった。彼女が怖いと思うもの。それはきっとぼくが一番欲しがっているものだ。

「血とか見るとダメなの。怖くなる。震えが、震えがね、とまらなくなるの。抑えてもだめ。震えるの」
「気にしないでいいよ。誰だって怖いものくらいあるし」
「ごめんなさい」

 その謝罪がぼくに向けられているものじゃないことくらいわかっている。そう考えるとなにか混沌としたものが込み上がってきた。なんだろう、これ。気持ちの正体がわからず戸惑う。自分でもわからない感情が受け止めきれるわけないじゃないか。自分の心くらい自分で抑制しないといけないのに。複雑すぎる心の在り方を未だに模索中だ。まだまだ人間として欠落している部分が多すぎる。
 そしてそれは彼女も同じだ。

「どうして謝るの。カオリはなにも悪いことしてないだろう」

 過去のぼくが嘘をつくなと叫んでいる。聞こえないふりをして、カオリを肯定する言葉を囁き続けた。どうやったら自分の口からこれほど恥ずかしい言葉が出てくるんだろうと不思議に思うほど、長い長い告白だった。カオリは黙ってそれを聞いていた。なにひとつ届いていないんだろうなとぼくも気づいている。
 どれだけきみを愛していると言っても、ぼくにはきみが必要なんだと言っても、この人はぼくを絶対に信じようとはしない。

「ほんとうはわたしが大嫌いなくせに」

 ほとんど動かない顔の筋肉がピクリと動いて、自嘲を含んだ笑みを作成させる。人工的な表現の仕方だったけれど、不快感はない。素直に綺麗だなと思う。
 嫌いじゃないよーむしろ好きだよー。
 下手くそながらぼくも笑ってみる。前に粟島に見せたら「ものすごくむず痒い感じがする」と絶賛された笑顔。ビー玉みたいな瞳でぼくを見る。無機質で不透明な眼球。腕に沈む彼女の重さが愛しい。こんなに愛しいのに、本人が自分自身を大切にしてくれないから困る。
 服の袖から覗く無数の傷跡を見つめる。カオリはぼくの視線に気づいたけれど、わざわざ隠すようなことはしなかった。そんなこと今更だから。
 死への恐怖を忘れないように、浅く自分を傷つけて生きようとしている。ぼくからしてみれば、そこまでして生きていかなくてもいいんじゃないかと異議を唱えたいんだけど。ぼくのように死にたがりじゃないから、そこんところの価値観は相変わらずズレまくりだ。

「生きるのも疲れる」

 まったくそのとおりだ。

Re: 花と愛と毒薬と ( No.11 )
日時: 2014/02/23 21:56
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 昼過ぎ。正確には一時十三分。
 ようやくカオリが復活した。
 ベッドからのそのそと這い出て、日光を体に浴びてうんと伸びをする。今まで縮こまっていた体を伸ばしているため、なんとなく光合成をする植物を連想させた。酸素かなにか放出してるんじゃなかろうか。
 その後ふらふらと部屋から出ていこうとするため、ぼくもついて行く。親鳥の後を懸命に追いかける雛鳥…………いや金魚のフンかな。自分をフンに例えるのも些か複雑だ。
 居間のソファに腰掛けて、ぼくと同じく静寂を嫌うカオリはテレビをつける。黒と白の石を並べて相手の出方を頭脳戦───囲碁の碁盤が映った。しばらくそれを注視していたが、互いの出方を予測し、集中して対戦が行われているため、実況者の淡々とした声しか聞こえない。

「静かすぎる」

 そう言い、お昼のニュースにチャンネルを変える。昨日の飛び降り自殺のことが報道されていた。身近な出来事すぎて軽く目眩がする。満足したのかカオリはリモコンを置く。一見テレビを見ているかのように思えるけれど、カオリはニュースの内容を頭に入れているわけではない。あくまで生活のバックミュージックとして垂れ流しているだけだ。彼女は周りの景色にすら興味を持たない。完全に周囲へバリアを張ってしまっている。だから昨日の飛び降り自殺のことも、目撃者でありながら自分は無関係だと思っているはずだ。死に対して、徹底して拒絶している節が見受けられるから。唯一の許由範囲はぼくくらいだろうな。きっとぼくの日頃の血の滲むようなストーカー行為が実を結んでいるんだ。…………誇れることじゃないかも。
 ニュースが商店街のグルメ特集になったところで、約二十時間ほど胃になにも入れてないことに気づく。入れるどころか、カオリは昨夜大量に吐き出していたっけ。

「お腹すいただろ。なにか作ろうか」
「真矢って料理できるんだね」
「カオリの要望に応えられるように、色々と特訓したんだよ」
「そういうのはいい。卵かけご飯がいい」

 どうやらぼくの料理の腕が発揮できるのはもう少し後になりそうだ。
 冷蔵庫を開けてみると「うわーお」なんか、あまり見たことがない光景だったから少し驚いてしまった。そこには切り刻まれた食材がラップにくるまれて陳列していた。肉は消しゴムほどの大きさに刻まれている。野菜もあらかじめ細かく切られた状態だ。しかもみじん切り。奥にはタッパーがあって中には謎の液体が入っている。匂い的に味噌汁みたいだけれどなぜだか酸っぱい。これ腐ってる。絶対に食べちゃいけないやつだ。余ったものを放置しているというより、前もって作り置きしたものがそのまま置かれているようだ。
 当然だけどカオリは一切料理をしない。包丁を扱うのが恐ろしく下手なうえに、指を少しでも切ろうものなら奇声をあげて二次被害を起こしかねないのだ。中学の図工のとき彫刻刀が掴めずに周りから変な目で見られていたカオリが記憶に残っている。
 皿やコップは落としたら割れるせいか、すべて紙だった。百均で買ったと思われる紙皿と紙コップが洗面台の横にそのまま置かれていた。見る限りあるのはザルとフライパンくらいで、その他の調理器具は一切見当たらない。
 調理器具がないのに冷蔵庫の中に切られた食材があるということは、誰かがここに来てカオリの世話を焼いているということだ。ぼくの他にも屈強なボランティア精神を持っているということか。一体誰だろうと考えてみる。親は絶対にない。カオリの両親は5年前に亡くなっているから。両手を広げて指折りカオリの交友関係を数えてみる。んー片手で十分だな。
 その折り曲げた指の中で思い当たる人物の名前を呟いてみる。

「もしかして南野さんかな」 

 小学生の時に数回会ったことがある。
 もっともぼくの一番苦手なタイプだったから、嫌な意味で記憶に残っている。ぼくと少し似ている部分があるから同族嫌悪なのかもしれない。
 記憶を辿る。逆再生する。
 脳内に蛆虫が沸いて蠢く感覚がして鳥肌がたった。でもあいにくぼくの過去なんて蛆虫同様の腐った思い出だから、そう感じるのは当然っちゃあ当然だ。そのおぞましい記憶のなかに、南野さんの後ろ姿が、見え、て

「なにしてるの」

 乾いた声がして、ぼくを蛆虫の中から引っ張り出す。
 不思議そうな顔のカオリが後ろにいた。「あー、あーえ、おーう」意味不明に母音を発音してみる。今の季節みたいに冷たい顔でカオリがぼくを見ていた。
 少し落ち着けよと自分に言い聞かしたあと、猫背になって、ぼくは上目遣いでカオリを見た。

「もしかして南野さんが来てたりする?」

 その名前に反応して眉を微細に動かす。口元も微かだけど震えた。
 そして訪れる沈黙。
 どうしよう。会話の切り口が見当たらないぞ。
 とりあえず南野さんが来ていることは間違いないらしい。今まで除外していたモブキャラが実は主人公に匹敵するほど物語に欠かせない人物だったのか。迂闊だった。おかしいと思ってたんだ。カオリが一人暮らしなんてできるわけがない。なにもできないんだから、この子は。
 週一で家政婦さんとか雇っているのかなぁと思ってた。お金持ちだし。
 …………よりにもよって南野さんが来てるとは。

「納得がいかないんだけど」
「いや…………真矢は嫌がるかなって思って…………」
「あのさ、南野さんがどういう人かわかってるよね。あの人が善人にでも見えるのかな」

 根本的にぼくと瓜二つなんだから、善人なわけないだろ。
 カオリの両肩に手を置いて軽く揺すってみる。首のすわっていない乳児のようにカオリの頭が上下に揺れる。

「あの人は悪い人だってカオリもわかってるだろ」
「わかってるよ」

 素直に抵抗もなく頷く。
 冷淡な表情だった。
 言われなくても、と。そう思っているんだろうな。

「ならどうして」

 その理由はぼくが一番わかっている。
 体に染み込んだ習慣ってものは簡単に矯正できるものじゃない。特に、悪意を持って教え込まれたものであるならなおさら。恐怖と痛みで支配されて、ぼくらの脳と体は上手く繋がらない。それぞれが別々の生き物みたいに好き勝手に動いていく。壊れてる。
 欠陥だらけなのに未だに生きているのが恐ろしい。
 ぼく、あの時死んだはずじゃなかったっけ。

「真矢の方こそ、いつまでわたしを身代わりにしてるの」

 …………うーん。
 そこのところの誤解が未だに解けていないのか。これは参った。ぼくの愛を見くびられているとかいう以前に、カオリの次に言うであろう言葉が、ぼくにとって好ましくないものだから。

「おねえちゃんはもういないよ」
「うっせえよ」

 ひとつだけ言っておくと。
 ぼくはカオリを好きで好きでたまらなく愛していて一緒にあの世へ逝くためにはカオリを道連れにして死のうと固く心に決めているし本当に大好きでこの子の全部をほしいと思っている。
 でも、だ。
 壊れているといえぼくも一応動物学的には人間なわけで。喜怒哀楽はある。カオリは過去の影響でそこらへんが多かれ少なかれ欠落しているようだけど、ぼくは違う。
 怒るときもある。
 そう自分に言い訳しつつ舌打ちした。
 もうわかってるんだって、そういうことは。 

Re: 花と愛と毒薬と ( No.12 )
日時: 2014/02/23 22:04
名前: 風死  ◆Z1iQc90X/A (ID: UzLQqkjx)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

おぉ、愛しのロングコメントガール!
お久しぶりです。私が貴方にあったときは高校生の頃でしたか……えっ!? 大学生になった……
ヤベェ、私年取るわけだ(汗
まぁ、こんな速く結婚できるとは思っても居なかったが。

温泉の件。
ばしゃぁは体に悪いのです。正解です♪
僕もカキコ5年ですね……第二の我が家レベルかもしれないです(苦笑

相変わらずの朝倉節前回の文章と何かが迫ってくるような物語の構成が素晴らしいですね。
穏やかに確実に世界が黒く染まっていくような、高揚感が感じられるのが本当に好きで……
羨ましいです♪


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