複雑・ファジー小説

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花と愛と毒薬と {episode}
日時: 2015/01/28 23:50
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 1年弱の長い執筆がようやく終わりました。
 執筆中、朝倉疾風から夜多岬に名前を変更しました。これからもし、また新しく書くときは、この名前ですので、お見かけした際はお声をかけていただけると嬉しいです。

 小説というにはあまりにも拙く、私の私的感情を爆発させるため書いているようなものですが(所謂ストレス発散)……。
 読んでいただき、ありがとうございます。
 暇な時間があれば、また、ふらっと現れます。
 どうぞその時は、「ああ、またこの人書くのか……」と、呆れながらも読んでいただけると幸いです。



(本編)
執筆開始 2014年 2月5日
執筆終了 2015年 1月25日





 ○現在、完結後の「彼女たちの物語」を書いております。本当は書くつもりはなかったのですが(ただいま実習中)、暇なときにちょこちょこやっていくつもりです。懲りずに(笑)
 ○あと、Twitterをまたまた始めました(既に4回消してる)。IDは@moto_asakuraです。ゆるゆる始めます。いろいろと。



(彼女たちの物語)
執筆開始 2015年 1月28日





    夜多 岬 (元 朝倉疾風)




Re: 花と愛と毒薬と ( No.28 )
日時: 2014/04/04 22:28
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
参照: http://ameblo.jp/xxxoo-nico



空さま


 いいですよ!

 敬語でなくても全然かまわないです(笑)
 朝倉は文面だとタメにはならないですね……なっても苦手な標準語なので、敬語で突き通します!

 

Re: 花と愛と毒薬と ( No.29 )
日時: 2014/04/10 17:41
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
参照: http://ameblo.jp/xxxoo-nico

 いざ益田邸へ。
 と言ってもぼくがこれから向かうのはカオリの一人暮らししているマンションだし、ぼくのトラウマがたくさん詰め込まれている旧益田邸なら、歩いて五分もかからないところにある。昔は綺麗に庭の花や木が剪定されていて、近所の人から「花園みたいねぇ」と好評だった益田邸も、今ではすっかり荒れ放題になっている。土地を売ろうにも、買取り手が見つからないんだそうだ。
 横目で旧益田邸へと続く道を見ながら、足はそれとはぎゃくの方向を目指す。ぼくの家がある地域は田んぼだらけで特に派手なお店もないけれど、交通量の多い国道沿いの道へ出れば、それなりに賑わっている。そこまで歩く。今は冬だからあまり感じないけれど、夏になると暑くて暑くて死にそうになりながら学校へ向かっている。自転車で行けと母さんは言うけれど、カオリは自転車に乗らないから。
 交差点の信号を待っていると、後ろから誰かが走ってくる音がした。振り返らなくてもそれが誰だかわかる。そいつはぼくの真横に来て追いついたと言うふうにぼくの腕を掴んだ。視線をそちらに向ける。想像通り、詩朱だった。
 その瞬間、信号が青になる。
 歩く速度を少し速めてみる。詩朱もついてくる。どこまでついてくるのかなと、試しに競歩に近い速度で歩いてみる。さすがに歩きでは追いつけないのか、詩朱が小走りになる。

「ちょっとなんの嫌がらせかな。急にスピードが変わったように思えるんだけれど」
「気のせい気のせい」
「いやいや。止まっておくれよ」

 ぜえぜえと詩朱の息があがってきたので、速度を落とす。相変わらず体力が亀並みだ。亀といえばお祭りで小さなミドリガメをもらって、しばらく家で飼っていたんだけれど、あいつはどこに行ったんだろう。母さんが大切に育てていた気がする。

「いやはや一週間分の運動をした気がするよ」
「ちょっとは運動しろよ。デブるぞ」
「女性に対して“デブ”と発するのは些か問題があると思うんだけれど。顔が良い真矢くんはそんな無礼きわまりない発言をしても、大抵の女性は許してくれるんだろうね。ボクは非常に憤慨しているわけだが」
「太るぞって言っただけじゃん」

 そこまで気にするほどの体型でもないだろ。年頃の娘ってのはよくわからん。
 それにいつも思うんだけれど、こいつはぼくのことを「顔は良い」と言っているがそれは褒めてるのか。会うたびに毎回そんなことを言われちゃあ、ぼくだって図に乗るぞ。
 腕を掴んでいた手が、そろそろと降りてきて、ぼくの手を掴む。

「…………おててつなぐ?」
「ボクは冷え性なんだよ。真矢くんの手は温かそうだったからね。握らせてもらうことにする」
「それはかまわないけれど」

 けれど。
 いや、でもどうだろう。
 中学一年生と高校二年生が一緒に手を繋いで歩いているっていう図は、些か問題ありなんじゃないのか。ただでさえ近所の評判が芳しくないのに、そのうえ女子中学生とデキてるなんて噂がたったら就職先にまで影響が出るんじゃないだろうか。ぼくを雇ってくれる企業があるならの話だけれど。
 ぼんやりとそんなことを考えていたら無言になってしまったらしく、詩朱が不審そうな表情で見上げてくる。

「いつもお喋りなのにどうして無口なんだい。昔の真矢くんに戻ったみたいで、少し怖いんだけれどなぁ」
「あー…………ぼくって無口だったっけ」
「おトイレ行きたい、っていうのもロクに言えない子どもだったじゃないか」

 嘘つけ。普通にひとりで行けてたぞ。
 ジト目で睨むとキシキシと詩朱が笑う。相変わらず下手な笑い方だ。笑顔は可愛いのに。

「ボクは真矢くんのことをちゃんと見ているからね。もう保護者ポジションで」
「おまえ、他にやることないのかよ」
「りーくんに頼まれてお店の金魚にエサくらいはあげているよ」

 もっと他にやるべきことあるだろう、中学生。でもぼくも勉強やら部活やら家事やらについて人にとやかく言う資格はない。ぼく自身がダメ人間すぎて生きているのが図々しいなと感じるレベルだから。

「真矢くんも、他にやることないのかい」

 それは突然、ぼくの心のど真ん中に入ってくる。痛み…………かもしれない。それがなんなのかはわからない。でも確かに、詩朱の言葉は意味のあるものとしてぼくの中に浸透していく。
 詩朱は笑っていた。
 ぼくの答えを予想しているかのように。なんでもお見通しだと笑っていた。
 その目を見てぼくはなにも言えなくなる。視線もそらせず、固まることしかできない。大人はきっとこんな子と喋るの嫌だろうなぁ。

「暇人なんだね」

 他人の目に自分がどう映っていようが興味はない。
 でも、たまに考える。
 詩朱の目に映るぼくは一体何者に見えているんだろうと。

「ボクも暇だよ。退屈だと思ったことはないけれどね。真矢くんも、どうせこの世界とバイバイするのなら、もう少し有意義に時間を使った方がいいと思うんだ」

 繋いでいる手は確かに冷たい。でもこちらの体温が奪われているんじゃないかと思うほど、ぼくの身体も冷え切っていた。

「益田香織のことなんかよりも、大切なものがあるだろう」

Re: 花と愛と毒薬と ( No.30 )
日時: 2014/04/23 22:26
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
参照: http://ameblo.jp/xxxoo-nico



 
 大切なものをひとつ言えと言われたら、大体が似たような答えが返ってくる。欲望丸出しで金だと言い張るやつもいるし、本心から言っているのか綺麗事を並べているのかはさておき、家族や友人、恩師が大切だと言うやつもいる。でも状況や立場でその価値観はぐるりと変わっていく。“大切”なんてものは案外、曖昧なものなんだろう。

「つまり益田香織は“大切”よりもっと上の存在ってことなのかい?」
「いいや。ぼくにとっての“絶対”かな」
「ずいぶんと狭い視野で人間を見ているんだね、真矢くん。ボクは他人からそんなふうに見られていると知ったら、きっと気味悪がって警察に駆け込むんだろうけれど」
「それが正解だよ」

 ぼくみたいなのに好かれているなんて、その人が可哀想すぎる。

「益田香織は真矢くんの“絶対”になることを望んでいるわけじゃないだろう」

 本人が望んでいなくても、ねえ。
 無意識のうちの依存でしょう。 





 カオリのマンションが見えてきたところで歩く速さを少し落とす。
 ぼくの視線の先にひとりの男がいた。
 男は周りをキョロキョロ見渡しながら、首を捻ったりため息をついたりしている。道に迷っているふうだったけれど、あいにくぼくは方向音痴で土地勘でここらを歩いているもんだから、道案内できる自信もない。それに人に道を聞かれるような性分でもないだろう。
 そのまま男の横を素通りしようとした。したのだが。

「あの、すいませ〜ん。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど」

 男の方がぼくに声をかけてきた。俳優みたいな男だな。
 無視をして通り過ぎるのも失礼かなと常識人な方の考えが働いて、歩みを止める。詩朱もそれに習った。
 男の顔を見る。
 …………あれ。なんだこの感じ。胃の中のものがせり上がってくる感覚。嘔吐にも似たあの感じ。
 男の方もぼくを見て、少し驚いた顔をした。目を丸くさせて、男前な顔が一瞬間抜けにも見える。なんだかジロジロと観察してくる人だなぁ。野郎の顔なんか見て楽しくもないだろうに。
 ただぼくの方もその男に見覚えがあった。どこかで会ったっけと思い返してみても、なぜか濃い霧がかかったようにモヤモヤする。
 対して男は花が咲いたように笑い、ぼくに歩み寄る。

「久しぶりですね、塚原さん」

 その声を聞いたとたん、ぼくの頭の中で記憶が渦のようにぶり返してきた。
 人当たりの良さそうな笑顔でそいつは近づいてくる。思い出したくもないけれど、その顔を見て、思い出の中で掠れていた輪郭がはっきりしてくる。ああ、こういう顔だったな、こいつ。
 南野秀一は外見で人に好印象を与えることに関しては長けている。才能と言ってもいい。人は内面よりまず外見を見て相手がどういう人かを想像する。その点、顔が綺麗な方が得っちゃ得だろう。そのうえ性格も良いとくれば文句のつけようがない。満点だ。
 だけど南野秀一は性格だけで見れば、百人が百人とも「下衆」だと答えるだろう。性格の善し悪しじゃなく、こいつは人間といて最悪なのだ。根性が腐っているとしか思えない。それほど汚くて卑しくて歪んでいるやつだ。
 …………人間の最低基準のぼくがここまで言うんだから、どんだけダメな大人なんだよクソと軽蔑する。まあ通常の人から見ればぼくも軽蔑対象になるんだろうけれど。それでもこの男よりはできる方だと思う。

「あっれれ。顔とか忘れちゃいましたかね。ほら、益田の家でお世話になっていた南野秀一ですよ。覚えてますか?小さい頃に数回しか会ったことないから、忘れてるんですかね」
「残念なことにいま思い出しました」
「うわあ、声変わりしてる…………。大人になりましたね」

 勘の良い詩朱は警戒心丸出しで、ぼくの傍から離れようとしない。得体の知れない不安定さが南野さんにはあって、こちらもなるべく目を合わせたくない。

「そちらのお嬢さんはどなたですか?ずいぶんお可愛らしいですが」
「ただの近所の子ですよ」

 関係の薄さを強調する。手を離せばよかったかなと後悔した。
 詩朱は軽く一礼したが、特になにも言わなかった。
 南野は薄目で詩朱を見て、なるほどと頷く。そして不気味な笑顔をつくった。本人は素の笑顔を見せているんだろうけれど、ぼくにとっては気味が悪いことこの上ない。この男の性分を知っているせいか。

「こっちに帰って来たのはいいけど、ここらの道がわかんなくてですね。ほら、昔と違って店とかけっこう建ってたりするでしょ。迷って困っちゃったんですよね。寒いのなんのって」
「そうですか」

 相変わらずお喋りな人だな。聞いてもいないことをベラベラと喋るわりに、重要なことをなにも言わないで黙っているんだから、余計にたちが悪い。

「前の家での忘れものをちょっと。俺もあそこに戻るのは少し勇気がいるんですが、どうしてもと頼まれたんで」
「大変ですね。お世話係は」
「いえいえ。好きでやってることですから」

 皮肉ぐらい通じて欲しい。鈍いのかあえてわからないふりをしているのかがわからないから、余計にイラッとする。

「じゃあぼくたちはこの辺で」
「はーい。ああ、そういえば塚原さん」

 南野さんに呼び止められたけれど、振り返ることはしなかった。

「帆乃香が泣いてましたよ」

 彼の声が背中にぶち当たる。同時にじわりじわりと心を喰まれるような感覚に襲われた。それに耐えられなくなりそうで、無意識に詩朱の手をつなぐ。少し戸惑ったように詩朱がこちらを見た。いつもどおりへらへらと笑ってみせる。上手く笑えてんのかなぁ。

「下手くそだね」

 詩朱に笑われた。
 あまり可愛くない笑顔だった。

Re: 花と愛と毒薬と ( No.31 )
日時: 2014/04/29 20:08
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
参照: http://ameblo.jp/xxxoo-nico

「いるんだね。雰囲気で関わりたくないなと思わせるやつなんてさ」

 立ち去る南野さんの後ろ姿が見えなくなった頃、詩朱が呟いた。姿は見えなくても、あの男なら聞き耳をたてて人の会話を盗み聞きしかねないと、ぼくにしか聞こえない程度の小声で。賢明な判断だ。どんな馬鹿でも南野さんになつこうとするやつなんていない。
 そこまで考えて、ある一人の人物が思い浮かんだけれど、ぼくにとって悪影響でしかないので無理やり記憶の憶測にねじ込んだ。さっき名前を聞いたせいだろうか。冷や汗が止まらないままだ。
 それより南野さんが詩朱に対してあまり言及してこなかったのには助かった。あの人が詩朱に興味を持ったら、この子が何をされるかわかったもんじゃない。完全に不審者扱いだけれど、本当にあの人は不審者どころではないのだ。
 危険なものに自分から面白がって近寄るやつではないけれど、一応詩朱に念を押しておく。

「詩朱、アイツとは絶対に関わるなよ。俺よりも人柄が悪くて最低なやつだから」
「真矢くんよりも?人間やめなきゃならないじゃないか」

 電信柱に肩と頭をぶつけそうになった。
 そんなに残念なのか、ぼくは。

「本当にぼくの利点って顔だけなのか?一途なところも長所だと思うんだけどな」
「一途どころじゃなくて、病気の域だと思うんだけれどね。真矢くんの重たすぎる思いは、きっと拒絶すらできないほどなんだろうね」

 他人事だから言えることなんだよと、詩朱が笑う。今日はよく笑うな。一体なにがそんなに面白いんだか。

「まあ、ともかく…………南野さんには近寄らないようにな。話しかけてきても無視しろ」
「心配してくれるなんて優しいじゃないか」
「真面目に言ってんだよ。詩朱があいつになにかされたら、ぼくはきっと、」

 きっとあいつを殺してしまう。
 無意識に詩朱の手を強く握り締めていた。軽く手の甲を叩かれる。離すと、手をさすりながら詩朱がジト目でぼくを見た。そんなにきつく握っていたのか。
 人と手を繋ぐという行為はあまり好きじゃない。断じて汗っかきだからというわけではない。その手が離れる瞬間、どうしようもなく寂しさが込み上げるからだ。ガラでもないけれど。

「そろそろ行くよ。カオリを起こして、学校に行かなきゃ」
「ラブラブで登校するなんて青春だね。羨ましいかぎりだよ」
「なら学校に行けよ。おまえにだって彼氏のひとりくらいできるんじゃないか」

 詩朱の手が離れる。
 やっぱり、心にぽっかりと穴が空いた。人の温かさに慣れると、独りの時間に潰されそうになる。
 ああ、いま、無性に死にたい。
 自殺したい。
 カオリと手を繋いだまま線路の上にうつ伏せて、踏切の音に耳を傾けながら、駅のホームに大量の血を浴びせるんだ。汚い死に方。とても汚くて人に迷惑をかける死に方。だけど人々の印象に残る死に方。ぼくはカオリと見た飛び降り死体のあの子のことを、一度だって忘れたことはない。彼女もぼくと同じように、死にたくて死にたくてたまらなかったんだ。
 ぼくは臆病者だ。
 自分で手首を切ることもできない。バスタブに水を張って、毎日カッターで手首を切ろうとしていた父親の姿を思い出す。母さんは必死で止めていたけれど、放っておいてもよかったんじゃないか。死ぬ理由があるのなら、生きていたって意味はないし。自分なりに覚悟があって死ぬのなら、立派な最期だよ。心の底から拍手を送ろう。
 ……それに比べてぼくは、死ぬ理由を他人に押し付けている最低な野郎だ。
 ぼくが死ぬ理由なんて、たったひとつ。

──帆乃香が泣いていたよ。

 ぼくを狂わせたあの女から逃げたい。
 ただそれだけだ。






 小さい頃から自分はどうして生きているんだろうかと、疑問を持たずにはいられなかった。
 この世界に悠長に根を這って、我が物顔で自分の人生を歩いている。後ろ向きに。
 呼吸をすること、瞬きをすること、食事をすること、眠ること。生きるために人間はいつだって忙しそうだ。いちいち息をしなきゃいけない。栄養を摂らなきゃいけない。病気や怪我を避けなきゃいけない。毎日たくさんすることがある。その日、その時を生き抜くために。普通の人間が当たり前にしていることが、Mにとってものすごく苦痛なことだった。
 学校や仕事に行く人間の気持ちが理解できない。なぜそこまでして社会に溶け込もうとするのか。自分だけの殻に閉じこもって、じっとしていればいいのに。
 閉鎖的な思考を持つMは、やがて生きることをやめた。そして、死ぬことにした。
 どんなふうに死のう。
 人の記憶に残るような死に方がいい。
 だけど汚い死に方は嫌だった。綺麗に死にたいと願った。
 自殺サイトをめぐり、自分と似ている考えを持つ人間がたくさんいることを知った。生きることになんの意味も見いだせない者たち。優しいだけじゃない世界に打たれて、居場所をなくした者たち。
 彼らの悲鳴を、慟哭を、叫喚を、Mは身近に感じた。
 タイピングする手の動きが素早くなる。小さなノートパソコンの中で、Mは彼らにこう告げた。
 自身が、彼らの死を誘う者になるために。

「死ぬことは怖くないですよ。私がついていますから。みんな、仲間です。M。」



Re: 花と愛と毒薬と ( No.32 )
日時: 2014/05/03 14:51
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
参照: http://ameblo.jp/xxxoo-nico

 予想通り、マンションの鍵は開いていた。無用心だなと思ったが無言で中に入り、靴を脱ぐ。電気は点けずにズカズカと人様の、しかも女子高校生の部屋に押し入り、彼女の死体を見つけた。……ああ、いや違う。死体じゃない。眠っているだけだ。
 ベッドの上で手足をだらんとさせて、完全に動きを止めて眠っているカオリの姿は、遠くから見ると死体みたいだった。それは一枚の絵のようでもあった。布団をかけておらず、痩せている肢体が晒されていて、風邪をひきそうな格好。真冬だというのに、着ている服は白地の薄いタンクトップと、下は下着だけだった。膝小僧にはいくつか痣がある。そして不自然に皮膚の色が違う箇所がある。太ももの付け根から膝小僧にかけて、細く、数十センチほどに伸びている痕。触れようとしたけれど、やめておいた。
 ゆっくりと近寄って、上からカオリの寝顔を見下ろす。そして驚いた。閉じている目から涙が流れている。泣くというよりは自然に流れているといった感じで、頬に濡れた痕を残している。

「本当にお姉さんに似てるな」

 皮肉っぽい台詞だ。こんなことカオリに言ってもしょうがないのに。カオリでさえ彼女に似ているだなんて御免だろう。小さい頃はそうでもなかったのに。成長して、綺麗になって、似てきた。ぞっとするほど瓜二つ、というわけではない。普段はめったに変わらない表情が崩れかけるとき、目元や唇の震え方がよく似ていた。あと、声。少し低めの少年のような声が似ていて、正直、カオリの苦手なところは声だったりする。お喋りな性格じゃなくてよかった。
 そこまで思って、自分がかなり苛立っていることに気づいた。
 イライラしているのは南野さんに会ったからかもしれない。あの人から発せられる言葉はすべて、人を不快にさせるものだとわかってはいる。だけど、わかっていてもどうしようもなく、ガリガリと脳裏を削られるのだ。腹が立つ。泣きたくなる。子どものように叫びたくなる。死にたくなる……のはいつものことだけれど。
 南野の野郎、殴ってやればよかった。あいつのことだから、殴られても面白がってにんまりと笑うんだろうな。
 子どものままだねとか言って、上から笑ってるんだろうな。
 気に食わない男だ。本当に。
 あの薄笑いを思い返しただけで、暴力の衝動に駆られる。くっそ、くそ。クソが。

「っっっっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」

 ぐちゃぐちゃに、ドロドロに、めちゃくちゃに。頭の中がこんがらがって、ゲロみたいだ。ていうかぼくの脳みそってゲロなんじゃないのか?そもそも存在自体がゲロで、生ゴミに出されて、ポイッなんじゃないの?燃えるのかな。不燃で有害ガスをそこらへんに撒き散らしていそうだ。
 簡単な感情だけじゃなくて、もっと底にある、複雑なものまで一気に高ぶった。蓋をしようとしたけれど、抑えきれない。情緒不安定すぎる。いつもグラグラで些細なことで崩れる。カオリほど極端ではないけれど、ぼくも一応、普通のなりそこないなんだよ。
 カオリが驚いた顔でこっちを見ている。
 さっきので起きたのかな。目を丸くさせて、なんだかとっても可愛い顔をしている。そんな顔で見ないでください。ぼくを視界に入れないでください。そんな、帆乃香とよく似た顔で。過去から逃げようと必死なんですよ、ぼく。未来なんて見据えれるわけないじゃないですか。まだ過去が追いかけてくるんだから。あーたかが生きるだけでなんでこんなに必死なんだ、早く死にたい。

「真矢……なに、どうしたの……」
「さっきさぁ、南野さんに会ったんだよね」

 顔がひくついているくせに、口調はやけに冷静だった。
 南野さんの名前を出すと、あからさまにカオリが顔をしかめる。またその話題かよ、とうんざりしているのかもしれない。けれど構うもんか。

「あいつ、本気でムカつく。殺してやりてえって思った!わざわざぼくに言わなくてもいいと思うんだけどな!マジ死ね死ね死ね死ね、死んでしまえ」
「落ち着いてよ」
「落ち着いているよ。自分でもビックリするくらい、落ち着いているよ」

 正直、落ち着いてはいなかった。体の震えは止まらないし、変な汗は出るし、こんな醜態をカオリに見られていると思うと恥ずかしくてたまらない。穴を掘って入りたい。だけど体のあちこちにあるスイッチがすべて逆方向に入っちゃったんだから、しょうがない。今のぼくは冷静だけど正気じゃないんだ。

「夢を見るんだよ、カオリ。ぼくも夢を見るんだ。目の前で次々と人が飛び降りる夢をさあ。なんでだろうね。あれから6年も経ってるのに、こびりついて離れやしない。何人も何人も何人も飛び降りるんだよ。それで決まって最後は、最後はさぁ、」

 ぼくと、もうひとり。
 手を繋いで一緒に飛び降りるんだ。
 そのもうひとりは、カオリじゃない。カオリなんかじゃない。

「もうわかった。わかったよ真矢。だから、落ち着いて…………」

 優しい声色で慰めてくれるカオリをそのままベッドに押し倒した。彼女がさっきまで眠っていた場所。ほのかに香る花の匂いに頭がクラクラした。
 花の、匂いか。
 そのまま静かにキスをする。何度も何度も。舌を舐め、口腔を掻き回す。それだけで満たされる気がした。カオリは抵抗などしなかった。いつもこういうことをするとき、カオリは抵抗どころか、嫌がる素振りすら見せない。だけど自分から積極的にくるわけでもなく、じっとぼくを見ている。

「南野さんにヤらせた?」

 ゆっくりとカオリが首を横に振る。安堵しながらもう一度キスをした。
 片手でカオリの下着を降ろす時、先ほどは躊躇われた、太ももの傷跡に触れてみた。なぞると指の腹でもわかるほど凹凸が激しい。彼女がたった一人の姉につけられた傷で、同じようなものを、ぼくの体も刻んでいる。

「あんまり見ないでよ」
「綺麗だなって思ってたんだよ」
「綺麗じゃないよ」
「今からすることは、綺麗じゃないかもね」

 変なの、と笑う。
 カオリと登校するためにここに寄ったのに。南野さんのせいで予定が狂った。ついでにぼくの人生、最初から狂いすぎてて、修正不可能だ。本当に笑えないよ。せめてぼくのトラウマだけでも過去に置いてけぼりにできたなら、もう少し違っていたかもしれないな。


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