複雑・ファジー小説

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花と愛と毒薬と {episode}
日時: 2015/01/28 23:50
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 1年弱の長い執筆がようやく終わりました。
 執筆中、朝倉疾風から夜多岬に名前を変更しました。これからもし、また新しく書くときは、この名前ですので、お見かけした際はお声をかけていただけると嬉しいです。

 小説というにはあまりにも拙く、私の私的感情を爆発させるため書いているようなものですが(所謂ストレス発散)……。
 読んでいただき、ありがとうございます。
 暇な時間があれば、また、ふらっと現れます。
 どうぞその時は、「ああ、またこの人書くのか……」と、呆れながらも読んでいただけると幸いです。



(本編)
執筆開始 2014年 2月5日
執筆終了 2015年 1月25日





 ○現在、完結後の「彼女たちの物語」を書いております。本当は書くつもりはなかったのですが(ただいま実習中)、暇なときにちょこちょこやっていくつもりです。懲りずに(笑)
 ○あと、Twitterをまたまた始めました(既に4回消してる)。IDは@moto_asakuraです。ゆるゆる始めます。いろいろと。



(彼女たちの物語)
執筆開始 2015年 1月28日





    夜多 岬 (元 朝倉疾風)




Re: 花と愛と毒薬と ( No.18 )
日時: 2014/03/18 17:38
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 “M”と聞いて思い出すのは、小野紅音の前に自殺した少女の遺書。
 都内の私立中学に通っていた、ごくごく普通の中学生が突然飛び降りたことは、まだ記憶に新しい。「死んで、Mに会いたい」という謎の遺書を残して。そこまでして会いたい人がいるなんて素敵じゃないかと思っていた。ぼくもカオリが死んだら真っ先にその後を追いかけるだろう。……ああ、やっぱりダメだ。死ぬのが怖くて躊躇してしまうかもしれない。カオリ無しで生きていくなんてとても考えられないが、ひとりだけで死ぬのは怖い。怖すぎる。考えると負の思考にグルグル頭を悩ませることになるので、いまは考えるのをよそう。
 癖なのか指の爪で唇の端を軽く引っかきながら、中澤がぼくの顔を伺う。
 なんでこんなに見られるんだろう。そんなに変な顔をしてるだろうか。

「殺されたって……どういう意味」
「間接的に手は加えられてないとしても、わたしは、紅音はMに殺されたと思っています。……Mが紅音を自殺するまで追い込んだ」
「そんなことは報道されていなかったと思うけど」
「はい。わたしは紅音から直接、そのMってやつの話を聞いていたんです。少し前に自殺した中学生のこともあるから、下手にMの名前を出すと大げさに書きたてると思ったので、誰にも言ってないんです」
「……………。…………それで?」

 相槌を打つのも面倒くさくなったので、結論を急いだ。けっきょく、この子はなにが言いたいんだろう。告白ではなさそうだなってことは雰囲気でわかったけど。
 
「ハッキリ言わせてもらいますけれど」

 そう前置きして、中澤は言い放つ。

「わたしは益田さんがMなんじゃないかなって思ってるんです」

 おおおー潔いほどスッキリ間違えてくれているから、なんか笑いそうになったぞ。
 中澤は、きっとカオリをMだとするための証拠なんて何一つ持ち合わせてないんだろうな。おそらく直感的に、あとカオリの過去を半分ほど誤認したうえで、こうして彼女に濡れ衣を着せようとしている。それはぼくにとってもひどく心外であったけれど、彼女がそう思うのも無理はないから、特に怒りは生まれなかった。否定はさせてもらうが。

「違うよ」
「違うんですか」
「うん。全然違う」
「…………嘘は誰でもつけますよ」

 そんなにしょんぼりした顔をされても困る。こっちは愛する人が自殺をたぶらかした元凶だと誤解を受けている身なのに。

「聞きたいんだけど、どうしてカオリがMだって誤解してるの」
「それを説明すると、少なからず塚原くんに嫌な思いをさせることになるんですけど」
「いやもう若干なってるから」

 嫌味を言ったつもりは毛頭ないんだけど、明らかにバツが悪そうな顔をされた。
 視線を合わせることが億劫になったので、校舎の壁と見つめ合うことにする。一際風が強く吹いて、寒さで耳が痛い。

「塚原くんが巻き込まれた六年前の事件に似ているので、もしかしたら益田さんが今回も絡んでるのではないかと思ったんです」

 六年前。
 ぼくとカオリの関係が大きく変わった出来事。
 ひどく胸がざわつき始めたが、中澤は気にせずに続ける。

「目の前で両親を殺された子どもは大人になったとき、きっとその殺人犯を殺してやりたいという復讐心にかられるでしょう。恐怖心が成長するにつれて暴力的な感情に変わっていくんです。そしてあんなに嫌っていたはずの殺人を自分の手で犯してしまうものなんですよ。それと一緒です」

 乾いた口調。粘着く、耳障りな声ではなかったので聞く分にはさほど不快ではないが、図星すぎてチクチク胸に針が刺さる。もちろん喩えの一例で、実際に心臓に針が刺さるような状況なんて無いだろうけど。 

「六年前の犯人も何人も何人も殺して、きっと感覚が鈍ったんでしょうね。それとも生まれつき狂ってたのかな。命の重みがわからないから、同じことを繰り返すんですよ」
「……カオリを犯人前提にして話を進めるのはやめてほしいな。あくまでそれらはきみの憶測なんだから」
「ごめんなさい、口が過ぎました。でも変ですよ。塚原くんは巻き込まれた側なのに。庇うのはおかしいです。まともな神経してない」

 ふっはっはーと笑いがこみ上げてきそうになる。
 まともな神経、か。確かに持ち合わせていないな。
 でも庇うっていうのは違う。六年前の事件を表面だけしか見ていない中澤が、ぼくとカオリの関係を理解するなんてできっこない。

「べつに庇ってるつもりはないよ。ぼくが言いたいのは、いまの事件と六年前を結び付けないでほしいってこと。カオリはこの事件には関係してないよ」
「どうしてそう断言できるんですか」
「カオリが死に対して人一倍臆病だからだよ」

 彼女が歩いている道は生き地獄だ。
 左右どこを見ても死が付きまとう。日常の中、常に死ぬことを意識する人間なんていないだろう。でもカオリは無意識に死ぬことを意識してしまっている。彼女が見ている景色は死という闇だけだ。そんな世界、捨ててしまえばいいと言っても、首を縦に振ってくれない。ぼくと二人で自殺する決断は、まだ彼女には早いみたいだ。

「なら、塚原くんが関係してるんですか」

 建前も理論もすべて無視して、中澤が感情をあらわにしてくる。
 お友達が自殺してショックなのはわからないでもないけれど、どこにもぶつけられない怒りを押し付けられても困るし迷惑だ。

「ぼくも無関係だよ」

 へらへらと笑ってみる。
 嘘くさいなと自分でも思った。
 中澤は寒空の下での立ち話が嫌になったのか、「昼休み終わっちゃうので、教室に戻りましょうか」とだけ言って、ぼくの返事を待たずに歩き出した。

────もうこれで共犯だね。

 ざわりと耳筋を撫でるような声が反響した。
 痩せ我慢をして無理に笑顔なんか作るから。
 収まれ収まれ思い出すな思い出すな思い出すな。下唇を噛みすぎて血の味が、濁った鉄の味がする。カオリの嫌いな色、臭い、粘ちっこい黒の血液。

「ああ、無関係だよ」

 もうそこに中澤はいないのにひとりで呟いてみる。
 六年前のことも無関係で、カオリとも無関係で、この世界とも無関係だったら。吐き気がしそうなほど、ぼくにとって都合が良い。


Re: 花と愛と毒薬と ( No.19 )
日時: 2014/03/24 18:06
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

第二章 「I embrace you in sorrow.」


 ぼくの最近の悩みはカオリが反抗期なことだ。
 前々から思っていたけど、カオリはぼくに好きとか嫌いとかの感情を抱いているわけではない。頭をゲシゲシ掻きむしって否定したい事実だけど、「恋人」だという認識はほぼ無い。ぼくらの関係は、友情だの家族だの恋愛だので一括りできるほど単純なものじゃないから。
 それは承知だけれども。
 ぼくはカオリに好きだ好きだと伝えていて、少なくともカオリは拒絶しているわけではないのだから、ぼくの気持ちを、思いの丈を、少しばかりは受け入れているととっても良いはずだ。だったらカオリはそれなりに他の男との交友関係を考えるべきなんだと手を振り上げて主張したい。
 事の発端はカオリの一人暮らしに、南野秀一という男が手助けしているとわかったから。
 ぼくは数える程度しか会ったことがないから顔もうろ覚えだけれど、カオリの家のお手伝いさんみたいな役目をしていた。リンチにあって道端に捨てられていた南野さんを、変わり者のカオリの父親が拾った…………というドラマみたいな展開の話を聞いたことがある。未だに本当かどうかわからない。
 でも大事なのはそこじゃなくて。カオリの世話をすることを口実に、一人暮らしの女子高校生の部屋に男が乗り込んでいることが重要であって。あとそれをぼくに言わなかったカオリに対してもイライラしているわけで。
 子どもじみた考えで感情のままにカオリと接したから、今度はカオリがキレた。
 一週間、無視された。
 けれど所詮、一週間しか彼女がもたなかった。

「こうなることはわかってたんだろう」

 保健室は暖房が効いていて暖かかった。微細にエアコンの空調音が聞こえてくる。それ以外は生徒の笑う声も特に聞こえない。授業中だからか。
 ベッドで眠っているカオリの傍で、粟島萌希は呆れ顔でそう言った。
 ぼくと粟島とカオリだけの空間がそこには確かにあって、そこだけ別世界な気がした。他とは違う空気を感じながら、ぼくはじっとカオリの寝顔を見つめた。

「中学のときもこういうことあったよね。きみがいないともう生きていけないって、益田自身が気づかなきゃいけないのにさ」
「…………カオリを保健室まで連れてきたのって粟島?」
「そだよ。一応は委員長だからね」
「ありがとう」

 素直に礼を言う。
 カオリのネジが外れたとき、ぼくは傍にいなかった。
 成績が芳しくなかったため、担任から呼び出しをくらい、このままでは進学できないぞ云々とお説教された。たっぷり無駄な時間を使ってそれらを聞き終わったあと、教室に戻ったのはいいんだけど。
 中にいたクラスメイトが一斉にぼくを見て、まるで害虫かなにかを見つけたように声をあげた。黄色い歓声ではなかったので、ぼくがアイドルみたいに歓迎されているわけではないのだと確信した。
 視線がチクチク痛いなか、教室内に入って、「…………」そこで足を止めた。床いっぱいに嘔吐物。白い液体がべっとりと撒き散らされている。誰ひとりとしてそれを片付けようとしない。列から乱れている机とひっくり返っている椅子。隅にあったゴミ箱は中身がぶちまけられていて、ぺしゃんこのペットボトルやお菓子の袋、丸まったプリントなんかが散乱していた。
 思い当たることはただひとつ。
 教室から出ようとするとき、クラスメイトの何人かが「キチガイ」と言っているのを聞き逃さなかった。
 異常なものを見るようにねっとりとした視線を送ってくるやつらを、ぼくは軽蔑したりしない。彼らの反応は間違ったりしていないから。
 

 五分前の出来事を思い出して、苦笑する。
 周囲との隔てが鎖国並みになっちゃったか。孤立どころの話じゃないな。

「そろそろ自覚しなよ。益田にとってきみは安定剤みたいなもんなんだって」
「まさか」

 これ以上ぼくを自惚れさせないでくれ。
 自然に顔がにやけるのを堪える。周囲の評価なんてまったく気にならないけれど。ぼくって案外、自分に対しての高評価は間に受けるタイプなのかもしれない。

「きみとまともに話してなかったから、ああなったんだよ。カウンセリングとか受けてないの?」
「そんなものは無意味だよ」

 根元からぶっ壊れているのに、治しようがないじゃないか。
 横槍を入れられて発達の見込みのない心をどうにかしようなんて、無謀すぎる。
 傷みは時間が治してくれるなんて嘘だ。
 現にぼくとカオリの背負う傷は癒えるどころか、そのまま引き伸ばし状態になっている。皮肉なことに、ぼくはそれをカオリと一緒にいる理由にしてしまっている卑怯者だ。

「意味のないことはしちゃダメなの?」

 とんっと。
 あるのかないのかわからない心にその言葉が触れる。

「きみたち二人にとってなにが幸せなのかわかんないけどさぁ。なんだか昔のままだよ。全然、成長してない」

 あの時のままだ。
 過去のぼくもぼくを見て笑ってる。
 なにひとつ変わってないなって。

「同じところをグルグル回って、迷子みたい。きみたちをそこから出してくれる人は、まだいないんだね」
「突き落としたやつなら、いるけどね」

 半ばきつい口調になったのはしょうがない。
 痛いところを突かれたから。
 粟島のそういうところ、嫌いじゃない。

「深い深いところまでぼくたちを落としておいて、そのまま放置だよ。ぼくらは一体どうすりゃいいんだろうね」
「…………まるで他人事みたいだよ」

 どうして粟島が辛そうな顔をするのかわからない。なんとなく心配してくれているような気がした。

Re: 花と愛と毒薬と ( No.20 )
日時: 2014/03/27 22:09
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 カオリが目を覚ましたときには、その日の授業がすべて終わっていた。
 ちょうど六時間目終了のチャイムが鳴り、これから掃除が始まるというときに、静かに目蓋を開ける。粟島が授業に戻ったあともカオリの見舞いを言い訳に授業をサボっていたぼくは、保健室の先生と世間話に花を咲かせていたから、カオリの覚醒に気づけなかった。
 ベッドを区切っているカーテンが開く音で、カオリがよろよろとベッドから降りてきたことを知る。
 なんと声をかけていいのか迷ったが、ぼくよりも早く保健室の先生が動いた。様態や状況を説明し、自分が教室で吐いたことを覚えているかと尋ねる。それらをカオリは無視し、乱れた髪の毛を整え始めた。。困ったように先生がぼくを見る。
 パイプ椅子から腰を上げ、自分にとってのぼくの必要性をまったく理解していないカオリを抱きしめる。前からそっと。傷つけないように。小さな頭を撫でると、微細に肩が震えた。そして小さい声で、

「死ぬ夢を見た」

とだけ言った。
 ぼくにだけ聞こえるように。
 その言葉に頷き、ぼくは抱擁をといてカオリの手をとる。小さくて柔らかい子どもみたいな手。
 戸惑っている先生にお礼を言って、足早に保健室から立ち去る。
 はやく二人きりになりたいと思った。




 保健室から出たあと、教室に戻らずにそのままカオリのマンションに帰宅した。
 その間は一言も話さなかった。なんとなく会話は必要ないかなと思ったから。
 カオリはマンションの扉を開け、ぼくの腕を引っ張って玄関へ入り、「うおっ」半ば強引にぼくの身体を壁に押し付けた。背中がゴンッと壁に当たって鈍く痛む。痛がるのは後回しにして、真っ先にカオリの心の痛みを少しでも和らげることに努める。

「怒ってる?」

 静かに問う。その答えは返ってこないとわかっているけれど。

「ぼくに相手にされなくて寂しかった?」

 肩を抑えている手の力が微妙に強まった。
 素直に寂しいと言えばいますぐにでも甘やかして構い倒すのに。プライドが高いというより、ぼくに寄りかかることに罪悪感を覚えているんだろうな。頼らないで生きていくことなんて無理なのに。
 いっこうに答えてくれる気配がないので、質問を変える。

「死ぬ夢ってどんな?」
「真っ赤な血がいっぱいで、真矢がわたしを見て笑ってた」

 安心しなよカオリ。それは夢じゃないから。

「それは怖い夢だな」
「脳みそ、取り出して欲しい。こんな夢は見たくないから。頭を切り開いて、脳みそ捨ててしまいたい」
「そうしたらカオリは死んじゃうだろうね」
「いーやー」

 間伸びした口調。
 そしてボカボカとぼくの頬や額をぐうで殴ってくる。普通に痛い。暴力反対だ。

「ぼくと自殺する気になったかな。生きていくのは怖いことばかりなんだから、もういっそ死ねばいいのに」
「むり、むり、こわい。ひとりも怖いし。真矢がいないと、真矢が傍にいないと、怖い」

 だけど、と。その後に続く言葉は昔にも一度だけ聞いた。

「真矢と一緒にいても、なんだか怖い」

 それがいま、カオリに言える精一杯の素直な気持ちなんだろう。周囲に振りまく奇々怪々な弱さとは違う。身の内に溜め込んでいる黒々い感情の吐き出し方を知らない故に、今日みたいな不具合が起きる。

「ぼくが怖い?」

 目の前に立っている彼女がまるで六年前の亡霊に見えた。
 それはおそらく彼女も同じ。

「真矢は自殺しそうで怖いよ」

 自傷癖のあるカオリがぼくの死を恐れている。それだけで少しは生きてみようかなと思うけれど、あいにくこの世界でぼくは死ぬことしか考えられない。カオリと一緒に。
 ここまで固執するの、変かなぁ。
 こんなに人を好きになることってないと思うし、素敵なことだと思うんだけど。

「カオリと一緒じゃなきゃ死なないよ」
「わたしは死にたくないの」

 ならこの子が生きることに嫌気がさすまで、ぼくも暇つぶしに付き合ってあげようかなって。ぼくにとって生きることは、それくらいの意味でしかなくなってしまっている。カオリは許してくれるかな。生きるために自傷までしているカオリを、愚かなやつだと同情してしまっているぼくを。


 その日、ぼくは母さんに連絡を入れることもなく、カオリの部屋で眠った。
 次の日、どこかのだれかさんが会社の屋上から飛び降りた。






 お気に入りを見つけたときのことを思い出す。
 たまたま近所を歩いていたら、ふと目についたあの子。
 かわいくて、素直で、Mのためならなんでもする。幼いくせに妙に純粋さを欠いたその目が好きで、わざとワガママを言っては困らせた。それでもその子はMのすべてで、言いなりだった。
 狂っていくことに気づかずに、どんどん深い闇にはまっていっているのに。
 間接的な人殺しに手を貸していることにも気づかず、徐々に道を踏み外していく。
 自分と同じ色に染まるから、Mはますますその子がお気に入りになった。
 いつもどこか遠くを見ているから、その視線の先に映りたくて、まだ幼い身体に楔を打ち込むことにした。綺麗な顔と綺麗な身体。それを汚すことなど容易い。
 花の香りがする部屋で、Mはその子のすべてを汚した。
 ひとかけらの純粋さも残さず、こぼれ落ちる声が、ただただ部屋に響く。
 部屋に飾られている花が自分たちを見ている気がして、秘密を知られている気がして、背徳感が生まれていった。
 そうしていくつもの夜を越えて。

「いっしょに死のうか」

 彼らの世界を壊す、ひとつの約束をしたんだっけ。






Re: 花と愛と毒薬と ( No.21 )
日時: 2014/03/29 14:59
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 早朝。まだ日が出て間もない時間、ぼくはカオリのマンションからひとり帰宅していた。
 空気に触れた息が白い。かじかむ手をさすりながら、人っ子ひとりいない道を歩く。この時間帯なら早朝ランニングしている人も見かけない。本当ならカオリの家から学校に行こうと思ったんだけど、携帯の着信履歴を見てゾッとしたのでやめた。七十四件の受信履歴は、全部母さんからだった。見なかったことにしようかと思ったけれど、ぼくの中で母親に対する罪悪感が生まれたので帰ることにした。
 …………罪悪感というか。
 ぼくとカオリが一緒にいることは、母さんにとって、耐え難いことだろうから。ぼくって意外と母親思いなんだろうなぁ。まあ小さい頃から母子家庭だし。身近な大人って母親くらいしかいなかったから、当たり前か。学校の先生は苦手だったし。というか大人がそんなに好きじゃなかった。うるさい同学年の子どもたちのことも理解できなかったけれど、この世界に溶け込んでいて、馴染みきっている大人たちが、どうにも苦手だ。それは今でも変わってない。多少の話につきあう程度なら苦にはならないけれど、できればあまり関わりたくない。
 保育所で母さんの手から引き離されるときに全然泣かなかったのは、泣いたときに先生にあやされるのがたまらなく嫌だったから。あの生暖かい腕に抱かれると想像してただけで、吐き気がしていたっけ。すっげぇ嫌な子どもだな、ぼく。
 大人しくて手がかからない子だと母さんはぼくを評価していたけれど。
 その結果、母さんは事件に巻き込まれたぼくの異変に何ひとつ気づくことはなかった。そのことがいっそう母さんを後悔させているんだろう。
 …………あの人が気に病むことじゃないのに。


 家に着いた。
 普段なら母さんは起きていない時間だ。玄関の戸に手をかける。予想通り、鍵は開けたままだ。無用心だと顔をしかめるけれど、ここらで泥棒が入ったなんて話は全然聞かないから、どうしても警戒心が薄くなってしまう。
 なるべく音をたてないようにしたかったけれど、古い家ではこうもいかない。ガラガラと古い音をたてて戸を開けた。玄関で靴を脱ぎ、廊下を進む。
 突き当たりを右に曲がって、そこにある二階へと続く階段を登ろうとして、「どこに行ってたの」足を止めた。急に声をかけられたので驚く。同時にふわりと背後から抱きしめられて、身動きもとれなくなった。ほのかにシャンプーと洗剤の香りがする。

「…………ただいま。連絡しなくてごめん」
「どこに行っていたのかと、聞いているのよ」

 静かに。けれど明らかに声は震えていた。

「益田香織のところ……?」

 答えることを躊躇ったのは、母さんがすべてをわかっていると悟ったからだ。
 振り切れないまま、なにも言えないまま、ぼくはじっとしていた。

「そう。香織ちゃんのところに行っていたの。この前もどうせ香織ちゃんのところでしょう。真矢は友だちの家だなんて言っていたけど。嘘、ついてたんでしょう」

 責めるというより確かめるといったふうな口調だった。けれど油断はせずに、なるべく神経を逆撫でしないように努める。

「朝早いから寝ていたのかと思った。後ろから急に抱きつかれたら驚くだろ」
「ごめんなさい。真矢がもう帰ってこないのかと思ったの。…………あんな粗相のない子に惑わされて、ほだされて、可哀想に」
「カオリはそんなことしないよ」
「わからないわよ」

 過去に縛られているのはこの人も同じらしい。

「アイツは益田帆乃香の妹なんだから」



────真矢、一緒に死のうか。



 六年前、ぼくにそう約束した彼女の名前をはっきりと思い出す。今まで忘れたふりをして、思い出さないように眠らせてあった。ぞわりと鳥肌がたって、冷や汗まで出てくる。人と触れ合っている感触が気持ち悪くて、思わず母さんの腕を振りほどいた。
 振り返る。
 母さんは笑っていた。

「ほら、やせ我慢してる」
「してねえよ」
「してるよ。真矢は平気そうな顔をしているけれど、香織ちゃんのところにいるのが本当は苦痛なんでしょう。香織ちゃんだって可哀想よ。あんたが傍にいるから昔のことを忘れられないで。二人とも可哀想」

 母さんの言っていることは、たぶんきっと正しい。
 関わるべきではなかったのだ。ぼくもカオリも。事件の後もこうして二人で関わり合っていることは間違いだ。正解じゃない。ぼくらの愛は正しくない。
 だけど、ぼくは正しくなくていい。
 間違っていたって、ぼくにとってはカオリといることが幸せなんだから。

「母さんがぼくを心配してくれてるってのはわかったよ。ぼくだって、いまカオリといることが世間体上から見ればおかしいってのもわかってる。母さんがあの子を…………嫌いなのも知ってるよ」
「嫌いなんて言ってない。関わらないでほしいと言っているのよ。あの子も辛い思いをしたとわかってるつもりよ。だけど、どうしても思い出しちゃうの。香織ちゃんを見ていると……あの女のことが頭に浮かんで離れないのよ」

 笑っているけれどひどく苦しそうだった。あの事件以来、この人も傷を負っているのかと思うと、なんだか申し訳なくなる。ぼくなんかのために背負わなくていいのに。降ろしてくれてかまわないのに。

Re: 花と愛と毒薬と ( No.22 )
日時: 2014/03/29 16:24
名前: 空雲 海 ◆EcQhESR1RM (ID: gF4d7gY7)

うわー、すんげーお久しぶりな人が懲りずにまた書いてるよー。

いやー、おひさ。
帰ってこないんじゃなかったのかい?
あなたは、前回の小説をブロックして、もうここには帰ってこないかもしれないと言ったじゃないか。
私はあの言葉がどれだけ残酷で悲しかったか。
あの時体験した気持ちをどうしてくれるんだい。あんな気持ちは体験するもんじゃないよ、まったく。
こんなフラグだてといてもし帰ってきてやったら、コテンパンにしようとおもった。
まぁ、こんなことをいって「よく帰ってきたね、おかえり」と素直に言えない私を許しておくれ。

前作、あなたを失う理由。全て読みました。
そして、感想文を書こうと思いました。別にスレッドをトップソートしなくてもいい、とおもった。完結してるし。
だけど書こうと思ったのにブロックされてるし。
感想が書けねえじゃねえええかぁぁぁぁと思った。

あなたと共にこの小説カキコで成長したといってもよいくらいだねー。
私はあなたの幼い文章時代を知っているんだからね(ニヤリ)

あたしの自論だけど、いい小説ほど読み終わったあとの喪失感というか虚無感が大きいとおもう。少なくともあたしはそーゆー小説が好きだ。
あなたを失う理由。は、読んだ後にもうこの小説を二度と読みたくないっておもった。だけど、また流鏑馬に会いたい、会いにいきたいとも思ってしまった。

そんな小説が書けるのに、ここに来ない宣言だなんてあんまりだ。
この小説に対して感想をぶちまけたいのに、ブロックされてるし、なんて読者に親切ではない作者なんだ!!!ともおもった。

あたしは一番、小説カキコのなかであなたを失う理由。が好きだなあ。
ヒーローってところが、なんとも。

またさ、あたしの所にも顔出してよ。
感想をおくれ。あなたの感想が欲しい。
ここにもちょくちょく顔出すよ。またおもしろそーなのやってるし。
とりあえずね。


色々書いてたら800字超えたんだけど、どーゆーこと。
それだけ、想いが強いってことだね笑

んじゃ、ばい。


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