複雑・ファジー小説

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花と愛と毒薬と {episode}
日時: 2015/01/28 23:50
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 1年弱の長い執筆がようやく終わりました。
 執筆中、朝倉疾風から夜多岬に名前を変更しました。これからもし、また新しく書くときは、この名前ですので、お見かけした際はお声をかけていただけると嬉しいです。

 小説というにはあまりにも拙く、私の私的感情を爆発させるため書いているようなものですが(所謂ストレス発散)……。
 読んでいただき、ありがとうございます。
 暇な時間があれば、また、ふらっと現れます。
 どうぞその時は、「ああ、またこの人書くのか……」と、呆れながらも読んでいただけると幸いです。



(本編)
執筆開始 2014年 2月5日
執筆終了 2015年 1月25日





 ○現在、完結後の「彼女たちの物語」を書いております。本当は書くつもりはなかったのですが(ただいま実習中)、暇なときにちょこちょこやっていくつもりです。懲りずに(笑)
 ○あと、Twitterをまたまた始めました(既に4回消してる)。IDは@moto_asakuraです。ゆるゆる始めます。いろいろと。



(彼女たちの物語)
執筆開始 2015年 1月28日





    夜多 岬 (元 朝倉疾風)




Re: 花と愛と毒薬と ( No.13 )
日時: 2014/02/27 22:08
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)



風死さま


 お久しぶりです、朝倉です。
 風死さま結婚したんですね、おめでとうございます。
 おいくつなのかわからないのですが、朝倉より年上なのでしょうか。

 ロングコメントww
 確かにコメントは長くなります。申し訳ないくらい長くなります。書きながら読んでるからだと思われますね。

 えっちらおっちら頑張っていくので、よろしくお願いします^^

Re: 花と愛と毒薬と ( No.14 )
日時: 2014/03/01 22:10
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 南野秀一の第一印象は人に気を遣うことがない馴れ馴れしい男。
 左目の下に泣きぼくろがあって、黙っていればそれなりに男女問わず声をかけられそうな外見のくせに、中身がすべてをぶち壊している。言うことやることがまともなくせに、人として決定的なものが欠けていて、出来ればあまり関わりたくないと思っていた。
 初めて会ったのは小学五年生のときで、幸いなことに接触した回数は片手で足りる。ただ不幸なことにカオリとはまだ関係が続いているらしい。ぼくの彼女にべったりと手垢を付けてるのではあるまいな。想像しただけではらわたどころか内蔵すべてが煮えくり返る。
 危ない橋を渡ろうとして失敗し、道端で野良犬のように生活していた南野さんを、物好きな資産家が愛娘の世話係として雇った…………と当時は聞いていた。大まかな経緯は合ってるんだろうけど、そんな明らかにカタギじゃない男を家に招き入れて娘の世話係に抜擢するなんて、本当にカオリの父親は変わってる人だと思う。もう少し警戒しろよ。主に世の中に対して。
 ぼくとしては大昔に数回会った程度の男の名前がここで出てくるとは思ってなかった。本当に勘弁してほしい。
 …………ああもう死にたい。
 南野さんの顔を思い出そうと頑張ってみるけれど、テレビでたまに見かける俳優が何人か組み合わさったような顔になる。泣きぼくろは確かにあったはずなんだよな。思い出そうとすればするほど靄がかかる。それと同時に喉がひどく乾く。

「南野さんってどれくらいの頻度でここに来てるんだよ」
「面倒くさい拗ね方しないでよ」

 なにこの熱が冷めきっていない熟年夫婦みたいな会話。
 卵かけご飯を食べ終わったカオリは、先ほどから南野さんに対しての質問攻めをするぼくを鬱陶しいと感じているのか、多少疲れ気味でソファに寝転んでいる。パジャマくらい着替えればいいのにと思って、ぼく自身昨夜風呂に入っていないことに気づく。急に泊まることにしたから着替えを用意してなかった。
 また母親が怒るんだろうなと苦笑していたらカオリが冷たい表情でぼくを見ていた。基本的にあまりテンションに温度差のない子なんだけど。
 話を戻そう。
 今は南野さんのことだ。

「ぼくは面倒くさいやつだから。女々しいよ、色々とね。あの人がカオリになにか吹き込んでないか心配なんだよ」
「余計なお世話だよ」
「そりゃ世話ぐらい焼くよ」

 死後の世界でもぼくたちは一緒なんだから。
 もっとも死んだあとのことなんて誰にもわからないけど。天国だの地獄だの生きている人間がどれだけ力説し言い聞かせても説得力の欠片もない。おまえ今生きてるのになんでそんなことわかるんだよって言い返せばぐうの音も出ないだろう。所詮、頭の中で自分の都合がいいように解釈してしまっているだけなんだ。
 そしてぼくは出来ることなら、死んだあともカオリと一緒になりたいと望んでいる。
 天国や地獄の存在は信じていないけれど、もしカオリと一緒になれたらそこはぼくにとって天国なのかも。カオリにとっては…………なんだろう。

「南野さんはぼくも数回しか会ったことがないよ。でもたった数回会っただけなのに、ここまでぼくが嫌いになるような人間ってなかなかいないと思うんだけど」

 まあ人間ってやつがもともとあまり好きじゃないんだけど。矛盾しまくりで複雑かと思えば案外単純だったりする、そんな得体の知れない人間っていう生き物が苦手だ。
 カオリの顔を伺いながらぼくは饒舌になっていく。

「そりゃあ南野さんとの付き合いはカオリの方が長いし、むしろ一緒に住んでいたわけだからさ。色々とカオリのことを知っているんだろうね。ぼくなんかよりずっとさ。でもその南野さんはカオリの裏の顔を見破ることができたかな」
「帰って」

 ソファの上で上半身を起こし、警戒心丸出しでぼくを睨みつける。睨まれてゾクゾクするというマゾな嗜好は持ち合わせていない。
 このまま言い返したところでカオリの怒りがコップの縁ギリギリまで満ちて溢れ出そうだったので、遠慮しておいた。
 無言で頷いてスクールバッグを持つ。カオリの嘔吐物で多少染みが出来ている。拭くのを忘れていたのか。これも母親に怒られるかな。
 部屋から出るときせめて彼女の心にぼくを留めさせておきたくて、彼氏に捨てられるカノジョみたいな台詞を吐いた。

「カオリにとってぼくはなんなの」 





               

Re: 花と愛と毒薬と ( No.15 )
日時: 2014/03/05 19:09
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

 もともとカオリとぼくは小学三年生のときの同級生だった。
 たまたま家が近くで、大きな屋敷に住んでいたので、教室にカオリがいたとき一目で「お金持ちの子だ」とわかった。外見も仕草も同年代の子どもよりはるかに大人びていたため、良い意味で目立っていた。
 ただ、当時のぼくとしてはカオリは苦手な女子という認識しかなかった。
 小さい頃のぼくは周囲の雑音を嫌う、薄っぺらい紙でできたような繊細で神経質な子どもだったから。クラスの人気者ですぐに周囲に溶け込んでいくカオリを疎ましいとすら思っていた。幼いながら彼女の持つ人を惹きつける魅力に嫉妬していたのかもしれない。
 同じ教室にいて席も何度か近くになったこともあるのに、カオリとは数回しか会話をしなかった。
 …………なにを話したのかも覚えていないほど、当時のぼくはカオリのことをどうでもいいと思っていたんだろう。
 でも今は目を閉じると幼いカオリの満面の笑みがすぐに浮かんでくる。高校生になった今では絶対に拝めないけど。想像で補おうとすると、べつの、思い出したくない人が出てきて、ぼくにとっては不都合だ。消えろ消えろ。


 回想終わり。家に着いた。
 木造建ての古い一軒家で、ぼくはここで母と二人で暮らしている。兄弟も父親もいない。というか父親はこの世界から途中離脱した。享年三十二歳だった。学校から帰って父親の車があるのを発見し、珍しいなと思って家に帰ったら死んでいた。もともとから鬱病を患っていて、何度か自らネクタイで首を絞めたり大量に薬を飲んだりと自殺を図っていた。その度に第三者の介入などで失敗していて、憂鬱な人生を生かされている父親を見て可哀想だと哀れんでいたけれど、あの日たまたま成功してしまったらしい。
 目を閉じると今でもぶらぶらとぶら下がる父親の両足を思い出すことができる。
 あの時…………先に逝ってしまった父親を見て羨ましいと思ってしまったぼくは、もうその時から狂っていたのかもしれない。
 自分が普通と違うってことも理解しているつもりだけど、それでもこうして普通に紛れて生きているんだから、早く死にたいなと自殺願望ありまくりである。あーる。

「ただいまー」
「おかえり」

 出迎えたのは母親ではなかった。
 セーラー服姿が見え、次いで意志の強そうな瞳がこちらを向く。外泊して帰って来たぼくを見て、そいつは不敵に微笑んだ。
 ぼくの家の玄関で、おそらくぼくの帰る時間を“予想”して待っていたであろうその中学生。
 蒼井詩朱。
 ぼくの母親が勤めている喫茶店「AOi」のオーナーの一人娘だ。わけもなく学校への登校を拒否している。

「真矢くんが外泊するなんてとても珍しいね。おばさんがすごく心配していたけれど、もしかしてカノジョの家にお泊りしていたのかな」
「おまえは人ん家でなにやってんだよ」
「真矢くんが帰ってきたらお店に顔を出すように伝えてほしいと、おばさんに頼まれたんだよ。ボクの予想では真矢くんは昼過ぎにヨレヨレの制服を着たまま帰ってくるかなといったところなんだけれど。まあここまで予想が当たったことに関して、とても驚いている」
「…………」

 凄すぎだろコイツ。なんで全部わかってるんだよ。
 満足そうな笑みを前に、ぼくはため息をつきながら靴を脱いだ。
 どういうわけか詩朱は昔から勘がよく働く子どもで、こちらとしては会話するのが億劫だったりする。今自分が喋っている相手が、自分のことをすべて見透かしているとなると分が悪い。
 視線を逸らす。

「カノジョのところ、というのも実は当たりなんじゃないかな」
「それについては間違いだな。ぼくは友達の家に泊まっていたんだ」
「ふむ。そういうことにしておこうか」

 絶対に嘘は見破られているし、納得もしていないだろ。
 聞き分けのいいふりをするあたりが本当に腹黒い。
 中学生相手に冷や汗をかきながら奥に進む。母上様はどうやらまだ仕事みたいだ。とりあえずカオリの吐瀉物が付着したままのカバンをどうしようかと考えていると、詩朱がぼくの顔を覗き込んでくる。

「…………なんだよ」
「今でも死にたい?」

 純粋さを彩る瞳の奥で、微かに黒いものが揺れる。
 意地悪な質問だなーと思いつつも、ぼくは答える。

「死にたいよ」

 心から。
 詩朱はつまらなさそうに「ふうん」と言って、少しだけぼくを睨んだ。

「ボクと話している時でもそう思うんだね。なんだか少し寂しい気もするけれど」
「ぼくに生きててほしい?」
「んーどうだろう。真矢くんがいなくなっても、ボクの生活に支障はないだろう。でもこうして喋る相手はいなくなるから、ほんの少しは退屈だろうね」
「支障あるじゃん」
「退屈なんてものは支障にならないよ。あくまでボクにとってはね」

 けっきょくぼくがいてもいなくてもどちらでもかまわないということか。
 この子の人生におけるぼくの存在意味は、せいぜいそんなものなんだろう。

「だけど退屈な毎日よりは有意義な毎日の方がボクは好きなんだ」
「それって、ぼくとの会話している時間が楽しいってこと?」
「死にたがりの真矢くんにはわからないだろうけどね」

 いたずらっぽく笑う。中学生にしては幼すぎる表情。カオリもこういう笑顔でいてくれたら最高なんだけどな。
 汚れたカバンの中身(教科書、筆箱の類はすべて教室に置いてある)をひっくり返す。保護者向けのプリントが床にはらはらと落ちた。それには目を通さず、台所に行って水道の蛇口を捻る。カバンの汚れを落としているあいだ、ぼくも詩朱も無言だった。水の音だけが聞こえる。
 汚れを落としてから、まだ濡れたままのカバンを和室にぽんと置く。水滴で畳が濡れたけれど気にしない。
 ここまでのぼくの行動を不思議そうに傍観していた詩朱の方へ向き直る。
 今更だけどなんでこいつ学校行ってないくせに制服なんだよ。しかもちゃっかり部屋の中で上履き履いてるし。

「真矢くん、おばさんのところに行こう。今ならボクの家にいるはずだから」
「ああ、そうだね」

Re: 花と愛と毒薬と ( No.16 )
日時: 2014/03/08 19:38
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)




 雨の音がする。
 水が地面を叩く音。
 目を開けてしばらくはその音の中にいた。
 この世界にひとりぼっち。そんな気さえして、少し皮膚が粟立つ。
 今日もひとり、死んだらしい。テレビは嫌いだからあまり見ないんだけど、人づてにそう聞いた。死んだ子は、「M」に会いたいと願ったあの子だった。
 顔も名前も知らない。ネットで話しただけの関係だったけれど、あの子はきっと「M」の友達候補だったんだ。
 爪で軽く頬を引っ掻く。噛んでしまって短いため、特に大した傷にはならない。
 それでもいい。
 傷をつくって、先に逝ってしまったあの子を忘れないようにする。この傷が消えた時が、「M」があの子を忘れた時だ。きっとそんなにかからない。
 そういえば昨日、「M」に新しいメンバーが加わった。
 その子は悩みを打ち明けることもなく、淡々と「M」に語りかけてくる。なにか好きな花はあるかとか、好きな色はなにかとか。そんなどうでもいい話。
 まるでこちらがカウンセラーを受けているような気分になる。
 でも今まで「M」に悩みをぶつけてくる子はいても、「M」を知りたいと思ってくれる子はいなかったから、少しだけタイピングする指の動きが軽くなる。
 もしかしたら友達になれるかもしれない。
 「M」といっしょにこの世界とさよならしてくれるかもしれない。
 期待がゆっくりゆっくり近づいてくる。
 雨の音はまだ止まない。





 雨が降った次の日はひどく冷え込む。
 ピリピリとした冷たい空気が顔にぶちあたって、鼻水が出てくる。
 弾む会話もないまま詩朱の手を繋いで「AOi」まで来た。洒落た雰囲気の店でぼくは気に入っているけれど、詩朱は気に入らないらしい。彼女曰く「もっとシンプル」にしたいんだそうだ。
 小さな店だけど客の出入りは多い方で、ここらでは人気がある。
 「AOi」の扉を開けると鈴の音が聞こえて、中から「いらっしゃいませ」と静かに声をかけられる。カウンター席があいているからそこに座ろうとすると、

「ハロハロ〜ま〜や〜っ。一日ぶりの我が子!」

妙なテンションで前から抱きしめられた。ほっぺグリグリされる。ほっぺ痛い。ものすごく痛い。うわあ、絶対にいま涎がついた。必死に抵抗しようとも思ったけれど、それは無駄になることが長年の経験から学習していたので、止めておいた。
 「AOi」のスタッフでぼくの実の母親でもあるこの人は、昔から自分の感情に素直で体当たりで表現するところがあった。人の目も気にせず堂々とひっついてくるから、見ていて恥ずかしい人だ。
 どうしてこの人からぼくみたいなのが生まれたんだろう。人生の渋みも苦さもまるっきり関係なさそうなこの人の影響を受けずに、まったく逆方向を見て生きている。 

「つ〜かま〜えた〜」
「人前でやめろよ」

 断じて反抗期などではない。ないが、人前で抱きついたりほっぺにチューしようとしてくるのはいただけない。店の客も目が点になってるし。
 振り払おうとすると、唇を尖らせて反論してくる。

「どうしてママとのスキンシップを拒もうとするの〜?カノジョでもできたらとか!?泥棒猫に大事な真矢を連れて行かれたら困っちゃうわ〜。……あ。まさか自分から女のところに足を運んでいるわけじゃないでしょうね」

 口調は穏やかだがけっして目は笑っていない。不穏な雰囲気を察知したのか、詩朱がゆっくりとぼくから離れようとする。服の裾を掴み、ぼくはそれを阻止した。いまここで詩朱が離れて行くと、ぼくはこの人から質問責めを食らうことになる。それは避けたい。
 詩朱が睨んでくるけれど無視。

「どうなの?」

 さらに追い打ちをかけられる。
 嘘をつかなければと本能が悟った。延命に全力を尽くす。

「友達の家に泊まったんだよ。ゲームしてて、帰りが遅くなったから夕飯をご馳走になったんだ。そのまま泊まろうぜってノリで」
「真矢くんに友達がいるとは思えないのだけれど」
「うるさい」

 詩朱ってこんなに空気が読めないやつだったっけ。
 必死でぼくが弁解しようと、下手な嘘までついてあげているんだから、そこんところは話を合わせてほしい。どうせ詩朱にはバレてるんだろうし。
 対して母さんは勘が鋭いわけでもないので、あっさりとぼくの言い分を聞き入れてくれた。

「それならいいのよ。ふたりともカウンター席に座ってちょうだい。お腹すいたでしょう」



 昼食の時間はとっくに過ぎており、店内に残っている客もいなくなった。
 カウンター席で遅い昼食を摂ったあと、一日ぶりだというのに母さんはぼくの顔や頭を無造作に撫でる。髪の毛の感触が気持ちいいのか、若干くせっ毛のあるぼくの髪に指を絡ませた。
 まじまじと顔を見て、満足そうに頷く。

「うんうんっ。真矢は今日も格好いいわねぇ。さすがわたしの息子」
「恥ずかしいからやめてくんないかな」
「照れてる顔もわたしに似てとても可愛いわ。顔はわたしに似てよかったわね〜」

 性格は陰鬱な父親似ってわけか。まあ間違っちゃいないかな。
 父親の生前の写真を見ても、あまりぼくとは似ていない。性格や雰囲気はかなり似ていると記憶している。自殺するような父親の子どもなんだから、そこらへんは遺伝なのかなと納得してみたりする。根本的に違うのは彼はひとりで逝ったけれど、ぼくは愛する人と死のうとしていることかな。

「顔の偏差値は高めだというのに、人間として終わっているのだから残念すぎて笑ってしまうね」
「中学生の女の子にこんなこと言われちゃってるわよ〜。このこの〜」
「……………………」

 言い返す気力がなかったからやり過ごした。
 詩朱はつまらなさそうに鼻を鳴らし、母さんは満面の笑みでぼくを見つめている。目と目が合うと鏡を見ているような気になる。本当に、よく似てる。

「詩朱ちゃんが真矢と結婚してくれたらいいんだけどなぁ」
「それはない」「それはないかな」

 突然なに言い出してんだ、この人は。爆弾を投下するのはいいけれど被害を受けるこっちの身にもなってほしい。ジト目で睨んでも懲りてないようで、ひとりだけ女子高生みたいなテンションで会話を推し進めようとする。

「だって詩朱ちゃんだったらわたしも安心だし〜。他の泥棒猫に盗られるよりは、詩朱ちゃんに盗ってもらうほうがいいわよ」
「返品するけれどね。クーリングオフって人間にも適用されていたっけ」
「人をものみたいにして言うな。あとぼくは詩朱なんかと心中…………あー……結婚するつもりは毛頭ないかな」

 言葉を濁した。詩朱はともかく、母さんはぼくが死にたがりやだと気づいていないだろうし。……いやどうだろう。もしかしたら勘づいてはいるのかも。
 でもさすがに親の前で自殺したいと口に出すのは躊躇するし避けたい。父親が自殺したあとの母さんの沈み様を見ているから尚更。

「なら一生独身でいてね」
「いいよ」

 どうせそのうちぼくは自殺するだろうから。
 愛するカオリと共に。 

Re: 花と愛と毒薬と ( No.17 )
日時: 2014/03/11 18:43
名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)

「益田香織と心中でもするつもりなのかな」

 母さんが店の後片付けがあるからと席を外したあと、詩朱にそう聞かれた。カオリの名前を聞くと半狂乱になる母さんに配慮してのことだろう。
 からかうわりにはシリアスな雰囲気の時には自重するのか。
 少し感心した。後先なにも考えていない子だと思っていたから。

「そのつもりだよ」
「残されたおばさんはきっと悲しむだろうね。真矢くんはそれでいいのかい?ていうか、どうして死にたいのさ。そこがボクにはわからないところなんだけれど」

 ボクは死にたいなんて思ったことないからね。
 そう付けたして詩朱はぼくの答えを待つ。うーん……理由か。理由は特にないんだよなぁ。
 きっかけならある。
 父親の死で、あまりにも人の命が呆気ないことを知った。生きていくことの方が難しくて、死ぬことはすごく簡単なんだなってことも。同時にひとりで逝ってしまった父親と、泣き崩れる母親を見て、死んだ者がいない世界に残されてしまう虚しさも感じた。
 けれどそのときは確か、虚しさへの自覚はなくて。
 ぼくがそれを知ったのはもう少しあとのこと。

「わからなくていいよ。おまえは一見変なやつだけど、ぼくのところまで来るほど人間終わってるわけじゃないだろ」

 目を細めて、こちら側ではない詩朱をそっと拒む。
 理解してしまったら、きっと詩朱は詩朱じゃなくなるだろうから。
 ぼくが彼女を理解してしまったときと、同じようになってしまう。

「真矢くんってボクのこと好きなの?」
「変なことを聞くなぁ」

 思わず笑ってしまった。真剣な顔で尋ねるもんだから。
 そうだなぁ。
 人間の中では好きな部類かも。





 女子高校生が飛び降りた事件は、数日ほど生徒たちの間で多少の誤解や飛躍をくっつけながら噂されていた。近場であるだけに飛び降りた生徒の名前までもが出回って、その子と同じ中学だったやつらが事件の関係者ぶって勝手に喋りまくっていた。
 そのほとぼりが冷めだした頃。
 ぼくはひとりの女子に呼び出されていた。
 クラスも違うし特に面識があるわけじゃない。顔を見てもピンと来なかったので、ぼくらは初対面だろう。名前を呼ばれたということは、むこうはぼくのことを多少知っているっぽいけれど。
 昼休み。
 その女子に呼ばれて、ぼくたちは校舎裏に来た。告白かなと一瞬思ったけれど、今時相手を校舎裏に連れ出して告白だなんてベタすぎるし、ぼくを好きになる理由がわからないので、たぶん違うだろうな。
 あのマンションでの一件以来、カオリはぼくを無視し続けているので、なんとか今日の昼休み中にご機嫌を取ろうと思ったんだけど、それは無理なようだ。時間を他人に割くのは嫌だけど、ぼくに話しかけるなんてよっぽどの理由なんだろうなと思ったから、その子を優先した。
 運動部よりは文化部にいそうな雰囲気の女子だった。好印象だったのは爪。綺麗に手入れがされていて、整っている。清楚というより清潔だった。カオリもぼくも爪を噛む癖があるから、綺麗な爪をしている人を見ると目が止まる。

「はじめまして。中澤千明です」
「どーも。塚原真矢です」

 丁寧にお辞儀までしてお互い挨拶する。
 ぼくの周りの女性陣は無遠慮に踏み込んでくるタイプが多いから、ぎゃくに戸惑ってしまう。

「急に呼び出してごめんなさい。どうしても塚原くんに聞きたいことがあって」
「うん。なにかね」
「わたしの…………自殺した友達のことで」

 微細に左目のすぐ下の筋肉が震えるのが自分でもわかった。

「友達のお父さんが言ってたの。たまたまあの現場に居合わせたとき、ものすごく暴れていた女の子を見たって。その女の子に付き添っていた男の子に声をかけたら、急にどっかへ行っちゃったって」

 もしかして、あの時声をかけてきた通行人のおじさんかな。
 顔を思い出そうとするけれど全然出てこない。
 でもあれだけ派手に奇声をあげていたから、死体の次に目立っただろうな。

「着ていた制服とか…………外見とかで塚原くんと益田さんかなって思って。益田さんのことは、その…………ほかの子がよく話していたから」

 カオリがああいうふうになったのは飛び降りを見た日が初めてってわけじゃない。中学校でも何度か発作が起こって、そのたびに周囲の奇妙な視線がカオリを捉えて、自分たちの価値観で作ったカオリへのイメージをばら撒いた。そしてそのイメージは大体合っている。
 中澤の言いたいことはわかった。
 つまり、制服と男女の二人組、奇声を上げる少女、その傍らで笑う少年。……笑ったつもりはないんだけど、あのとき確かおじさんに「どうして笑ってるのか」と尋ねられた記憶があるから。自分で言うのもアレだけど、死体と発狂している人の近くで笑うのって、かなりイッちゃってる人だよなぁ。
 まあそれを総合した結果、あの時自殺現場にいたのはぼくとカオリだと、中澤は目星をつけたのだろう。

「あのとき飛び降りたのって、中澤の友達なんだ」
「はい。親友です」

 現在形なところが、これまた好感を持った。

「小野紅音っていう子です。紅音は気は弱いけど、ものすごく優しくていい子でした。幼稚園からずっと仲が良かったんですけど、いつもわたしを助けてくれた。高校は違ったけど、向こうでも上手くやっていけていたんです。自殺するような子じゃない。あの子が自殺するわけがない」
「…………中澤が小野って子を大好きで、二人ともものすごく素敵な交友関係を築いていたっていうのはわかったよ。でも、それとぼくらになにか関係あるの?」

 話を聞く限りぼくみたいに、ふらふらっと自殺するような子ではないことはわかった。でもいくら小野紅音の良さを語られても、ぼくとしては興味がない。ただ自殺現場を目撃してしまっただけだ。小野とは無関係だ。
 でも中澤はなにか強い確信があるらしく、真っ直ぐにぼくを見てこう言った。




「紅音は、“M”に殺されたんです」







 薄い線を描く。皮膚に。そっと、丁寧に。
 線は滲んで皮膚の上を滑り、床に雫となって落ちていった。
 綺麗な赤色。
 「M」の好きな花の色。
 急に眠気が襲ってきて、目蓋が重くなる。寝てしまおうか。寝てしまったら起きるのはいつなんだろう。もしかしたら、永遠に目覚めないのかも。
 そう考えると眠るのがとても怖くなる。
 ベッドの中で震えがきて、どうしようもなく生きていたいとすら思ってしまう。

「泣いているんですか」

 低く甘い声。
 いまの「M」を生かせる唯一の存在。
 躊躇いもなく彼に縋り、その温かい胸の中で泣いた。

「また眠れないんですか」

 夢中で頷くと、彼は「M」の服を脱がし始める。優しく触れて、突き動かされるたびに、落ちていく感覚がした。怖くない。彼となら怖くない。
 そして気がついたら朝になっていて。
 彼はいつもどおり「M」の隣で微笑んでくれている。
 変わらない笑顔で。





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