複雑・ファジー小説
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- 花と愛と毒薬と {episode}
- 日時: 2015/01/28 23:50
- 名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
1年弱の長い執筆がようやく終わりました。
執筆中、朝倉疾風から夜多岬に名前を変更しました。これからもし、また新しく書くときは、この名前ですので、お見かけした際はお声をかけていただけると嬉しいです。
小説というにはあまりにも拙く、私の私的感情を爆発させるため書いているようなものですが(所謂ストレス発散)……。
読んでいただき、ありがとうございます。
暇な時間があれば、また、ふらっと現れます。
どうぞその時は、「ああ、またこの人書くのか……」と、呆れながらも読んでいただけると幸いです。
(本編)
執筆開始 2014年 2月5日
執筆終了 2015年 1月25日
○現在、完結後の「彼女たちの物語」を書いております。本当は書くつもりはなかったのですが(ただいま実習中)、暇なときにちょこちょこやっていくつもりです。懲りずに(笑)
○あと、Twitterをまたまた始めました(既に4回消してる)。IDは@moto_asakuraです。ゆるゆる始めます。いろいろと。
(彼女たちの物語)
執筆開始 2015年 1月28日
夜多 岬 (元 朝倉疾風)
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.89 )
- 日時: 2014/10/31 22:16
- 名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
ぼくが求めているのは、いったいなんだろう。
カオリ?帆乃香?それとも、ただ一緒に死んでくれる人なら誰でもいいんだろうか。
カオリの腕の中でウトウトしながら思いを巡らせる。ぼくが今感じているこの温もりが、やがて消えてしまうものなんじゃないかと思うと、涙が出そうになった。息を吸い込んで、カオリの匂いを嗅ぐ。花の匂いがした。
無意識に手がカオリの胸に伸びる。本当に意図していなかったため、カオリに軽く小突かれて我に返った。「ごめん」と謝る。眠たいのか、細目でカオリがぼくを睨みつける。いつもならカオリの睡眠欲の方がぼくの性欲より強くて、このまま眠りにつくんだけれど。今日は少し違った。
カオリがぼくにキスをしてくる。
触れるだけじゃなくて、啄むようなキス。柔らかい感触があって、思わず舌なめずりした。
「どうしてこんなことするんだよ。珍しいな」
答えずに、カオリはキスを続けた。
唇に、額に、頬に、鼻先に、耳に、首に。
ぼくに触れてくる。
「ねえ、どうしちゃったんだよ」
いつもぼくから触れるのに、今日はいったいどうしたんだ。もしかしてさっきのぼくの態度を気にくれているんだろうか。だとしたら、素直に嬉しい。嬉しいんだけれど、正直に言うと、今のぼくは現実と夢が混ざっていて、ゴチャゴチャで、頭の容量が既にパンパンだから。
「待って、カオリ。ぼくはそういうの、今はいい」
「べつにわたしもしようとはしてないよ」
「じゃあ、どうして」
話している間も、カオリはぼくに触れることをやめない。寝巻きの裾からチラチラと自傷行為の痕が見える。そこに目線を向けると、それに気づいたカオリが裾を伸ばして傷を隠した。そしてぼくにキスし続ける。気分は澱んでいるのに、体はだんだん高揚してくる。冷房のタイマーが切れる音がした。作動音が止んで、衣擦れの音しか聞こえなくなる。
お伺いをたてるように、ぼくはカオリの唇に手で触れた。
忘れてしまいたい。
過去も、未来も、現在も。
ぼくの都合のいいように運命が書き換えられたら、どれだけ楽だろう。そんなことができたら、苦しみも空っぽになって、生きてみようかと思えるだろうか。楽な方へ流れて、障害もなく、たどり着く先の楽園を夢見て、浮き沈みしながら────
そう思っていたら、いつのまにか眠ってしまっていた。
珍しく、ぼくよりも先にカオリが起きていた。いつもはどれだけ揺すっても起きないのに、完璧にお目覚めな様子で、驚くことに制服まで着ている。不登校児を卒業するつもりなのだろうか。頭の隅で、もうひとりの不登校児を思い浮かべる。詩朱は元気かなぁ。
牛乳をコップの淵スレスレに注ぐ。零してしまわないように、注意深く取っ手を持った。震える白い液体を飲んで、ホッと息をつく。寝癖がいい感じにセットされてるようになっていて、髪型を整える手間が省ける。あとは顔を洗って、歯を磨いて、制服を着て…………やることは多い。溜まっている洗濯物の存在も思い出して、気が重くなる。雨が降らないといいんだけれど。
洗面所へ向かうとカオリが歯を磨いていた。朝食を摂った形跡はなかったから、胃の中は空っぽだろう。横に並んで歯を磨く。無言で、きっちり3分。先にカオリが終わって、口をゆすぐ。ミントの香りがした。
「今日は学校に行くんだな」
唾液が垂れないように上を向く。聞き取れないかなと思ったけれど、カオリが頷くのが見えた。冬よりいっそう伸びた髪の毛が背中を覆っている。伸びすぎだ。ハサミを嫌がるから美容院にも行けず、ましてや素人のぼくが切ろうとしたら全力で拒否された。そのせいで手つかずの髪は量が多く、長い。右手で歯を磨き、左手でカオリの髪を撫でた。
振り向いて、丸い大きな目でぼくを見る。
────やっぱり、似てるなぁ。
「退学とか、考えてないのか」
もう9ヶ月後には卒業だけれど。
「べつに」
他人事のように返事をされても、こっちが困る。水で口の中を洗い流して、ミント味を堪能する。すぅーっと冷たい味が広がった。
「ぼくは一応就職する予定だけれど、こんなのどこで雇ってくれるんだか」
「え、まだ生きるつもりなの?」
淡々とした表情で問われる。
ぼくは思わず目を逸らした。一体なにから目を、逸らしたんだろう。今の質問に?カオリに?帆乃香の面影に?それとも、死ぬことに?
自分がどこにいるのかわからなくて、グラグラする。
きっと、以前のぼくなら即答できるだろう。
きみと一緒に死にたいんだ、と。
だけど今のぼくは正直迷っている。なにに迷っているのかもわからないほど、帆乃香の死に動揺している。まだ死んだともわからないし、中澤がぼくを惑わすために嘘をついたのかもしれない。そんな可能性はいくらでも考えられるけれど、心のどこかで、たぶんどれも違うと諦めている。
帆乃香は、中澤千秋の手で殺されたんだろう。
それが直接的か間接的かはわからないけど。
「真矢は大人になる前に自殺するんだと思ってた」
少し挑発的にカオリが言う。
「わたしじゃない、誰かと」
くすぐるような視線。とんっと胸を指で突かれる。心臓を貫かれたのかと錯覚した。
カオリにはぼくと死ぬ気がない。ぼくと共に生きていく未来も、彼女には見えていない。
「誰かって誰だよ」
ぼくと一緒に死んでくれる人は、この世界にはもういないのに。
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.90 )
- 日時: 2014/11/08 23:16
- 名前: 夜多 岬 (元:朝倉) (ID: CA3ig4y.)
♪
紅音がどうして死ななきゃいけなかったのかを考える。
幼稚園の年中のとき一緒のもも組で、そこから親しくなった。小中もクラスが離れてても仲が良くて、家族ぐるみでの付き合いだった。
高校は離れちゃったけど、お互い勉強や部活で忙しくても月に一度は必ず会っていた。下敷きに貼られているプリクラは、ほとんどが紅音と撮ったものだ。彼氏できないねーと笑い合いながら、女二人でクリスマスも過ごした。
紅音は、いつもの紅音だった。
思いつめている様子もなかったし、愚痴や悩みも今時の女子高生なら持っていて当然のような、軽いものだった。痩せたいだとか、テスト結果が悪いだとか、そんな程度の、普通に誰もが持つ些細なこと。
紅音が死んだとお母さんから聞いたとき、わたしは爆笑した。涙が出るほど、お腹が痛くなるほど、息ができなくて辛くなるほど、笑った。
やっだ、なにその冗談。笑えないって。なんで紅音が死ぬのよ。やめてよお母さん。
お母さんは泣かずにじっとわたしを見ていた。そんなに滑稽だったかな。
眠るときに紅音のことを思い出しては泣いて、朝起きるとニュースで紅音の死を痛感して泣いた。泣き腫らした目も気にせず、紅音が死んだ場所に出向いて、また泣いた。なんで紅音の写真と花が添えられているんだろう。これじゃあ、まるで、本当に死んだみたいじゃない。遺影を目にしてもわたしは紅音がまだどこかで生きているんじゃないかって気がしていた。
「M」について思い出したのは、紅音の死の三日後だった。
生前、紅音と遊んだときにあの子は「M」のことをわたしに話してくれた。
────Mっていう友達とチャットしているんだけど、その子、なんでも知ってるんだよ。
────千秋も相談とかあったら、Mに相談しなよ!本当に、なんでもわかっちゃうの!
悩みをなんでもわかってくれて、頼りになる。
そう紅音は言っていたけど、わたしは知らない誰かにそこまで入れ込んで馬鹿じゃんって思った。全然知らない人相手だと話しやすいって意見もあるんだろう。でも相手の正体を知らないで自分の内側を晒せすことなんて、わたしには無理だ。それに、紅音のことをわたしよりもその「M」ってやつの方が理解しているようで、なんだか嫌だった。
ニュースで、「M」宛に遺書を残して何人もの人が自殺したっていうのを見て、衝撃だった。
もしかして、いやもしかしなくても、紅音もこれに巻き込まれたんじゃないか。「M」というやつに自殺するよう唆されたんじゃないか。
そう思うと一気に気分が悪くなって、トイレで思いきり吐いた。
あまり大事にはなっていないけど、過去に似たような事件があった。
遺書に「きみに会いに行く」と残して人が死ぬ。ニュースで少し取り上げられていたけど、その話題はすぐに別の両親殺害事件と監禁事件に変わった。
事件を起こしたのは益田帆乃香。
未成年だったから報道では名前は伏せられていたけど、その妹が同級生だから噂で知っている。
立て続けに発覚したこの事件のせいで、奇妙な遺書の件は有耶無耶になってしまった。でも、一部の週刊誌にはこの自殺の件も益田帆乃香が絡んでいたと載せてある。益田帆乃香から押収したパソコンから自殺した人物とのやりとりが残っていたらしい。内容は自殺を促すもの。ただその人物と帆乃香が知り合った大もとのサイトは消えていて、個別チャットの履歴でしか残っていなかったのだという。
「M」が自殺を促したといのなら。
紅音もそれに巻き込まれていたのだとしたら。
益田帆乃香が人の命を弄んでいる可能性はある。あいつは今も生きている。のうのうと少年法に守られてどこかで虫のように。残された者の気持ちも知らずに、罪を償いもせずに。
「だから探したんだよ。紅音が見つけてしまった、自殺サイトを」
紅音は悩み相談を書き込むサイトだと言っていたけど。
表向きは確かにそれだが、実際は人の心を巧みに闇に引きずり込んで自殺を勧める自殺サイトだ。多くの人が「気持ちが悪い」とサイトを辞めてしまっていたが、少なからず顔もわからないチャット越しの「M」に心酔しているやつらもいた。
「紅音もその一人だったんだろうね。紅音がなにを悩んでアンタに相談していたのかなんて知らないけど。人の悩みを聞いて、自殺を勧めて、救世主にでもなったつもり?それとも一緒に死ぬ人を選んでいたっていうのは本気だったわけ?」
呑まれないように、わたしは「M」に心酔した一人を演じた。匿名の男子高校生。チャットを続けていくうちに「M」は心中してくれる人間を探しているのだと教えてくれた。ふざけた理由だ。こいつは自分と死ぬに相応しいかどうかをテストしているのだと言う。今まで一緒に死にたいと思った人はおらず、先に一人で逝ってもらったと。
そのために紅音は死んだのか。
こんな、心底馬鹿らしい理由で。
「アンタはわたしに言ったよね。『きみとなら一緒に死んでもいいかもしれない』って。『昔、大好きだった男の子に似ているんだ』って。それってもしかして、塚原真矢のことじゃないの?アンタが6年前に大切に監禁してイタズラしてた男の子。────ねえ、まだ死んでないんだろう。なんとか言いなよ」
不自然に曲がっている腕を蹴り上げる。
ヒグッと変な呼吸音がして、陸に上がった魚みたいに華奢な体がビクビクと踊る。
「紅音が死んでからわたしは鬼になったみたい。アンタが憎くて、殺したくて、たまらなかった。これってもう普通じゃないよね。わたしも……ソッチ側になっちゃったのかな」
人を殺したらいけないなんて、わかりきっている。でもそうしないと、わたしの中の何かが崩れてしまいそうだった。自分なら救ってやれる気がした。自殺なんて道を選ばせはしなかった。辛いのなら手を握って一緒に未来を生きていたかった。
わたしは、紅音が好きだったのかもしれない。
墓石で頭を強く打ったせいだろうか。
益田帆乃香の額は割れて、血が垂れている。ナイフは益田の背中に刺した。柔らかそうな繊維の服が赤く染まって、一輪の花が咲いているみたいだ。感情に任せて左腕を背中に回し、無理やり変な方向に折ったせいか、赤く腫れて曲がってる。
「アンタみたいな頭がおかしいやつには、わかんないよ」
わたしも、おかしくなっちゃったけど。
「残された人の気持ちなんてわからない」
益田を殺したことがバレたら、わたしはどうなるんだろう。逮捕されて刑務所に行くんだろうか。そうなれば、残されたわたしの家族は悲しむはずだ。周囲から犯罪者の家族だと非難されて苦しむ家族のことを想像すると、気が重くて吐きそうになる。
ごめんなさいとしか言い様がない。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
「雨が、降ってる」
虚ろな目で益田が呟いた。
何言ってるんだろう、こいつ。雨なんて降っていないのに。
「まだ雨は止まないよ」
「意味わかんねえよ」
背中のナイフを抜いて、何度も何度も何度も振り下ろす。
こいつの死を背負う覚悟なんて毛頭ない。わたしは紅音の死だけを背負って生きたい。
死体はこのまま置き去りにして、ナイフはどこかに捨ててしまおう。
墓場に来た人がこれを見たらなんて思うのかな。
案外綺麗で見惚れるのかもしれない。
灰色の世界に咲いた真っ赤な花が、脳裏に焼きついて離れなくなるはずだから。
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.91 )
- 日時: 2014/11/21 21:54
- 名前: 夜多 岬 (元:朝倉) (ID: CA3ig4y.)
学校には行くけど授業には出ない。だって面倒くさいから。
そう淡々と告げたカオリといったん別れて、ぼくは自分の教室へと向かった。クラスメイトはぼくをチラッと見たが、すぐに興味は薄れたようで、また雑談に集中しだす。縒れた制服を少し手直しして、寝癖のついた髪を気にするふりをした。どこにでもいる男子高校生だ。周囲に馴染めなくても、溶け込めるぐらいはできているんじゃないか。
口元が緩む。
誰かに見られているかもしれないが、気にしない。
もうすぐ朝のホームルームが始まるのに、急に眠気がきてウトウトしだす。予鈴が鳴ると共に、他のやつらはバタバタと慌て出す。
目を閉じてなにか楽しいことでも考えようかなと記憶の内側を探ってみる。
どうしてか思い出すのは生々しい肌の湿り気や、濃い鉄の匂いだ。ピリリッと頬の肉が微細に動いたため、これ以上の記憶の探索を打ち切りにする。
でも目を開けるのも躊躇われた。ぼくには見なくてもすむものばかりだから。
昼休みにカオリを捜しに学校中を歩き回る。彼女の教室には当然ながら不在で、思い当たる場所へ適当に足を運んでみる。教室、渡り廊下、食堂、生物室、────図書室でぼくの足は止まる。
昼休みの図書室は利用する生徒が少ない。今どき本を借りにわざわざ図書室に入り浸るやつなんて珍しい。図書委員が貸出返却カウンターで退屈そうにしている。本棚が並んでいて、新作コーナーが設置されてある近くに、中澤千秋がいた。
試し読みをしているのか、小説に集中している。ぼくには気づいていないらしい。
周囲には人がいないことを確認して、ぼくは後ろからそっと彼女に近づいた。
「それ、人がバンバン死んでいくよね」
「ヒッ」と小さい悲鳴が上がる。中澤の手から落ちた小説を慌てて受け止める。ぼくを見て動揺していたが、周りを気にしてかすぐに冷静になった。警戒するようにぼくを睨みつける。少し痩せたか。
「本は大事に扱いましょー」
ぼくの手から小説を奪い取り、中澤が数歩下がる。
「なに……なにか用ですか」
「ああ、軽い男性恐怖症とか言ってたね。大丈夫。安心してよ。ぼくはきみなんか襲わないから」
「────わざわざからかいにきたんですか」
瞬きが多い。唇がひび割れていてうっすらと血が滲んでいる。舐めとってあげようか。貧血気味なぼくには最適なキスだ。カオリはどうせぼくが他の子とキスしても、嫉妬しないだろうし。
ぼくの邪な心を察知したのか、中澤が小説を本棚に戻し、スタスタと歩いていく。
「ねえ、待ってよ」
図書館を出てすぐのところで声をかけた。中澤が立ち止まり、こちらを振り向く。
「殺したっていうのは、本当?」
なるべく声を抑えて問う。
殺すという言葉に、中澤が顔色を変えたのがわかった。答えたくないのか、それとも答えられないのか、「ヒッ、ウッ」と変な息を漏らしている。
ならいいよ、と手で制す。
「きみを責めようだなんて、思ってないから」
約束を守れなかったのはぼくの方だし。
「でも、気をつけた方がいい。帆乃香がいなくなったことにぼく以上に焦っている人がいる。その人がきみのことを知ったら、きっときみを殺しに」
「ならそいつを返り討ちにしてあげる」
はっきりと、不気味な声で、中澤は言った。
表情にはまだ怯えが残っているが、その目には狂気じみた覚悟が伺える。どこか殺しに余裕すら覚えているようだ。一人殺ってしまったら、二人目も変わらないというわけか。
「紅音がいないこの世界なんて、わたしにとってはどうだっていいもの」
その言葉の真意を受け止めきれないぼくではない。ぼくだって、もしかしたら、中澤の立場になっていたかもしれないから。帆乃香のいない世界でも生きていけたのは、カオリがいたからで。それがぼくにとって幸せだったのか、不幸だったのか、今でもぼく自身わからないけど。
「────小野紅音の自殺に関わったやつは、帆乃香だけじゃないよ」
だから、ぼくも、どうだっていいよ。
他人の人生がどうなろうが、ぼくは知ったこっちゃない。その不幸でぼくの日常が保たれると思えば、切り捨てることは簡単だから。
「南野秀一ってやつが、いるんだ」
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.92 )
- 日時: 2014/11/25 21:31
- 名前: 夜多 岬 (ID: CA3ig4y.)
昼休みが終わってもカオリが見つからないから、続行して探索中。
授業が始まり、校舎が静まり返った。授業を行っている教室を横目に、校舎から離れた体育館へ向かう。けっこう距離があるから、歩くだけで額に汗が滲む。今日の朝に昼休みに進路指導室へ行くよう言われていたことを今さら思い出して、余計に気分が萎えた。何度目かのため息をついて、土足で体育館へ入る。
「うわあ、いるよ」
広い体育館の真ん中に、制服姿のカオリが寝そべっていた。扉の開く音で人が来たということには気づいているんだろうけど、ピクリとも動かない。寝ているのかと思ったが、目はしっかりと見開き、天井を目視していた。
近寄っても反応がないから、隣に同じように寝そべってみる。体育館の床はひんやりとしていた。ぼくたちこんなところでなにしてるんだろう。なんだか無機質な、人ではない何かになったみたいだ。視線を感じたから横を見る。カオリがぼくを真っ直ぐ見ていた。こうしてカオリの方から何かを言いたそうにしているのは珍しい。でも大抵はぼくの予想を突き破るような突拍子もないことだから、あまり聞きたくはない。かと言って目を逸らすこともできずに、そのまま見つめ合った。うん、可愛い。相変わらず顔の偏差値はすこぶる高いカオリであった。頭の方は、学校に行っていないくせにぼくより出来が良い。どうしてだろう。家でこっそりやっている風でもないから、元が良いのかもしれない。
「学校の雰囲気、久しぶりでした」
本の感想を言うみたいにカオリが呟く。
雰囲気…………あまり意識したことがないから、よくわからない。でもカオリは久々の登校で何かを感じ取ったのだろう。
「それはなにより。これからもぼくと一緒に学校に行こうか」
「考えとく」
てっきり断られるかと思ったから、少し嬉しい。
南野さんに会ってからカオリは変わった。吹っ切れたのかもしれない。南野さんに面と向かって「きみよりは帆乃香の方がいい」と言われたから、いろんな意味で縛りが溶けたんだろうな。ずっと南野さんを想っていて、ぼくを彼の代わりにして、自身を満たそうとしていた。元から叶わない恋だとわかっていたはずだけど、────ん、待てよ。これじゃあ、ぼくがカオリに振り回されっぱなしじゃないか。一番可哀想なのってぼくじゃないのか。
自分に都合の悪いことには蓋をする。これで完璧だ。
気にしないようにわざと目を逸らして、これからの予定をカオリ任せにする。
「午後からの授業は出る?もう始まっちゃってるけど」
「出ない。もう帰る」
「冷蔵庫の中ってなにかあったっけ」
「なにもない。…………真矢はいつまでわたしの家に居候する気よ」
「ずっとだよ」
婿養子になりますよ。お嬢さんをぼくにください、なんてセリフを吐く血縁関係者はカオリにはもういないから、気が楽だ。こんなことを言うとカオリにぶっ殺される未来が容易に想像できる。まあ、カオリと結婚する気なんてさらさらないけど。結婚する前に心中するんだし。でも結婚、結婚かぁ。ぼくの子をカオリが産んだら、めちゃくちゃ可愛いだろうな。顔だけが取り柄って言われているぼくと、美人さんだと賞賛されているカオリの子どもだ。不細工なはずない。…………だから結婚する前に死ぬんだから、子どもとかいらねえんだよ、ぼくたちには!
どうも最近のぼくはカオリとの未来を考えてしまうから危ない。自殺志願はどこへいった。
「真矢のお母さん、心配してるんじゃないの」
「定期的に連絡入れてるから、大丈夫だよ。カオリが心配することじゃない」
今でも毎日かかってくる電話には一切出ていない。あの人はぼくに対して親子を超えた感情を抱えている気がしないでもないので、今はあまり会いたくない。死んだ自分の旦那とぼくを重ねてるんだろうな。雰囲気がすっげえ似てるらしいし。
「じゃあ、そろそろ行きますか」
ぼくが言うと、カオリも頷いて起き上がる。
手を差し出すと、躊躇うこともなく繋いでくる。ぶんぶんっと振り回すと「痛い、うざい」と罵倒されてしまった。心地いい。
夏だから手汗を気にしたけど、カオリが不快そうではなかったから、そのまま黙ってぼくたちは学校から去った。
晩ご飯は麻婆豆腐が食べたいと二人の意見が合致したから、学校帰りに近所のスーパーに寄ることにした。野菜売り場を横切って涼しい店内に入ると、生臭い魚売り場がある。カオリは生魚の目玉が苦手なようで、決して発泡スチロールの中を除き見たりはしない。ぼくは小さい頃、こっそり潰していったんだけどな。育ちの良いお嬢様はそんなことしないのか。
そこを見向きもせず通り過ぎると、カオリの歩く速度が速まった。彼女はわりと短時間で買い物を済ませるつもりらしい。ダダダッと行ってしまったので、残されたぼくはプラプラ店内を見て回ることにした。
アイス売り場でお高めのアイスを眺めて、これ買ってくれないかなぁ、なんて甘えたことを考えてみる。カオリの両親が資産家だったから、こうして贅沢ができているわけだ。バイトもしないで亡き親の脛を齧り続けているなんて、天国(に行ったのかどうか、そもそもそんなものが存在するのかどうかもわからないけど)の両親が悲しむぞ。最も他人のくせに脛どころか娘までも手にかけているぼくが言えた義理じゃないんだけど。
高いアイスを取る。抹茶味と表記すればいいものを、どうして英語で表記しているのか。そんなどっちでもいいことをぼんやりと考えるくらいには、暇だった。
さてさて、カオリはどこへ行ったんだろう。
アイスを持ったまま再び店内をウロウロしてみる。子ども連れの若い母親、良い出汁が出そうなお爺さん、太った中年のおばさん、インスタントラーメンを大量に買い物かごに入れている若者。こうして見ると、人間って関わることがない他人とは一生関わらないものだなと実感する。ぼくがこうして歩いていても、ぼくと知り合いになりたいと思って話しかけてくる人なんか絶対にいない。そしたら、今このスーパーにいる人とぼくは一生知り合うことがないだろう。不思議な感覚だ。すぐ傍にいるのに、ぼくは彼らの名前も知らない。その逆も然り。
ぼくが死んでも、死んだぼくという存在を知らない人間がたくさんいる。
人間が死んでもその死を悲しむ他人なんて、考えてみればごく一部だ。
なんだ、こんなものか。
死ぬことって案外、軽い。
「カオリ、どこかなー」
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.93 )
- 日時: 2014/11/30 20:46
- 名前: 夜多 岬 (ID: CA3ig4y.)
買い物袋一つを二人で持つ。片方はぼく、片方はカオリ。
麻婆豆腐の材料が入った袋はそれなりに重い。ぼくたちの間で揺れているため、お互いの足に袋がぶつかる。それを鬱陶しそうに見るけど、特に二人で持つことに異論はないらしい。弾む話題も今さらないから、のんびりとカオリのアパートまで歩いていた。
まだ学校がある時間帯にも関わらず、制服姿のぼくたちが買い物袋を持って歩いているこの光景は、世間から見てどうなんだろう。恋人同士に見えるのか、はてさてコスプレ好きの夫婦だと見られるのか。学校でもぼくたちのことが噂になっていると、粟島から聞いた。一緒に住んでいるということがそんなに問題なのかと疑問だけど、きっと皆が反応しているのはそこじゃない。ぼくとカオリが一緒にいることが不思議なんだろう。
ぼくはカオリの姉が起こした事件の被害者で、どちらかというとカオリは加害者側の立場だ。ぼくはそんなこと微塵も思ってはいないけど(カオリもある意味被害者だし)、世間はそんなふうに捉えないだろうな。
ぼくたちの恋を認め、応援してくれる人間なんて、ゼロに等しい。
肩身が狭いというか、難しい境遇にいるほど燃えるというか。
本人たちが良ければべつにいいじゃないか。ねえ、カオリ。
「ちょっと」
気づけばアパートはすぐそこだった。
考え事をしていると案外時間が経つのも早いもんだな。
「ねえ、真矢」
「どうしたんだよ」
さっきからガサゴソとカオリが袋で攻撃してくる。牛乳のパックの角が足に当たって地味なダメージを食らうんだけど。その仕草にですら愛らしさを感じつつ、カオリの呼びかけに応える。
カオリは「なんかいる」とだけ言って、まっすぐにアパートの駐車場を指さした。ぼくもその先を見る。
なんかいる、と言われたから未確認生物かなにかかと一瞬身構えたが、全然違った。駐車場に停めてある軽自動車にもたれかかっていたのは、人間だった。カオリの指さす方向的にも、「なんか」はそいつであってるだろう。
その人間がぼくたちに気づいて、こちらに近づいてくる。
うーん、なんというか、顔を合わせずらいな。
「おかえり、真矢くん」
蒼井詩朱が淡々とした表情でぼくらの帰宅を迎える。
不登校で、制服姿で、ぼくの知る限りそろそろ高校受験を迎える年頃……だと思う。昔からの付き合いのはずなのに、こいつに関しての情報が少ない。ただなんとなく近くにいる、そんな存在だった。
ぼくがカオリの家に同棲し始めてから……ああ、違うな。南野さんに詩朱が誘拐されたあの日から、ぼくらは疎遠になっていた。少年のように髪が短かったはずだが、肩まで伸びていた。
「ただいま、詩朱。ぼくの様子でも見てこいって母さんから頼まれた?」
「いいや。ボクが自分の意志でここに来た。ただそれだけ。真矢くんは元気かなーっと思ったまでさ」
相変わらず独特なテンポで喋るやつだな。ここしばらく詩朱と会話していなかったせいか、いまいち掴みづらい。
「ぼくはいつも元気だよ。それよりぼくたちが帰ってくるまで、ずっとここで待っていたつもりだったのかよ。電話してくれれば時間とか合わせられたのに」
「おばさんが電話いっぱいかけても、真矢くんが出てこれないって落ち込んでたから。ボクがかけても出てくれないと思ったわけだ」
「ああー…………それはそれは」
母さんからとの連絡は一切取らないつもりだからなぁ。
「ボクが電話すれば出てくれるのかい?」
「時と場合にもよるけど、ちゃんと出るよ」
「なら、いいけど」
納得したらしく、数回頷く。その視線の先が不意にカオリに向けられた。
見知った顔であるせいか、双方見つめあっている。微妙に居心地が悪い。詩朱とはなんでもない、妹みたいなもんなんだよと、カオリに言い訳したくなった。そんな弁解、カオリは聞く気ないだろうなぁ。だからなに?で終わりそうだ。
「今度の日曜日っ」
少し弾んだ様子で詩朱がぼくの片方の手を握ってくる。うおおおおい、カオリの前でそんなことされたら嫉妬だとか三角関係だとか浮気だとかの展開になっちゃうじゃないか。……ならないか。
「日曜日?サンデー?」
「そう。その日、Aoiに来てくれないかね。最近、店の手伝いをしてて、コーヒーの淹れ方をマスターしたわけだよ。真矢くんに飲んでもらおうかと思って」
「ほう…………いいよ」
チラッと横を見て、
「カオリも一緒でいい?」
少し沈黙があって、
「かまわないよ。甘党そうだけれど」
もしかしてその約束をするためにわざわざここに来たんだろうか。不登校児だった詩朱にとっては、父親の店を手伝うことは大きな一歩だ。あの落ち着いた店でなら、騒がしい客も来ないだろうし。
ぼくの手を名残惜しそうに離して、詩朱が手を振る。どうやらお別れらしい。ぼくも無言で手を振った。
くるりと振り返って詩朱が小走りで去っていく。
「あの子、真矢のこと好きなんじゃないの」
アパートに戻った途端、カオリにそう言われた。
袋から豆腐を出したまま固まってしまった。そんなわけないだろう。ぼくはそんなに人から好かれる性格してないし。それに詩朱も誰かを好きになるっていうタイプではない気がする。恋愛とかそういうのに興味なさそうだ。
だからぼくは安心して否定できる。断定できる。
「それはないよ」
それに今さら誰かに愛されても、ぼくはなにもしてやれそうにないから。
♭
「────ってことで、近々そっちに行くから。後は南野さんが好きにすればいいよ」
『情報提供どうも。そいつを殺した後で、お前も殺してやるから、胃の中空っぽにしておいてくださいよ。食べた後腹掻っ捌いたら、臭くなるから』
「それはできないな。ぼくは自殺で生涯を終えると決めているんだけど」
『じゃあその願いは叶いませんね。残念でした。ハハハハハハハハハッ!』
「お前の中身もドロドロで臭いんだろうなぁ。見てやりたいぐらいだ」
『ハハハハッハッアハハハハハハハハハッ!ハハッ、』
電話は切れた。
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