複雑・ファジー小説
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- 花と愛と毒薬と {episode}
- 日時: 2015/01/28 23:50
- 名前: 朝倉疾風 (ID: CA3ig4y.)
1年弱の長い執筆がようやく終わりました。
執筆中、朝倉疾風から夜多岬に名前を変更しました。これからもし、また新しく書くときは、この名前ですので、お見かけした際はお声をかけていただけると嬉しいです。
小説というにはあまりにも拙く、私の私的感情を爆発させるため書いているようなものですが(所謂ストレス発散)……。
読んでいただき、ありがとうございます。
暇な時間があれば、また、ふらっと現れます。
どうぞその時は、「ああ、またこの人書くのか……」と、呆れながらも読んでいただけると幸いです。
(本編)
執筆開始 2014年 2月5日
執筆終了 2015年 1月25日
○現在、完結後の「彼女たちの物語」を書いております。本当は書くつもりはなかったのですが(ただいま実習中)、暇なときにちょこちょこやっていくつもりです。懲りずに(笑)
○あと、Twitterをまたまた始めました(既に4回消してる)。IDは@moto_asakuraです。ゆるゆる始めます。いろいろと。
(彼女たちの物語)
執筆開始 2015年 1月28日
夜多 岬 (元 朝倉疾風)
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.99 )
- 日時: 2015/01/10 20:58
- 名前: 夜多 岬 (ID: CA3ig4y.)
空さん>>
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ、よろしくお願いします(*'ω'*)
ようやく終わりが見えてきました。ハァハァ。
思った以上に時間がなくて……w
最後までお付き合い、お願いします。
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.100 )
- 日時: 2015/01/24 14:47
- 名前: 夜多 岬 (ID: CA3ig4y.)
埃っぽい屋敷の中でぼくとカオリと、殺人鬼は対峙している。雨音をバックミュージックにして。けど、カオリの言った通り、外には雨なんて降っていなくて、ぼくの耳が壊れてるんだってことを自覚せざるをえなくなる。いや、耳じゃなくて、もっと別のどころかな。
心が壊れるって、普通じゃないってことだよな。
昔から学校の先生とか友達とかに「ちょっと変わってる」って言われた。じゃあ普通ってなんですかと、人を変人扱いしたやつらに問いただしてみたい。ぼくはまともだ。ぼく以外の人間がおかしいんだ。
中澤だって狂ってる。こいつは、友人の自殺を機に普通から離れていった。はずれものだ。
ぼくはいつから壊れてるんだろう。6年前の事件に巻き込まれたから狂ってるんだと思っていた。でも、それは錯覚だったのかもしれない。穂乃花と会ってから?父親が心の病で自殺してから?ぐるぐる原点に帰ろうとするけど、始まりがどこからかわからない。
もしかしたら、生まれたときから、既に。
「ねえ、真矢……。真矢はもっと傷ついてもいいよ。お姉ちゃんが死んだってことに、傷つきなよ」
「だから、ぼくは穂乃花が死んだことだって、なんとも思ってないよ」
「じゃあ、どうして雨が降ってるのよ。お姉ちゃんと同じで、どうして雨の音が聞こえてるのよ。引きずってるくせに。一緒に死ねなかったこと、後悔してるくせに。あの日、わたしを助けたことを死ぬほど後悔してるくせに」
後悔だって?
そんなの、していない。
ふたりきりの部屋。穂乃花の匂いと穂乃花の感触、穂乃花の声だけで支配されていたぼくらの時間。痛くて気持ちよくて怖い。そんな中で、薄々気づいていた。この人は毒だ。ぼくを体の内側から侵す、甘美な毒だ。
カオリを殺そうとした穂乃花を拒絶したのだって、死ぬのが怖かったからとかじゃない。
べつに死ぬのはいつだってよかった。
ただ、カオリが。
クラスの人気者で、いつも笑顔で、明るくて、輪の中心のカオリが、あまりにも傷ついた声で泣いたから。この子も、こんな顔で泣くんだなって、可哀想に思えたんだ。
愛情も同情も似たようなもの……と、うちの母親は言い切っていたけど、全くその通りだ。
「ぼくはカオリを選んだことを後悔しない」
言い切る。
なんか今、ぼく、ちょっと格好良くなかったか。
「こんなところで愛の告白って、チョーウケる」
ケラケラと、気味の悪い顔で中澤が笑う。
南野さんの首が入ったバッグを重たそうに拾い上げる。それをカオリが奪い取ろうと手を伸ばした。
「返して」
血で手が汚れてもカオリは気にする素振りを見せない。
「返して。それは、彼の首だから。彼の、首なのに」
「こんな首がほしいの?もう生きてないのよ。動きもしないし、声も出せない。こんな、気味の悪いもの、あげる。いらないから」
中澤が急に手を離したため、カオリが首を抱えたまま、尻餅をついた。恐怖と動揺で乳幼児の喃語のような発音で声を発する。首を見つめ、瞳孔を開いて、南野さんなのか確かめている。しばらくして首を抱きしめるカオリの姿を見て、吐き気がした。
「南野さんの首も返したし、もう後は、塚原くんたちを殺すだけでいいか」
聞き流せない発言が耳に届いた。たぶん本人もぼくらに聞こえるように言ったんだろう。
細長く鋭利なものが闇の中で光っているのが見えた。まあ、想定内なのであまり驚かない。今のところ誤算だったのは南野さんではなく中澤が生きているってこととぐらいだ。なんで女子高生に負けたんだ、あの人は。
「ちょっと質問していいかな」「手短に」
にっこりされても可愛くねえよ。言わないけど。
「南野さんとバトル的展開にならなかったのか。あの人は一応、成人男性のはずなんだよね。女子高生にフルボッコにされるほど、やわではないと思うけど」
「塚原くんって、わたしとあいつの復讐心を利用して、お互いに殺し合ってほしかっただけでしょう」
ちゃっかりバレてる。その通りだ。
「最初に本当に益田穂乃花を殺したのかって聞かれたから、その通りだって答えたよ。あいつもけっこう頭の方おかしかった。話してみてるとすぐにわかる。押し倒されてレイプされそうになったから、言ってやったの。益田穂乃花の遺体を置いている場所を。そしたら狂っちゃって。本当に見ていられないくらい、おかしくなっちゃって。簡単だったわ」
「────まあ、そうだよなぁ」
カオリにしたみたいに、南野さんに穂乃花の首を差し出せば、それが視界に入った瞬間にあの人はそれがなにかを理解し、我を忘れてその首に飛びつくだろう。首にキスをする南野さんを思い浮かべる。本当にあの人も人生狂わされたな。
「で、今からぼくらを殺すってわけか」
それで気が済むのかという安っぽい説得は試みない。自己満足で動いているこいつらに、他者が何をどう言ったところで、失敗するだけだ。
「動かないでね」
あらかじめ殺されるとわかっていて、どうしてじっとしていられるのか。
ぼくも覚悟してここまで来たんだ。
もう終わらせるんだと。
「ぼくにも、責任はあるんだし……」
「なに言ってるの。こんなところまでノコノコやってきて、その子と一緒に死ぬ覚悟はできてるんでしょう。この死にたがり屋」
カオリとぼくは運命共同体なんだ!と、胸を張って言いたかったけど、なんか恥ずかしいからやめた。
「そういえば、塚原くんさっき、雨がどうとか言っていたよね。なあに、それ。あいつも死ぬ間際に同じこと言ってたわ」
「え…………」
「益田穂乃花も、雨が降ってるって、言ってたわ」
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.101 )
- 日時: 2015/01/24 23:07
- 名前: 夜多 岬 (ID: CA3ig4y.)
ぼくと彼女の共通する点は一体なんだったんだろう。
性別も年齢も家庭環境も違って、それまで歩んできた人生も異なるものだ。あの日、ぼくたちが出会ってから、なにが彼女と共通するようになったんだろう。
雨が、降っていることぐらいか。
ぼくと彼女にだけ聞こえている雨音。この音の正体がなんなのかわからないし、突き止めるつもりもないけれど。
「まだ穂乃花にも聞こえていたのか」
もう聞こえていないのかと思っていた。
ぼくが穂乃花を忘れたいように、向こうも最後に裏切ったぼくのことなんて覚えていたくないだろうから。記憶から抹消して、また新しい人生を後ろ向きに生きているんだろうと。てっきり、そう思っていたのに。
「殺すって言ってるのに、特に抵抗も見せなかったし。あいつ、本当に死にたかったのね。それで他人を巻き込むなんて、いいことだとは思えないけど…………。これでやっと死ねる、みたいな顔してたわ」
「どこだ」
「はぁ?」
自分でも驚くほど、体の動きが俊敏になった。
刃物を持っている中澤の右腕を押さえつけて、ぼくの右手で彼女の細長い首元を力いっぱい掴んだ。かはっという息が漏れる音がした。そのまま中澤の背中を思い切り壁にぶつける。ナイフを持つ手がじたばたと暴れるけれど、首を掴む手に力を入れれば、その動きは鈍くなった。
「穂乃花は、どこだ」
気が変わった────としか言いようがない。ぼくも気分屋だから。
簡単に言えば、ぼくは、中澤を殺すもりだった。
ぼくの手を汚してでも、中澤千秋をこの世から消し去り、ぼくの世界を保っていくという計画をたてていた。
彼女がどれだけ穂乃花の死について触れても、ぼくは今までと変わらないと、そう思っていた。自分のことは自分がよくわかっているから。
今まで優位だった立ち位置が逆転して、中澤も事態を飲み込めていないようだ。
ぼくだって自分の心情の変化に着いていけていないんだから。
「聞こえてるのかな。穂乃花の遺体はどこだ」
「あ…………なんなの、あんた」
「答えてよ」
彼女の頭をこれでもかというほど揺らして、壁にリズムよく打ち付けた。
苦痛に歪む中澤を見ても、心に一切の躊躇と罪悪感が湧いてこない。これじゃあ、人間失格だ。……かの有名な文学作家が言っていた言葉を使わせてもらったけれど、本当にその通りだよ。いつから、ぼくは、怪物になったんだ。
「早く教えないと、殺すぞ」
「や、わかった、わかったから……手離して。死んじゃう」
手を少し緩める。喉が上下に動いて、なんだか気持ち悪い。
中澤が口にした場所は、ぼくがカオリとデートしに行きたいと言っていた、中央公園のすぐ傍の墓地だった。季節が変わるごとに、その季節ごとの花が咲いている、とても美しい場所。ここから少し遠いけど、電車を乗り換えれば30分もあればたどり着ける。
中央公園の北側にはすぐ駅があって、その前の道が大きな車道になっている。そこは昔から事故が多くて、そのせいかどうかはわからないけど、中央公園の傍には墓地が多い。
車道や中央公園は人通りもそれなりに多いけど、山林の近くにある墓地なんて、鬱蒼としていて夜には絶対に行きたくない場所だ。なんでこんなに詳しいかというと、母さんの両親(ぼくからすると祖父母)の墓がそこにあるから。数回、墓参りに行ったことがある。当然、中澤はそんなこと知らないんだろうけれど。
「そこに穂乃花は今もいるんだね」
「たぶん…………誰にも見つかってないから」
「そうか。わかった」
首から手を放す。明らかに安堵した表情が見て取れた。
だから、
ぼくは自分の着ている服のポケットから、尖った鉛筆を素早く取り出す。芯が折れているか心配だったけど、杞憂に終わった。
その鉛筆を、思い切り、中澤の首に刺した。
「えっ?」
事態が飲み込めずに、戸惑いを口にしたのはカオリだった。
どんな顔をしているのか気になったけど、ぼくは鉛筆を握る力を緩めない。中澤の目が大きく見開かれ、「嘘でしょう」と言ったような顔でぼくを見る。
鉛筆を引き抜くと、血が噴水のようにシュワーと噴出した。赤黒いそれが水たまりをつくる。
ぼくは中澤の持つ刃物を取り上げて、それで何度も何度も腹部を刺した。人を刺すのは初めての体験だったけど、けっこう、疲れる。
後ろでカオリの悲鳴が聞こえた。聞こえないふりをした。
雨音が強くなる。
それで血の音も、カオリの悲鳴も、かき消されればいいのに。
中澤が動かなくなって、力なく倒れた。
死んだのかもしれない。
「ふぅー…………」
長く息を吐いた。
腕が疲労で痺れている。
振り返ると、南野さんの首を抱きしめたまま、カオリが硬直していた。
笑って見せる。まだ笑えるのかと、自分に呆れた。どうなってるんだ、ぼくの表情筋。
「あの日、ぼくは穂乃花と交わしたたった一つの約束さえ、守れなかった」
これは言い訳だ。
世界で一番愛しているカオリを裏切るための、言い訳だ。
「カオリを助けたことを後悔してない。カオリを愛してるのも本当だ。穂乃花の身代わりでカオリを必要としていたなんてこと、絶対にない。これは本当だよ」
一緒に死にたいと強く思ったのも、嘘じゃない。本気だった。
でも、穂乃花と出会ったことを後悔していないのも、本当だ。
穂乃花は、毒だ。人を自分の近くに引き寄せて、同じ場所まで落ちてくるように仕向ける。甘い罠を仕掛けておいて、そのくせ簡単に人を裏切るんだ。まるで悪魔だ。
あれだけ酷いことをされても、ぼくは彼女を憎めないし、嫌いになれない。
マイルドコントロールっていうのかな、こういうの。どうでもいいけど。
「穂乃花が死んだって聞いた時も、ぼくはなんとも思わなかった。中澤を殺したのだって、穂乃花のこと関係無しに、ぼくがそうしなければと思ったから、そうしたんだ」
「真矢…………やめて…………」
「でも、穂乃花は、ずっとぼくを覚えててくれた。穂乃花はぼくの身代わりをずっと探していたんだ!」
「それは違う、それは違うよ」
彼女が最終的に選んだのは、南野さんでもぼくでもネットで知り合った連中でもない。一人ぼっちの最期だった。ぼくの代わりが見つからなかったから。ぼくに似ているキャラを演じた中澤になら、殺されてもいいと思ったんじゃないか。
「ぼくはもう、割り切ったつもりだったのに、穂乃花はずっとぼくを求めてて、「真矢っ「ぼくはそんなこと知らずに、カオリを愛してて…………あいつはっ、この6年間、ぼくを思っていたのに「落ち着いて、真矢「ぼくも聞こえるんだよ!雨の音が!カオリには聞こえないだろう!?「やめてってば!!!!」
雨の向こうで、彼女が泣いている。
行かなくちゃ。
「真矢…………お願い、行かないで……」
行かなくちゃ。
6年越しの約束を果たしに行こう。
- Re: 花と愛と毒薬と ( No.102 )
- 日時: 2015/01/25 15:35
- 名前: 夜多 岬 (ID: CA3ig4y.)
ending 『Rainy sound』
少年はふらつく足取りで目的に向かっていた。
適当に着替えた服はよれていて、髪もボサボサだった。指先に他人の血が付着しているのだが、夜道ではそれは誰にも気づかれることはないだろう。
時刻は夜中の2時を回ろうとしていた。
目指す場所は、電車を乗り換えれば30分で到着するのだが、人目に触れるからという理由で、少年は自分の足でここまで来た。疲労が限界まで達しており、睡魔のせいで頭がボーとする。しかしその歩みを止めなかった。
歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて────
ようやくたどり着いたのは、墓地だった。
夏の夜のせいか、空気はひどく冷たい。誰もが足を踏み入れるのを拒みそうだが、少年は躊躇なくそこに踏み込んでいく。霊感を持っているわけでもなく、ましてや霊的存在を信じてもいない。だが少年が見ているのは殺された彼女の幻だった。
夜目の効く視界で墓地を見渡す。
遺体が長い間見つかっていないということは、人目の着く場所に遺棄されているわけではないだろう。少年の目が、普通なら見逃してしまうような、山林へ続く細い山道を捉えた。躊躇することなく、そこへ歩みを進める。
ひどく蚊が多い場所だった。汗が垂れ、少年の鼻の頭を濡らす。少し歩いて、ポケットから充電がそろそろ切れそうな携帯電話を取り出した。画面の明かりで申し訳程度に辺りを照らす。
そして案外あっさりと。
少年は彼女に会うことができた。
山道から外れた茂みに、白い両足を見つけた。それが人の足だと分かった瞬間、少年は携帯電話を投げ捨て、茂みを掻き分ける。手が傷だらけになっても今さら気にしない。
そこには、6年ぶりに会う彼女の姿があった。
毟られた頭皮からは割れた頭が見える。服を脱がされ、裸体のまま放置されている遺体は見るにも絶えない姿で、彼女が言っていた「美しい死体」では決してなかった。酷い臭いが漂い、涙が溢れてくる。
しかし、少年は彼女の傍に駆け寄り、その遺体を見つめ、触れ、キスをした。
ゆっくりと彼女の上に覆いかぶさり、返事もない、反応もないそれに語り掛ける。
「6年前に守れなかった約束を果たしにきたよ」
「あんたに忘れられたと思って、ぼくも忘れようと思ったんだ。あんたがぼくを求めていたなんて、知らなかったよ。会えなかった6年間、何をしてたの」
「あんたの妹を好きになったよ。あの子を一番愛してる。でも、あんたはあの時のぼくのすべてだったから。ぼくが信じて求めて疑わなかった人だから」
「ねえ、お願い。だから、許して」
だんだん少年の声は小さくなっていった。
意識を手放すとき、少年は周囲で鳴く虫の音を確かにハッキリと聞いた。あんなにうるさかった雨音が聞こえなくなっていたのだ。一瞬、自分の身に起きた変化に戸惑ったが、すぐにふっと微笑み、少年はゆっくりと瞼を閉じた。
静かな世界。
やんだ雨。
二人を邪魔するものは、もう何もなかった。
♪
今朝から雨が降りそうな天気だった。
安いアパートには天井にところどころ雨漏りの痕跡があり、それを見るたびに憂鬱になる。部屋のかび臭さには慣れたが、未だに急に出てくるゴキブリには驚かされる。
朝のニュースを見ながら、香織は味噌汁を自分のと、娘のぶんの椀によそった。
娘の祈里は7歳になり小学校に通っている。小学校ではあまり馴染めていないようで、新任の担任教師からは何回か家庭訪問を申し込まれている。そのたびに仕事を理由に断わっていた。祈里自身が小学校でのことなど気に留めていないからだ。そういうところはどちらに似たのだろう。
「い〜の〜り〜。朝ごはんできたから、おいで」
やけに間延びした口調で娘を呼ぶ。すぐに静かに襖が開き、既に登校の準備を終えた祈里が現れた。
髪が短ければ活発な男子に見えなくもない容姿は、父親譲りだろう。死んだ彼の姿を思い出す。彼も一見女性か男性かわからない容姿をしていた。
「おはよう」
「おっはー。ぐっもーにん」
なぜか外国風な挨拶をされた。ちゃぶ台を挟んで向かい側に祈里は座り、味噌汁をずずずっと飲む。長い睫毛が伏せられた。薄い舌が唇を舐めた。自分と似ている部分を探すのもけっこう楽しいことに香織は気づく。食が細いのも自分に似たのかもしれない。
「学校楽しい?」
さりげなく聞いてみる。
興味がないわけではないが、幼いなりに娘にも触れられたくない場所はあるだろうからという、親なりの配慮で、こういう話はあまりしない。
想像していた通り、祈里は鼻を鳴らして、
「うーん。詩朱ねえちゃんと遊ぶほうがおもしろい」
「あの子、コーヒー淹れるの上手くなった?」
「このまえ、お客さんにほめられてたから、そうなんじゃない」
「わたしの味噌汁も美味しくなった?」
祈里はもう一度味噌汁を吟味して、頷く。
「めちゃんまい」
朝食の片づけを終え、歯を磨き、化粧をし、スーツに着替える。
出勤の身支度ができるのは、カオリが家を出る時間と一緒だ。そのため平日はいつも二人同時に家を出る。鍵をかけ、祈里と手を繋いで、曇り空の下を歩いた。
登校の時間が被っているため、小学生や中学生が次々と二人を追い越す。時間には余裕がある。いまいち歩き方のぎこちない香織に祈里が歩調を合わせる。
濁ったような色の雲が空を覆っていた。天気予報によれば昼から雨が降るらしい。念のために祈里には折り畳み傘を持たせた。
「わたし、今日の帰りは夜になっちゃうから。お店が終わった後、詩朱さんが家に来てくれるの。ちゃんと鍵、あけてあげてね」
「あいあいさー」
「でも詩朱さんが来るまでは鍵はかけててね」
「わかってるわかってる」
返事は適当に聞こえるが、わかっていると答えたのなら、祈里はきちんと理解している。そういう子だ。
育て方が良かった、とは己惚れない。第一、子どもを産んだ後も母親としての自覚はあまり持てなかった。祈里が自分の力で育ったといった方が正しいのかもしれない。そこまで祈里を放置しているつもりもないが。
小学校が見えてきたあたりで、祈里がなんだか怪訝そうな顔をしているのが気になった。上を見たり、耳を触ったりしている。
「なにやってるの。どこか痒いの?」
「ううん。なんだか、雨の音がするー」
なんでもないような祈里の言葉を、香織は聞き逃さなかった。だんだん自分の体が震えてくることに気づき、慌てて抑えようとする。肩をさすったが、どうしても止まらない。祈里に悟られないように、繋いでいる手をギュッと掴んだ。
母親の異変に気づかない娘は、雨など一滴も降っていない空を見上げた。
その娘の姿に、香織は心の奥深くに封じてきた記憶を思い起こされる。
親子なのだから。
父親なのだから。
いろいろと受け継ぐものもあるのだろう。姿だけでなくとも。
ただ、それだけは。それだけは祈里には聞かせたくなかった。
「おかあさんには、聞こえる?」
衝動的に、娘の両耳を塞ぐ。
声をあげて泣いた。
子どものように泣く香織を見て、祈里は驚き、目を見開く。大人が泣いているのを初めて見た。
戸惑いつつも、祈里はそっと母親の背中に手を回し、ぽんぽんっとリズムよく叩く。自分が泣いたとき、よくそうやって慰めてくれたから。
人目も気にせず泣き喚く母親に、祈里は微笑みながら囁いた。
「いっしょに泣いてあげる、おかあさん」
(完)
- Re: 花と愛と毒薬と {完結} ( No.103 )
- 日時: 2015/01/28 23:42
- 名前: 夜多 岬 (ID: CA3ig4y.)
- 参照: Twitter@moto_asakura
────冬の足音が聞こえる。わたしと同じ色の季節。
────怖がらずに、耳を澄ませて。
────雨の音なんて、聞こえないから。
彼が雨にかき消された、そのあとの彼女たちの話。
Episode1 『The memory with him is meaningless for me』
10歳になる娘を夫とお義母さんに任せて、わたしは一人、高校生まで暮らしていた故郷に帰ってきた。
大学進学を機に県外で念願の一人暮らしを始め、ホームシックと慣れない家事に四苦八苦していた。その頃に出会った大学の先輩と結婚を前提に交際を始めたら、あっという間に子どもまででき、いわゆる、できちゃった婚をしていた。こんなに女としての人生がとんとん拍子で上手くいくなんて、わたし自身、思っていなかった。絶対に結婚なんてしないだろうなと思っていたから。
専業主婦というものはけっこう退屈だったり、日常に変化を求めたくなったりする。
子どもが小さい頃は子育てと家事に必死だったが、もう小学生になったので、手がかからなくなった。寂しいものである。
バスに揺られて3時間。そこから電車で20分揺られたところに、わたしが青春を謳歌していた街はある。これといって特徴のない街だ。流れる景色をボーっと眺め、自分の記憶と照らし合わせてみる。しょっぱい記憶も蘇ってきたので無理やり抑え込む。べつにセンチメンタルに浸りたいわけじゃない。
わたしの両親は元気だろうか。思えばゴールデンウィークに帰省して以来、声すら聞いていない。今から2月だから、半年以上も連絡を途絶えてしまっていた。正月はわたしがインフルエンザにかかり、次に娘、その次に夫と、連続でインフル菌の餌食になってしまったから、帰省が困難だった。本当に時間の経過は早いものだ。
そもそも実家に連絡を入れないまま帰ってきてしまったので、いきなり登場したら驚かれるかもしれない。でも娘を追い返すような人たちではないから、今日はサプライズドッキリということにしておこう。
電車から降り、雪道をシャリシャリ鳴らしながら歩く。
実家に着く前に、そういえば手土産のひとつも用意していないことに気づいた。せっかくのドッキリなんだから、土産ぐらい持って行くべきだろう。うーん…………苺大福でいいか。たまたま視界に饅頭屋が入ったため、適当に決めた。まあ心がこもっていれば土産なんてなんでもいいのだ。例えそれが後付けの真心であっても。
饅頭屋の扉を開く。甘い匂いがした。奥からメガネをかけた初老の女性がチラッとこちらを見て、「いらっしゃい」消えそうな声で招き入れてくれた。
軽く会釈して、店頭に並ぶ美味しそうな饅頭を眺める。本当に美味しそうだった。饅頭…………というより餡子が苦手なわたしは、あまり和菓子などに興味がなかったんだけれど。あの人たち饅頭とか和菓子が好きだからなぁ。
苺大福も美味しそうだが、どら焼きもふっくらとしている。これなら両親も喜ぶだろう。二つ買っていこうか。どうしようか。
などと迷っていると後ろで店の扉が開く音がした。「いらっしゃい」と初老の女性が、わたしの時と同じように客を招き入れる。
わたしの隣に並ぶその客の方を見た。
中学生ぐらいの少女だった。綺麗な黒髪を腰まで伸ばしており、清楚な文学少女といった印象を与える。幼いがどこか大人っぽい雰囲気で、すらりとした背丈や手足の長さがモデルのようだった。
顔…………あれ。どこかで会ったっけ。
「夕方から、また雪が降るらしいよね」
可憐な見かけによらず、意外と声が低い。
最初、だれに声をかけたのかわからず、無視していたが、どうやらわたしに言っているらしい。
「そうなんだ……わたし、今さっき帰省したばかりだから、わからなくて」
戸惑いながら答える。
少女はしばらく黙っていた。その横顔はわたしではなく、じっとレジの隣にある和菓子の包みを眺めている。さっきのは気のせいかと思い、返事をしたことを少し恥ずかしく思っていると、
「おねえさんの頭は、不思議な色をしているね」
また話しかけられた。
おばさんではなく、おねえさんと呼ばれたので、この子の印象がぐぐぐっと上がる。きっといい躾をされているんだろう。
わたし自身はというと、地毛とは思えないほど明るい、白色にも近いこの髪を小さい頃から周囲に不思議がられていたため、もう慣れっこだった。
「これ、生まれつきなのよ。染めてもないし、脱色もしてないの。娘は平気だったんだけどねぇ」
妊娠しているとき、どうかこの髪の色が受け継がれませんようにと、本気で願った。この髪色で不幸な目にあったとかそういうのはないけれど、逆に良いこともなかったから。なるべく普通に目立たずに生きていきたかったのだ。なぜわたしだけこんな色なのか、はっきりと原因はわかっていない。なんらかのあれで色素がどうのこうの…………難しい話は自分のこととはいえ、他人事風なのだ。
とりあえず、曾祖母も同じような色だったらしいため、遺伝的な問題かなと簡単にまとめている。
「とてもあなたに似合っている」
「────どうもね」
生意気なやつだと思えないのは、その顔がわたしのよく知る人に似ていたからだ。まさかなとは思うけど。だってもう死んじゃったし。
わたしの青春において、苦い傷痕を残した彼を思い出す。少女の顔が────いや雰囲気かもしれないけれど────どことなくあいつを思わせて胸がチクリと痛んだ。
気のせいということにして、両親へのお土産にどら焼きと苺大福を綺麗な包みで包んでもらう。合計で野口さん2枚。おつりの小銭がジャラジャラ手の平の上で鳴る。掠れた声で「どうもね」と言われ、軽く会釈した。
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