「プライドと自信」編2

『自分らしい視点』の落とし穴

自分らしい視点をもって文章を書くことは必須ですが、作者自身の思想や視線が内容(ドラマ)よりも前に出過ぎるのは、やはり避けなければいけません。インパクトは強力なキラー武器には間違いありませんが、紙表面に文字として綴られていくのはやはり物語(ドラマ)でないと、読者と作者で決めた距離が崩壊してしまいます。
読者は生々しい作者自身のみを感じることになり、その距離のあまりの近さにとまどってしまいます。

小説読者はその作者の作品に接したいとは思っても、作者本人と接したいとは感じていません。
『物語』という境越しに作者と読者が間接的に接するのが、表現をする者と観賞する者の心地良い距離です。
貴方本人の思想として直接的に表現したいときは、小説でなくエッセイや随筆等で書くのがよいでしょう。
作者が言いたいことは、物語の表層(文字)ではなく登場人物の言葉(心)の奥深くに潜め、語らずしてさりげなく語ることが、全体としてのその作者らしい趣や情感へと繋がっていきます。


世界の深さや魅力は、必ずしも面積(空間)の大きさに比例しない

世界観、1章のスケール、伏線、文章ボリューム等、なんでも長大、壮大なものにすればいいかというとそうでもありません。
例えば4畳一間の舞台だけで、わずかな登場人物を深く深く掘り下げるというのも立派な手法です。
短編小説でも、深みのある世界観を展開できたりしますね。
たった一人の人間を掘り下げるだけでも、大きな歴史や社会のうねりなど豊かに見えてきます。
人に起こりうる大概のドラマ的要素や世界観はすべて出尽くしているとしても、出尽くしたと思うことこそが思考を狭め、志まで低くしてしまいます。

人はごく自然に創作しますので、ある一人(貴方)が絶望して創作をやめたとしても、ほかの誰かがこれからも創作を続けてしていきます。何事も大きなテーマや複雑な世界観を宇宙規模でもって語らなければならない思ってしまう気持ちがあるなら、一端脇において深呼吸して冷静にながめてみましょう。


書くという作業に親しみながらも、慣れないようにする

文章技巧が向上していけばしていくほど、不要なプライドが皮下脂肪のようにずっしり溜まってきます。
意識して少しずつ日々新しいものを見て古い情報を更新していくことも大事です。
書くことに慣れて、知る努力をしなくてもそれなりに書けるだけに「まあこんなもんでいっか」と済ませるようになる人も出てくることでしょう。 自分の前にも後ろにも沢山優れた人がいるのが現実なので、鈍い人はあっという間に抜きさられ、置きざりにされてしまいます。

何年経っても新鮮な心を持ちつづけることができるかが、ある程度書けるようになった先の大きな分かれ道です。
自分ならではの新しい見方、発想、展開……それらもいつかぷーんと古くカビ臭くなりはじめます。
判断や考えを述べる際の根拠となる情報を、惰性で古いままにしてしていることが直接的な原因であることが多いようです。
いいカビなら生やすもよいですが、悪いカビなら思い切って削ぎ取ることも必要でしょう。
良いカビか悪いカビかの判断もつかなくなってしまったら、プロアマ問わず作家としての道はそこで終わりとなります。

作家としての志を、誰もが生涯追い続けることができるわけではありません。
歩みを止める者、脱落していく者、迷い込んだまま出られない者、様々です。
それはそれで一つの生き方ですので仕方がないですが、できれば歩み続けていきたいですね。
読者も、好きな作家にはどこまでも歩んでいってほしいと願っているものです。
歩みを止めた作家の姿(作品)には死臭を感じるので、「終わってしまったな」とそっと本を閉じるほかないからです。


他作者に勝とうとせずに、勝つ

自分の良さをすべて出しきることは、相当高い壁です。
「ありのまま」は出せても、自分の「良さ」となると難しいものです。
我(が)(=カッコつけたい気持ち)やプライド(=攻撃を受けたくない気持ち)が邪魔をしやすいからです。

小説を書き続けていくと上達するのでそれなりに「っぽい」ところまで来ます。
プロ輩出の小説大賞で一次選考は通過するような時期がそうかと思います。
小説大賞に出す前提は『大賞に届くかもしれない』という前向きな自信を持つことです。
ただ、参加すると決めた後は「入賞したい」という強い思いを一端客観できる位置まで離して置きましょう。
精神的な区切りをつけるために、神社やお寺にお参りして心を浄めるのもいいかもしれません。
願かけではなく、自らを戒める参拝です。

落ち着いて考えてみると、大賞の選考で落ちることそのものは、実は人生において何のマイナスにもなりません。
生活を律して一つの大きな挑戦に実際に真摯に努力した人間として、その幅こそ様々ですがプラスの成長をしています。
選考のどの段階で落選しようとプラス成長です。大変貴重な経験なので、自分の小説に足りないものについてのアドバイスを選考企業から戴けたときには、飛躍のチャンスですので一度素直に取り入れて工夫してみましょう。

「プロ作家になったら印税が……」等金儲けを考えている作者の物語からは、平凡臭がしやすくなってしまいます。
まずは『自分の考える素晴らしい作品を書くことができれば、結果として勝っているだろう』と考えることが、自分の心をニュートラルの位置に戻すための一助になると思います。
静かに、自分の目指す頂上だけを目指して黙々と歩んでいきましょう。