小説の書き方 「取捨選択」編

生き様(いきざま)を描いていることを忘れずに

  • ・書くことがありすぎて全部を盛り込みたい気持ち
  • ・書くことがなさすぎて適当にスペースを埋めたい気持ち

あるある、あります。分かります。
でも、なんでもかんでも盛ればいい、埋めればいいってわけでもないですよね。

小説(ドラマ)に必要な要素は「在る」ことです。
登場人物の「生き様」を感じられることが最も重要です。

  • ・(作者には全部ドラマが見えているから)どこまででも書けるけれど、登場人物の生き様を語るうえで必要でない情報を、もっと見つけて削ることもできるはず
  • ・(作者には全部ドラマが見えているから)これ以上書かなくても分かるけれど、登場人物の生き様を語るうえで必要な情報を、もっと足すこともできるはず

です。気持ちの持ちようということになりますが、少しは対策をとりやすくなるかと思います。


取材の収穫物の使い方

取材をすると、たくさん説明することができます。しかも説得力をもちますね。頑張った分だけつるつる書けますね。
せっかくだし得た全部を盛り込みたくなる気持ちも、仕方ないかもしれません。
でもそんなときこそ、無防備・初見状態で作品に接しなくてはならない「読者」の存在を、思い出してください。

おそらく取材を通じて、それまで自分が考えていたよりもたくさんの事実を発見できると思います。
執筆する時点で、以前よりも高い知識レベルで臨めます。しかし、自分の想定する読者は、はたして作者と同じところから読み進めることができるでしょうか?すべてをいかに一所懸命に書いたとしても、想定読者の大半が分かるものでないなら方向違いの努力になります。「一足飛びで、専門的な説明がはじまる」「説明ばかり多くて、登場人物の心が見えてこない」など不満に思われてしまいますね。

「坂」「階段」「手すり」に相当するような、易しい言い換えやフォローがないと、読者は辛くて進めません。知識の「段差」「長さ」や「傾斜」があまりにもきついときも同様でしょう。何も知らない人側の心理をうっかり忘れてしまっている小説は、残酷です。いくら立派な知識でも、披露されればそれでいいというものではありません。
「そんなに一気に言われてもわかるか!」「難しくてわけわかんないよ!」と感じる人たちを想定して、彼らがわかる量、方法、言葉づかい、ペースで教えることが、世界観を理解してもらう上で大事な段取りです。まるで教師ですね。でもそういう感覚も大事です。

技巧的に美文の体であっても、敬遠されてしまうのは「知識差補正のない壮大な説明で、読者を置いてけぼり」が原因であることが、意外と多いように思います。

作者さんが誠実な頑張り屋であるほど、取材成果(世界観設定を含む)がしっかりして大きいときほど、「小出し」と「わかりやすさ」を心がけましょう。全部を一度にぶっ込みたい気持ちを、どうにかしておさめるのです。じらし上手というか、もったいぶるというか、あえて斜め下からいく『いたずらな気持ち』も、大事かもしれませんね。登場人物の生き様が、最も読者に生き生きと見えてくる形と数に絞りながら、楽しんで書けるようになるといいですね。

小説から新しいことを次々に知ることができるのは、読者としてもきっと楽しい体験のはずです。
作者さんは「登場人物と読者の心の在りようを立てる」説明になるよう、文量や単語などから気をつけてみていくとよいでしょう。


その人物の「生き様」に必要なシーンを、積もう

『BLに目覚めたカキオの青春』を描きたいとします。その構成が次のようだとどうでしょう。

  • 1話 学校で勉強がんばる~家で夕飯~くたびれて寝る
  • 2話 妹とケンカ~無口で朝飯~高校3年進級
  • 3話 妹とバスケで仲直り~新クラス初日
  • 4話 5月病~新しい友達ができて気分浮上
  • 5話 著名人の講演会に行く~化学に興味をもつ
  • 6話 中間テスト~結果良好で家族旅行
  • 7話 バスケ部を引退~夕飯はとんかつ~受験校対策開始
  • 8話 お母さんが倒れる~受験生なのに家事もすることに
  • 9話 看病と勉強~カキオ疲労で倒れる
  • 10話 妹と父が励ます~カキオ復活
  • 11話 男友達のカキトにドキッとする~好きかも?
  • 12話 カキトにふりまわされる~なんとか受験
  • 13話 合格発表~卒業~涙で旅立ち 【完】

カキオの生活の順序としては、これできっと間違いないのでしょう。

けれども、上の『テーマ(生き様)が最も伝わってくるシーンか?』という視点でながめてみると、どうでしょう。
11話くらいまで、ほとんど不要だとわかります。この構成だと「高校3年生のカキオの受験生活」がテーマかな?としかわかりませんね。 また、仮に受験もテーマだったとしても、不要なシーンびっしりですね。せっかく主テーマに関わりそうな、男友達「カキト」とのシーンも無駄に浮いてしまっています。大丈夫?カキオ頭どうかしちゃったの?と心配になりますね。

12話で終わるのだったら1~10話までをコンパクトに調整しなおしたり、すでに書きあげてしまったとしても「このシーンは本当に要るか?」ともう一度考え直しましょう。とても大事な作業です。もし不要とわかったら、もったいないけれど1シーン丸々削りましょう(パソコン利用なら、削除前のバックアップを別に取っておけば、いざというときも万全ですね)。

やみくもに文字を重ねて連載を長くしたり、登場人物の日常を取捨選択せずただ積み重ねていくだけでは、本当にその作品が語ろうとする全体テーマが不鮮明になりがちです。※もちろん『どのように描くか』によっても変わってきますが、それは個人の筆力やセンスの差が大きいのでここでは考えません

たとえば、不覚にもときめいてしまった「後」の日常、男友達や周囲との関わり、以前の考え方・言動との落差が際立つシーンで組み立てたほうが、BLに目覚めちゃったあ、というカキオの在りようが、もっと伝わりやすくなります。
それぞれの登場人物が、脳内含めて『最も活発に活動しているシーン』を中心に厳選してみましょう。きっともっと心や体の動きがよく伝わってくるはずです。

いわゆる劇的なシーンだけ書きましょう、ということではありません。ただ、1話ごとに入りこみすぎて、各話が全く無関係なテーマを語ってしまうことのないよう『全体で1つのテーマ』構成であることを忘れず、関連をもって組み立てましょう。