複雑・ファジー小説

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超能力者と絶対に殴り合う能力
日時: 2018/03/26 17:23
名前: 波坂 (ID: KLUYA2TQ)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=359

初めましての方は初めまして。それ以外の方はこんにちは。
波坂なみさかと言う者です。
意見や感想、アドバイスなどは大変嬉しいのですが、それが的確なものであるかどうかを一度確認してから投稿して下されば幸いです。
宣伝などはできる限り控えて下さい。

※リンクは能力の募集に繋がっています。よろしければどうぞ

2015/10/17 スレッド設立
2017/01/18 受験の為、更新停止
2017/03/07 受験終了。更新再開
2017/03/28 参照回数8000突破
2017/05/14 参照回数9000突破
2017/9/01 参照回数10000突破
2017/12/15 参照回数11000突破
2018/2//13 参照回数12000突破

Twitter創作アカウント→@namisaka_sousak

【目次】
第一章>>1-21 第二章>>23-31

第三章>>32-46 第四章>>47-67

第五章>>68-77 第六章>>78-104

第七章>>105-202 番外編>>203-215

第八章>>219-236 第九章>>237-269

第十章>>270-現在更新停止

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.263 )
日時: 2017/12/24 21:30
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 階段を一つ降りたところで、平子は平瀬から離れて自分で歩き出した。体力も回復しているのか、少なくとも足が縺れたりすることはない。そんな自分の体に一安心する平子。
 が、その後すぐに振り返って平瀬と目を合わせる。

「ねぇ、平瀬ちゃん。あなたは何者なの? どうしてここにいるの? どうして私を助けているの? どうして腕を切り飛ばされても何も思わないの? どうして血が出てないの? ……ねぇ、平瀬ちゃん」

 平子は、出会った時からずっと思っていた、一番の疑問を、平瀬に直接ぶつけた。

「どうしてあなたは私そっくりなの?」

「……説明するしかありませんか」

「うん、そうだよ」

「……分かりました。手短に済ませます」

 その時、平子は気が付いた。
 一瞬だけ、ほんの僅かな間だけ、平瀬の表情が不安で揺れたのを。

「まず平野さんと私が似ているという質問に大しての答えを出します」

 平瀬はそこで言葉を切り、少し間を置いてから言葉を絞り出すように紡いだ。

「何故なら、私はあなただからです」

「……へ?」

 あまりの予想を遥かに通り越した答えに、平子は戸惑うしかなかった。

「クローン人間、というものですよ。私はあなたのDNAから生み出された人工生物なのです」

「ちょっと待って。私のDNA?」

「今は詳しいことを話している時間がありません。とにかく、私はあなたの姉妹のようなものなのです」

「……でも、そうだとしても……」

 平子の視線は、平瀬の腕に向けられていた。肘から先の無い、左腕を。
 そこには見過ごせない違和感があった。何故ならそこから何も出ていないのだ。血液の一滴すら流れる気配が無い。そんなことは、本来なら有り得ないことなのだ。だが、目の前ではその有り得ないことが起きている。

「それは……?」

「私はクローン人間であると同時に機械人間、いわゆるサイボーグというものでもあります。四肢は機械なので切り飛ばされようが、後遺的な問題はありません」

「……そっか」

 平子は納得する他なかった。少なくとも、今はそれを受け入れ、細かい事は後で考える事にしたのだ。

「では早く出ましょう。先ほどのダメージで簡単に起き上がれるわけがありませんから」

「そうかなぁ? 今こうして起き上がってるけど」

 二人の顔が引き攣り、背中に冷たい感覚が走ったと思えば、次の瞬間、平瀬が思いっ切り横に飛ぶ。
 そして、平瀬が居た場所を、緑色のカッターのようなものが、超スピードで通り抜けた。そして、その延長線上の壁に大きな切り裂かれた跡が生まれる。

「わぁ、避けられちゃった。平瀬ちゃんは勘もいいんだね」

「山瀬裁華……」

 平瀬が起き上がりつつも、目の前の目に尋常ならざる執念の炎を灯した人物の名を呼ぶ。

「呼び捨ては酷いんじゃないかなぁ? 私は一応先輩だよ?」

「今の貴女は先輩ではありません。私の敵です」

「アハハっ! それもそうだね!」

 冗談を飛ばし合う二人。だがとても温和な様子などなく、雰囲気はただただ刺々しい。

「じゃあ遠慮なく壊してあげる!」

 裁華が平瀬に向かって手をかざす。能力者にとってこの行為は、照準を定めるということに直結する。
 そして、その手の先から緑色の一メートル程のサイズの斬撃が飛び出す。狙いは当然、平瀬。
 その斬撃が、寸分の狂いなく平瀬を上半身と下半身に真っ二つにする────筈だった。

「コピーペースト、山瀬裁華」

 だがその平瀬の凛とした声が響くと同時に、平瀬の目の前から同じように、一メートル程の緑色の斬撃が飛び出し、派手な音を立てながら、裁華の斬撃と鍔迫り合いをするかのように押し合う。
 一際大きな音が鳴ると、二つの斬撃は消滅。完全に虚空に掻き消えた。

「……鬱陶しいなぁっ!」

 その光景に苛立ちを覚えたのか、裁華の荒げられた声とともに、数十にも及ぶ斬撃が放たれる。とても数え切れる数ではない。
 が、平瀬も同じように周囲に斬撃を展開。同じように射出し、一寸違わず全ての斬撃を相殺する。

「……なに、その能力」

「……この能力は私の能力です」

「何それ! 私の能力でしょ!? どうして貴女が私の[斬撃を操る能力]が使えるの!?」

 裁華の同様を顕にした声に、平瀬が相変わらず落ち着いた声で返した。

「……私の能力、[自分と相手を平等にする能力]ですよ。私(模造品)に与えられた、他人を模倣する力です」

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.264 )
日時: 2017/12/25 18:23
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

「自分と相手を平等にする能力……?」

 聞いたこともないその能力名を、裁華は思わず聞き返した。彼女の顔には強く驚きの念が滲み出ている。

「……端的に言えば、相手を模倣する力です。これで貴女の能力を模倣しました。もう貴女に私は負けません」

 平瀬はそう言い切った。まるで当たり前のことを教えるかのように。1+1は2であると言うかのように、そう断定したのだ。
 そして、裁華はと言うと。

「……ふふ……ははっ……あはははははははははは!」

 突如として、なんの予兆も予告も無しに、笑い出した。その声音は決して楽しいという感情から来たものでない。ついでに言うなら、侮蔑と愉悦の混じった笑い声である。

「……なぜ笑うのですか」

「そっか! そうなんだね!」

 平瀬は納得したかのように、右手に左手をポンと乗せ、納得の行ったと示すジェスチャーをする。

「平瀬ちゃんは何もかも作り物! 何もかも真似したものなんだ!」

「なっ……」

「目も口も鼻も髪の毛も何もかも! 全部全部作り物! 何かを模倣して作った代用品なんだ!」

「……それは」

「何も違わないよね!? だって貴女は平子ちゃんのクローン。全部全部作り物。ホントの意味でお人形さん!」

「…………」

 平瀬の口が動かなくなる。
 自分のものなど何一つとして無い。これは正しく平瀬のコンプレックスだった。
 自分は代用品で作られた余り物の集合体。誰かを真似しなければ生きていけず、誰かを模倣し続けなければ存在すらできない。存在そのものが模造品デッドコピー
 平瀬は分かっていた。自分の存在など自覚していた。だからこそ、裁華に何一つとして言い返せやしないのだ。

「いや、それは違うって訳だよ」

「──は?」

 だから、平子はそれに反論した。

「貴女は平瀬ちゃんの事を何一つとして知らない。クローン? 模倣の力? はっ、そんなもので人を人形扱いしないで下さい!」

 平子の剣幕な雰囲気に、一瞬だけ、裁華が気圧された。

「平瀬ちゃんは私と違って真面目で、冷静で、素直で、純情で、いつもいつも人を気遣ってる。平瀬ちゃんが言葉で人を傷付けたのを、私は見たことが無い。平瀬ちゃんは誰でもない平瀬ちゃんなんだ。私は知っている。平瀬ちゃんは! 絶対に! 人形なんかじゃない! 意志と自我のある一人の人間だ! 私は人間の平瀬ちゃんを肯定するし、平瀬ちゃんを人形扱いする貴女を否定する! 山瀬裁華! 私は平瀬ちゃんを人形呼ばわりした貴女が大嫌いだ!」

 平子の喉から絞り出すような、必死の言葉に、思わず裁華が、一瞬だけ、言葉に詰まる。
 

 その隙に、今度は平瀬から仕掛けた。先ほどと同じように、無数の斬撃を周囲に展開。それらを一斉に裁華に向けて発車する。が、裁華も遅れて同じように無数の斬撃を放つ。鋭い刀同士を何度も何度も打ち合わせているかのような音が鳴り響く。
 斬撃が潰し合っている隙に、平瀬の足に裁華を蹴りで吹き飛ばした時のように光の線が走る。平子はそれを見て、恐らく平瀬の足もまた機械なのだろうと直感的に悟った。そして、それを証明するかのように、生身の人間とは思えない速度で、砲弾のように裁華に迫る平瀬。
 斬撃を相殺することに躍起になっていた裁華が、しまったと言わんばかりの表情を浮かべる。しかし、その行動、今の平瀬にはあまりに遅すぎた。

「はぁっ!」

 平瀬の右腕にも光の線が走り、爆発的な速度で裁華の鳩尾に拳を放つ。次の瞬間、インパクトによって生じた運動エネルギーに従い裁華が吹き飛び、壁に激突。轟音を立てて叩き付けられた裁華が、そのまま壊れたマリオネットのように床に落ちる。

「……はぁ……はぁ……終わりました……」

 平瀬の体がふらりと揺れた。慣れない能力の連続使用に加え、普段は運用しない機械の力を使った反動だ。彼女の肺や心臓などは人間のままなので、人間の動きを超えた動作は大きな負荷となる。

「大丈夫!?」

「大丈夫……です。まだ肉体は十分に運用可能です。問題ありません」

 駆け寄ろうとする平子をジェスチャーを織り交ぜた言葉で止め、壁に手を当てながらも平子の元へと近寄ろうとする平瀬。彼女の心には、外敵を排除しきったという少しの達成感があった。
 まさかそれが、この場において自分の隙を生み出す害虫の如き存在とは欠片も知らずに。

「平瀬ちゃん危ない!」

 平子が一瞬で気が付いて叫んだ。
 だがそれは遅かった。平瀬が一瞬で振り返った頃には。

「はは……痛いな……ねぇ……痛いよ……ふふ……はは……あはははは……どうして……みんな……私を傷付けるのかな……ねぇ……ねぇ……ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇどうして皆は私を嫌うのどうして私を傷付けるのどうして私を避けるのどうして私を遠ざけるの私を拒絶するのどうして私は傷付けられるのどうして私は避けられるのどうして私は遠ざけられるのどうして私は拒絶されるのどうして誰も私を好いてくれないのどうして私は好かれないのどうして私は愛されないのどうして私を愛さないの私はこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなに、こ、ん、な、に、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛してるのに」

 裁華は床に這いつくばった状態から、平瀬を笑顔の混じった顔で睨みつけ、その手を平瀬の方に向けていたのだから。

「どうして私は愛されないの?」

 その全く関係の無いように思える言葉と共に、平瀬に斬撃を撃ち出した。
 平瀬の右腕が、吹き飛んだ。
 ガシャンと音を立てて転がる平瀬の腕。芋虫のように、平瀬が床に転がる。

「どうして?」

 裁華がムクリと立ち上がり、ボロボロの四肢を無理矢理稼働させ、二人に迫る。
 平瀬を起こそうと、平子が駆け寄るが、体が思うように動かず、床に膝を付いてしまう。
 平子は自分の異常をようやく自覚する。幾ら裁華から先程のようなことをされようと、こんなに体から力が抜ける訳が無いのだ。
 そう、裁華が唇を重ねた時に、口の中に含ませておいたのだ。体の力が抜け、力が出なくなるという副作用を持つ薬を。

「誰も私を愛してくれないの?」

 二人を見下す様な状態となり、質問をする裁華。目は見開かれ、口元は切れて血が出て、幼げな顔はもはや猟奇的殺人犯のそれと同様だった。しかしながら、同時に母親に気になったことを質問する幼子のような顔でもあった。

「何も答えてくれないんだね」

「待っ──」

「バイバイ」

 平子が止めようとするのも虚しく、裁華が二人の首に向けて斬撃を放つ。
 思わず目を瞑る平子。ただ仰向けのままで裁華を見つめる平瀬。もう平瀬に、斬撃を相殺する力は残されていなかった。
 閉じられた瞼の中で、平子が感じたのは、首に走る激痛────ではなく、強く後ろに引っ張られる感覚と、それに伴った体の浮遊感だった。

「全く、追い付いてみればこの有様。とんでもないダークホースが居たものだ」

 平子が瞼を開くと、目前に居たのは冷静を失い果てた瞳の山瀬裁華ではなく、

「平野平子、後は任せて大人しく下がっていろ」

「……不知火……君?」

 赤い髪をスポーツ刈りにした、地味な服にワークキャップと見慣れない格好の、冷静沈着を体現しているかのようにどっしりと車椅子に乗った一人の青年──不知火円だった。

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.265 )
日時: 2018/01/01 10:58
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: 4mXaqJWJ)

「……あなたはだぁれ?」

「不知火円。ただの平野のクラスメイトだ」

「……どうしてここにいるの?」

「今日の予定に関しては、平野に付けていた盗聴器で俺の従者が知った。この場所については、遠くからタクシーに発信機を投げ付けて特定した」

 盗聴器、という言葉に平子が慌てて自分の服をまさぐる。が、円の「制服のな」という一言でその行動を止め、帰ったら真っ先に制服を漁ることを決めた。

「貴方も私の邪魔をするのかな?」

「そうする予定だ」

「なら貴方も要らない」

 裁華が見開いて、円に一つの大きな斬撃を飛ばす。が、円は涼しい顔でそれを見ていた。そのあまりに平然とした姿にむしろ平子が驚かされる。
 そして、円の車椅子に乗った身体を、斬撃が切り裂くはずだった。

「つまらん」

 しかし、円に触る直前に、少し火花が散ったかと思えば、斬撃の方向性が変化。丁度円に当たらないように横を避けていく。

「なっ……!」

「お前の斬撃は空気を固めてそれを飛ばしているに過ぎない。物理的に干渉可能なものなら脅威にすらならん」

 そう言って円が手を裁華の方に向ける。次の瞬間、裁華の周囲に無数の念動磁場によって生成された砲弾が発生し、裁華に襲いかかる。念動磁場の攻撃は不可視なので感知することは不可能だが、裁華は何かを感じ取ったのか自分の周囲に無数の斬撃をばら撒く。斬撃と砲弾が衝突して打ち消し合う。
 そんな仮想の武器の撃ち合いの間に、平子は平瀬を抱えて円のかなり後ろまで下がっていた。お姫様抱っこしていた平瀬の体を壁に背中を預ける形にして置く。

「大丈夫?」

「……はい」

 活力と言うより、生命力が感じられない声。疲労と言うより、痛みが感じられる姿。それでも尚、揺らぎもしない瞳。

「ねぇ平瀬ちゃん……」

 平子の声掛けは、とあるものに遮られる。
 それは、短い悲鳴だった。発生源には、念動磁場が直撃して腹部を抑えている裁華がいる。少し服が赤黒く滲んでいることが、平子には分かった。

「死んじゃえ!」

 裁華が斬撃を出すが、円はまたも斬撃を逸らす。何とも思っていない平然とした様子で。まるでお前の攻撃なんか死にかけの虫の抵抗に等しいと、そう言わんばかりの態度だ。

「アカネ、出ろ」

「了解っ!」

 円の合図で隠れていたアカネが飛び出した。なんとなくだが予想していた平子はまだしも、敵の増援は裁華の精神を揺さぶるのに十分すぎる力があった。
 飛び出したアカネは、人が出せるギリギリの速度で裁華に向かう。途中で斬撃が繰り出されるが、アカネは空間を自由自在に跳ねて、跳んで、跳ね回る。アクロバティックな動きで斬撃を曲芸師のように回避して迫ったアカネが、自分の拳を後ろに引き絞る。

「お掃除の時間だよ!」

 瞬間、アカネの拳が裁華の鳩尾を貫いた。10mという明らかにおかしい距離ほど後ろに文字通り吹き飛ばされた裁華が、呼吸困難に陥ったのか忙しなく不規則な呼吸を繰り返している。が、呼吸が整うのを待つアカネでは無い。またも高速で走り出し、壁を背になんとか立ち上がった裁華に再び拳を突き出そうとする。
 間一髪、裁華がしゃがむと、アカネの右拳が壁に突き刺さり、直径1m程の大きさのクレーターを生み出した。そして壁が凹む破砕音が響き渡る。
 その威力、とても普通の人間のものでは無い。アカネの拳が能力などの助力を得ていることは明白だった。

 一方的にやられる裁華を見て、平子は心がザワつくのを感じた。そんな自分に、一瞬驚いて何を考えているんだと頭を振って思考を停止しようとする。

「平野さん」

 そんな中で平瀬が声を掛けてきた。気を紛らすために応答する平子。

「もしかしたら、彼女は私と似たもの同士なのかも知れません」

「え?」

「彼女の行動理由です。彼女は、山瀬裁華はしきりに愛という言葉を使っています」

「確かに……」

 そう考えてみればそうだ。と平子は少しだけ納得する。彼女はしきりに愛すや愛されるだのと、とにかく愛情を表現する言葉を良く使っていた。

「私は彼女の事を少しだけ調べていました。その過程で、彼女の家族についてもです」

「家族がどうかしたの?」

「彼女は今、苗字の違う親と……もっと言うと親戚の家に住んでいます。彼女の実の両親は離婚。そして彼女を引き取った母親は児童虐待で逮捕されています」

「……」

「……だから、私は思ったのです。もしかしたら彼女は、本来幼少期に与えられるべき愛情を与えられていないのではないか────私と同じなのではないか────と」

「……あのさ、平瀬ちゃん、怒らないで聞いて欲しいんだけど」

 平子は平瀬の目を強く見て、相談を持ちかけた。







 ずっと本物の愛が欲しかった。
 小さな頃、何も知らない内に元々仲の悪かった両親が離婚した。
 私の母は私が産まれたせいで父が離れていったと、事ある事に私を叩いた。私は「産まれてごめんなさい」「生きててごめんなさい」と自分を否定するような謝罪を続けた。それでも母親は私を叩き続けた。それは愛故の鞭ではなく、ただの八つ当たりの、自分勝手な傷付ける為の鞭だった。
 私は耐え切れなくなり、警察に通報した。その時繋がった警官がたまたまにも親切な人だった。幼い私の拙い言葉でなんとか位置を割り出し、彼は警察を引き連れて来てくれた。
 そして母がいなくなり、私は親戚に引き取られた。
 それからの日々は幸せだった。殴れることもないし蹴られもしない。年の割にしっかりしてると褒められることもあった。
 でも。
 親戚たちの目が、物語っているように見えた。
 面倒な子供を引き取ったと。
 私は気がついた。
 ここには、私を愛してくれる人なんていないんだ。
 だから私は。
 自分で愛を探すことにした。でも私には愛を伝える方法なんて言葉以外に見つからなくて。
 その時、どうしようもなくて暴力を振るってしまった。
 そう、それがきっかけだった。
 その時感じた、一瞬の温もりに取り憑かれて。傷つけると増していく高揚感に憑かれて。
 そして私は、愛を求めて、その温もりを求めるようになった。

「それも今日で終わりなのかな」

 私の体が紙すぐみたいに吹き飛ばされ、建物の廊下を転がる。逃げようとしても体力が残っていない。能力だって使う余裕が無い。その位に、目の前の二人は強過ぎた。

「アカネ、躊躇は要らない。そいつの執念を甘く見るな。徹底的にやるんだ」

 後ろにいる方の男の徹底ぶりが無性に苛立つ。が、そんな事を考える暇もなく、私の前に立つ女が、三本のナイフを指に挟んでこちらに来る事が分かった。
 アレで刺されたら間違いなく死ぬんだろうなぁ。なんて他人事みたいに考える。こうして私は死んでいくんだろう。
 誰からも愛されないままで。

「おい平野! 何をしている!」

 そんな言葉が耳に届いたと思えば、目の前の女が私にナイフを振りおろして来て

「危ない!」

 女と私の間に、白い何かが飛び込んでくるのが分かった。

「……何してるの?」

 私が口からその言葉を吐き出す頃には、飛び込んできた彼女の服が徐々に背中から赤く侵食されていた。

「何って……見て分からないって訳ですか……っ……!」

 彼女は、平野平子は顔を歪めて心底苦しそうにしながら、私の盾となり背中で女のナイフを受けていた。

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.266 )
日時: 2018/01/01 13:07
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: 4mXaqJWJ)

 平子の背中には激痛が走っていた。視界がグラグラと揺れ動き、所々が朧気な景色になる。が、それでも、平子はそのまま振り返り、思い切りアカネに蹴りを入れようとした。が、平子の踵は空を蹴り、アカネはバック転するようにして後ろに下がっていた。

「邪魔だよ!」

「アカネ! 止めろ!」

 円の静止が聞こえるほんの少し前に、アカネが平子に向かって何本もナイフを投げる。背中に走る痛みからか、平子はそれを避けるような行動を取ることができない、というよりは、そんな事ができる余裕が無かった。
 しかし、ナイフは途中ではじかれる音と共に床に撃ち落とされる。

「あなた達の相手は私です」

 円とアカネが声の方を振り返ると、そこには両手を失いボロボロになった、しかし一切の揺らぎのない瞳と意志を携えた、平野平子ではない、平雨平瀬がいた。彼女の能力で円の能力を模倣し、念動磁場でナイフを撃ち落としたのだ。

「……平雨平瀬、お前の目的は俺達と一致していると思うんだが?」

「あなた達の目的はあくまでも『脅威となりえる存在の排除』。私の目的は『平野平子の護衛』です。決して同一視できるものではありません」

「山瀬裁華という相手に対して、俺達は同じ立場にあると思っていたがな」

「私は平野さんを護衛する事を言い渡されました。しかし、こうも言われました」

「最も重要視するものは、平野平子の意志であると。そして私は彼女の意志を尊重します」

「……なるほどな」

 円は首を右左に倒して音を鳴らすと、再び鋭い目で──敵意を含んだ目で──平瀬を見る。いや、睨み付ける。

「変に考えずに死に損ない一人を始末すると考えれば良い訳だな」




「いや、それは違うぞ。不知火」

 平瀬の後ろの暗闇から、靴音を鳴らして一つの人影が近付いてきた。背丈は高く間違いなく成人男性だ。フードを被っていて、そのせいか顔がよく見えない。

「二人だ」

 円は昼間のことを思い出す。二人の男女が自分達と同じように平子と裁華を尾行していた事を。
 段々と近づくその人影が、遂に平瀬と並ぶ。そしてフードを取り去った瞬間、円が驚愕に支配された。

「そして撤回しろ」

 アカネは目の前の新たに現れた謎の人物が誰なのか分からない様子だった。が、円は知っている。まだ知ってから一月も経過してはいないが、確かにその人物を知っていた。

「俺の生徒を、死に損ないと言ったことをな」

 そこには、平子達の担任教師の、円の担任教師でもある、相川悟がいた。

「何故お前がここにいる……!」

 平雨平瀬の登場はまだ理解出来た。彼女には大きなバックがあるからだ。
 だがここで担任教師である相川が登場する理由が分からない。そんな円の様子を覚ったのか、相川がやれやれと言った様子で話し始める。

「ではこう言えば分かるか? 俺は暗部組織の人間だ、と」

「……とんだ伏兵だ。だが状況は明らかにこちらが優位なのは変わりがない。それでもやるか?」

「やるさ。特別授業だ不知火。一際過激な指導だが、くれぐれも気絶するなよ?」

 そう言った相川の手には黒く薄い滑り止めのついた手袋が嵌められており、右手には全長1m以上にもおよぶ長い鉄の棒のようなものが握られていた。






「はぁ……はぁ……」

 平野平子が力尽きたようにして座り込み、床に倒れ込む。すぐ近くの壁に背中を預けるようにして座る山瀬裁華をここまで運ぶことは、背中から血を流し続ける平子にとっては過酷過ぎる労働だった。
 ここは最初に平子が意識を取り戻した部屋だ。平瀬が足止めをしている内にここまで辿り着いたが、いつまでもつかわからない。そう考える平子。

「……ねぇ平子ちゃん……」

 そんな平子に、裁華がうずくまったまま声を掛けた。

「どうして私を助けたの?」

「……平瀬ちゃんから聞いたんですよ……貴女の昔の事を……」

「……そう……なんだ……」

 先程までの勢いがすっかり消えた裁華は、とても矮小に見えた。

「……結局さ、私は誰からも愛されないんだよ。誰も私の存在を心から認めてくれた人なんていない」

「……なんでそう思うんですか?」

「……親も、親戚も、教師だって、友人だって、親友だって、誰も私をわかってくれる人なんていなかった。最初は良いのに、段々みんな離れていくの。私は何もしてないのに。何もしてないのに!」

 その言葉は、まるで子供のようだった。親から誤解された子供が叱られた時の反応のような、理不尽に対して幼い言葉で訴えかけるこどものようだった。

「私の話を聞いてくれるのは、昔からお人形さんだけだった。お人形さんは嫌な顔一つせずに私のお話しを聞いてくれるの。私を傷付けることは無いの」

「だから、私のお人形さんって……」 

「そう。私はお喋りしてくれるお人形さんが欲しかった。だから……」

 裁華は一呼吸置いて、不意に笑う。ニヒルな、自分を自嘲するような笑いである。

「おかしいよね。分かってる。私も私がおかしいって分かってる。でもさ、もう止まれないんだよ。喋るお人形さんを切った時の、一瞬の温もりを感じちゃったあの時から、もう私は壊れちゃってるんだ」

「温もりって……?」

「人を切った時、ほんの一瞬だけ、あったかい何かがあるの。それは、私が求めてたものなんじゃないかなって。そう思っちゃったんだ」

 虚ろな色に変わった目が、乾いた笑いと共に自嘲の色を濃くする。

「ごめんね平子ちゃん、私はいない方がいいんだ。ここで死んじゃった方がマシな人間なんだって、もう分かったから」

 裁華は諦めの色が滲む、精一杯無理して作った微笑みを平子に向けた。
 それに対して平子は、

「バカ! 裁華さんのバーカ!」

 なんとも、高校生が使うにはあまりに幼稚過ぎる罵倒の言葉を吐き出した。

「……え?」

「え? じゃないって訳ですよ! そんなに辛い思いして、どうして辛いって、苦しいって、誰かに聞いて欲しいって、言ってくれなかったんですか!? まあ確かに、私に言わないのは分かりますよ。
 でも! それでも! 私は貴女に言って欲しかったって訳ですよ!」

「……私は貴女を傷つけたんだよ? こんな人間、いない方が良いって思わないの?」

 次の瞬間、平子が飛ばしたのは言葉ではなく、裁華の右頬に向けた平手打ちだった。乾いた音が部屋に響く。
 それは確かに痛いはずだった。だが、裁華は確かに、その痛みの中に温もりを感じた。虐待では感じることがなかった、温もりが。
 平子は涙を流していた。その涙の理由も、裁華には皆目検討がつかなかった。

「もういいんですよ……。私は気にしてないです。貴女が今まで、私を含めて沢山の人を傷付けてきた事も、もういいんです。だから……」

 そして、今度は平子が裁華を抱擁する。包み込むようにして、できるだけ自分の熱を伝えるようにして。

「貴女は愛されてるんです。少なくとも、私は貴女が好きですよ。裁華さん」

「……ほんとに?」

「はい。でも平瀬ちゃんを否定する山瀬裁華も、裁華さんを否定する山瀬裁華も、人を傷付けて喜ぶ山瀬裁華は嫌いですだから……!」


「どうか……! 私が好きだった、優しくて、明るくて、素敵な裁華さんに戻って下さいよ……! 裁華さん……!」

「私は……私は……」

 グルグルと頭の中が回転して、あまりに情報が混雑しすぎて、そのせいで裁華の意識が朦朧とし始める。元々、あんなにボロボロなのに気絶しなかったのは、彼女の執念故だろう。
 その途中、彼女は確かに温もりの中で意識が落ちていった。
 人を切り裂いた時の刹那的な、鋭く速い温もりではない、ゆっくりと、染み込むように、柔らかい温もりだった。
 その中で彼女は思った。
 ──私は今、世界の誰よりも幸せだ。

Re: 超能力者と絶対に殴り合う能力 ( No.267 )
日時: 2018/01/03 14:48
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 一方、相川は車椅子に座る円とそれのすぐ側に立つアカネと相対していた。両者の距離は10m程しかない。つまり、どちらの能力も射程範囲ということである。

「俺は後方支援をする。アカネ、前に出ろ。相手を掻き乱すだけでいい。いつでも下がれるように突っ込みすぎるなよ」

「了解だよーご主人!」

 アカネが足に力を込めて、思い切り床を蹴った。瞬間、爆発的な速度でアカネが相川に迫る。突き出された手に握られているのは、一本のナイフ。
 相川は手に持った先端の尖った鉄の棒でそのナイフを受ける。金属同士がぶつかり合う特有の音が反響すれば、アカネの武器が弾き飛ばされた。
 だがアカネはそんなものに関心を向けることなく、どこから取り出しているのやら、新たなナイフを二本取り出して相川に至近距離で投げ付けた。狙いは心臓。
 臓器を抉るはずの飛来する凶器。だが、寸のところで何かに弾かれる。
 ナイフを防いだのは鉄の棒だった。床から生えるようにして、何本かの先端の尖った鉄の棒、まるで異常なサイズの鉄杭のような見た目のそれが、本来相川に致命傷を与えるであろうそれを、完璧に弾き飛ばしたのだ。

「……釘?」

 円はその鉄の棒の形状から思い付いた物を真っ先に口に出す。先端が尖り、反対側には小さな返し。それはまるで、鉄の杭のような形状をしていた。

「正解だ。俺の能力は[鉄杭を操る能力]自分の触れた壁や紙などの『面』から鉄の釘を出現させられる能力。ただし大きさは自由だがな」

 円はその説明を聞いて納得したように息を漏らす。彼の視界に映る、相川の手に握られた武器は、確かに大きな釘のようにも見えたからだ。

「フン、その程度の能力なら問題ないな」

「……やれやれ、暗部の人間にしては些か浅はか過ぎるんじゃないか? 不知火」

 相川のその言葉を、意味の無いハッタリ、挑発と受け取った円は、自らも攻撃に加わり念動磁場を使って周囲の残骸や、念動砲弾を飛ばして攻撃する。もちろん、全てアカネに当たることのないコースだ。
 そしてそれと同時に、アカネも接近して一気に畳み掛ける。念動砲弾などの後方射撃が到着する前に、アカネが相川に一発の拳を打ち込んだ。それを鉄杭の腹で受ける相川。本来なら防御できたはずだった。が、アカネは能力者だ。謎の能力によって、その鉄杭がへし折られ、勢いのままに相川の腹に拳がめり込んだ。派手に吹っ飛んだ相川が背中から壁に激突する。
 そこへ円の攻撃が到着、相川の周囲に爆発したように砂塵が巻き起こり、二人の視界が遮られる。
 砂塵が晴れた時、そこには相川が立っていた。
 血が流れ、おかしな風に形が歪んだ肩を押さえながら。

「もう終わりだ。ここで嗅ぎ付けられた以上、消えてもらいたい所だな」

「不知火、悪いがこの程度の傷で勝ったつもりなら、その考えは間違いだと言わざるを得ないな」

「最後まで口の減らない奴だ」

 円がまたしても、念動砲弾を飛ばす。本来不可視の筈のそれは、どうやっても鉄杭で相殺することはできない。
 だが、その念動砲弾が何かによって防がれる。

「……なるほどな。鉄杭を格子状に組んで壁を作ったか」

 相川の前には、鉄杭で格子状に組まれたフェンスのような壁が作られていた。不可視の念動砲弾とは言えど、仕切られた面を通過することはできない。

「ああ、これでお前の念動砲弾は防げる」

 相川の少しニヤリとした顔を見ても、円は一切表情を変えることは無かった。

「ならば、その壁を壊せばいいだけだろう?」

 次の瞬間、大きな音を立てて鉄杭の壁の一部が折れた。続けてその周辺の鉄杭が歪み始める。歪な音を立てて、壁の一部が破壊され、人が侵入できる程のスペースができる。
 そこに、待ってましたと言わんばかりにアカネが飛び込んだ。そして相川に再び拳で一撃を加えようと迫る。

「ああ、お前ならそうすると思っていたよ、不知火。だって俺はお前の教師だからな。教え子の考えてることくらい、俺には分かるさ」

 次の瞬間、円は不意に身体が揺れるのを感じた。咄嗟に自分が座る車椅子に目を向けるが、既に時は遅かった。
 車椅子に、何本もの鉄杭が突き刺さっていた。まるで、車椅子が動かないようにそこに固定するように。

「俺の能力は触った面からなら、幾らでも鉄杭を出せる。こんな風にな」

 次の瞬間、円の四方八方が文字通り鉄杭の先端の尖った部分に囲まれた。
 周囲の壁、天井、床、全ての面から、円に向けて、鉄杭が円に向かって突き出ているのだ。
 円は一瞬、周囲を見回しそうになったが、そうすることは出来なかった。なぜなら円が少しでも体を動かせば、今も周囲を取り囲む鉄杭達が身体に刺さるからだ。それほどまでに、鉄杭達は円に接近していた。

「どうだ? 釘の先端に囲まれる気分は。少しも体を動かせない気分は?」

 相川が挑発的な態度を取るが、円は何も反応しない。というより、身動き一つ取れない。

「ご主人を……離せェェェェェェ!」

 半分絶叫の言葉を吐き出しながら、アカネが右拳を突き出す。しかし、突き出された拳を受け流し、アカネの左肩を掴み、右足でアカネの左足を刈り床に倒した。柔道で言う大外刈りである。
 もちろん、予告も無しに柔道技を決められて受け身など取れるわけもない。背中を思い切り床に打ち付けて息を外にむせ返ったように吐き出す。

「悪いな。だが俺も折れ方の腕を使ったせいで痛いんだ。これで帳消しにしてくれ」

 なんとも都合の良い理論を並べるが、当然アカネは抵抗する。だが相川はアカネの首を掴んだ後に、よく聞こえるようにこう言った。

「抵抗したら不知火を殺す」

 その声は、先程までの教師としての相川の声ではない、アカネはそんな気がした。
 アカネと同様の感想を持った円の首に、汗が伝う。

「さて不知火。これから和平交渉と行こうじゃないか」

「和平交渉……? ここまでやっておいて、本気で言っているのか?」

「生憎だが俺は自分の生徒を殺すほど自分を失っちゃいない。そもそも、俺がここに来たのも、生徒の頼みだ。生徒の頼みで来たのに生徒を殺してどうするんだ」

 相川の、先程の底冷えするような態度とは一変した口調に、円は拍子抜けしてしまった。
 気が付けば、もう鉄杭は無く円は解放されていた。


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