*人魚姫* 作者/ひさこ ◆tON3cp20n

*17*
えるがぽつり、ぽつりと話し出す。
「あたし、今まで部活なんてやりたくなかったんだよね。でも親がやれって言うから仕方なくやってて。」
俺はえるの方を見る。
「で結局、入部してはやめて、入部してはやめての繰り返し。いろんな部活やって、何にもあたしに合ってなかった。ってゆうより、もうどうでもよくなってた。」
えるは遠くの方を見ながら話す。
「そんな時、水泳部に入って思った。あぁ、これだったんだ、って。水泳部があたしのいるべき場所だ、って。去年の春だったかな・・・5月くらい。」
えるは今中3だから、去年の春というと中2になる。俺と橋本と半ケツは中1だった。
「涼真たちと一緒に入部して、最初はすごく不安だった。どうせハブられるのはまた、あたしって・・・」
俺は驚いた。
いつも、ってか入部したときからズバズバーッてものを言うし、それでいてドジな所なんかもあって、そんなことを考えていたなんて知らなかった。
「でもみんなそんなことしなくて、普通に接してくれた。あたし、本当に嬉しかった。ドジっても笑い飛ばしてくれるし、今までのあたしを知っても何も言わなかった。」
えるが俺の方へ体ごと向けて、真剣な目をする。
「そんないい仲間がいるんだから、大丈夫。タイムが落ちたくらいで悩むな!誰も責めやしない。タイムなんて練習すりゃ上がるの。」
えるは息を吸う。
「タイムなんかじゃなくて、今の仲間を大切にしろ!タイムはもちろん大事だけど、それよりも、もっと大切なものがあるでしょ?」
その言葉は、俺の心に強く響いた。
大切なものを見失いかけてた・・・
焦って、タイムばっかり気にしてて。
大切な、いつだって一緒だった仲間がいたんだ。
「んじゃ、それだけ言いたかっただけ。」
えるはそう言って立ち上がり、芝生の上を歩く。
「先輩!」
俺も立ち上がった。
「ありがとうございます!先輩のおかげで大切なものを気づきました!」
腹筋に力を入れて、大きな声で言った。
えるは俺を振り返り、ピースサインをして、
「頑張れ!」
と笑顔で言う。
それから走って帰っていった。
先輩、ありがとうございます。
俺は心の中でそう呟いた。
元気がじんわりと出てくる気がした。

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