*人魚姫* 作者/ひさこ ◆tON3cp20n

*23*
橋本奈々は、さっきからずっと椅子に座っている。
何をするでもなく、何を考えるでもなく。
というよりも、何も考えたくなかった。
病院の小さな椅子に座り、そこから窓越しに見える木々の葉の動きを見ていた。
不意にその時、声が聞こえた。
「奈々・・・」
ぼーっとしている奈々を呼んだのは、親友の空音だった。
聞き慣れた友達の声。
今一番会いたかった人。
振り向いて空音の優しい瞳を見たとき、心を縛っていた緊張の糸がほぐれた。
奈々の目から涙が落ちた。
「空音ぇー・・・・」
空音は静かに奈々の隣に座った。
奈々はしばらく泣き続けた。
自分ではどうしようもなく、
ただ、
ただ、
泣き続けた。
奈々の涙がようやくおさまったのを見計らって、空音は話し始めた。
「ねぇ奈々、美波ちゃんを傷つけたのは、奈々じゃないよね?」
奈々からの言葉はない。
きっと話す元気もないのかもしれない。
空音は一人で話し始めた。
「あたしは、奈々のこと信じてるよ。奈々はそんなことしない人だって知ってる。水谷くんのこと大好きなのも知ってる。」
空音は精一杯の優しさをこめて言う。
きっと、今一番つらいのは奈々だから。
奈々の派手な見た目の中に、純粋で傷つきやすい心があるのも奈々だから。
それを信じてあげなきゃいけない。
これまでずっと、自分の思いを伝えられなかったけど。
今が言うときなんだ。

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