俺の兄さん  シンジ /作



1話 僕の『クセ』 前編



「兄さん。」

久し振りに彼から話しかけられた。

「どうかした?」

思わず食器を洗っている自分の手が止まる。
内心すごく嬉しいんだけれど彼から話しかけるってことはめったにないから何がどうなってそうなったのか心配だった。
対面式キッチンから彼の居るリビングのほうを見る。
かれこれもう長い間普通の会話をした記憶が無い。
生き別れてるわけでも話してる言葉が違うわけでも、ましてはどちらか片方が死んでいる訳でもないのに普通の会話をしない。
もともと彼は無口なほうだけれどもだからと言って普通に会話をした記憶が無いだなんて普通の兄弟としては悲しくなる。
普通じゃないかもしれないけれど。

「どうかしたの?」
もう一回聞いてみた。

「・・・なんでもない。」

彼は足を抱えながらそう答えた。
一瞬とまどう。
・・・らしくない。

彼は用も無く人を呼ばない。
むしろ人に用事が無い。
本当にどうしたのだろう。
ますます心配になってくる。
こうやって心配しか出来ない自分が悲しい。
弟に何かしてあげられることなんて一握りも無いような気がしてしまう。
たった一人のいつもそばにいる家族の事すらまったく理解してあげられないだなんて・・・
自分が一番彼を知っているのかもしれないけれど、何も解ってないのかもしれない。そう感じた。

僕は最後の食器を洗い終わるとソファーの彼が座っている横に座る。
彼はただ座っているだけでそれ以外何もしていない。
熱があるせいでボーっとしているのだろう。
特に意味は無いけれど彼の頭をくしゃくしゃする。
これは単に僕のクセだ。
昔はこうすると「何だよッ!!」と彼は言ってきたのに今では大して反応が無い。

彼はゆっくりとこちらを向いて小さく「どうかしたの?」と言った。

「・・いやぁ、どうもしないよ。」

彼は少しうつむくと小さく「・・・そう。」と、言った。

どうしてか知らないけれど彼が少し悲しそうにしていた。