メイドと追っかけと職人と巫女と
作者/マッカナポスト

第三十一話・・・卑猥で狂おしく、愛しい愚民共め。【優大と禅の過去編前編】
*
先程までの曇天が嘘のように、空は眩しく、それが優大には鬱陶しかった。太陽光は優大の銀縁眼鏡を激しく反射し、優大は思わず目を細めた。
物怖じしながらも勇気を振り絞り、工房を飛び出した優大だったが、結局はす向かいに洋服店がある訳で、優大は意気込みがまるで水の泡だ、と小さな声で呟いた。
そんな中、まったく空気を読んでいない禅は、「おーーーーーーい」と低い声だが子供のような無邪気な音を出して優大を呼ぶ。
「ど・・・どうも」優大は彼の不気味なテンションに付いて行けず、どもりがちの声でぼそっと呟く。
「ふふっ、意外と人見知りなんですね」先程のテンションとは打って変わって、禅は天使のような笑顔をふわりと浮かべた。
_____優大は思わず心が揺れ動いた。
しかし天然な優大でも感じた事がある。_____つかめない男だ。
「どうしたんです?・・・僕がつかめない男とでも?」こいつプリーステスとか錬金術師みたいな特殊な職業なのか・・・?
非現実的な言葉を並べる優大だったが、禅は天使の笑顔を貼りつけて囁く。
「実はね、僕、“見える”んだ」
「はぁ・・・。」思わず呆けた溜息が漏れる。
「妖精のナターシャさんです、君には見えないと思いますが・・・まぁ、優しくしてやってください」禅のマイナスイオンを周りに湛える、癒しのシンボルのような、そんな声が優大にはたまらなく快かった。
「_____禅さんの声って誰かに似てると思ったら・・・・僕の」その言葉は禅に遮られた。
「君の大切な人なのかい?」
「ははっ・・・・・だからか・・・・・貴方が僕の事分かるのは」
「ばれちゃいましたか?」
「どうやら」優大はあどけない笑みを浮かべた。
「整形でもしたんですか・・・・?」あどけない笑みを変えぬまま優大は禅に訊く。
「いやいや、そんな事してませんよ、でも痩せました、ね」
「お久しぶりです、“沢村副会長”」
「こちらこそお久しぶり、菅野君」
二人の鼓動と周波が同調し、二人とも緊張感のこもった笑顔を浮かべる。
まだ会ってから2分しか経っていないのに、優大は随分長い間立っている気がした。
「もう半年経ったんだね・・・。“半年前の件ではすまなかった”」
「“悪いのは沢村副か・・・・じゃなくて禅さんじゃないですから”」
一瞬、優大にも妖精が見えたのは気のせいだろうか。
第三十二話・・・卑猥で狂おしく、愛しい愚民共め。【優大と禅の過去編前編】2
「禅さん」強い力の込もった声を恐る恐る漏らす優大。
「・・・そんなに緊張しないでも良いのに」一方の禅は先程の笑顔を保ったまま流暢に話す。
「あの・・・どっちで呼んだら良いんでしょうか?」
「何、僕が苗字を変えてる事に違和感を持ってたのか・・・。まぁ、離婚したから苗字が旧姓になったのは当然分かるだろうけど___」突如、優大が顔を輝かせて口を挟んだ。
「ああ!!そういうことか!!僕てっきり犯罪でもしたのかと・・・」禅は遂に込みあげてくる笑いを抑えきれなかった。
「ははははっ・・・。君は視点がずれ気味だね・・・というか僕に相変わらず似てるね・・・。サスペンスの観すぎじゃないのか?」
「いいえ、最近観てませんけど」
「そういう問題じゃないでしょwww」ついに禅の笑いは泣き笑いへと変わる。ついに僕も狂ってきた、と禅は自嘲気味で呟いた。
「そっ・・・それより僕の質問の答えを!!」自分の情けなさに顔を赤らめながら語尾を強める優大。
「はははっ・・・。そう言いながらも僕の答えを遮ったのは君だろ?」もう自分がおかしくなっちゃうからやめてくれ、笑いが止まらない禅は必死に言葉を紡いでいく。
やっと笑いが治まったところで禅がいつもの調子で口を開く。
「まぁ、沢村副会長でも良いよ、呼びやすいなら」そう言って微笑みかける姿はまるでアイドルのようで。女子ならこの笑顔に胸打たれるに違いない。男子である優大でも心が揺れ動くのだから。
しかしこの直後、緊張が再び戻ってきた。寧ろ先程より張詰められた、ぴん、と伸ばされた糸の様な硬直が。
「今回君を呼んだのは理由を説明しようと思う」その姿は何処か冷たく、威厳のある“かつての姿”を想像させる。
「半年前の事、謝罪しようと思って・・・さ」
「良いんです。さっき謝罪してくれたじゃないですか」
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これは半年前、優大が大学にいた頃に遡る。優大が大学を中退する4ヶ月前。優大が大学を中退するきっかけとなった“事件”。
優大にとって、これが無ければ今は亡き父の工房を継ぐことなど無かっただろう。
事件発生直前、優大は廊下にいた。当時仲の良かった友達と他愛も無いことを話しながら。その友達は、少し変わったどちらかと言うと人に好かれない人間だったが、優大が大学に入ってただ一人の友達だった。
「・・・それでさ________」
優大が口を開いた刹那、思いもよらない事が起こる。優大にとっても、友達にとっても。
隣にいる友の気配がしなくなった。と言うよりは事実、優大の眼中にはいなかった。本当に一瞬だった。
自分が鈍感だと言う事は重々承知のうえだが、恐らくあの神速とも呼べる速さは、拓夢でも気づかない事であろう。
しかし、友は目の前にはいなかったものの、すぐ後方にいた。
倒れている、青ざめた一人の人間が。先程まで当たり前のように話していた人間が。確かに其処に。
後ろからナイフで刺されたような痕が見受けられた。犯人も手加減したのであろう、ナイフが刺さっているところは幸い肩であった。
副産物としてあたり一面に広がる紅い液体に気づいたのは、それからしばらくしてからだった。
「おい、聞こえるか?大丈夫か!?」廊下中に優大の小さい声が微かに響く。
「・・・・うっ・・ん・・・大丈・・・夫・・・・かな」無理をして引き攣った笑みを浮かべる友。端正な顔立ちが痛みに歪む。
「無理しなくていいから!俺のハンカチで傷口塞いどけ」幸運な事に優大が持っていたのはガーゼハンカチだったため、止血にはこれ一つで十分なようだ。
「・・・あ、ありがと」あどけない笑みを必死で作り上げるその姿が、優大にとってとてもつらい事であり。
「あ、先生呼んでくるから、絶対そこに居ろよ!?」小さな声でそういった優大だったが、今まで出した事も無い全速力で職員室に駆けて行った。
・・・・『廊下は走らない』の張り紙を風で飛ばす勢いで。
職員室にはなぜかたくさんの生徒がいた。
「____そうか、菅野の声が聞こえた、と。今現場に行くから」先生が僕の事を言っている。早く報告しなければ______
「先生_____」報告は先生に遮られる結果となった。
「菅野、沢村から聞いたぞ、私も今現場に行くつもりだったんだが・・・」
「?」
「何、吉岡を“刺した”のか?」
「は?」
「沢村が確かに反対の校舎から見た、と言っているのだが・・・・。」
硬直してしまった。何も言えなかった。僕は犯人じゃない!!言いたかったのに。錯乱?そんな一言では済まされない脳内の葛藤が、其処にはあった。
そんな、悪夢のような夏の日。

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