メイドと追っかけと職人と巫女と
作者/マッカナポスト

第五十五話・・・queer quietness
向こう側の、禅と源の働く洋服店『@-home』に『謹賀新年』のチラシが掲げられていた。
紅の日の丸が印象的なそのチラシは、今年の行く末を暗示するかのように、風にゆらゆらと揺れていた。
今年はいい年になるといいですね。
「はああ、もう新年だよ?新年___」
あくまでも不吉ではないものの、不実な溜息をそっと漏らす拓夢。
その傍には、きりりと引き締まった銀縁眼鏡が輝く優大が寝そべっている。
ただ今炬燵の中。
炬燵というものは、暖かで何処か温暖湿潤な雰囲気を髣髴とさせるが、空気中の気温との差があまりにも激しいために、なんだかもどかしい、冷たさと生ぬるさの入り混じった人肌並みの温度の空間と化してしまっていた。
それだけに、話題もどこか陰湿な空気を孕む。
「優ちゃんも一年経ったくせにちっとも成長してないしさぁ」
「すんません」
「謝るなしぃ!!そーいう所が良いって言いたかったの!もぉ、分かってないなぁ」
そこに割り込んでくる一名の美青年。
もう美青年という表現も古めかしくて気持ち悪くすら感じさせる表現ではあるが__美青年どころではない、究極の美しさが、ほのぼのとした炬燵と同調していた。
……ような気がする。
「なあ拓夢」
「あ、虚ちゃん髪切った?」
「切ってねえよ、それはともかく知ってたか?」
「何を?」
「今年の三月でここの陶芸工房契約終了なんだぜ?」
「はひ?」
「え、お前ら知らなかったのか?」優大はそう言って、盲点を突かれたかのような表情を浮かべ、続ける。
「確か契約書のところに書いてあっただろ?契約っていうのは大切なものなんだから、契約書ぐらいしっかり読んでおこうよ」
「そんな_____」拓夢は思わず落胆しそうになった。
契約書をよく読んでいなかったなんて__どこぞの悪質サイトの契約書じゃああるまいし__あまりにも馬鹿馬鹿しい失態ともいえるが、拓夢にとっては本当に本当に、衝撃だった。
あと二か月。
契約延長もできるだろうが、真織と共に再びメイドの世界へ返り咲く事も脳内に浮かぶ。
あとたった二か月で、まだ一緒に働くか、それとも自分で生きるかの重要な分岐点を決めなければならないのは、拓夢にとって恐ろしく大きな事実であった。
「俺は契約終わったら何するか、もう決まってるんだけどな」
「何すんの?」
「あんまり人には言いたくなんだけどさ_____」
刹那、扉が開かれ、乾いた鐘の音が鳴り響く。
入ってきたのは顔馴染みの二人の人物。
片方は虚のほうへ一直線へ向かおうとしながら、もう片方はそれを捩じり伏せ、押さえつけながら。
「なになに?家族会議?……ってちょ、離せよ禅!」
「源、何をするんだか知らないが、用事がすんだら早く戻るぞ」
「分かってるって、すぐ終わるからさ、な?」
「うわぁ…………バッドタイミングすぎる………」源の顔を見た瞬間、虚の顔が強張り、地面に突っ伏した。
「え?何があったの?教えてよ?」
「いや、ここの工房の契約があと二か月未満だからさ、この後どうするかっていう話」優大が説明する。
「正直に言うなよ優大ぃ……!」虚はますます崖っぷちに立たされる羽目に遭ってしまい、落胆するばかりだった。
「「虚は何するつもりなの?」」拓夢と源が同時に問いかける。
「俺は、留学しようかな……って」
「「「「え?」」」」全員が拍子抜けしたような表情を浮かべた。
「イギリスに、社会勉強のために」虚が恐る恐る言葉を付け足す。
「何故イギリス、そして霊媒師はどうするんだよ?」禅がたまらず問いかけた。
「霊媒師は分析力が必要だと思ってさ、犀霞叔父さんにもOKもらってて、大学も決まってる」
「やっぱ天才は違うなぁ、大学行かずにイギリスとか」源が寂しげに褒め称える。
「俺着いて行こうかな」源が嘲笑気味にぼそり、と呟いた。
「うん、それで英語の出来るお前も連れて行こうかなって思ってる」
「はいいいいいいい!!???」
「だってお前だって本場のファッションとか研究したいだろうに、一石二鳥だろ」
「え?あ、あの、あまりに てんかいが はやすぎて みなとくん わからなくなってきました」
「漢字を思い出せ、漢字を!!___まあ、そういう事だから」
「ええええええええええええええええええええええ!?」
みなとくん はっきょうちゅう。
「それとも何だ」虚が不敵な笑みを浮かべる。
「え?」
「___この俺に散々付きまとった挙句に、着いて来ないとか言わないよな?」

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