メイドと追っかけと職人と巫女と

作者/マッカナポスト

第三十九話・・・大丈夫じゃない、問題だ。【後編3】


【望まない憎まれは 深い愛の二乗】(『白い雪のプリンセスは』より)

女神アルテミスやガイアによって蠍に殺されたオリオンの如く、全てが馬鹿馬鹿しくて。
たいした事も無いのに、何故か笑いたくなって、泣きたくなって。
___軌道修正が出来ない日々を___その全てを一瞬にして語りつくした目の前の少女には、感心すべきところがある(勿論余計なお世話ではあるのだが)。

「あ……っえ?うん、ま……ぁ……ってはぁっ!!?」曖昧な返事を繰り返し、結局離陸した地へ戻ってきた源。いつも左眼に(邪気眼的な意味で)着けている筈の包帯を外してあるからなのか、哀れな子羊のような瞳が嘆くように見つめてくる。
「いやなぁ、アメリカとかでは言ってもいい事だと思うけど、日本で、しかも大衆のいる所でそれを言うのは……な?」虚は明らかに迷惑そうな顔を浮かべながら、必死でひさぎに訴える。


「えーーーーっと、『それを言うのは……』良いことなんですね!」冗談で言っているのか大真面目で言っているのか分別つかぬ口調で小悪魔的な笑みを浮かべる。その笑顔は毒々しくて、でも優しい、何処か禅を思い起こさせるものだった。

とりあえず話題転換を試みようと、必死で案を考えていた虚だったが、刹那、一石二鳥の策が思いつく。
シャ・ノワールを彷彿とさせる不敵な笑みを浮かべ、透き通った指を頬に当て、また嗤う。
源はその様子に気付いたらしく、
「ところでひさぎ、お前何か観たい映画あるか?俺たち丁度映画観るつもりで此処に来たんだ」
もう内心は察する事が出来たであろう。しかし、
「えぇ……っ?あんまり映画観ないから分からないし……つか興味ないかな」

うぅ……。厳しい戦いになってきた_____
このままだと俺が源に変に叱られてプリキ○アを観る事になる……っ!
それだけは何としてでも避けたい。

決して戦いなどではないのだが、一応誇大妄想に身を委ねる事にした虚は、ガニメデスのような神々しい瞳に最大限の願いを込め、そっと囁く。あくまで奥手、晩熟……と意識を高め。





「プリキ○ア観る?つか観ようぜ!」





虚は、世の女性(男性)をイチコロにしてきた100%スマイルで強行作戦(名称はあくまで奥手)に出る事にしたらしい。
そんなにお前は馬鹿になったのか、と源とひさぎに冷たい視線が注がれる事など知る由も無く。

書いているこっちが虚しくなるような静寂が訪れる。文字だけの快さと言うべきか、アフロディーテに嫌われたような(日本風に言えば因幡てゐに嫌われたような)、善いのか悪いのか分からない複雑な情景。

言葉に表現できないくらいに恐ろしいものである。






「うん…………、虚お兄ちゃん、観る、よ……」全てを失った人間の生の表情を湛え、ひさぎは虚の願いに応える事にした。
第三者からすれば幼女に好きでもない幼女(愛好者)向け映画を見せられるという、まさに惨劇である。
一方の源は、虚をじっと見つめ瞳と瞳が合う度に溜息を吐き、「もういいよ」と言わんばかりに呆れ笑い。




此処からは早い話だった。
猛ダッシュで映画館に駆け込み、プリキ○アを(半ば不気味な作り笑いを浮かべながら)観て源の機嫌を何とか直し、ひさぎの好きなものを買ってやり、自分は機嫌直しの為にメロスとなり只管走る、走る、走る。





「俺はパシリじゃねええええええええええええええええええっ!!!」





怒りを爆発させた時には既に遅かった。
ひさぎと別れ、源と車に乗っている最中の話の流れでの叫びは、源の心に全く届かなかった。







既に日は暮れかけ、下町独特の喧騒は消え失せていた。シャッター商店街の目立つ店を潜り抜けるように家路に向かう。
暗い町並みを眺めると心なしか心が痛む。
テンションは怒り最高潮から急降下し_____

隣の席で、源が嘲笑うように言う。
「只の自業自得でしょ」舌を出し、あくどい笑みを浮かべて源は再び言葉を紡ぐ。








「でもね」助手席から身を乗り出し、源はそっと笑う。先程までとは明らかに違う、温和な顔を綻ばせて。









「今日は、……すっごく楽しかったよ」ありきたりな言葉が、虚にとっての何よりの幸福だった。虚は涙を堪え、自分の今日の情けない姿を思い起こし、羞恥で頭を抱える。
____源は、誰よりも俺の隣に居たかっただけなんだよな。




だから。
勝手に口が開いてしまった。



「ごめんな」



あの頃の、儚い桜がひらひらと、瞳から手に舞い降りる。




「言葉が違うだろ」源は、あの頃と変わらぬ、今となっては珍しいぶっきら棒な口調で、虚をじっと見つめる。

















「分かってるよ、今日は、『ありがとう』」
ありきたりな言葉。虚の人生のジグソーパズルの大切な一ピース。
その全てが愛おしくて、懐かしくて。








顔を紅く染め、源は、消えてしまいそうな声で繰り返す。
「______ありがとう」






この一瞬がもどかしくて、工房の直ぐそばにある駐車場に車を止め、虚はついつい話題を変える。
「家帰ったら、優大たちが迎えてくれるんかな」
「えっ!?じゃあヤバいなぁ……!!」たった今着いたばかりの駐車場を見渡した。




「何がだよ?」



虚がそう問いかけると、源はハンドルを握る虚の方に身体を向け、手汗に濡れる握りこぶしを膝に置き、真剣な眼差しで見つめる。


____何だ?重要な話でもあるのか……?


ふとそう思った瞬間。











「…………………………っ!!」
虚の目の前に源の顔があった、その距離約3cm。
身体を虚の方に乗り出して恥ずかしげに目を背ける源。
その羞恥を隠すためか、必死で笑みを浮かべ、瞳を合わせようとする。







そんな姿が余りに愛おしくて、源を見つめる事ですら心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響く。



切なかった、
衝動的で、
苦しくて、
歪んだ愛が、
少しずつ鎖から解き放たれる気がした。











だから。


















「源っ_______________」


そんな夜、源と虚はキスをした。
風化されてゆくあの日を思い出しながら_________




【突き刺さる憎しみは ドラマ的な事情】(『白い雪のプリンセスは』より)