ポケモン不思議のダンジョン昼*夜の探検隊 亜璃歌♪ ◆P2rg3ouW6M/作

Memory4 光のささやき ~03~
誰かの悲鳴が聞こえた。しかも、まだ幼い声だ。そう、ルリリのような……。
はっとすると、視界は戻っていてルリリが不思議そうな顔で私を覗き込んでいる。悲鳴を上げた後のような顔はしておらず、きょとんとしている。
「あっ、あの、どうしたんですか?」
ルリリがりんごを抱えなおすと、心配そうに聞いてきた。心配してくれるのはいいけれど、まずは自分の心配をした方がいいと思う。悲鳴を上げるなんて、どうしたのだろうか。私はどうしても声のことが気になってしかたがなかった。
「今の叫びは君が言ったの?」
私がそう聞くとルリリは体を尻尾からおろし、尻尾をいじりながら首を傾げる。どうやら、あの声はルリリではなかったらしい。
「おーい、ルリリー! 行くよー!」
トレジャータウンの向こうの方からマリルがルリリを呼んだ。ルリリは慌てて私にお辞儀をすると、マリルの方へ駆けていく。虚しい私を慰めるかのように、風が一筋、私を撫でていった。
「ホント、いい子ですよねー」
紫のカクレオンが、優しげな目でつぶやいた。
そうだ。もしかしたら、ルリリじゃなくてさっきの声はカクレオンか、ミニリュウだったのかもしれない。幼い声だったけれど、カクレオンかミニリュウと思えなくもない。悲鳴を上げる理由はわからないが。
「ねえ、ミニリュウ。さっき、助けてって言わなかった?」
「え? 何も言っていないよ」
「じゃあ、助けてっていう声が聞こえなかった?」
私が聞いても、ミニリュウは頑固に首を振り続ける。おかしいなあ。じゃあ、あの声はカクレオン?
「なあんにも。ねえ、カクレオンさん。さっき声が聞こえた?」
ミニリュウは、カクレオンにもたずねた。二匹のカクレオンは、顔を見合わせると舌を出して首を振る。
さっき、確かに声がしたのに。あれは誰? トレジャータウンを見てもポケモンたちは楽しそうに商売、話をしている。空を見ても、雲は同じようにゆっくりと流れているし、木々は風に揺らされている。普通だ。何もかも。私がおかしいのかもしれない。そういえば、悲鳴が聞こえる前に雲が動きを止めているように感じた。今、雲は動いているから、やはり私がおかしかったんだ。そうだ。きっとそうだ。そう思わなくちゃ。
「ミーシャ。ビッパの所に行かなくちゃ」
私の異変に気づいたのか、ミニリュウがせかした。ビッパがギルドの地下1階で待っている。私だって、これ以上ここにいたらおかしくなりそうだから、ちょうどよかった。さっきの事は、忘れよう。
「じゃあ、カクレオンさん。またね」
ミニリュウがにっこりと笑いながら言うと、カクレオンはまた愛想よく笑って手を振った。笑うのは、商売をやっていたら慣れるらしい。私はミニリュウに押されるようにカクレオンの店を後にする。
ギルドに戻る最中、トレジャータウンの広場のような所に来た。中心には噴水があり、まわりをベンチが取り囲んでいる。見ていると、ちょうど噴水の水が、ザバッとふき出した。水しぶきが飛び、それが太陽の光に反射して小さな虹が出来る。
その噴水の周りのベンチに、マリルとルリリがりんごを食べながら仲良く座っていた。誰かといっしょだ。見ると、黄色い2匹のポケモンで、目つきが両方とも悪い。このポケモンはスリープとスリーパーだ。
「あっ、さっきのマリルたちだ。ミーシャ、行ってみようよ」
「うん、そうだね」
ちょうどいいタイミングだった。私もルリリにさっきの声のことを聞きたいと思っていたところだ。私たちがマリルたちのそばに行こうとすると、マリルたちが私たちに気づいてこちらに寄ってきた。何やら嬉しそうに寄ってくる。スリープたちともいっしょだ。
「なんか嬉しそうだね」
寄って来たマリルたちにミニリュウが言った。すると、マリルが本当に嬉しそうに尻尾を振る。青い尻尾が光に反射して光った。
「そうなんです。スリープさんたちが病気がちなお母さんのためにいい薬があるところを教えてくれるって。ぼくたち、嬉しくて」
「本当に嬉しいんです!」
ルリリも、丸く柔らかい尻尾に小さな体を乗せ、ぴょんぴょん飛び跳ねる。そんなマリルとルリリは太陽の光を浴びて、いっそう可愛らしく嬉しそうに見えた。思わず見ている私たちまで嬉しくなる。
「よかったね」
私はそんなマリルたちの笑顔を眺める。幼い子達の笑顔を見ていたら、さきほどの妙な出来事なんて忘れちゃいそうだ。幼いっていいな、と改めて思う。
「じゃあ、ぼくたちは薬を探しに行きますので」
マリルとルリリは言うと、スリープたちといっしょにスタスタと歩き始める。
ドンッ!
そのひょうしに、私とスリーパーの体がぶつかった。私より大きなスリーパーにぶつかって、私はしりもちを付いてしまう。スリーパーは、「これは、失礼」と手短に謝ると、マリルたちについて行く。
「世の中悪いポケモンがいるのに、いいポケモンもいるんだよねー。偉いなー」
ミニリュウがうんうんと頷きながら言った。
でも、私はそんな事を聞いている場合ではない。また……だ。めまいが津波のように押し寄せ、視界が暗くなる。世界が、時が一瞬止まった。そして、頭の中で光がはじけた。
どこか岩場のようなところで、スリーパーとルリリがいる。あれ、マリルとスリープはどうしたんだろう、いっしょにいない。そう思っていると、スリーパーがニヤニヤしながら言った。
『おとなしく協力するんだ。でないと、どうなるかわかっているのか』
『や、やめてっ! 助けて!』
ルリリが涙声で叫ぶ。その目から、大粒の涙が零れ落ちた。幼い子を泣かすなんて、ひどい! なんてやつだ!
そこで映像がぷつりと途切れた。
やっぱり! やっぱりあの声はルリリの声だったんだ。私は正しかった。
「ミーシャ! どうしたの!」
「ささささささ、さっき!! ルリリがスリーパーに岩場のようなところで襲われていて!」
助けなくちゃ、という焦りと不安の思いでいっぱいでうまく話せない。心がぐちゃぐちゃだ。焦れば焦るほど、心の糸はさらに絡まっていく。
ミニリュウは、さすがに私の異変を見てうーんと首を傾げた。
「スリーパーって、さっきのマリルたちといっしょにいたポケモン?」
「そうそうそう!」
「でもさ、ぜんぜん悪い人には見えなかったけど。きっと、ミーシャは幻覚か幻でも見たんじゃないのかな」
にこやかに言うミニリュウを見ていたら、よくわからなくなってきた。確かに、よく考えればおかしな話だ。でも、夢とは思えない。夢にしてはリアルすぎる。気がつけば、私の顔には冷や汗がびっしょり。息も荒いし、心臓はドクドクと鼓動が速い。この事は、あれが夢ではないということを暗示していた。
「行こうよ、ミーシャ。ビッパが待っているんだから」
ミニリュウは怖いくらい普通に歩き始めた。やっぱり、私がおかしいのかもしれない。きっとそうだ。そう思っておこう。思わなくちゃ。でも、さっきから忘れようと思っていても忘れられない。それどころか、不安が次々と湧き上がってくるのだ。それでも、忘れなくてはいけない。自分のためにも。
私は自分にそう言い聞かせると、ミニリュウの後について歩き始めた。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク