黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。

作者/山下愁 ◆kp11j/nxPs(元桐生玲

第1章『ウェルカム、黒影寮』-5


 昴さんとの住民紹介は続きます。
 次に示されたところは、睦月さんがいる部屋の隣――『篠崎蓮』と殴り書かれた表札が下がっていました。
 昴さんは臆さずに、ドアをノックします。

「何の用だ?」

 部屋から出てきたのは、銀髪の男の子でした。
 私と同じような銀髪を持ち、瞳は黒。ニット帽をかぶって髪を後ろに束ねています。
 男の子は私を見ると、怪訝そうに眉をひそめました。

「誰だ、こいつ」

「神威銀ちゃん。珊瑚さんの姪」

 男の子はふーん、と頷くと、部屋に戻ろうとしました。
 昴さんは笑顔でドアを思い切り拳で叩きます。ドンッという音がしました。
 いきなりやられるとびっくりしますね。ですが、相手の方がもっとびっくりしていました。

「ひっぎゃぁぁああ!」

 悲鳴を上げますと、ぴょんと飛びあがってベッドに飛び込みます。
 ぼわぼわになったあの白いのは――尻尾?

「肉体変化(メタモルフォーゼ)って言って、常に猫モードなんだよね」

 昴さんはそう言うと、男の子のニット帽を外しました。
 ニット帽の下から現れたのは、白い猫の耳。ピンと上に向いています。
 涙を目にいっぱい溜めた男の子は、昴さんからニット帽をひったくってかぶり直しました。

「ざけんな、この馬鹿! お気楽野郎! 鈍感!」

「生意気な口だなぁ」

 昴さんは笑顔で男の子の尻尾を掴むと、指で軽く弄びます。
 男の子はビクッと体を震わせると、尻尾を昴さんの手から引っ張り、部屋の隅へ逃げました。

「こいつの名前は篠崎蓮。肉体変化って言って、動物に変身できるんだ」

「そう、なんですか」

 確かにノートを確認すると、蓮さんという人の能力欄には『メタモルフォーゼ』と書かれている。
 漢字表記ではないんですね。面倒だったのでしょう。

「う、うるせぇな!! 馬鹿にするんじゃねぇぞ!!」

「馬鹿になんかしてないよ。肉体変化でも別にいいじゃん」

 蓮さんはギャーギャーと昴さんに対して何か言っていましたが、昴さんは物ともせずになんなくその台詞をかわします。
 すると、その騒ぎを聞きつけてきたのか、1人の男の子がドアを思い切り蹴りました。
 蓮さんはそれに驚いて、また尻尾をぼわぼわに逆立てて飛び上がりました。

「うるさいな……。静かに出来ない訳?」

 その男の子は、静かに怒りました。
 黒い髪は少しだけ天然パーマっぽく、くるくるってなってます。片目は隠れていて不健康そうな子でした。
 男の子は私を睨みつけると、昴さんに誰、と問いかけます。

「神威銀ちゃんだよ」

「あぁ、珊瑚さんの? 管理人代理にでもされたんだ。哀れだね」

 男の子はふわぁ、と欠伸をすると自分の名前を名乗りました。

「僕は祠堂悠紀。よろしくね」

「フン。坂口玲が何を言う。駄作しか書けねぇ小説家め」

 部屋の隅で蓮さんがぼそりと言いました。
 悠紀さんは蓮さんを睨みつけると、スゥと息を吸い込みました。

「『クラッカーをこの場に』」

 悠紀さんがそう言うと、悠紀さんの手にはクラッカーが握られていました。
 それを悠紀さんは躊躇なく引っ張りました。
 パァンという鋭い音がして、蓮さんは天井に届くぐらいにジャンプしました。

「ハン。ビビりが」

 悠紀さんは鼻で笑うと、向かいの部屋に戻って行きました。
 あぁ、悠紀さんは言葉を具現化したり操ったりする『言葉使い』でした。