黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。
作者/山下愁 ◆kp11j/nxPs(元桐生玲

『劇場版。黒影量は今日もお祭り騒ぎです!~空と海と未来の花嫁~』-14章
人魚になった蓮は早かった。めちゃくちゃ早かった。
10秒も立たずに水面に出て、空華は息を肺に取り込む。蓮の肩にはつかまったまま。
「大丈夫か?」
「は、早すぎ」
途中で離れそうになった空華である。
水面から空を見上げれば、とても綺麗な星空がそこにあった。スクリーンでは表現できないだろう星屑が散らばり、紺青の色がとても鮮やか。
呆気にとられた2人は、しばらくその星空を眺めていた。
「……そこにいるのは誰ですか」
「「!!」」
2人はバッと振り向く。
水面に人が浮いていた。フードをかぶっていてよく表情は見えない。長身で細い。手には小太刀と苦無がそれぞれベルトにつけられている。
忍びか。
「誰だ、お前」
蓮が問いかけた。今の彼は水中では最速の人魚だ。いざとなればドラゴンにだって変身できる。
そのフードをかぶった人物は、小太刀を抜いた。
「……もしかして、先祖の王良空華さんですか。その背中に背負っているのは」
「俺様に何か用? 殺しにでも来た?」
空華は敵意むき出しで人物に言う。
だが、人物が言ったのは真逆の答えだった。
「先祖様! お会いしたかったです!」
「ぶぎょ?!」
いきなり水面から引き上げられ、空華は変な声を上げて驚いた。何が起きた。
人物はフードを取る。その下にあった顔は、まさしく空華と同じものだった。
「お、前」
「子孫の王良閃華です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる王良閃華と名乗った人物。
空華はとりあえず、水遁の術を使って水面に立つ。蓮はそのままで聞いていた。
「まさか、神威涙の事を知っているのか?」
「……涙を連れて帰ろうとするのか?」
とたんに声が変わる。閃華は小太刀を空華の首筋に立てた。
「涙は、渡さない!」
「落ち着け! 俺様達も理由があって――」
「理由など関係ない! あいつを守る為ならば、先祖のお前も殺す! あいつは、あいつは国外追放された俺の為に、地位も名誉も国も捨ててここまで来たんだ……!」
閃華は涙目で抗議する。その声は必死だった。
さすがに空華は反論できなくなり、押し黙る。
「……理由を話してくれ。それで決める」
「おい、空華!」
蓮が下から文句を言うが、空華はそれを無視した。
「……俺は涙を好きになり、お忍びで城まで会いに行った。何回も何回も。でも回数を重ねるごとに警備が厳しくなり、突破しづらくなったんだ。あいつの親父さんが気づいたんだよ」
閃華の話はこうだった。
自分を支えてくれた神威涙を好きになった閃華は、クイーンズ・オブ・キャッスルまで何度も会いに行った。でも、会いに行くたびに警備が厳しくなって行く。
だがしかし、ついに閃華は涙の父親に気づかれてしまったのだ。
当然身分の違う恋。閃華は国外追放の刑へ処されてしまう。それを追いかけるように、涙は国外へ飛び出したのだ。
「だから……あいつを連れ戻しに来る奴は、全員斬った」
「そうか。じゃあ、今の女王が神威涙の先祖が代わりを務めているとしても、まだ守ると言うのか」
「……先祖さんが?」
今度は閃華が押し黙った。数秒考えたあと、答えを出す。
「……分かった。涙に会わせてやる。彼女に訊いてみて」
「感謝する。行こう、蓮」
閃華の後に続き、2人は歩いて行った。
***** ***** *****
「閃華、お帰り!」
駆け寄ってきたのは、銀髪のセミロングで黒い瞳を持つ少女だった。
ここは洞穴のようなところだ。閃華が自ら作った空間らしい。
「ただいま、涙」
「……その人達、誰よ」
怪しげな目線を向ける涙と呼ばれた少女。
「俺の先祖様とその友人」
「何だ。捕まえに来た訳じゃないのね」
涙はほっと安堵の様子を見せた。
空華は何だかいたたまれない気分になった。この少女に説明するのか。
「あの、神威涙様だよね?」
「そうよ」
「神威銀ちゃん。知ってるよね。お前の先祖。今、銀ちゃんが女王の役目を担っている」
涙の笑顔が凍りついた。
「女王……連れ戻しに来たの?」
「そういう訳じゃない。ただお前に協力してほしいだけ」
「協力? 何それ、結局は戻れって事じゃない! 私は嫌、閃華と離れたくない!!」
涙は金切り声を上げる。そして空華の体を突き飛ばした。
「テメェ、このクソ女! 空華に何しやがる、八つ裂きにしてやろうか!」
腕を狼に変えた蓮が、涙に怒鳴った。
涙は半泣きの表情で、さらに叫ぶ。
「出てって! 閃華と私の間を邪魔しないで!」
「……そうかい。だったら諦める」
「おい、空華! こいつ、気絶させても連れて帰ろう。むかつく!」
「むかつくからって無理やり連れて行ったら銀ちゃんが泣くでしょ。私の子孫を泣かせてーっ! とか言いそうじゃん。だけど」
空華は最後に、
「俺様は、好きな人と恋愛できないなら自分で国を変えてやるね。その力を持っているなら」
意味深長な台詞を吐いて、海へと消えた。
蓮は舌打ちをして、その背中を追う。外に出れば、やはり夜空が広がっていた。だが、だんだんと明るくなりつつある。
「……どうする?」
「帰るよ」
「どうして。あの女、連れて帰らないでいいのかよ」
「それより危ない事になったよ」
空華は防水術式を組んだ携帯を見やった。画面に映し出されていたのはメールの画面。昴からだ。
内容は――銀の結婚式が鏡に執り行われる事。
「……さぁて、ヘタレな蓮君。君は国を相手に喧嘩できるかな?」
「できるに決まってるだろ、馬鹿」
蓮は即座に人魚へ変化して、空華を背負う。そして海にダイブして元来た道をたどって行った。
劇場版 15章
「やばい事になった」
未来の翔は頭を押さえて告げた。
何故だか分からないが、銀の結婚式が予定より早まったらしい。婚約者さんが早く登場した事による。
婚約者は婚約パーティーには出席しているようだったが、仕事の都合上帰国する事になったのだ。それまではまだ平気だったんだけど。
さぁて、これからどうしよう?
「とりあえず言える事は、銀を救い出すしかない。クイーン・オブ・キャッスルに突入するしか」
「1億体を相手にしろっていうのか」
「そうは言ってないだろ、クソメイド。話を聞け」
瀬野翔の言葉を一蹴し、未来の翔は話を切り出す。
「このままだと本格的に1億体を相手にする事となる。だったら国を味方につければいい」
あ、とみんなはとある1人の少女に気づいた。
そうだ。その子は一応仲間なのだ。
「八雲優奈。女王特務警備隊の隊長殿を味方につければOKだ」
***** ***** *****
八雲優奈はふぁぁ、と欠伸を漏らした。
正直のところ、彼女なりに頑張っていたのだ。婚約者の仕事とやらを遅らせる為に色々と。だけどそれが逆効果だったらしい。
それで今、女王・銀と優亜はドレスへ着替えている最中である。
(くそ野郎……。この国に戦争を仕掛けてやろうか。いやいや、それだとルーキーの力がもろばれて、うちの体が爆破しちまうわ)
自前の銀髪をワシワシと掻きまわし、空中から白い鎌を取り出す。1点の穢れも見当たらない純白の鎌。怪しく光を放つそれを、優奈は振り回す。
壁に亀裂が入った。
「あ、やばい。――まぁ、いいか」
優奈は適当な事を返すと、そこら辺を歩いていた部下であるアンドロイドに「これを直しておいて」と命令した。
3000年の技術だったら壁の亀裂を直すぐらい簡単な事だろう。
白い鎌を握りなおした優奈は、心の中で舌打ちをした。
(……黒影寮の、王良空華だよね。姿が似ているからきっと名前もそう。早く助けに来てあげなよ。他の人のものになっちゃうよ?)
その時だ。通信が優奈のマイクに入る。
スピーカーに耳を当てた優奈は、ほくそ笑んだ。
ヒーローのご登場だ。
「おっけー。協力してあげる。こっちもしびれを切らしていたんだ、思いきり暴れさせてくれなきゃ気が済まない」
それだけ言い、通信を切る。そして管制室へと向かった。
これから来る客人達をもてなす為の、最高の舞台を用意する為に。
「……ここに来て、ようやく2の2くえすとの始まりですかー」
***** ***** *****
とある少女は悩んでいた。
あの少年が残した言葉が心に引っかかった。
――俺様は、好きな人と恋愛できないならその国を変えてやる。
――その力を持っているなら。
自分には国を変える力がある。
自分には、自分は、新・東京の女王である。
「閃華。私の心は決まったわ」
「え、何が?」
キョトンとした声を上げた少年は、首を傾げる。
少女は決意に満ちた目で、告げた。
「私、帰る。帰って、国を変える」
その少女の言葉を聞いて、少年は静かにその場に跪いた。
少女を守る騎士のように。従順に。
「ならば、俺もお供しましょう」
***** ***** *****
3軍勢はいつもの神社に戻っていた。
休憩所にて机を挟んで対峙する。黒影寮に、メイドと執事に、ルーキー。
異様な光景だが、こうして出会ってしまった。能力も性格も好きな人もこれから起きる運命も、全て違う彼ら。
その全てが違う彼らが、手を取り合って、協力する。
「……いいか、黒影寮。瀬野。久遠。名前は省略するが2の2くえすとのルーキー」
未来の翔は、ただ告げる。
「テメェらの好きにしろ。連絡はつけた。国を半壊させるもよし、目的を助け出す為に頑張るもよし。好きにしろ」
「ハッ。目的を助け出す為に国を半壊させる事はねぇよ」
翔は鼻で笑い、
「ただ――城が半壊するのは大目に見てもらおうかね」
全員の意見。そして思い。
それぞれあるけど、今彼らは動き出す。

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