黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。

作者/山下愁 ◆kp11j/nxPs(元桐生玲

第11章『王良家こんぷれっくす!』-13


 どさりと重量感のある音を立てて、翔さんが落ちました。
 私は思わず翔さんへ駆け寄ります。抱き起こして、何度も名前を呼びました。

「翔さん。翔さん! 起きてください!」

 ですが、翔さんは目を開きません。ぐったりと、まるで死んだように眠っていました。
 遠くからは、昴さんが空華さんへ怒鳴る声が聞こえてきます。

「お前……何が殺さないだ! 翔ちゃんを殺したな!」

 空華さんは昴さんの声を鮮やかに無視し、ふらふらとした足取りでこちらへ向かってきます。
 死んだように眠る翔さんに手を伸ばした空華さんは、

「こら、起きろ」

 翔さんを殴りつけました。
 回転しながら翔さんの体は飛び、本日2度目の地面に落下。

「痛ぇ! 何するんだ、この眼帯忍者!」

「ハァ? 嫉妬したぐらいで演奏者に操られた死神さんに言われたくないんですけどー。何それ、笑ってもいいの?」

「わ、笑うなよ! テメェだって同じじゃねぇか!」

「俺様は人間ですからぁ。これでも人間ですからぁ?」

 胸倉を掴みあい、そして舌戦を繰り広げる2人。
 えーと、これはつまり、生き返ったと言う事でいいのでしょうか?

「しょ、翔ちゃん生き返った?!」

「あー? 死んでねぇよ、殴られるまで体動かねぇし目ぇ開けられないし。散々だぜ、ったく」

 翔さんは抱きついてきた昴さんを引っぺがし、舌打ちをした。
 ノアさんは苦々しげに顔をゆがめます。

「まさか……死神操術を使える人間がいたなんて……。予想外でした」

「こー見えて、俺様は何でもできる訳ー。舐めないで――げほ、がはっ」

 もらいたいものだね、とでも続く予定だったのでしょう。
 空華さんは突然、体をくの字に曲げてせき込み始めました。肩を上下させながら、手のひらを見やります。そこには血がべっとりとついていました。

「な、空華! お前!」

 蒼空さんが何かを言いかけますが、空華さんがそれを制しました。口元の血をぬぐい、ニッコリといつもの笑顔を見せます。

「大丈夫だって。ただの反動。死神操術は使うもんじゃねぇなー」

 なんて、飄々とした口調で言いました。そしてノアさんを睨みつけ、冷たい声で言い放ちます。

「さっさと銀ちゃんを諦めてここから去れ。じゃないとこの瞳で殺す事になるぞ」

 ノアさんは短い悲鳴を上げて、夜の京都の町へ消えました。
 辺りに、静かな空気が流れます。

「あの、空華さん」

「こっち見ないで」

 私は思わず空華さんに伸ばしかけた手を止めました。
 空華さんはおもむろに辺りをきょろきょろとしますと、落ちていた眼帯を拾い上げて右目につけました。

「いやぁ、危ない危ない。そのまま振り返っていたら銀ちゃんの事を殺すところだった」

 この瞳は厄介だねー、と空華さんは笑います。
 翔さんと戦っていた空華さんの雰囲気は感じられません。空華さんの昔は、あんなのだったのでしょうか。

「うへー、汗掻いたわ。俺様、ちょっと風呂行ってくるわ。みんなは寝るなりなんなりするといいよー」

 空華さんは自分のTシャツの襟ぐりをパタパタとさせながら、家の中へ入って行ってしまいました。

***** ***** *****~空華視点~

 頭から思い切り水をかぶり、ため息をつく。
 何で昔に戻っちゃうかな……俺様。あれは残虐非道な初代当主だよ? 人間である事を捨てた、戦の殺人兵器だよ? 絶対黒影寮の奴らには引かれただろ。
 それに、昴にあんなに怒鳴られたし。翔が死んでいたら、俺様は殺されていたかもしれないね。

「だー、くそ。絶対交替なんかしない!」

 桶を床に叩きつけ、熱いシャワーを頭からかぶる。
 すると、曇りガラスがノックされた。俺様はシャワーを止めて、ガラスの方を向く。

「あの……私ですけど」

「銀ちゃん?!」

 俺様、今シャワーを浴びてるんですけど。何これ、逆覗き?
 だが安心した。どうやら銀ちゃんは、背中を向けているみたいだ。

「翔さんを、助けてくれてありがとうございます」

「どーして俺様はお礼を言われなくちゃいけないの?」

 間違っていたら、あの当主の野郎が殺していたかもしれないのに?

「私では、翔さんを救えませんでしたから……」

「……そっか」

 銀ちゃんは、人の催眠を解く術を知らない。まして翔は死神だ。神と人間じゃすごい違いがある上に、解き方も違う。
 悠紀ならまだしも、あの中で救えたのは俺様だけかもしれない。

「あの、私……空華さんの昔の姿を見てしまったのですが……」

 あー、あれね。

「私、すごく怖かったです……。もし、空華さんが昔に戻って私を忘れてしまったらって思ってしまって……。あの時、『娘』と言われて」

 昔の俺様は、銀ちゃんの名前なんか知らない。だから、仮に俺様が昔に戻ったとしたら、翔と兄弟だけは覚えているかもしれないけど、他のみんなは忘れるかもしれない。

「大丈夫、俺様は絶対に忘れない」

 曇りガラスに手を伸ばして、俺様はガラス越しに銀ちゃんに触れた。
 あぁ、今すごく抱きしめたい。でもダメだ。この姿だし。

「絶対に昔に戻らないから……安心して」

「空華さん……」

「あとそれと、俺様もうそろそろ出たいから出て行ってくれると助かる……。素っ裸ですよ? 俺様」

 そう言うと、銀ちゃんは悲鳴を上げてどたどたと脱衣所から出て行った。
 いや、悲鳴上げたいのはこっちですけど。


 そんなこんなで、京都遠征は終了!