黒影寮は今日もお祭り騒ぎです。

作者/山下愁 ◆kp11j/nxPs(元桐生玲

第14章『もし黒影寮の管理人代理が町の草野球大会の広告を見たら』-9


「ちょ、タイムタイム!」

 零さんがタイムを出して、『リヴァイアサン』を招集させました。

「何だよー、正々堂々戦っていたじゃないかー」

 ムスー、とむくれている梨央さん。いえ、あなたではありません。
 私達は攻撃態勢で音弥さんを睨みつけました。
 当本人、きょとんとした様子で首を傾げます。

「あれ? 俺、何かしたっけか?」

「玉に幻術をかけませんでしたか?」

 私は音弥さんに問いかけます。
 音弥さんはポン、と手を叩いて「あぁ、何だそんな事?」と言いました。

「うん。もちろん、かけたよ? だって、そうしないと勝てないじゃないか」

 素直でよろしい! せめてそこは、「え、やってないよ?」とでも言ってください!
 音弥さんはけらけらと笑いながら、

「だって、3000キロもの剛速球を投げて来るんだから、これぐらいやってもいいでしょ? どっちもどっちじゃない」

「でも……デッドボールになったらどうするんですか?」

「あぁ、それは安心して? 梨央のコントロール次第だから。ほら、当たって骨が折れても大丈夫でしょ? 特にそこの死神君なんか」

 音弥さんはにっこりとした笑みを浮かべます。

「……上等じゃねぇか。幻術だか何だか知らねぇが、打ち破って点数を入れてやる」

「へぇ。さてさてどうだか。幻術なら俺、朝霧さんより上だよ?」

「私は本職は陰陽師ですので、本職が幻術使いの貴方には負けますよ」

 隣で怜央さんが肩をすくめて見せた。久々に見たような気がします。
 翔さんは鎌をバットへ変え、タイムを取り消しました。そしてスタスタとバッターボックスへ向かいます。
 だ、大丈夫でしょうか?

「あははは! じゃあ何がいいか。いっそ君の嫌いな女の子にしちゃうとか?」

「ほざけ。幻術なら何が来ても怖くない!」

 翔さんはバットを構えます。空華さんの行動で学んだのか、空に高々と赤いバットを突き出しました。予告ホームランです。
 梨央さんは投げました。
 特に反応を見せず、翔さんは玉を見送ります。ボール、という審判の声が響き渡りました。
 さて、2球目。

「さっさと打ってよねー、打てるなら!」

 梨央さんは投げました。
 翔さんの瞳が若干細くなります。バットが動きました。横へ滑り、ボールに当たります。
 しかし、ボールはなんとバットをすり抜けました。幻術ですか?!

「ストライク!」

 審判の無情な声が響きます。

「翔ちゃん行けぇ! それでも黒影寮の寮長か!」

 昴さんがバッターボックスに立っている翔さんに向けて野次を飛ばします。
 翔さんがそれに答えるように「うるせー」と声を上げました。暑い中なのか、表情も苦しそうです。

「……チッ、しょうがねぇな」

 空華さんが舌打ちをしました。そして眼帯を外して右手を掲げます。一体何をするつもりなのでしょう?

「――――スロット10」

 梨央さんが投げました。
 翔さんのバットがついに動きます。ボールに当たり、気持ちのいい音を響かせて蒼穹へと飛んで行きました。ホームランです。
 空華さんが何かをやった瞬間に、打てましたね。一体何をしたのか気になります。
 すると、今度はグラウンドの方で悲鳴が起きました。ノアさんです。

「ぎゃぁぁぁぁ! ムシィィィィイ!」

 ノアさんは飛んできたホームランボールをすかさず取り、リネさんの顔面に向かって投げます。
 反応が遅れたリネさんの顔面に、ボールが当たりました。ゴガッという音がします。

「……あなたは一体何をしているのですか?」

 リネさんはボールを握りながら、ノアさんを睨みつけます。殺気がすごく感じられます。
 えぇぇぇ、仲間割れし始めましたよ?!

「応用して《幻術返し》ってのをやってみた。殺した幻術を、ホームランボールにまたつける奴」

 ヒヒヒッと空華さんは笑います。その笑みは、ガキ大将のような幼い笑みでした。