哀沢カナトがやってくる。 作者/ハネダ

《7:~ラーメン~》
「哀沢カナトのこと……知ってるの?」
アスカは、目をまん丸にしてカガミさんに尋ねた。
「まあね」
「じゃあ……」
「待って。ここじゃ人目がある」
辺りを隙の無い視線で警戒しながら、カガミさんは囁いた。
「放課後。私の知っているところで話そう」
そして放課後。アスカはカガミさんに連れられて。
「……ここ?」
ぽかんと口を開けるアスカを引っ張って、カガミさんは赤いノレンをくぐる。
へいらっしゃい、と威勢のいい店主の声。湯気立つどんぶりと無心で向かいあう人々。麺をすする音。
「ここなら、誰かに聞かれる心配は無い」
ラーメン屋「天竜軒」のカウンター席に座りながら、カガミさんは無表情にそう告げた。
「おいしいね」
「塾の帰りによく来るんだ」
カウンター席で、女子中学生二人がぼそぼそ何か言いながらラーメンをすすっている姿というのは、傍から見たら相当おかしいんじゃないだろうか。アスカはそう思ったが、店に来る客はラーメンのことしか頭に無いらしく、不審の目を向ける人は居ない。
そっと隣のカガミさんの様子を伺う。
……真っ白い肌に黒い髪の、継母に嫉妬されるほど美しい白雪姫が、ネギとチャーシューをたっぷりのせたラーメンを無表情に食べている。そんなイメージ。
何やらとてもシュールな画だと思った。
「カガミさんは、どうして哀沢カナトのことを知っているの?」
「あなたは知らないかもしれないけど、彼はなかなか都市伝説として有名なんだよ」
「……知らなかった」
「まあ、それだけじゃないけど……私は、前に一度彼と会ったことがあるから」
アスカは、ラーメンを食べる手を止め、カガミさんのほうを見た。
ラーメンを食べる白雪姫は、箸を休めて、遠いところに視線を向けている。
湯気のかなた。
「私は、哀沢カナトに命を救われた。だから……もう一度、彼に会いたい」

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