哀沢カナトがやってくる。 作者/ハネダ

《25:~お守り~》
刃物男をおいかけて、わたしたちはうみのすぐそばまでやってきた。いつもはきもちのいいしおかぜが、きょうはひどくふあんをあおりたてる。
「あそこだ」
岸壁の上に立つ刃物男を発見し、クラウドさんが指差す。そこは、アスカ達が建っている道からは相当離れていた。荒波が岩を洗って、形を歪めていた。
サスペンスドラマのエンディングに良く出てくる崖みたいだな、とアスカは思った。
こちらが近付いてきたのに反応して、刃物男が振り返る。焦点の合わない瞳が哀沢カナトを見つける。
既に狂ってしまっているのに、どうしてか彼のことはバケモノだと認識できるらしく、刃物男はポケットから、再び清めの塩を取り出す。
しかし、哀沢カナトの方が早かった。
「二度も同じ手は食わないよっ!」
人間の身体能力ではありえないくらい跳躍して、塩を飛び越え、刃物男の顔面に強烈な膝蹴りを食らわせた。刃物男は、うぐっと声を上げ、地面に沈んだ。
「ふぅ」
刃物男の上に座ったまま、彼は額を拭った。
「カナトくん、今の膝蹴り、すごかった」
カガミさんが、誉めて、哀沢カナトは笑顔で、ありがとうと言った。
と、後ろのほうからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「追いかけている間に、呼んでおいたんだ」
クラウドさんが小さく手を上げる。
「じゃ、ぼくはトンズラさせてもらおうかな。いろいろ聞かれると厄介だし。あとは任せたよ」
哀沢カナトがそう言い、逃げ出そうと立ち上がる。
と――。
どすっ
「……あれ?」
鈍い音がして、彼は下を見た。
いつの間にか下敷きにされた刃物男が目覚めていて、彼の胸に布きり用の錆びたハサミを突き立てている。
それだけなら、特になんとも無い。しかし。
いつの間にか哀沢カナトの胸に、小豆色のお守りが押し当てられていて、その上からハサミが突き立っている。
「えぇーっ……」
思いがけないものを見た、と言うように、哀沢カナトの口から息が漏れた。そして、ゆっくりと後ろに倒れていく。
刃物男が、渾身の力で哀沢カナトを振り払った。
振り払われた彼は、岸壁からまっさかさまに落ちた。
アスカの声は、波音にかき消された。

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