コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- はじまりの物語 完結
- 日時: 2022/04/02 17:22
- 名前: 詩織 (ID: .DYzCgCx)
・〜・〜・〜・〜・〜・
赤い髪の少女は、不敵に笑った。
その瞳に諦めの色はない。
浮かぶのは、『希望』。きっと・・・彼も同じ瞳をしているはず。
今は顔の見えない少年を想った。
合わせた背中に感じる熱は‘信頼’と‘安心’を与えてくれる。
ぬくもりが伝わる。
君が、そこに居てくれる。
お互いそれだけで、強くなれる気がした。
『いくよ、シルファ?』
『了解、ラヴィン。』
囁くように交わされた会話を合図に、2人は地を蹴り飛び出した。
−−− 前だけを見つめて。
・〜・〜・〜・〜・〜・
はじめまして☆
小説を書くのは初挑戦(^^)
初心者なりに、まずは一話書ききること!・・を目標に頑張ります。
よろしければ、ぜひお付き合いくださいませ。
初めてで読みにくかったりするかもですが、
もし感想など頂けましたら、とってもうれしいです。
追加・・コメントいただいている作者さんのご紹介欄☆
☆せいやさん
言葉や文章がとても綺麗です。
表現が上手で、情景が浮かぶところが私は好きです。
☆ビタミンB2さん 「翼と自転車」
コメディ・ライトに書かれてます。軽快で、テンポが良くて、とっても読みやすいです。思わず笑っちゃうシーン多数。
☆あんずさん 「白銀の小鳥 From of the love」
素敵な短編集です。
優しく、でもその中にある強さが心に残る、暖かい文章です。
楽しい話から切ない話まで、表現が豊かで、そのメッセージにはいつも心を動かされます。
☆えみりあさん 複雑・ファジー「イノチノツバサ」
すごくかっこいい!丁寧な設定と文章で、感情移入して読んでしまいます。
☆星飯緋奈さん コメ・ライ「陰陽師ー紫鶴」
まず設定がすごい。私は設定だけでもかなりワクワクでした。
歴史もので、平安時代の雰囲気がびっくりするほど上手です。
☆てるてる522さん コメディ・ライト
たくさん執筆してらして、更新も早いので、すごいなぁと思ってます。
「〜Dolce〜Tarantella」は、読みやすく、可愛いお話です。
☆湯桁のろまさん コメディ・ライト
どれも空気感とか季節感とか、描写がすごく丁寧で素敵です。
私はストーリーも気になりますが、その文章を読むだけでも味があってとても楽しいです。
☆風花 彩花さん コメディ・ライト
とっても可愛らしいお話です。たくさん仲間がでてきて楽しそう。どうなっていくのかドキドキです。
☆いろはうたさん
とにかく文章力がすごいです。和も洋も、物語が本格的で惹きつけられます。表情や景色や温度が感じられる描写はさすがだなぁと思います。
☆ゴマ猫さん
短編も長編も素敵です。『雨と野良猫』はキャラクター達の会話の面白さもストーリーが読みやすいところも読んでいて楽しいです。
《 はじまりの物語 》
登場人物
ラヴィン・ドール・・ラズベリー色の赤毛の少女。好奇心旺盛な16歳。考えるより行動派。明るく素直、割と単純。今回の主人公。
シルファ・ライドネル・・銀色の髪の少年。魔法使いの名門ライドネル家の末弟、17歳。魔法の修行中。悩めるお年頃。
ジェイド・ドール・・ラヴィンの叔父。王都に店をもつ貿易商で、昔は兄であるラヴィンの父と世界中旅した冒険家。姪っ子ラブ。
アレン・・ジェイドの相棒。灰色の髪と瞳。性格、生い立ちは正反対だがジェイドのよき親友。
ラパス・・金髪、碧眼。体育会系の青年。元・王宮騎士団。ジェイドに憧れ護衛の仕事に転身。
ジェン・・漆黒の髪の青年。お兄さんというか「お母さん」。
研究には寝食忘れるタイプだが、それ以外は割とのんびり。
マリー・・見た目は10歳?くらいの少女。綺麗な水色の髪。ジェンの妹ということになっているが、本当は・・?
《 目次 》
序章 とおく聴こえるはじまりのおと >>000
第一章 赤毛の少女、王都へ行く >>001-002
第二章 ジェイド・ドールと噂の古城 >>003-007
第三章 シルファ・ライドネル、いつもの朝 >>008 >>013
第四章 出会いは冬の空の下 >>016-019 >>021-022
第五章 友達 >>024-025 >>027-028 >>030-031
第六章 動き出す歯車 〜ジェンとマリーの研究室〜>>033-035
動き出す歯車 〜ライドネル邸〜 >>036-037
第7章 石碑の謎解き 〜読めない魔法文字〜 >>039 >>040 >>041 >>042 >>045
第8章 夢 >>046-048
夢〜冬の終わり、帰り道。〜 >>049-050
第9章 真夜中の訪問者 >>051-055
第10章 旅支度 >>059-061 >>062-064
第11章 女神の守る村 〜エイベリーの石碑〜 >>065-067 >>068-069 >>070-071
第12章 『魔女の棲む山』〜入口、発見!〜>>074 〜森の中の急襲〜 >>075 >>076
〜女神エルスの子守唄〜 >>077 >>080 >>081 〜密会〜 >>082
目次Ⅱ >>141
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
序章 とおく聴こえるはじまりのおと
優しい風に、彼女の赤い髪が踊る。
季節は冬も終わりに近づく頃。
凍てつく寒さがほんの少しだけ緩み、窓から差し込む日差しは、微かに柔らかさを増した。
まだまだ春は遠かったが、町には厳しい冬からゆっくりと、季節の移り変わりを予感させる風が吹いている。
雲ひとつないその日は、青い空がどこまでも高かった。
太陽の光が、その透けるような赤い髪の上に降り注ぐ。
肩まである美しい赤毛をひとつに括り、旅支度を終えた彼女は家の前に立っていた。
「じゃあ皆・・、いってくるね。」
見送る人々を振り返る。
家族、友人・・とりわけ心配そうな顔でこちらを見つめている親友に、彼女は言った。
「だーいじょうぶだって、フリア。向こうにいけば、ジェイドおじさんの仕事仲間のひとたちがいるし、店の支店だってたくさんあるんだしさ。おじさんを見つけて、事情を確認したらすぐに戻ってくるから。」
親友には安心して待っていてほしいから、笑顔で語りかける。
「ほんとに?ほんとにすぐ帰ってくるのよ。無茶しちゃダメよ。」
フリアと呼ばれた少女は、腰まである薄茶色の髪を揺らし、赤毛の少女の右手をぎゅっと握る。紫色の瞳が、目の前の親友を映す。
「ラヴィン・・」
そっとつぶやく。
ラヴィンと呼ばれた彼女・・赤い髪の少女、ラヴィン・ドールは、そんな親友・フリアを愛しげに見つめた。
「ほんとだって。うん、無茶なことなんてしないよ。
そんな大げさなモンじゃないってー。ちょっとしたおつかいなんだからさ。すぐ帰ってくるよ。」
空いたほうの左手をひらひらと振り、へらっと笑った。
「そしたらさ、またいつもの丘でお茶しよう。向こうの街にはめずらしいお菓子があるよ。おみやげいっぱい買ってくるからさ。・・そのころには、ユリアンの花もきっと綺麗だよ。」
にかっと歯を見せて笑う。
ユリアンは、この地方の春に咲く美しい紫色の花で、二人がよく過ごす丘には毎年春になると満開に咲くのだ。
「だから、安心して待ってて。フリアとお茶するの、楽しみにしてるから、私。」
フリアの手を両手でそっと握り返しながら、ラヴィンは優しく言った。
そして手を離すと、よっこらしょ、と荷物を肩にかける。
「じゃあね・・。いってくる!」
気をつけていけよー、連絡よこすんだよ、早く戻ってこいよ、
皆の声を後ろに
軽く手を振りながら、彼女は歩きだした。
彼女は、彼女の目的のために旅立った。
まだ少し肌寒く、春が待ち遠しい季節の、ある晴れた朝のことだった。
これから起こることも、出会う人も・・・
少女はまだ何も知らない。
でも、今は、足取り軽く踏み出した一歩。
・・それは、とおく聴こえるはじまりのおと。
微かなそれに、少年はまだ気付かない。
ため息をつき、空を見上げる。
そんな彼の髪を風が揺らす。
風に運ばれ、出会うは人と人のものがたり。
冬の最中の春のように、未だ見ぬそれは何も見えず、何も聴こえず。
・・・けれど、確かにはじまっている。
とおい町の、小さな小さな はじまりの音・・
少年に届くのはもう少し先・・
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- 第15章 因果は巡る風車〜風の集う場所〜④ ( No.195 )
- 日時: 2017/01/18 15:24
- 名前: 詩織 (ID: 9hpsnfBu)
「・・ごめん、マリー。本当に・・」
皆のいる場所から壁で隔てられている別室。マリーが纏う為の特殊な衣装と装具を手渡され、2人は暗く冷えたこの部屋に連れてこられた。
狭いうえに、少しかび臭い。
マリーの傍らに膝をつき、衣装の裾を整えながらシルファはまだ混乱する頭で絞り出すように言った。
小さく掠れたその声に、マリーはいたたまれないような顔で首を横に振った。
「シルファのせいじゃない」
着せられている衣装の裾には小さな金具のような装飾が縫い付けられていて、彼女が動く度にしゃらしゃらと軽い音を響かせる。
「でも、君に怖い思いをさせてしまった。ラヴィンたちだってどんなに心配してるか・・。まさか、父上がこんなことを・・」
尊敬する父が、兄たちが。いくら使命の為だと言ってもよもやこんな犯罪のような手段を選択するなんて。しかもマリーはシルファの、大切な友人だ。それを知らない彼らではないのに。
(どうして・・)
信じたくなかった。けれど、目の前にある事実は事実だ。
それにこれは、自分を信じて情報をくれたトーヤや、任せると言ってくれたラヴィンやジェンに対する裏切り行為ではないか。
「シルファ」
動揺するシルファを、マリーは見下ろす。
「私ね、あのクロドって人知ってるの。昔、社長さんと少し揉めたことがあって」
「ジェイドさんと・・?」
ゆるゆると顔を上げるシルファに、マリーは頷く。
「うん。揉めたっていっても、向こうが一方的に嫌がらせしてきたんだけどね。うちの店が自分の所よりも繁盛しているのが気に食わなかったみたい。社長さんは相手にしてないみたいだったけど。だから私を攫ったのがあの人のしわざだと知ったとき、今回も社長さんへの嫌がらせの為だと思ったの。シルファのお父さんと関わりがあったのは驚いたけど、でも、きっと何かわけがあると思う。だから・・」
小さなマリーの手が、そっと、シルファの頭に置かれた。
「あなたのせいじゃない」
ゆっくりとなでていくその温かさに、シルファは唇を噛みしめる。
「マリー」
「ん?」
「君は、僕が必ず無事にみんなの元に返す。こうなってしまった以上、力は貸してもらうことになっちゃうけど・・、記憶操作なんてせずに、すぐにギリアへ帰れるよう父上に交渉する。皆にも、ちゃんと謝りに行くから」
「・・うん。ありがとうシルファ」
「おい、そろそろいいか」
部屋の外からリュイの声がした。不安げな顔をするシルファに、マリーは気丈に言った。
「少し怖いけど、シルファがいてくれるんだもの、大丈夫。要は魔法のお手伝いをすればいいのよね?早く終わらせて、早く帰りたいな。みんなのところへ」
「うん。そうだね」
目を伏せて答えるシルファの目に映ったのは、小さく震えるマリーの足元。
(怖くないわけないんだ。)
こんな、理不尽な扱いを受けて。
自分の為に平気な振りをするマリーに、シルファは胸が痛んだ。
当主の決定は絶対だ。逆らうことはできない。
それは生まれたときからの『当たり前』であり、ライドネル家の誰もが信じる生き方だ。父に逆らうなんてありえなかったし、父が間違かもしれないなんてことは考えたこともなかった。
(でも・・)
シルファには、分からなくなっていた。
今、何を信じるべきなのかということが。
「シルファ?」
再度リュイの声がした。シルファは立ち上がると、マリーの手をとる。
「今行きます」
- 第15章 因果は巡る風車〜風の集う場所〜⑤ ( No.196 )
- 日時: 2017/01/24 14:41
- 名前: 詩織 (ID: lTlVXzN9)
**
部屋中に焚かれた不思議な香りに、マリーは意識がぼんやりしていく。
異国の香のようなものからは、匂いだけでなくうっすらとした煙があがり、部屋の中は朝もやに包まれたようにぼやけて見えた。
大きな円を描くように魔法使いたちが並んでいる魔法陣の中心に、マリーは立たされる。彼らは一様に同じ衣装を纏い、顔をフードで隠し、胸の前で両手を組むという同じ態勢で微動だにしない。まるで人形だ。全く同じ人形が、何体も並べられている。
マリーは、自分がどこか別世界に来てしまったのではないかと感じた。
香の煙が自分の中にも入ってくるかのように、思考にかかる靄も次第に濃くなっていく。
(シルファ・・)
人形の一体が動いた。
それはマリーの目の前でかがみ込むと、小さくフードを上げる。
シルファだった。
「マリー。大丈夫だ、僕が近くにいる。いいかい、力を抜いて、ただ誘導の声通りにやればいい。申し訳ないけど・・少しだけ、君の特殊な魔力を貸してほしい。すぐに終わらせるから」
「・・うん・・わかってる・・」
混濁する意識の中で、マリーはシルファの為に笑おうとした。
けれどもう、身体が思う様に動かない。
「シルファ・・・信じてるから・・・」
気を失う様に瞼を下したマリーを見つめながら、シルファは黙ってその髪を撫でる。
本人の意識がなくなっても、マリーの身体はそのままの状態でそこに立たされていた。魔力によって。
「儀式を始める」
シルファが持ち場に立つと同時に、低く厳かな声が響く。ユサファだ。
それを合図に、魔法使いたちは無駄のない動きで胸の前に印を組む。
そして一斉に、囁くように歌い始めた。
「アーー」
「アーー」
「アーー」
最初は低く。少しのずれもなく発せられる一音は、声というより「音」だ。
しばらくして、その一音の響きの中に、かすかに倍音が響く。
そこから重なるように、高低いくつもの音に分かれ、その音量は次第に大きくなってゆく。
大きく、大きく。重なりあい、響きあう。
その間にも、幾重にも鳴る鈴、打楽器。
そして今。
部屋中に響くのは、うなるように重厚な、和音。
他のすべてをかき消すような、異世界のような。
ぶわりと風が起こる。円を描くようにぐるぐると渦を巻くように吹き始めた風により、魔法使いたちのローブが強く煽られ、バサバサと布が暴れる音を立てた。
「・・んっ・・」
そんな中、風の中心、魔法陣の中心から苦し気な声が漏れた。
マリーだった。
シルファははっとして彼女に視線を走らせる。
「うう・・」
苦しげな声とともに、その顔はひどく歪んでいて。
呼吸は浅く速い。
額に滲んだ汗はまるで滝のようだった。
「マリー?!」
思わず声を上げたシルファの前で、風が不自然に乱れ小さな火花が散った。
「っ!!シルファっ!集中しろ!!」
隣からリュイが怒鳴る。反動でまたチリチリと青い閃光が走り、魔法使いたちにかかる圧はずしりと増した。
「和を乱すなシルファ。皆のバランスが崩れる」
冷淡にさえ聞こえる声で制するユサファを、シルファは非難の声を上げて振り返る。
「父上!やはり彼女1人では荷が重すぎます!このままではマリーが・・っ」
シルファの訴えに、けれどユサファは表情を変えない。
非情なまでに淡々と言い放った。
「うろたえるな。皆、かまわず続けろ。シルファ、集中するんだ。これは命令である」
言ったそばから、マリーの痛ましげな叫び声が上がる。
助けて、と。
シルファにはそう言っているように聞こえた。
「父上!!どうか儀式の中止を」
「ならん!!」
ユサファが一喝する。
その瞳は、シルファの知っている父ではなかった。
「・・あと少し・・、あと少しなんだ・・っ!」
熱に浮かされたようにつぶやく姿は、もう父には『使命』という願いを叶えることしか見えていないのだと、シルファに知らせた。
その言葉に。表情に。
シルファは何か自分が大事に大事にしてきたものが、大きな音を立てて折れるのを感じた。それは例えば『信頼』であったり、『信念』とか呼ばれるようなもの。
風はゴウゴウと勢いを増し、魔力の圧がさらに強まる。
誰よりも尊敬していた父と、3人の兄。
生まれた時からもうずっと、自分のはるか先を走り続ける、敵うはずのない存在。
けれど追いつきたくて、認められたくて。
必死に追いかけてきた、目標そして憧れであり続けた。
その「強さ」が欲しかった。
強い自分になりたかった。彼らのように。
−−−− でも。
「こんなの・・・」
のどからでた声は、自分の声とは思えないほど掠れていた。
身体が震える。
その感情は、怒りか、絶望か。
苦しむマリーの姿が目に映る。
その口が小さく動いた。
シルファ、と。
「・・・っ」
次の瞬間、シルファの叫び声が部屋中に響いた。
「こんなのっ!僕の欲しかった『強さ』じゃないっ!!!」
彼のいた場所から爆発音があがる。
そんなことをものともせず、シルファは駆け出していた。
風と火花の荒れ狂う中心部、マリーのいる処へと。
- 第15章 因果は巡る風車〜欲しかった強さ〜 ( No.197 )
- 日時: 2017/02/02 14:54
- 名前: 詩織 (ID: .WGhLPV.)
「くっ!!マリーっ!!」
シルファは両腕で、その小さな身体を抱え込む。熱くなったマリーの身体はくたりと力なく倒れ、返事はない。
「ごめん。ごめんよマリー」
意識のないマリーを強く抱きしめると、シルファは彼女を抱きあげ立ち上がった。
「シルファ、やめるんだ。彼女を戻して持ち場に戻れ」
ユサファの厳しい声が飛ぶ。
シルファが抜けたことでバランスを崩した魔力が暴走し、他の魔法使いたちを圧迫していた。風は唸り閃光は激しさを増す。
「嫌だ」
そんな中響いた、シルファの凛とした声。
「それはできません、父上」
ユサファが瞠目する。
見返すシルファは視線を反らさない。すでに心は決まっていた。
何が正しいのかなんて自分には分からない。
でも、マリーをこのままにしておくのは絶対に嫌だった。
「・・逃げられると思うのか、この状況で」
父の言葉にシルファは厳しい表情のままちらりと周りを見回す。
意識のないマリーを抱え、何人もの仲間たちに囲まれている現状。
でも。
「僕はマリーを連れて帰ります。・・彼女を待つ人たちの所へ」
父と息子の鋭い視線がぶつかる,極限の緊張感の中。
部屋の入口から聞こえてきたのは、誰もが予想しえなかった人物の声だった。
「シルファを行かせてください、お父様。後は、わたくしが引き継ぎます」
力強い、けれど澄んだその声と共に現れたのは。
「あ、姉上?!」
ここにはいるはずのない、姉・イルナリアの姿だった。
- 第15章 因果は巡る風車〜欲しかった強さ〜② ( No.198 )
- 日時: 2017/02/02 17:22
- 名前: 詩織 (ID: .WGhLPV.)
**
「イルナリア?!お前、一体どうして・・」
完全に虚を突かれたユサファは激しく動揺した。
ギリアの屋敷にいるはずの娘が、なぜここにいるのか。
と同時に、ユサファの目は彼女の装束にくぎ付けになった。
「イルナリア・・まさか、それは」
「ええ、その通りですわ、お父様」
イルナリアが頷く。
「これは、私の覚悟の証です。どうかもう、無茶なことはお止めください」
イルナリアの美しく長い髪は高く結われ、両手足には銀細工に赤い宝石をあしらった装飾具。
けれどその装束は他の誰とも違う、漆黒の布地。
「姉上・・」
姉は身体が弱く、魔法使いとして鍛えられてもいない。
けれど彼女が今身に纏っている服は、着る人間の魔力を引き出し増幅させる為の魔法装束。発動させるのに技術はあまり必要ない代わり、出力のコントロールがとても難しい。つまり、暴走しやすいのが特徴だ。十分に訓練された者ならともかく、こんなものを姉がもし発動させたら・・。
「姉上?!ダメですそんな、何をする気で」
呆然としつつ叫ぶシルファに、イルナリアはせかすように言った。
「いいから早く!マリーちゃんを連れてこっちへ!」
叱咤するような姉の声に、戸惑いながらもシルファはマリーを腕にしっかり抱えると、口の中で呪文を紡いだ。
「っ!よせ、シルファ!許さんぞ」
そう声を荒げながらもユサファは妨害の魔法をかけることをしない。
黒衣を纏ったイルナリアの存在が、確実に、彼を動揺させていた。
荒れ狂う風と光の中、シルファは体当たりするように外へ向かって足を進める。
2人のまわりにはシルファの魔法によって防護の膜がかかっていたが、魔法陣の威力は凄まじく、シルファの身体には電流のような衝撃が何度も走る。
ところどころに裂傷を負いながら、けれどマリーだけ傷つけまいと必死でかばった。
魔力の壁を突き破るようにして、シルファはマリーと共に魔法陣の外に出る。
とたんに身体が軽くなり、たたらを踏んでよろめくと、走り寄って支えたのはイルナリアだった。
「早く部屋の外へ」
言いながらシルファを入口のほうへ押しやった。
「でも・・、姉上は」
「私は大丈夫よ。信じて」
強い姉の声に、シルファは大きくうなずくと、そのまま部屋の外へと駆け出した。
「待てシルファ!私に逆らうのか!」
追う様に一歩踏み出したユサファとシルファの間に、イルナリアは立ちふさがる。
その間にシルファの姿はユサファの視界から消え、足音は遠ざかっていく。
「・・イルナリアお前・・」
低く唸るような声で、ユサファは娘を睨みつけた。
「自分が何をしているか分かっているのか!!」
「分かっています。」
イルナリアは静かに告げた。
「私は、私のやるべきことをする為にここへ参ったのですから」
- 第15章 因果は巡る風車〜欲しかった強さ〜③ ( No.199 )
- 日時: 2017/02/15 11:39
- 名前: 詩織 (ID: q7aY8UsS)
**
意識がふわりと浮かび上がる感覚がして、マリーは薄く目を開けた。
ぼんやりと霞む景色は薄暗い。
寝かされている背中に当たるのは布越しにも固くごつごつとした感触で、少し冷たかった。
「・・マリー?」
名前を呼ばれた気がして、まだ朦朧とする意識のままマリーは視線を彷徨わせた。
気が付くと目の前に、自分をのぞき込む彼がいた。
「・・ジェン・・?」
「ああ、良かったマリー。気が付いたんだな」
心底ほっとしたように頷きながら、ジェンは片手でマリーの顔をそっと撫でた。
マリーは自分の手が、暖かいものに包まれているのに気が付いた。
もう片方の、ジェンの手だ。
「どこか痛いところは?」
マリーは小さく首を横にする。
「そうか。だいぶ無茶なことをしたから、しばらくは動かない方がいいそうだ」
マリーの小さな手を包み込むジェンの手に、ぎゅ、と力が籠る。
「マリー。もう大丈夫だ、皆いる。俺も、ここにいるから」
「・・シルファ、は?だいじょう・・ぶ?どうな・・た・・」
「全部大丈夫だ。お前が心配することは何もないよ。いいから、安心してゆっくり休むんだ」
そう言って微笑むジェンの顔は、どこまでも優しい。
しばらく黙って彼を見つめていたマリーの顔が、突然、くしゃりと歪んだ。
「ごめんなさい」
蚊の鳴くように小さな声。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
震える声に、ジェンは驚いたように目を丸くした。
「マリー?お前は何も悪くないだろ」
「でも、私が1人で街に出かけたりしたから・・近道しようとして、人通りの少ない裏道なんて使ったから・・」
心配かけて、ごめんなさい。
絞り出すようにそう言うマリーの瞳からは、大粒の涙がぽろぽろと零れた。
「あのなマリー」
「役に、立ちたかったの」
ジェンの言葉が遮られる。
涙はさらに溢れて止まらない。
「ジェンの役に立ちたかったの。強くなりたかった、もっともっと。魔法が使えるようになったら、きっと堂々とあなたの隣にいられるって思って、焦って、1人で勝手にこんな・・」
「マリー」
何か言おうとするジェンに、マリーは激しくかぶりを振った。
「私がいるから、ジェンはずっと無理してる!いっぱい我慢してる!そんなのもう嫌だったの。私がいなければって、思ったこともあったよ。でも無理だった。私にはもう行く場所はないし、何よりジェンと離れるなんて、私には考えられなかったの。でもそれは私の我儘だから・・。もっと力をつけて、ジェンに、必要とされる人になりたかった。今すぐにでも」
ずっと押し込めてきた想いが溢れだしたら、もう止まらなかった。
わんわんと、マリーは声を上げて泣いた。
今までしたことがないくらい思い切り泣いた。
「私がいると、また今回みたいに力を利用しようとする人たちがいるかもしれない。また、ジェンに迷惑がかかっちゃう。私がいなければ・・ジェンは自由になれるのに」
吐き出すように言って、マリーは唇を噛みしめた。
ジェンはマリーの手を握ったまま、ただ黙って話を聞いていた。
静寂の中、マリーのしゃくりあげる声だけが響き、それも次第に落ち着いて小さくなっていく。
「なあ、マリー」
全部吐き出したマリーが落ち着いたのを見計らって、ジェンが声をかけた。
「お前、ちょっと俺のこと誤解してないか」
一瞬何を言われたのか分からなくて、マリーはきょとんとジェンを見上げた。
ジェンは大きく息を吐いてから、苦笑するような表情を浮かべる。
「俺は義務だけで何でも我慢できるほど大人でもないし、好きでもない奴の為に仕事を辞めたり旅に出たりするほどお人よしでもない。面倒見がいいって言われるのも、下にたくさん兄弟がいたからだろうな。習慣っていうか」
「・・・」
「お前が強くなりたいと思うなら、それもいいと思う。魔法を学ぶのも、他の何かを身につけることも。お前の人生だ。好きなことをすればいいさ。でもなマリー、お前が自分のことを強いと思っていようが弱いと思っていようが、そんなこと俺はどっちだっていいんだ。どっちだって、俺はお前と一緒にいるんだから」
今度はマリーが、その濡れた瞳を丸くする番だった。
「言ったろ。俺は義務でそんなことできるほど、出来た人間じゃないんだよ。お前といるのは、お前の我儘じゃない。俺の我儘だ。俺が、マリーといたいんだよ。だから連れだしたんだ、あの家から」
言いながら、その両手でマリーの小さな手を包む。
「俺は、お前が大事なんだ。だから、これからも・・、いつかお前に他に行きたいところができるまで、ずっと一緒にいるよ」
マリーの瞳に、再び涙が溢れた。先ほどとは違う、暖かな涙だった。
ジェンはマリーをそっと抱き起すと、自分の腕に抱き込んだ。
「ジェン」
「うん」
「ジェン・・っ」
「うん」
柔らかな頬を伝う涙をそっと拭ってやりながら、ジェンは笑った。
「もうずいぶん一緒にいると思ってたけど、まだまだ話したりなかったな、俺たち。帰ったら、またたくさん話をしよう」
「ん」
「皆で帰るんだ」
「うん!」
晴れやかな笑顔で、マリーはジェンの胸に身体を預ける。
そのうち安心したように聞こえてきた小さな寝息に、ジェンは胸をなでおろす。
このまましばらく。
できればこの騒動の決着がつくまで、彼女を存分に休ませたい。
腕の中の小さな身体を抱きなおしながら、ジェンは呟いた。
「さて。あっちはどうなったんだろうな」
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