二次創作小説(新・総合)
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- 繋がる世界と未来の物語【Ep.03-ex完結】
- 日時: 2022/10/12 22:13
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
―――これは、"全てを元に戻す"物語。
それが例え、紡いできた絆が離れる結果となったとしても……。
どうもです、灯焔です。
新シリーズ発足です。大変お待たせいたしました。プロットの詳細を決めている間に相当時間がかかってしまいました。
サクヤ達がどういう運命を辿るのか。この終末の物語を、どうぞ最後までよろしくお願いいたします。
この作品は版権作品同士の『クロスオーバー』を前提としております。
また、オリジナルキャラクターも登場します。
苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。
※物語を読む前に必ず目を通してください※
【注意事項】 >>1
【取り扱いジャンル】 >>2
<目次>
Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 完結
>>3-7 >>11 >>12-17
Ep.01-1【繋がりの王国】 完結
>>21-25 >>28-33 >>36-37
Ep.01-2【宇宙からの来訪者】 完結
>>39 >>40-48 >>49-53
Ep.02-1【強者どもの邂逅】 完結
>>55-56 >>57-59 >>60-63 >>66-67
Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 完結
>>70-73 >>74-76 >>77-78 >>79-81
>>82-85 >>86-89
Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 完結
>>112-113 >>114-119 >>122-126 >>127-130
Ep.03-2 【音の街と秘密の音楽祭】 完結
>>137-138 >>139-144 >>145-148
※サブエピソード※
Ep.01
【新たな世の初日の出】 >>38
【商人の魂百まで】 >>54
Ep.02
【夢の邪神の幸せなお店】 >>68
【襲来!エール団】 >>69
【線路はつづくよどこまでも】 >>90
【記憶はたゆたい 時をいざなう】 >>109-111
Ep.03
【合流!若きポケモン博士】 >>131
【六つの色が揃う時】 >>132
【狭間の世界での出来事】 >>133-134
【翡翠の地からの贈り物】 >>135-136
【繋がりの温泉街】 >>151
※エクストラエピソード※
Ep.02-ex【再度開催!メイドインワリオカップ】 完結
>>91-95 >>96-101 >>102-104 >>107-108
Ep.03-ex【とある本丸の審神者会議】 完結
>>152-154 >>155-160 >>161-163
<コメント返信>
>>8-10 >>18-20 >>26-27 >>34-35
>>64-65
>>105-106
>>120-121
>>149-150
最終更新日 2022/10/12
以上、よろしくお願いいたします。
- Ep.02-s4【記憶はたゆたい 時をいざなう】 ( No.110 )
- 日時: 2022/05/11 22:05
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
イモヅル亭に足を運ぶと、既に席の予約が済んでいたのかテルが椅子に座って2人に向かって手を振っていた。近くではノボリが既に戻って来ていたのか、2人をみて制帽の鍔を掴みながら小さく礼をした。
まさか彼がこんなに早く戻ってくるとは思っていなかったショウは、口をあんぐり開けて驚く。そんな彼女の反応に対しても、ノボリは仏頂面を貫いていた。
「ノボリさん。シンジュ団の件は…」
「定刻通り報告を済ませ、戻って参りました。カイさまの方からわたくしの帰還をお伝えしてくださるそうです」
「あっ。だから戻ってくるのが早かったんだ。私、てっきりみんなに直接挨拶して遅れるものだとばかり」
「出来ればわたくしもそうしたかったのですが…カイさまが"やらせてほしい"と張り切ってしまい…」
「な、成程」
どうやらノボリは1人1人丁寧に挨拶に向かうつもりだったらしい。流石にその身体で無茶をしてほしくなかったとも思っていたショウは、カイの気遣いに心の中で感謝をした。
ノボリに事のあらましを話し、一緒に食事でもしようと誘う。最初は遠慮がちな彼だったが、テルもラベン博士も快くノボリを歓迎してくれたため、遂に折れた。ショウがテルの席の反対側に座ったと同時に、ラベン博士もテルの隣に座り、ノボリもショウの隣の席に邪魔することにしたのだった。
ムベに飲み物だけを頼み、早速持ってきたバスケットの中身を開けてみることにした。ノボリにこのバスケットのことを知っているかと尋ねると、彼も"自分のいた世界で見たことがあるかもしれない"と朧気に記憶があることを話してくれた。
ショウが恐る恐る蓋を開けると、そこに入っていたのは色とりどりに飾られた"クッキー"だった。ヴィルヘルムが言っていたように、保存用の魔法がかけられていたようで状態も全然悪くなっていない。
まさか彼がクッキーをわざわざ焼いてくれたのに、ショウは思わず感動していた。
「うわあ!クッキーだ!」
「久しぶりに見ましたねぇ。ヒスイ地方では絶対に見ることは出来ないと覚悟をしていましたよ。ノボリさんもご存じですか?」
「えぇ。覚えがあります。よく、わたくしと似た顔の男が好んで食べていたような…」
「ノボリさん?」
「……はて?わたくしは今何を…?」
ラベン博士もノボリも随分久しぶりに見た、と各々感想を漏らしている。普段見慣れないものを見たからなのか、ノボリの記憶がまた少しだけ刺激されたようにも見えた。
一方、テルはクッキーをじーっと見つめながら首を傾げていた。そうだ。彼はヒスイ地方で生まれ育った存在。クッキーのことなど知らなくて当然なのだ。
「く、くっきー?食べ物なのか?」
「ヒスイ地方には流通してないお菓子ですし、テルくんが知らないのも当たり前の話です。小麦粉を主材料とした焼き菓子ですよ。ガラルでは既に紅茶と共に定着しているお菓子です」
「そういやラベン博士、他の地方から移住してきたの俺すっかり忘れてた…」
「忘れないでくださいよ…。ですが、まさかコトブキムラでクッキーが食べられる日が来るとは!ショウくんのお陰ですね!もう食べてもいいのでしょうか?」
「はい!飲み物も来ましたし、いただいちゃいましょう!」
そう言い、ショウもラベン博士もバスケットの中に入っているクッキーを1つ掴み、食べ始めた。余程美味しいのだろう。口にした瞬間2人の表情が綻んだのがよく分かった。表情が緩む程美味しいのか。テルはその様子をしばらく見続けていた後、遂に並べられているクッキーを1枚手に乗せる。
クッキーはテルの掌よりも小さいサイズで、一口で全て平らげてしまえそうな程の大きさだった。しかし、食べたことのないものに対してそんな行動をする勇気は彼には無かった。恐る恐る小さく1口かじる。すると、かじったところからほろほろとした感触と、丁度いい甘さが口にの中に広がる。
"美味しい"。テルの表情も他の2人と同じように緩むのに時間はかからなかった。
「うまい!」
「でしょー!クッキーを持たせてくれた人が出してくれたケーキも美味しかったんだ」
「ショウくんは向こうでケーキもいただいてきたのですか?!いいなぁ、ケーキなんて言葉自体久々に聞きましたよ…。
ですが、これは本当に美味しいクッキーですよ。紅茶があればベストだったんですけどねぇ」
「紅茶はヒスイ地方にはありませんからね…。諦めてください、ラベン博士」
「重々承知しています。幸い緑茶にも合う味で良かったですよ」
一緒に飲むなら紅茶が良かった、と思わずラベン博士は項垂れた。テルとラベンが美味しい、美味しいと食べ進める中、ショウはふと隣を見た。
ノボリはバスケットの中のクッキーに手を付けない。3人が美味しく食べているのを親のように見守るだけだ。自分は食べる資格がないとでも思っているのだろうかと思い、ショウは声をかけた。
「ノボリさんも食べましょうよ。美味しいですよ?」
「わたくしがいただく訳には参りません。どうか皆様で味わってくださいませ」
「んもう!そのつもりなら最初からノボリさん誘ってませんってば!ほら!手を貸して!」
「わ、わっ。何をするのですかショウさま」
やはりノボリは"自分が食べる訳にはいかない"と手を付けていなかったのだ。そもそもテルに"ノボリが来るまで待ってほしい"と最初に言い出したのはショウ自身なのだ。その言葉にむっとしたショウは、思わず机においている彼の右手をぐいぐいと引っ張る。突拍子もない行動に珍しくノボリは表情を崩した。
そして、彼女はバスケットの端にあるクッキーを無理やり手に取らせた。そうでもしなければ彼は絶対に口をつけないだろう。そう判断したからこその行動だった。
ノボリはそのままクッキーを手に取り、申し訳なさそうにしながらも一口含む。長年味わっていなかった、とても懐かしい味わいだった。ああ、かつて自分はこれを食べていたのだろうか?そう、思わせる程に。
------------------------
『ノボリ!一緒に食べよう!これ、ぼくが買ってきた限定品のクッキー!』
『飲み物?ぼく、コーヒーがいい。とっておきの、あまいやつ!―――スペシャル!』
『ノボリは心配性だなあ。ぼく、甘い物食べないと元気が出ないの!』
『えへへ、美味しいね。買ってきて良かった。ノボリと一緒に食べたからもっと美味しい!』
『ぼく、もっと美味しいクッキー探して来る!だから、また一緒に食べよう。約束!』
------------------------
―――ふと、脳裏に浮かんだ優しい声は一体誰のものだったのか。あぁ、わたくしに優しく声をかけてくださるあなたは誰なのですか。しかし……彼の心の中に、ぽかぽかと暖かなものが流れてくるような気がノボリにはしていた。
浮かんできた記憶を心に刻み付けるように、大事に、大事に。ノボリはクッキーを噛みしめた。
「―――美味しゅう、ございます」
「本当ですか?!良かったぁ…。いや、私が手作りした訳じゃないんであれなんですけど。やっぱり美味しいですよねこのクッキー。いくらでも食べられちゃいます!」
「って、あー!ノボリさんが勝負以外で笑ってる!えっ、ノボリさんって笑うんだ」
「テル先輩ってば超失礼だよ!写真屋でも一緒に撮ってくれる時笑ってくれるもん!」
「ノボリさんって写真屋行くんだ…?」
「テル先輩はノボリさんを何だと思ってるの…?」
もっと失礼だよー、と怒るショウをノボリは優しく宥めた。そう思わせるのは自分の普段の行いなのだから、ショウが怒る必要はない、と。どこまでも滅私奉公を貫く彼に、ショウはジト目になりながら"私が納得いきません!"と返したのだった。
そんな2人の様子を見ながら、ノボリはまたふっと微笑む。ラベン博士も楽しそうに笑みを浮かべるのだった。
- Ep.02-s4【記憶はたゆたい 時をいざなう】 ( No.111 )
- 日時: 2022/05/11 22:08
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
4人で分け合って食べたからなのだろうか、バスケットに詰められていたクッキーは無くなり空になっていた。バスケットはショウが記念に持ち帰ることになり、4人は飲み物をいただきながらもう少しだけ話をしていくことにした。
話の中で、ふとショウはヴィルヘルムに言われたことを思い出す。ないとは思うが、もしかしたらヒスイ地方に預かっているポケモンのトレーナーがいるかもしれないと頭に浮かんだのだ。
ショウはごそごそとポーチの中を漁り、彼から預かったモンスターボールを取り出し、3人に見せた。まずヒスイ地方にない鉄製のボール。テルとラベンは初めて見るそれを興味深そうに眺めている。
「なんだこれ?モンスターボール?」
「ショウくん。こちらはどうしたのですか?」
「私を助けてくれた人から預かったんです。ポケモンのトレーナーさんを探してほしいんだとかで」
「うーん…。ヒスイ地方に鉄製のモンスターボールはありませんし、そもそもモンスターボールの流通が始まったのが今から2年前の話です。君に頼むんですから相手方は何か気付いていそうですが、ヒスイ地方に鉄製のモンスターボールを使う人間がいるでしょうか…」
「…………」
「……ノボリさん?大丈夫ですか?」
ノボリの様子がおかしい。隣に座っていたショウはすぐに気付いた。胸に手を当て、必死に気持ちを抑えているような。何か、このモンスターボールに関しての記憶が蘇っているのだろうか。明らかに目が泳いでいる。まるで、このモンスターボールを見て焦っているような。
声をかけるも、彼は震えた声で"大丈夫です"と答えるだけだった。声色が全然大丈夫ではない。このモンスターボールはきっと彼と関係がある。彼の様子から、ショウはそう判断した。
「助けてくれた人はこうも言っていました。"モンスターボールに入っているこの子が教えてくれる"って」
「どういうことだそれ?向こう、なんだか持ち主に気付いてそうだよな…。直接教えてくれればいいのに」
「きっと教えてくれない事情があるんでしょう。それでショウくん、このボールはどうするつもりなのですか?」
「……ちょっと、試したいことが出来ました。今ここでポケモンを出してみてもいいですか?」
「? ええ、構いませんけ『……おやめ、ください』 ノボリさん?」
「……申し訳、ありません。ですが……怖いのです。震えが、止まらないのです」
「…………。ごめんなさい。いくらノボリさんのお願いでも、今は聞けません。きっとこの子も……気付いてる。"帰るべきトレーナーが誰か"」
制止を計るノボリの言葉をショウは遮り、彼女は意を決して持っていたモンスターボールを投げた。ショウの考えが合っているのならば。恐らく、このポケモンは―――。
ポン、という軽快な音と共に飛び出したのは……まるでシャンデリアを思わせた、幽玄を思わせる優美なポケモンだった。
ヒスイ地方ではまず見ないその外見に、テルもラベン博士も驚きが止まらない。
「うおお?!見たことのないポケモン?!」
「ヒスイ地方には生息していないポケモンですよ?!」
ショウの手によって外に出されたポケモンは、見知らぬ場所できょろきょろと辺りを見回している。
そして、ノボリの表情が更に焦燥感に苛まれたものに変化する。ポケモンの姿を見て、心臓がドクンと跳ねるのが分かった。思わず胸に置いていた手をぎゅ、と強く握る。
わたくしは、このポケモンを、知っている。
頭の中に浮かんできた答えは、それだった。
欠けたピースがはまるかのように、ポケモンはノボリの姿を見つけ甘えるように近付く。外見は美しいが、内面は恐ろしいゴーストタイプのポケモン。しかし、このポケモンは襲うこともせず、ノボリをまるで"長年連れ添ったパートナー"のような瞳で見ている。
思わずノボリは目の前のポケモンに手を差し伸べる。ポケモンはそれに応えるかのように、彼の掌に優しく腕を置いた。
------------------------
『今日も非常にブラボーなバトルをありがとうございます!流石わたくしのパートナーでございますね!』
『ああ、そんなに悲しそうな顔をして…。わたくしは大丈夫ですよ。ゲリラ豪雨にタイミング悪く当たってしまっただけです。心配なさらないでください』
『わたくしが邁進できているのも、全てはあなた達のお陰なのです。さあ、疲れた身体はゆっくり休むに限ります。ご無理をなさらずに、お休みなさいまし』
『しゃん』
『おや?どうかしたのですか―――――。……ふふ、あなたは甘えん坊さんですね。こちらにいらっしゃい。ここからは星が…とても綺麗に見えるのです。――――に負けないくらい、輝きに満ちた夜空が…』
------------------------
「……ぁ……!」
靄がかかっていた箇所が一気に晴れていく。
わたくしは。わたくしは。
なんて愚かだったのでしょう。
大切なパートナーであるあなたを長年忘れてしまっていた、だなんて。
『シャン、デラ……!』
ノボリは目の前で優しく微笑むポケモンの名を、呼んだ。
彼の口から零れたポケモンの名前。それを呼ばれ、嬉しそうにシャンデラはひと鳴きした。
「ノボリさん、大丈夫ですか?」
「お気に…なさらないで……」
「でも、ノボリさん…泣いてるよ?」
「…………」
テルに指摘され、ノボリは思わず自分の頬に手を当てた。
濡れている。今まで彼女のことを思い出せなかったことの懺悔。思い出せたことの喜び。やっと会えたことの嬉しさ。今まで寂しい思いをさせてきたことへの後悔。自覚した瞬間、ノボリの瞳から溢れる涙は留まることなく再び流れ始めた。
「シャンデラ……シャン、デラっ……!わたくしは忘れていたのに…あなたは…あなたは…。わたくしのことを、覚えていてくださったのですね…!
ごめんなさいっ…ごめんなさい…!……あぁ……ぁ、ぁぁ……うぁぁ…ぁ……!!」
「でらっしゃん!」
今まで忘れていてごめんなさい、覚えていてくれてありがとう、とノボリは泣き崩れた。彼女との思い出、そして蘇った一部の記憶が濁流のようにノボリの頭に流れ込んでくる。様々な思いが交差し、ノボリは泣くことしかできなかった。思いを吐き出す方法が、今はそれしか思いつかなかったからだ。
そんな彼を、シャンデラはあやすように優しく抱きしめたのだった。
ノボリを隠すようにショウは立ち、自分の考えは合っていたのだと安堵した。シャンデラがヴィルヘルムに誰かを重ね合わせていたように見えたこと。恐らく、強いトレーナーのポケモンであったということ。そして、ボールの中のシャンデラがノボリを見た途端にガタガタとポーチの中で暴れ始めたこと。
その全てが一本の線に繋がった。シャンデラの目的地はここにあった。
「やっぱり、ノボリさんの子だったんだ…。良かったねシャンデラ、ノボリさん!」
ショウの背後ではなんだ、なんだとコトブキムラの人間が野次馬を作り始めていた。訓練場の強者として君臨しているノボリの感情の吐露。こんな姿を見せてしまったが最後、笑いの格好の的にされてしまうということは目に見えていた。
テルとラベン博士が必死に野次馬を鎮めているのを感じ取り、ショウもそれに混ざったのだった。
―――夕方。野次馬も次第に収まり、一同は一旦訓練場の方へと避難することにした。見たことのないポケモンの報告はテルとラベン博士に任せ、ショウは泣き止まないノボリを介抱する選択を取った。
ノボリが話してくれたことが正しければ、2桁の年も離れ離れだったのだ。やっと会えた。その事実がどんなに喜ばしいことであるかは、部外者であるショウでも痛いくらいによく分かる。
夕日が沈むか沈まないかといった頃、ノボリはやっと泣き止みショウに改めて詫びを入れたのだった。
「お見苦しいところをお見せいたしました」
「いいえ!私はノボリさんとシャンデラが再会してくれて良かったと思っていますから!だって…長い間離れ離れだったんですもん。泣くのは当然ですよ」
「そう、言ってくださるのですね。ショウさまは本当に優しいお方です」
「誰だってそう言うと思いますけどね?ね、シャンデラ」
「でらっしゃん!」
意見を求めるようにショウがシャンデラに同意を促すと、彼女は元気よくひと鳴きした。シャンデラだってずっとずっとノボリに会いたくて、ヴィルヘルムに言わせれば"衰弱していた"くらいに探し回っていたのだ。見苦しいなんて見当違いにも程がある。
落ち着きを取り戻したノボリを見て、ショウはふと疑問が浮かぶ。まだ時空の裂け目が閉じていない頃、洞窟の中で自分の気持ちを話してくれたあの時。確か、その時もノボリはシャンデラと、弟であるクダリの話をしてくれたはずだ。その時はまだシャンデラのことをはっきりと思い出していなかった筈だ。ならば、何故今なのか。
ショウは勇気を出して聞いてみることにした。
「あの、ノボリさん。それにしても、どうしてこの子がシャンデラだって分かったんですか?洞窟を一緒に歩いていた時は…多分この子のことだったと思うんですけど…。名前を覚えていなかったのに…」
「わたくしも、シャンデラがわたくしの手に触れてくださるその瞬間までは…彼女のことを思い出すことが出来ませんでした。彼女が、シャンデラがわたくしの記憶を呼び覚ましてくださったのです。
きっと…"双子の弟"だと仰っていたクダリさまを見ても何も思い出せなかったのは…。わたくしとあのクダリさまが、違うレールを走っているから。わたくしはそう思っております」
「つまり、この子は正真正銘ノボリさんのパートナーのシャンデラ、ってことでいいんですよね?」
「はい。間違いなく。わたくしを支え、共に邁進してくださる大事なパートナーでございます」
シャンデラに直接触れられたから記憶が呼び起された、とノボリは言った。確かに、ショウは彼の弟だと名乗るクダリに帰る直前に会っている。しかし、クダリを見てもノボリの記憶が蘇ることはなかった。
だからこそ、このシャンデラは正真正銘自分のポケモンだと、ノボリは確信を持って告げた。
粗方話し終えた矢先だった。訓練場へとかけてくる4つの足音があった。音の方向に顔を向けてみると、そこには息を切らしたカイと2人に向かって挨拶をするセキの姿があった。
「セキさん?!カイさん?!」
「はぁ…はぁ…。やっと着いた…。ねえ!ノボリさんが記憶取り戻したって本当?!」
「一部だけではございますが…。大事なパートナーのポケモンの記憶を取り戻すことが叶いました」
「そっかぁ…そっかぁ…良かったぁ…!」
「え、なんでカイさんが泣いてるの?」
「そりゃあ長としてノボリさんのこと心配してたに決まってんだろ。カイが産まれる前から記憶喪失だったってんなら、やっと思い出せて、しかも大事な相棒と再会できた。泣かない理由がないだろ」
「うん…。うん…。だって、ノボリさんずっと思い出さないまま死ぬんじゃないかって…わたし心のどこかで思ってて…!でも、良かった。本当に良かった…!」
「こいつがノボリさんの相棒…シャンデラっていうんだか。怖そうだなぁ」
号泣するカイの隣で、セキは興味深そうにシャンデラを見た。見慣れない人間に見つめられたのか、思わずシャンデラはセキに威嚇をする。シャンデラもゴーストタイプのポケモン。大事な存在であるノボリや助けてくれたショウではない人間に敵意を抱くのも無理な話ではない。
そんな彼女の行動に、セキはひゅっと息を呑む。ノボリはシャンデラを優しく撫で、制止をかけた。
「おやめなさいシャンデラ。あなたは本来はヒスイ地方に存在しないポケモンなのです。更に付け加えるならば…この時代のゴーストタイプのポケモンは皆狂暴です。誰でも初対面ではそう思うものですよ」
「しゃん」
「ははっ。でも、ノボリさんの相棒だってんなら安心できるな!いつか訓練で腕比べする時もあるかもしれないなぁ」
「それに、よく見なくても丸くてとても可愛らしいデザインだ!わたしも撫でていい?」
「わたくしは構いませんが…。よろしいですか、シャンデラ?」
「でらっしゃん♪」
ノボリが2人は敵ではないことを説明する。カイが撫でてみたいと名乗り出ると、シャンデラは快く身体を近付けてきた。そんな微笑ましい様子を見て、ノボリも思わず口角が少し上がったのだった。
彼の記憶が一部だけだが戻った。ならば、あの時代に迷い込んだのは間違いではなかったということの証明にもなる。あの2人が言っていたように、いつかは自分の記憶も取り戻せる時が来るかもしれない。
その時は。ノボリと、シャンデラと一緒に。自分達の帰るべき場所に帰る。ショウは改めてそう心の中で誓った。
「この調子で記憶を取り戻していけば…絶対に一緒に帰れますよ。私はそう信じています!」
「ショウさま。わたくしも、互いに記憶を取り戻すことを望んでいます。ショウさまが失った記憶が蘇るその時まで……。わたくしも、どこまでもお供いたしますよ」
「えへへ。なんだかノボリさん執事みたい」
「執事…。はて、わたくし過去にそういう経験をしたことがあるような…」
「無理に思い出さなくていいです!ゆっくり…思い出していきましょう!」
「……はい」
ノボリとショウは互いにそんなことを語り合い、笑みを浮かべたのだった。
こうしてヒスイ地方を巻き込んだ一つの事件はまた、幕を下ろすのだった。
Ep.02s-4 【記憶はたゆたい 時をいざなう】 END.
- 次回予告 ( No.112 )
- 日時: 2022/05/13 23:35
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
―――ダイヤモンドシティでのゲーム大会が終了してから2週間が経過した。
ノボリとクダリも城下町での生活にも慣れ、ネズやマリィとも少しずつ距離を縮めている。そんな矢先、彼らとは全く関係のない別の場所で"何か"が動き出そうとしていた。
リレイン王国の南に点在している国。名前を"キノコ王国"という。直近のゲーム大会でもマリィと優勝争いを繰り広げたスーパースター、マリオが暮らしている国だ。国民の大半がキノピオ属だが、それ故に穏やかな気候と平和が続く、自然豊かな土地が続く王国である。
ピーチ城を囲むように城下町であるキノピオタウンが連なっている。ちなみに、ジンベエも元々はこの王国出身で、商人として世界を転々としていた過去を持つ。
そんなピーチ城へ走る一台の車。赤と緑の双子、マリオとルイージ。車に乗車していたのは紛れもない2人だった。
どうやらピーチから呼び出しを受けたらしく、2人の足はどことなく急いでいるもののように見える。車を門の近くに駐車させてもらい早速城の大広間の扉を開くと、そこにはピーチともう1人、活発な印象の黄色いドレスを纏った女性―――"デイジー"の姿があった。
「ピーチ姫。どうしたの?急に呼び出しなんて」
「今朝急にキノピオが家に飛んで来たからボク達びっくりしちゃってさ。まさかまたクッパがピーチ姫を攫ったんじゃないかって」
「そうであれば、わたくしはのんびりお城で待っておりませんわよ?紛れもないわたくしからの依頼ですわ」
「てか、もしピーチ姫が攫われてたらアタシだって一緒に攫われてると思うのよね!もうちょっと考えて物を話しなさいよ、ルイージ!」
「な、なんでボクだけ…?」
「うふふ。話が脱線してしまってはいけませんわ。さぁ、お茶でも飲みながら本題を話し合いましょう。キノピオ、すぐにお茶とお菓子を持ってきていらっしゃい!」
「はいっ!」
ピーチの命令で、待機していたキノピオがせかせかと動き始めた。マリオ達はピーチ姫に案内され、テーブルのある中庭へと移動を始めた。季節は春から夏へと移ろう間。庭園に咲き誇る花も、季節の移ろいを表すように変化を見せていた。
4人が椅子に座ったと同時に、大きなお盆を持ってきたキノピオ達が到着し、支給を始めた。今日は果実入りのティーとバウムクーヘンか。恐らくお菓子はピーチの手作りだろう。思わず、キノコ王国の双子の喉がごくりと鳴る。
マリオがバウムクーヘンに手を付け始めたのと同時に、ピーチは本題を口にし始めた。
「実は…今朝、ドルピックタウンからお手紙をいただいたの」
「ドルピックタウン?なんだってそんなところから」
「口で説明するのは難しい…。ですから、2人もお手紙を一緒に見てくださらない?」
「勿論だよ!何が書いてあるの?」
どうやらピーチ城に今朝、ドルピックタウンから手紙が届いたらしい。常夏を表すような街からどうしてキノコ王国等に連絡が来るのだろう。4人は不思議に思っていた。
詳しくは手紙の内容を見てほしい、とピーチはマリオとルイージに貰った手紙の中身を見せる。そこには、こんなことが書いてあった。
------------------------
拝啓 ピーチ様
立夏の候、風薫る季節となりました。今日はいかがお過ごしでしょうか。
近日、ドルピックタウンとリレイン王国との協力連携の交渉が行われる予定です。しかし、町長が未だ王国に懐疑的な目を向けています。リレイン王国は徐々に再起も進んでおり、新たな文化も取り入れ素晴らしい国に発展を遂げていると風の噂で聞いております。しかし、いくら説得をしても町長は懐疑的な目を止めることはありませんでした。
ですので、どうか交渉の場にピーチ様もお越しいただき、仲介の場を設けてはいただけませんでしょうか。
以上、よろしくお願いいたします。
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―――手紙の内容をかいつまむと、どうやら直近でドルピックタウンとリレイン王国、双方の国が協力関係になる為の会議が行われるらしい。しかし、今の町長がリレイン王国に良い気持ちを持っていない。だから、ピーチ達にドルピックタウン側の仲介を依頼したいとのことだった。
マリオとルイージはその手紙の内容を見て、首を傾げる。どうしてピーチなのかと。ゲーム大会に参加しマリィと少しでも顔を合わせたマリオとルイージならばともかく、何故無関係のピーチを巻き込むのかと。
そのことについて少し突っ込んでみると、彼女は考える素振りをした後に自分の考えを述べた。
「遠回しにマリオに協力してほしいと伝えたいのではないかしら?それに…わたくしとしても、あの王国と今のうちに協定を結んでおけば色々と有利に物事が運びますもの。幸い、ジンベエがあちらに店を構えていらっしゃいますし…」
「あぁ、そうか。ピーチ姫を介せばボク達にも話は絶対に通る。この手紙の送り主はそこまで読んでいたのか…」
「立会人、ねぇ」
マリオは字面を再びぼーっと眺めながらバウムクーヘンをまた1口ぱくりと運ぶ。ゲーム大会で触れ合っただけだが、彼らは悪い人間には見えなかった。なのにどうして昔の悪評を引き摺るのだろうか。やはり、歳をとっている者は昔の風習が中々抜けにくいのだろうか。
紙とにらめっこを続けるマリオの傍で、デイジーは若干興奮気味に"ドルピックタウンに行きたい"と言い出す。
「アタシもその王国、すっごく気になるわ!超お洒落なシンガーがいるだとか、最近では美味しいって評判のレストランも出来たって噂になってるじゃない!近々ドルピックタウンではイベントもあるし、丁度いいから4人でバカンスがてら依頼受けましょうよ!」
「マリオ。確か、貴方リレイン王国の核として支える方々と触れ合ったのでしょう?印象はどうだったのかしら?わたくし、ワリオからの言伝だけでしか彼らの情報を知りませんの」
「ん?うん、すっごくいい人だし、正義感が強くて勇気のある人たちばかりだった。外見も凄くユニークな人達ばかりで見てて飽きないよ!ボクとしても、是非もっとお話して仲良くなりたいところだね!」
「成程…。マリオがそうおっしゃるならそうなのでしょう。わたくしも、依頼を受けてみてもいいかもしれないと思っていたところでしたのよ。ありがとうマリオ」
「ボクもマリオ兄さんに賛成!」
「それでは、4人でこの依頼を受けてみましょうか。キノピオ!すぐに依頼の承諾の返事を用意してくださるかしら?」
「はい!承知いたしましたピーチ姫様!」
話し合いの結果、4人はドルピックタウンの依頼を受けることに決めた。リレイン王国という土地も非常に気になっていたのと、やはりマリオが"仲良くなりたい"と口にしていたことも気がかりだったのだ。
ピーチはすぐにキノピオに依頼を承諾する返事を書くように命じ、別にマリオとルイージにも頼みごとをすることに決めたのだった。
「さて。それでは…早速旅行の手配を始めませんと。その前に…マリオ、ルイージ。リレイン王国に一度赴いて、今お話した内容を連携してもらえないかしら?前もって知っておいた方が諸々がスムーズに進むと思いますの、わたくし」
「そういうことなら任せてよ!よーし、早速リレイン王国に出発だよルイージ!」
「ついでに城下町もちょっと覗いて行こうよ!ジンベエさんがどんなお店開いているのかも気になるしさ!」
「怪我しないでねー!」
「うふふ、いってらっしゃい♪」
見送る2人の姫を見届けながら、マリオとルイージは再び自前のカートに乗り込む。
そして、北の方向に見える中世的な城に向かって早速出発したのだった。
- 次回予告 ( No.113 )
- 日時: 2022/05/13 23:39
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
一方。リレイン王国に点在する巨大な城下町の中央にそびえ立つ議事堂では、今日も町長であるラルゴが忙しそうにせわしなく働いていた。なお、ポケモントレーナー達は本日各々の用事で全員外に出ている。いつもならばネズ辺りが議事堂に滞在して作曲をしているのだが、彼も本日に限っては外出すると朝から建物を去っていた。
議事堂の手伝いをしてくれる人達が増え、ラルゴの負担も少しずつ減っている。しかし、忙しいのに変わりはない。そんな彼の元に、軽快に歩み寄る2人の人影があった。
その正体は勿論マリオとルイージである。噂の町長に出会えたのか、2人共嬉しそうに笑顔を振り撒いた。
「まぁ!Mr.ニンテンドーと顔合わせ出来るだなんて…。今日は最高の日ね!」
「最高の誉め言葉をありがとう、町長さん!ボクもキミと会えてとっても嬉しいよ!」
「アポも無しに急に来てごめんなさい…。あ、これピーチ姫からの書状です。ラルゴ町長宛にって」
「あら、わざわざありがとう♪ コーヒー飲む?それともココアかしら?」
「いえいえ!お構いなく」
とはいいつつも、彼は電動ケトルからいつの間にかお湯を注ぎ、2人分のコーヒーを準備してしまっていた。町長室には彼の私物だろうか、年代物のコーヒーミルが置いてある。どうやらバーで使っていたものが無事だった為、部屋に持ってきて一服する際に使っているらしい。
目の前にコーヒーを出され、2人は断るわけにはいかなかった。ゆっくりと淹れたてのコーヒーを味わった後、ラルゴがピーチからの書状を見るのを眺めていた。
「成程ねぇ。確かにドルピックタウンに協定を結ぶ会議を開くように依頼はしたわ。でも、そんなことに転がってるなんて思わなかった。やはりまだあちらから信頼はされていないということなのね…」
「ドルピックタウンの町長さん、なんだかこの王国のことを毛嫌いしているみたいで…。何か言えばあることないこと言って国のことを悪く言ってるらしいよ。何とかしてこの国はいい国だって思ってほしいんだけどなぁ」
「でも、確かに一時期大帝国のせいで無人だったことは事実よ。もしかしたらそのことを擦っているのかもしれない…」
「でも、心配しないで!町と国同士がちゃんと仲良くできるように、ボク達が潤滑剤になるのをピーチ姫に頼まれたんだよ!ボクだって、こんな素敵な国を悪く言われるようなことなんて避けたいからね!」
「アナタ達が仲介人なら安心はできるけれど…。うーん。でもね?アタシ、仕事が山積みで直接交渉には向かえないのよ」
マリオ達が仲介人に入るという事実をラルゴは喜んだものの、表情はすぐに沈む。いくら町同士の交渉だと言っても、ラルゴは未だに手に余る程仕事が残っている。責任者として、街を離れるわけにはいかなかったのだ。
今も忙しい合間を縫ってマリオとルイージとの話し合いをしていることも2人には分かっていた。しかし、町同士の大事な連携である。しっかり直接話し合いをしてもらって、偏見を払拭してもらいたいとも2人は心の内に秘めていた。
「町長さん、忙しそうだもんねぇ。でも、町同士の大事な連携がかかってる会議だし…。どっちにしろ、この街に住んでいる人達は必ず呼びたいところだよね」
「そうなのよ~。でもね?前よりは随分と自分の時間が取れるようになったの。もうちょっと人が増えてくれればいいんだけど…。そんな贅沢なこと言ってられないわよね。手伝ってくれるって言ってくれてる人達がいること自体が奇跡みたいなもんなんだから、アタシが頑張らないと!」
「無理しないでね、ラルゴ町長…」
ラルゴが申し訳なさそうに返事をする中、マリオはマリィ達のことを思い出した。彼女達のことについて聞いてみると、ラルゴは普段はここの手伝いをしてもらう代わりに、議事堂を寄宿舎代わりに使って貰っていると答えた。
そこで彼は閃く。"彼らを巻き込んでしまえばいいのだ"と。マリオの瞳が輝いたのにルイージも気付き、彼がまた悪だくみをしているのだとジト目になりながら兄を見た。
「そうだ!ボク閃いちゃった!じゃあ、マリィちゃん達に会議に出てもらえばいいんだよ!」
「えっ?」
「ちょっと兄さん?!ラルゴ町長の話聞いてなかった?!彼女達はあくまでもラルゴ町長の手伝いだって……『でも、議事堂に住んでるんでしょ?だったら多少再起した後の王国のことについて知っててもおかしくはない筈さ!彼らに代理で交渉を頼めばいい!』 うーん。本当にそれでいいのかなぁ?」
「それに!ワリオとしか深く面識がないなんてずるいじゃないか!ボクの好奇心が黙っちゃいないよ!」
「始まった…マリオ兄さんの悪い癖…」
ルイージは頭を抱えラルゴに謝罪をした。そう。マリオは非常に好奇心旺盛で陽気な男なのである。気になるものはとことん調べつくさないと気が済まない性格なのであった。それは物でも人でも関係がない。自分を負かしたあの少女が関係している人々。彼はそんな"強者"と仲良くなりたいと思っていたのだ。
彼の突拍子もない言葉にラルゴも戸惑う。確かに彼らに行ってもらえばラルゴも自分の仕事が進められる。しかし、"手伝ってもらっている"立場である彼らを自分達の用事に巻き込む訳には行かなかった。
困っていたラルゴの元に、正に話をしていた"関係者"が戻ってきた。ネズが用事を終えて一足先に戻って来たのだ。どうやら護衛として大典太も一緒のようだった。
ネズは3人にまじまじと見つめられ、何事かと戸惑う。流石のシンガーでも、オフの時に注目されるのだけはご勘弁願いたかった。
「あの。おれの顔に何かついてます?」
「あっ!えーっと…ごめんね!随分と久しい顔だなあと思って」
「おれが?光世が?」
「そっちの黒髪のお兄さんの方だなぁ…。お久しぶりです、大典太さん」
「……久しいな。あんた達、ゲーム大会にもいただろう」
「うんうん、いたいた!キミ達もいたの知ってるよー!そこのツートンの子はワリオにピエロ呼ばわりされてたよね!」
「ピエロ呼ばわりはあの双子だけで充分です。……あいつの目にはおれもピエロに見えてるんですか?
それで、何を話していたんです?おれ達に頼みたいことでもあるんですか?」
「うん。実はそうなのよ。あのね?」
申し訳なさそうにしながらラルゴが事の顛末を説明する。今後の街の発展にも繋ぐ為に、港町との連携を早めに取っておきたかった彼はドルピックタウンとの協定を結ぼうと会議を依頼していた。しかし、向こうの町長が王国に悪印象を持っている為マリオ達に仲介人をドルピックタウン側から頼まれたということと、自分は仕事が忙しくて直接行けそうにないことを話した。
そこまで聞いて、大典太は考える。ラルゴの考えが少しだけ透けて見えたからだった。
「……俺達刀剣男士は別に構わんが、ネズ達を巻き込みたくないんだな。あんたは」
「アナタ達刀剣男士ちゃんも含めてよ!だって、アタシの我儘に付き合って貰っているようなものじゃない?」
「そういう考え方は非常にノイジーですね、町長。おれ達、あんたに結構良くしてもらってるの自覚してるんで。故郷を失って困っていたおれ達に手を差し伸べたのはどこの誰ですか?そうでなきゃ衣食住が整った快適な生活なんて送れてないでしょうに。
マリィだって、あの双子だって、キバナだってここにいたらおれと同じことを言うと思いますよ。言いなさいよ。代理で行ってきてほしいって」
ラルゴの言葉にネズは答えた。故郷に帰れない自分達を匿ってくれたのは誰だと。責任を持って衣食住を与えてくれたのは誰だと。彼らはその恩を返す為に街の手伝いを買って出ているのだと。大典太達と同じ考えを彼らも持っていたと、ラルゴはそこでやっと気付いた。
そして、おずおずと頭を下げながら彼は頼んだ。ドルピックタウンとリレイン王国との会議、代理で参加してくれないか、と。
その言葉にネズは静かに頷いた。自分は交渉事はあまり得意ではないが、ジムリーダー時代のノウハウを活用すれば何とかなるかもしれないと。
その答えを傍で聞いていたマリオは飛び跳ねて喜んだ。そもそも、彼女達を引き連れてバカンスがてら交渉に向かおうとしていたのは他でもない彼らだったのだから。
「ヤッフー!これでみんなで常夏の街にバカンスに行けるね!やっぱりピーチ姫はここまで見通してたのかな?だったら凄いや!」
「まあ終わり良ければ総て良しってことわざもあるし…。良かったね兄さん」
「……ん?待ってください。今"常夏の街"って言いました?」
「うん!詳しい日程が決まったらまた連絡するけど、ドルピックタウンは太陽がさんさんと降り注ぐ港町!海の幸も果物も美味しい、とっても素敵なリゾート地なんだよ!」
「…………」
「……ネズ?」
ネズはたった今答えた言葉を取り消したい衝動に一瞬駆られた。大典太が彼の表情の変貌を心配して声をかけるも、彼は取り繕うこともせず焦燥したまま動かない。
その様子を見て、大典太は"まさか"と一つの考えに至る。―――言葉を口にしようとした途端、ネズに口を掌で止められた。
「光世。おれは夏の湿気と暑さが嫌いなんです。見透かしたように口に出そうとしないでくれますか」
「…………」
「ハッハー!いやー、今から楽しみだなあ!まさかレッドくんやリーフちゃん以外のトレーナーさんと交流できる日が来るなんて!それじゃ、詳細が決まったらまた連絡するね!今日は急に来ちゃってごめんねー!今度は観光目的で来ようかなあ。それじゃまたねー!」
「急に来ちゃってごめんなさい!それじゃ、当日よろしくお願いします!」
嵐のように町長室を去っていったキノコ王国の双子の背中を見守りながら、ネズは深くため息をつく。とんでもないことを口にしてしまった、と。しかし、ラルゴが困っているのは事実。手を差し伸べた以上、ひっこめる訳にはいかなかった。
「……室内はきっと涼しいよ」
「慰めはいらねぇんですよ」
再び自分の仕事に手を付けたラルゴの邪魔をしないように、1人と一振は町長室を静かに退室した。
果たして、ひょんなことから受けてしまったラルゴからの依頼を無事完遂し、彼らはドルピックタウンとの協定を結ぶことが出来るのだろうか…。
その未来は、きっと誰にもわからない。
NEXT⇒ Ep.03-1 【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】
- Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 ( No.114 )
- 日時: 2022/05/14 23:38
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
マリオとルイージがリレイン城下町を訪ねてから一週間が経った。
花満開だった春の陽気はなりを潜め、初夏の日差しが城下町を照らしている。本日も晴天なり。そんな言葉が似合う程には気持ちのいい朝だった。
リレイン城下町に点在する議事堂では、町長であるラルゴが議事堂で暮らしているメンバー全員をエントランスに集めていた。
大典太達がチームBONDと共に王国を解放してから、随分と街に人と活気が戻ってきた。"混ぜられた"世界の人々も積極的に街の為に動き、王国は更なる発展を遂げようとしていた。
世界も、種族も、年代も違う彼ら。しかし、日々を一生懸命生きる彼らの思いは1つだった。
「みんな、よく集まってくれたわね。調子はどうかしら?」
「ぼちぼちかな。あたしもみんなも元気。これも町長さんが日々頑張ってくれてるお陰やね」
「うふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない♪ 元気なら良かったわ~。アタシもみんなが議事堂のお仕事手伝ってくれてるからすっごく助かっちゃってるのよ」
「回りくどい言い方はいいんで、おれ達をこの場に読んだ理由を早く話してくださいよ」
「あんまり町長さん急かすんじゃねぇの、ネズ」
ネズが早く本題に入ろうと話を戻したところをキバナに突っ込まれた。"おれは別に余計なことは話していない"と、彼は目で訴える。そんな彼を大典太が宥めている間、ラルゴは目の前にいたクダリにパンフレットを手渡した。
彼が受け取った書籍には"ドルピックタウン観光のコツ!訪れたならば行くべきはここだ!"とタイトルが綴られていた。
表紙を見つめながら、クダリはラルゴに問いかけた。
「ドルピックタウン?ここで何するの?」
「ネズちゃんには前にお話したんだけど…。近々、リレイン王国とドルピックタウンが協力提携を結ぶ会議があるのよ。本当はアタシが直接行かなきゃならないんだけど、仕事が山積みでここから動けないの。だから申し訳ないんだけれど、今回アナタ達にはアタシの代理で会議に出席してもらおうと思って呼び出させて貰ったのよ」
「か、会議…ですか?」
ラルゴが発した言葉にネズと大典太以外の表情が歪む。彼が常々忙しいのは皆分かっていたが、まさかこんな大事な要件まで任せられることになるとは思っていなかったからだ。今の時代、スマホロトムを通じて会議など普通に出来る。高い技術を誇るシュートシティやダイヤモンドシティ、果てはネクストコーポレーションに助力を求めれば、充分ラルゴでも会議が出来るのではないかと一瞬脳内に浮かぶ。
考えを彼に告げるも、ラルゴは首を横に振った。どうやら、ドルピックタウン側の設備が整っていないらしい。現在の町長は、良くも悪くも伝統を守る……逆説的にいえば"古い考えから抜け出せない"タイプの人間だった。
あまりにも重要な任務を言い渡されて狼狽えたのか、前田が小さく切り返してきた。
「あの…。確かに町長殿のお手伝いをすることが我々の役目です。しかし、そんな責任のある仕事まで任される立場ではないと思います」
「いくら向こうが技術不足だといっても、こっちの仕事をおれ達に振ればいいだけの話だろ。何故わざわざ自分がこの国に残る選択を取る。不便だったら王にでも姫にでも相談しろ」
「うん。流石の俺も今は前田と鬼丸さんに完全同意、かな」
刀剣男士三振の意見を聞き、ラルゴはうんうんと頷く。そして、"そんなに固く考えなくてもいい"とマリオに提案されたことを話し始めた。
依頼したいことは何も"会議"だけではない。いつも手伝ってくれる彼らに送る、ラルゴなりの"プレゼント"なのだ。
「実はね?マリオちゃんが会議の仲介人として一緒に参加してくれるのよ。そして、彼らのご厚意でバカンス旅行にも誘ってくれるみたいなの~!もし会議だけならアタシがどうにかして参加すればいい。でも旅行よ?常夏の街でバカンスよ?これはみんなに行ってもらうしかないじゃない!って思いついて、話を振ってみたって訳」
「マリオさん…って、あたしがこの前参加したゲーム大会で最後まで残ってた人だったよね。超有名人」
「遂に直接お話する機会が訪れた、ということなのですね」
「おれがこの依頼を初めて聞いた時、マリオとルイージとも直接話をしましたね」
「ねえねえ!どんな感じだったの?」
ノボリとクダリは"双子"という共通点が気になっていたのか、マリオとルイージに深く興味を持っていた。クダリがネズに印象はどんな感じだったかと尋ねる。彼は少し考えた後、こう答えた。
「うーん…。ネジの外れ方はあんた達と同じ感じでしたね。今のところは兄の方がぶっ飛んでる印象です」
「それは対面するのが非常に楽しみでございますね!」
「マリオさん陽気な雰囲気だったし、仲良くなれるといいね。ノボリ!」
「(どっちもどっちだとオレさま思うんだけどなぁ…)」
わいわいとキノコ王国の双子と直接対面できることを喜ぶサブマス双子を見ながら、キバナは"目の前にいる車掌2人も似たようなものではないか"と頭の中でネズに突っ込んだのだった。
雰囲気が明るくなってきたのをラルゴも察し、会議のことは二の次で、バカンスを楽しんできてほしいとはっきり彼らに告げた。
それでも悩む刀剣男士にキバナが言い放つ。
「いいんじゃねぇの?ここの国と連携が出来るってことは、シュートシティにとっても利点がありそうだからな。もしかしたらドルピックタウンとやらにもポケモントレーナーが迷い込んでいるかもしれねぇし」
「確かにね。なら…行く前にダンデにも一応連携しておきますか」
「もしかしたらポケモンも迷い込んでいるかもしれません。事前の連携と準備はしっかりといたしましょう。安全な旅行を開始させるには、綿密な事前準備が重要です」
キバナ、ネズ、ノボリがシュートシティに関しての話し合いをしている傍ら、クダリとマリィは既にソファに座ってガイドブックをぱらぱらと捲っている。彼らも行く気満々で、ページを見ながら"ここがいい" "ここもいい"と旅行先について楽しそうに話をしていた。
その場にいる全員が"行く"という方向で話が纏まりかけた中、オービュロンが申し訳なさそうな表情で手を挙げた。
「ゴメンナサイ。行きたいノハ山々ナノデスガ、ソノ日はわりおサンに呼び出しを喰らってオリマシテ…」
「俺もその日は無理かなー。大将の手伝いでダイヤモンドシティに行かなきゃならないもん。多分、あの大会で設けたお金についての話し合いだと思うんだ」
「あら。それは大変重要なお話じゃないの!そっちが優先で大丈夫よ」
オービュロンは旅行当日、ワリオから呼び出しを喰らって行けないと答えた。ゲーム大会で設けたお金についての大切な会議のようで、すっぽかしたらどうなるかは全員が簡単に分かった。最悪ワリオが全てネコババを決め込む可能性もある。止める人間は多い方がいいだろう。
信濃もオービュロンの手伝いをする為、ドルピックタウンへの遠征には参加しないことを表明した。
そんな彼らの様子を見ていたネズはふと頭に1つの考えが浮かんだ。"これだけ大勢が行く気なのだから、自分1人"参加しない"と伝えても大丈夫なのではないか、と。そもそもネズは暑さが大の苦手なのだ。実際嘆いていたところを大典太にいらぬ慰めを貰ったことも記憶に新しい。
ならば、今のタイミングで口に出すしかない。ネズはおずおずとオービュロンに並ぶように手を挙げ、自分の思っていることを口にしたのだった。
「すみません。実はおれも…」
申し訳ない表情を作り、必死に常夏の暑さから逃げようとするネズ。しかし、隣に立っていたドラゴンストームには全てお見通しだった。煽る様に彼に声をかける。
「いやいや。言い出しっぺオマエだって聞いてるぞネズ~。敵前逃亡はオマエらしくないんじゃねぇの?」
「は?」
「ぼく、ネズさんとも一緒にバカンス楽しみたい!一緒に行こう!」
「えぇ? あのですね。ラルゴ町長の話を聞いていたんですか。ドルピックタウンは"常夏の街"ですよ。熱気と湿気が合わさったような場所へのバカンスなんて以ての外です!おれ、干からびちまいます…」
「……ネズさま。非常に申し上げにくいのですが…」
「はい?」
クダリの真っすぐな目に折れ、行きたくない理由を並べ説得にかかるネズだったが、ノボリがしょんぼりとした表情を浮かべながらとある場所を指し示した。ネズにとっては良くない報告だということは彼の顔を見ればすぐに分かった。
手を差し伸べた方向を見てみると、既にキバナがラルゴに"オービュロンと信濃以外の全員がバカンス兼会議に参加する"ということを丁度伝えた後だったのだ。
「じゃあ、オービュロンと信濃以外の全員が参加…っつーことで。町長さん、ヨロシク!」
「は~い♪ じゃあ、ドルピックタウンにもマリオちゃん達にもそう伝えておくわね!」
ラルゴはるんるんとステップを踏みながら町長室へと戻っていった。キバナはしてやったりとした表情でこちらを見る。彼が断る隙をつき、ネズの逃げ道を全て封じてしまったのだ。
町長室のドアが閉まる音が聞こえた直後、彼の顔から表情が消えた。ネズが怒っている。そう確信した大典太は彼を宥めに入る。
「……ネズ。前にも言ったがドルピックタウンに行ったからといって常に外に出ている必要はない。それに、あんたが言い出しっぺだということは言いようもない事実だろう。逃げる訳には行かないのは本当だ…」
「光世…。余計な慰めはいりません…」
「ネズ?」
普段の彼からは想像もつかないが、彼は元々気性が荒い。キバナにあんなに煽られた上で逃げ道を封じられ、怒りの感情が抑えられない訳がなかった。
悪気はないとでもいうようにきょとんとするキバナに彼は殴りかかった。
『今日という今日は許しませんよおおお!!!!!キバナぁぁぁぁ!!!!!』
「いけません!猪突猛進はおやめくださいネズさま!!」
久しぶりに怒りを全身で表すネズを見て、キバナは流石にやり過ぎたとやっと気付いた。しかし、彼の怒りの炎は暴走特急のように止まらない。
今にも顔面に殴打をしそうな彼を、ノボリは全身で止めていた。ノボリの方が体格差が大きいからこそやっと止められていたことから、キバナは彼の高身長に心の中で感謝をしたのだった。
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