二次創作小説(新・総合)
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- 繋がる世界と未来の物語【Ep.04-2完結】
- 日時: 2025/10/03 21:52
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 2EqZqt1K)
―――これは、"全てを元に戻す"物語。
それが例え、紡いできた絆が離れる結果となったとしても……。
どうもです、灯焔です。
新シリーズ発足です。大変お待たせいたしました。プロットの詳細を決めている間に相当時間がかかってしまいました。
サクヤ達がどういう運命を辿るのか。この終末の物語を、どうぞ最後までよろしくお願いいたします。
この作品は版権作品同士の『クロスオーバー』を前提としております。
また、オリジナルキャラクターも登場します。
苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。
※物語を読む前に必ず目を通してください※
【注意事項】 >>1
【取り扱いジャンル】 >>2
<目次>
Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 完結
>>3-7 >>11 >>12-17
Ep.01-1【繋がりの王国】 完結
>>21-25 >>28-33 >>36-37
Ep.01-2【宇宙からの来訪者】 完結
>>39 >>40-48 >>49-53
Ep.02-1【強者どもの邂逅】 完結
>>55-56 >>57-59 >>60-63 >>66-67
Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 完結
>>70-73 >>74-76 >>77-78 >>79-81
>>82-85 >>86-89
Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 完結
>>112-113 >>114-119 >>122-126 >>127-130
Ep.03-2 【音の街と秘密の音楽祭】 完結
>>137-138 >>139-144 >>145-148
ep.04-1 【天下五剣が集うとき】 完結
>>166 >>167-171 >>172-176
Ep.04-2【新世界の砂漠の華】 完結
>>178 >>179-180 >>181-185 >>186-188
※サブエピソード※
Ep.01
【新たな世の初日の出】 >>38
【商人の魂百まで】 >>54
Ep.02
【夢の邪神の幸せなお店】 >>68
【襲来!エール団】 >>69
【線路はつづくよどこまでも】 >>90
【記憶はたゆたい 時をいざなう】 >>109-111
Ep.03
【合流!若きポケモン博士】 >>131
【六つの色が揃う時】 >>132
【狭間の世界での出来事】 >>133-134
【翡翠の地からの贈り物】 >>135-136
【繋がりの温泉街】 >>151
Ep.04
【月と超高校級の来訪】 >>177
※エクストラエピソード※
Ep.02-ex【再度開催!メイドインワリオカップ】 完結
>>91-95 >>96-101 >>102-104 >>107-108
Ep.03-ex【とある本丸の審神者会議】 完結
>>152-154 >>155-160 >>161-163
<コメント返信>
>>8-10 >>18-20 >>26-27 >>34-35
>>64-65
>>105-106
>>120-121
>>149-150
>>164-165
最終更新日 2025/10/03
以上、よろしくお願いいたします。
- Ep.04-1【天下五剣が集うとき】 ( No.174 )
- 日時: 2025/09/13 21:59
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 2EqZqt1K)
咆哮が耳元まで聞こえている。鬼の気配が近い、と刀剣男士一行は改めて気を引き締める。
リレイン王国の郊外までやってくると、目線の先に、城下町にかかる門まで近付いてきている鬼の姿を発見した。このままだと、門が破壊されかねないと思った一同は、急いでいる足を更に早める。
そのまま素早く移動し、彼らは鬼の元へ到着した。ギリギリ、門に辿り着く寸前で鬼を止められたことになる。街を凌駕するほどに巨大な鬼に、初めて対峙する刀剣男士達は各々反応を見せた。
「これは随分巨大な鬼だね……」
「こいつが兄弟を傷付けた鬼……。中に童子切が入っているとか関係ねえ、兄弟の仇討ちはここでさせてもらうぜ!」
「……兄弟、俺は折れてない」
まるで自分が折れてしまったかのように感想を述べるソハヤに、大典太は冷静にツッコミを入れた。そんなことをしている間にも、鬼はこちらを標的と定めたのか大きく腕を振りかぶってくる。
街に攻撃が向かないように注意しながら、彼らはその攻撃をかわし、戦闘態勢へと入った。
鬼の狙いは先程とどめを刺し損ねた六振――ではなく、天下五剣の四振に絞られていた。まるで、彼らが誰に鍛刀されたのかを理解しているように。
「やはり狙いは我々四振ということですか。街に入らぬよう戦えば、街への被害は避けられそうですね」
「まるでおれ達の正体を知っているかのような口ぶりだな」
「見てみろ。あの二つ目が俺達を見つけた瞬間、目を見開いてこっちを見てきているのだぞ。ある程度正体を勘付かれていると見た方がいいだろうよ」
「……童子切のものなのか、鬼のものなのか分からんな」
鬼は四振に目を向け、他の刀剣男士達には目もくれていなかった。自分達を囮にすれば、数はこちらの方が多いため優勢に立ち回れるかもしれない。そう思った大典太は、他の三振に了承を取り、自分達が囮となって攻撃を引き付けることを皆に伝えた。
その間に他の刀剣達に攻撃をしてもらい、鬼の耐久力を削る。そうすれば、勝機も見えてくるだろう。不満の声は漏れたが、鬼と対峙している以上あまり余計な時間はかけられない。残りの刀剣男士達もその提案に了承し、鬼との戦闘に臨むことになった。
「以前のような醜態は晒しません!行きますよ、信濃、博多!」
「勿論!」
「行くばい!」
前田の声を皮切りに、短刀三振が背後から鬼の動きを止めにかかる。
彼らの素早い斬撃は動きの遅い鬼には効果抜群のようで、鬼に次々とダメージを与えていく。
それに続くように、大包平、小狐丸、ソハヤ、燭台切が斬撃を繰り出した。
「俺達も続くぞ!」
「行きますよ!」
「喰らえッ!!」
「たぁっ!!」
太刀四振の攻撃も、先に短刀達が攻撃を与えていてくれたお陰で順当に当たった。少しずつ鬼の耐久力を削っていく。
鬼は反撃を繰り出すも、耐久力の高い太刀を中心に受け流して連携をするお陰で、以前のように一瞬で決着がつくことはなかった。
鬼はなおも四振を品定めするように見据えており、時折舌なめずりをしている。
『クトゥルフ……チカラ……ホシイ……』
大典太には鬼が発する言葉が引っかかっていた。なぜ、彼は自分達がクトゥルフによって鍛刀された刀だということを知っているのだろうか。
考えている間にも鬼の攻撃は降り注ぐ。それを刀で防ぎながらも、彼はそんなことを考えていた。
「(……こいつは、あの老人の正体について勘付いているのか……?)」
「おい。敵を前にして考え事とは随分と余裕があるな、大典太」
ふと、鬼丸が鬼の攻撃を弾き飛ばしながらそう大典太に問いかけた。
大典太は続いてきた鬼の攻撃を受け止め、防ぎながらも小さくこう答える。
「……あいつの言っていることについて少し気になっていただけだ。すぐ戦線に戻る」
「その気になるという話、あとで聞かせてもらうからな。隠そうとしたって無駄だぞ」
「…………」
そう鬼丸は睨みつけるように大典太を見やる。これ以上、彼に負担をかけさせないのもそうだが、今は同じ主の元で動く仲間だ。そんな彼に隠し事などしてほしくなかったのである。
そんな鬼丸の表情を見た大典太は、思いつめたように目を伏せ、小さくため息をついたのだった。
小さな小競り合いのようなやり取りが続く中でも、鬼の猛攻は止まらない。二振に向かって大きな牙が向けられる。
それでも――
『遅い』
彼ら二振の連携で、次々と攻撃が跳ね返されていく。囮を引き受けた上、攻撃が集中しているため天下五剣の四振にもかなりのダメージが入っていたが、以前のように倒れる寸前までではない。
その間に他の刀剣が積極的に攻撃に入り、次々と鬼に斬撃を加えていく。そのダメージの蓄積もかなりのものになっており、鬼の動きが鈍くなっているのが分かった。
それに気づいた信濃が、ありったけの声で叫ぶ。
「動きが鈍くなってる!!今がチャンスだよ!!」
その合図を皮切りに、全員で急所をはねた。攻撃に耐えられず、鬼の両腕がボトリ、と大きな音を立てて崩れ落ちるのが分かった。
攻撃する腕を失い、動きも鈍くなったのかそのまま膝をついてしまう鬼に、大包平は続ける。
「今が好機だ!!行けーーーッ!!!」
彼の声により、刀剣男士全振の連携で連続攻撃が鬼に浴びせられる。腕を失った今、避ける手立てもない。
鬼はそのまま刀剣男士達の猛攻を喰らい、再び大きな咆哮を上げた。
『クトゥルフ……チカラ……』
斬られたところからバラバラと鬼は崩れ落ち、そこから黒色の靄が街の方に流れていく。この靄は、少し触れただけ、少し吸っただけでも精神に影響を及ぼす危険な代物だ。
城下町の人々が避難しているとはいえ、街に靄が入ってしまったら大惨事になりかねない。
「……今、楽にしてやる」
大典太がサクヤに貰ったカンテラを掲げ、精神を集中させる。すると、街に流れ込もうとした靄が一気にカンテラの方に吸い込まれていった。
その強さに思わず体勢を崩すが、なんとか大典太は持ちこたえた。自分がここで膝をつけば、城下町の人々が大変な目に遭ってしまう。その思いが、彼を突き動かしていた。
「――ッ!!」
「大典太殿!」
「……大丈夫だ。あんた達は童子切を!」
そう言い、大典太は鬼の目があった方向を見やる。そこには、黒色の靄から現れる童子切の姿があった。
この場は自分にまかせてほしいと三日月が素早く移動し、落ちてきた童子切を抱き留めた。
童子切は薄くではあるが息をしており、破壊は免れたということが分かった。あの鬼は童子切を取り込んでいただけだったのである。
そのまま童子切の中に残っていた邪気も、カンテラの中に吸い込まれていく。皆でそれを見守っていると、徐々にカンテラの吸い込む力が弱まっていくのが分かった。
全ての邪気を吸い込んだのち、カンテラは大典太の手から役目を終えて淡い光となって消えてしまったのだった。
「……終わった、か……」
「大典太!」
安心したのか、あまりにも吸い込む力が大きかったのか、大典太はバランスを崩れ倒れかかる。それを鬼丸が支えたのだった。
「言った傍から無理をするな。おまえの悪いところだ」
「……無茶でもしなきゃ、やってられないんでな」
鬼丸に支えてもらいながら、二振は童子切の元へ急ぐ。三日月が草むらの上に童子切を寝かせ、彼の起床を待っていた。
しかし、彼は死んだように眠るのみ。起きる気配がまるでなかった。
「起きませんね」
「そりゃあ、随分と長い間邪気を注がれていたのだからなぁ。それを無理やり剝がしたのが俺達だ。魂ごと邪気に持っていかれている可能性も無きにしも非ず、だな」
「ヘラヘラとした言動で不安を煽るな!!」
へらりと大包平の突っ込みも交わした三日月だったが、確かに彼の言うことは一理あると一同も思っていた。魂ごと邪気に持っていかれている場合、この身体はただの抜け殻と化してしまう。刀の付喪神が消えても刀は存在できるのではないか、という疑問については置いておいてもだ。
しばらく童子切を見守っていた矢先だった。微かに童子切の瞼が動いたような気がしたのだ。
「童子切?!」
「……ここ、は……」
「起きたばい!」
童子切が目覚めた。彼の魂は消えていなかったのだ。きょとんとしている童子切をよそに、彼の目覚めを喜ぶ一同。
そして、彼に理解できるよう言葉をかみ砕いて数珠丸は今の状況を説明した。彼が鬼にされていたこと、自分達が今までずっと鬼と戦っていたこと、そして鬼から童子切を引き剥がし、今ここに彼はいるということ。
しかし、童子切の放った一言によって、和気藹々としていた場は一気に凍り付いてしまうのだった。
『童子切……。それが、わたしの名、なのか』
童子切は何も覚えていなかった。自分が鬼にされたことも、今まで彼らと死闘を繰り広げていたことも。逸話も、自分の名も――。
それは、周りが自分のことを"童子切"と呼ぶので、かろうじて自分の名前はわかるという程であった。
「ね、ねぇ。もしかして邪気と一緒に記憶まで吸っちゃったとかないよね?!」
「それが一番可能性として考えられるな。俺達が最初に童子切を発見した時には、既に記憶を失っていたからなぁ」
「そ、そんな……」
記憶がない。逸話がない。それでは、彼は一体何なのだろう。"刀剣男士"と呼べるのだろうか?
一同の頭の中にそんなことが浮かぶ。しかし、姿形は三日月達と共に時の蔵で過ごした"童子切安綱"そのものである。
凍り付いた空気を沈黙が包む。そんな中、大典太が静かにそれを打ち破った。
「……とりあえず、今は童子切を神域に連れて行くのが先だ。記憶のことについても……主に相談してみよう」
「そう、そうですね!今ここで落ち込んでいても何も進みませんし!」
「それに、さっきまで戦っていたからね。僕達も神域の手入れ部屋を使わせてもらってもいいかい? 刀剣男士であれば、神域には出入り出来るんだろう?」
「……構わない。事情が事情だからな。許可してくれるさ」
今やるべきことは落ち込むことではなく、主に童子切を奪還したことを報告することだ、と大典太は静かに言い放った。
それを咎める者は誰もおらず、未だに不思議そうに皆を見つめる童子切を連れて神域へと戻っていったのだった。
- Ep.04-1【天下五剣が集うとき】 ( No.175 )
- 日時: 2025/09/14 22:06
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 2EqZqt1K)
神域に戻った一同は、早速童子切を奪還したことをサクヤに報告するため、彼女に話しかけた。
残っていた一行も、見慣れない物静かな雰囲気の白い髪の男性がいることに気付き、彼が"童子切安綱"なのだということを理解した。
「オー!アナタが"どーじぎりやすつな"サンデスカ?」
「こいつは」
「……じっと見つめなくていい。信濃の主だ」
「ワ、ワタシヤッパリ食べらレテシマウノデスカ?!」
「大丈夫だって大将!童子切さんはいい人だから!……多分」
「ソコは確定シテクダサイヨ?!」
オービュロンとの謎のやり取りを繰り広げる中、大典太は一行に一度手入れ部屋で回復していてほしいと頼んだ。その間に童子切の報告を済ませ、自分の手入れも開始する算段だった。
しかし、それに鬼丸が待ったをかけた。どうやら自分も残って話をするらしい。この目的以外に興味を感じない無口な刀に何が出来る、と大典太は思ったが、それが目に現れていたらしく鬼丸にキッと睨まれた。戦闘中に話したあの件が、ずっと彼の中でくすぶっているのだろう。
大典太の提案に乗っかり、彼と鬼丸、童子切以外の刀は各々手入れ部屋に姿を消す。
彼らを見守ったのち、大典太は鬼丸と共にサクヤに向き直り、童子切のことを話し始めたのだった。
「まずは童子切さんの奪還、お疲れ様でした。皆、無事に帰ってきてくださって安心しております」
「……まぁ、俺達"は"無事に帰還できたな」
「どうしたのですか光世さん。何か気になることでも?」
「……あぁ。実は――」
不思議そうに首を傾げるサクヤに、大典太は今の童子切がどんな状態なのかを話した。逸話も、記憶もない。形としての"童子切安綱"がここにいることを。
童子切を発見した時に、既に記憶は失われていたこと。そして、鬼に変化した童子切を倒した時の記憶でさえも、彼は失っていたということを事細かに口にした。
サクヤはその話を聞き、しばらく唸った後"邪気の影響ではないか"と答える。鬼丸よりも邪気の影響が長かった分、記憶や逸話にまで影響が出た。邪気にそれが混ざり合った結果、カンテラが吸い込んだ際に一緒に吸い込まれてしまったのではないか、と。それは、三日月が可能性として上げたものと一致していた。
「三日月の言ったとおりだな」
「……邪気が記憶や逸話にも影響を及ぼした、んだな」
「…………」
ただし、それは童子切に邪気が混ざり合っていた時の話。彼にまとわりついていた邪気は既にカンテラと共に光となって消えている。
今の童子切にそれ以上の被害は襲ってこないだろうともサクヤは推測し、彼らに話したのだった。
そのことを聞き、ひとまず安堵のため息をつく大典太。話しながらも、童子切のことについて気が気でなかったのだ。
そして、これから決めることが1つ。"童子切はこれからどうするのか"ということだった。
「……童子切。あんたこれからどうするんだ」
「わたしには、記憶がない。やれることも、行く場所も、思い当たらない……」
試しに童子切にどうするのか聞いてみると、"自分はなにもわからないから行く場所がない"と、微かにしょんぼりした顔で呟いた。もし記憶があったとしても、返ってくる答えは同じだろう。自分達は、霊力が高すぎるがゆえに"捨てられた"刀剣なのだから。
何とかできないかと大典太も悩む。そんな中、彼女は静かに顔を上げて童子切にこう言い放ったのだった。
「童子切さん。記憶が戻るまででいいので、私の元で働きませんか?」
「主!」
なんと、サクヤは"しばらく自分の元で働かないか"と提案をしてきたのである。それすなわち、童子切を"自分の刀剣"として迎え入れるということだった。
自分達には遠回しに"新しい主を探せ"と言っておきながら、童子切にはこの発言である。いたたまれなくなり、思わず鬼丸が声を上げた。しかし、サクヤの考えることが覆ることはなかった。
「わかっています。ですが、行き場のないところに記憶喪失の刀剣男士を放置するのはあまりにもかわいそうではありませんか?」
「……まぁ、確かにそうだが」
「よいのではないか~?」
しかし、童子切もサクヤの刀になるということは、サクヤの負担がこれ以上に増えるということでもある。彼女の力が弱まっているのを知っている大典太は、納得しながらもその答えに"是"を出せずにいた。
そんな中、扉の向こうから緩やかな声が聞こえてくる。手入れが終わった三日月のものだった。共に数珠丸も現れ、彼らを説得しにかかった。
「大典太殿が何に悩んでいるのかは知りかねます。しかし、現状大典太殿と鬼丸殿は青龍殿の刀となっているのです。神である彼女であれば、心配なさらずとももう一振と契約する余裕はあるのでは?」
「しかし、だな」
「大典太も鬼丸も余計なことを心配しすぎだ。主を信頼していないのか?」
「……そんなことはない!はぁ……。まぁ、いいか。最終的に決めるのは童子切だからな」
「大典太!」
「……それに、俺も主と意見は一緒だよ。今の童子切をどこか知らない場所においておくのは危険すぎる」
「わたし、は……」
最終的に決めるのは童子切だ、と大典太はそう結論付けた。他責思考だと思われるかもしれないが、記憶喪失で右も左もわからない彼をこのまま放置しておくわけにはいかないことも事実。であれば、ここで自分達と一緒にいた方がいいのではないか。そうとも思い始めていた。
大典太に改めて"どうするんだ"と問いかけられた童子切は、顔を伏せて考える。自分はどうすべきなのかと。
そして、顔を上げた彼はサクヤの元に自分の本体を召喚し、置いたのだった。
「童子切さん?」
「わたしを知っている者と一緒にいれば、記憶も取り戻せるかもしれない。であれば……こうするのが最善だと、結論を出した」
「そうですか。――承知いたしました」
「……童子切」
サクヤが童子切の本体を受け取ると、そのまま刀に神力を注ぐ。ほんのりと暖かな淡く青い光に包まれ、光は刀の中に入り込んだ。
それと同時に、童子切の心にもぽかぽかと暖かいものが感じられたのだった。
「こころが、ほんのりと暖かい」
「――契約完了です。これからよろしくお願いいたしますね、童子切さん」
「よろしく頼む、青龍。記憶はないが――わたしの力、使ってほしい」
童子切が正式にサクヤの刀となり、思わず笑顔になる三日月と数珠丸。それに対して、複雑な表情を浮かべる大典太と鬼丸。
何はともあれ、これから一緒に行動していく同胞になったのだ。まずはそれを安堵せねば、と大典太は考えを切り替えたのであった。
「無事に契約が完了したようですね。よかったです」
「よ~し!記憶喪失とはいえ、やっと天下五剣が揃ったというものだ。盛大に宴でも開くとするか」
「良い提案だとは思いますが、三日月殿。まずは大典太殿と鬼丸殿の手入れが先です」
「おっとそうだった。大半の奴らの手入れは終わっているだろうから、存分に休んでくるといい。俺達も童子切と話したいことがたんまりあるのでなぁ。はっはっは」
そういいながら童子切の肩にぽん、と手をのせる三日月。どうやら、宴をやりたいというのは本気のようだった。そんな彼の言葉に乗せられたのか、サクヤも"そうであればお料理を手配してもらわねば"と乗り気になってしまっている。
のほほんと大事なことを言ってのける三日月に、大典太と鬼丸は呆れることしかできなかった。
「……三日月の言ったことは本気にしなくていいからな、主」
「何を言う。せっかく五振揃ったのだ、宴が駄目なら縁側で菓子でも嗜もうではないか」
「本来の目的はそれか。この甘党め」
そう二振は言い残し、手入れ部屋へと入っていった。
それと同時に次々と手入れが終わった刀剣が童子切の元に訪れる。皆、新しい同胞と話がしたいようだった。
揉まれつつも暖かな気持ちに囲まれた童子切は、無表情ながらも会話についていったのだった。
- Ep.04-1【天下五剣が集うとき】 ( No.176 )
- 日時: 2025/09/15 22:15
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 2EqZqt1K)
童子切とひとしきり話した後、一同は解散することになった。神域から外に出る彼らを見送り、残った一同も各々やるべきことをやるのだった。
そんなことをしているうちに夜も更け、明日に備えて皆は寝静まっていた。そんな中、布団からもぞもぞと出てきて部屋へとやってくる影が一振。童子切だった。
今に至るまで彼を取り巻く状況は目まぐるしく変わっていったが、そのどれもを覚えていない。考え込んで、考え込んで、眠れず目を覚ましてしまっていたのだった。
他人を起こさぬよう静かにその場を去り、縁側へと座る童子切。彼を優しく月が照らしている。吹き抜ける風が心地よい。童子切は月を見上げながら、そんなことを考えていた。
――しばらくそのまま静かに過ごしていると、彼の背後にぬっと影のようにあらわれる人物がいた。その影はのそり、と童子切の傍に現れ"……隣、いいか?"と呟いた。月明かりがその人物を照らす。正体は、大典太だった。
彼も夜中に目を覚ましてしまい、寝ているはずの童子切が布団にいないため心配して部屋にやってきたのだという。
童子切が隣に座ることを了承すると、彼は小さく礼を言ったのち空いている縁側に腰掛けるのだった。
「……不安だとは思うが、ここにはお人好しな連中がたんまりいるんでな……。あまり、心配しなくてもいい」
ふと、大典太はそんなことを言う。童子切を心配してのものだった。彼も、記憶を失ってここに保護された以上心配していないはずがなかったのだ。
しかし、雰囲気から後ろ向きな刀だと勝手に思っていた男からそんなことが口から飛び出るとは露にも思っておらず、童子切は目を丸くして驚いていた。
「……どうした」
「おまえは……もう少し陰気な刀だと勝手に思っていた」
「…………。どうせ俺は他人と碌に話も出来ない陰気な刀だよ」
童子切にまで"陰気だ"と言われ、思わずいつもの自虐を行ってしまう大典太。もう癖のようなものであった。童子切はその言葉に懐かしさを覚えるも、その懐かしさが具体的に何かを思い出すことはなかった。
しかし、今の大典太は陰気な刀ではない。自分が保護されてから観察していたが、サクヤの近侍として刀達の中心に立ち、主命をしっかりと果たしていた。控えめではあるが、陰気などではなかった。
童子切が自分の気持ちを正直に伝えると、大典太は驚いたのち安心したように目尻を下げたのだった。
「わたしには記憶がない。だが、魂が共鳴しているのは分かる。ここにいる天下五剣は、きっと昔から何らかの繋がりを持ち、つるんでいたのだろう」
「……そうだな。記憶を失っているあんたには、思い出さなくてもいいことだが」
「だから、大典太があの青龍と出会って、変わったことは記憶が無くても分かる」
「……俺が変わったんじゃない。俺の周りの奴らが、俺を変えてくれただけだよ」
自分も、記憶が戻ったら変われるだろうか。ふと、童子切がそんなことを漏らす。右も左も全く分からない今の彼の状態では、周りにあるもの全てが不安要素になるのは当然のことだった。
そんな彼の背中を優しくさすりながら大典太は呟く。"今は無理に変わる必要は無い。変わるきっかけは、時間が解決してくれる時もある"と。
童子切は大典太の優しさに、少しだけ心が暖かくなるのを感じたのだった。
そのまま静かに月を見ながら話を続けていると、再び二振の後ろにぬっと現れる影が見えた。
思わず後ろを振り向いてみると、そこにいたのは酒瓶を持った鬼丸の姿だった。どうやら、彼も大典太と同じように目を覚ましてしまい、二振が布団の中にいなかったために気になって出てきたのだという。
しかし、大典太とは違いご丁寧に酒瓶とお猪口まで持ってきている。大典太はジト目で彼を見やりつつ、何をしに来たんだと冷静に問いかけた。
「……何しに来たんだ」
「何でもいいだろう。おまえ達が布団の中にいないから酒を持ってきただけだ。妖物斬りとして、おまえ達には共通意識がないわけではないからな」
「その逸話が、わたしにはわからないが。それでもいいのか」
「それでもいい。おれの我儘に付き合え」
そう言い、鬼丸は大典太の隣にでんと座った。流石本霊が御物だというべきなのか、大胆ながらもその動きには気品があるのだと童子切には感じられた。
持ってきた酒をお猪口に入れ、ちびちびと飲み始める。そんな彼の様子を見て、大典太は不貞腐れたようにこう言った。
「……おい、俺の分は」
「自分でやれ」
「……ケチ」
軽口を言い合いながらも、鬼丸が持ってきたお猪口を二口借り、自分の分と童子切の分の酒をお猪口に注ぎ、童子切に渡す。そのまま、彼はぐいっと一気に飲み干した。童子切もそれに倣い、酒を少しずつ口にし始めたのだった。この静かな夜に似合いそうな、甘めの味わいの酒だった。
"高い酒だ"。大典太の向こうからストレートな物言いが聞こえてくる。そんなのお構いなしに二杯目を注ごうとしていた大典太は、"別にいいだろ。皆で飲む為に持ってきたんだろう"と、鬼丸から酒瓶を奪い取りお猪口に酒を注ぎ入れたのだった。
記憶を無くした刀剣と、元々喋るのが得意ではない刀剣。彼らが集まったとて、話が進むわけではない。悪態をついた後に、会話が続くことはなかった。
そのまま無言で酒を飲み続けていると、ふと鬼丸が大典太に疑問に思っていることを問いかけた。先程、戦闘中で起きた会話の続きのようだった。
「大典太。おれ達は一体何なんだ」
「…………」
「答えられない、ことなのか? わたしも気になっている」
童子切もその話は気になっているようだった。記憶はなくとも、本能で自分にあったことを知りたがっていた。
二振に両側から聞かれては無言を貫くわけにもいかない。大典太は諦めたように他言無用だと強く言ったのち、以前サクヤに言われたこと――自分達がクトゥルフに鍛刀された刀剣だということを話した。
「クトゥルフに鍛刀された刀剣、ね。おれ達の霊力が異常に強いのもそれが原因か」
「……あぁ、そうだよ。もし悪神の側がクトゥルフの力を狙っているとなれば、俺達を我が物にしようとしている理屈は分かるな」
それと、と大典太は思い出したようにネズとチューンストリートに行った帰りに見た幻覚の話も彼らにするのだった。あの、自分達を助けてくれた老人。その正体が、クトゥルフなのではないか、と。
その話を聞いた鬼丸は信じられないような表情をしており、童子切は話が分からず首を傾げていた。
「あの老人がクトゥルフ本人かもしれない、だと?」
「……あぁ。確証は得られんが、確かにそう言っていた」
「何故おれ達を鍛刀しておきながら、おれ達を捨てて逃げるようなことをして――挙句の果てに、助けるような真似をしたんだろうな。おれにはさっぱりわからん」
「その、クトゥルフというのも……本当に善意だけでわたし達を鍛刀したのだろうか」
話せば話すほど疑問は増えていった。本当に彼らに話してよかったのだろうか。大典太は少しの後悔に苛まれた。そんな彼を、鬼丸は気にするなとでもいうようにじっと見つめてきた。
確かに話せとせがんできたのは彼らである。疑問が増えたとはいえ、やったことは返ってこない。大典太はそう考えを切り替え、また酒を口に含むのだった。
「おまえが黙っていた理由は分かった。納得はしていないがな」
「……黙っていたことは悪かった」
大典太がしゅんとなって呟くと、彼は満足そうにフン、と鼻を鳴らしたのだった。
「とにかく、だ。今回分かったことは、あの悪神もクトゥルフとやらもおれ達を狙っているということだ。五振揃った今、あいつらが何を仕掛けてきてもおかしくはないな」
「……あぁ。そうだな。俺達も気を引き締めんとな」
「だが、わたし達に出来ることも限られている。わたしは……この世界を守るため、出来ることをやろうと思う」
「……今はそれでいいと、俺も思うよ」
アンラも、クトゥルフも。何故自分達を狙っているのかが分からない。しかし、今自分達に出来ることは限られている。であれば、出来ることを少しずつやっていこうと、彼らの中で結論がついた。
その後、月を見ながら三振は眠くなるまで話し込んだのだった。
Ep.04-1 【天下五剣が集うとき】 END.
to be continued…
- Ep.04s-1 【月と超高校級の来訪】 ( No.177 )
- 日時: 2025/09/18 21:53
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 2EqZqt1K)
童子切の奪還から5日が経過した。彼も少しずつ議事堂の仕事に慣れてきて、簡単な仕事や荷物運びなど自分に出来ることを積極的にこなしていっていた。この調子であれば、記憶を取り戻すのもそう遠くない話だろうと一同は思っていた。
そんな最中の出来事であった。仕事が一息つき、ラルゴと大典太、鬼丸、童子切、前田が穏やかに会話を繰り広げているところに、足音が2つ聞こえてくるのが分かった。
その方向に目を向けてみると、やってきていたのは石丸と三日月だった。石丸はこちらが自分達に気付いたのに気付くと、深々と一礼し、三日月はひらりと手を振った。
「こんにちは!いや、あんなことがあった手前僕も心配していたのだよ。元気そうで何よりだな!」
「石丸殿!それに三日月殿も!お元気そうで何よりです」
「そして、君が噂の童子切さんだな!僕は"石丸清多夏"、座右の銘は"質実剛健"だ!どうかよろしく頼む!」
「どうも」
石丸は童子切を見つけ、丁寧に自己紹介をする。童子切もそれに合わせ頭を下げ、お互いに握手をした。
三日月が刀剣破壊寸前まで傷付いたという連絡を受けた際、いてもたってもいられず委員長にあるまじき落ち着きのなさを見せていた、とは苗木の弁である。
三日月は彼らの様子を見てのほほんと笑っていた。
自己紹介を済ませた後、ラルゴは何をしに来たのかと石丸に問うた。彼が通っている希望ヶ峰学園からの連絡はなにもない。ということはつまり、彼は個人的な用事でここに来たのだということが分かる。
尋ねられた石丸は、ラルゴに改めて向き直り自分がここに来た目的を口にしたのだった。
「実はだな!希望ヶ峰学園がつい先程長期休暇に入ったのだ。それを三日月くんに話したら、三日月くんが"リレイン王国に行きたい"と言い出してな。
僕もいい機会だと思い、この国に赴いたというわけなのだよ!」
「きぼうがみね、がくえん」
「……そうか、童子切はまだ知らなかったな。この終末の世界には、"学園都市"という学校が沢山集まった都市が存在している。こいつが通っている学園が、その中の1つである"希望ヶ峰学園"だ」
「学び舎、ということか」
どうやら、ここに来たのは石丸ではなく三日月の希望だったらしい。彼が単純に"リレイン王国の甘味が食べたい"などとのたまっているのであれば、単身赴いてハスノの店にでも世話になればいい話である。
しかし、今回はそうではないと彼らは見抜いていた。何故石丸をも巻き込んでこの国に来たかったのかと三日月に尋ねると、彼は静かに頷いてこう答えたのだった。
「童子切が記憶を失っているとはいえ、天下五剣が折角揃ったというもの。今後のことも考え、休みに入った主と共にこの街でしばらく過ごしてみようかと考えたまでだ」
「この国には遊びに来たのではない。僕自身としては、"課外学習"としてリレイン王国の文化や歴史、成り立ちなんかを学びに来たという訳だ」
「……あんた、休みの時まで勉強のことを考えているんだな」
「学生に休みはあれど学びに休みはないからな!はっはっは!」
三日月は童子切がサクヤの刀になったことといい、数珠丸も頻繁にここに訪れていることといい、近々自分もそちらに行かねばならないと薄々感じていたらしい。
また、石丸もリレイン王国の文化や歴史を学びたいと施策していたことがわかり、利害が一致し共にリレイン王国までやって来たのだった。
三日月、石丸双方の言葉を聞き、大典太は考える素振りを見せて石丸にこう呟いた。
「……だったら、町長の手伝いを積極的にしてみたらどうだ。あの場にいると、色々と学ぶことも多いんでな……」
「あら!それはこっちとしては大助かりだけど……本当にいいのかしら?」
「勿論です!ラルゴ町長の元で、色々学ばせていただきたいと思っています!」
大典太の提案に石丸も頷き、ラルゴも彼が張り切っている元気を貰いなんだか話している時よりも溌溂としていた。早速石丸の部屋を手配しなくては、とラルゴは意気揚々にその場を後にし、町長室へ向かって行った。
そんな中、三日月もこれからのことを一同に話す。どうやら、石丸と同部屋で休むことはしないらしい。
「ということで、俺はしばらく神域で世話になるぞ。よろしく頼む」
「おい、聞いていないぞ」
「今喋ったからな」
「……あんたなぁ」
鬼丸と大典太のツッコミもものともせず、三日月はこれから神域でしばらく過ごすと言ってのけた。童子切は無言で三日月のことをじっと見やり、前田は嬉しそうに"これからは三日月殿とも一緒なのですね!"とはしゃいでいる。
そんな二振と共に神域まで移動し始めてしまったマイペースな三日月をよそに、取り残された1人と二振は苦笑いをすることしかできなかった。
「すまない。三日月くんは普段はとても頼りになるが、たまに突拍子もないことをしでかすからな」
「……ある意味、主があんたでよかったと俺は思っているよ」
るんるんといった雰囲気を見送りながら、鬼丸は盛大にため息を吐いた。
それと同時に、石丸はラルゴに話をつけねばならない事情を思い出した。これ以上彼を待たせてはいけない、と二振に深く一礼をし、町長室の方まで歩いて行ったのだった。
「……また、賑やかになりそうだな」
「喧しいのは御免だ」
そんな彼の背中を見守りながら、くすりと笑う大典太。鬼丸は何が面白いんだ、と静かに首を横に振ったのだった。
Ep.04s-1 【月と超高校級の来訪】 END.
- Ep.04-2【新世界の砂漠の華】 ( No.178 )
- 日時: 2025/09/22 21:50
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 2EqZqt1K)
――ここは、東の大陸にあるとある砂漠。その中に荒れ果てたショッピングモールが点在しており、地下で夜な夜な怪しい実験を行っているという噂が東の大陸の人々の中で蔓延っていた。
今日もまた1人、実験の犠牲となる一般人が襲われた。その実験を率いている老人は、部下に辛辣な言葉を吐く。腰を曲げ、杖をつき、いかにも不健康そうな老人であった。
「おい、実験台の用意はできておるのか!」
ヒィ、という悲鳴と共に部下は実験台として連れてきた1人の男性を連れてくる。リュックをしょっていることから、彼は旅人なのだということが分かる。旅人は縄で縛られており、身動きが取れなかった。そのまま部下が男性を引きずり老人の目の前まで連れてくる。
旅人は恐怖のあまり自我を失っており、"助けてくれえ" "帰してくれえ"とのたうち回っていた。老人はその旅人の必死の訴えが鬱陶しかったらしく、自らの持っている杖で男性の胸元を強くついた。その衝撃で男性はえづき、咳込む。その様子を見て、老人はあくどい笑みを浮かべた。
「や、やめてくれぇ!俺が何をしたってんだ!」
「うるさい!このワシの実験に参加させてやっているのだから有難く思え!」
なおもわめく男性に再び杖を突き、男性を傷つける。一方的な暴力が続き、ついに男性は目から光をなくし、動かなくなった。やりすぎたか、と老人は焦り、部下に男性が生きているかどうかの確認を押し付けた。部下は震えながらも男性の肩を叩く。男性の震えた反応があったため、まだかろうじて息はあるのだろうということが分かった。
それを老人に伝えると、彼は満足そうに懐から注射のようなものを取り出した。針の先端が男性に向けられるも、男性は杖で殴られた代償が強く反応がない。
それをよしとしたのか、老人は動かない男性の首元にその注射を打った。
『う……うぐぉ……ウォオォオォオォオォ!!!!!』
「ひっ……!!」
突如、何の反応も示していなかった男性が突然苦しみだし、黒い靄のようなもので覆われる。そのまま靄は男性の全身を包み、覆ってしまった。
次に現れたのは、獣のような姿の魔物だった。魔物はそのまま縛られていた縄を引きちぎり、所構わず暴走を始める。
「ふぉっふぉっふぉ。アンラ様からいただいた刀剣の邪気は実に素晴らしい!しかし、まだ意識のコントロールが出来ておらんようだ。研究を更に進めなければな」
『グォオォオォオォオォァアァアァ!!!!!』
「こ、このままだと殺される!ひ、ひーーーっ!!!」
魔物と化した男性を見て、満足そうに笑う老人。それとは対照的に、我先にと部下は魔物から遠ざかり、逃げて行った。逃げられなかった部下が魔物に襲われ倒れるも、老人は気にするそぶりも見せなかった。
しばらく魔物が暴れている間に、その場に残っているのは老人だけになっていた。自分に向けられた攻撃をひょいとかわし、老人は苛ついたような表情でこう呟いた。
「ええい役に立たん奴らめ!まぁよい。またあの学術都市から報酬と脅しを使って連れてくればいいだけのこと。それよりも、じゃ!あの邪気をもっと強める方法を探さんとのぉ。ふぉっふぉっふぉ!」
老人はそのまま扉の向こうへと姿を消し、そこに残ったのは魔物だけとなっていた。魔物は再び周りを攻撃しながら、どこか遠くに走って行ってしまったのだった。
そして、老人が研究に使用している部屋。机の上に本と共に並べられたカプセルの1つ。その中に、邪気を纏った短刀が入れられていた。短刀は、カプセルの中から邪気をまき散らしていたのだった……。
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