二次創作小説(新・総合)
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- 繋がる世界と未来の物語【Ep.03-ex完結】
- 日時: 2022/10/12 22:13
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
―――これは、"全てを元に戻す"物語。
それが例え、紡いできた絆が離れる結果となったとしても……。
どうもです、灯焔です。
新シリーズ発足です。大変お待たせいたしました。プロットの詳細を決めている間に相当時間がかかってしまいました。
サクヤ達がどういう運命を辿るのか。この終末の物語を、どうぞ最後までよろしくお願いいたします。
この作品は版権作品同士の『クロスオーバー』を前提としております。
また、オリジナルキャラクターも登場します。
苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。
※物語を読む前に必ず目を通してください※
【注意事項】 >>1
【取り扱いジャンル】 >>2
<目次>
Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 完結
>>3-7 >>11 >>12-17
Ep.01-1【繋がりの王国】 完結
>>21-25 >>28-33 >>36-37
Ep.01-2【宇宙からの来訪者】 完結
>>39 >>40-48 >>49-53
Ep.02-1【強者どもの邂逅】 完結
>>55-56 >>57-59 >>60-63 >>66-67
Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 完結
>>70-73 >>74-76 >>77-78 >>79-81
>>82-85 >>86-89
Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 完結
>>112-113 >>114-119 >>122-126 >>127-130
Ep.03-2 【音の街と秘密の音楽祭】 完結
>>137-138 >>139-144 >>145-148
※サブエピソード※
Ep.01
【新たな世の初日の出】 >>38
【商人の魂百まで】 >>54
Ep.02
【夢の邪神の幸せなお店】 >>68
【襲来!エール団】 >>69
【線路はつづくよどこまでも】 >>90
【記憶はたゆたい 時をいざなう】 >>109-111
Ep.03
【合流!若きポケモン博士】 >>131
【六つの色が揃う時】 >>132
【狭間の世界での出来事】 >>133-134
【翡翠の地からの贈り物】 >>135-136
【繋がりの温泉街】 >>151
※エクストラエピソード※
Ep.02-ex【再度開催!メイドインワリオカップ】 完結
>>91-95 >>96-101 >>102-104 >>107-108
Ep.03-ex【とある本丸の審神者会議】 完結
>>152-154 >>155-160 >>161-163
<コメント返信>
>>8-10 >>18-20 >>26-27 >>34-35
>>64-65
>>105-106
>>120-121
>>149-150
最終更新日 2022/10/12
以上、よろしくお願いいたします。
- Ep.03-ex【とある本丸の審神者会議】 ( No.155 )
- 日時: 2022/10/04 22:16
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
淡い光の向こうに、再び襖が見える。こんのすけはあの襖を通ると、時の政府が用意した会場へ到着すると告げた。無言で彼の後ろをついていき、目の前に現れた襖を潜る。
光が消えた後に彼らの目に見えたのは、和風な旅館のフロントのような作りの建物だった。カントーやホウエン、シンオウならばこういう旅館があるかもしれないとポケモントレーナーである2人は思わず感嘆の声をあげた。
オービュロンに至っては知的好奇心が刺激されたのか、壁やら天井やらを見ながら1つ1つに感動している。流石は地球侵略の為、文化について学んだ生命体だ。その欲も普通の地球人とは桁違いである。
「素晴らしいかるちゃーデスネ!」
「こんなに本格的な建物に連れて来られるとはね…。まぁ、屋外でなくて良かったですよ」
「しかし…この建物の構造。夢の中で見たことがあるような…」
建物の造りに感心しながらも、ぽつりとノボリはそんなことを零す。ノボリの言う"夢"。彼が今でも見ているというヒスイ地方の夢だ。彼の言葉によると、夢の中でもこの建物に似た景色を見たことがあるのだという。ヒスイ地方は、現在のシンオウ地方と言われている土地である。つまり、シンオウにもこういう建物が存在するのだとネズは静かに納得した。
彼らが建物に感心したのを見守った後、こんのすけは一同に向き直り、早速彼らの案内を始めた。
「こちらが政府で用意いたしました会場となります。まずは受付に参りましょう!」
彼の案内に従い、受付に移動する。カウンターで隔てられたそこには、顔を布で隠した不気味な風貌の人物が立っている。声色は明るいものであるため、敵ではないのだろうが事情を知らない者にとっては不穏を駆り立てる存在でしかないだろうと一瞬頭をよぎった。
こんのすけが代理で受付の職員に話をする。職員は大典太達の方を見やり、人数や審神者代理として来訪する人物の特徴と一致していることから、"例の客人"だということを把握した。そして、こんのすけに会場まで案内することを伝えたのだった。
ありがとうございます、と明るい声が木霊する。彼は一同にふよふよと戻って来た後、大きな襖がそびえている空間を手で指し示した。襖の奥にある空間が、審神者会合の会場だとこんのすけは話した。
「会場では小さな机が何重にも並んでおります。お好きな机でお話やお食事をお楽しみください!時間が来ましたら、会合ならではの催しも開催されるようですよぅ!」
「本当におしゃべりしたり、お菓子食べたりしながら楽しむための会合だもんねー。あんまり固くならなくてもいいんじゃない、大典太さん?」
「……緊張もするだろう。この襖の向こうに…どれだけの審神者と刀剣男士が詰め込まれると思ってるんだ…」
「大典太さんも一介の刀剣男士なのですから、そう邪険にする人なんていませんよ!堂々としていましょう」
大きな襖の前まで案内し、こんのすけは"自分の案内はここまでだ"とその場から去っていった。彼の姿が見えなくなるのを確認した後、数珠丸と鬼丸は静かに襖を開ける。
襖の向こうに見えたのは―――。大きな和室だった。神域の居間を更に大きくしたような空間。こんのすけの言う通り、畳の上には机が何十にも並べられている。併せて座布団も綺麗に鎮座しており、そこに座ってくつろげ、ということなのだろう。
早速会場に足を踏み入れ、襖を閉める。既に会場入りしている審神者や刀剣男士もちらほらおり、こちらを不思議そうに見ている者も見て取れた。
3日前に話を聞いた"恐竜の審神者"もその中におり、こちらを品定めするように見つめている。食べられると勘違いしたのか、オービュロンは思わず震えあがりノボリの後ろに隠れてしまった。
「大丈夫でございますよ、オービュロンさま。今のあなたさまは人間の女性でしょう」
「ヒッ!ソ、ソウデシタ…。ワタシテッキリ食べられてシマウモノカト」
「そうならないように自分で擬態すること決めたんでしょうが。忘れないでくださいよ。……で、どこに座ります? あまり目立ちたくないですよね」
「……端の席がいい」
オービュロンを嗜めながら、ネズは何処の席に座るか確認を促す。今のうちに座る席を決めておかないと、いつかのゲーム大会のようにすぐに人で埋まるだろうと彼は判断していた。その声に大典太は小さく"端がいい"と答えた。その目線は不安げにきょろきょろとしており、落ち着きを見せていない。
やはり三日月以外の天下五剣を連れてきているからなのか、審神者に奇異の目で見られていることを気にしているのだろう。
やっと落ち着きを取り戻したオービュロンは、こちらを見ている審神者を見渡す。目が合って都合が悪くなったのか、自分達を見つめていた審神者はふっと目を逸らした。
「随分とワタシ達の方を見ているヨウデスガ…。何か、悪いコトデモシテシマッタノデショウカ?」
「違う違う。天下五剣をぞろぞろ連れてきているからだと思うよ。ここに天下五剣をわざわざ連れてくる、なんて…余程絆が深まってなきゃ普通考えないからね。珍しがられてるだけだと思うよ」
「……同じ刀剣男士のはずなのにな…」
「なら、さっさと席決めて座っちまいましょう。これ以上目立つのはおれも御免被るんで」
そう言い、ネズは早速端の席に移動を始めた。本部に直接呼ばれている以上、下手に目立つわけにはいかなかったからだ。現状ですらこんなにも奇異の目を向けられているのに、これ以上目立ってしまったら取り返しのつかないことになりかねないと彼らは判断をしていた。
彼に連なるように、入口の襖側の端のテーブルを陣取るように座る。人数が多かったのか、テーブルの半分以上のスペースが彼らで埋まった。
「どうせ途中で政府の職員にお呼びがかかるんでしょうし、おれ達は端の席で静かに楽しみましょう。席が何処でだって、出てくる食事は同じなんでしょうから」
「目立たず、騒がず。厳かに参りましょう」
一同が腰を下ろしたのか、審神者はそれ以上目を向けることはなく自分達のやるべきことに戻った。ちらりと時計を見やると、まだ会合が開始されると告げられた時間までは30分ほど時間がある。その間何をしようかと思索していると、一同の元に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
思わず声がした方向に顔を向けると、そこには見覚えのある人物が複数人立っていた。白い学ランを来た青年と、青色の着物が目立つ優美な男性。黒い衣装を身に纏ったスマートな印象の女性。そして、彼らと偶然鉢合ったであろう審神者の女性と、彼女に付き従っている刀剣男士が二振顔を見せていた。
平安貴族のような男性は、一同の顔をぐるりと見回した後、笑顔でこう口を開いた。
「随分と懐かしい顔ぶれが並んでいると思えば。久しぶりだなお前達」
「……あんたもマイペースだな三日月…。でも、本当に久しぶりだ…。元気そうで良かったよ」
「はっはっは。急にお前達の―――具体的には大典太と鬼丸の霊力がこの世界から綺麗さっぱり消えたので心配をしていたのだ。顔が見れて俺は嬉しいぞ」
「うむ。その時の三日月くん、かなり気落ちしていたからな…。僕も元気な姿が見れてとても嬉しいと思っているぞ!」
「あの。すみません。再会を喜んでいる最中申し訳ないんですが…。お互い、自己紹介してからにしません? 話の続き」
「あら。それは失礼したわね。っていっても…あたしのことはあなた達なら分かってくれると思うけど」
会話の最中、ネズが横やりを入れる。お互い知らない人物もいる以上、一度自己紹介をしておいた方がいいのではないかと。確かに彼の言うことには一理ある為、鉢合った三日月達は開いているスペースに腰を下ろし、互いに自己紹介を始めたのだった。
白い学ランの青年は"石丸清多夏"、平安貴族のような男性は"三日月宗近"。スマートな印象の女性は"シロナ"、審神者の女性は"柊"。彼女の仲間である刀剣男士は各々"長曽祢虎徹"と"陸奥守吉行"と名乗った。
元々三日月と契約をしている石丸や、審神者である柊はともかくシロナがこの場にいることには驚いていた。何故シロナがこの場にいるのか問うと、彼女は少し考える素振りをした後こう答えた。
「あたしは別に誰かと契約しているとか、自分の本丸を持っているというわけではないの。ちょっととある目的の為に、手がかりを探していてね。異世界中から人が集まるって聞いたから、偶然通りかかったキツネのポケモンを説得して特別に参加を許可していただいたのよ」
「チャンピオン権限ですかね」
「ふふ、ご想像にお任せするわ。それに…今は、少しでもヒカリちゃんの行方の手がかりを掴みたいの」
どうやらシロナは審神者として参加したのではなく、とある目的のためにこんのすけを説得して参加を特別に許可してもらったらしい。その中身を聞いてみると、彼女は表情を曇らせて捜し人の名前を告げた。
シンオウ地方で自分を打ち破り、殿堂入りをしたポケモントレーナーである"ヒカリ"。彼女が現在ユウリ達と同じように行方を眩ませ行方不明なのだという。
「バトルフロンティアに挑戦する為に、ファイトエリア行きの船に乗ったヒカリちゃんを見たのが最後の証言だった。それから白い光に呑み込まれて―――。色々な場所を探したけど、未だに彼女は見つかっていないわ」
「そうなんですか。誰かに攫われたり、とかは…」
「いいえ。そんな話は聞いていないのだけれど…。どうして気になるの?」
「実は…」
シロナに逆に質問をされ、ノボリはトウコ達が同じように現在行方不明だということを話した。その言葉に彼女は驚いたものの、どこか引っかかりを覚えたようで腕に指を添える。どうやら、ユウリやトウコ達が巻き込まれた惨状と、ヒカリが行方不明になる直前の行動が違っていたように彼女には思えたらしい。シロナは申し訳なさそうにこう返す。
「著名なトレーナーばかりが行方不明になっている点も気になるけれど…。ヒカリちゃんは特に怪しいトレーナーに連れていかれた、という証言は聞いていないのよ。だから、ユウリちゃん達が攫われたのとは別の原因だとあたしは思っているわ」
「そうで、ございますか…。申し訳ありません、余計な詮索をさせてしまったようで」
「ううん、いいのよ。ヒカリちゃんもそうだけど、あたしもユウリちゃん達のこと心配だわ。まぁ、ここで出会えたのも何かの縁よ。あたしもこの会合が終わったらシュートシティに合流しようと考えていたところだったから。手掛かりになりそうな情報が分かったら絶対に連絡する。だからそう落ち込まないで」
会話が繰り広げられていくうちに、想像通り次々と会合に参加する審神者が会場を少しずつ埋め尽くしていた。あまりの人の多さに、思わず石丸が狼狽える。彼は"会合"という言葉から、厳かに、ひっそりと行うものだと勘違いをしていたらしい。開いた口をぽかんとしながら感想を述べた。
「こんなにも客人が来るものなのだな!」
「……まぁ、会合だからな…。それで、あんた達も政府に"本体を返せ"と言われたのか?」
大典太が気になっていた疑問を石丸にぶつける。すると、彼は急に不機嫌そうに眉を潜ませ"そうだ"と答えた。反応からしてみるに、相当彼のお冠に来ていたのだろう。
「実はそうなのだ!彼奴等、失礼にも程があったのだぞ!」
「まぁ、俺が既に契約を果たしていることを伝えたら向こうは引き下がったがな。追い返しはしたが、絶対にお前達の返却も求めてくるだろうと気付いてな。もしかしたら会えるかもしれんと思って主と参加を決めたのだ」
「三日月殿の思惑が当たっていたようで良かったです。実際、我々の返却を求めに拠点へと潜り込まれましたからね」
「どっから情報仕入れてんでしょうかね。おれ達のやることなすこと筒抜けのように思えて気持ち悪いです」
「まぁ、時の政府ってそういうもんだ。各本丸だって政府の管理下にあるようなもんだし…」
しかし、彼らが参加を決めたことで大典太達と再会できたのも事実。経緯はどうであれ、そのことに関しては大典太は心の中で感謝を告げた。
そのまま会話を続けている最中、奥側の襖から職員の女性が会場へと入ってくる。手にはマイクを持っているため、彼女がこの場を取り仕切る司会なのであろう。一同は彼女の方へと顔を向け、話を聞く態勢を取り始めたのだった。
- Ep.03-ex【とある本丸の審神者会議】 ( No.156 )
- 日時: 2022/10/05 23:06
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
「え? ということは、この世界におる刀剣男士みーんな今どこにおるか分からんのか?」
「実はそうなんです。僕達も総出で行方を追っているのですが…。ただ、少しずつ見つかっているのは幸いです。信濃もそうして今ここにいるんですよ」
「いやー、ゲーム大会の時も思ったけどさ。久しぶりに"コネクトワールドに行こう!"って決意して来てみたはいいものの、右も左も分からない世界になっちゃってたから。あの時は本当に驚いたけど、まさか世界ごと造り替えられてるとは…」
「俺達も、同胞の無事を祈りたい。何か力になれることであれば遠慮なく言ってくれ」
「……感謝する」
司会の職員の案内は終わり、会場入りしていた審神者達の賑やかな声が聞こえてくる。テーブルにはいつの間にかお茶菓子が増え、各々好きなものをつまみながら楽しく会話をしていた。
柊に関しては、以前コネクトワールドだった頃の世界に来たことがあった。ゲーム大会にも参加していたようで、後にこの世界が"コネクトワールドではない"ことを知り、刀剣男士と共に驚いたのだという。
後20分程すると、それぞれのテーブルに昼食が運ばれてくるのだそうだ。昼食は何だろうか、そういう他愛ない話を続けながらくつろぐ一同の元へ、無言で近寄る職員の影があった。傍らには眼鏡をかけた、気だるげな印象の刀剣男士が立っていた。男は大典太達の座っているテーブルに立ち止まり、彼らに向かって口を開いた。
「あ。もしかして上が言ってた"連れてきてほしい天下五剣"って君ら?」
その声に楽し気に話していた一同の空気が一気に変わる。天下五剣四振が警戒をする目つきで職員の方向を向いた。職員は黒髪を小綺麗に切り揃えた、整った顔立ちの若い男性だった。敵意をむき出しにされ、彼は慌てて弁解を始める。そして、傍らの刀剣男士と共に自己紹介を始めたのだった。
「別にお前達を取って食おうとは思わないさ。立場はそこそこあるとはいえ、俺だって一介の職員だからな。失礼のないように先に名乗っておこう。俺は"暁"。今は政府に務めている職員……元は審神者をしていたんだ」
「自分、"明石国行"言います。隣におります主はんの近侍を務めております。自分も元々は主はんの本丸に所属しておった刀剣男士で、政府直々の引き抜きで政府直属の刀剣男士になりましてん」
「明石殿が近侍とは。珍しいこともあるものですね…」
「確かに。基本的に明石は面倒臭がり屋だからな」
「ほんまは自分もダラダラしたかったんやけど…。まぁ、環境が許してくれへんのですわ」
「……成程」
男性は"暁"、眼鏡の刀剣男士は"明石国行"と名乗った。双方元々は一審神者で、働きを評価され政府直々のスカウトに応じ、時の政府に移管したという経緯がある。そんな過去があるため、他の職員よりは"審神者の気持ちが分かるだろう"と、心が不安定な審神者などのケアにあたる仕事をしているのだという。
先程柊達が繰り広げていた話を明石も聞いており、"その世界の自分も行方不明なのか"とやんわりと聞いてきた。数珠丸が静かにそうだと答えると、明石は少し寂しそうな表情をしながら早いうちに見つかることを祈った。何だかんだ、同位体が行方不明なことに彼も心を痛めているのだろう。
刀剣男士達の会話を早々に暁は切り上げ、早速本題へと話題を移したのだった。本部の職員が彼らに会いたがっている為、職員がいる場所まで案内してくれるのだという。その言葉を聞いて、天下五剣はしかめっ面を再び浮かべた。
「……出来れば行きたくないんだがな」
「そう返ってくることは予測済みだ。まぁ…だが、一応俺も上には釘を刺してあるさ。会いに来たからと言って、無理やり閉じ込めることはするな、とな」
「信用できるものか。元審神者とはいえ、おまえだって政府の一員だろうが」
「確かにそうだな。今回のことの責任は俺が取る。だから、一緒に来てくれないか。必ずお前達をここに戻すと約束するさ」
「ふむう。頭を下げられては断りにくくなったぞ」
「しかし、我々が"はい"と答えなければ…このまま話題が堂々巡りになってしまう気がいたします」
「どこかで見ましたねぇ、こんな光景」
「まるでこんのすけさまと言い争っているかのようでございます…」
暁と明石は事情を説明し、丁寧に天下五剣に頭を下げた。そして、今回のことで仮に彼らに何かが起こった場合、責任は全て自分が取ると。その覚悟を持って、上の命令を自分が受けたのだろう。
頭を下げられてしまっては、行かないとは言いづらい。しかし、四振の心はやはり政府を許せていなかった。どうすべきなのか。考えがぐるぐると彼らの脳内を支配していた。
しばらくの沈黙の後、不意に大典太がため息を吐いた。彼らの真摯な態度に遂に彼が折れ、職員に会いに行くことを口にしたのだ。即座に鬼丸が彼の衣服を掴みかけるが、長曽祢と陸奥守に止められた。
「流石に4人だけじゃ行かせられませんし、おれとノボリにも同行を許可してください。一応関係者としてここに来てるんで」
「わたくしからもお願いいたします」
「元々そのつもりさ。そこの白い学ランの青年も一緒に来てもらうことになるが、いいか?」
「勿論だとも!いいかね、三日月くん?」
「はっはっは。主の願いを拒否する訳がないだろう。甘味を食べ過ぎるな、というお小言以外はなあ」
「……あんた、まだ甘味を食い過ぎてるのか」
「そうだとも!聞いてくれたまえ大典太さん!三日月くんの最近の甘いものに関する話を!」
「……後でな。あんたの話は長そうだ」
話し合いの結果、ネズ、ノボリ、石丸も彼らの関係者を名乗ってここまできている為、天下五剣の謁見についていくことになった。また、シロナも彼らの動きに興味を示し一緒に行くことを選択した。
オービュロン、信濃、前田、柊、長曽祢、陸奥守はその場に待機し、審神者会合を楽しむことになった。オービュロンも最初は一緒について行くと名乗ったのだが、そこまで大勢でぞろぞろしていると逆に怪しまれると暁からお触れがあったため、彼も待機することを選んだのだった。
謁見は長くても30分で終わるとのことだった。昼食には間に合うだろうと判断し、さっさと会ってしまおうと彼らは暁に案内を頼んだ。襖の奥に消えていく彼らを、オービュロン達は手を振って見送ったのだった。
襖の向こうは、会場が和の雰囲気を醸し出していたのとは裏腹に、どこか機械的な風貌をしていた。何か通信をしているのだろうか、通路の所々に光が走っている。気になったため暁に何をしているのかと問うてみると、この光を通じて各本丸が何か変なことをしていないかの連絡を、各本丸のこんのすけを通じ行っているのだと彼は答えた。
機械的な道を真っすぐ進んだ行き止まりに、天下五剣の謁見先である職員はいる。そこに向かって無言で歩いていると、ふとクリーム色の大きなツインテールが特徴的な、ロリータ服の女性とすれ違う。そのまま通り過ぎると思いきや、背後から甘ったるい声がした。十中八九、今すれ違った女性のものだろうと判断し、彼らは思わず振り向いた。
女性の目線は天下五剣に向かっている。何やら物欲しそうに彼らを物色していた。
「あの。おれ達用事があるんですよね。話がしたいならそれが終わってからにしてくれませんか」
「連れないことを言わないでくださいよぉ。天下五剣をこんなにぞろぞろ引き連れて、珍しいなって思っただけですぅ。別に怪しい者ではありませんよぉ。ジェシカ…天下五剣と出会うの初めてなのでぇ…とっても裏ましいんですぅ」
語尾が甘ったるい感触が抜けてはいないが、一見普通に会話を繰り広げているように見える。しかし、その目線は話しているはずのネズではなく、終始天下五剣の四振を嘗め回すように往復していた。彼はそれに気付いており、そっと大典太を彼女の目線から遠ざけるように離す。
そして、表情を悟られないようにしながら静かにこう返したのだった。
「そうですか。あんたの懐事情は知りませんが、あまりそういった色目を使うもんじゃないですよ。……おれの気が変わる前に会場に戻ったらどうです? きみ、関係者じゃないように見えるんだけど」
「せやで。あんた、職員やないでっしゃろ。出口の襖と間違える審神者はたまにおるんや。会場は向こうやで」
ネズの表情は変わらずとも、不機嫌を態度に表していたのにジェシカは気付いていた。彼女はわざとらしくしょんぼりとした反応を返し、明石の指さした襖へととぼとぼと歩いていく。
女性の姿が小さくなっていくのを確認し、一同は再び目的地へと歩みを進めた。疲れた顔をしているようにノボリには見えたため、優しくネズに語りかけた。
「ネズさま。随分とお疲れとお見受けいたします。ああいった方は苦手なのでございますか?」
「苦手…というか。ああいったメンヘラっぽいファンもいるので普段なら大丈夫なんですよ。でも…そのファンの方が100倍あいつよりマシです。目を見てあの女は信用ならねぇと判断しちまいました」
「人間色々。審神者も色々…、っていうけど。本当にあいつ、間違えてここに来たのか? 言動がちょーっとわざとらしく俺には聞こえたんだが…」
「主はん。自分、後であの審神者について調査しときますわ」
「おう。頼むわ」
暁はジェシカが去っていった道を振り向きながらも、明石の口添えに任せることにした。気にはなるが、今対応する問題ではないと彼は判断したのだ。シロナも何か彼女に引っかかりを覚えていたようだが、詳細まで分からなかったため一旦無視を決め込むことにした。
彼らはそのまま通路の行き止まりまで歩いていったのだった。
―――彼らの姿が通路から消えたのをジェシカは物陰からひっそりと見ていた。彼らに戻るように促された後、ジェシカは戻るふりをして人気のないところに隠れていたのだ。その表情は恨みが籠っている。まるで、自分の好きではないもの全てを否定するかのように。
「あいつら…ジェシカ嫌いですぅ。ジェシカのこと、否定しましたぁ…。ジェシカの視界から消すべきですよねぇ。まぁ、まずは…ジェシカの"理想の子"を動かすことにしましょう。あいつら消すのはそれからでもいいですぅ…」
そう呟き、彼女は待機させていた刀剣男士を二振、自分の元に呼び寄せた。しかし、その刀剣男士は他の本丸にいる"かれら"とは様子が随分と違う。
この現場を誰かが見ていれば、彼らの様子がおかしいことにも気付けたのだが…。不幸にも、彼女が悪意ある笑みを浮かべたことに、誰も気付くことは出来なかった。
「うふふ。さぁ…ジェシカの好きなものでいっぱいにする時間ですよぉ…!」
そう呟きながら、女は会場の襖を静かに開けたのだった。
- Ep.03-ex【とある本丸の審神者会議】 ( No.157 )
- 日時: 2022/10/06 21:48
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
「天下五剣とそのご一行様を連れて参りました」
立ち止まった暁は扉の前でそう報告をする。
通路の行き止まりには彼の言う通り、重厚そうな扉がある。中央に掲げられているプレートには"中央制御室"と機械的な文字が刻まれており、この奥に彼の言っている"重役"が点在しているのだろうと彼らは判断した。
暁の声に反応するかのように、扉の向こうから入れ、と男の声が響いた。それと同時に扉が自動的に開き、閉ざされていた空間が明らかになる。一同は暁の案内に従い、制御室へと足を踏み入れた。
彼らを待ち構えていたのは、顔に白い布をかけた不気味な連中だった。しかし、彼らからは只者ではないオーラを感じる。恐らく、目の前にいる人物は全て時の政府の中核を担う上層部なのだろう。
「おれ達が捨てられてから随分と時が経ったようだが、おまえ達の雰囲気は全く変わっていないな」
そう、彼らの顔を見た鬼丸が開口一番に悪態をついた。彼の言葉が腑に落ちなかったのか、言い返そうと職員の1人が憤慨する。しかし、ことを荒立てたくはないのは事実。鬼丸は数珠丸に、憤慨していた職員は隣の別の職員にそれぞれ宥められていた。
沈黙状態が続く中、部屋の奥にある椅子に座っていた職員が席を立ち、こちらに向かって歩いてきた。そして、彼らの目の前に立ち無礼を働いたことを許してほしいと頭を下げ、一連の出来事を詫びたのだった。
しかし、その職員の態度ですら天下五剣には到底信じられるものではなかった。
「戯言はいい。お前達の目的は俺達を捕まえることなんだろう? 捕まえて一体どうするつもりなのか…俺は凄く気になるなあ。凄く」
鬼丸に続くように口を開いた三日月の声のトーンはいつも通りだったが、彼の顔を見た石丸はぎょっとした。ポーカーフェイスを貫いているも、目が全く笑っていなかったからだ。あの三日月が、いつもマイペースにのほほんとしている三日月が。明らかに気分が悪いと目で訴えていたのだ。
職員も三日月が不機嫌をあらわにしていることに気付き、彼らを捕まえるというのは語弊だと彼らに弁解を始めた。どうも、最近天下五剣の霊力の制御の方法が分かり、だからこそ彼らを呼びつけたのだという。
「最近になってやっと、全本丸の天下五剣……今は三日月宗近だけですが、極の許可を出すことが出来るようになったのです。それは、こちら側が力の制御の仕方を理解したから。ですから、決して政府に戻ったからといって邪険に扱うような真似は…『ちょっと待ってください』」
職員がそこまで続けていた最中だった。今まで沈黙を貫いていたネズが遂に口を開き、彼らの言葉に割り込んできた。どうも彼には職員達の言葉に引っかかるものを感じていたらしい。
職員達の目が自分に注目してきたタイミングを見計らい、ネズは言葉を続けた。
「今まで黙って話聞いてましたけど、あんた達全員"天下五剣を返却してもらえる"前提で話してますよね。ここにいる4人、全員帰るつもり傍からありませんよ」
「わたくし共も部外者ではありますが、彼らの事情は理解しているつもりでございます。どうか、彼らのことを汲んで差し上げてはいただけませんでしょうか?」
「嫌がっている人に無理やり帰れって言うのは…よくないわよね」
ネズの言葉に続き、ノボリとシロナも援護射撃をする。そう。職員は彼らが"天下五剣を全振返却してもらえる"という前提で話を進めていたのだ。しかし、暁も感じていた通り大典太達が帰るつもりは傍からない。つまり、職員達の言っていることは最初から全て突っぱねられる話なのだ。あまりにも身勝手だとネズは呆れ顔で職員を見回す。
彼らが立て続けに正論をまくし立てるため、職員は返す言葉を失い唸っている。しかし、今ここに立っている天下五剣がどういうものなのかを職員も理解していた。押し黙っていた職員が慌てて彼らにこう言い返した。
「貴方達も理解してくださっているのならば協力してくださいよ!この天下五剣はですね、内に秘める霊力が非常に危険なものなんです!いつ暴走し、貴方達に被害が及ぶか分からないんですよ?!」
「まぁ、確かにそうだね。あんた達の言い分も一理ありますが、こいつらには既に契約している主って奴が存在しているそうなんです。それに、あいつらはおれ達に出会った当初にそう言っています。自分達の霊力は危険だ、と。おれ達はそれを承知でつるんでいます。
で、今までおれ達が彼らが原因で危険に晒された記憶なんて心当たりありませんね。力が安定しているという証拠でしょうに」
あくまでもネズは冷静に、自分の経験を交えて職員達を説得しにかかった。こういう交渉事は得意ではないが、大典太達がこのまま連れていかれるのを黙って見過ごすわけにはいかなかったのだ。
そして、ネズは確たる証拠を出すように石丸に問う。三日月と契約してから何か危険な目には逢ったか、と。突然質問をされた彼は驚いたものの、意図を理解し自信満々に答えた。
「いや、何も無いぞ!寧ろ三日月くんの不思議な力で、僕が常々助けられているくらいだ!」
「はっはっは。そう言われると照れるなあ主」
石丸がはっきりそう言ったのに続き、ノボリもネズの援護をする為口を開く。彼らを納得させるため、言葉を紡ぐのを辞めてはいけないと判断したようだった。
「彼らのことを、もう少し信じてあげてはいただけませんでしょうか。あなたさま方にとって、彼らは確かに道具なのかもしれません。しかし…少なくとも、わたくし共にとって彼らは1人の"生きているいのち"なのです。無理を承知でお願いしていることは非常に申し訳ございません。
ですが。ですが!どうか彼らの心を汲んであげてはいただけませんでしょうか!」
「人間風情が知ったような口を…!」
2人の説得に、戸惑う職員もいれば気分を悪くし彼らに悪態を返す職員もいた。一部の職員が2人に反論を始め、話は平行線を辿る。このまま無理やり天下五剣が連れていかれてしまえば、自分達も後味が悪い。そして、サクヤとの約束を破ってしまうことにも繋がりかねない。何よりも……連れていかれることが、彼らの"しあわせ"に続くとは思えなかったのだ。
2人と職員の言い合いが続く中、黙って彼らの話を聞いていた責任者と思われる職員が一同を止めた。どうやら、2人の言葉に何か思うことがあったようだった。
「確かに貴方がたの言うことも最もだ。で、あれば…。天下五剣、お前達に時間をやろう。お前達が世界にとって危険なのか、そうでないのか。我々は危険だと思い回収に動いたが、そうでないのであれば…我々に見せてくれ。その"確固たる証拠を"」
「……つまり、この場で回収はしない、という判断でいいのよね?」
「ああ。そう捉えてもらって構わない。貴方がたがそこまで仰るのでしょうから、この天下五剣は暴走しないと自信をもって言えるのでしょうな」
「はっはっは。今更何をいう。俺達の精神が安定しているということが最大の証明だろう。では、お言葉に応えてこの会合で俺達が誰一人暴走しなければ、回収せずに大人しく元鞘に戻ることを見逃してはくれないか?」
「おい、三日月」
「構わん。暴走しなければ、な」
「……まるで暴走するかのような言い草だな」
「ま、猶予はもらえましたし。これ以上話続ける必要もなくなりましたよね? まずは結果オーライですよ」
天下五剣がこの会合中暴走しない。その条件を突きつけられ、彼らとの謁見は一旦お開きとなった。職員は再び暁に彼らを会場まで案内するように伝え、再び制御室の鍵を閉めたのだった。
結局会話がヒートアップしてしまったが、今回は一応客人として招かれている。暁は一同に振り向き、頭を下げて職員の無礼を詫びた。そして、会合を楽しんでほしいと告げたのだった。
「上の奴らってのは大体どいつもこいつも偉そうなんだよ。気分悪くしたらすまねぇな」
「いや。ヒートしちまったのはおれ達もですし…。今回はおあいこです。申し訳ないね」
「天下五剣さま、みなさま。申し訳ございません…。わたくし、あのまま黙って見過ごしてはいられなかったのです」
「いいや? 寧ろ俺達は助け船をしてもらえて嬉しかったぞ。結果的に条件付きとはいえ、会場に戻る手立てに話を曲げてくれて良かった。あいつら、交渉が決裂した瞬間に無理やり顕現を解こうとしていたようだからなあ」
「……後ろの職員がまごまごしていたのはそういうことだったのか。はぁ…油断も隙も無いな」
「そうなのか?!もっと周りを見ておけばよかった…」
「はっはっは。心配してくれてありがとう、主。だが…俺達が暴走しないということはお前が一番よく知っているであろう。頼りにしているぞ」
一度は時の狭間に捨てられた存在。回収したとて、職員の言葉通りに丁重に扱われるとは到底思えなかった。だから、これでいいのだ。申し訳なさそうに頭を下げるネズとノボリに、三日月は笑顔でそう返した。
猶予をくれたのであれば、自分達が"他の天下五剣と霊力は違えども、普通の刀剣男士だ"ということを証明して堂々と帰ればいい。四振の心の中には、そんな考えが生まれていた。
―――無事に会場に戻り、元々いた席へ座ろうとした瞬間だった。オービュロンが大典太の胸元に貼りつく。女性の姿をしていたはずなのに、何故か貼りついてきたのは白いもちもちとした宇宙人だった。
彼はオービュロンを胸から引き剥がし、何があったのかと問う。すると、オービュロンは涙目で彼らに助けを求めてきたのだった。
「た、助けてクダサァ~イ!!」
「……何があった?」
「ちっくとえらいことになってしもうてのぉ…」
中々引き剥がせないオービュロンの代わりに、困り果てた表情の陸奥守がある一点を指さす。彼の指さした先では、審神者同士が喧嘩を繰り広げている光景が広がっていた。1人は黒髪の和服の男性で、山姥切国広を近侍にしているようだった。どうやら男性がクリーム色の髪の毛の女性に怒りを覚えているようで、胸倉を掴んで気持ちをぶつけている最中だった。
折角の楽しい会合なのに、何故こんなことになってしまったのか。周りの刀剣男士や審神者が男性を止めにかかっているが、彼の怒りは収まっていないようだった。
「はて? あの方は見覚えが…?」
「ある、というか…さっきすれ違いましたよね、おれら。ハァ~…」
ノボリが見覚えがある、と顎に指を当てて記憶を辿る。隣でネズは掴みかかられている女性のことを思い出し、思わず表情が不機嫌になる。
そう。審神者の男性と喧嘩をしていた女性…。それが、先程通路であった"ジェシカ"当人であったのだ。態度から何かやらかすとは予測していたが、こんなにも早くトラブルが起こるとは。
また面倒ごとに巻き込まれると思ったのか、ネズは再び大きなため息をついたのだった。
- Ep.03-ex【とある本丸の審神者会議】 ( No.158 )
- 日時: 2022/10/07 22:12
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
「なんか喧嘩してるみたいだけど…。あたし達がいない間に何があったの?」
開口一番にそう尋ねたのはシロナだった。確かに、彼らが上層部の連中と顔を合わせるために暁についていく前はこんな嫌悪な雰囲気になどなっていなかった。むしろ、穏やかな空気が流れ、楽し気な雰囲気の会合だったはずだ。
柊は彼女の質問を受け、しょんぼりとした表情を崩さず彼らがいない間の出来事を口にした。どうやら、今胸倉を掴みかかられているクリーム色の髪の毛の女性が、つい先程から会場に現れ貴重そうな刀剣を連れている審神者に話しかけ続けていたというのだ。刀種に関わらず、入手が困難な刀や政府が主催するイベントでしか迎えられない刀をターゲットにしているように彼女には見えていた。
彼女の言葉を受け、長曽祢も顔をしかめ話を続ける。
「なんだか物欲しそうな眼をしていたな。そういえば俺も先程話しかけられたぞ」
「えぇ?!話しかけられたなら言ってください長曽祢さん!!最近は聞かなくなったけど、レア刀を盗む不届き者が過去にいたこともあったんですからね?!」
「すまない。主を心配させたくなくてな」
「むしろそっちの方が余計に心配なんですよ!!」
「ま、まぁまぁ落ち着いてください柊殿。それで…あまりにもしつこいと注意をしたのが、あの黒髪の男性の審神者の方なのです。そこから喧嘩が勃発してしまい…」
「現時点でバチバチやってる、ってわけね」
残っていた一同の話を聞きつつも、暁は女性の方向をじっと観察する。やはりあの場所にいたのは偶然迷い込んだわけではなさそうだと彼は推測していた。一度すれ違い話をしたあの時ですらも、彼女は慌てた素振りを見せていなかった。関係者以外立ち入り禁止の場所にのうのうと立ち入る度胸。恐らく、あの女性は常習犯なのだろう。
そのまま観察を続けていると、柊が思い出したように一同に口を開く。喧嘩を見ていて、気付いたことがあったようだった。
「そういえば。あの女性が連れている今剣と厚なんだが…なんか、様子がおかしかったんだ」
「様子がおかしい…ですか?」
柊の言葉に数珠丸は思わず聞き返す。確かにジェシカの傍には烏帽子を被った身軽そうな少年―――"今剣"と、前田や信濃と同じようなデザインの軍服を身に纏った短髪で黒髪の少年―――"厚藤四郎"がいる。ジェシカに懐いていそうな雰囲気を出していたことから、恐らく彼女の本丸の刀剣男士なのだろうと柊は推測していた。
しかし、様子がおかしかったのだ。普段無邪気な子供のようである今剣はまるで炎を体現するかのように暑苦しく言葉を繰り返しており、普段頼もしい印象を持つ厚はまるで幼子のようにるんるんと喧嘩を見守っていたのだ。双方とも、彼女の知っている刀剣男士とはまるで違う…。それに、言われようのない不気味さを彼女は覚えていた。
柊の言葉を受け、明石は思いつめたように暁に問う。あの女性を捕まえて聞き取り調査をしたほうがいいのではないか、と。喧嘩が起きてしまっている以上、放置は出来ない。主催している側として止めなければならない事柄なのは明白だった。
「あの女。そもそも審神者なのかも分かりまへんし…。一度事情聴取しときましょか、主はん」
「そうだな。喧嘩も止めなきゃならんしな…」
暁はジェシカと話をするため、口を開きかけた大典太達に席で待っているように指示をした。彼らの力を借りることが出来れば万々歳なのだが、今の彼らは"客人"に他ならない。怪我をさせて帰還させるなど以ての外だった。
彼らの反論を無視し、暁は明石を引き連れジェシカの元へと歩いていく。程なくして喧嘩が続いている現場へと足を踏み入れ、未だに男性を睨みつけているジェシカを呼び止めた。彼女は暁と明石の方を向くが、表情はかなり不機嫌そうに歪められていた。
「な、なんでしょうかぁ…? ジェシカ、貴方達に用はないんですけどぉ…」
「こっちは用事がある。そこにいる今剣と厚についても話を聞きたい。それに、会合で喧嘩なんてやめてくれないか? 他の参加者にも迷惑がかかる。今から話がしたいんだが、いいか?」
あくまでも冷静に、感情を込めないように暁は女性に言った。先程ネズに跳ねのけられたとき、彼女の表情が恨みをこもったものに変化したことを彼は覚えていたからだった。彼女の逆鱗に触れぬよう、あくまでも冷静に、平常心で言葉を紡ぐ。
しかし、ジェシカは暁の考えが分からぬほど浅はかではなかった。自分のやりたいことを邪魔されたと思ったのか、ぶつぶつと恨み言を呟いている。先程まで猫なで声で他の刀剣に話しかけていた彼女の変貌。喧嘩をしていた審神者もジェシカに不気味さを覚え、思わず後ずさる。
「そういうのぉ…ジェシカの地雷なんですよぉ…。ジェシカは好きだからやってるのにぃ…なんでみんな否定するんですかぁ? ジェシカは悪くないですよぉ? この刀達も喜んでいますぅ。だから何にも問題ないんですよぉ? なんでジェシカの言うことを否定するんですかぁ?」
「な…なんだこいつ…?!」
ぶつぶつと何かを恨み言のように吐き捨てながら、ジェシカの表情が変わる。それと同時に、彼女から邪悪な気配が漏れるのを明石は感じた。咄嗟に抜刀し、暁の前に立つ。そして、なおも説得を続けようとする彼にその場から離れるよう告げたのだった。
喧嘩をしていた男性も、背後で近侍であろう山姥切国広に戻ってくるよう促されていた。彼の指示に従い、ジェシカに気付かれないように忍び足で後ずさる。しかし、彼女には男性のその行動ですら"地雷"だった。
『何逃げようとしてるんですかぁ? 貴方もジェシカを否定するんですかぁ? そうなんでしょう? そうなんですよねぇ?』
―――刹那。逃げようとしていた審神者の胸を、ジェシカの腕が貫いた。貫かれた箇所から黒い泥のような塊が男性の身体の中へと入っていく。
その様子は遠目で暁達を見ていた大典太達にも分かった。そして、ジェシカの行動が過去の出来事と類似ていることに気付く。そう。暴走していたソハヤがキバナに闇を注いだ時と同じ光景だったのだ。
「光世…。まさか、あいつ」
「……言わなくても分かってる。多分、あいつは―――あの女は、"アンラに深く関係している"」
大典太がそう呟いた瞬間、闇を注がれた男性が呻き苦しみ始めた。そして、胸の中に燻っていた泥のような闇に身体が呑まれていく。審神者が傷付いたと思わず彼の刀は我を忘れ助けに行こうとするも、近くにいた他の本丸の刀剣男士に抑えつけられていた。
会場の一角を覆う程に広がった闇は、次第に人型の悪魔のような形を取った。最早人ではない"それ"に、思わずシロナは震えた声で慄いた。
「な、何…? あれ…?」
「あいつッ…!」
悪魔へと変わり果ててしまった審神者に既に自我は既に無いようで、誰彼構わず辺りを破壊し始める。不運にも彼の爪の餌食となってしまった人物がゆっくりと床へと倒れていく様を、彼らは固唾を呑んで見ることしかできなかった。少しでも動こうものなら、隣で不気味に笑っているジェシカから攻撃が飛んでくることが分かっていたからだ。
彼女は変わり果てた悪魔の姿を見て、手を叩いて喜んでいる。その姿は傍から見て"狂気"そのもの。正気ではなかった。
「そうそう!この人はこの姿がジェシカ一番似合うと思うの!あはは!素敵!素敵!もっともっと暴れてぇ、ジェシカの嫌いなもの全部吹き飛ばしてちょうだい!!」
彼女の声に反応するように悪魔は暴れ始める。これ以上彼らの暴走を許してしまえば、避難を誘導することも、この騒動を収めることすら出来なくなってしまう。待機していた刀剣男士は一斉に刀を抜き、悪魔に対抗するため応戦を始めた。
ネズ、ノボリ、シロナも黙ってはいなかった。各々モンスターボールからパートナーであるポケモンを繰り出し、悪魔へと対峙する。
「ガブリアス。攻撃の合間に周りに誰かいないかも確認して頂戴。もし攻撃に巻き込まれそうになったら助けるのが優先よ」
「だったら、おれとタチフサグマで攻撃をブロッキングします。その間にノボリとシロナで反撃、及び巻き込まれそうになった奴らの救助をお願いします。いけますか」
「勿論でございます!シャンデラ、あなたの力でこの会場の空間を把握してくださいまし。攻撃が要救助者へ飛んで来そうになった場合、サイコキネシスで軌道を変えるのです!幸いあちらは特殊攻撃に弱い模様。あなたの出番でございますよ!」
「わかったわ。行けるわね、ガブリアス!あたし達の力、見せてやりましょう!」
「ガルルゥ!」
「シャウトアウッ!」
「でらっしゃん!」
ポケモントレーナー同士の連携で、近くにいた審神者達が次々と避難を始める。しかし、彼らと刀剣男士達の協力をもってしても完全に審神者達を救助することは敵わず、悪魔とジェシカの凶刃に沈んでしまう人物も現れ始めた。
次々と床へ転がっていく審神者を見て、柊も自分に何かできることはないかと辺りを見回す。しかし、攻撃が飛び交う中避難するのが精一杯だった。長曽祢、陸奥守の後ろに隠れ、彼らの様子を見守るしか選択肢がなかったのだ。
「みんな、頑張ってる…。わ、私も何か出来ることはないかな長曽祢さん!」
「いいや。ここはみんなに任せた方がいいな。主が出張って怪我でもしたら俺達が困る」
「わし等の後ろに下がっとき、主!主は必ずわし等が守る!」
広さはあるとはいえ、室内での戦い。対峙していた多くの刀剣男士も、少しずつ戦線離脱が目立ってきていた。大典太は攻撃を受け流しながらも、早いうちにジェシカと悪魔―――巻き込まれてしまった審神者を引き剥がさなければならないことを悟ったのだった。
- Ep.03-ex【とある本丸の審神者会議】 ( No.159 )
- 日時: 2022/10/08 22:07
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
会場に笑い声が響き渡る。狂気的な笑みを浮かべ、悪魔に指示を続けているジェシカによるものだった。逃げ遅れた審神者と刀剣男士も各々対抗すべく剣を抜き戦いを続ける。しかし、自我を失った悪魔は暴走を続け、平和に時間を過ごそうとしていた人々の生気を奪い取っていく。
大典太は自分と、その周りに迫ってくる邪気を刀で払いのけながらも辺りを見回していた。既に倒れている審神者の数は数多に上っていた。早いところ治癒を開始せねば、この場で死者が出てしまう可能性があることも彼は示唆していた。
咄嗟の判断で、彼は近くで刃を振るっていた数珠丸に小さく声をかけた。倒れている審神者を救うため、戦線を一時引くために。
「……呪いを直に受けた奴が多すぎる。早いところ治癒にあたらねば、取り返しのつかないことになる輩も出てくるだろう…。すまん、戦線離脱してもいいだろうか」
「悪神による邪気を素早く治癒できるのは貴方だけ…。早く呪いを受けた方の元へ行ってあげてください。しかし…お気を付けください。建物内での戦いが続いております。治癒中にも攻撃が飛んでくる場合があります」
「……充分承知しているさ。気を付ける」
数珠丸も大典太の言いたいことについては粗方予測していた。そのため、彼に治癒を任せ自分はこの部屋に飛んでくる攻撃の守護を続ける判断をしたのだった。
彼に背中を向け、大典太は近くに倒れている審神者の治癒に早速あたろうとする。そんな彼に近付く影がいた。震えながらも逃げていなかった柊の姿がそこにはあった。
「……あんた。なんで逃げなかった? ここにはもう安全な場所なんて無いんだぞ」
「私にも何か手伝えることがある筈だ!審神者でも、そうでない人も頑張って事件解決のため頑張ってるじゃないか!私にだって…長曽祢さんとむっちゃんと力を合わせれば何か、何か1つくらいは出来ることがあるはずだ!」
「……しかし、だな…」
「大典太。俺からも頼む。主の気持ちを汲んでやってくれないか。お前の負担になることはしない、約束する」
「……そうか。本当ならすぐにでも逃げてほしいところだが…」
柊と彼女の刀が大典太に向ける視線は真剣そのものだった。その気持ちを無視し、ただ逃げろと強く伝えるだけでは気持ちが収まらないだろうと彼は判断していた。
しかし、この部屋に留まり何かをするにしても、大典太はこれから治癒にあたるため彼らを守ることはできない。近くの刀剣男士も、ポケモントレーナーも、皆各々戦いへと赴いている。頼れる人物がいないのならば―――自分で身を守ってもらいながら、事件解決の手伝いをしてもらうしか無かった。
そう頭の中で結論を付け、大典太は改めて周りを見渡す。辛うじて自分達が座っていた端の席には攻撃がギリギリ飛んでいないことに気付く。そこでは、オービュロンを守るように信濃と前田が短刀を振るって戦っていた。
あの場所に倒れている審神者を連れてきてもらって、順次治癒をすれば……少しは回復が早まるかもしれない、と大典太はふっと考えが頭の中に浮かぶ。
そのことを伝えると、柊は考えに乗っかるように"審神者を信濃くん達がいるテーブルまで運び出す"役目を引き受けることをはっきりと告げた。
「……いいのか? 下手すれば攻撃があんたに当たる」
「そうならんためにわしらがおる。主は必ず守るき、心配せんでくれ」
「ああ。主に向かってきた攻撃は全て俺達が跳ねのける。勿論傷付いた審神者を運び出す手伝いもするつもりだ」
「長曽祢さん…。むっちゃん…」
「……そうか。分かった。だが…対応しきれないと思ったらすぐに逃げるんだぞ。あんた達の治療までする可能性なんて…追いたくないからな…」
「大典太の言うようにはならないさ。最大限気を付ける」
そう言うと、早速柊と彼女の刀は近くにいる審神者と、倒れている刀剣男士に声をかけ始めた。まだ意識がある者は柊が肩を貸し、既に意識を失っている者は長曽祢と陸奥守が手分けをして信濃達の元へと連れていく手筈を整えたようだ。
彼らの背中を見守りながら、大典太も治癒をしようとしていた審神者を肩にひょいと乗せる。そして、死者を1人も出さぬため、合流地点であるテーブルへと早歩きで去っていったのだった。
―――戦闘が激しくなり、会場が混乱する最中。悪魔に指示を続けていたジェシカだったが、彼が次第に言うことを聞かなくなり勝手に暴れ始めていたことに気付いていた。このまま放置して審神者ごとこの場所を滅ぼしてしまえば、自分は逃げるだけで済む。面倒なことをこれ以上しなくて良くなる。いつの間にか、彼女の脳内にはそんな考えが広がっていた。
ならば、と彼女は逃げるが勝ちとでもいうようにぼーっと立っている今剣と厚を引き連れ、1人混乱に乗じ会場を去ろうとしていた。
しかし。彼女の思惑はすんなりと通らなかった。出ようとする扉を塞ぐように、3人のポケモントレーナーが立っていたからだった。彼女の思惑をすべて見透かしているのだろうか。その瞳はまっすぐとジェシカを射貫いている。
「申し訳ないね。おまえを逃がすわけにはいかないんですよ」
そう言って、ネズは彼女の目の前にタチフサグマを移動させる。彼も相当怒っているようで、ジェシカに向かって威嚇を続けていた。
そんな彼らの行動にも苛ついたのか、ジェシカは眉を潜め呟くように恨み言を吐いた。
「どうして…どうしてジェシカの邪魔ばかりするんですかぁ。ジェシカの思い通りに行かないことはみんな"地雷"なんですよぉ!」
「人生、思い通りに行かぬことの方が多いものでございます。何度もぶつかり、そして乗り越えることこそが"人生"というもの。わたくしはそう考えております。そして…話を逸らしてしまい申し訳ありませんが。あなたさまは…"悪神のしもべ"ではありませんでしょうか?
あなたさまの使われるその得体の知れないお力…。我々は、今までにも拝見しております。その力によって、被害を被った方とも何度もレールが交差することもありました。あまりにも似ているのでございます。状況も、境遇も、その力も!」
冷静にノボリが切り返すと、ジェシカは途端に気持ち悪い笑みを浮かべ、くすくすと笑い始めた。彼の言葉がそんなにおかしかったのだろうか。警戒を続けていると、笑うのにも飽きたのか彼女はぼんやりした表情を浮かべ、彼の言葉に"そうだ"と答えた。
そして―――彼女は静かに自己紹介を始めた。彼らの胸に存在を刻み付けるかのように。
「改めて自己紹介をさせていただきますねぇ…。ジェシカは"ジェシカ"といいますぅ。ジェシカの考えを全て理解し応援してくれる、"アンラ・マンユ"さまの忠実なるしもべなんですよぉ。
ジェシカは…他人を思い通りに造り替える能力をアンラさまにいただいたんですぅ。だから、今剣ちゃんも厚ちゃんも、ジェシカの思い通りに色々造り替えたんですよぉ。凄いでしょう? 二振とも今、すっごく幸せな気持ちでいるんですぅ」
そう零し、彼女は見せつけるように今剣と厚を見せる。短刀である彼らの表情は何も物語ってはおらず、眠そうな目でぼーっと彼らを見つめ続けていた。
恍惚の表情で彼らの頭を撫でるジェシカを、3人は静かに観察していた。先程柊が話していた"違和感"。それが本当なのであれば、彼らにもアンラの邪気の影響が及んでいるということなのだろう。
―――観察している中で、シロナはふと気づく。無表情で見つめ続ける彼らが、微かに自分達を助けを求めていることに。
「……違う。彼らは苦しんでいるわ」
「シロナ。あんたにも聞こえたんですか」
「えっ? もしかして…ネズさんも?」
「おれ、耳は良い方なんでね」
耳がいい、という問題ではないとシロナは言葉が喉まで出かけるも、彼の眉間にしわを寄せてはいけないと気持ちを呑み込んだ。それと同時に、ノボリが静かに口を開いた。
「もしかすると、彼女はお2人の意思など尊重せず、ご自分の我儘のみで刀剣男士を好き勝手弄っているのではないでしょうか? 無関係であるわたくしどもに助力を求める程なのです。なりふり構ってなどいられないのでしょう」
「十中八九そうだろうね。あいつらが人の意見を尊重したこと、1回でもあります?」
「そこでわたくし、とある考えに及んだのですが…。お2人を蝕んでいるのが悪神の力なのであれば―――大典太さまが治癒出来るのではないでしょうか?」
アンラの力によるものであれば、ジェシカから二振を引き剥がすことが出来れば大典太が解呪してくれるかもしれない。ノボリは話を聞いて、そう考えていた。
その考えにはネズも賛同したようで、うんうんと小さく頷いている。シロナは2人の話の内容は理解できなかったが、彼らの会話が目の前の事柄を解決する道しるべになる、ということだけは確信していた。
彼の言葉に続くように、ネズも自分の考えを述べた。この事態を解決する方法を。
「だったらやることは一つでしょう。あの女取り押さえるのと一緒に、あの2人を引き剥がすんですよ。あの女から」
「大典太さん…って、あの雰囲気の暗い背の高い男の人よね?」
「はい、そうでございます。ですので、シロナさまはあの女性の取り押さえを…『いいえ、あたしが2人を引き剥がして彼の元まで連れて行くわ』 ……えっ?!」
彼女の口にした言葉にネズとノボリは驚いた。なんと、シロナが今剣と厚を引き剥がす役目を引き受けるのだと言ってのけたからだった。彼女は事の顛末―――自分達が何を話しているのか理解をしていないはずである。そんな状態で刀剣男士を助けに向かい、反撃でもされてしまったらどうなるか。
一度闇に侵された2人ならまだしも、シロナに至っては以前のキバナのような目に遭ってしまう可能性も考えていた。あまりにも、危険な行動だった。
危険だとノボリは告げ、行かないように説得をする。しかし、シロナはそこで折れるような女ではなかった。
「正直、あなた達が何を知って、何を話しているのかあたしには分からない。だけど、あの子達が苦しんでいるのは事実でしょう? だったら助けないと駄目よ。あたしだけ安全な場所で見ているなんてことできるはずがない。放っておけないの」
「……シロナさま」
「ハァ…。どうして著名なポケモントレーナーってどいつもこいつもお人好しばかりなんでしょうねぇ」
「ネズさま、それは多大なブーメラン発言にございます!」
「ノイジーですよノボリ。あんたにだって十分ブーメランですよ」
シロナの真剣な目とまっすぐとした言葉に、遂に2人は折れた。今剣と厚に関してはシロナに任せるとして、危険が及ぶときは必ず自分の身を最優先にすることを彼女に約束させたのだった。
そして、二振を引き剥がすにはジェシカを何とかする他ないと彼らは話を続けた。
「じゃあ、おれとノボリであの女をひっ捕らえましょう。おれ非力なんで役に立たねぇとは思いますけど、2人がかりでなら少しは何とか出来ると思うんで。最悪…タチフサグマにホールドしてもらいます」
「では、シャンデラは彼女が逃げ出そうとした際にサイコキネシスで援護をお願いいたしますね」
ネズとノボリがジェシカを引き付けている間に、シロナが背後から回り込み今剣と厚を回収、その足で大典太の元まで連れていく。大まかな作戦が決まった。
タチフサグマもシャンデラもやる気十分のようで、彼らに名前を呼ばれ気合を入れるようにひと鳴きしたのだった。
シロナの動きを隠すように目の前に立ったのを皮切りに、彼女は移動を始めた。当のジェシカは自分を抜きにして色々話をしていることが気に食わなかったらしく、シロナが移動していることには気付いていなかった。
彼女が自分に執念を、憎悪を向けていることがいい方向に向かったと、ネズは心の中でほっと胸を撫でおろした。何か呪文のようなものを唱え、2人の命を刈り取るべく闇を放つ。
「何をごちゃごちゃ話しているんですかぁ? ジェシカを抜きにしてお話するなんてぇ…ジェシカ、そういうの嫌いなんですよぉ。"仲間外れ"って言うんですよねぇ?!」
ジェシカから放たれた闇はネズとノボリの胸を貫いたように見えた。しかし、2人は倒れず扉を守るように立ち塞がっている。自分の闇が効いていないことに彼女は一瞬驚いたものの、すぐに理解した。2人共、以前自分達の闇絡みで何かあったのだと。そして―――彼らの"魂"が、常人とは違うものだということにも気付いていた。
透き通った美しい魂。何物もそれを欲しがる貴重な、美しい魂。アンラですら手に入れられなかった代物であった。
欲しい。欲しい。2人の心臓を貫いた後に魂だけ取り除き、アンラに献上したらきっと喜んでもらえるだろう。ジェシカの考えはいつの間にかそれに支配されていた。
「いいなぁ…。透き通っている魂を持つ人間、初めて見ましたぁ。いいなぁ…欲しいなぁ…。アンラさまに献上したら、きっとジェシカいっぱい褒めてくれるだろうなぁ…」
「目つきが変わりやがった…?」
「……来ます!ネズさま!」
ゆっくりと自分達に近付いて来るのに気付き、2人はタチフサグマ、シャンデラに各々指示をして彼女を払いのけようとする。しかし、ジェシカにとって彼らの攻撃を避けることは造作もないことだった。
軽々とわざを避け切った彼女は、ゆっくりと歩みを進めネズの目の前で立ち止まる。そして、彼の手をそっと取った。うっとりとした表情で自分を見つめる彼女に、ネズは嫌悪感を抱いていた。
「えへへぇ。ジェシカ、あなたのこと嫌いですけど気に入りましたぁ。心臓をぐちゃぐちゃにしてから魂を抜き取っても、いいですよねぇ? あなたが終わったら、あの車掌さんも一緒にぐちゃぐちゃにしてあげますぅ」
「お断りです。きみ、おれの嫌いなタイプだね。口説き文句ならもう少し上手くやってください」
ネズは皮肉を吐き捨てるかのように言葉を告げた後、ジェシカの手を不機嫌そうに払いのけた。考えが聞き入られてもらえることばかり考えていた彼女は、自分の考えを否定されたと思い込み眼光が開く。
思い通りにいかないのならば、殺すまで。力で屈服させる。瞳からそんな気持ちが伝わっていた。相手はたかが人間。悪神の分身である自分にとっては蟻のような存在だ。
その細い首を、早く締めなければ。その汚い言葉を封じなければ。女の手がネズの首にかかる。
―――刹那。男は、叫んだ。
『―――ノボリ!シャンデラ! 今です!!』
『シャンデラ! "サイコキネシス"!!』
いつの間に移動をしていた? 宙に一瞬浮かんだ感覚の後、首をまで後1ミリまで迫っていた手がネズから離れる。そして、ジェシカが次に見たのは畳だった。ドサリ、という音と共に身体が床に沈む。
起き上がろうとするが、身動きが取れない。腕も、足も、身体全体が動かないのだ。恐る恐る首を動かしてみると、そこには―――。銀色の目を鋭く光らせた、黒い車掌の姿があった。
「淑女に手を出すこと、お許しください。しかし、これ以上の暴虐は許しません!」
「いや、あんたその押し付け方完璧に暴漢とかひったくり犯に行う奴でしょ。でも…助かりましたよ。ありがとうございます」
ノボリが手を放そうとも、近くにいるシャンデラが動きを封じてくるだろう。彼女は、明らかに念を放つ準備を整えていたようにジェシカには見えた。
自分が、一瞬でも負けた…? その屈辱はジェシカの心を燻る。
彼女の口元から、歯ぎしりの音がした。
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