二次創作小説(新・総合)

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繋がる世界と未来の物語【Ep.03-ex完結】
日時: 2022/10/12 22:13
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 ―――これは、"全てを元に戻す"物語。
 それが例え、紡いできた絆が離れる結果となったとしても……。


 どうもです、灯焔です。
 新シリーズ発足です。大変お待たせいたしました。プロットの詳細を決めている間に相当時間がかかってしまいました。
 サクヤ達がどういう運命を辿るのか。この終末の物語を、どうぞ最後までよろしくお願いいたします。
 この作品は版権作品同士の『クロスオーバー』を前提としております。
 また、オリジナルキャラクターも登場します。
 苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。


※物語を読む前に必ず目を通してください※
【注意事項】 >>1
【取り扱いジャンル】 >>2


<目次>

Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 完結
>>3-7 >>11 >>12-17

Ep.01-1【繋がりの王国】 完結
>>21-25 >>28-33 >>36-37

Ep.01-2【宇宙からの来訪者】 完結
>>39 >>40-48 >>49-53

Ep.02-1【強者どもの邂逅】 完結
>>55-56 >>57-59 >>60-63 >>66-67

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 完結
>>70-73 >>74-76 >>77-78 >>79-81
>>82-85 >>86-89

Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 完結
>>112-113 >>114-119 >>122-126 >>127-130

Ep.03-2 【音の街と秘密の音楽祭】 完結
>>137-138 >>139-144 >>145-148


※サブエピソード※
Ep.01
【新たな世の初日の出】 >>38
【商人の魂百まで】 >>54

Ep.02
【夢の邪神の幸せなお店】 >>68
【襲来!エール団】 >>69
【線路はつづくよどこまでも】 >>90
【記憶はたゆたい 時をいざなう】 >>109-111

Ep.03
【合流!若きポケモン博士】 >>131
【六つの色が揃う時】 >>132
【狭間の世界での出来事】 >>133-134
【翡翠の地からの贈り物】 >>135-136
【繋がりの温泉街】 >>151


※エクストラエピソード※
Ep.02-ex【再度開催!メイドインワリオカップ】 完結
>>91-95 >>96-101 >>102-104 >>107-108

Ep.03-ex【とある本丸の審神者会議】 完結
>>152-154 >>155-160 >>161-163


<コメント返信>
>>8-10 >>18-20 >>26-27 >>34-35
>>64-65
>>105-106
>>120-121
>>149-150


最終更新日 2022/10/12

以上、よろしくお願いいたします。

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.75 )
日時: 2022/04/04 22:11
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 男性がソファに座って少し時間が経過した。大典太がお茶の入ったコップを持って戻ってきた。
 静かに男性が座っている目の前の机に置く。そして、彼に飲んで気持ちを落ち着かせるよう言った。
 男性はそのコップをじっと見ていたが、おずおずと手を伸ばしゆっくりと飲み物に手をつける。丁度いい温度のお茶が喉を潤す。暖かさが身体に染みると同時に、パニックだった脳もいくらか落ち着きを取り戻した。

 男性の涙が止まったところで、ラルゴは優しく語りかけた。



「アタシ、まずはアナタのことを知りたいわ。お名前を教えてもらえる?」
「ごめん。一番落ち着かなきゃいけないの、ぼくなのに」
「ううん、いいの。結果的に落ち着いてくれたから」
「ぼくクダリ。イッシュ地方のライモンシティでサブウェイマスターをしてる」
「いっしゅ地方…らいもんしてぃ…。聞いたコトノナイお名前の街デスネ」



 男性は"クダリ"と名乗った。その名前を聞いて、ネズは自分の考えが合っていたのだと静かに頷いた。
 ライモンシティにある娯楽施設、バトルサブウェイ。電車に乗りながらポケモン勝負の連勝を狙っていくイッシュ地方の名物バトル施設だ。
 そんな施設を取り仕切っている双子の車掌、それが"ノボリとクダリ"。会いに行こうとしていた人物が、まさか向こうから目の前に現れるとは。とはいうものの、ネズが彼らに会ったのは遠い昔の話である。向こうが自分のことを覚えているとは思えない。
 ネズは気持ちを切り替え、マリィとオービュロンにバトルサブウェイの説明をした。彼女達は一瞬驚いたものの、すぐに説明の内容を理解した。



「今のダンデさんみたいな役割を担っている人、ってことだよね?アニキ」
「そうですね。それが一番分かりやすいと思います」
「そんなに凄い人なんだね…。でも、なんだってこんな場所に来たの?お兄さんとはぐれたと?」
「はぐれた。というか…いなく、なっちゃった」
「……"いなくなった"だと?」



 クダリは冷静さを取り戻したのか、ぽつぽつとここに来た理由を話し始めた。
 自分達はライモンシティのギアステーションで、ノボリと一緒に挑戦者を待っていたこと。その挑戦者が、探してほしいトウコとメイだということ。怪しい駅員に襲われたこと。その駅員の攻撃をノボリが庇い、身体が冷たくなったこと。そして……トウコとメイは、駅員に攫われてしまったということ。ノボリもまた、倒れた場所から消えていたということ。
 事実を淡々と話す。おおよそ普通では想像もできない、突拍子もない出来事だった。



「ぼく、いつの間にか気絶してた。気付いたら、この街の端っこに倒れてた。街を探せば3人が見つかるかも、と思ったけど。分からない場所でぼくが迷ったら駄目だと思って街の人にここを聞いた」
「……そうか。やはり俺の予測は正しかったというわけだな…」
「ここに来れば、悩みが解決するかもしれないと言われた。だから来た」
「そうだったんですね…。でも、ここは何でも屋でもなんでもねぇんですが」



 見知らぬ街で単独行動を起こし、自分まで行方不明になってはいけない。その思いから城下町の住民に話を聞き、クダリは議事堂まで走って来たのだった。
 彼が話し終えるのを待って、大典太はぽつりと零した。しかも、ガラル地方が終末の世界に混ぜられるまでの背景とよく似ている。議事堂として依頼を受けることは出来ないが、自分達の本題にかなり近い場所に、彼らもいるのではないかと大典太は思っていた。
 ネズの冷静な切り返しにオービュロンはたじろぐ。彼はクダリの涙を見て、彼を助けてあげたいという気持ちが強まっていた。



「待ってクダサイ!ソウ斬り捨てるノハ駄目デスヨッ!泣いてイル人を放ってはオケマセン!」
「オービュロンちゃん。アタシも本当にそう思うわ。でもね?議事堂として…リレイン城下町としては、クダリちゃんのお願いは少し考えなきゃならないの。ここはあくまでも、街の管理や運営を取り仕切る施設。何でもかんでも依頼を受理していたら、街がパンクしてしまう。ごめんね、それだけはなんとしても避けなければならないの」
「ウゥ…」
「あたしもクダリさん、助けてあげたい。何とかならんと?!」
「そうは、言われましても…」
「…………」



 ネズの言葉に続けて、ラルゴは優しくオービュロンを諭した。何でもかんでも引き受けていたら街がオーバーフローを起こしてしまう、と。ただでさえこの城下町は発展途上なのだ。ここで管理する側が個人の感情にかまけてしまえば、その後悪い方向に街が向かった時に立て直しが不可能になってしまう。
 しかし、クダリが本気で3人を探してほしい気持ちも本物だった。どうにかして助けたいとマリィもネズを説得しにかかる。そんな彼らの様子を見て、大典太は静かに口を開いた。



「……町長。3人の捜索、俺に―――いや、俺達に任せてくれないか」
「光世ちゃん?」
「……こいつの言葉に引っかかるものがあった。もしかしたら、ネズに起きた件…ガラル地方が巻き込まれた件と共通することがあるかもしれない」
「アニキに起きたこと…。そういえば、さっき"クダリさんのお兄さんが何かからクダリさんを庇った"、とか言っとったよね。お兄さんの身体が冷たくなったって」
「成程?確かにそこは共通しますね。なら…おれ達も光世を手伝った方がいいかもしれません」
「本当?本当に、ノボリ達を一緒に探してくれるの?」
「―――分かったわ。じゃあ、今回の件はアナタ達に一任するわ。アタシの力が必要になったら言って。出来る範囲でだけど、お手伝いするわ」
「……あぁ」



 ノボリ達の捜索を引き受ける決意をした。ガラル地方で起きたことと似ているのもあるが、大典太も兄弟刀のいる身だ。ここまで本気で泣かれては心が動かない訳が無かった。
 それを伝えると、クダリの瞳に光が宿ったような気がした。希望のひとかけらをやっと見つけた。そんな表情だった。
 ラルゴは大典太の手をぎゅっと握り、困ったことがあれば自分を頼れと真っすぐ見つめて言った。そして、自分の仕事をしに町長室まで戻ったのだった。



「さて。手伝うとは言いましたが…おれ、あんたの兄についての情報しか分からないんですよね。探してほしい残りの2人…トウコと、メイ、でしたっけ。特徴を教えてもらえますか?」
「うん。トウコはポニーテール。白い帽子を被ってる。ぼくとは違うデザイン。照れ屋で恥ずかしがり屋。メイは、お団子頭。すっごく元気。それと、イッシュの新チャンピオン」
「チャンピオン?!ユウリと同じだ」
「ユウリが攫われた件といい、なんでこんなに強者ばかりが狙われるんでしょうね…」
「彼女達を攫った犯人にも共通する特徴がアルのかもシレマセン!」
「……単独犯なのか、そうではないのか。調べる必要がありそうだが…。だが、まずは3人の捜索が最優先だ。犯人についても調べれば自ずと分かってくるだろう」
「外見的特徴は分かりマシタが、コレカラドウスルノデスカ?探すと決まったトハイエ、アテも無く探索をスルノハ無謀とイウモノデス」



 オービュロンの言ったことは最もだった。クダリから捜索する人物の特徴を聞けたとはいえ、この終末の世界は広い。少しずつ城下町の活気が賑わい、大陸の様子も少しずつ分かるようになってきたとはいえ、目星も付けずがむしゃらに探すのはいくら体力があっても足りなかった。
 大典太は少し考え、先程自分で口にした言葉を思い返す。ユウリの拉致にはアンラが関わっている。ならば、サクヤに聞けば何か目星がつくのではないかと思いついた。
 彼はスマホロトムにサクヤに連絡するように指示する。背後でそれに気付いたのか、ネズはマリィとクダリの目線をこちらに向けることにした。サクヤのことは今話さない方がいいと判断しての行動だった。
 もう少しでサクヤが通信に応じる。その矢先だった。



「―――誰か、来ますね」



 ふと、ネズがそんなことを言った。同時にエントランスに2つの人影が見えた。1つはネズもマリィも知っている、シュートシティに滞在している人物だった。



「来てるのカブさんだよね?」
「何しに来たんですかね…。こことシュートシティって結構距離ありますよ」
「ジョギング?」
「じょぎんぐをスルヨウナ距離デハ無いと思いマス!」



 1つはカブで間違いない。ポケモンを鍛え、特訓をするのが日課だという彼ならばこの距離をジョギングしてもおかしくはないと考えたのだったが…。見えてきた"もう1つの人影"が問題だった。
 その人物が明らかになって来た瞬間、クダリが小さく口から零す。






『ノボリ…?』






 兄が見つかった。そう判断したクダリの行動は早かった。ネズの静止も振り切り、現れた黒い車掌に向かって全速力で走った。
 自分と似た男が目の前に現れたことで、黒い制帽を被った男は驚いている。隣にいたカブも、その行動に目を丸くしていた。
 クダリは自分の兄であろう人物の肩を揺らし、見つかったことの喜びを口に出した。



「ノボリ!ノボリ!!どこ行ってたの!!ぼくすっごく心配した!!」
「……あの…」
「ねえ!!なんでそんなボロボロなの?!どこか怪我した?!どうして髭、生えてるの?!」
「……え、えっと…」



 必死にノボリに向かって話しかけるクダリ。しかし、ノボリであろう人物は訳が分からないというような顔をしている。ネズはそれが不思議でならなかった。
 彼らは兄弟―――しかも双子。クダリの様子から、普段から相当仲がいいであろうということは簡単に推察できた。しかし、クダリはともかくノボリの様子が明らかにおかしかった。



「双子にしちゃあ随分と雰囲気が違いやがりませんか?クダリの様子からして、仲が悪いなんて絶対に考えられません」
「……それに。双子にしては…随分と歳が離れているように俺には見える…」
「同感ですね。あの2人…一回り…いや、最悪二回りくらいは年齢の差があるようにおれにも見えます」



 背後で耳打ちをしあうネズと大典太をよそに、クダリはノボリに声をかけ続けていた。
 本当に心配した、と。身体の調子は大丈夫か、と。しかし―――ノボリは言った。



「申し訳ございません。失礼を承知で申し上げますが……」









































『どちらさま、でしょうか?』




 クダリを再び絶望に突き落とすには、あまりにも簡単すぎる言葉だった。

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.76 )
日時: 2022/04/05 22:05
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 突きつけられたその言葉にクダリは言葉を失う。一瞬光が差し込んだ目からは、再び涙が零れていた。
 芽生えた恐怖心からなのか、思わず彼は目の前の男から手を離してしまう。当のノボリであろう男は、目の前で自分と瓜二つな人物が泣き出したことにおろおろとしていた。
 折角また会えたのに。ずっと探していたのに。こんな結末だなんて。クダリの心には闇が差し込んでいた。

 様子を見ていたネズは、隣で同じように固まっているカブに事情を聴くことにした。クダリに気付かれないように忍び足で動き、カブの元へ近付く。そして、彼に耳打ちをしてソファの方へ移動させた。



「カブさん。どういうことなんですか。彼は一体何なんですか」
「ぼくも詳しくは分からないんだよ。今朝、ポケモンくん達とシュートシティをジョギングしていたんだ。走っていたら、道路のど真ん中に彼が立っていてね。随分とぼーっとしていたから、最初はダンデくんのところに連れて行こうとしていたんだ。
 でも、彼の目線がこの街を離さなかった。もしかしたら、この城下町に思い入れのある人物かもしれないと思って一緒に来たんだよ」
「でも、この城下町はイッシュ地方にないよ。なんで見つめてたんだろう…」
「とにもかくにも、あのノボリに事情を聞かないといけませんね。クダリもまたパニックになっちまってますし」



 カブに事情を聞いたところ、このノボリがシュートシティで立ち止まっていた為この街に連れてきたのだと答えた。しかし、リレイン王国という場所はイッシュ地方に存在しないのはこの場にいる全員が分かっている。
 ならば、どうしてあのノボリはこの街を見ていたのか。話を聞かねばならないと思い、2人もソファの場所まで誘導した。クダリが落ち着くのを待った後、大典太は彼と瓜二つの男に尋ねることにした。



「……確認させてもらうぞ。あんた、"ノボリ"という名前で間違いないのか?」
「確かにわたくしは"ノボリ"と申します。シンジュ団のキャプテンを務めております」
「シンジュ団…?あれ?ノボリさんって"サブウェイマスター"なんじゃ…」
「シンジュ団なんて知らない。ノボリは、サブウェイマスター。ぼくとおんなじ」
「端カラお話が食い違ってイマスネ…」



 確かに彼ははっきりと"ノボリ"と言った。しかし、サブウェイマスターとは答えなかった。
 彼が発したシンジュ団とは何なのか。覚えがあるかクダリに尋ねるも、彼は首をぶんぶんと横に振る。かつてイッシュ地方で悪事を働いた"プラズマ団"という組織がいたことは覚えているが、シンジュ団という組織など露も知らない。
 話を聞いて、改めてノボリを見てみる。近くで見たからなのだろうか。クダリと比べ、明らかに歳を取っているのがはっきりした。目元には隈のようなものも見え、顎には髭も生えている。ピンと背を伸ばして立っていたクダリと比べ、彼は猫背気味だったことも違う。ボロボロの黒いコートの下に着ている、薄紫色のパーカーについてもクダリは"見たことがないもの"と答えた。

 ふと、淡々と質問に答えていたノボリが俯いた表情で口を開いた。恐らく、目の前の白い彼に言わなくてはならないと判断しての言葉だった。



「申し訳ございません。恐らく…わたくしはクダリさまと関係があった存在なのだと思います。しかし…わたくしは自分に関する事柄をなにも覚えておりません。記憶を…失っているようなのです」
「そんな」
「妙に会話が嚙み合わないのはそれが原因だったんですか。姿かたちが瓜二つなら、顔を見れば何か記憶に刺激が入って思い出せるもんだと思っているんですが…。見た限り、そうには見えません」
「サブウェイマスターのコートもボロボロ。ノボリ、ものを大切にする。酷い目に遭ったの?」
「これは…。長年、野生のポケモンに囲まれてお世話をしていますと、いくら頑丈なコートでもほつれや破れが目立つようになります。記憶を失いヒスイ地方で目を覚ましてから…何年程経ったのでしょうか。それも、覚えていないのです」
「うーん…。お互いに食い違ってんですよねぇ…」



 クダリが語ってくれた情報と、ノボリの口から出る言葉。その中身のどれもが食い違っていた。しかし、ネズは昔彼らに会ったことがある。クダリが"双子だと嘘をついている"可能性は0だと確信している。
 ならば何故こんなにも会話が食い違うのか。まずはそこを紐解いていかねばならない。大典太も首を傾げており、今後の対応に悩んでいるようだった。

 そんな彼らの耳に、静かなテノールの音が聞こえてきた。



「当たり前だ。彼は、そこにいる"白い車掌が知っているノボリ"ではないからだよ」
「…………!」



 大典太はその声に聞き覚えがあった。声の方向を向いてみると、こちらに向かって歩いて来るアシッドの姿があった。
 まさかの姿に目を見開く大典太。その反応に、アシッドは少しだけ眉を潜めた。自分が何を司る神か忘れたか、と彼の目の前に立ちはっきりと告げる。



「……あんた、どうしてここに?」
「本来ならば、Mr.ラルゴと我が会社が開発している新商品について話し合いをしたかったんだが…。その前にこっちの手助けをしてやれと協力を頼まれてね。調べてみたら、時空の迷い人の気配が2つもある。ただ事じゃないと思って急いでここまで来たんだよ」
「時空の迷い人、デスカ?」
「あぁ。本来いるべき時空とは違う時間に飛ばされてしまった人間のことを差すのさ。元々、この終末の世界が…沢山の異世界を吸収し、1つの世界として混ざっているのは知っているね?」
「一度巻き込まれたから知っとるよ」
「だが、混ぜられる"時間"についてはほぼ同じ時間帯の世界が混ぜられる。つまり、"過去と未来が1つになる"ことは絶対にないのさ」
「……あんたが言いたいのはこうか。このノボリが"時空の迷い人"だと」
「ご名答。そもそもの時間が違うから、互いを認識してなくても変ではないのだよ。記憶喪失については…私も分かりかねるところではあるのだが」



 どうやらアシッドはラルゴに頼まれて、"時空の迷い人"である2人の人物について調べていたらしい。恐らく、そのうちの1人がこのノボリであろうということも推察していた。
 ―――しかし。ならば、クダリが探しているであろう"現代のノボリ"は何処にいるのだろうか。ネズが尋ねると、アシッドは目を伏せながら口を開いた。



「彼が何らかの原因で現代に来てしまったせいで、少々面倒なことになっているんだ」
「面倒なこと?」
「基本的に、同じ人間は同じ時代に降り立つことは出来ない。お互いを認識してしまい、タイムパラドックスを起こすのを防ぐ為にね」
「……前にもあったな」
「光世、覚えがあるんです?」
「……あぁ。幽霊という存在ではあるが、一度別の世界の存在が現れたことがあってな。それを思い出していた…」



 アシッドの説明を聞きながら、大典太はMZDが一度行方不明になった事件を思い返していた。確かにあの時も、この世界のミミとニャミ、そして異世界のミミとニャミが邂逅していた筈だ。最も、彼女達は道化師の力を得て"この世の存在ではない"ものになっていたからこそ、邂逅が出来てしまっていたのだが。ネズの問いに、彼は言葉を濁しながら答えた。
 そして、それまで静かに聞いていたノボリが黙って深く頷いた。彼の話が納得できたようだった。



「つまり。わたくしがこの時代に存在してしまっているせいで、クダリさまの探しておられる"ノボリ"は永遠にこの世界に現れることはない…。そう、あなたさまは仰りたいのですね?」
「その通りだとも」
「ノボリ…」



 ノボリは真っすぐアシッドの方向を向いていた。クダリの覚えている彼もそうだった。話をする時は、必ず相手を真っすぐと見る。そして、自分が原因であろうとも回り道をせず、ストレートな物言いをした。
 姿形は老けてしまっても、心までは変わっていない。そのことに酷く安心したと同時に、ノボリが考えていることも何となく透けてしまいクダリは俯いた。ノボリは、自分よりも他人を優先する。どんなに自分が酷い目に遭っても、その時やれることを探して周りの為に動くことができる。そういう人間なのだ。クダリはそのことをよく知っていた。



「……で、"時空の迷い人"とやらが分かったことで。あんたは何をしに来たんだ?」
「そう急かすなMr.オオデンタ。私の役目は運命を操作すること。少し運命を捻じ曲げるならまだしも、神自らが操作するなど普通なら"禁忌"とされている力だ。普段ならこんなことは御免被るが、今回は異常事態だ。何せ時空が関係してしまっているのだからな。
 私は…君。Mr.ノボリと…もう1人の時空の迷い人を"飛ばされた元の時代に戻す"為にここに来た」
「つまり。ノボリをイッシュ地方に帰してくれるの?」
「……覚えていれば、な」
「…………」



 アシッドの正体は運命の神"アリアンロッド"である。人間の運命を簡単に捻じ曲げられる、とても大きな力を持つ高位の神。しかし、人間自らが迫りくる運命に立ち向かい、必要あらば捻じ曲げることを誇りと思っている彼には、自分自身が人間の運命を変えてしまうことはご法度だと結論をつけていた。
 しかし、今回ばかりはそうも言ってられない。自分の力で無ければ彼らを元の居場所に戻してはやれない。そう判断し、大典太達に力を貸すことを決意したのだという。

 その言葉にクダリは"ノボリをイッシュ地方に帰してくれるのか"と尋ねた。もし彼が自分の生きている時代より未来から来たのならば、未来のイッシュ地方に帰ればいいと思いついたのである。しかし、アシッドは渋い顔をして答えを返す。その言葉に、クダリは押し黙るしかなかった。



「クダリさま。いいのですよ。わたくしのことをお気になさらないでも…」
「心配!すっごく心配!ノボリ、すっごくボロボロ。心はボロボロじゃないってさっき分かったけど。それでも、ぼくきみのこと放っておけない」
「優しいのでございますね。クダリさまは」
「やっぱり、覚えてないんだね」
「……申し訳ございません」
「ううん。思い出せないなら仕方ない。今のはぼくのわがままだから」



 自分に向ける仕草や表情は自分の知っている兄と全く変わっていないのに。"クダリさま"と呼ぶ彼に、どことなく虚しさをクダリは覚えていた。
 そんなやり取りを見守る中、オービュロンがふと疑問を浮かべる。"時空の迷い人"は2人いると言った。1人はノボリと判明したが、もう1人は何処にいるのだろうか。



「アノ…。あしっどサン。のぼりサンの他に、"時空の迷い人"トヤラがイルのデシタヨネ?今何処にイルンデスカ?」
「もう1人か。人物の詳細は掴めていないが、場所はある程度分かっている。だが…私には立ち入り出来ない場所で困っているんだ。向こうから動いてくれるのを待つしかない」
「勿体ぶらずに教えてくださいよ。どこなんです?」



 一同に場所を迫られるアシッド。その声を聞き、彼は黙って床を向いた。








「我々が今立っている土地の地下深く―――。"魔界"に、迷い込んでしまっているよ」

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.77 )
日時: 2022/04/06 22:08
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 人間が住まう世界の地下深く―――。生きる者は、その土地を"魔界"と呼んでいた。
 悪魔や魔族、幽霊など人間ではない、幽世の存在が住まう土地である。この魔界と呼ばれる世界と、雲の上に浮かぶ空の世界―――"天界"と呼ばれる世界は、地上とは違い1つの世界が繋がっている。故に、様々な種族の存在が一堂に会することだって普通にあり得る場所なのだ。

 そんな魔界の通路を、マゼンタの髪を揺らしながら1人の男が歩いていた。彼の名は"ヴィルヘルム"。高名な魔族の1人であり、音を司る神である"MZD"が率いる世界の管理者集団の一員としても活動している。過去に色々あったのだが、そこは以前の物語を紐解いてもらいたい。
 彼は整った顔を歪ませ、不満そうに大股歩きをしている。自分の待遇に納得がいっていないという表情だった。



「全く。ここ最近忙しかったからとはいえ、Masters全員に無理やり休暇を取らせることもなかろうに。KACも終わってこれからだという時に、だぞ。私は働く気満々だったのに…」



 どうやら管理者集団の総長であるMZDが、忙しかったから休めと強制的に休暇を取らせたことに不満を持っていたようだった。確かに最近は現世で色々とあった。だからこその休みだと彼は強調して言っていたが、その間の仕事は全て彼が背負うこともお見通しだったのだ。
 何のための管理者集団なのか。今一度あの子供姿の神に叩き込む必要がありそうだな、とヴィルヘルムは内心思っていた。



「それにしても。ミサとはいえ、流石に人通りが多いな…。早く城に戻らねば。下手に目立てば後々面倒だ」



 魔界では本日、定期的なミサが開催されていた。現在はその帰りのようで、道路は人でごった返していた。もう少し歩けば、彼の城がある森へと辿り着けるのだが…。もしかしたら道中顔見知りと鉢合わせて時間を無駄にしてしまうかもしれない。今の彼には、知り合いと話をする元気は残っていなかったのである。
 もっと増える前にさっさと城に戻ろうとヴィルヘルムは歩く速度を早めた。そして、森の近くの墓地に差し掛かったところで―――。気になる存在が目線の先に見えた。



「(……ん?)」



 墓地の中で項垂れているポケモンの姿があった。ヴィルヘルムはその姿に覚えがあった。しかし…前に会話した時よりも、ずっと炎が小さいことに気付く。紫の炎を揺らしているシャンデリアのようなポケモン。"シャンデラ"である。
 以前交流を持ったシャンデラは、マスターハンドの手持ちとして数えられていた筈である。魔界に来るような用事もない。現在でも、ファイターが放つ炎を養分に自分なりに楽しんでいるのだろうとヴィルヘルムは推測していた。
 しかし、目の前に見えているシャンデラはそうではなかった。寂しそうに俯きながら、暗闇を見続けている。あの先に広がっているのは、木々が生い茂る森…。魔界では"黒い森"と呼ばれ、子供が迷い込めば攫われると噂されているほどに広く、深い森である。ヴィルヘルムの城は、その森の奥深くに鎮座していた。

 シャンデラが気になったヴィルヘルムは、一人墓地への道を進みポケモンの隣へとそっと立ち止まる。そして、静かに語りかけた。



「この先は森が続いている…。君のようなほのおのポケモンが入れば、燃えてしまうかもしれんな」
「―――?!」



 急に隣から声をかけられ、シャンデラは驚いて一歩下がった。しかし、敵意がないことにすぐに気付き警戒を解く。そして、なおもまた森を見続けている。
 この先に誰かが迷い込んだのだろうか。ヴィルヘルムは問いかけてみることにした。



「この先に、誰かがいるのか?」



 語りかけると、シャンデラは寂しそうにしゃん、と鳴いた。あながち間違ってはいないのだが、どうも確信が持てていないらしい。しかし、森の奥にあるのは自分の城だけ。例え森の中を熟知しているヴィルヘルムでさえ、迷い込んだ存在を探すのは一苦労なのである。
 しかし、会話している間にもシャンデラの炎は弱く、小さくなっている。もしかしたら、他のシャンデラとは違い"栄養が取れていないのでは"という考えにヴィルヘルムはふと行きつく。マスターハンドのシャンデラは、他人の霊力やファイターの生み出す炎を養分にして生きていると前に聞いたことがある。種族が同じなら、自分の城に連れ帰れば幾分か回復するのではないかと彼は考えた。



「……君。この森の奥に私の城がある。一緒に来てくれ」
「しゃん!しゃあん!」



 連れ帰ろうとするも、シャンデラは嫌がった。意地でもここにいたいらしい。それは明らかに、いなくなった誰かを探しているかのような仕草だった。
 しかし、ここでシャンデラを放置すればいずれ倒れるのは目に見えていた。ヴィルヘルムは意地でも彼女を連れ帰らなければならなかった。



「誰か待ち人でもいるのか?だが、ここに人間は来れない。君がどういった経緯で魔界に来たのかは知らんが、待ち人と再会する前に野垂れ死んでは意味がない。再び相まみえたいと思うのならば、私についてきなさい」
「しゃあん…」



 ヴィルヘルムの説得に、遂にシャンデラは折れた。待ち人がいるのは確かなようで、もしかしたら森に迷い込んでそのまま帰ってこれなくなった可能性がある。森の中を歩いている途中で見つかるかもしれない、と口添えすれば、シャンデラの表情が少し明るくなったような気がした。
 ならばさっさと帰路につかねばとヴィルヘルムは再び歩み始める。その後ろ姿を誰かと重ねたのか、優しい表情になりながらシャンデラはついて行った。















 ―――黒い森に入って暫くした頃だった。時折背後を確認し、シャンデラがついてきていることを確認する。珍しい存在を連れているな、と森に暮らす幽霊にちょっかいをかけられるも、同族なのか上手くやり過ごしているようだった。
 彼女の様子を見て安心すると同時に、どこか不思議な気持ちも芽生えた。シャンデラは基本、人間やポケモンの魂を養分にして生きる恐ろしいポケモンの筈である。しかし、彼女は触れ合った魂を吸い取るどころか慈しみ去っていくのを見守っていた。明らかに異常だった。



「(誰かの、手持ちなのだろうか)」



 そんな思いが芽生えるが、それ以上は城に帰ってから考えることにした。この森は本当に深い為、熟知していても気を抜けばすぐに道が分からなくなるからだ。
 ……無言で森の中を進んでいる最中のことだった。目線の先に、普通ではあり得ない光景が見えた。



「あれは…?肌が普通の人間のように見えたが…」



 何かの見間違いだと一瞬思ったが、そうではなかった。ヴィルヘルムの目線の先には、ほっかむりを被った黒髪の少女がはっきりと見えた。服装は少し古い時代の和服のように感じた。健康的な肌色をしていることから、魔族や幽霊の類ではないとすぐに確信する。
 人間は魔界に来れない筈なのに、どうしてこんなところにいるのか。もしかしたら彼女のトレーナーなのかもしれないと判断したヴィルヘルムは、白いほっかむりの少女の影に潜むように闇に溶け、少女を連れ去った。
 後ろをふよふよとついて行っていたシャンデラも彼の動きの変化に反応し、闇の中を追いかけて行った。



































「いやー!助けてくれてありがとうございました!気付いたら不気味な場所で倒れてるし、右も左も肌の色が変な人ばかりで。言葉も通じないで困っていたんです。挙句の果てには森の中に迷い込んじゃうし…」
「あの森は手練れでも迷う森だからな。それでよく生きていたな、君」
「サバイバル術には自信があるもんで」
「そこで自信をひらけかすな。私が見つけなければ一生迷っていたんだぞ」



 ―――ヴィルヘルムの城の一部屋にて、少女は彼にお礼を言った。影の中からにゅっと現れた存在をポケモンだと勘違いしたらしく、少女は思わずギガトンボールをヴィルヘルムの頭の上にぶつけていた。
 ポケモンではないと次に見えた部屋の中で気付き、彼女が謝ったところで今に至る。シャンデラにこの少女がトレーナーかと尋ねるが、シャンデラは身体を横に振った。どうやら彼女ではないらしい。



「見たことのないポケモンですね!ヒスイ地方には存在しなかったはずです」
「ヒスイ地方…?待ってくれ、今"ヒスイ地方"と言ったのか?」
「はい。ここはヒスイ地方じゃないですよね?こんなに不気味な場所、私知りませんもん」
「…………。すまない。君の名前を教えてもらえるか?」
「あぁ、助けてもらったのに自己紹介が遅れてごめんなさい!私、ショウっていいます。ギンガ団の調査隊として、今は活動しています!」
「…………」



 ショウ、と名乗った少女の言葉にヴィルヘルムは引っかかりを覚え、部屋の高い場所にある棚から古い本を一冊魔法で取り出した。本が宙に浮いたことに驚きの反応を見せるショウの様子を尻目に、彼は本の中身を漁る。取り出した本の表紙には"シンオウ地方の歴史と歩み"と書いてあった。
 ぺらぺらと数ページ開いたところでヴィルヘルムはページをめくる手を止める。そこで彼は確認の為に、ショウにもう一度尋ねた。



「ショウ殿。君が来たのはどの地方だ?」
「えっ?"ヒスイ地方"ですけど…」



 ショウの口からその言葉が零れた瞬間、ヴィルヘルムは眉を潜めた。ヒスイ地方。現在は"シンオウ地方"と呼ばれている、かの地の昔の呼び名だったからだ。具体的な年数は書かれていないものの、ざっと見て150年から200年程前の情報だと彼は確信した。

 そう。ショウは、過去からこの時代に飛んできてしまったのだ。その事実が判明した瞬間、潜められていた眉がもっと狭まった。
 終末の世界は異世界を混ぜる。しかし、今までは"時代まで影響することは無かった"筈だった。しかし、目の前にヒスイ地方から来たと正直に話す少女がいる。ここから分かることは1つ。
 終末の世界の影響が"時代を超えてしまった"という事実だった。



「なんてことだ…!」




 本をぱたりと閉じながら、ヴィルヘルムは頭を抱えたのだった。

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.78 )
日時: 2022/04/07 22:06
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 ヴィルヘルムが話の間にちらりと横目で時計を見やると、ショウを城に入れた時から小一時間ほど時間が経っていた。
 そろそろこの少女をどうするか決めねばならないと思った矢先、彼女の近くから大きな腹の鳴る音が聞こえる。思わずきょとんとしたヴィルヘルムをよそに、ショウは照れ笑いをした。



「あっ。すみません…。今朝からずっとポケモンの調査に出かけてたんです。それで、何も食べて無くて。えへへ」
「そういうことは早く言いなさい」



 どうやらショウは朝から仕事詰めで何も食べていないらしい。今の自分とは真逆だと思いつつも、ヴィルヘルムは彼女に近くにある椅子に座る様に指示した。大人しく椅子に腰かけたショウを確認した後、彼は何か持ってくると部屋を後にしたのだった。
 その間、ショウはきょろきょろと部屋の中を見やる。本が沢山詰め込まれている。どれだけの知識が眠っているのであろう。ギンガ団の本部にもこんな部屋はない筈だ。彼女の中の好奇心が疼く。しかし、今の自分は客人であることも分かっている。勝手に人の物に手を出したら怒られる事は、流石に自覚する年齢だった。

 大人しく椅子に座って待っていると、ヴィルヘルムがお盆を持って戻ってきた。上にはショートケーキの乗った皿とグラスに入ったジュースが置かれていた。
 無言で彼女の傍に再び来たヴィルヘルムは、ショウが座っている椅子の近くにケーキとジュースを置いた。甘い香りが食欲をそそる。
 ケーキなど食べるのはいつぶりだろうか。ショウの目はキラキラと輝いていた。



「すまないな。食べられるものがこれしか残っていなかった」
「いえいえ、充分です!ありがとうございます。いっただっきまーす!」



 ご厚意に甘え、フォークを持ってケーキを一口サイズに切り口の中に運んだ。ふわふわとしたスポンジとなめらかなクリーム。クリームは程よい甘さで、使われているイチゴの甘味との調和が取れているようにショウには思えた。このケーキならいくらでも食べられてしまう。一口、また一口とショウの食べる手が早まる。
 あまりの食いつきに、ヴィルヘルムも流石に狼狽えた。確かに自分が作ったものではあるが、こんなに無性にぱくぱくと食べ進める人間は珍しかったからだった。



「ヴィルヘルムさんっ!このケーキ本当に美味しいですね~!ん~、しあわせ~♪」
「喜んでもらえたようで何よりだ。しかし…君はケーキが好きなのか?随分と食べ進めるのが早いようだが」
「えっと…。好きは好きなんですけど。お腹が空いているのもあるかもしれません。それに、ケーキ自体を食べるのが久しぶりで。久しぶりに食べたなぁ、美味しいなぁって思ったら手が止まらなくて…」
「そうか。君は過去から……。ん?"久しぶりに食べた"?初めて、ではなく?」
「はい。私、ヒスイ地方に元々いた訳じゃないんです。"時空の裂け目"ってところから落ちてきて…。多分、未来から来たと思うんですけど。アルセウスに呼ばれて、過去に飛んだんだと思ってます」
「ややこしいな…。君は元々未来の人間で、ポケモンの力で過去に飛ばされた、と」



 ショウの会話から、彼女はもっとややこしいことになっているとヴィルヘルムは結論をつけた。彼女はヒスイ地方出身ではなく、元々は未来からやってきた存在だということなのだ。
 ならば、今後取るべき選択肢の幅が増えてしまう。最初はヒスイ地方の元いた場所に戻せばいいと考えていたのだが、彼女に"本来の帰る場所"があるのであれば、そちらに帰した方が彼女の為にもいいのではないかとも思い始めていた。

 ショウがケーキをぺろっと平らげてしまった裏で、ヴィルヘルムはシャンデラの様子も見ることにした。シャンデラには城に残っている霊力を少し分けることに決めていた。人間の魂とは少し違うが、幽世に連なる存在であれば養分として吸収できるはずだと思っての行動だった。
 シャンデラは、最初に会った時よりは炎が少し大きくなっていた。これなら、彼女が飢え死にすることは無いだろう。
 ショウもその様子を見ていたようで、ヴィルヘルムに語りかける。



「シャンデラ?ってポケモンなんですよね。この子、ゴーストタイプなんですか?」
「そうだが。なんだ、気になるのか?」
「気になる、というか…。私がヒスイ地方で出会ったゴーストタイプのポケモンは、みんな気性が荒い子ばかりなんです。でも、この子凄い大人しいじゃないですか。ヴィルヘルムさんに魂みたいなのを分けてもらった時も、なんか遠慮がちでしたし…。特殊な個体なのかな?それとも、シャンデラ自体が大人しいゴーストポケモンだったりするのかな?」
「いや?シャンデラというか…ヒトモシ系統は皆人の魂を吸う恐ろしいポケモンだと図鑑にも載っているぞ。私も知り合いにそう教えてもらったからな。だから…驚いているのだ。こんなにも大人しいシャンデラは実に珍しい」
「もしかしたら、この子のトレーナーさんが凄く良い人なのかもしれません。もしくはとんでもなくポケモン勝負が強い人とか!勝負が強い人って、ポケモンに対しても、慈しむ、というか…とっても大切に思う人が多いんですよ!」
「誰かの手持ちだったことは間違いないとは思うが…。何故魔界に姿を現したのか分からん。魔族や悪魔はポケモンなど普通は持たぬからな」



 2人で感想を言いつつシャンデラを見守る。彼女は現在も遠慮がちに霊力を吸っていた。このことから、誰かの手持ちであったことは確実だと2人の中で結論がついていた。
 しかし、魔界にいない可能性が高い以上探すとしても範囲が広すぎる。シャンデラの記憶を頼りに、地上を探す必要がありそうだとヴィルヘルムは思索した。

 そんな中、扉がガチャリと開けられる音が聞こえる。連絡も無しに自分の城に勝手に入ってくる存在など1人しかいない。部下であるジャックはそもそも城に寄り付かない。
 振り向いてみると、城には似つかわない帽子をかぶった、サングラスをかけた茶髪の少年が立っていた。物珍しそうにショウを見ている。ショウはその特徴的なもみあげを見て、いつもは穏やかだが訓練場では容赦がないとあるキャプテンを思い浮かべていた。



「よーっす。ヴィルがちゃんと休んでるか確認に来ましたー」
「アポも無しに勝手に入るなMZD。仕事の類は入れていない」
「なら良かったけど…あらら。また珍しいモン引き入れてんじゃん。コレクションにするの?」
「え?コレクション?」
「ここにいるってことは、魂が綺麗な子なんでしょ?こいつ、魂集めが趣味なの。しかも綺麗な奴限定。人間がこんなとこにいるってことは、オレそうとしか考えられないんだよね~」
「ここから追い出されたくなければその口を閉じろMZD。この世界に巻き込まれてから軽口が過ぎるぞ」
「えーっ。事実言っただけじゃーん?」
「わ、私…魂吸い取られちゃうんですか?!」
「しゃん?!」
「しているならもうとっくに君の魂は貰い受けているぞ。そんなことはしない。変な考えを起こすな。……シャンデラも」
「でらっしゃん」



 "MZD"と呼ばれた少年は、どうやらヴィルヘルムと知り合いらしかった。冗談なのか冗談じゃないのか分からない話を目の前でされ、挙句の果てには魂を吸い取られると言われてしまった。いくら生存本能が高いショウでも魂を吸い取られるのだけは真っ平御免である。ヒスイ地方で何度もゴーストタイプのポケモンに襲われ、魂を取られかけ死にかけたことが何回もあった。
 その言葉にはシャンデラも驚いたようで、ショウとMZDの間に遮るように立った。少年を威嚇するように目つきを悪くしていた。反応を見て、彼女はトレーナーによく育てられている"賢い子"だとヴィルヘルムは判断した。



「冗談だって!本気にしないでよ。今のヴィルが易々と他人の魂集めるような奴じゃないのはオレが一番良く分かってるし。てかコレクションすればオレの寿命減るし」
「程々にしてくれ…。お前の冗談のせいでどれだけ私が尻拭いをしてきたか分かっているのか!」
「あの、ヴィルヘルムさん。この子は…」
「オレ?この世界では"MZD"って呼ばれてる。ポップンワールドを納めている神様でーす。音とか音楽を司る神様…って言えば分かりやすいかな。世界の管理してる集団の総長なんかもやってるよ」
「神様…アルセウス?!この子が?!」
「わぁ。久しぶりの反応でちょっと新鮮なんだけど。でも、アルセウスとはちょーっと違うね。あいつは神の分身だけど、オレは本物の神様だからね」
「は…はぁ…」



 MZDが自己紹介をすると、ショウは目を見開いて驚いた。そんな反応をされたのはいつ以来だろうか。"フレンドリーな神様"を目指してきた弊害なのか、最近は自分が神と言っても当たり前に受け入れられたり、冗談だと真に受けられなかったりと様々な反応を見てきたつもりだった。
 そんな中での素直な驚愕。MZDは久しぶりの反応に嬉しそうに返すも、アルセウスとは違う存在であることを正直に話した。そして、彼はこう続ける。



「次はオレから質問していい?お前さん…故郷、ヒスイ地方じゃないんでしょ?」
「はい。元居た時代は覚えてないんですが…」
「かけらも?」
「もやもやして…何も覚えてないんです。自分のいた時代であったことは断片的に覚えてるんですけど、家族のこととか。どこに住んでたとか。自分のことは全く思い出せないんです」
「記憶障害なのか…」
「そっか。分かった、教えてくれてサンキュね」



 ショウの話を聞いて、彼女に聞こえないようにMZDはヴィルヘルムに耳打ちをした。彼女に聞かれたくない話だったからだ。



「記憶喪失だって。大方アルセウスに面倒な気持ち持たされないように、って記憶を一部弄られたんでしょ」
「何故そんなことを?」
「目的を果たす前に帰りたがられたらどうすんの?ショウはねぇ、多く見積もっても恐らく15歳。まだ充分親の庇護が必要な年齢だよ?まだ子供なの。何がどうしてあの子を過去に連れて行ったんだかは知らないけどさ。
 しっかりした思い出があればあるほど、人間って帰りたがるもんだよ。お母さんに会いたい、家に帰りたい、ってさ。未来から来たってことは覚えてても、家族のこととか"ショウに一番必要な記憶"がごっそり抜けてんの。ってことは、アルセウスがショウを"未来に帰したくない"って思ってる最大の要因ってことっしょ」
「…………。だから神は嫌いなんだ。身勝手で、自分勝手で、我儘で。自らの思い通りに行くように人間を操り誘導する…」



 ショウの記憶喪失の原因は、恐らくアルセウスの仕業だとMZDは持論を述べた。アルセウスがショウをヒスイ地方に連れて行ったのであれば、"連れて行った理由"が存在するはず。その目的を果たす前に、うら若き女の子に帰りたがられてはアルセウスもたまったものではない。だから、彼女の大事な記憶"だけ"を消し、帰る気持ちすら浮かばないようにしているのだと。
 MZDの考えを聞いて、ヴィルヘルムは虚空を睨んだ。彼は神が大嫌いだった。神々のせいで、自分も。隣にいる大事な友も。散々な目に遭ったのを知っているからだった。

 そんな彼らが小さく会話をしている様子を、ショウは不思議そうに見つめていた。何を話しているのだろうと思わず声を出す。



「あの。どうしたんですか?急にこそこそして…。あっ。まさか私の魂を『貰わない。勘違いするな』」
「こちらの話だ、何でもない。すまないな。……まだもう少し時間がある。ケーキのおかわりはいるか?」
「いいんですか?」
「いいんじゃない?ヴィルがここまで上機嫌なの珍しいし。お言葉に甘えてけば?あ、オレにもケーキちょうだい!」
「お前の分はさっきこの子が美味しく平らげた。お前の分はないな」
「え~っ!一切れくれいいいじゃんかよケチ~!」
「冗談だ。飲み物もおかわりを持って来よう。少し待っていてくれ」
「あはは、ならいただきます!ヒスイ地方って洋菓子がないので、食べれるうちに食べとかないと!」
「ちゃっかりしてんなぁ」



 ショウの返答を聞いて、ヴィルヘルムは空になった皿とグラスをお盆に置いて再び部屋を去った。その間、ショウは近くにあった本に手を出してみることにした。MZDも、彼女が手にした本について追及はしなかった。
 適当に1冊開いてぱらぱらとめくってみる。本には、"イッシュ地方の観光名所"と表題がついていた。

 興味深そうに本を読むショウを見守りながら、MZDは意識を集中させていた。実はアシッドと同様に、MZDも"時空の迷い人"についての情報を得ていたのだ。
 アシッドが動き出していることについても勘付いており、どうにかして彼女を地上に届けなければならないとも思っていた。迷い人がいるのならば、元の時空へ帰してやらねば歴史がおかしくなってしまう。それだけは、絶対に阻止しなければならなかった。



「(時空超えてきちまった奴がもう1人…。ショウの関係者、なのかな?とにかく、ヴィルが戻ってきたらショウを地上に連れて行かないと。どうやってヴィル説得するかな…)」




 写真を見ながら楽しそうに笑みを浮かべるショウと、一緒に冊子を見ているシャンデラを再び見守りながら、MZDはそんなことを思ったのだそうな。

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.79 )
日時: 2022/04/08 23:14
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 ―――時は地上、議事堂の話にまで戻る。
 現在、エントランスでは次のステップに話が進んでいた。ノボリの他にいる、魔界にいるという"もう1人の迷い人"のことについてだ。誰だか分かっていた方が話が進めやすいとノボリに似たような経験をした人物はいないかを訪ねる。彼はしっかりと覚えていた。時空の裂け目から現れたという、あの少女を。



「恐らく…。その"魔界"とやらに迷い込んでおられるのは"ショウさま"だと思われます」
「ショウ?」
「はい。ヒスイ地方の"コトブキムラ"という場所を拠点として活動しておられます、ギンガ団調査隊の一員です。彼女もまた、時空の裂け目から落ちてきた違う時代から来訪なされた人間です」
「……ポケモンの世界って、簡単に時空を超えられるものなのか?」
「そんなわけないでしょう。そんな話アローラ地方でしか聞いたことありませんよ。……いや、前にホウエン地方で誰か唐突に行方不明になったとか噂をカブさんから聞いたような…」
「アニキ!この期に及んで不穏なこと口にしないで!」
「だが、Mr.ノボリの話を聞いて腑に落ちたよ。ヒスイ地方には"時空の歪み"という謎の現象も起きているのだったな?」
「左様でございます。歪みの中には珍しいポケモンも生息しておられますので、わたくしも現在は時折ショウさまの調査にご同行させていただき、ポケモンの育成や捕獲に勤しんでいるのですよ」



 ノボリの話を聞いてアシッドは納得した。現在魔界にいるショウと、地上にいるノボリ。2人共、一度"時空を転移している"経験者だということが共通している。
 ならば、時が歪む現象に終末の世界の力が作用し、世界が混ざった際に時を超えてしまってもおかしくはないと彼は持論を述べた。



「……過去に一度時空を超えたことがある者が、また時空を転移してしまったということか」
「その可能性が一番高い。今回の場合は、終末の世界の現象だけではなく"時空の歪み"とやらも関わっていそうだがな」
「そういえば…たった今思い出しました。本日は今朝から、わたくしショウさまの調査に同行していたのです。その時に…時空の歪みが発生し、共に突入をした筈です」
「成程。時空の歪みに入っている間に、ヒスイ地方がこの世界に混ぜられちまった。そのせいで、この時代に来ちまったという訳ですかね」
「そう考えるのが一番確実だろう。私も時空の歪みについては知らん単語なのでな。次会う時までに何なのかを煮詰めてくるつもりだ。
 それはともかく。どうにかして2人を元の時代に戻してやりたいが―――。私が戻せるのは"記憶にあるもの"だけだ。Mr.ノボリが元々いた世界の記憶が存在していない以上、彼が元々いた世界には戻してやれない。勿論、Ms.ショウに関してもだ。彼女も、推測するにどこから来たのか分からないんだろう?」
「はっきりとしたお答えは聞けておりませんが…恐らくは。わたくしと同じく、故郷に纏わる記憶を失っているように思えます」
「覚えてないなら、帰れない。当たり前」
「くだりサン…」



 ノボリが今話した事実は、ショウは自分以外には話していないことだと付け足した。
 ショウはあまり自分の見の内を相手に話したがらない。ノボリに自分が記憶喪失だということを教えてくれたのは、恐らく同じ境遇だったことからなのだろう。ヒスイ地方とは違う時代から来た存在。たったそれだけの事実でも、どこかひとりぼっちだったショウは安心を覚えたのではないだろうか。
 ショウもノボリも、故郷の記憶が無いのならば故郷には帰れない。しかし、この時代にいれば"クダリの知っているノボリ"が永遠にどこかを彷徨い続ける結果となってしまう。それは、ヒスイ地方に飛ばされたノボリと同じ境遇になってしまうことを示していた。
 ノボリは目を伏せ、少し考える。そして―――真っすぐアシッドを見つめ、彼に頼んだ。



「記憶にある場所ならば、戻していただけると仰いましたね?」
「あぁ。だから、君の故郷には帰れない」
「……わたくしを、"ヒスイ地方"に戻してはいただけませんでしょうか?」
「えっ?」
「今のわたくしは、シンジュ団のキャプテンでございます。わたくしは…まだ、ヒスイ地方でやらなければならないことが残っております。ですから…。ヒスイ地方への帰還を、希望いたします」



 ノボリは"ヒスイ地方に自分を戻してくれ"と強く言った。銀色の瞳が真っすぐアシッドを射貫く。イッシュ地方の記憶は無いが、ヒスイ地方で助けられ今の自分がある。だからこそ、まだやるべきことがあるのに投げ出してはいけないとノボリは思っていた。
 アシッドも同じ考えだったようで、ヒスイ地方になら戻せるとはっきりと言った。その言葉を受け、ノボリは安心したように微笑む。"今の"自分が帰る場所はそこなのだと。微笑みが示していた。

 しかし。その言葉に待ったをかける者がいた。隣にいたクダリは、拳を強く握りしめノボリを見る。その瞳には再び涙が滲んでいた。



「ノボリは、本当にそれでいいの」
「どういうことでしょう?わたくしがヒスイ地方に戻れば、あなたさまが探している"ノボリ"もこの時代に現れる可能性が高くなります。あなたさまにとっても良いことだと思うのですが…」
「違う。全然よくない。ヒスイ地方に帰るのはいい。ノボリが選んだことだから。でも、ぼく…今心がぎゅって痛い。なんでかわかんないけど、すっごく痛い。
 ノボリが、イッシュのこと思い出すのやめたんじゃないかって。思っちゃった。ヒスイで、死ぬんじゃないかって、思っちゃった。
 駄目なのにね。ノボリを止めちゃいけないのに。でも、辛い。辛くて涙が止まらない。ちゃんと送ってあげなきゃって思ってるのに。心がついて行かない」
「…………」



 クダリはノボリの言葉に胸が痛くなっていた。彼がヒスイ地方に帰る選択を取ったことで、イッシュ地方のことを…"本来帰るべき時代"のことを思い出すのを諦めてしまったのではないかと、一瞬頭に浮かべてしまったのだった。
 キャプテンとして、今できることをする。ノボリはまっすぐ見つめてそう言った。つまり、記憶を思い出せない限り彼は"帰る選択肢を取らない"。最悪、ヒスイ地方に骨を埋める覚悟もしているのだろう。
 クダリはそんな考えまで見据えてしまっていた。分かってしまうのだ。時代が違っても、彼らが双子なことは変わらないのだから。

 声を殺しながら涙を流すクダリを、ノボリは何も言わず優しく抱きしめた。それは、クダリの戦績が悪い時や本部に酷いことを言われ悲しい気持ちになった時に、いつもノボリがしてくれていた仕草だった。
 手袋をしなくなりささくれが目立つ、歳をとった硬い手。それでも、クダリは分かった。ノボリはいくつになっても、心根は何も変わらないのだと。



「ノボリ」
「……このまま、聞いていただけますか?」
「なに」
「確証は持てておりませんが…。わたくしの人生のレールの終着点はここではない、と思っております。勿論、ヒスイ地方でもないことも分かっております。その終着点が何処にあるのか。それが分かるまで、わたくしはキャプテンとして、バトルの先導者として、ヒスイに生きるみなさまのことを優先いたします。それが…わたくしに今できることなのですから」
「うん」
「こうして見知らぬ皆様と邂逅できた。そして、わたくしと瓜二つなあなたさまと会えたのにも関わらず、わたくしの記憶は戻りませんでした。そうなのであれば…きっと、"今はその時ではない"のだと思っております。
 わたくしの記憶が戻るのは…きっと、"その時"が訪れた瞬間なのでしょうね。ええ、探し続けますとも。わたくしの、いるべき場所を」



 ノボリもヒスイ地方に飛ばされてきた当初、何も思い出すことが出来なかった頃。最悪、ヒスイ地方に骨を埋める覚悟は既にしていた。しかし、彼と同じ境遇の少女と出会い、ポケモン勝負を通して断片的に記憶のかけらが戻って来たのだ。それは、きっと彼にとって大きな進歩だったのだろう。
 彼は、今でも諦めていなかった。自分の記憶が戻ることを。そして、その為にどうやって進んでいけばいいのかも。道がなければ作ればいいのだと。その道が、自分の戻るべき道へと導いてくれるなら猶更だった。

 ノボリは涙で顔を濡らすクダリの背中を優しく撫でながら言った。



「あなたさまがわたくしを大切に思ってくださっていること。しっかりと、わたくしの魂に届いております。だから…心配なさらないでくださいませ。あなたさまのことは…絶対に、わたくし忘れません。お約束いたします」
「ノボリ……っ、ノボリっ!!うぁ……あ……あぁぁ……あぁ…!!!」



 老けてしまっても、ノボリはノボリなのだ。ノボリの手がクダリの背中を優しく擦ると共に、クダリの心に温かい気持ちが流れ込む。記憶を失ってしまっても、変わらないものが確かにあるのだ。
 クダリは気持ちが抑えきれず、遂に大声を出してわんわんと泣きだしてしまった。そんな彼の背中を、ノボリは優しく擦り続けていた。











 クダリの涙が移ってしまったのか、マリィも両手を顔に当てて静かに泣いている。ネズはその様子を静かに見守りながら、アシッドに確認を促した。



「方針は固まったみたいですが…。もう1人の答えを聞かない限りは何も動けませんよね」
「そうだな。今我々に出来るのは、魔界からの来訪を待つだけだ」
「……当てはあるのか?最悪、魔界で迷っているなんてことも…」
「一番想像シテハイケナイコトデスヨッ!」
「魔界に迷い込んでしまった人間、なんて目立たない訳が無いだろう?誰か心のある魔族が拾ってくれていることを祈るしかないが…。まぁ、それに関しては心配することは無いだろう。魂を吸い取られたという心配もな」
「…………?」
「神様のことは分かりませんが、あなたがそう言うならおれも信じることにしますよ」



 今自分達に出来るこれ以上のことはない。アシッドはそう言い、魔界にいる迷い人が地上に出ることを待つとだけ言った。今どこにいるのかは分からないが、"迷い人は必ずここに現れる" アシッドにはその確証があった。
 ネズはちらりと横目で彼の表情を見やる。そして、信じる以上のことは言わなかった。


 クダリもやっと泣き止んだらしく、つたない言葉ではあるがノボリと話をしていた。まだしばらく時間がかかると自由行動を促すと、ノボリはクダリに向かってこう語りかけてきた。



「もしよろしければ…あなたさまの知る世界…そして、あなたさまのことをわたくしは知りたいと思っております。お話…していただけませんか?」
「いいよ。ノボリの知らないこと、ぼく全部知ってる。教えてあげる。ぼく達の世界のこと。きみが思い出すべき世界は、とっても凄いんだってこと!」




 クダリは涙をぽろりと流しつつも、ノボリの問いに笑顔で答えたのだった。


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