コメディ・ライト小説(新)
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- 《完結》 エンジェリカの王女 【人気投票集計中】
- 日時: 2017/10/31 18:56
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: .YMuudtY)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1a/index.cgi?mode=view&no=10967
初めまして、こんにちは。
現在はコメディライトをメインに執筆させていただいている四季といいます。どうぞよろしくお願いします。
若干シリアス展開もあります。ご了承下さい。
感想・コメント、いつでもお待ちしております。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
短編集へはURLから飛べます。
それでは天使の物語、お楽しみ下さい♪
《本編 目次》2017.7.1より連載開始
序章 >>01
第1章 〜天使の国〜
1節 >>02-11 >>14-17 >>20-23 >>28-31
2節 >>32-41
3節 >>46-47 >>50-62
第2章 〜地上界への旅〜
1節 >>64-71 >>73-76 >>80-83
2節 >>84-88 >>90-92
3節 >>93 >>95 >>98-101 >>106-111
第3章 〜天魔の因縁〜
1節 >>112-114 >>118-121 >>125
2節 >>128-136 >>138-141
3節 >>143-145 >>147-149
最終章〜未来へゆく〜
>>150 >>153-154 >>158-159 >>164-171 >>174-178 >>181
終章 >>182
あとがき >>183
《紹介》 随時更新予定
登場人物 >>63
用語 >>142
《イラスト》
ジェシカ >>27 ノア >>49 アンナ >>72 >>193(優史さん・画) エリアス >>105
キャリー >>94(章叙さん・画) フロライト >>103(章叙さん・画)
ヴィッタ >>155
100話記念イラスト >>137
《気まぐれ企画》
【作品紹介】流沢藍蓮さんの作品「カラミティ・ハーツ 1 心の魔物」 >>89
【第1回人気投票】 >>115 結果発表はコチラ→ >>146
【第2回人気投票】 >>183
《素敵なコメントをありがとうございました!》
ましゅさん
てるてる522さん
岸本利緒奈さん
羅紗さん
流沢藍蓮さん
ひなたさん
氷菓子さん
アンクルデスさん
白幡さん
チェリーソーダさん
いろはうたさん
彩雲さん
優史さん
- Re: 《☆人気投票開催中☆》エンジェリカの王女 ( No.144 )
- 日時: 2017/09/30 18:12
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)
106話「軽くすれば運べるかも」
その頃になってようやく立ち上がったジェシカが、私やエリアスの方へ、重い足取りで近づいてくる。彼女はヴィッタにやられた傷がまだ残っていながらカルチェレイナと戦った。何と勇敢なことか。
私たちを逃がすための時間稼ぎとはいえ、カルチェレイナは本気で来たはずだ。彼女とまともにやりあったのだから、生きているのが不思議という状況である。
ジェシカはエリアスの前まで来ると、とても悔しそうな表情で切り出す。
「エリアス……ごめん。あたし何もできなかった……。しかもノアに負担をかけて悪化させちゃった……ごめんなさい!」
言い終わると深く頭を下げる。暫し沈黙に包まれた。
そういえばノアの声はしばらく聞いていない。彼は元より重傷を負っていた。その状態でカルチェレイナの凄まじい魔気を浴び、長時間聖気のシールドを使い続けたとすれば、彼の体にはかなりの負担がかかっただろう。生命の危機すらちらつくほどの危うい状況だったに違いない。
「致命傷を受けたのか?」
エリアスは落ち着いた様子で尋ねる。頭を下げたままのジェシカは、その体勢のままで首を横に振る。
「いや、致命傷ではないと思う、けど……」
口から出てくる言葉は途切れ途切れだった。文章が細かく区切られているのは彼女の心が不安定だからだろうか。理由は分からないが、彼女が冷静でないことだけは察することができた。
「なら問題ない。では救護班がいるところまで運ばなくてはならないな。しかしどうしたものか……」
エリアスにもジェシカにも男性を運べるような体力は残っていない。二人共ここに至る戦いによって疲弊しきっている。ノアはそれほど背が高くないが、それでも男性であり、脱力しているなら普段よりも重くなっているはずだ。
「私が運ぼうか?」
試しに提案してみる。ゆっくり運ぶぐらいなら、力のない私にでも可能かもしれない。
するとヴァネッサにジロリと見られた。何を言っているんだ、とでも言いたげな目つきである。
「そんなのいいよ。王女様に迷惑はかけられないし。こっちのことはあたしたちで何とかするから、王女様はゆっくり休んで」
私の方を向いたジェシカは急に元気そうな声色で言う。そしてジェシカは傷ついた顔に屈託のない明るい笑みを浮かべた。
向日葵が咲いたような晴れやかな笑顔。彼女の笑顔は、長時間の緊張で疲れきり曇り空のようになってしまった私の心を、一気に明るくしてくれる。それはまるで雨上がりに雲の隙間から射し込む太陽の光みたいだ。
笑顔一つでこれほど心が変わるものだとは思っていなかった。実に不思議なことである。
「でも……」
「いいからいいから!」
ジェシカは威勢よく言って、それから私の手を握る。小さくてとても可愛らしい手だ。
「安心してね。あたしたちはそこらの天使たちよりタフだから大丈夫だよっ」
ジェシカもノアも結構険しい道を歩んできている。王宮で育てられた私なんかよりずっと強いだろう。怪我したことも辛い思いをしたことも、数えきれないくらいあるだろうし。
けれども私は、そんな二人の役に立ちたいと思うのだ。今までたくさん世話になってきたので、そのお返しをしたいというのもある。
「協力させて。私にも何かできることはあるはずよ。例えば……ノアさんを軽くするとか?」
「なるほど。それなら力仕事ではないので安全ですね」
ヴァネッサが珍しく感心したように口を開く。私の提案に彼女がすんなり納得してくれることはあまりないので、今のこの状況は奇跡的といえる。
だが……軽くするなど可能だろうか。
今までもぶっつけ本番で成功したことはあった。だが、初めてのことをする時はいまだに不安が伴うものだ。
「ありがとう、ヴァネッサ。早速試してみるわね」
「はい」
今日はすんなり行きすぎて少し気味が悪い。こんな奇跡もあるのか、と内心興味深く思った。それから私はジェシカの後についていき、ノアが倒れているところへ向かう。
手足をダラリと垂れて地面に横たわっているノアは微かな寝息をたてていた。呼吸していることが分かり安堵する。ラベンダーのような薄紫色の翼も脱力しているのが見てとれた。
頬を指先で軽く突いたり、名前を呼びつつ体を少し揺すったり、色々刺激を与えてみるが反応は返ってこない。どうやら、呼吸はしていても意識は完全に失っているらしい。
「王女様……できるの?」
不安げに私の顔を覗き込むジェシカ。
「分からないけれど、きっと成功させてみせるわ」
私は迷いなくそう答えた。
成功する。そう信じることが一番大切よね。特に私の力は精神状態が大きく作用するタイプの力だもの。成功すると思えば成功しやすくなるし、逆を思えば失敗するでしょうね。
私は横になっているノアの体に触れ、目を閉じて彼に意識を集中する。羽のように軽いものがフワリと浮かぶイメージを頭の中に浮かべ、「軽くなれ」と心で繰り返し呟く。
そしてゆっくり目を開ける。
「終わったわ。ジェシカさん、軽くなったか試してみて」
「オッケー」
ジェシカがノアの体に腕を回す。そして持ち上げ、驚いた表情になった。ノアの体を持ち上げたまま目をパチパチさせている。その様子から、軽くすることに成功したのだと察することができた。
力を使った後特有の体が重だるい感覚に襲われる。だがエリアスやみんなの受けたダメージに比べればこんなもの塵のようなもの。疲労感ぐらいでクヨクヨしている場合ではない。
「これならあたしでも運べるよ!王女様、ありがとう!」
ジェシカが笑顔でお礼を述べてくる。その明るい笑顔を目にすると、力を使って良かった、という気持ちになった。不思議な充実感が心に広がっていく。
「よぉし!じゃあ、あたしはノアを救護班まで運ぶよっ。それからまたここに戻ってくるからっ」
彼女自身の傷は回復していないだろうに、すっかり元気になっている。いつものジェシカという感じだ。
私はノアを持ち上げて飛んでいくジェシカを見送る。そしてヴァネッサやエリアスの元へ帰った。
- Re: 《☆人気投票集計中☆》エンジェリカの王女 ( No.145 )
- 日時: 2017/10/01 01:48
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kEC/cLVA)
107話「アンナ王女もお年頃」
ヴィッタのことは一旦ライヴァンに任せることにした。彼女の号泣が止まり次第ディルク王の元へ連れていき、王の判断で処分を決める。それで意見は一致した。彼女をライヴァンに任せたのは、悪魔同士の方が良いだろうという、ちょっとした配慮である。もっとも、この場にいる天使でまともに動けるのは私だけという状況なので、いずれにせよライヴァンに頼むしかなかったが。
それからレクシフとも相談した。とにかく致命的な傷を負ったツヴァイを運ばねばならない。本調子でないレクシフが肉体派のツヴァイを運ばなくてはならないというのはかなり厳しいので、私が力を使い軽くすることにした。
手順はノアの時と同じで、体に触れて念じるだけ。結果はもちろん成功だった。これでレクシフはツヴァイを運べる。
私は、レクシフが救護班のいる王宮の方角へ飛んでいくのを、静かに見送った。
彼らの存在を忘れていた、などという事実は口が裂けても言えない。そんなことを口から出せば、ヴァネッサからどんなお叱りを受けることか。恐ろしい恐ろしい。
ひとまず用を終えた私は、ヴァネッサやエリアスと共に、王宮の方にある救護所へと帰ることにした。
救護所は結構な数の負傷した天使で賑わっていた。多くが親衛隊員、その他巻き込まれた使用人や一般人がちらほらといった比率だ。
ヴァネッサはエリアスを救護班の天使がいるところまで連れていく。私はその後ろを大人しくついていった。
こんなに負傷者を出したのは私のせいのような部分が大きい。だから、その負傷者たちの間を通るのは、胸が締めつけられる思いがする。
私がいなければこんなことにはならなかったのに——。頭に浮かぶ後悔を私はなるべく振り払うように努めていた。
「あー、アンナ王女さえいなけりゃな」
その言葉を聞くまでは。
声の主は一人の男性天使だった。服装や体つきから若い親衛隊員だと分かる。
その声が発された途端、私へ一気に視線が集まる。多くの者は何も言わない。だが、心は男性天使と同じなようである。共感している表情だ。
私は何も言い返せなかった。私がみんなを巻き込んだ。それは紛れもない事実だから、反論しようがない。ただ黙って我慢するしかないのだと、そう思った。
「今、何と言った」
ヴァネッサに支えられて何とか歩けるような状態のエリアスが、物凄く険しい表情で男性天使に言い放つ。氷のような、刃のような、ゾッとするような目つき。いつも私に微笑みかける時のエリアスと同一人物とは到底理解し得ないような、威圧的で非常に鋭い表情だ。
さきほど口を開いた男性天使もさすがに怖じ気づいている。
言わなくていいから、とヴァネッサがエリアスをたしなめる。しかしそんなことで納得できるエリアスではない。
「王女への失礼な言葉、謝罪してもらわねば許しがたい」
エリアスは男性天使に向けて冷淡な声で言った。すると男性天使は負けじと返す。
「いやいや、本当のこと言っただけだし。実際結構な数の天使が巻き込まれてるもん」
ある意味まっとうな意見かもしれない。辛いけれど、言われても仕方ないことだ。
「王女を護るために傷つくのは、エンジェリカの天使ならば当然のことだ」
「当然じゃない。そう思ってんのはアンタだけだよ」
「何を……っ」
エリアスは急に額を押さえて座り込む。顔が青いので恐らく貧血だろう。
「もう行くわよ。貴方もまともな体でないのだから、普段みたいな振る舞いは止めなさい」
ヴァネッサがエリアスに淡々とした口調で話しかける。エリアスは不満そうな表情をしている。
二人が行った後、私は男性天使に頭を下げてその場を離れた。
とても複雑な気持ちだった。こちらも迷惑をかけてしまったことを気にしてはいるのだから配慮してほしいと思う一方、男性天使の発言は間違いでないとも思う。だから彼を悪いと責める気は毛頭ないが、心ない言葉に傷ついた自分もいる。
今のこの感情は、簡単には整理できないものである。
看護師はエリアスを近くの椅子に座らせ、赤く滲んだ上着のボタンを外し始めた。
彼の肌が露わになると得体の知れない恥ずかしさに襲われ目を逸らす。頬が熱を持つのが感じられる。
色々ありすぎたからだろうか、今日の私は少しおかしい。いつもならこんな感情は微塵も感じないはずなのに。
思えばエリアスが私の前で完全な素肌を曝したことはほぼなかった気がする。彼はどんなに暑い日も長袖を涼しげな顔で着ていた。詰め襟なので首すらほとんど見えないような露出のない服装である。肌が見えるのは顔と手首より先だけ。それが彼の普通だ。
「変なの……」
私は無意識に独り言を呟いていた。
「アンナ王女、なぜエリアスを見つめているのですか?」
ヴァネッサに言われ初めて気がつく。どうやら私はエリアスを凝視していたらしい。
「えっ?あ、いや……」
急なことに言葉を詰まらせていると、ヴァネッサの顔が徐々に強張っていく。まずい、と焦る。これは叱られる時の典型的なパターンだ。
今このタイミングで長い説教が始まるのだけは勘弁してほしい。そんなことになれば取り敢えず今日は終わってしまう。ジェシカや意識が戻っていればノア、ライヴァンなど、話したい相手がたくさんいる。そのためにもここで説教になるのだけは避けたい。
「お願い、怒らないで!頼むから説教は勘弁して!」
両手を前に出して、今にも怒り出しそうなヴァネッサを宥める。説教開始への流れを何とかして変えるために。
するとヴァネッサは腕を組み、はぁ、と溜め息をついた。
「男性に興味を持たれるとは、アンナ王女もお年頃ですね。まったく無関心よりはいいですけど」
男性に興味?彼女が言いたいのは、私がエリアスを好きだということかな。男性だから興味があるわけじゃない。エリアスだから、よ。
結局、ヴァネッサの真意はよく分からなかった。
- Re: 《☆人気投票結果発表☆》エンジェリカの王女 ( No.146 )
- 日時: 2017/10/01 02:42
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: CwTdFiZy)
《☆第1回人気投票 結果発表☆》
1位……エリアス 8票
圧倒的な強さで主人公を超えた強すぎる護衛隊長。
ダントツで1位に輝きました!それと合わせて、1位票の数でも1位(4票)です。
まさかの二冠。明日から主人公になっていただいても大丈夫な勢いですね。
彼の人気の秘訣とは一体……。正直、さすがにちょっと驚いています。ここまでか、と。
ちなみに、何だかんだで私も彼に1票投票してるんですけどね。
2位……アンナ 4票
何とかメンツを保った王女様は2位にランクイン。1位票の数でも2位(3票)です!
主人公なので最低でも3位入りを逃すことは許されないという状況下でよく頑張った方です。
良かった良かった。
3位……ジェシカ、ヴァネッサ それぞれ2票
何とか3位入りしたジェシカは2位が2票。ヴァネッサは2位・3位が1票ずつで2票。
二人とも頑張った方だと思います。
特にヴァネッサは2章にほぼ出ていない状況でのこの結果なので上出来ですね。
4位……ルッツ 1票(2位票)
悪魔グループで唯一の2位票獲得!
本人は愚痴っていそうですが、まぁ、残念賞くらいは貰えそうですね。
5位……ノア、ヴィッタ 1票(3位票)
なぜノアが前かといいますと、ヴィッタに入れたのが私だからです。
同率の場合、作者票は効力が低いことになっています。勝手なルールですね。
◇ ◇ ◇
以上が今回の人気投票の結果になります!投票して下さった方、本当にありがとうございました!
こんなただの気まぐれに付き合って下さり、私は感謝の気持ちでいっぱいです。
おそらく完結間近か完結後になると思われますが、第2回人気投票も行う予定ですので……(未定)。
その時はまた覗いていただければと思っております。
既に終盤へ突入している『エンジェリカの王女』を今後もどうぞよろしくお願い致します!
改めまして、今回は投票ありがとうございました!
- Re: 《☆人気投票結果発表☆》エンジェリカの王女 ( No.147 )
- 日時: 2017/10/01 14:12
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 393aRbky)
108話「少なくとも普通ではない」
「エリアスさん、こんな酷い怪我を何度もなさっていると、そのうち後遺症が残りますよ。ほどほどにして下さい」
看護師の天使がエリアスの腹部の裂傷を布で軽く拭いつつ言う。
確かに彼は、短期間に何度も大怪我をしているので、看護師から注意を受けるのも無理はない。もっとも、その大怪我の大半が私を護るために負ったものなので、原因は私にある。私がやたらと悪魔に襲われるのが一番の原因だ。
だが、そんな日々ももう終わるだろう。
カルチェレイナはこの世から消えた。つまり、私を狙う悪魔は一気に減るはずだ。当然ゼロになるとは言い切れないが、少なくともカルチェレイナの命によって私を狙う者はいなくなる。それでも大きな変化だ。
ここしばらく、ずっと、いつ誰に襲撃されるか分からないような状況だった。久々にゆったりとした時間をすごしたいものである。
「消毒します。少し染みるかもしれません」
看護師が消毒液に浸していたガーゼで傷を拭く。エリアスは時々顔をしかめる。歯を食いしばり、痛みを堪えているようだった。彼が痛い思いをするのは可哀想だが、菌が体内に侵入するのを防ぐためだから仕方ない。エリアスもそれはよく分かっているはずだ。
ヴァネッサと共にエリアスを見守っていると、何やら大きな声が耳に飛び込んでくる。
「オー!王女様お久しぶりデス!」
金の長い髪が特徴的なラピスだった。今日は前と違ってシンプルなワンピースを着ている。とても動きやすそうな服装である。快活な声と独特な発音ですぐに彼女だと分かった。
会うのはいつ以来だろうか。確か……建国記念祭の後以来だったかな?はっきり記憶にないが確かそうだったと思う。実際にはあれからそんなに日は経っていない。せいぜい一か月以内。だが、地上界でも色々あったからか、物凄く長い時間が経過しているような感覚だ。
ラピスから漂う甘い香りが過去の記憶を徐々に呼び覚ます。
そういえば、あの建国記念祭はベルンハルトの襲撃で潰れてしまったんだったわね……。せっかく開催期間を延ばして一週間にしたのに、惜しかったわ。
「ラピスさんはいつまでここに?」
ふと気になって尋ねてみる。
彼女はヴァネッサに呼ばれてどこかからやって来たのだ、いつか帰らねばならない日が来るはず。今いるというだけでも驚きだ。
「いつまでいるかデスカ?ウーン……もうしばらくいますヨ!」
どうやらあまり何も考えていなかったようだ。聞いても無駄だったかも。けれども、急いで帰らねばならないことはないようなので、少しホッとした。
私の誕生日パーティーのためにわざわざ来てもらっておきながら、巻き込むだけ巻き込んで礼もなしに帰らせるというのは、どうにも失礼な気がする。少しくらいは何かお返しをしたいものだ。
「ラピス。貴女、宮廷歌手の仕事はいいの?」
「もちろんヨー!大好きなヴァネッサのためなら何でもスルスル!」
テンションが一気に上がったラピスは、突然ヴァネッサに抱きつく。抱きつかれたヴァネッサは眉を寄せて不愉快そうな表情を浮かべながら、「そういうのはいらないわ」と低い声を出す。ご機嫌ななめな時の声色だ。
しかしラピスはそんなことは気にしない。ヴァネッサの頬に自分の頬をスリスリしたり、ヴァネッサの黒いシニヨンを触ったり、好き勝手している。
「もう止めてっ!」
ついにヴァネッサがキレた。彼女の恐ろしい雷が落ちる。
「いい加減にしないとハエたたきで叩き潰すわよ!それが嫌なら、今すぐ離れてちょうだい!今すぐにっ!!」
「ヴァネッサ怖いネ」
「ふざけるんじゃないわよっ!これ以上触れないで!」
ヴァネッサがここまで怒鳴り散らすのは珍しい。私もよく叱られはするが、ここまで破壊力のある言われ方をすることはほとんどない。ラピスとはそれだけ親しい仲ということか。しかしそれを言うとさらに怒るのは目に見えているので、敢えて言うことはしない。いや、言えるわけがないのである。
ちょうど傷の処置をしてもらい終えたばかりのエリアスが、うんざり顔でヴァネッサに言い放つ。
「ヴァネッサさん、あまり騒がないで下さい。王女が困ってられます」
「私だって騒ぎたくて騒いでいるわけじゃないわ」
そりゃそうでしょうね。大人のヴァネッサが騒ぎたくて騒いでいたとしたら、それはドン引きものだわ。あまりに珍しいものだから、天変地異が起こる前触れかと不安になるかもしれない。
「従者が、自身の都合で王女に迷惑をかけるというのは、どうなのでしょうね」
エリアスの口調にはたっぷりの嫌みが含まれている。
「貴方は本当に、一言余計ね」
「私は間違えていますか」
ヴァネッサとエリアスは口論のような会話を交わす。二人の視線が火花を散らし、私は入っていけない空気だ。
しかし、予想外にもヴァネッサが折れた。
「……そうね。間違えてはいないわ」
「そうでしょう」
一瞬勝ち誇った表情になるエリアス。しかし、これだけで終わるヴァネッサではなかった。
「……誰もが貴方のように正しくあれるわけではないのよ。一切迷いなく、自分の損を考えず、ただひたすらに主人に付き従う。それが理想の従者なのでしょうけど、普通の者には無理だわ」
ヴァネッサは聡明だ。だからわりとよく痛いところを突く発言をする。
「エリアス、端から見れば貴方は異常よ。いくら主人を護るためとはいえ、自分が傷つき続けるのはおかしいわ」
話についていけていないラピスは、キョトンとして、エリアスとヴァネッサを交互に見ている。
「私が……異常?」
怪訝な顔で繰り返すエリアス。その顔にはどこか不安の色が浮かんでいる。
「少なくとも普通ではないわ。どんなに大切と思っていても、どんなに愛していても——結局自分の命が一番なのよ」
ヴァネッサの表情は哀愁を帯びていた。エリアスもどうやらそのことに気づいた様子だった。
- Re: 《☆人気投票結果発表☆》エンジェリカの王女 ( No.148 )
- 日時: 2017/10/02 15:01
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: idHahGWU)
109話「誰もが秘める弱さ」
そういえばヴァネッサは悪魔に家族を殺されたんだっけ。前にラピスから聞いたことだ。彼女の表情が曇っているのはそれと関係があるのかもしれない。
彼女はいつも淡々としていて表情が薄いため心ないように見えるが、実は私をとても心配してくれているし、面倒に思うほどお節介なところもある。やたらと干渉するのは止めてほしいけど、彼女が本当は優しいことを私はよく知っている。
そんな彼女が家族を守れなかったとしたら……きっと自身の無力を悔やむだろう。
「ヴァネッサ!もしかして、家族のこと考えテタ!?」
ラピスが急に大声で言った。なかなか鋭いな、と思う。しかしこのタイミングでそれを言うとは、かなり遠慮がない。私だったら気づいても絶対に言えない。
「……止めて」
ヴァネッサは怒らず静かな声で返した。やはり元気がない。いつもの彼女なら、こういうタイミングの悪い発言に対しては、厳しく対応するはずだ。止めての一言だけで終わるなんてありえない。
ラピスに目をやると、不思議なものを見たような顔をしていた。どうやら彼女も違和感を感じているらしい。やはり、こんな反応は不自然なのだ。
そんな曇った表情のヴァネッサに対して、ベッドに座っているエリアスが口を開く。
「ヴァネッサさん、そんなに無理しなくても良いのですよ。誰にだって辛い過去はあるものです」
ヴァネッサの暗い気持ちが伝播したのか、エリアスの表情もどこか暗かった。
——ルッツのことを考えているのだろうか。
あの森で、エリアスはルッツについて何も話さなかった。だが、カルチェレイナの発言を聞いた私は、エリアスがルッツを倒したのだろうと推測している。あの白い大爆発は二人の戦いの終わりだったのだろう。
あれから彼は何もなかったかのように振る舞っている。いつも通り優しいし、一見引きずっている感じもしない。しかし、もし本当にエリアスがルッツを倒したのだとしたら、その心の中にはルッツへの複雑な思いが溢れていることだろう。
私がカルチェレイナ——麗奈と友達に戻りたかったのと同じように、エリアスはルッツと和解することを望んでいた。それが叶わなかったのだから、傷が残っていないはずがないのだ。
多少方向性は違えど、ヴァネッサも同じなのかもしれない。大切な家族を守れなかったこと。その後悔が、古傷のように痛むのだろうか。
今まで私はヴァネッサを強い天使だと思っていた。常に冷静で弱みなど一切見せなかったから。けれど……本当はそうではないのかもしれない。不意にそう考えた。
弱みを見せまいと隠しているとしたら?今までずっと一人で背負ってきたのだとしたら?それはどれほどの重荷だっただろう。
「……ごめんなさい、ヴァネッサ」
考えているうちに悲しくなってきて自然に謝っていた。
「いきなり何です?」
「私ね、今まで貴女のこと、お節介で面倒臭いって思っていたわ」
「そうでしょうね」
あれ?バレていたみたい。私、そんな顔をしていたのかな。
「王女らしくって厳しいし、王宮の外へは行かせてくれないし。ヴァネッサのことは正直好きじゃなかった時もあったわ」
「そうでしょうね」
おぉ、やはりこれもバレている。さすがだ。すべて把握されている。怖い怖い。
「でも気づいたの。私のことを心配してくれていたのね。だから、ありがとう」
幼い私はやみくもに王宮の外へ憧れていた。外へ行くことに伴う危険には目もくれず、ただひたすらに。
けれども色々あって私は知った。外の世界は王宮にはない素晴らしい魅力を多く持っているけれど、それと同時に危険もたくさんあるのだと。
そして、それに気がついた時、ヴァネッサが外に出るなと言っていた訳が分かったの。危険に的確な対処をできない者が考えなしに出歩くのは、リスクが高すぎるのだということが。
「随分急ですね」
ヴァネッサは大人びた顔にうっすらと笑みを浮かべた。その笑みはどこかぎこちなくて、少し照れているようにも見える。
「ありがとう。今はヴァネッサのこと好きよ」
「止めて下さい。アンナ王女がそんなことを仰ると、天変地異が起こります」
「私そんなにお礼言ってなかったかしら……」
私のありがとうを天変地異の前触れみたいに言うなんて。失礼しちゃうわ。
そんなことを言うのは、きっと照れ隠しね。素直にお礼を言われるのが恥ずかしいんだわ。ヴァネッサも可愛らしいところがあるじゃない。
「だからこれからは何でも話して。ヴァネッサは侍女だけど、私の母親代わりでもあるの」
「何でも?それはできません」
「ならそれでいいわ。でも、辛い時には誰かに頼ってもいいのよ」
この先いつか辛い何かがあった時、彼女に一人で背負い込んでほしくない。だから私はそう言ったのだ。
それからエリアスへ視線を移す。彼の瑠璃色の瞳は宝石のように美しい。
「エリアスは横になっていなくていいの?」
折角ベッドを貸してもらえているのだから横になればいいのにと思いつつ言う。するとエリアスは、ふふっと柔らかく微笑んで、穏やかな調子で答える。
「はい、問題ありません。横になっていると何か起きた時に反応が遅れますので」
……反応の問題ではないと思うが。
反応が遅れる遅れない以前に今の彼の体では色々と制限がかかるはずだ。それなのに有事に備えているとは、もはや職業病の域といえる。ある意味凄い、としか言い様がない。
「分かったわ。でもエリアス、横になりたい時は横になっていいのよ」
エリアスは話が分からないとでも言うように首を傾げる。
「痛い時は痛いって言っていいし、自分の心に素直になってね」
意識してなるべく笑顔で、語りかけるように言った。これならさすがのエリアスも分かるだろう。
すると彼は一度静かに目を閉じて、数秒経過してから再び目を開ける。
「ありがとうございます、承知しました。無理は禁物ということですね」
「そうそう」
何とか伝わったようだ。良かった良かった。
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