コメディ・ライト小説(新)
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- 《完結》 エンジェリカの王女 【人気投票集計中】
- 日時: 2017/10/31 18:56
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: .YMuudtY)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1a/index.cgi?mode=view&no=10967
初めまして、こんにちは。
現在はコメディライトをメインに執筆させていただいている四季といいます。どうぞよろしくお願いします。
若干シリアス展開もあります。ご了承下さい。
感想・コメント、いつでもお待ちしております。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
短編集へはURLから飛べます。
それでは天使の物語、お楽しみ下さい♪
《本編 目次》2017.7.1より連載開始
序章 >>01
第1章 〜天使の国〜
1節 >>02-11 >>14-17 >>20-23 >>28-31
2節 >>32-41
3節 >>46-47 >>50-62
第2章 〜地上界への旅〜
1節 >>64-71 >>73-76 >>80-83
2節 >>84-88 >>90-92
3節 >>93 >>95 >>98-101 >>106-111
第3章 〜天魔の因縁〜
1節 >>112-114 >>118-121 >>125
2節 >>128-136 >>138-141
3節 >>143-145 >>147-149
最終章〜未来へゆく〜
>>150 >>153-154 >>158-159 >>164-171 >>174-178 >>181
終章 >>182
あとがき >>183
《紹介》 随時更新予定
登場人物 >>63
用語 >>142
《イラスト》
ジェシカ >>27 ノア >>49 アンナ >>72 >>193(優史さん・画) エリアス >>105
キャリー >>94(章叙さん・画) フロライト >>103(章叙さん・画)
ヴィッタ >>155
100話記念イラスト >>137
《気まぐれ企画》
【作品紹介】流沢藍蓮さんの作品「カラミティ・ハーツ 1 心の魔物」 >>89
【第1回人気投票】 >>115 結果発表はコチラ→ >>146
【第2回人気投票】 >>183
《素敵なコメントをありがとうございました!》
ましゅさん
てるてる522さん
岸本利緒奈さん
羅紗さん
流沢藍蓮さん
ひなたさん
氷菓子さん
アンクルデスさん
白幡さん
チェリーソーダさん
いろはうたさん
彩雲さん
優史さん
- Re: 《最終章》 エンジェリカの王女 ( No.174 )
- 日時: 2017/10/16 23:15
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: qRt8qnz/)
124話「桃色のドレス」
「王女様!見て見てっ!」
建国記念祭当日の朝。戴冠式の準備であたふたしていると、突然ジェシカがやって来た。
自慢げな顔の彼女は、今まで見たことがないくらい良い身形をしている。足首までの桃色ドレスを着て、ヒール低めのパンプスを履き、髪は綺麗にとかれて整っている。
一体何があったのか、と思うくらい普段と印象が異なる。日頃の彼女は動きやすそうな格好をしていたものだから、ドレスを着ていると凄く違和感を感じる。
一応、似合ってはいるのだけれど。
「この服、どうかなっ?」
ジェシカは私の前でクルクル回転し始める。動く度に長いドレスの裾がフワリと揺れた。小柄な彼女だから、まるで花の妖精みたいに可愛らしい。
「似合っているわ。ジェシカさん、凄く可愛いドレスね」
私は鏡台の前で髪をセットしてもらいながら、嬉しそうに軽いステップを踏むジェシカを褒める。髪のセットには時間がかかり眠くなりがちなので、彼女が来てくれて良かった。そちらへ気が向いていれば眠りに落ちてしまうことはないはず。
今日はヴァネッサではないが、以前ヴァネッサに髪のセットをしてもらった時のことだ。途中で居眠りしてしまい、首の力が抜けて、頭部が前後にガクンガクンなってしまった。彼女の技量のおかげで何とかセットできたのだが、後でヴァネッサに厳しく注意されたのだ。
そんなほろ苦い記憶が蘇った私だった。
……仕方ないじゃない。眠気には勝てないんだもの。
「よっし!褒められたっ!」
ジェシカは服装に似合わないいつもの彼女らしいガッツポーズをする。このくらいの勢いがあってこそのジェシカだ。
それから少しすると、「置いていかないでよー」という声と共に、ノアが現れた。その隣には身支度をほぼ終えたエリアスの姿もある。
自力で歩いたり立ったりしているものの時折ふらけて転けそうになるノアを心配しているのか、エリアスはノアの方をチラチラ見ている。恐らく、危なっかしくて放っておけないのだろう。
「ノアさん!動けるの!?」
私は目を見開き、思わず大きな声を出してしまった。
度重なる負傷により、ついこの前まで寝たきりの状態だったノア。彼が自力で歩けているなんて信じられない。
そこまで高い回復力を持っているとは。これではまさかのエリアス級ではないか。
ノア、恐るべし。天然と見せかけて実は強者だった。
「うんうん。もうだいぶ治ったかなー。王女様優しいねー」
右の耳元に垂れた薄紫色の髪を指先でいじりながらニコニコしているノアは、つい数日前まで寝たきりだったとは思えない元気さだ。話し方は普段通り、表情も穏やか。誰が見ても病み上がりとは想像しないだろう。
「普通に歩けるの?」
「もちろんだよー。こう見えても、結構野生だからねー」
「え?や、野生?」
野生というのは主に動物につけるものだと思っていたので、自分のことを野生と言うなど少々驚きである。柔軟性があるというかなんというか……どう返せば良いのか分からない。
「その通りー。僕とジェシカは野生の天使なんだー」
「ちょ、何言ってんの!?何をいきなり——」
噛みつきそうな勢いでノアへ駆け寄ろうとしたジェシカだったが、途中でうっかりドレスの裾を踏み、宙で円を描くように一回転して転倒した。
ドタンッと凄まじい音が響く。
ノアはキョトンとした顔になりパチパチまばたきする。その隣にいるエリアスは呆れ顔で、額に手を当てながら溜め息をつく。髪のセットをしてくれている天使も、目の前でいきなり起こったジェシカの転倒に、言葉を失って呆然としていた。
「いっ……たぁ……」
ジェシカは顔をしかめて腰をさすっている。周囲の冷めた空気に、少し可哀想な気がした。
「……って、ああっ!」
続けて彼女は大きな叫び声をあげる。
何事かと思えば、彼女が着ている桃色のドレスの裾が破れてしまっていた。せっかくのドレスを既に破いてしまった彼女は、今にも泣き出しそうな顔になっている。
「破れちゃった……」
するとノアが彼女の近くにしゃがみこむ。
「スリットがおしゃれだねー」
「……え?」
「ここだよー。切れ目ができて、さらにジェシカに似合うドレスになったよー」
「違うよ。これは……」
「僕はこっちの方が好きだなー。ジェシカによく似合ってると思うー」
ノアは泣き出しそうなジェシカを一生懸命励ましている。彼はのんびりしていてマイペースだが、本当は立派な男性なのだろう。大切な女の子が泣かないように努めるというのは偉いことだと思う。
非常に心温まる光景だ。
——しかしそのまま何もなく済むはずもなく。
「ジェシカ!お前は外へ出ていろ!」
エリアスの怒りが爆発した。
「せっかく仕立てたドレスを台無しにするなど話にならん!」
眉間にしわを寄せ、凄まじい形相だ。エリアスがこんな顔つきになるのは久々な気がする。
「まーまー、隊長ったらー」
火に油を注ぐような発言をするノア。あぁもう……、と言いたい気分だ。
今日は建国記念祭の初日。まもなく開会式や戴冠式が始まるという時なのに、微塵の緊張感も感じられない。いつもと何ら変わらない——いや、それどころか、いつもより騒々しい。
けどこんな風に騒がしい方が気が楽になって良いのかもしれない。緊張しないでいられるに越したことはないのだから。
- Re: 《最終章》 エンジェリカの王女 ( No.175 )
- 日時: 2017/10/17 18:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: YJQDmsfX)
125話「些細なことには動じない」
結局、怒ったエリアスによってジェシカは部屋を追い出された。ノアもそれについて部屋を出ていった。二人がいなくなった途端、室内が急に静かな空気になる。
それからしばらくして、ようやく髪のセットを終えた私は、近くに待機しているエリアスに尋ねてみる。
「どうしてジェシカさんを追い出したの?あんなにきつい言い方しなくても」
するとエリアスは少し気まずそうな顔をした。
「申し訳ありません。ついカッとなってしまいました。それにしても、今日のために仕立てたドレスを朝のうちに破いてしまうとは、まったく……情けない話です」
ジェシカにドレスは適していないのでは、と内心思う。
あれだけ喜んでいたところからして、ジェシカは今日初めてドレスを着たのだと推測できる。だから彼女はドレスについて理解していないのだ。いつもと同じような動作をしていては危ないと分かっていなかったのだろう。
「ジェシカさんはドレスなんて慣れてないのよ。だからあんなに派手に動いて破いちゃったんだわ」
「えぇ。前以てしっかりと言い聞かせておくべきでした」
「怒っても構わないけれど、最後にはちゃんと許してあげてね。ジェシカさんはちゃんと反省していると思うわ」
「はい。貴女がそう仰るなら、私が彼女を許さない理由はありません」
エリアスは目を細めて穏やかな笑みを浮かべる。数秒私を見つめてから、「よくお似合いです」と褒めてくれた。
戴冠式の衣装はリボンやフリル、飾りも多く、いつものドレスとは比べ物にならないくらい豪華だ。そんなドレスが私に似合うかどうか分からず不安を抱いていたが、彼が褒めてくれるなら、あからさまに変ということはないのだろう。道行く天使が振り返るほどのおかしさでなければ、私としては問題ない。
その時ふとエリアスは鏡台の方へ目を向けた。何かに気がついたように目を開いている。またしても鏡に黒い女が映っているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
エリアスの視線が注がれているのは鏡ではなかった。彼が見ているのは、その手前に置いてある、白い羽がついた銀細工のブローチだ。友達だった頃のカルチェレイナに貰った物である。綺麗な銀色と凝ったデザインが好みで、エリアスの羽がついているのもあり、いまだに使っている。
「これを忘れないで下さいね」
……しまった、忘れていた。
彼はそのブローチを手に取ると、私の胸元につけた。とても手際が良い。エリアスはブローチをつけることなど滅多にないだろうに、私よりか慣れた手つきだ。
そのことに驚くとともに、純粋に尊敬した。
「ありがとう、エリアス。忘れるところだったわ。……それじゃあそろそろ控え室へ行く?」
出番まではまだしばらく時間があるが、少し早めに控え室へ移動しておいた方がよい。最後の最後にバタバタなるのも嫌だし。
エリアスは私の瞳を真っ直ぐに見て「はい」と頷く。整った顔に柔らかな優しい笑みを湛えながら。
控え室へ向かう途中、幾人もの天使とすれ違う。主に王宮勤めの使用人だ。
華やかな衣装を身にまとった二人が隣り合って歩いているのだから、視線が集まるのは当然と言える。憧れ、感動、羨望——私たちに向けられた視線からは様々な感情が感じられるが、その多くはプラスの感情だ。
エンジェリカの新時代の幕開けとも言えるこのおめでたい日に、マイナスの感情を抱いている天使など少数派のはず。いや、ほぼゼロに近いだろう。
私はそう思っていたのだが。
「きっと騙されてるのよね」
「えぇ。護衛とかいって、アンナ王女が目的だったのよ……怖い怖い」
この縁起の良い日にも、やはり余計なことを言う者はいた。悪口をひそひそ言っているのは、やはり古参の侍女たちだ。見るからにひねくれた顔をしている彼女らは、エリアスが私の相手となることを良く思っていないのかもしれない。
もっとも、そんなひそひそ話には何の効力もない。何とでも言え、というような小さなことなのだが実際耳にするとどうしても気になってしまう。
しかし、当のエリアスは少しも動揺の色を見せない。前と私、交互に目をやりながら、控え室へと歩いていく。
だから私も彼を見習って、悪口など気にしないように努めた。
控え室へ入ると既にヴァネッサがいた。今日は見かけないと思ったら、ここにいたのね。
「アンナ王女、紅茶を淹れています。飲まれますか?」
重い衣装でしばらく歩いたので喉が渇いていたところだ。ちょうど良かった。
「えぇ!少し喉が渇いていたの。紅茶があれば助かるわ」
私は控え室の椅子に腰かける。エリアスは今までの癖で立ち続けていたが、「まだ完治したわけではないのだから」と説得すると素直に椅子に座った。
日常生活が自力で可能になったとはいえ、一番深かった腹部の傷はまだ癒えていないはず。なのでなるべく無理してほしくない。できる限り体に負担をかけないようにするべきだ。特に今日は、これから長い一日が始まるのだから、せめて今くらいはリラックスしてほしい。それが私の正直な思いである。
「エリアス。あんな悪口、気にすることないわよ」
ヴァネッサが紅茶を運んでくるのを待つ間、私はエリアスに小さな声でそう言った。彼があんなくだらない悪口に負けるほど弱い天使でないことは知っているが、念のためだ。
襟を正していたエリアスが顔を上げる。瑠璃色をした磨かれた宝玉のような瞳が私を捉えた。
「心配して下さってありがとうございます。おう……あっ、アンナはお優しいですね」
王女と言いかけて修正したのをごまかすように苦笑する。
私をアンナと呼ぶことにもだいぶ慣れてきたようだが、やはりまだ時折王女と呼びかけることがある。だが、それは長年の癖だから仕方ない部分も大きい。私としては、アンナと呼ぶように努力してくれていることが嬉しい。
エリアスは穏やかな表情で答える。
「ですがアンナ、私は悪口など少しも気にしていませんよ。貴女と結ばれることができるなら、たとえ何と言われても気にしません」
一切迷いのない口調だ。
「たとえ気持ち悪いと言われても、地獄に落ちろと言われても、罵倒されたって気にしません」
「いや……それはちょっと気にした方が良いわよ……」
「えっ、そうですか?なるほど。なかなか難しいですね」
何の話をしているのか段々分からなくなってきた。
そこへヴァネッサが紅茶を運んでくる。お盆ごとテーブルに乗せると、彼女は私の膝に布をかけてくれる。
「お待たせしました」
エリアスの分もちゃんと用意してくれていた。
「アンナ王女、決してこぼさないで下さい。その衣装にこぼしたりしたら覚悟していただきます」
「そ、そうね。分かったわ」
こんな日くらいは優しくしてくれるかと思ったが、彼女はいつもと何も変わらなかった。
- Re: 《最終章》 エンジェリカの王女 ( No.176 )
- 日時: 2017/10/18 21:26
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 07aYTU12)
126話「心の準備」
それからしばらく、私とエリアスはヴァネッサが淹れた紅茶を飲みながら時間を潰した。
その間、私はヴァネッサに、「女王になるという自覚を」だとか「品のある行動を」だとか、しつこいくらい何度も言われた。私は適当に聞き流しながらも、心の中で「しっかりしなくては」と改めて思う。ヴァネッサはこれからも仕えてくれるだろうが、彼女の優秀さに甘えてはならない。私自身も一人の大人として恥ずかしくない天使になろう、と小さな決意をした。
ちょうどその時、控え室の扉が勢いよく開く。誰かと思えばツヴァイだった。
いつも赤い髪をオールバックにしている彼だが、今日はなぜかかなり乱雑だ。前髪を後ろに流していることは流している。しかし、やたらと毛が出ている。大急ぎでセットしたのかもしれない。
「遊びに来たっすよ!」
ツヴァイがハキハキした歯切れのよい口調で挨拶すると、向かいに座っているエリアスが眉をひそめた。不快そうな表情だ。どうやらエリアスはツヴァイを好きでないようである。
「おはようございます。怪我されたようでしたけど、もう大丈夫なんですか?」
そう尋ねてみると、ツヴァイはニカッと派手な笑みを浮かべる。
「いえっす!たいして重傷じゃなかったっすよ!」
私は「それなら良かった」と返す。するとツヴァイはエリアスの方に体を向ける。
「エリアスさん、アンナ王女と結ばれて良かったっすね!」
「嫌みを言いに、わざわざ来たのか」
「まさか。何言ってんすか?嫌みなわけないでしょ。お祝いに来ただけっすよ!」
エリアスとツヴァイの視線がぶつかり火花を散らす。言葉自体は普通なのだが、恐ろしい空気だ。私が入る余地はない。
一般的に、女同士の戦いは恐ろしいと言う。だが、彼らの視線の戦いは女同士と同等かそれ以上に恐ろしくて、小心者の私が割って入れるような雰囲気ではない。
「お祝い、だと……?」
露骨に不愉快そうな表情を見せるエリアス。
「そうっすよ。おめでとうって。ね、アンナ王女!」
ツヴァイは楽しそうに言いながら私の肩に腕を回す。以前ヴァネッサに叱られたはずなのに、そのことをすっかり忘れているように見える。
まったく、仕方ない天使だ。疲労していたとはいえエリアスをねじ伏せたくらいだから戦いは強いのに。
そんなことを考えているうちにツヴァイはますます距離を縮めてくる。私の結った髪をじろじろ見たり、頭頂部辺りを指で撫でてみたり。こちらとしてはそれほど親しいつもりはなかったのだが、ツヴァイは親しいと思っているのかもしれない。
だが髪を崩されるのはさすがに困る。もう一度やり直すほどの時間はない。
「ちょっと待って!あまり触らないで下さい。せっかくセットした髪が崩れてしまいます」
言ってみるもののツヴァイは止まらない。どうにかして……。
これで離れてもらえないとなると次はどうすべきか考える。するとエリアスが椅子から立ち上がるところが見えた。端整な顔が恐ろしいくらいの怒りに満ちている。伸ばした手に白い光が集まっていく。
白い光はやがて槍の形へと変化した。聖気不足のせいかいつもより短い槍だが、鋭利な刃は銀色にギラギラ輝いている。
怒りのあまり理性を失ったか、躊躇いなくツヴァイの背後から迫るエリアス。しかしツヴァイはまだ気づいていない。
「止めてっ!!」
エリアスの槍がツヴァイに振り下ろされる直前、半ば悲鳴のような鋭い声で叫ぶ。すると、エリアスの動きがピタッと止まった。彼の体は、まるで時が止まったかのようにびくともしない。開かれた目の瑠璃色の瞳だけが小刻みに揺れている。
そんなつもりはなかったのだが、どうやら勝手に私の力が発動したらしい。私は微妙な体勢で硬直しているエリアスに歩み寄る。
「落ち着いてちょうだい。こんなことしている場合じゃないでしょ?」
一筋の汗がエリアスの頬を伝って落ちる。私は「解除」と念じながら彼の瞳を見つめる。すると彼は身動きがとれるようになったようだった。
「あ……、申し訳ありません」
しばらく静観していたヴァネッサは、まだ黙ったままエリアスに冷たい視線を浴びせている。狙われていたことに気づいたツヴァイは顔を強張らせて愕然としている。
「少し聖気が回復したからって無駄遣いするのはダメよ。それと、突然感情的になるのは止めて。槍なんて危ないでしょ」
エリアスはツヴァイに近づかれて困っている私を心配するあまりこんな行動に出たのだろう。行動はともかく、その気持ち自体はありがたいことだ。
だから、なるべく一方的に責めるような形にならないように、色々考えて気をつけつつ話す。彼は度胸と強い精神力を持っているが、こういう場面ではとても脆いので注意が必要だ。ある程度気を遣っておかないと。
「……はい。仰る通りです。感情的になってしまい申し訳ありません」
その時、誰かが扉をコンコンとノックした。ヴァネッサが速やかに扉を開けに向かう。どうやら係員の天使がやって来たようだ。恐らく私を呼びに来たのだと思われる。
やがて、ヴァネッサがこちらを見て、淡々とした声で告げる。
「アンナ王女、まもなく戴冠式です。行けますか」
その言葉を聞いて鼓動が速まった。期待と緊張が混ざった感情の波が押し寄せ、気持ちが高まってくる。体がフワリと浮くような感覚すらする。
「もちろんよ!」
私は明るい声で応えた。
未来へ踏み出すための第一歩。戴冠式へ臨むために。
- Re: 《最終章》 エンジェリカの王女 ( No.177 )
- 日時: 2017/10/19 18:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: okMbZHAS)
127話「女王の誕生」
戴冠式は王宮近くの教会で執り行われる。私は式典の最初にある入場のために建物の横付近で待機する。離れた場所からなのでハッキリと視認できるわけではなく曖昧だが、教会の中も外も、既に大勢の天使たちで賑わっている。お祭りのようだ。
ちなみに、ここからしばらくは、エリアスやヴァネッサと別行動をしなくてはならない。しかしそんなことで不安になるようではダメだ。
やがて開式の鐘が鳴り響く。一回、二回、三回と——。
それまでザワザワしていた参列客は途端に静まり返る。アナウンスがあったわけでもないのに自然と静かになるのだから、なかなか感心することである。
そしていよいよ入場だ。
少し道を歩き、それから教会へ入る。教会の中の空気はピンと張り詰めていた。厳か、という言葉が相応しいだろうか。小さな物音一つしない。
参列者が座っている長椅子の中央にある道を、意識的にゆっくりと歩いていく。熱い視線を送られ早歩きしたくなるが、焦らず慌てず、落ち着いた足取りで一歩ずつ歩む。
生まれた日から今日までずっとそうだった『王女』という身分とももうお別れ。そう思うと少し寂しい気もする。
だが、この道の先に希望があると信じ、今はただ前だけを見据えて歩むのみ。
私は女王となるのだから。
入場を終えると、戴冠式が本格的に始まる。
私の戴冠式は今日この時一度だけ。これが最初で最後だ。気を引き締めて臨まなくてはならない。しかし緊張しすぎても良くないので、加減がとても難しい。
清水で手を清め、穢れを払ってもらい、それから先代国王にあたるディルク王の前にひざまづく。いつもは別の者がする役のようだが、今回だけは先代国王が健在なので、彼が冠を与える役になったらしい。
動作一つ一つに細かな手順がありややこしいが、練習してきた自分を信じ、記憶を頼りに儀式を行う。参列客が静かに見守っているうえ、絶対に間違ってはならないというプレッシャーがかかる状況。この程度の重圧を乗り越えられないような者は、王位に就くのに相応しくないということなのかもしれない。 そういう意味では、この儀式は、まもなく王となる者へ与えられる最初の試練ともとれる。
ヴァネッサは最前列に座っていた。破格の扱いだ。戴冠式で侍女が最前列に座るなど、普通ならありえないことである。恐らく長年私の世話をし続けてきたことが評価されたのだろう。それはなんだか嬉しかった。
だってヴァネッサは私の母親同然だもの。本当ならこの日、母親であるラヴィーナが最前列で見ていたはずだった。けれどそれは叶わなかった。それを思えば、ヴァネッサが代わりにその席に座っていてもおかしな話ではないだろう。
きっとラヴィーナも、どこかから見守ってくれていると思うけれど——。
「今ここに、新たなエンジェリカ国王の誕生を宣言する」
ディルク王はひざまづく私に冠を被らせ、重厚感のある低い声で告げた。
一斉に拍手が鳴り響く。
教会に響き渡る割れんばかりの大きな拍手を耳にして、私は初めてエンジェリカの王となったことを実感した。
その時。
視界の隅に水色の光が入る。私は思わず振り返った。半ば無意識に。
一匹の蝶がフワリフワリと飛んでいた。水色に輝く、この世のものとは思えないくらい美しい蝶から、私は目が離せなくなった。
「では新たな国王より挨拶を」
ディルク王——いや、もう王でなくなったディルクが、私に挨拶するよう促す。そんなコーナーがあるとは聞いていなかったので驚きつつも、公の場なので平静を装う。断るわけにはいかないし、かといって話す内容を考えていたわけでもない。これはもう、完全に今ここで考えて話すしかない感じだ。
だが、今の私にはそれができるような気がした。かなり難題ではあるが、大丈夫だと思える心が今はある。だから私は躊躇うことなく参列客の席の方へ体を向けられた。
何を言うべきか、心を落ち着けながら考える。
「今日は見に来て下さりありがとうございます。この日を迎えられて本当に良かったです」
王族らしい品のある言葉遣いをするなどという気の利いたことはできない。私にできるのは、自分の言葉で想いを述べることだけ。
だがそれで構わないはずだ。私の挨拶なのだから。
「色々と至らないところはあるかと思います。けれど、より良いエンジェリカを作りたいという気持ちは同じです。どうか、これからよろしくお願いします」
私は一度大きくお辞儀して、参列者の席を見渡した。
そして一番後ろの壁近くにジェシカとノアが立っていることに気づく。ジェシカはこちらへ大きく手を振っている。ノアは穏やかにニコニコしていた。普段と大差ない。
最前列のヴァネッサは手の甲で目をこすっている。恐らく泣いているのだろう。こんなに立派になって、と思っているのだろうか。……できればそういう涙であってほしい。
「以上、アンナ女王より挨拶でした。では、これにて戴冠式を終わりとします。参列客の方々は——」
一連の儀式を無事に終え、戴冠式は終了した。私が横に捌けると、司会者が来ている天使たちに対するアナウンスを始める。厳かな空気で戴冠式をしていたわりに、終わってからは普通な雰囲気だ。教会内に騒々しさが戻ってくる。
せっかくなのでエリアスにも正面から見てもらいたかったが、彼は次の結婚式に出演するため叶わなかった。しかし彼のことだ、正規の席からではないにしろしっかり見ていてくれたはずである。むしろ彼が見ていないはずがない。
次はいよいよ結婚式。
人生的に考えるなら戴冠式の方が大きな行事なのだろうが、私としては結婚式の方が大きな行事に思える。
なぜって——エリアスと結ばれるのだから。
- Re: 《最終章》 エンジェリカの王女 ( No.178 )
- 日時: 2017/10/20 20:43
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JbG8aaI6)
128話「決して変わらぬ誓い」
戴冠式を終えた私は一度控え室へ戻り、一気に結婚式用ドレスへと着替える。髪はそのままなのでセットを崩してしまわないように、急ぎつつも丁寧に脱ぎ着しなくてはならない。既に待機していた何人かの使用人が着替えを手伝ってくれ、案外速やかに結婚式のドレスへと着替えられた。
ふんわりと広がった純白のドレス。白一色で統一され、派手な装飾はない。戴冠式の衣装とは対照的にシンプルだが、身に付けていると落ち着く感じがして私は好きだ。胴体の締めつけ感は若干気になるが。
着替えが終了すると、控え室へエリアスが入ってくる。
「失礼します……えっ」
エリアスは軽く礼をして頭を上げた途端、顔を強張らせる。戸惑ったような表情だ。
そういえば、彼がこのドレスを見るのは初めてだった気がする。だから驚いているのかもしれない。
よく似合っているということかしら?……なんてね。
「エリアス、このドレスどう?似合ってるかな?」
彼が「似合っていない」と答えるはずがないが、一応尋ねてみる。すると言葉を失い固まっていたエリアスは我に返って答える。
「……とてもお美しいですよ」
瑠璃色の瞳は光に満ちていた。まるで満天の星空のように。それに加え、まばたきする度に羽のような睫が柔らかく動き、幻想的な目元を演出している。
少し恥ずかしそうに、それでいて幸せそうに、微笑む彼がなんだか愛らしく感じる。
「それなら良かった。貴方が気に入ってくれて嬉しいわ」
「アンナは何を着てられても、いつもお美しいです」
「随分褒めてくれるのね」
するとエリアスは自分の襟を整えながら返す。
「はい。これが私の本心です。貴女を愛する気持ちが変わることは決してありません」
彼は一切迷いなくそんなことを言ってのけた。
この先、私たちはまだ長い時を生きる。途中で心が変わったとしてもなんらおかしなことではない。それなのに「変わることはない」と宣言してしまうところには感心する。
「愛するだなんて、ちょっと照れちゃうわね」
私は照れ隠しで苦笑しながら返す。感情をストレートに伝えられるとやはり照れてしまう。
その時、控え室へ係員の天使が入ってくる。一介の使用人かと思いきや、まさかのレクシフだった。鴬色のきっちりした髪は今日もいつも通り整っていて、ツヴァイとは大違いだ。
「アンナ女王、失礼します。まもなく開式です」
それにしても、女王と呼ばれると何だか不思議な感じね。まだしっくり来ないわ。ずっとアンナ王女と呼ばれていたのに、戴冠式を終えたらすぐアンナ女王と呼ばれるようになるのが違和感だ。
私はレクシフに対して小さく「ありがとう」と言い、エリアスの顔へ視線を向ける。笑みを浮かべると、彼も柔らかく微笑み返してくれる。
「さ、行きましょう!」
「はい。ありがとうございます、アンナ」
何とか準備が間に合って良かったわ。さて、行くとしましょうか。
教会へ向かう途中、ジェシカとノアが会いに来てくれた。
ジェシカは今朝破れた桃色のドレス、ノアはきっちりした薄紫のスーツ。二人ともいつになく良い身形で、普段と異なる雰囲気だがわりと着こなしている。
「王女様、素敵!結婚式楽しみにしてるねっ」
「いやー。王女様綺麗だなー」
二人ともニコニコしながら私を褒めてくれる。子どものように純粋で心が綺麗な天使たちだ。
それに対してエリアスは「今は女王だ」と指摘する。確かにそうなのだが、私としては王女と呼ばれる方がしっくりくる。王女と呼ばれることに対する不満は微塵もない。
「隊長もかっこいいですねー」
「そうか」
「うんうん、その通りー。僕もいつかこんな服着たいなー」
ノアはエリアスに憧れの眼差しを向けている。
「大丈夫だ。心配せずとも、いずれ着れる」
「だといいなー」
それからノアは、隣にいるジェシカをギュッと抱き締めた。突然抱き締められたジェシカはビクッと身を震わせ戸惑ったような顔をしている。恐らく、どういう成り行きでこうなったのか分からないのだろう。
「ジェシカ、僕たちはいつ家族になるー?その時には一緒にこういう服を着ようねー」
「……アンタ正気?あたしらそんなお金持ってないじゃん」
呆れ顔で返すジェシカ。
どうやらノアは、結婚式や衣装にお金がかかることを知らないらしい。費用などを一切考慮しないところは、まさに子どもである。
「大丈夫ー、ジェシカはきっと似合うよー」
「そういう話じゃないって!」
話の食い違いに苛立ったジェシカは、体に絡みつけられたノアの両腕を振りほどく。
「ノアはもういいから!……それで王女様、これからは何て呼んだらいいかな?」
ジェシカはこちらへ向き直り、向日葵のように晴れやかな笑みを浮かべる。この表情に偽りはない、とそう感じた。
こんな風に笑ってくれると凄く嬉しい。直接ではないにせよ彼女を傷つけてしまったことに後悔があったからだ。仲良しに戻れて本当に良かった。
「そうよね。いつまでも王女様ってのもなんだし……そうだ!じゃあ、アンナと呼んでくれる?」
私がそう提案すると、驚いたように目をパチパチさせるジェシカ。
「え、名前呼び?」
「楽かなと思って。嫌なら別の呼び方でも……」
するとジェシカは慌てたように、激しく首を横に振る。
「ううん!嫌とかじゃないよ!そういうことじゃなくて、えっと、失礼にならないかなーって思ったの」
ジェシカが礼儀を考えていたなんて意外だ。彼女はそういうことを気にかけないタイプだと思っていたから。
「失礼なわけないわ。私が提案したんだもの」
友達と呼べる相手がかなり少ない私にとって、ジェシカはとても大切な存在だ。年は近いし、気が合うし。それでいて戦闘ができて護ってくれる。こんな友達は滅多にできない。
「分かった!じゃあこれからはアンナって呼ぶねっ」
「呼び捨てー?正しい呼び方はアンナ様じゃないのかなー」
突然ノアが乱入してきた。
「女の子同士だからいいの!ノア、アンタはアンナ様って呼ぶことね」
「えー。不平等だよー。男女差別反対ー」
どこでそんな言葉を覚えたのやら。
エンジェリカは貧富の差はあるが性に関しては平等の国なので、普通に暮らしているだけでは「男女差別」なんて言葉は滅多に聞かない。
たまに難しい言葉を使うのはノアの不思議なところだ。
「あたしたちは女の子同士だからいいの!」
「あー。そんなこと言うんだー。酷いジェシカには、もう桃缶買わないよー」
「ちょっ、何それ!?ごめん!」
「買わないもんー」
「ごめんってば!謝ってるじゃん!」
「……冗談だよー」
二人はとても楽しそうにじゃれあっている。私とエリアスではできそうにない触れ合い方だ。珍しいものを見たような気分になるのと同時に、少し羨ましくも思える。二人の姿が凄く幸せそうに目に映ったのだ。
だが、心配することはない。形は違えど、私たちだって幸せなのだから。
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