コメディ・ライト小説(新)

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《完結》 エンジェリカの王女 【人気投票集計中】
日時: 2017/10/31 18:56
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: .YMuudtY)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1a/index.cgi?mode=view&no=10967

初めまして、こんにちは。
現在はコメディライトをメインに執筆させていただいている四季といいます。どうぞよろしくお願いします。

若干シリアス展開もあります。ご了承下さい。
感想・コメント、いつでもお待ちしております。

※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

短編集へはURLから飛べます。

それでは天使の物語、お楽しみ下さい♪

《本編 目次》2017.7.1より連載開始
序章 >>01
第1章 〜天使の国〜
1節 >>02-11 >>14-17 >>20-23 >>28-31
2節 >>32-41
3節 >>46-47 >>50-62
第2章 〜地上界への旅〜
1節 >>64-71 >>73-76 >>80-83
2節 >>84-88 >>90-92
3節 >>93 >>95 >>98-101 >>106-111
第3章 〜天魔の因縁〜
1節 >>112-114 >>118-121 >>125
2節 >>128-136 >>138-141
3節 >>143-145 >>147-149
最終章〜未来へゆく〜
>>150 >>153-154 >>158-159 >>164-171 >>174-178 >>181
終章 >>182

あとがき >>183

《紹介》 随時更新予定
登場人物 >>63
用語 >>142

《イラスト》
ジェシカ >>27   ノア >>49   アンナ >>72 >>193(優史さん・画)   エリアス >>105
キャリー >>94(章叙さん・画)     フロライト >>103(章叙さん・画)
ヴィッタ >>155
100話記念イラスト >>137

《気まぐれ企画》
【作品紹介】流沢藍蓮さんの作品「カラミティ・ハーツ 1 心の魔物」 >>89
【第1回人気投票】 >>115 結果発表はコチラ→ >>146
【第2回人気投票】 >>183

《素敵なコメントをありがとうございました!》
ましゅさん
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優史さん

Re: 《最終章》 エンジェリカの王女 ( No.164 )
日時: 2017/10/08 19:55
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: IWueDQqG)

116話「アンナと呼んで」

 ——翌朝。
 とてもよく晴れている日だった。
 降り注ぐ太陽の光は目を細めざるをえないくらいに眩しい。体がポカポカと暖かくなり、眠くなりそうな心地よさ。風はあまり吹いていないが不快なベタつき感はなく、比較的過ごしやすい気温と湿度である。
 起床して簡単に身支度すると、すぐにエリアスのところへ向かうことにした。今日彼をディルク王に会わせなくてはならないのだ。
 本当なら昨夜のうちに話しておくべきだったのだが、眠すぎてあの後すぐに寝てしまった。だから、エリアスに話をしに行かなくてはならないのだ。
 ディルク王に会って話せ、などといきなり言えばエリアスは驚くに違いない。少し申し訳ない気もするが……彼のことだ、きっと上手くやってのけてくれるはず。

「おはよう、エリアス。調子はどう?」
 救護所へ行き、ベッドの上でぼんやりしているエリアスに声をかける。彼は私の声に素早く反応し上半身を起こした。そのくらいの動作なら一人でも可能なようだ。
 おはようございます、と丁寧に返してきた彼の表情に曇りはない。思っていたよりか元気そうで、私は内心胸を撫で下ろす。
「心配して下さったのですか?ありがとうございます。聖気が回復してくれば、傷の治癒はさらに早まることと思います」
 聖気は天使の生存に必要不可欠なものだ。それがまだ回復していないというのは心配ではあるが、意識も動作もしっかりしているところを見ると、生命の危機というほどではなさそうである。
 気にしすぎも良くない。私が気にすることで、それを察した彼が逆に不安になるかもしれないから。
「王女はお優しいですね」
 エリアスは柔らかな笑みを浮かべる。まばたきする度、羽のような長い睫が軽く上下する。
 私とエリアスはそれからしばらくたわいない会話を続けた。本題を切り出す勇気がなかなか出なかったのだ。
 ——そして三十分くらいが経過しただろうか。
 唐突にエリアスが言った。
「ところで王女。今日の本題は何です?」
 エリアスは私が本題を切り出せずにいることを察しているようである。
 それでも勇気が出ない。こんなところで立ち止まっている場合ではないと分かってはいるのだが、余計なことを考えてしまって一歩を踏み出せずにいる。
 私の独りよがりなのではないだろうか、とも思えてくる。私の勝手な行動でまたエリアスを巻き込んでしまったら……。
「王女。どうなさいました?」
 考え込む私の顔を、彼は心配そうに覗いていた。
 ……そうだ。私がクヨクヨしていたら、それこそ彼に迷惑をかけることになってしまう。勇気を出して言わなくては。私たちの未来のためにも。
「あのね、実は——」
 私は、ディルク王に言われたことを、包み隠さずエリアスに伝えた。ディルク王がエリアスの忠誠を試そうとしていることも。
 一通り話し終えてから彼に目をやると、彼はいつもと何も変わらず穏やかに微笑んでいた。
「王女への忠誠を試す、とは実に興味深い。臨むところです」
 エリアスは私が予想していたよりやる気になっているようだ。みるみるうちに表情が生き生きしてきた。今にも動き出しそうな勢いである。
「何だか乗り気ね」
「もちろんです!王女への忠誠でなら誰にも負けません!」
 負傷者とは思えないほど元気そうな声で宣言するエリアスの瞳には一片の曇りもない。彼も変わったな、と内心思う。かつての彼は、笑っている時でも、どこか寂しげな空気を漂わせていた。しかし、いつの間にかこんな風に純粋な表情を浮かべるようになっていた。忙しい間は気づかなかったが、これはかなり大きな良い変化だと思う。
 いつか私もこんな綺麗な瞳で話せるようになりたいものだ。今はまだ無理かもしれないが。

「では、本日の正午、王の間へ行って参ります。ちなみに王女はどのような予定で……」
「エリアス、ちょっといい?」
 私は彼が喋るのを遮る。彼はキョトンとした顔でこちらを向き、首を傾げながら、「何ですか?」と尋ねてくる。
 磨かれた宝玉のような瑠璃色の瞳が私をじっと見つめている。さすがに気恥ずかしくなり、少し目を逸らしてしまう。
「何でしょうか?」
 こんなではダメだ、と自分に言い聞かせ、エリアスに視線を戻す。彼は少し不安げな表情をしていた。
「その……私、もうすぐ王女じゃなくなるでしょ?」
「はい」
「だからこれからはアンナって呼んでもらえないかな。ほら、女王になって呼び方が王女のままっていうのも変でしょ」
 もう王女と護衛隊長ではないのだから、名前呼びでも構わないはずだ。それに、アンナと呼んでもらえば、もっと距離が縮まるような気がする。
 エリアスは少し黙り、しばらくして返してくる。
「女王ではいけないのですか?お名前でなくとも構わないのではと思うのですが」
 そう簡単に呼んではもらえそうにないが、ここで諦める私ではない。
「名前で呼んでほしいわ。エリアスは名前呼びするの嫌?」
 すると彼は困った顔になる。何やら迷っているように見える。
「嫌なら今のままでも構わないけど」
 彼を困らせるつもりで言ったわけではないので、一応付け足しておく。真面目に悩ませてしまっても悪いからだ。
「……分かりました。ではこれからはお名前で呼ばせていただこうと思います。ただ、少しだけ時間をいただけませんか?……練習が必要です」
 エリアスの頬はほんのり赤みを帯びている。整った大人らしい顔に似合わない、初々しい表情を浮かべる。普段の余裕を感じさせる柔らかな表情とは異なり、とてもぎこちない表情だ。
 彼は男性だからかっこいいと言うべきなのだろうが、今の彼の様子には、どちらかというと「可愛い」が似合うなと思う。そして私は彼のそういう部分に魅力を感じるのである。
「じゃあ試しに呼んでみてちょうだい。アンナ、って」
 何事も実際に試してみることが大切だろう。
「は、はい。では」
 エリアスは落ち着かない様子だ。ぎこちなく頷き、息を吸う。
「……アンナ」
 いつになく真っ赤になりながら頑張るエリアスが可愛らしく思えて仕方ない。私以外の前ではしないような表情を見ることができ、満足な気分になる。とても不思議な感覚だ。
「すみません。少し違和感があります」
「ずっと王女呼びだったから、仕方ないわね」
 エリアスは恥ずかしそうに頷き、笑みを浮かべる。
「アンナ」
 彼はもう一度私の名を呼ぶ。
「改めて気づきました。とても素敵なお名前ですね」
 アンナ。名前を呼んでもらうと、少しは距離が縮まったような気がした。

Re: 《最終章》 エンジェリカの王女 ( No.165 )
日時: 2017/10/09 18:07
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 50PasCpc)

117話「幸福な戯れ」

 しばらくのんびりと話していたら、いつの間にかお昼時になっていたらしく、看護師がエリアスに昼食を運んできた。もう二、三時間も経っていたのか、と言葉には出さず驚く。一時間も経っていないような感覚だったのだ。楽しい時間は早く過ぎるものだと言うが、その通りだと思った。
 運ばれてきた昼食は少なかった。具が何も入っておらず真っ白であっさりしていそうなお粥と、小さなカップに入った少量のヨーグルト。お盆も器も白なものだから、白ばかりの昼食になっている。ある意味エリアスに似合っているとも言えるが……それにしても見た目が地味だ。
 看護師はエリアスの近くにいた私にも昼食をくれた。まさかのエリアスと同じメニューだ。
 お粥といえば、風邪を引いた時、ヴァネッサによく作ってもらった記憶がある。彼女の作るお粥は色々な工夫が施されていて美味しかったが、今出されたこの真っ白なお粥はあまり美味しそうとは思えない。
 しかし、何でも決めつけてはいけないと思い、スプーンでお粥をすくう。そして口に入れた瞬間、思わず言葉を失った。
 米粒は芯があって固く、しかもパサついていて、喉をスムーズに通っていかない。味はほとんどしないと言っても過言でないくらい薄く、微かな塩味すら感じられない。お湯に固い米粒を入れただけのような状態だ。傷病者向けに作られたものだとはいえ、かなり美味しくない。
「……これ、味薄くない?」
 こんな薄味で辛くないのだろうかと思い、お粥を黙々と食べているエリアスに尋ねてみる。
「はい、確かにそうですね。王女はお気に召しませんでしたか?」
「アンナと呼んでちょうだいね」
「あ。失礼しました。つい、いつもの癖で……」
 数時間の間でこのやり取りをするのは既に五回目くらいだ。エリアスは名前呼びにまだ慣れていないらしい。
 彼なりに努力はしているようだが。まぁ、数年間ずっと王女と呼んできたのだから、急に変えられないのも仕方ないわね。慣れるのを気長に待つとしましょうか。
「では……アンナ。このお粥、お気に召しませんでしたか?」
 そうだ、そんな話をしていたわね。話が逸れてうっかり忘れてしまっていた。
「これはちょっと味が薄すぎると思うわ」
「えぇ、私もそう思います」
 エリアスはとても幸せそうに、ふふっと頬を緩める。
 柔らかな笑みが浮かぶ整った顔はこの世のものとは思えない。まるで天使のようだ。……いや、実際に天使なのだが。
「食べ終わり次第私は王の間へ行って参ります。おう……あ、アンナは……どちらへ?」
 アンナと発した後にいちいち恥ずかしそうな表情をするのが面白い。そんなに恥ずかしがることもないと思うのだが、彼には彼の気持ちがあるのだろう。それに、初々しい感じは嫌いじゃない。
「私はノアさんのお見舞いにでも行ってこようかなと思っているわ」
「なるほど。そうでしたか」
 私は軽く頷き、それから少し真剣な表情を作る。
「エリアス……何とかお願いね。任せっきりみたいになって悪いけど」
 自分にできることは一応すべてしてきたつもりだ。だがそれだけではいけない。
 ディルク王に結婚を認めてもらうためには、彼がエリアスを信頼する必要がある。そのためには、エリアスに任せるしかない部分も大きい。心苦しいが仕方ないことだ。
「任せっきりだなんて。頼っていただけるのはとても光栄なことです」
 彼はなにかんだ笑みを浮かべつつ、優しい声でそんなことを言った。
 聖気はまともに回復しておらず、一人で歩けるかどうかも怪しいような状態なのに、彼は嫌がるような素振りは見せない。
「そういえばエリアス、一人で立ったり歩いたりできる?」
 彼は暫し考えてから、いいえと言うように首を左右に動かす。視線が少し下向いている。
 エリアスのことだ。情けない、とでも思っているのだろう。彼は私にはとても優しいが、それと同じぐらい自分には厳しい。だからちょっとのことですぐに自分を責めるのだ。
「そんな顔しないで。私が送っていくわ。それと、お父様と話してる途中でも、もししんどくなったら言うのよ」
 いくらエリアスとはいえ無理するのは良くない。我慢しそうなだけに心配だ。
「……はい。ありがとうございます」

 エリアスを王の間まで連れていった後、私は一人で救護所へ向かった。近くに誰もいない状態で歩くというのはかなり珍しい。吸い込む空気さえ新鮮に感じられる。目が覚めるような感覚、弾む足取り。とにかく楽しい気分だ。
 エリアスは大丈夫かな——などと心配になるかと思ったが、案外平気だった。私は彼を信頼している。だから不安ではないのかもしれない。
「こんにちは!ジェシカさん、いる?」
 ノアが寝ているらしいベッドのところまで行くと、カーテンを開ける前に声をかけてみる。いきなり入ったら驚かせてしまうだろう。
 するとカーテンがシャッと開いて、ジェシカが首を出した。彼女は私を見ると、驚いたように目をパチパチさせる。
「えっ。王女様?」
 いきなり訪ねてしまい悪かったかと思ったが、彼女は快くカーテンの中へ入れてくれた。
 中にあるベッドには、スヤスヤと穏やかな寝息を立てながらノアが寝ている。体には薄手の布がかけられているが、少々寒そうだ。
 ノアの様子を尋ねると、ジェシカは明るい調子で「ずっとこんな感じで寝てる!」と教えてくれた。
 パイプ椅子に腰かけて両足をパタパタ上下させながら話すジェシカは、普段通りの、向日葵のような華やかな笑みを浮かべている。表情を見る限り、ノアを心配しているとは思えない。
「意識が戻らないの?」
「うん。でも大丈夫だよっ。多分、聖気が足りてないだけだと思うから!」
 リラックスした様子でニッコリ笑うジェシカ。無理して明るく振る舞っているという感じはしない。純粋に落ち着いた心理状態なのだろう。
 看病で疲れているのでは、と思っていただけに、彼女の元気な様子は意外だった。まさかここまで活気に満ちているとは。
「王女様せっかく来てくれたし、ちょっと起こしてみよっか?」
 ジェシカが提案してくれる。
「そんなのいいわ。せっかく気持ちよく寝ているんだし……」
 こんな小さなことで眠りを妨げるのは申し訳ない気がする。一度目覚めてしまうと次眠れなくなることもある。今のノアは気持ちよさそうに寝ている。私としては、なるべく良い眠りの邪魔をしたくない。
 しかしそんな私の意見をジェシカが聞くはずもなく。
「ノア!起きてっ。王女様来てるから、起きてってば!」
 彼女はベッドに横たわるノアの体を、叩いたり揺さぶったり。かなり激しく動かす。
 そんなにしなくても……と内心思うのであった。

Re: 《最終章》 エンジェリカの王女 ( No.166 )
日時: 2017/10/10 18:58
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: iXLvOGMO)

118話「戴冠式を知らない天使たち」

 ジェシカがノアを起こすべく色々なことを試し始めて数分後、ノアはむにゃむにゃ言いながら目を開けた。トロンとした目つきで気だるそうな様子。しんどいからなのか、ただ単に寝起きが悪いいつものパターンなのか、判別しにくい。
 しばらく様子を静観していると、やがて彼は口を開いた。
「……あれー?王女様ー……?」
 語尾を若干伸ばす喋り方は健在みたいだ。
 意識はあまりはっきりしていないように感じられるが、私を認識するくらいの力はあるらしい。
「見えてるの?」
 ジェシカはベッドに張り付き、目を大きく開いて驚いた声で尋ねた。
「……ううん、微妙ー。でも聖気で分かるよー」
 ノアはベッドに横たわったまま片手で目を擦り、それから、やっと開いてきた目をゆっくりとパチパチ動かす。瞳だけが辺りを見回している。
 その様子は、とてつもなく長い眠りから覚めた眠り姫のよう。
「起きたのね、ノアさん。体の調子はどう?」
 短く聞いてみると、彼は視線をこちらへ向ける。柔らかな眼差しから、切羽詰まった状況でないことは分かった。
 しかし、うーん、と答えに悩んでいる。
 純粋にどう答えるか迷っているのか、あるいは、私に気を遣って本当のことが言えないのでどう答えるべきか考えているのか。前者であった場合自意識過剰のようで恥ずかしいし、私がそこを質問するのもおかしな話なので聞けない。なので、気になるところではあるが敢えて気にしないことにした。
 するとちょうどその時ノアが口を開く。
「動けないけど元気だよー」
 さっきまで全力で眠っていた者とは思えない答えが返ってきて一瞬困惑した。動けないというのはその通りだが、元気だとは思えない。
 だがそれを言うのは無粋だと思い、話題を変えることにした。
「そうなのね。あ、そうだ」
 一応、今閃いたかのような演技をしておいた。私は演技が下手なので演技だとバレバレだろうがそれでも構わない。そこはたいして大事なことではないのだから。
「ジェシカさんとノアさんに話しておかなくちゃならないことがあるの」
 二人の視線が私に集まる。
 ジェシカは座っていたパイプ椅子をこちらへ近付け、そのうえ、身を乗り出すようにして待っている。その瞳は明るく輝いていた。ノアも「なになにー」と興味を示している。
「二週間後に建国記念祭を開催するらしいのだけど、そこで戴冠式を行うことになったの」
 すると、ジェシカとノアはキョトンとした顔になり、お互いに顔を見合わせる。そして二人同時にこちらを向く。「何の話?」とでも言いたげな表情だ。
 最初は驚いているのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。驚きというより困惑に近い色が浮かんでいる。
「王女様、あのさ……」
 ジェシカが気まずそうに言いかけたのに、重ねるように、ノアが口を開く。
「戴冠式って何ー?」
 ——え?今、何て言った?
 私はしばらく、ノアの質問の意味が分からなかった。
 エンジェリカの王子や王女が王位に就く時に開催される戴冠式。王国中の天使がお祝いに集まるこの式典は、建国記念祭に並ぶくらい有名なものだ。だから、エンジェリカで暮らしてきた天使が知らないはずがない。
 それなのにノアは「戴冠式とは何か」と尋ねてきた。突っ込みを入れない辺りを見ると、ジェシカも戴冠式を知らないのだろうか。
「戴冠式を知らないの?」
 ジェシカに目をやると、彼女は少し申し訳なさそうな顔つきになった。肩を内に寄せ、苦笑いする。
「うん。式典だってことは分かるんだけど……」
「聞いたことないよねー」
「知らないあたしたちが変なんだと思うけど、王女様、もし良かったら教えてくれない?」
 エンジェリカで暮らす天使なら誰もが当たり前に知っているものと思っていた。しかしそれは私の思い込みだったのかもしれない。私が考えているより世界は広くて、だから、エンジェリカで暮らしていても戴冠式を知らない者もいるということか。
 言葉探しに迷うくらい驚いたが、一つ学ぶことができたのは良かったわ。
「戴冠式っていうのはね、王子や王女が王様になりますよってみんなに伝える、大事な式典なの。王国中から天使が集まるらしいわ。と言っても、私も実際に見たことはないのだけれど」
 一番最後に開催された戴冠式はディルクが王子から王様になった時。だから、ヴァネッサやエリアスは知っているのだろうが、私はまだ生まれていない。ジェシカとノアも生まれていなかった可能性が高いわね。
「えっ、じゃあ王女様が王様になるの!?」
 頭の回転が早いジェシカは一歩先のことを言った。ノアはのんびりと「へー、そっかー」などと言いつつ、落ち着いた表情を保っている。二人の反応は対照的だ。
 私が小さく頷いて「そうなの」と返すと、ジェシカの表情がパアッと明るくなる。パイプ椅子から立ち上がり強く抱き締めてきた。
「おめでとうっ!」
 く、苦しい……。
 ジェシカがあまりに強く抱き締めるものだから、胸元が締めつけられて呼吸しにくい。彼女は感情が高ぶりすぎて力の制御ができていないのだろうが、「こんなに強く抱き締めなくても……」というのが本音だ。
 いや、もちろん嬉しいことは嬉しいのだけれど。
「ジェシカ、力加減考えてー」
 ノアはのんびりとした口調のまま注意する。
 ナイス!と密かに思う。私がジェシカに「止めて」と言うのは、申し訳ない気がして無理そうだったから。
 ノアの忠告を受け、ジェシカは私に絡めていた腕をパッと離す。
「あっ、ごめん。もしかして痛かった?」
「大丈夫。ちょっとだけよ」
 するとジェシカは少し顔を赤らめてはにかむ。
「ごめん。あたし、力加減苦手なところあるんだよね。前エリアスにも注意されちゃった」
 彼女は本当に良い天使だと思う。
 貧しい環境で育ちながら、ずっと裕福な暮らしをしてきた私に嫉妬することもなく、いつも応援してくれる。純粋に、曇りのない笑顔で。
 明るくて優しくて、とても温かな天使。小さくて華奢なのに、勇気があって誰よりも強い。
「じゃあ王女様が女王様になるってことー?」
「えぇ、そうなの」
「女王様とかすっごいよね!」
「おめでとー」
 ——そしてエリアスと結婚するの。
 それは言えなかった。
 ジェシカが恋心を抱いていたエリアスと結婚するなんて言えるはずがない。
 そんなことを言ってしまったら彼女を傷つけてしまう。だが黙っていても最終的に傷つけてしまうと思う。
 だから勇気を出さなくては。
「それでね……私、その、エリアスと結婚する予定なの」
 思い切って言うと、ジェシカの表情が硬直した。ノアも呆気に取られて固まっている。
 ——時が止まった。
 私にはそんな風に感じられた。

Re: 《最終章》 エンジェリカの王女 ( No.167 )
日時: 2017/10/11 20:01
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: LdHPPNYW)

119話「彼女の強さ」

 深海のような沈黙——。
 月の光もない暗い夜のような、静かで冷たい空気。
 緊張で呼吸が浅く速くなるのを感じる。背中をひんやりした汗がツウッと伝う。ジェシカの顔色を窺おうと彼女を一瞥すると、彼女は瞳を揺らしながら硬直していた。
「……結婚?エリアスと?」
 その声は震えていた。視線は宙をさまよい、落ち着かないように足を動かしたりキョロキョロしたりしている。ついには、動揺を隠すようにぎこちなく笑う。
 肌を撫でる風が一気に冷えた気がした。
「えぇ。今エリアスが、お父様を説得しに行っているところなの」
 相応しい言葉を探してみるも見つけられず、そんなことしか言えなかった。もっと言うべきことがあるはずなのに。
 ジェシカはどんな顔をするだろう——と恐る恐る彼女に視線を向ける。すると彼女はニコッと明るい笑みを浮かべた。
「へぇー、そっか!そうなんだ!びっくりしたーっ」
 頭を掻くような動作をしながら大きな声を出す。だが顔がひきつっていて、無理しているのが丸出しだ。
「おめでたいおめでたい!王女様とエリアスなら、きっとエンジェリカを良い国にできるよっ」
「ジェシカ、無理しないでー」
 横たわったままノアが口を挟む。それに対しジェシカはビクッと身を震わせる。
「は?ノア何言ってんの?」
「隊長より僕の方が良い男だよー。モテモテだしねー」
「ちょ、何それ。意味分かんない」
「ジェシカは隊長の結婚なんて気にしなくていいってことだよー。可愛いジェシカは僕のものだからねー」
「キモッ!止めて!」
 ノアはジェシカを励まそうとしているのだと思う。本当はまだエリアスへの思いが微かに残っているのに、無理して祝おうとするジェシカのことを、彼は多分心配しているのだ。だがジェシカはそれを察していないように見える。
「……幸せになってね」
 ジェシカは私の手をそっと握り、少し寂しそうな笑みを浮かべた。
 そんな風に言えるの彼女は強い。私が彼女の立場だったら、「幸せになってね」なんて、きっと言えないと思う。たまに、私は彼女に対してとても残酷なことをしているのではないか、と感じることがある。
「ちょ、王女様ったら。そんな顔しないでよっ」
 手を握ったまま私の顔を覗き込んだジェシカが、焦った表情で言いながら笑う。晴れやかな笑みが私の心まで明るくする。まるで氷を溶かす日差しのような、温かくて穏やかな笑顔だ。
 それにしても、私はどんな顔をしてしまっていたのだろう……。
 無意識とはいえ、暗い顔をしてしまっていたとすれば何だか申し訳ない。辛いはずのジェシカが頑張って明るく振る舞っているのに、幸せな私が暗い顔をするなんて、ちょっとずるいと思う。
 だから私は笑顔を作るよう努めることにした。
「ありがとう、ジェシカさん。絶対に幸せになるわ」
 ジェシカにはノアがいる。彼はジェシカをきっと幸せにするはず。だから彼女も不幸にはならないはずだ。
 ジェシカは「初めて笑ってくれたね」と冗談混じりに言う。とても嬉しそうな表情で。
「あたしこれから護衛隊長目指そっかな!王女様とエリアスには楽しく暮らしてほしいし!」
 彼女は握った拳を上に突き上げ、目を輝かせながら言う。
「女王様になった王女様を護るなら、親衛隊じゃないのー?」
 そこへいきなりノアが口を挟む。思いの外、正しいことを言っている。
 それにしても、彼が会話に参加してくるのは何だか久々な気がする。実際にはそれほど久々ではなく——本当にそんな気がするだけだが。
「……あ、そっか。じゃあ親衛隊長目指すよっ!」
 なかなかレベルの高い目標を掲げたものだ。
 親衛隊長になるには、王国中から集められた強者たちの中で最も強くならなければならない。親衛隊長というのは、エリアスがずっと親衛隊員を続けていたらなっていたかもしれない、というくらいのレベルである。
 並大抵の天使が就ける地位ではない。王を護る親衛隊のトップに立つわけだから当然とも言えるが、周囲に圧倒的な力の差を見せつけるくらいでなくてはならないのだろう。
 だが、もちろん私にはまったく想像のつかない世界だ。
「結婚したらエリアスは家事しなくちゃだもんねっ。えーと、……花嫁修行?」
「どちらかというと花婿修行だねー」
 エリアスは男だもの、花嫁ではない。まぁ本当なら家事とかは私がしなくちゃならないのだけど……今の私にはまだ家事なんてできそうにないものね。
 その時になってふと気づく。とても静かに感じられた周囲に音が戻ってきていることに。天使が行き交う音や話し声。普段はそれほど好きでない騒々しさも、今は心を癒やしてくれる。
「だから護衛はあたしに任せてよねっ」
 張り切った様子のジェシカは親指を立てた握り拳をこちらへ向ける。やる気満々だ。
「えー、僕らの結婚はー?」
 ベッドに横たわったまま言い放つノア。それに対してジェシカは、彼に目もくれず、素っ気ない声色で「それは別」と返す。
 その様子を見ていると、前にノアがジェシカにプロポーズらしきことを言っていたことを思い出した。あれは確か、ジェシカが堕ちそうになった時だった。
 幼い頃からずっと一緒にいた二人だ。凄く強い絆で結ばれていることだろう。だからジェシカは、エリアスよりノアと結ばれる方が良いような気がする。 ノアとの方が似合っているような気がするの。もちろん良い意味で。
「王女様、これからもあたしを傍に置いてくれる?」
「えぇ!それはもちろんよ!」
「ありがとっ。これからはバトル好きをもっと活かせるようにするからね!」
 ジェシカは弾けている。体が軽そうだ。
「ねー、僕らの結婚はー?」
「しつこいっ!それはまだずっと先!」
「僕はずっとなんて我慢できないよー」
「じゃあ無しにする!?」
「……ごめんなさいー」
 ジェシカとノアがこんな風に呑気なやり取りをしているところを見るのは久しぶりだ。二人と出会ってまもない頃を思い出し、懐かしい気分になる。旧友に会ったような感覚である。
 平和になったのだな——。改めてそう思った。
 これからも乗り越えていかなくてはならない試練がたくさんあるだろう。けれども、私は前よりずっと強くなったはず。それに大切な仲間も増えた。
 だからきっと乗り越えていける。
 ——今はそう信じて疑わない。

Re: 《最終章》 エンジェリカの王女 ( No.168 )
日時: 2017/10/12 20:29
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: npB6/xR8)

120話「今は分かる、言葉の意味」

 麗らかな午後、私はジェシカやノアとたわいない会話をしながら、まったりと時間を過ごした。
 途中でジェシカがくれたお菓子を食べたり、トランプやすごろくといった地上界の遊具を使うゲームを楽しんだり……とにかく様々なことをした。起き上がれないノアもカードくらいは持てるのでトランプには参加したが、非常に楽しそうな様子だった。
 ジョーカーのカードを最後に持っていたら負けというゲームをした時には、ノアばかりが連続で負けて驚きだった。
 カーテンで周囲から隔離された狭い空間にいると他者との距離が自然に縮まる。その感じが私は好きだ。普段外ですごしている時には味わえない、連帯感のようなものが勝手に生まれていく感覚。大切な者とこうして一緒にいられることは、とても幸せなことだと思った。
『王女様の場合は、恵まれた環境にいるって気づくことが未来を開いていくのかもねー』
 以前ノアが私にかけた言葉が脳裏に蘇る。あの時、私は彼が言う言葉の意味がよく分からなかった。自分が恵まれていなかったことを訴えたいのかな、くらいにしか捉えていなかった。
 だが今なら分かる気がする。
 私は幸せであることを当たり前のように思っていた。正しく言うならば、生まれた時からずっと良い環境にいたので自分がどれだけ恵まれた環境にいるのか気づけていなかった、だろうか。かつての私は幸せを感じることがあまりなかったな、と振り返ってみて思う。
 窓の外を眺め、空を飛ぶ鳥に憧れ、自由な彼らを羨んで。
 王宮から出られないことをただ嘆くことしかせず、いつも悲劇のヒロイン気取りをしていた。自ら動こうともせず境遇に嘆くばかりだなんて、今思えば笑い話だ。なんて未熟なのだったのだろうと恥ずかしくなる。
 そんな風に色々と考えながらも、とても楽しい時間を過ごし、私は「また来るわ」と言って二人と別れた。
 もうじき夕方になる。エリアスとディルク王の話も、そろそろ終わっていることだろう。迎えに行かなくては。
 こうして私は一人、王の間へと向かった。

 王の間へ着くと、扉の前に鴬色の髪の男性天使が立っていて、彼がレクシフだとすぐに分かった。
 生真面目な彼のことは少し苦手なのであまり喋りたくないが、この状況で声をかけないわけにはいかず、仕方がないので、「話はまだ続いていますか?」と尋ねる。私の声に気づいたレクシフは振り返り、「まだ続いているようです」と教えてくれた。
 随分遅いなと思いながら、私はその場で話が終わるまで待つことにした。
 レクシフは軽く会釈して去っていく。二人でいるというのはなんとなく気まずかったので、こんな言い方は問題があるかもしれないが、彼がどこかへ行ってくれて少しホッとした。

 それから一時間くらい経っただろうか。王の間の扉がいきなり開いた。思わずビクッと身を震わせてしまったほどいきなりだ。私は慌てて背筋をピンと伸ばし、正しい姿勢を作る。
 ディルク王とエリアスが王の間から出てきた。
 私は脈拍が速くなるのを感じる。どうなったのだろう、と不安と期待が入り交じった感情が湧いてきて、その感情がますます脈拍を速める。気を逸らそうと試みるが、逸らそうとすればするほど気になる。これはもう一刻も早く結果を聞くしかあるまい。
「待っていたのか、アンナ」
 すぐに私の存在に気づいたディルク王が重厚感のある声で言った。
 その隣にいるエリアスも、少し遅れてこちらへ視線を向ける。疲れたような顔つきをしている。彼の体調が心配になるが、それより先に結果を聞かなくては。
「ちょっと前に来たところよ。それよりお父様、話し合いの結果はどうなったの?」
 勇気を出して尋ねると、ディルク王は頷きながら答える。
「お前らが築いてきた信頼関係は分かった。結婚を認める」
「本当!……良かった」
 あまりの嬉しさに視界が揺らぐ。安堵の溜め息をつくと共に体から力が抜けていき、つい座り込んでしまう。
 エリアスがいつものように速やかに寄ってきて、心配そうに覗き込んでくる。
「貧血ですか?」
「……いいえ。ちょっと気が緩んだだけよ」
 不安げに揺れている瑠璃色の瞳を見つめて逆に聞く。
「貴方は体調大丈夫なの?」
 エリアスの体はまだ本調子でない。その状態で何時間も話していたとなると、きっと凄く疲れただろう。それなのに私の心配ばかりして……。彼らしいけれど、あまり無理してはほしくない。
「はい。問題ありません」
 そう言って微笑みながら私の背をさするエリアス。その手はとても優しくて、自然と穏やかな気持ちになる。しばらくしてからディルク王の存在を思い出し、慌てて顔を上げる。こんなことをしていては怒られるかもしれない、と思ったのだ。
 しかし私たちを見下ろすディルク王は落ち着いた表情を浮かべていた。
「良い相手に出会えたな、アンナ」
 ディルク王からかけられた優しい言葉に視界がますますぼやけてくる。目の奥が熱い。
「婚約はこちらで取り消ししておく。お前は迷わずエリアスと準備を進めるといい。まずは……」
 途中からディルク王の声が聞こえなくなった。感情が高ぶり、ついに目から涙が溢れ出る。
 嬉しくて言葉が見つからない。
「あの、どうなさいました?大丈夫ですか。どこか痛むのですか?」
 エリアスが焦り顔になって声をかけてくる。大丈夫だとまともに言うこともできず、ただ首を左右に振ることしかできない。
 ディルク王が王の間へ戻ったのか、扉を閉める音が聞こえた。途端に静かになる。
「……なぜ泣いているのか、理由を教えて下さい。可能な限り改善しますので」
 私は懸命に首を左右に動かした。違う、と言うだけで精一杯。流れ落ちる涙のせいで、それ以上の長文を話すのは無理だ。
 しばらくするとエリアスはそれを理解してくれたらしく、そっと抱き締めてくれる。全身にじんわりと温もりが広がっていく。
「しばらくこうしていますね」
 涙を拭いて顔を上げ、エリアスを見る。彼は目を閉じてとても幸せそうにしていた。
「……エリアス?」
 試しに名前を呼んでみると、彼はハッと目を開ける。何やら意識が別世界へ行ってしまっていたような感じだった。
 彼は長い睫をパチパチ動かしながらこちらへ目をやる。
「あ、失礼しました。もう泣き止まれましたか?」
 私は目もとに残っていた涙の粒を指で拭い取り、もう泣かないと小さな決意をして彼の顔を見上げる。幸福そうに微笑んだ彼を見ると、私も自然と頬が緩んだ。幸せの伝播といった感じだ。
「では……アンナ。早速明日からの準備活動に備えましょうか。ふつつか者ですが、どうかこれからよろしくお願いします」
「なんだかエリアスがお嫁さんみたいね」
「そうでしょうか。間違えていますかね?」
「私もよく分からないわ。間違えていたって、べつにいいんじゃない」
 そんなどうでもいいような会話を交わしながら、私はエリアスと一緒に部屋へ戻ることにした。まずはヴァネッサに報告しなくてはならないからだ。


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