コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.108 )
- 日時: 2018/08/28 19:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: DT92EPoE)
episode.101 わだかまりを消すには
すぐ近くではトリスタンらが化け物と戦っている。それゆえ、辺りを包む空気は、針が肌を刺すようなぴりぴりとしたものだ。そんな中、今私はゼーレに問いを放っている。私にとっては重要な問いを。
「本当の気持ち……ですか」
「えぇ」
「難しいことを聞きますねぇ……」
私の問いに対してゼーレは、すぐには答えられない、というような顔をしている。本当の気持ち、なんて、こんなに気軽に尋ねていいものではなかったのかもしれない。
だがこれは、この胸に存在するわだかまりを消すために必要な問いなのだ。
ゼーレの本心を、彼自身の口から聞く。それが、今の私に一番必要なことだ。それさえ済めば、もしその答えが悪いものであったとしても、少しはすっきりするはずである。
「いきなりこんなことを聞くなんて悪いとは思っているわ。でも、知りたいの」
私は正直に言った。
ゼーレは少しの間黙っていたが、しばらくしてから、ようやく口を開く。
「こんな質なので……上手くは言えませんが」
翡翠のような瞳が、私の顔をじっと見つめてくる。
彼の愁いを帯びた双眸から放たれる視線は、私の胸をぎゅっと締めつけた。もちろん理由は分からない。ただ、何とも言えない切なさが、泉のように湧いてくる。
「私は、この道を選んだことを後悔してはいません」
ゼーレの声ははっきりとしたものだった。
そこからは、ほんの僅かな後悔さえ感じられない。まるで、真っ直ぐ伸びる一本道のようだ。
「本当……に?」
「当然です」
「でも、私が余計なことをしなければ、貴方がこんな目に遭うことはなかったわ。私が貴方を巻き込んでしまったのよ」
すると、彼はきっぱり言い放つ。
「カトレアは関係ありません。この道を選んだのは私です」
淡々とした調子で放たれる言葉。そこには、得体の知れない、凛とした強さがあった。その強さとは、恐らく、幸福とはとても言えない人生を歩んできたからこそ生まれたものなのだろう。
「ですから、貴女が悔やむ必要などありはしないのです」
そう言って、ゼーレはほんの少し微笑んだ。
微笑むことに慣れていないからか、やや強張った感じの笑みになってしまっている。口角も、目じりも、ぎこちない。
だが、彼が笑おうと頑張っていることはひしひしと伝わってくる。
「……何を黙っているのですか、カトレア。私は間違っていましたかねぇ」
「あっ……、いいえ。間違っているとは思わないわ」
「でしょうね。私は間違ってなどいませんから」
間違っていないと分かっているのなら、間違っていたか、なんて聞く必要はなかっただろうに。
何とも言えない微妙な気分になる発言だと思った。
「もう分かりましたかねぇ」
「どういうこと?」
念のため尋ねてみると、彼は呆れたように溜め息を漏らす。
「はぁ……やはり物分かりが悪いですねぇ」
つまり、と彼は続ける。
「私のことで貴女が悩む必要など、ありはしない。そういうことです」
その瞬間、胸の奥にずっと存在していたわだかまりは消えた。熱湯に投げ込んだ氷がみるみるうちに溶けるのと似た感覚である。
色々考えてみるならば、ゼーレが私に気を遣ってこんなことを言っているという可能性だってゼロではない。
だが、そんなものは表情を見れば分かる。
今のゼーレは、明らかに、気を遣ってなどいない顔つきだ。だから、私に気を遣って、という可能性は、ほぼないと思って間違いないだろう。
「ゼーレ……ありがとう」
私はいつの間にか、そんなことを言っていた。
別段意識してはいなかった。にもかかわらず感謝の言葉がするりと出たのは、それが、まぎれもない本心だったからだと思う。
「優しいのね」
「……っ」
ゼーレは唐突に、目を細め、視線を逸らす。それに加え、気まずそうな表情になってしまった。割れた仮面の隙間から露出する頬は、ほんのりと赤みを帯びている。
「ごめんなさい、ゼーレ。私、もしかして、何か失礼なことを言ってしまった?」
視線を合わせてくれない彼の顔面を覗き込む。
「嫌なことは嫌と言ってくれて構わないのよ?」
すると、数秒経ってから、彼は答える。
「……いえ。嫌なのではありません。ただ……」
「ただ?」
「カトレアにそんなことを言われると……胸が痛いです」
視線をほんの少しだけこちらへ向け、数回まばたきするゼーレ。その雰囲気といえば、まるで初々しい乙女のようである。
「愛している人から『優しい』だなんて……」
何これ?本当に乙女なの?
ゼーレの発言を耳にし、私は思わずそんな風に言いたくなった。無論、口から出しはしなかったが。
その時、トリスタンとフランシスカがやって来た。どうやら、アザラシ型化け物との戦いを終えたようだ。
「マレイちゃん、大丈夫だった?」
先に声をかけてきたのはトリスタン。
整った美しい顔の至る所に、汗の粒が浮かんでいた。また、前髪が額に張り付いている。長時間の戦闘だったため、結構汗を掻いているようだ。
「えぇ、無事よ。ありがとう」
「僕の剣捌き、見てくれた?」
あっ……。
ゼーレと話していて、見逃していた……。
けれども、そんなことは絶対に言えない。
もし私がそんなこと言ったら、トリスタンは嫉妬の塊になってしまうかもしれないから、である。
「え、えぇ。じっくりではないけれど、見たわよ」
苦しい答えを返す。
するとトリスタンは、ぱあっと明るい顔になる。
「本当!?嬉しいよ!!」
さらに突っ込んだ質問をしてこられたらまずい、と思っていたのだが、何とかセーフのようだ。
「戦いをマレイちゃんに見てもらえるなんて、嬉しいよ!」
トリスタンの瞳は希望に満ち、キラキラと輝いている。何がそんなに嬉しかったのかは分からないが、嬉しくて嬉しくて仕方がない、というような表情だ。
——と思っていると、彼は急に抱き締めてきた。
「頑張ったかいがあったな」
瞬間、隣のゼーレが鋭く叫ぶ。
「カトレアを抱き締めないで下さいよ!」
しかしトリスタンは怯まない。私を抱き締めたまま、ゼーレをジロリと睨む。
「いきなり何かな」
「……女性をいきなり抱き締めるなど、問題です」
「ふぅん。嫉妬してるんだ?」
トリスタンは勝ち誇ったようにニヤリと笑う。
極めて彼らしくない笑い方だ。
「なっ……!まったく、不躾な男です。私は嫉妬など——」
「してるよね」
淡々とした声で返されたゼーレは、暫し唇を閉ざした。
だが、十数秒ほど経ってから、詰まり詰まり述べる。
「まぁ……構いませんよ、そういうことでも」
- Re: 暁のカトレア ( No.109 )
- 日時: 2018/08/28 22:23
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: z5ML5wzR)
episode.102 囮だって何だって
その日の襲撃は、さほど大事にならず終了した。
敵の数からしても、恐らく、小手調べのようなものだったのだろう。
しかしながら、襲撃してきた化け物が私とゼーレを狙っていたことは確かだ。そんな中で、ターゲットである私とゼーレが危険な目に遭わずに済んだのは、偏に、トリスタンとフランシスカが戦ってくれたおかげだと思う。二人には、本当に感謝しかない。
それから数日が過ぎた、ある昼下がり。私はグレイブに呼び出された。唐突に呼び出すということは、きっと何かしら重要な話があるのだろう。そう思い、一人で彼女のもとへと急行する。場所は、彼女の自室のすぐ近くにある部屋だ。
二三回軽くノックしてから、静かに扉を開け、中へと入る。
五人が限界、というくらいの広さしかない室内には、グレイブとシンの姿があった。
「来てくれたか、マレイ」
「ふぅわぁぁぁー!待っていましたよぉぉぉーっ!!」
「シン、黙っていてくれ」
グレイブはシンともはやお馴染みのやり取りを済ませた後、私へと視線を移す。
漆黒の瞳から放たれる槍のような視線に、私は一瞬、身を貫かれたかのような感覚を覚えた。それほどに、彼女の視線は鋭いものだったのである。
「急に呼び出してすまない」
「いえ。気になさらないで下さい。……それで、私に何か用事でしたか?」
狭い空間の中でグレイブといるというのは、妙な圧迫感を覚えてしまう。理由はよく分からないが、彼女の放つただ者でないオーラに圧倒されるからかもしれない。
「あぁ。実はだな、あのボスとやらを倒すべく、作戦を立てているんだ」
「作戦を……?」
「そうだ。奴らにはこれまで好き放題されてきた。だが、それもそろそろ終わりにせねばと思ってな」
グレイブの言葉を聞いた時、心が一気に軽くなった。
彼女は、この永遠に続く夜を終わらせるため、動き出している。その事実が嬉しかったのだ。
もちろん、終わらせることは簡単ではない。それを承知の上で、グレイブは作戦を立ててくれているのだろう。私としては、こんなに嬉しいことはない。
「そこで、マレイに協力してほしいんだ。嫌だと言うなら強制はしないが……どうだろうか」
協力すれば、険しい道が待っているかもしれない。戦いが、そしてそれが生む闇が、この身を苦しめるかもしれない。だが、長らく夜の闇に覆われ続けてきたこの国に、暁が訪れる日が来るのならば——それは、私の願いが叶うということだ。
「協力させて下さい。私にできることがあるのなら」
少し考えてから、はっきりとそう答えた。
一瞬は迷いもしたが、今さら逃げる気になんてなれなかったからである。
それに、もし仮にここで逃げても、どのみち私は狙われる。私が私である限り、ボスの魔の手からは逃れられはしない。いつまでも追われ襲われ続けるだけだろう。それならいっそ、正面きって戦う方がいい。
こそこそ隠れて生きるなんて、絶対にごめんだ。
「よろしくお願いします」
すると、グレイブの表情がほんの僅かに柔らかくなる。
「そう言ってくれると信じていた。感謝する」
「さすがですぅぅぅーっ!」
「いいから、シンは黙れ。いちいち騒ぐな」
「は、はいぃぃぃ……」
静かに叱られたシンは、しゅんとして肩を落としながら、四方八方にはねた髪の毛の先を指でいじっていた。
そんな彼を無視し、話を進めていくグレイブ。
「念のため確認しておくが、危険な役目を負うことになっても構わないか」
「危険な役目……具体的には、どのような役目ですか?」
一応確認しておく。自分が一体どんなところへ向かっているのか、把握しておく必要性があると思ったからである。
——数秒の静寂。
その後、グレイブは紅の唇を開く。
「囮だ」
赤い唇から放たれた言葉が耳に入った途端、全身の血液が熱くなるのを感じた。
心臓の鳴りも、みるみるうちに大きくなる。
「おと……り?」
話についていけぬまま、オウム返しをしてしまった。
「その通り。ボスはマレイを欲しがっているだろう?そこを利用する」
「なるほど」
混乱する脳を懸命に落ち着かせようとしつつ、グレイブの話をしっかりと聞く。大事なことだ、聞き漏らすわけにはいかない。
「この作戦において、マレイには、暫しボスと共に過ごしてもらわねばならん」
「えぇっ!?」
「数時間ほどな」
「あ、何日もではないんですね。良かった」
数時間で良かった、と安堵する。
何をしてくるか分からないボスと一緒に何日も過ごすなど、怖すぎて失神しそうだ。それに、数日となれば、生きていられるものかどうか不明である。
「それも踏まえて……どうだろうか」
「やります」
ここで「やっぱり止める」なんて言ったら、囮役に怖気づいたかのようではないか。
「囮役だって、何だってやります!」
一度やると決めたなら、最後まで絶対にやりきる。今はその覚悟がある。今後挫けかけることもあるかもしれないが、それでも、何度だって立ち上がってやる。
そのくらいの心意気でいよう。
そうでなくては、こんな試練は乗り越えられない。
「二言はありません」
するとグレイブが、ふふっ、と笑みをこぼした。彼女の頬が緩むなんて、珍しい光景だ。なかなか見れるものではない。
「結構な決意じゃないか。これは楽しみになってきた」
「楽しみぃぃぃーっ!」
突如叫んだシンを、グレイブはパシンと叩いて黙らせた。もはや注意する気にもならなかったようだ。
「ではマレイ、協力してくれるということで話を進めるからな」
「はい!」
私が返事をすると、彼女はパンと手を合わせた。
「では、これにて終了とする」
グレイブの話したいことはこれだけだったようだ。
そんなこんなで、私はグレイブの作戦に参加することとなった。
囮役なんて重要な役が私に務まるのかは不明だが、この国のために戦えるのなら、それは何より嬉しいこと。だから、後悔はしていない。
- Re: 暁のカトレア ( No.110 )
- 日時: 2018/08/29 18:47
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 393aRbky)
episode.103 絡まれる彼
グレイブとの話を終え、私は真っ直ぐに自室へ帰ることにした。夕食の時間まで、まだしばらくあるからである。一旦帰り少し休憩してから、また食堂へ行けばいい。そう思ったのだ。自室までは少々距離があるが、それでも、そんなに長い時間はかからない。だから、ゆっくりと自室へ戻る道を歩いた。
歩くことしばらく。
ゼーレの姿を見かけた。黒いマントに、顔全体の半分くらいしかない仮面。間違いなく彼だ。
しかし、珍しく一人でない。彼の周囲には数名の女性がまとわりついている。
彼のことだから言い寄られているということはないだろうが……何だろう。疑問に思った私は、そちらへ近づいていく。
——そして、気づいた。
彼にまとわりついている女性が、前に私に絡んできた品の良くない三人組だと。
また絡まれては困る。そんな思いが、私を物陰に隠れさせた。
「貴方って、マレイさんとはどういう関係なの?」
「……答える必要はありません」
「もしかして、公共の場では言えないような関係なのかしら?」
「……鬱陶しいので離れて下さい」
私は物陰から様子を窺う。
どうやら、今度はゼーレがあの三人組に絡まれているようだ。茶髪の女性から私との関係について執拗に聞かれていることが、見ているだけで十分に分かる。
「言える関係なんなら言えよー」
つけ睫毛が本来の睫毛のラインからずれている女性も元気なようだ。
「黙っていたら、悪い噂が広まるわよ。マレイさんがふしだらな女性だと有名になっていいのかしら?」
「そんな噂……誰も真に受けたりはしないと思いますがねぇ」
「今の状態でならそうかもしれないわね。でも、あくまでそれは、今の状態でなら、のことよ。噂が広がってくれば、信じる者も出てくるはずだわ」
ぱさついた茶髪の女性は、にやりと笑う。性格の悪さが凄まじく滲み出た笑い方だ。こんな笑い方をできる女性というのは、かなり稀だろう。ある意味、凄い女性かもしれない。
「そんなことになれば、マレイさんに居場所はなくなるわよ。それでも良いのかしら」
「黙って下さい。不愉快です」
ゼーレはそっけなく返しながら、三人組を振り払うように前進していく。しかし、数歩進んだところで、ついに茶髪の女性に腕を掴まれてしまった。反応が遅れたゼーレは、茶髪の女性に身を引き寄せられる。
「ほんの少しお付き合いいただければ、マレイさんの悪い噂を流すのは止めて差し上げるわよ」
「……何を企んでいるのです」
いきなり体を引き寄せられたゼーレは、警戒心を剥き出しにしている。目つきは鋭く、全体的に固い表情だ。
「ちょっと協力してほしいの。本当に数分だけだから——」
ぱさついた茶髪の女性が無い色気を懸命に押し出しながら言いかけた、その瞬間。ゼーレが女性を突き飛ばし、叫ぶ。
「いい加減になさい!」
それまで淡々としていたゼーレが突如発した叫びには、茶髪の女性もさすがに怯んだようだ。さりげなく、一二歩退いていた。
ようやく大人しくなった茶髪の女性を、ゼーレは凄まじい形相で睨みつける。
「もう二度と絡まないで下さい」
静かながらも熱いものを感じさせる低い声。それには、さすがの女性三人組も圧倒されていた。
今のゼーレは、この世を怨む鬼のような睨み方とあいまって、尋常でない威圧感を漂わせている。
「私にも……カトレアにも」
この世のあらゆる闇を集めたかのようなゼーレの目つきに、ぱさついた茶髪の女性とつけ睫毛がずれた女性は言葉を詰まらせた。そんな二人の後ろに立っているあまり目立たない女性は、肉食獣に狙われた小動物のように、その手足を震わせている。
「……では、失礼します」
強制的に会話を終わらせ、ゼーレは進行方向を向く。そして、女性三人組のことなど微塵も気にせず、歩き出す。
「まっ、まだ話は終わっていないわよっ!?」
「おい!逃げてんじゃねーよ!」
だいぶしてから、ぱさついた茶髪の女性とつけ睫毛がずれた女性が、ほぼ同時に言い放った。とうに歩き出しているゼーレの背に向かって、である。だが、もちろんゼーレは無視していた。
「……おや」
ゼーレと女性三人組の一部始終を物陰に潜んで見ていた私は、突然声をかけられ、びくっと身を震わせてしまう。どうしよう、何と言おう、と少々焦る。誰かが私に声をかけてくる可能性など、すっかり忘れてしまっていたから、なおさら焦ってしまった。
だが、その声の主に気づいた瞬間、焦りは消えた。
「カトレアではないですか」
「あ。ゼーレ」
私に声をかけてきたのがゼーレだと分かったからだ。
「そんな物陰で……一体何を」
「女の人に絡まれていたでしょう。大丈夫だったの?」
「……見ていたのですか」
見ていた、なんて言われると、覗いていたかのようで何とも言えない気分だ。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。責められているわけでもないのだし、気にするだけ無駄である。
「えぇ。偶然あの人たちと話すゼーレを見つけて、気になって少し見ていたの。覗き見るみたいになってごめんなさい」
一応謝っておくが、それに対してゼーレは、首を左右に動かした。先ほどまでとは一変、穏やかな表情に戻っている。
「いえ、それは構いませんが……ここにもあのように品の良くない者がいるのですねぇ」
「あの人たちは、ああいう人らしいわよ」
「ほう。そうでしたか」
それからしばらく、しん、としてしまった。話題がなくなったため、話し続けることができないという悲劇的状況である。ゼーレはもちろん、私も何も言い出せなかった。
ただ、その途中で、ふと思ったことがある。今日は蜘蛛型化け物に乗っていないなぁ、ということだ。負傷してからというもの、彼はずっと蜘蛛型化け物の上に乗って行動していた。それだけに、彼が自分の足で歩いているという光景には、不思議な感じがしたのだ。
いつまでもこのまま沈黙というのも問題なので、私は、そのことについて話を振ってみることにした。
- Re: 暁のカトレア ( No.111 )
- 日時: 2018/08/30 11:14
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: YJQDmsfX)
episode.104 化け物は消えた方がいい?
「そういえばゼーレ、今日は、蜘蛛に乗っていないのね。どうかしたの?」
いきなりこれだと、話題がくだらない、と呆れられてしまいそうだが、勇気を出して話を振ってみた。すると彼は、一瞬戸惑いの色を浮かべたが、すぐにさらりと返してくる。
「たまには自分の足で歩かねば、と思いましてねぇ」
確かに。
蜘蛛型化け物に乗ってばかりいると、脚力が低下しそう。
「このまま老後のような生活を送るならともかく……普通に生きていくのなら、歩く力は必要ですから」
ゼーレが放つ現実的な言葉を聞いていると、何だかおかしくて、くすっと笑ってしまった。妙に真面目なところが、言葉にならない愉快さである。
「……何を笑っているのです」
「ごめんなさい。ゼーレが真面目に現実的な話をしているものだから、おかしくて」
「心外ですねぇ。貴女は私を、不真面目な人間だと思っていたのですか?」
「違うの!そういうことじゃないのよ」
私とゼーレはたわいない会話を続けた。
今ここで絶対に行わなければならない話ではない。この話をしなくては誰かが死ぬというわけではないし、明日でも明後日でも構わない話だ。
それでも私たちは、このどうでもいいような会話を、止めはしなかった。
それは多分、こうして過ごす時間が楽しかったからだろう、と思う。ゼーレがどうだったかは分からないにせよ、少なくとも私はそうだった。
しばらく話していると、次はゼーレが話題を振ってくる。
「ところで、囮役のことに関する話し合いは終わったのですか」
最初は、ゼーレがその件を知っていることに驚いた。しかし少し経つと、驚きから、彼はそれをどこで知ったのだろう?という疑問へと変わっていく。グレイブが自らゼーレへ伝えるとは考え難いだけに、どのような経路でゼーレがその件を知ったのか、不思議だった。
「どうしてそれを?」
直球で尋ねてみると、ゼーレは落ち着いた様子のまま答える。
「実は……私も、協力するか否か聞かれたのです」
「グレイブさんに?」
ゼーレは腕組みをしながら、ゆったりと頷く。その動作からは余裕が窺える。
「それで、協力するって言ったの?」
「もちろん。今さら引き返すなど、不可能ですからねぇ」
彼の答えに、私は安堵した。今さら敵同士になる、なんていう最悪のパターンとならずに済んだからだ。
「そこで、あの黒い髪の女から、カトレアを囮役とする作戦について聞きました。若い娘に何をさせるのか、と一応抗議したのですが……さすがに私には、意見が通るほどの力はありませんでしたねぇ……」
ゼーレは不満げな顔でぼやく。
しかしそれとは逆に、私は嬉しい気持ちになっていた。私の身を案じ、危険な役を負わせることに抗議してくれたのだから、嬉しくないわけがない。
もっとも、私は囮役をするつもりでいるので、彼に心配をかけてしまうわけだが……。
「で、カトレアは囮役を受けたのですか?」
「えぇ」
「ボスのところへ行くのでしょう?本当に大丈夫なのですか」
翡翠みたいな彼の瞳には、不安の色が浮かんでいる。危険な場所へ行こうとする子の身を案じる親のような、優しくも不安が滲む目だ。
「平気よ。べつに何日もじゃないもの。何時間かだけなら、きっと、たいしたことは起こらないわ」
「それはそうかもしれませんが……あのボスが貴女に何をするか、分かったものではありませんよ」
まだ不安の色が消えないゼーレに対し、私は述べる。
「……そうね」
まったく怖くない、と言ったら嘘になる。私だって敵の中へ入るのは怖い。いかにも強そうな敵の中へ行くのだから、当然だ。
「でも、いいの」
けれども、怖いからと逃げてはいたくない。
現実から目を背けることは簡単だ。辛い現実には目もくれず、都合のいいことにだけ意識を向ける。そんな選択肢だってあるだろう。
だが、それでは駄目なのだ。
厳しい現実から逃げているだけでは、この世界は何も変わらない。
「帝国軍に入ると決めた時から、危険な目に遭うかもしれないことは覚悟していた。それでも平和のために戦おうって決めたの。だから、囮役だって何だってやってみせるわ」
ゼーレは、微かに目を伏せながら返してくる。
「……随分立派な覚悟があるのですねぇ」
それに対し、私は苦笑した。
私はまだ、発言に伴った行動はできていないと思うから。
「立派風なことを言っていても、まだ、口だけだけれどね」
「でしょうねぇ」
「ちょ、酷いわね」
「それでも……言わないよりはましだと思いますよ」
口だけ認定をされた時には一瞬焦ったが、後からフォローを入れてくれて良かった。最後のフォローがなかったら、かなり切ない目に遭うところだ。
「ありがとう。化け物がいなくなった素敵な世界を見られるように、これから頑張るわ」
言いながら、ふとゼーレの顔を見て、「やってしまった」と焦る。彼が悲しげな表情をしていたからである。
「……あ」
ゼーレが可愛がっている蜘蛛も、化け物の一種。化け物のいない世界には、ゼーレの蜘蛛だって存在しない。それは、ゼーレを、長年可愛がってきた蜘蛛たちと引き離すことと同義。
そこを少しも考慮せず、迂闊に発言してしまったことを後悔した。
「ごめんなさい。貴方の蜘蛛も化け物だもの……不愉快だったわよね」
しかし、ゼーレは意外にも、首を左右に振った。
そして、きっぱりと述べる。
「気にしないで下さい。化け物は消えた方がいい——それは、まぎれもない事実ですから」
それから少し俯いて、彼はふっと小さな笑みをこぼす。哀愁の漂う、大人びた笑みだった。
今、彼の中には、どんな感情が渦巻いているのだろう。また、何を思い、何を考え、何を望んでいるのだろうか。
それを知りたいと思った。
彼の心の周囲には頑丈な壁があり、外から内を覗くことはできない。もちろん、誰だって心というものはそうだが、彼の場合その壁が特に分厚い。
だからこそ、気になって仕方がないのである。
- Re: 暁のカトレア ( No.112 )
- 日時: 2018/08/30 11:15
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: YJQDmsfX)
episode.105 説明会
その日の夜、隊員らの夕食が大体終わったであろう時間に、再び召集がかかった。召集をかけたのはまたまたグレイブ。だが今回は、昼の時とは規模が違っていた。指定されたのが狭い個室ではなかったことからも分かるように、結構な人数が呼び出されている。
私が指定の部屋へ入った時には、既に、結構な数の隊員が集まっていた。その多くは男性だが、女性隊員の姿もちらほらと見受けられる。女性隊員の知り合いといえばフランシスカとグレイブくらいしかいないが、他にも女性隊員はいるのだと、改めて知った。
私は、空いていた後ろの方の席へこっそりと座る。
すると、まるで見計らっていたかのようなタイミングで、グレイブとシンが姿を現した。
それから少しして、話が始まる。
「では、今回の作戦の概要を大まかに説明しよう」
グレイブが話し始めると、それまで私語をしていた隊員も黙った。
人が話し始めたら黙るというのは、当たり前と言えば当たり前のことだ。だが、注意せずとも人を黙らせることができるグレイブは凄いな、と私は思った。
「今回の作戦では、ボスの殺害を行う」
いきなりの直球。
急に聞かされた隊員らは狼狽え、ざわめく。
グレイブは落ち着いた表情のまま騒ぎを鎮めると、何事もなかったかのように作戦に関する話を継続する。
「リュビエの話から推測するに、もう数日以内には、マレイとゼーレを狙いに攻めてくるはずだ。その時に、マレイには一旦、あちらへと連れていかれてもらう」
彼女が告げた言葉に、またしても動揺の波が広がる。
「え……いいの?そんな作戦って酷くない……?」
「えげつねぇよな……」
説明を受けている隊員たちは、そんな風に、ひそひそ言っていた。急展開に驚きを隠せない、といった感じだ。
「そこぉぉぉっ!静かにぃぃぃーっ!!」
ひそひそ話をする隊員らに対し、シンの鋭い注意が飛ぶ。大声で注意された隊員たちは、白けた顔をしながら口を閉ざした。
一方グレイブはというと、そんなやり取りには一切意識を向けず、静かになったタイミングを見計らって話を続ける。冷淡、と言っても過言ではないほどに、落ち着いた様子だ。
「もちろん本人の同意は得ている。そこは誤解のないように」
紅の唇から発される声は、感情を少しも感じさせないものだった。
「ゼーレは既に死んだということにし、マレイだけを連れ帰ってもらう。そして、その後、我々が逆に向こうの基地へと攻め込む」
私はボスに連れていかれる役なのだ。そう思うと、正直、恐怖心を覚えてしまった。
だが、すぐに首を左右に振る。
怖いなんて言っている暇はないのだ、と。
「そこから先は二班に分かれての行動となる。一班は先に仕掛けて騒ぎを起こす。二班はマレイによって一人になったボスを一斉に襲う」
マレイによって一人になったボス、って……。
それはつまり、私が何とかして、ボスを一人にしなくてはならないということか。なにげに結構ハードなことを求められている気がして仕方がない。
「これが予定してある大まかな流れだ。その他の細かな動きなどは、これより個別に連絡する。では、全体への説明は終了だ」
おっと、もう終わってしまった。
本当に大まかな説明だけだったことが、少々驚きである。
その後、私はグレイブから個別に説明を受けた。
ゼーレより聴取したというボスの基地——飛行艇の内部の図面を見ながらの説明である。図というものが苦手な私は、なかなか理解できなかったが、彼女が根気強く説明してくれたおかげで、最終的には何とか理解できた。
私はボスと二人きりになり、彼を指定された中庭にまで連れていく。それが、連れ去られた後の私がすべき仕事だという話だ。
果たして私に務まるのか。そんな不安が、この胸を包み込む。
それでもやるしかない。やるしかないから——私は首を縦に動かした。
「聞いたよ!マレイちゃんが囮だなんて、本当に大丈夫なのっ!?」
グレイブからの個別説明を終えると、待ってくれていたらしいフランシスカが声をかけてきた。かなり慌てたような顔で。
「えぇ。やるしかないわ」
「でもでも、ボスを動かすなんて、マレイちゃんにできるのっ!?」
「それは分からないわ」
するとフランシスカはぐいっと顔を寄せてきた。
「じゃあ駄目だよ!できるかどうか分からないことを作戦に組み込むなんて、おかしいっ。今からグレイブさんに言ってくる!」
早速歩き出そうとするフランシスカを、「待って!」と言って制止する。
私がやると言ったのだ、グレイブは悪くない。
「フランさん、待って。グレイブさんは悪くないの」
「そうなの?」
きょとんとした顔でこちらを見つめてくるフランシスカ。華やかな睫毛に、紫色の丸い瞳——顔の愛らしさは健在だ。
「えぇ、グレイブさんはちゃんと確認してくれたの。それで、私が頷いたの。だから、グレイブさんは悪くないわ」
「でもでも、マレイちゃんだけに重荷を背負わせるなんてっ……」
「ありがとう。……でも、それは気にしないで」
私はこれまで迷惑ばかりかけてきた。だから、せめて最後くらいは役に立ちたいのだ。危険だとしても、成功するか分からなくても、そんなことは関係ない。
とにかくやる。それしかない。
「……そっか。マレイちゃんは本気なんだね」
「えぇ」
その瞬間、フランシスカの愛らしい顔が一気に明るくなった。
「じゃ、応援するよっ!」
凄まじい変わりように多少困惑したが、すぐに言葉を返す。
理解してくれたことへの感謝を込めて。
「ありがとう。嬉しいわ」
素直に礼を述べるのは、少しばかり恥ずかしい気もした。
だが、感謝の意を伝えることは人を幸せな気分にしてくれる。言われた者はもちろん、言った者も温かい気持ちになれるのだから、「ありがとう」とは魅力的な言葉だ。
「フランが応援してあげるんだから、頑張って、絶対に成功させてよっ」
こんな言い方をできるのは、彼女が自分に自信を持っているからだろう。見方によれば過剰な自信家とも取れないことはないが、今の私の目には、眩しく輝いているように映った。
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