コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.38 )
- 日時: 2018/06/10 22:45
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: uJGVqhgC)
episode.33 緊張の朝
二週間ほど経ったある朝、私はグレイブに呼び出された。
待ち合わせ場所は修練場のメインルーム。彼女と初めて会った場所である。
彼女と会うのは、地下牢でゼーレの扱いについてすれ違った、あの時以来だ。すれ違ったままで終わってしまっている相手と、果たしてちゃんと話せるのか……それを思うと、不安しかない。
だが、呼び出されたのだから逃げようがない。
私は勇気を振り絞り、元気よく挨拶しながらメインルームへ入る。
「おはようございます!」
しかし返事はなかった。
まだ来ていなかったのかな?と思いながら待っていると、しばらくしてグレイブが現れる。
彼女は、首にタオルをかけ、タンクトップに黒ズボンという軽装だ。長い黒髪は一つのお団子にまとめてあるのだが、心なしか湿っているようにも見えた。
「少しシャワーを浴びていた。待たせてしまい、悪かったな」
いつもは血のように赤の唇も、今は薄い色をしている。シャワーを浴びたばかりで化粧をしていない、ということなのだろう。
それにしても——化粧をしていなくても美しさが変わらないことには驚きだ。
「おはようございます」
「おはよう」
グレイブはあっさりした調子で挨拶を返す。
そして、改めて口を開く。
「本題に入ろう」
「は、はい」
ドクン、ドクン、と、いつもより大きく心臓が脈打つ。
恐らく、「どんな話が出てくるのだろう」という緊張ゆえだろう。
「マレイがここへ来て、二週間と少し」
「はい」
「この二週間、マレイが懸命に訓練に励んでいたということは、フランやトリスタンから聞いている」
グレイブは淡々とした口調で話し続ける。
「そこで、だ。そろそろ実戦に出ても良い頃だと思うのだが、お前の心はどうだろうか」
「私の心……ですか?」
「あぁ。実戦に出るということは、危険にさらされるということでもある。だから、心の決まっていない者を出すわけにはいかない」
この二週間、できる限りの努力はしてきたつもりだ。
以前に比べれば体力も少しはついただろう。戦闘時の動き方というのも、トリスタンの丁寧な指導のおかげで多少は理解できてきた。
だが、それでも、すぐには答えられなかった。どうしても「迷い」というものがまとわりつくのだ。
命の危機にさらされる場所へ行く。それを迷わずに選べるほど、私の心は強くない。
「どうなんだ?マレイ」
けれども、必要とされる場所で必要とされて生きていくためには、覚悟が必要だ。たとえ恐ろしくても進んでゆく覚悟が。
だから私は、一度しっかりと頷いた。
「やります」
するとグレイブは、ふっ、と笑みをこぼす。
「良い返事だ。では早速、実力試験といこうか」
「実力試験って何ですか?」
「フランもトリスタンも説明していないのか。まったく、あいつらは……」
グレイブは呆れ顔で溜め息を漏らしていた。
軽く俯き溜め息をつく——そんな時でさえ、彼女は美しい。吸い込まれそうな漆黒の瞳、大人びた艶やかな顔形。そのすべてが魅力的で、魅惑的だ。
「実力試験というのはな、実戦投入前最後の試験のことだ。試験官と一対一で戦闘を行い、試験官に合格を出させれば終わり。分かったな」
「は、はい!それで、試験官というのはどなたで……?」
言いながら、私は勘づく。もしかして彼女なのではないか?と。
そして、その予感は的中した。
「私だ」
よりによってグレイブ。
私は、暫し何も言えなかった。
彼女はゼーレの件に関して、私とは真逆の意思を表示している。そういう意味では、一番当たりたくなかった相手だ。
そんなことを思っていると、グレイブは、まるで私の思考を読んだかのように言ってくる。
「安心しろ、マレイ。意見が違うからといって、試験の評価まで下げたりはしない」
「えっ……」
「それを心配しているのだろう?」
グレイブはその均整のとれた顔に、あっさりした笑みを浮かべる。
「私とお前では、あの捕虜へ抱く感情が根本的に異なる。それゆえに、私たちは理解しあえない。それは一つの真実だ」
「えっと……」
「だが、試験はまた別の話。私はそこまで話の分からない女ではない。安心してくれ」
どうやら、意見が異なることによる影響はなさそうだ。影響がまったくないとは考え難いが、彼女がそう言うのだからそうなのだろう。
「では……」
「グレイブさぁぁぁーん!」
ちょうどその時、一人の男性が、グレイブの名を呼びながらメインルームへ駆け込んできた。
大きめの眼鏡をかけ、柿渋色の髪が四方八方に跳ねた、いかにも情けなさそうな男性だ。
「ごめんなさいぃぃー!遅刻うぅぅーしましたあぁぁー!」
「落ち着け、シン。騒ぐな」
「す、す、すみませぇぇんー!」
「黙れ!」
シンと呼ばれるその男性は、ついに、グレイブに強く叱られた。
ただ、叱られるのも仕方がないかもしれない。大人にもかかわらず、いちいちこうも大声で騒げば、叱られもするだろう。
グレイブは呆れ顔で「まったく……」とぼやき、その後、私の方へ視線を向ける。
「驚かせて悪かったな、マレイ。こいつはこんなだが、正気は正気だ。心配するな」
「は、はぁ」
私はそう答える外なかった。何とも言えない微妙な心境だからである。
直後、男性が大きな声を出す。
「あーっ!あなた様が今噂のぉー、マレイさんですかあぁぁぁー!?」
「ひっ……」
彼があまりに身を乗り出してくるものだから、思わず退いてしまった。凄まじい勢いには、微かな恐怖すら感じる。
「シン。名乗るくらいはしろ、名乗るくらいは」
「はっ!そうでしたぁっ!」
柿渋色の四方八方に跳ねた髪の彼は、改めてこちらへ向き直り、一度コホンと咳のような音を出す。そして自己紹介を始める。
「ボクはシン・パーンと申しますぅ。今日は審判役を務めさせていただきますのでぇ、よろしくお願いしますぅ」
その自己紹介に、私は少し驚いた。
まさに審判をするために生まれてきたかのような名前だったからである。
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします。マレイです」
「それはもうっ!もう、存じ上げておりますよぉぉぉー!」
またしても凄まじい勢いで迫ってきた。
大きな眼鏡をかけた顔は迫力がありすぎて、近づかれると妙な圧を感じる。ぐいぐいと押されるような、そんな感覚。日頃体感することのない感覚に、私は暫し慣れられなかった。
個性の強すぎる彼に馴染むには、まだ時間がかかりそうだ。
- Re: 暁のカトレア ( No.39 )
- 日時: 2018/06/13 16:19
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: z6zuk1Ot)
episode.34 これは試験、そして戦い
「さあぁぁーて!それでは、マレイさんの実力試験!制限時間は六分でぇぇーすぅぅー!」
修練場のメインルーム内、グレイブと私は向かい合わせに立つ。その中間にいるのは審判役のシン・パーン。巨大な眼鏡と跳ねた髪が印象的な、かなり奇妙な男性だ。
「さてさてぇ、どうなるのかあぁぁぁ!?観客はいませんがぁ、お二人ともぉぉ、頑張って下さぁいぃぃぃーっ!!」
試験の制限時間は六分。
一見長くは思えぬ時間だ。しかし、恐らく、始まってしまえばかなり長く感じられることだろう。
「よおぉぉぉーいー……」
もっとも、実際にやってみたことがあるわけではないので、始まってみなくては分からない部分も大きいが。
「始めぇぇぇっ!」
試験開始を告げる、シンの異常にテンションの高い声が室内に響く。
こうして、実力試験の幕が上がった。
開始の合図とほぼ同時に、グレイブは腕時計に触れ、相棒の長槍を取り出す。そして、こちらへ向かって走り出す。
トリスタンも言っていたように、彼女もまた、腕時計の力で身体能力が強化されているのだろう。人間が走っているにしてはかなり速い。結構な速度だ。
このままでは、あっという間に接近されるに違いない。
そう思った私は、右手首の腕時計に指先を当てる。そして、右腕をグレイブへと向けた。
赤い光球を、いくつも放つ。
練習に練習を重ね、ようやく自分の意思でコントロールできるようになってはきた。だが、自分の意思で出すと、どうしてもこじんまりしたものしか出ない。
「その程度か」
グレイブは長槍を回転させ、赤い光球を弾く。
そのまま接近してくる。
至近距離で、意識が私に向けられている。初めてなのはその二つだけだ。なのに、それらのことによって、かなりの迫力を感じる。これほどか、と感心してしまうほど。
しかし、感心している場合ではない。
これは試験。私自身の動きを見られているのだ。
「動かないと落ちるぞ」
大きく振られる長槍。
私は咄嗟に飛び退き、一歩退く。そして再び光球を放つ。偶然、先ほどよりかは大きな球が出た。
ただ、グレイブが反応できないほどのものではなかった。私が放った赤い光球を、彼女は長槍の柄で防ぐ。
けれど、彼女の動きが一瞬止まった。
正面からでは敵わない。そう思い、私は彼女の背後へ回る。
いくら光球を放ったところで、正面からなら、長槍に防がれて終わりだ。何の危機でもない今、防がれないほどの威力の攻撃を放つことは難しいだろうし、グレイブが反応しきれないほどの速度で光球を放つというのは不可能である。となると、正面以外から仕掛ける外ないだろう。
……もっとも、正面を外したところで無意味かもしれないが。
だが、何事も試さなくては始まらない。
私はグレイブの背に向かって赤い光球を放つ。できる限りやってみよう、と連射した。
連射はあまりやってみたことがないため、どうなるか分からない部分はある。けれども、初めてを恐れているようでは、彼女に認めてもらえはしないだろう。
「なるほどな」
低い声。それと同時に、グレイブの漆黒の瞳がこちらを向く。
やはり読まれていたようだ。背後へ回っただけで上手くいくほど、彼女はあまくはなかった。しかし、そのくらいは想像の範囲内である。
「そう来たか」
グレイブはその唇に微かな笑みを浮かべた。愉快そうな表情だ。
「多少は頭を使ったようだな。だが」
彼女は素早く身を返し、私が放った光球を槍ではね返すと、一歩ずつこちらへ迫ってくる。
大またな歩き方には凄まじい威圧感があるが、この圧力にも徐々に慣れてきた。試験が始まって間もない頃なら怯んだだろうが、そろそろ平気だ。
「無意味だ!」
「……っ」
私は地面にスライディングするようにして彼女と交差する。
背後へ回ったこの一瞬が狙い目。
右腕を彼女の背へ向け、光球を撃ち出す。
「そうか」
一発目が命中する直前、グレイブは後ろ向きのまま、槍の先端部で防御。そこから再び身を返し、続く二三発目も確実に防ぐ。
何度攻撃したところで意味はないだろう。今までと同じように、ただ防がれて終わりに違いない。グレイブの反応速度に私は勝てない。当たり前だ。
この実力差を僅かでも埋めるには——もはやこれしかない。
だから私は、赤い光球を撃ち出し続けた。
可能な限りやろう、と心を決め、連射し続ける。何がどうなることやら分からないが、とにかくひたすら攻撃を続けた。一発だけでも命中することを願って。
「力押しへ切り替えたな」
グレイブは長い柄の真ん中辺りを握り、そこを軸として、長槍を扇風機のように回す。
攻撃のための武器を盾へ早変わりさせてしまう彼女の腕は見事だ。
「確かにお前の球には威力はある」
敢えて認めてくれるあたり、相手にされていない感が満載である。
「だが、私に押し勝てるほどではない」
次の瞬間。
喉元に槍の先が突きつけられていた。
「おしまいだ」
静かなグレイブの声に、私は完敗したのだと理解する。
私が彼女に勝てるわけなどないということは、もちろん分かっていた。 そもそも年季が違う。それに彼女は、あのトリスタンが自分より強いと言うほどの実力者だ。どうやって勝つというのか。
ただ、勝ちを取りに行こうとしていたこともまた、事実である。
だから正直、残念な気持ちだ。
「実力試験はぁぁー!グレイブさんのぉぉ、勝ちぃぃぃーっ!!」
シンは相変わらずのハイテンションで、グレイブの勝利を高らかに宣言した。
その声が、私に、改めて敗北を突きつけた。
……なぜだろう。
グレイブに勝てる可能性なんてあるわけがないのに。自分がまだ未熟であることなど分かりきっているのに。
それなのに……、なぜか、妙に悔しい。
- Re: 暁のカトレア ( No.40 )
- 日時: 2018/06/13 18:27
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: bUOIFFcu)
episode.35 無意味な抵抗をしないだけ
「ご苦労だったな、マレイ」
実力を測るための模擬戦闘は、一瞬にして終わった。六分間とは、驚くべき短さだ。もう少し長く感じるものかと思っていたのだが、まさに「一瞬」である。
「ありがとうございました」
私はそっとお礼を述べた。
負けたことは悔しいけれど、感謝の気持ちを忘れてはならない。相手をしてもらえただけでも光栄なことなのだから。
「お、お、おぉ、お疲れ様ですうぅぅぅ!」
「黙れ」
大声をあげながら接近してきたシンの頭を軽くはたくグレイブ。彼女の整った顔には、不快の色が浮かんでいた。
「い、いったぁぁーいですよおぉぉー……」
シンは両手で頭を押さえながら、そんなことを漏らしていた。
本当に痛そうだ。
「さて、こうしてマレイの実力を見させてもらったわけだが」
グレイブの改まった言い方に、私はごくりと唾を飲み込む。
どのような答えが飛び出すか分からない。合格か、不合格か。彼女がどういった判断を下すか、まったく不明である。
「身体能力は高くない。光球の威力も、コントロールしようと意識するあまり、まずまずになってしまっている」
もっともな発言だ。
私の戦闘能力はまだ未熟。グレイブに近づけるようなものではない。
「ただ、勝利を掴もうという心意気はあるな。そして、そのために、色々と考えて動いていた」
グレイブは静かに瞼を閉じる。
結果が出るのを、私はひたすら待つ。じっと待つ。
——やがて、グレイブはその瞼を開いた。
彼女の、潤いのある漆黒の瞳には、私の姿がくっきりと映っている。
闇のような黒でありながら、採れたばかりの果実のように瑞々しい瞳は、まるで水面のよう。
「それゆえ、合格だ」
グレイブの落ち着きのある声が、そう告げた。
「……合格、ですか?」
一瞬聞き間違いかと思った。
そこで聞き返してみたところ、グレイブは「そうだ」と言って頷いた。やはり私の聞き間違いではないようだ。
「ということは」
「あぁ。まもなく実戦投入だな」
いよいよ、といったところか。
今すぐ実戦が始めるわけではないのに、体が強張るのを感じる。「実戦投入」と言われただけでこの強張りだ。いざ戦いの場に立った時の緊張感は、恐らく、今では想像できないくらいのものだろう。
「まだ一人前とは言えないが、サポートがあれば十分役には立てるはずだ」
「……頑張ります」
胸には不安が渦巻いている。
だが、それと同じくらい、わくわく感もある。
「どうした?あまり自信がなさそうだが、何か不安要素でも?」
「い、いえ」
「そうか。それならいい」
短く言葉を発してから、グレイブは、その手で私の肩をぽんと叩く。
「実戦ではお前一人で戦うわけではない。だから心配するな」
声は静かだが、言葉そのものは温かなものだ。
こうして、私の実力試験は終了した。
合格したことをトリスタンに早く知らせたい。彼は本当に親身になって、色々と教えてくれたから。
けれど、今、どこにいるのだろう?
恐らく基地内にはいるものと思われる。だが、基地内と言っても広い。一人で探して回るのは、あまりに非効率的だ。
そんなことを考えつつ、私は地下牢へと向かう。
ゼーレの昼食の時間である。
早くトリスタンを見つけたいのだが……役割だから仕方ない。
地下牢内にある配膳室で一人分の食事を貰い、ゼーレがいる個室へと向かう。ここは昼間でも暗い。足下に注意を払いつつ、私は運んだ。
やがて彼の部屋へ着く。
コンコンと二回軽くノックして、扉を開け、中へと入っていった。
「……何です」
鎖で繋がれたゼーレは、私の存在に気がついたらしく、面倒臭そうに顔を上げる。
「お昼ご飯、持ってきたわ」
「もうそんな時間ですか……煩わしいですねぇ」
「煩わしい?」
「えぇ。一日に何度も入ってこられるのは、煩わしいとしか言い様がありません」
はぁ、と溜め息を漏らすゼーレ。
私は彼のための食事を、彼の横まで運ぶ。そして、スプーンを手に取る。
「いいから。さ、食べましょ」
「何ですか、その言い方は。私は子どもではありません」
「不快だったら、ごめんなさい。でも、食べなくちゃならないでしょ?」
ゼーレは両腕を体の後ろでくくられてしまっている。そのせいで、自力で食事がとれない。だから、誰かが食べさせてあげなくてはならないのだ。
私は彼の銀色の仮面を下の方だけ浮かせ、スプーンを口へと差し込む。
それにしても、母の仇でもある男にこんなことをしなくてはならないなんて——運命とは実に残酷なものである。
「……そういえば」
口に含んだものを飲み込んだ直後、彼は、思いついたように口を開く。
「今朝は貴女ではありませんでしたねぇ」
そんなことを言うなんて、少し意外だと思った。
私であろうが他の者であろうが、ゼーレにとっては敵だ。つまり、本来誰であろうがどうでもいいはずなのである。
だが、今の彼の発言だと、「誰であろうがどうでもいい」という感じではなく聞こえる。
「何か用でも?」
「えぇ、そうなの。ちょっとだけね」
「そうですか。ま、貴女がいてもいなくても、私には一切関係ありませんがねぇ」
敢えてそんなことを言うところがゼーレらしい。
そんなことを考えていると、いつの間にか笑ってしまっていた。彼の不器用さが微笑ましいからだ。
「それで、ちゃんと食べたの?」
「えぇ。ちゃんと追い返しましたよ」
「そう、それなら良かっ……って、違っ!」
うっかり流してしまうところだった。
「追い返したって、どういうこと!?」
信じられない。
そんなことをすれば余計に立場が悪くなることは明白ではないか。なぜ敢えて刺激するようなことをするのか、まったく理解できない。
「『感謝しろ』だの『這いつくばって食え』だのうるさかったので、帰っていただいただけのことです」
ゼーレは落ち着いていた。淡々と言葉を紡いでいく。
「まぁ確かに、その言い方は酷い気もするけれど……」
「私は、愚か者でないので無意味な抵抗をしないだけです。レヴィアス人に屈服したわけではありません」
どうもそういうことらしい。
初期に比べればだいぶ話してくれるようになったゼーレだが、まだ心を開ききってはいないようだ。
もっとも、当たり前といえば当たり前なのだが。
その時。
パタパタという乾いた足音が、耳に飛び込んできた。
- Re: 暁のカトレア ( No.41 )
- 日時: 2018/06/15 15:41
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: GTJkb1BT)
episode.36 嵐の日の海のような
ゼーレに昼食を食べさせていた時、突如聞こえてきた軽い足音。急いだような慌てているようなその音は、徐々にこちらへ近づいてきている。
私が耳を澄まして足音を聞いていると、ゼーレは首を傾げながら尋ねてきた。
「……どうしました?」
恐らく、食べさせていた私の手が急に止まったことを、不思議に思ったのだろう。
「何か、足音が近づいてきているの」
「足音……ですか?」
「えぇ、こっちへ近づいてくるみたいなの。少し見てくるわ」
私はゼーレに食べさせる用のスプーンを皿に置く。そして立ち上がり、廊下の方へと歩き出した——のとほぼ同時に、トリスタンが現れた。
偶然、バッチリ目が合う。
整った目鼻立ち。深海のような青の瞳。柔らかで品のある容姿に、つい目を奪われてしまう。
——否。
実際に奪われているのは、目ではなく心なのかもしれない。
「トリスタン!」
「マレイちゃん!」
私たちがお互いの名を呼んだのは、ほぼ同時だった。
すぐに駆け寄ってくるトリスタン。
表情は明るく生き生きしていて、少しでも早く何か言いたい、といった空気を漂わせている。
「聞いたよ!合格したって、グレイブさんから!」
「えっ、聞いたの!?」
私の口から言いたかったなぁ、なんて。
「うん!これで一緒に戦えるね!」
美しい顔に喜びの色を滲ませたトリスタンは、そう言ってから、ガバッと抱き締めてくる。彼の金髪が頬に触れ、少々こそばゆい。
「嬉しいな」
「ちょっと、トリスタン……だ、駄目よ」
「何が駄目なの?」
言わせないでくれ、と内心思いつつ、言葉を返す。
「恋人でも何でもないのに抱き締めるなんて、おかしいと思われるわ」
トリスタンは純粋に喜び、それを表しているだけ。それは理解している。だから私としては、抱き締められるくらい平気だ。嫌でもない。
けれど、もし関係のない第三者に見られたら、私とトリスタンがそういう関係だと誤解されることは、必至だろう。
そんなことになっては困る。
だから私は、こうして、はっきりと言っておくのだ。
「だから止めて」
するとトリスタンは、残念そうな顔をして言う。
「マレイちゃんは僕に触られるのが嫌なの?」
そう言われ、顔を上げる。すると予想外に距離が近く、私は驚いた。心臓は鳴る、頬は火照る。これほどの動揺を隠すことは、私には不可能だ。
「どうして『止めて』なんて言うの?僕のこと、嫌いだから?」
「ち、違うわ!でも離して!」
トリスタンの腕の力は予想外に強かった。恥ずかしさもあってか息苦しくなり、私は彼からバッと離れる。
「いきなり抱き締めてくるのは止めて!驚くから!」
「あ……ご、ごめん。嬉しくて、つい……」
どう考えても、嬉しくて、という動作ではない。
だが、しゅんとしているトリスタンを責める、というのは罪悪感がある。悪気がないのに厳しく言いすぎるのも問題だろう。だから私は、それ以上は言わなかった。
「それでトリスタン、何か用?」
私は気分を変えて尋ねる。
すると彼は、整った顔に微かな笑みを浮かべたまま、首を左右に動かす。
「ううん、他は特に何もない。グレイブさんから合格の話を聞いたから、お祝いの言葉を言いに来ただけだよ」
そんなことだけのために、わざわざ地下牢へ来るなんて。
もしかして暇なのだろうか、と少し思ってしまった。トリスタンほどの強さを持った人間が暇なわけがないのに。
「そのためにわざわざ来てくれたのね。ありがとう」
「ありがとうなんて言われるほどのことじゃないよ。一応指導に当たっていたわけだし」
「それじゃあ、合格できたのはトリスタンのおかげね」
私とトリスタンは、お互いの瞳を見つめ合い、そしてふふっと笑った。
特別面白いことがあるわけでもないのに、自然と笑みがこぼれる。穏やかに気持ちになって、楽しさすら感じた。
人の心とは、実に不思議なものである。
そんな風に幸福感に包まれていた時、ゼーレの声が聞こえてきた。
「何をしているのですかねぇ、お二人は」
はっ……!
彼の存在をすっかり失念していた。
「抱き合う、微笑み合う、綺麗な言葉を言い合う……これは、私に見せつけているのですか?わざとですかねぇ」
まずい。ゼーレがご機嫌斜めだ。いや、斜めどころか、ほぼ横——なんて言っている場合ではない。
恐らく、昼食が途中で止まっているのが、気に食わないのだろう。早く次の一口を食べさせなくては。このままではさらに空腹になり、もっと機嫌が悪くなるに違いない。
「待って!ゼーレ、怒らないで!」
「怒ってなどいませんが」
「お腹が空いたのね?すぐにあげるから!」
私はトリスタンのもとを離れ、大急ぎでゼーレの口にスプーンを突っ込む。
つ、疲れる……。
「どう?美味しい?」
機嫌を取ろうと、わざとらしく声をかけてみた。
するとゼーレは、不機嫌そうな声で返してくる。
「冷めてしまいましたねぇ……」
敵地で拘束され、捕虜になり、それでも温かい食事は譲れないと、そう言うのか。呆れるほどに贅沢な男だ。まともな食事が出るだけでも好待遇だと思うのだが。
そこへ、トリスタンがすたすたと歩いてくる。先ほどまでのような柔らかな微笑みはなく、無表情だ。
何事かと思って見ていると、彼は、ゼーレの頬を強くビンタした。パァン、という乾いた音が、地下牢内に響く。あまりに唐突だったため、私は愕然とする外なかった。
「マレイちゃんに文句を言うのは止めてもらおうか」
信じられないくらい冷たい声に、私は思わず身震いする。自分へ投げかけられた言葉ではないと分かっていても、この冷たさは恐ろしい。血まで凍りつきそうだ。
「いきなり叩くとは……野蛮ですねぇ」
「次そんなことを言ったら、今後食事はなしにするから」
「貴方は関係ないでしょう。黙っていなさい」
睨み合うトリスタンとゼーレ。二人の間には、恐ろしいくらいの火花が散っている。
なぜこんなことになるのか、と、私は呆れてしまった。
「嫌だね。マレイちゃんに食べさせてもらっておいて『冷めている』なんて贅沢発言、見逃すわけにはいかない」
「なるほど。分かりました。さては貴方……カトレアに食べさせてもらっている私に、嫉妬しているのでは?」
なんのこっちゃら、である。
何がどうなってそんな話になるのか。私にはもはや理解不能だ。
「まさか。そんなこと、あるわけがない」
「そうですかねぇ?本当は羨ましくて仕方ないのでは?」
ゼーレは挑発的な発言を繰り返す。
「素直に『羨ましい』と言ってはどうです?」
「そんな鎖だらけの姿、ちっとも羨ましくないね」
「ほう。では、夜な夜な傍にいてじっくり関わるのも、羨ましくない……と?」
刹那、トリスタンの目の色が変わった。
一瞬にして白銀の剣を取り出す。そして、剣先をゼーレの喉元へあてがう。
「マレイちゃんに何かしたら、絶対許さないから」
いつもは静かで穏やかな雰囲気をまとっているトリスタンの瞳だが、今は荒れ狂う海のようだった。ダリアで見た嵐の日の海によく似た雰囲気だ。
トリスタンのこんな表情は初めて見た。
喧嘩はあまり好きでない。騒がしいのは嫌いだからだ。
ただ、トリスタンの珍しい面を見られたことは、もしかしたら収穫だったのかもしれない。
- Re: 暁のカトレア ( No.42 )
- 日時: 2018/06/15 22:16
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XGjQjN8n)
episode.37 紹介と質問タイム
「では早速、紹介しよう。彼女は、今日から共に戦う、新たな仲間だ」
今、自分でも信じられないくらいに、緊張している。
なぜかというと、隊員らの前で紹介されているからだ。
心臓は破裂しそうなほどに脈打つ。全身が熱を持ち、頭はぼんやりとしてくる。こんな時に限ってあくびが止まらず、そのせいで浮かんだ涙が目元を濡らす。
あぁ、なぜこんなにも。
宙に向かってそんな奇妙な問いかけをしたくなるくらい、凄まじい緊張の渦に巻き込まれている。
「名はマレイ・チャーム・カトレア。年は十八」
十名ほどの隊員の前に立つ私の左右には、グレイブとトリスタン。
ただ者でない空気をまとった二人の間に立つというのは、どうも、しっくりこない。私がここにいて本当に大丈夫なのだろうか、などと考えてしまう。
「ではマレイ。皆に一言、頼めるか」
「はっ……はい……」
グレイブの言葉に、私は頷く。しかし、正直なところ、不安しかない。
十人もの人間の前に立ち挨拶をした経験など一度もないため、「一言」と言われても、どんな一言を発すれば良いのか不明である。
私は一歩前へ出る。その瞬間、隊員らの視線が私の顔面へ集中した。
——まずい、汗しか出ない。
発するべきは言葉のはずなのに、言葉は少しも出ず、冷たい汗だけが額に溢れる。汗など出ても何の意味もないというのに。
「どうした、マレイ。一言だけで構わないのだが」
「あ、はい……」
ごくり、と唾を飲み込む。
そして私は、私が持つすべての勇気を掻き集め、ようやく口を開く。
「マレイです。よろしくお願いします!」
向かってくる大量の視線に耐えきれず、それから逃げるように、私は深く頭を下げた。こうでもしていないと、心臓が持たない。
「よし。では何か、彼女に質問などあれば」
司会役のグレイブは、隊員たちにそんなことを言った。
紹介が終わり、ようやくこの場から逃れられると思ったのに、どうやらまだ続くみたいだ。
「はいはい!質問!」
「何だ」
「彼女、どこの出身なんすか?」
「なるほど、出身か。マレイ、答えてやってくれ」
よりによって、こんな質問……。
私は何とも言い難い気持ちになった。
出身ということは、今は亡きあの村だろう。だが、それを言うと、この場を暗い雰囲気にしてしまいそうだ。せっかく楽しげな感じだというのに、たった一つの答えでそれを壊してしまうのは、気が進まない。
だから私は、敢えてこちらを選んだ。
「私の出身地はダリア。ミカンの有名な、海に近い街です」
左隣にいたトリスタンが驚いた顔をするのが、視界の端に入った。あくまで推測だが、私が出身をダリアだと言ったことに驚いているのだろう。
「おおっ、海の街出身!爽やかでいいっすね!」
「はい。素敵なところです」
「いつか行ってみたいっすわ!」
素敵なところ、は嘘ではない。
私はダリアで生まれ育ったわけではない。けれども、数年暮らしていたのは事実だ。だからダリアの良いところは知っている。もっとも、ダリア生まれダリア育ちの者に比べれば、知らないことも多いと思うが。
「他に質問は?」
グレイブが声をかけると、二人目の手が上がった。
「では君」
「はい!ありがとうございます!では早速、質問を!」
短い茶髪のどこにでもいそうな青年だ。二十代くらいだと思われる外見をしている。正しくは、二十代後半、だろうか。
「好きな男性のタイプは、どんなタイプですか!?」
驚きの質問が飛び出してきた。
右隣にいるグレイブは、その質問を聞くや否や、呆れたように溜め息を漏らす。
「こら。そんなことを聞くんじゃない」
「え、駄目ですか?」
きょとんとした顔をする青年に対し、グレイブは口調を強める。
「ふざけた内容は止めろ!分かったな?」
「あ、はい……すみません」
一切悪気がなかったらしき茶髪の青年は、しゅんとして、肩を落とした。
「では次。誰か質問は?」
この質問タイムはまだ続くらしい。
早く終わらないかな……。
「そこの黒髪」
「ありがとうございます。マレイさんはどういった目的を持って、ここへ入られたのですか?」
今度は胃が痛むような真面目な質問が来た。まるで面接だ。試されているような気がしてならない。
「はい。ええと、目的は……」
そこへトリスタンが口を挟んでくる。
「僕が彼女をスカウトしたから。それだけのことだよ」
「では、本人に入隊の意思はなかった、と?」
「もちろん強制したわけではないよ。僕が彼女の才能を認め、彼女に『来ないか?』と誘った。そしたら彼女は、頷いてくれた。それだけのこと」
「……なるほど。分かりました」
黒髪と呼ばれた質問者は、軽く頭を下げ、口を閉じた。
グレイブが再び「では次」と言い出してから、トリスタンがそっと教えてくれる。
「彼、すぐああいう質問するんだよね」
ちょっぴり嫌な人、というのは、案外どこにでもいるものなのかもしれない。
「直接だったら多分もっと突っ込んでくるから、気をつけて」
「分かったわ」
ナイス、トリスタン。
こうして私は、正式な隊員としての初めての夜を、迎えようとしていた。
今夜からは一人の戦闘員として、化け物の前へ立たなくてはならない。
そのことに不安がないわけではないが、幸い今夜は、トリスタンもグレイブもいる。フランシスカは非番でいないが、トリスタンとグレイブ——実力者が二人もいれば、どんな敵が来たとしても、そう易々と負けはしないだろう。
だからきっと大丈夫だ。
戦いは恐らく起こるだろうが、上手く切り抜けられるに違いない。
そう信じて、疑わなかった。
——その時が来るまで。
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