コメディ・ライト小説(新)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.73 )
- 日時: 2018/08/02 13:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3i70snR8)
episode.68 初勝利は刃とともに
突如、腕時計から放たれた、赤い光線。意図せず放出された一筋の光線は、シブキガニの赤茶色をした甲羅に、豪快に突き刺さった。甲羅はそれなりに硬いはずなのに、見事に突き刺さっている。
なぜこのタイミングで光線が出たのかは分からない。
ただ、一つだけ分かることは、チャンスだということだ。
いきなり甲羅への攻撃を浴びたシブキガニは、冷静さを欠いている。この状況なら、私にも勝ち目はあるかもしれない。
シブキガニは長い脚を掲げ、一気に振り下ろして叩き潰そうとしてくる。しかし、大振りな動作ゆえ、無駄が多い。私でも無駄が多いと分かるほどの、やけくそな動きだ。
私は、シブキガニが脚を持ち上げた隙に、その背後へ回る。
そして、気づかれるより早く、光球を撃ち出す。一気に決めたいので連射だ。
放った赤い光球は当たる。
今日は調子が良い。
後ろからの攻撃を受け、バランスを崩すシブキガニ。
次で終わらせる。
心をしっかりと決め、消滅するシブキガニをイメージする。
——その時。
腕時計が赤く輝く。ほんわりとしていて、しかしはっきりとした輝きだ。腕時計から溢れた輝きは、みるみるうちに形を変え、ついに剣状へ変形した。
突如として現れた剣。
その刃部分は、銅のような赤茶色。そしてかなり細い。持ち手は赤く、華やかさのある細やかな装飾が施されている。
全体的に赤みを帯びた色合いの剣は、宙で形になった後、私の足下付近へ落ちた。
私はそれを拾い上げ、握ってみる。
あまり重くはない。これなら私の力でも使えそうだ。と言っても、剣の扱いに慣れていないため上手には使えないかもしれないが。
ただ、一刻も早くシブキガニを倒さなくてはならないので、剣でいくことに決めた。
「……上手くいきますように」
祈るように呟く。
すると、銅色の刃部分から赤い光が溢れる。
その光景を目にした瞬間、私は、「いける」と確信した。これといった理由があるわけではない。確かな根拠があるわけでもない。けれども、その確信は揺るぎのないものであった。
私はシブキガニへ駆け寄り、背後から、その体に剣を突き刺す。赤い輝きをまとった剣先は、シブキガニの頑丈そうな甲羅を、いとも簡単に貫いた。
少ししてシブキガニは、ずぅん、と低い音を立てながら倒れ込んだ。以降、その体が動くことはなかった。
シブキガニは、これまで見た化け物たちとは違い、塵のようになって消滅しはしなかった。ゼーレが食用と言っていたことを思うと、シブキガニは、他の化け物とは違った体を持っているのかもしれない。
「やった……!」
こうして、初めて一人で化け物を倒した私は、暫し、満足感でいっぱいだった。安堵と達成感が混ざったものが、今、私の胸を温かく満たしている。
シブキガニは他種の化け物よりかは大人しかった。素早く近寄ってくることも、群れで迫ってくることもなかった。だから私にでも倒せたのだろう。
弱い種族の化け物を一体だけ倒したことなど、何の自慢にもならない。それは分かっている。しかし、それでも誇らしい。
ちょうどそこへ、ゼーレが合流してくる。
「ゼーレ!やったわ、私!」
思わずそんなことを言ってしまった。
なぜって、自分の力で倒せたことが嬉しかったから。
「……嬉しそうですねぇ」
呆れたように返されてしまった。
それもそうか。まだまだ敵はいるというのに、一体倒しただけで喜んでいる人間なんて、馬鹿としか言い様がないだろう。
「えっと、何だかごめんなさい。まだ一体しか倒していないのに喜んでいちゃ駄目よね」
私が言うと、ゼーレは小さな声で返してくる。
「いいえ。貴女にしては上出来です」
「え?」
耳を疑ってしまった。彼が「上出来」と言ってくれる可能性など、微塵も考えていなかったから。
「上出来だと言ったのです。……相変わらず耳が悪いですねぇ」
「あ……」
すぐに返答を発っすることはできなかった。言葉を詰まらせてしまい、妙に気まずい空気になってしまう。
だが、これだけはちゃんと言わなくては。
そう強く思い、数秒してから、しっかりと述べる。
「ありがとう」
馬鹿にされても仕方がないと思った。たいしたことをしたわけではないから。
だが、ゼーレは私を馬鹿にせず、褒めてくれた。
それは——本当に嬉しかったの。
「……何がありがとうですか、馬鹿らしい」
「貴方に褒めてもらえて嬉しかったわ」
「止めていただけますかねぇ。べつに……褒めたつもりはありません」
必死に否定するゼーレはどこか可愛らしく、つい、くすっと笑ってしまった。
彼は根は悪い人ではない。善い人と思われまいと振る舞っているだけだろう。これまで色々と接してきたから、私にはそれが分かる。
「素直じゃないのね」
「貴女は本当に……調子のいい女ですねぇ」
「そう?」
優しさを持ってはいて、でもそれを他人に隠そうとするところは、ゼーレの面白いところだ。ただ、素直になればいいのに、とたまに思う。
「まったくです。貴女はいつだって——」
言いかけて、ゼーレは突然こちらを向く。
「危ないっ!!」
「……え?」
突如のことに、私はぽかんとしてしまう。
そんな私を、彼は抱き締めるように抱えながら、跳ぶ。
——直後、凄まじい光とともに、轟音が響いた。
- Re: 暁のカトレア ( No.74 )
- 日時: 2018/08/03 15:22
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: CwTdFiZy)
episode.69 場面転換
何が起きたのか、暫し理解できなかった。あまりに突然のことだったから。
「……無事ですか」
「え、えぇ。一体何が?」
よく見ると、ゼーレがまとっている黒のマントは、半分ほど焼け焦げていた。白色の煙が漂っている。
「シブキガニとやりあっている場合では……なさそうですねぇ」
ゼーレは、振り返りながら、強張った声で述べた。彼が向いた方へ私も目をやる。
するとそこには、リュビエと見知らぬ男がいた。
見知らぬ男は背が高い。二メートルは軽くありそうだ。しかも、暗めの灰色の甲冑を身につけているため、なおさら大柄に見える。
そんな中でも、頭部だけは唯一露出しており、五十代くらいと思われるゴツゴツした顔が視認できる。
「お主が裏切るとは思わなかったぞ。ゼーレ」
地鳴りのような声で言う見知らぬ男。
ガシガシした毛質の真っ赤な長髪が印象的だ。
「な、何なの?」
「……下がっていて下さい」
状況が飲み込めないため尋ねてみたが、ゼーレは短く返してくるだけ。ほとんど何も教えてくれなかった。
「ゼーレ、ボスはお怒りよ」
リュビエは、見知らぬ男を『ボス』と呼んだ。ということは、目の前にいる彼こそが、『ボス』という人物なのだろう。
しかし、まさかいきなり現れるとは——驚きである。
「無駄な抵抗をせず、塵となりなさい」
「嫌です」
「ならば強制的に塵にする外ないわね」
ゼーレへかけられたリュビエの声。それは、信じられないくらい冷ややかなものだった。リュビエはもう、ゼーレを仲間だとは思っていないのだろう。
「ですよね?ボス」
リュビエが確認すると、ボスは低い声で答える。
「それもそうだが、ただ塵にするだけではつまらぬ。我を裏切った愚か者には、死より辛い目に遭ってもらわねば」
ボスの意思を聞いたリュビエは、彼にひざまずき、色気のある声色で「承知しました」と述べる。
「リュビエ。お主は、マレイ・チャーム・カトレアを捕らえよ。裏切り者は我がやる」
「はい。ボス」
ボスが傍にいるからか、リュビエの声はいつもより柔らかだ。特に、ボスへの言葉を放つ際には、他よりも女性らしさのある声色になっている。リュビエがこのような柔和な印象の声を出せるとは、少々驚きだ。
数秒後。
灰色の甲冑をガチャガチャと鳴らしながら、ボスはこちらへ歩み寄ってきた。ゆったりとした足取りだが、それがまた、不気味さを高めている。
私のすぐ前にいるゼーレの体が強張るのが分かった。
「大丈夫?ゼーレ」
「……貴女に心配されるほどのことではありません」
ゼーレは淡々とした調子で返してきた。だが、平静を装っているだけだと容易く判断できる。言葉こそ落ち着いているようだが、今、彼はかなり動揺していることだろう。
「お主はなぜゆえ我を裏切った」
少しずつ歩み寄りながら、ボスがゼーレに尋ねる。
地鳴りのような低い声だ。
「我への恩を忘れたか」
その声は、静かながらも、沸々と煮えたぎる怒りを感じさせる。
私はただ聞いていただけだが、ボスの声色から、地底で密かに燃えるマグマのようなものを感じた。凄まじい迫力だ。
「……恩、とは随分な言い方ですねぇ。私は貴方に感謝など、ほんのひと欠片もしていませんが」
「そうかそうか。では、命を見逃してやったことさえ、感謝していないというのだな」
「他人の両腕を奪っておいて……感謝などあるわけがないでしょう」
ゼーレは怯まずに言葉を返す。その様に、私は感心した。
なぜなら、このような恐ろしい雰囲気を持つボスに言い返せるなんて、凄いと思ったからだ。
私がゼーレの立ち位置だったなら、彼ほど強く出られたかどうか分からない。……いや、恐らく何も言い返せなかったことだろう。恐怖に支配されていたことと思う。
「両腕?そんなものが何だと言うのだ。お主には、両腕の代わりに、化け物を生み出す力を授けてやったではないか。それでもなお満足でないと言うのか」
この時になって、私は初めて知った。
なぜゼーレの腕が金属製で機械風なのかを。
彼の腕が人のそれでないことは、最初に出会った時から知っていた。人間に馴染まないそれは目立つからだ。けれど、なぜ彼の腕がそうなったのか、考えたことはあまりなかったように思う。
両腕を奪ったのが、まさかボスだったなんて……。
「お主の腕に価値などなかろう。今の状態の方が、お主の兵としての価値はずっと高い」
「……人間としての価値は、もはやゼロに等しいですがねぇ」
「そんなことはどうでもいいではないか。もはやお主に、人間として生きる道などないのだから」
ボスの心ない言葉を聞いた瞬間、私は、半ば無意識に放つ。
「そんな言い方しないで!!」
するとボスは私をじろりと見てきた。
悪魔のような目つきが非常に恐ろしい。
「マレイ・チャーム・カトレア。お主は黙っているがいい」
「いいえ!ゼーレにそんな言い方をされて、黙ってなんていられないわ!」
私の発言に、眉をひそめるボス。
怒っているというよりは、戸惑っているような表情をしている。
「何だと?」
「ゼーレは人間よ!感情も、優しさも、彼にはちゃんとあるもの!」
「面白いことを言う娘だ。ある意味気に入った。さらに欲しくなってきたぞ」
「そんな話をしているんじゃ——」
言いかけた瞬間。
耳に飛び込んできたのは、リュビエの鋭い声。
「黙りなさい!」
彼女は高くジャンプして、私とボスの間に降り立った。
黒いブーツは今日も、眩しいほどの太陽光を浴びて、てかてかと輝いている。スタイルの良さも健在だ。しっかりと凹凸のある体は、ダリアの陽のもとでも華やかさを失っていない。
個人的には、リュビエは、闇で忍び寄るアサシンのような印象が強かった。しかし、明るい戦場にいてもなお、彼女は魅力的だ。
……彼女を称賛するわけではないが。
「マレイ・チャーム・カトレア、お前の相手はあたしよ。ボスから直々に与えられたこの任務、必ず成功させるわ。今日こそは覚悟なさい」
ゼーレはボスと話している。だから、今彼は、私を助けることはできない。
それはつまり、私がリュビエと、一対一で戦わねばならないということである。
——だが。
今はできる気がする。戦える気がする。
先ほどシブキガニを倒したことで、自信はついた。
なので、私はもう怯まない。
戦いを望みはしないけれど、向こうが挑んでくる以上戦うしかない。だから、たとえ一人でもやってみせる。可能な限りの抵抗をしてみせるのだ。連れ去られないために。
- Re: 暁のカトレア ( No.75 )
- 日時: 2018/08/04 18:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: te9LMWl4)
episode.70 真紅の光は止まらない
ダリアの砂浜にて、今私は、リュビエと対峙している。
よく晴れた爽やかな空とは対照的に、私の心にはもやがかかっている。誰の助力も望めない状況で、リュビエと戦わなくてはならないからだ。
だが、それでも私は前を向いた。
魔の手から逃れる方法がそれしかないのならば、私は迷わずに戦う。それが、今の私にできる最善だから。
「覚悟なさい」
リュビエは冷淡な声で述べた。情など存在しない、と宣言しているかのような声色で。
そして、次の瞬間。
緑色の髪をなびかせながら、大きく、一歩、二歩、と接近してくるリュビエ。彼女は全身から、尋常でない迫力を放っている。
だが怯んでいるわけにはいかない。
私は心の中で「大丈夫」と呟き、自身を鼓舞する。
シブキガニとの戦いの時に発生した剣は消えてしまった。けれど、私には腕時計がある。だから最低でも光球は使える。攻撃手段があれば、ある程度は戦えるはずだ。
——とその時、リュビエの長い脚が回し蹴りを繰り出してきた。
私は咄嗟に数歩下がる。
それにより、すれすれのところで回し蹴りをかわすことができた。
「……よし」
攻撃直後を狙い、リュビエに向かって赤い光球を放つ。光球は炎のように輝きながら、リュビエへ迫る。
「遅いわ」
口元に余裕の笑みを浮かべるリュビエ。
彼女はしっかりと反応し、蛇の化け物を作り出す。そして、それで、私が撃ち出した光球を防いだ。
対応の早さには感心せざるを得ない。
「その程度じゃ、あたしからは逃れられないわよ」
「……でしょうね」
「そろそろ諦めればどう?」
「いいえ……諦めなんてしません!!」
私は日頃より調子を強めて言い放った。
そして、勝負に出る。
まずはジグザグにリュビエへと駆け寄っていく。捉えづらい動き方をすることで、少しでも翻弄できれば、と思ったからだ。
「そんな動きであたしを翻弄できると思ったなら、間違いよ」
リュビエは、淡々とそう言ってから、踏み込んでくる。この程度で下がってはくれないようだ。
ロングブーツを履いた美脚による蹴りがくる。
ジャンプしながらの、大振りな蹴りだ。
私はスライディングするようにして地面を進み、リュビエの背後へ回った。
私はつい、いつもこのパターンを使ってしまう。そのため、回を重ねれば重ねるほど、読まれる可能性は高くなる。しかし、慣れているためか、このパターンの成功率は比較的高い気がする。
そして放つ。光線を。
「馬鹿な!」
私の意思通り、腕時計から放たれたのは光線だった。赤くて太い、あの強力な光線である。
「このタイミングで光線っ!?」
胸の前で両腕を交差させて赤い光線を防ぎながら、動揺したように叫ぶリュビエ。かなり驚いているように見える。
だが、一番驚いているのは私だ。
これまで、自分の意思で光線を出すことはできなかった。しかし、今は間違いなく、私自身の意思によって光線を放った。
良い意味でかなり大きな変化だと思う。
「いけーっ!」
私は腹の底から叫んだ。
晴れたこの空に響き渡るほどの、大きな声で。
「……そんな」
リュビエの声が引きつる。
この時、ついに、リュビエの唇から笑みが消えた。
「馬鹿な!あり得ない!」
両腕で必死に防御していたリュビエだったが、耐え切れなくなり、数メートル後ろへ吹っ飛んだ。
リュビエの体が、派手に宙に浮く。
彼女の女性にしては大きな体を吹っ飛ばせるとは思わなかったため、少々驚いたが、今までにないくらいの好調だ。この波に乗っていけば、何とかなるかもしれない。
「くっ!」
地面を派手に転がるリュビエ。
さすがの彼女も、すぐには体勢を立て直せない。
そこを狙い、私は再び赤い光線を発射する。
「この……!」
リュビエは砂にまみれながらも、光線を避けようと、咄嗟に動く。地面の上を回転し、ぎりぎりのところでかわした。
今度の攻撃は避けられてしまった。しかし、諦めるにはまだ早い。まだチャンスはある。私の背を押してくれる勢いという名の波があるから、私はまだ戦える。
せっかくリュビエに攻撃を浴びせられたのだ、この機会は逃さない。
私はすぐに光球を放ちながら、リュビエへ接近していく。
「なめるな!」
鋭く叫び、たくさんの蛇の化け物を作り出すリュビエ。彼女はそれらの蛇型化け物によって、私の光球を一つ一つ確実に潰す。光球と蛇型化け物の数は互角だ。
このまま一気に近づき、至近距離から光線を叩き込む。
それなら、体格差も何もないはずである。
「なめてなんかいません!」
「調子に乗るんじゃないわよ!」
「放っておいて下さい!」
リュビエは既に立ち上がってきているが、まだ完全な体勢には戻っていない。叩き込むなら今がチャンスだ。
「覚悟!!」
右腕をリュビエに向けて伸ばし、腕時計に意識を集める。
——次は光線。
そう念じていると、念じた通りに、赤い光線が放たれた。
ダリアでトリスタンと共に巨大蜘蛛と遭遇したあの日。私の人生が動き始める原因となった、あの瞬間の軌跡——これは、その再来だった。
燃ゆるような真紅の光線は、まばゆい光をまといながら、立ち上がりかけのリュビエを襲う。
「……っ!」
さすがのリュビエも言葉を詰まらせていた。避けようと動くのではなく、身構えているところを見ると、かなり警戒しているようだ。
だが、身構えても無駄。
いくら体勢を整えていたところで、この光線を浴びて無事でいられるはずがない。
一筋の真紅は宙を駆ける。
そして、大爆発と共に、凄まじい砂煙が辺りを包み込んだ。
- Re: 暁のカトレア ( No.76 )
- 日時: 2018/08/06 01:28
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Oh9/3OA.)
episode.71 ボスの判断
私が放った赤い光線が、爆発を起こし、砂煙が巻き起こる。今までに見たことのないような、大規模な砂煙だ。視界が一気にくすむ。
そして、待つことしばらく。
砂煙が晴れると、地面に座り込むリュビエの姿が目に映った。
彼女が着用している、肌にぴったり吸い付く黒いボディスーツは、ところどころ破れている。ナイフで裂いたような切れ目や、軽く焼け焦げたような穴が目立つ。
「やってくれたわね……」
リュビエは倒れきってはいなかった。
けれども、大きなダメージを与えられたことは間違いない。
これだけダメージを与えてさえいれば、まだ戦いが続くにしても、少しは有利に進められることだろう。
「なかなかやるじゃない」
「……ありがとうございます」
もっとも、敵に評価されても嬉しくはないが。
「だけどこんな奇跡、何度も連続はしないわ」
そうかもしれない。本当に、ただの奇跡かもしれない。だが、それでも私は、この波に乗っていく。奇跡を実力に変えることだって、不可能ではないはずだ。
「次はこちらの番ね。お返——ボス!」
リュビエが言いかけた刹那、ゼーレの方にいたはずのボスが、彼女のすぐ隣へやって来ていた。
ガシガシの赤い髪と灰色の甲冑が、相変わらず目立っている。
「何をしている」
ボスは低い声を出す。地鳴りのような、不気味な威圧感を含む声だ。
さすがのリュビエも、これには怯えたような表情を浮かべていた。彼女にも一応、恐怖という感情は存在するようである。
「し、失礼致しました……」
リュビエは少々慌てた様子で、頭を下げて謝罪する。
「必ずや任務は果たします!ですから、どうかお許し下さい!」
彼女はいつになく落ち着きのない状態だ。
ゼーレのように「使えない」として切り捨てられることを、恐れているのだろう。
リュビエはボスに仕えることを何より望んでいる。だからこそ、今こうして、焦り、怯えているのだと思う。
「どうか……!」
必死に許しを請うリュビエに、ボスはゆっくりと口を開く。
「……構わん」
「ありがとうございます……!」
不覚をとったことを許されたリュビエは、ボスの言葉を聞くや否や、ぱっと面を上げる。右手を胸元へ当て、軽く礼をする。先ほどまでの焦りや怯えは消えていた。
「ではあたしは、速やかにマレイ・チャーム・カトレアを——」
「いや。その必要はない」
「な、なぜです?あの役立たずに代わって彼女を捕らえるために、ここまでいらっしゃったのでは」
「いや。そのつもりだったが、もういい」
戸惑っているリュビエに対し、ボスはその逞しい首を左右に動かす。
「小娘はもう少し泳がせておいた方が……面白くなりそうだからな」
「そ、そうなのですか」
リュビエは戸惑った様子はそのままに、返事をしている。
いつも淡々としている彼女が、ボスの前ではこんなに焦ったり怯えたり戸惑ったりする。その事実は、なかなか興味深いと思えるものだった。
直後、リュビエがくるりとこちらを向く。
私は咄嗟に身構えた。しかし、どうも、再び挑んでくる気ではないようだ。
彼女は軽く顎を上げ、偉そうに言い放つ。
「ふん。そういうことよ」
この状況下においても、私に対しては高飛車な物言い。ボスと言葉を交わす時とはまったく異なった喋り方である。
「今回だけは見逃してあげるわ」
なんという上から目線。
思わず笑いそうになるくらいだ。
「ただ、逃れられるとは思わないことね」
そう吐き捨てると、リュビエは視線をボスへと戻す。
「では飛行艇へ戻られますか?」
「そうだな。そうしよう」
「招致しました。では、あちらまでご案内致します」
軽く礼をし、リュビエは片腕を伸ばす。すると、この前ゼーレがやってくれたのと同じように、空間がグニャリと歪んだ。歪みはみるみるうちに広がり、人が通れるくらいの大きさにまで広がる。
彼女もゼーレと同じく、あの術を使えるようだ。
それを考えれば、もしかしたらボスもできるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、ボスとリュビエは砂浜から消えた。嵐が去るような、あっという間の退場だった。
二人が去り、少し心が落ち着いた頃、ゼーレの存在を思い出す。
私は彼の方へ視線を向ける。
——そして、愕然とした。
「ゼーレ!?」
彼が砂浜に倒れ込んでいたからである。
すぐに駆け寄る。
「ゼーレ!大丈夫!?」
俯きに倒れ込んでいる彼の体からは生気を感じない。金属製の腕も、二本の足も、力なくだらりと垂れている。
私は砂浜に座り込むと、彼の脱力した体を抱え上げる。
すると初めて反応があった。
「……カトレア」
これまでずっと彼の顔を覆っていた、銀色の仮面が、半分ほど割れていた。
仮面が割れた隙間から覗く肌は赤く染まっている。目は閉じているようだ。
「どうしたの!?あ、もしかして、あのボスとかいう人に?」
「少しばかり……油断しすぎましたかねぇ……」
ゼーレがこんなことを言うなんて、らしくない。
らしくなさすぎて不気味だ。
「一体何をされたの」
「愚かなことですが……一発食らっただけです」
「とにかくどこかへ運ぶわ。早く応急処置をしなくちゃ」
胸を上下させながら、ゼーレは小さな声を発している。
「……すみませんねぇ」
「そんなことを言わないで。らしくないわ」
「手間を……かけさせて」
「止めて!」
私は咄嗟に叫んでしまった。
「ゼーレはいつもみたいに、嫌みを言っていてくれればいいの」
シブキガニとの戦いを続けなくてはならないことは分かっている。けれども、こんな状態のゼーレを放置しておくことはできない。負傷した人を放って戦うなんて、私には不可能だ。
取り敢えず、ゼーレをこの戦場の外へ連れていかないと。
そう思って彼を持ち上げようと試みる。だが、上手く持ち上がらない。脱力した成人男性の体はかなり重かった。
「どうすれば……」
そんなこんなで困り果てている私の耳に、唐突に、聞き慣れた声が飛び込んでくる。
「マレイちゃん!」
声が聞こえた方を向くと、高台の上から階段を駆け下りてくるトリスタンが見えた。
「トリスタン!見ていたの!?」
「うん。何だか凄いことになっていたから、近寄れなくて。もっと早く来れなくてごめん」
よく晴れた空の青と、さらりとした金の髪。見事な組み合わせだ。何とも形容し難い美しさである。
「マレイちゃん大丈夫?」
「えぇ、私は。でも、ゼーレが……」
ゼーレは既に意識を失っていた。
頬をとんとんと叩いてみても、反応がない。
「怪我をしているの。でも私一人じゃ運べなくて」
するとトリスタンが、ゼーレの体に腕を回した。
「僕が運ぶよ。アニタさんの宿でいい?」
トリスタンの青い瞳が、真剣に見つめてくる。
それに対し、私はそっと頷いた。
- Re: 暁のカトレア ( No.77 )
- 日時: 2018/08/06 11:55
- 名前: 雪うさぎ (ID: rrVpWdVb)
お久しぶりです。君は隣人でお世話になってました(?)、雪うさぎです。
やっぱりトリスタンはいいですよね。私はトリスタンおしてますw
四季さんはやっぱり、生き生きとした文章をお書きになりますね。読んでて楽しいので、読み込んでしまいます。
その楽しさにつられて、私もまた書き始めたほどです。
お互い頑張りましょう。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32