コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.88 )
- 日時: 2018/08/16 17:09
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: OZDnPV/M)
episode.81 優しさに触れたら
覚悟はできた。たとえどんな目に遭おうとも、私は目の前の敵を倒す。今はただ、それだけだ。
「もう動けないのかなー?」
クロの爪が迫る。もうまもなく、私の腕に突き刺さるだろう。
——だが、そこがチャンスだ。
距離が近づき、敵も油断している。その瞬間を狙えば、この危機から逃れられる確率は高い。
「ばーいばーいっ」
至近距離にまで迫ってくるクロに、私は、右手首の腕時計を向ける。
そして、光線を放った。
腕時計より溢れた赤い光。それは一筋の太い光線となり、一メートルほどしか離れていないクロの体を貫いた。私がやったとは到底思えぬ、見事な直撃だ。
クロの小さく軽そうな体は勢いよく吹き飛ぶ。そして壁に激突した。
「よし、当たった……」
気が緩み、倒れ込みそうになった瞬間、黒いマントがひらめくのが視界の端に入った。
「カトレア!」
駆けてきたのはゼーレ。
彼は私のすぐ横へ座り込むと、翡翠のような瞳で見つめてきた。
「無事でしたかねぇ」
「え、えぇ。私は無事よ。ゼーレこそ、大丈夫なの?」
なぜか私が心配されてしまっているが、本来心配すべきなのはゼーレの方なのだ。ゼーレは既に怪我しているところにこの襲撃。私より彼の方が大変なのは目に見えている。
「私はべつに……何の問題もありません。この身で戦わずとも、蜘蛛を戦わせられますからねぇ」
そうか。
確かに、それなら本人が動けずとも戦える。
「まったく、あのトリスタンとかいう馬鹿は……本当に使い物になりませんねぇ。わざわざ来ておきながら……非常時には帰っているなんて」
「ごめんなさい、ゼーレ。私がトリスタンに帰るよういったから……」
するとゼーレは淡々とした調子で返してくる。
「いえ。べつに貴女を責めているわけではありません」
彼の声色は静かだ。危機の中にいるとは思えぬほどに落ち着いている。
だが、それだけではなく、優しさも微かに感じられた。彼は不器用だが、不器用なりに私を思いやってくれているのだろう。
「……優しいのね」
私は半ば無意識にそんなことを言っていた。
こんな言葉がするりと出たのは、多分、彼の優しさに触れたからだろう。ゼーレの言動から思いやりを感じられたからこそ、私も素直になれたのである。
「ゼーレ、貴方って本当は優しい人よね」
すると彼は、頬をほんのり赤らめつつ、ぷいっとそっぽを向いてしまった。どうやら照れているらしい。少し可愛いと思ってしまった。
「私は優しくなどありません」
「そう?」
「忘れたのですか、カトレア。私は貴女からすべてを奪った人間です」
彼の発言は間違ってはいない。
だが、いくら辛いことだったからといって、過去に囚われ続けるのはナンセンスだ。
「貴女は本来……私を憎むべきなのです」
ゼーレはきっぱりと言った。その言葉と声色は、一切迷いがないように感じさせる。
しかし、彼が憎まれることを望んでいないということは、表情を見ればすぐに分かった。彼はこんなことを言ってはいるが、実際のところ憎まれ続けたいと思っているわけではないのだと、表情から伝わってくる。
「どうして?今はもう仲間じゃない」
「……ほう。なるほど。相変わらず、救いようのないお人好しですねぇ」
「何とでも言ってもらって構わないわ」
仲間なら、ちょっとやそっとの喧嘩くらい、起きたって悪くはない。そうやって仲は深まっていくものなのだから。
その時。
壁に激突して動かなくなっていたクロが、その小さな体をむくりと起こした。白い毛に包まれたネコ耳も、ピクピク動いている。
「うぅーん……結構やられちゃーったなー……」
赤い光線が直撃したのだ、そこそこ大きなダメージを与えられているはずである。しかしクロは呑気な喋り方のまま。ダメージを受けた様子はあまり見受けられない。
「やっぱり、ボスの命令に逆らうようなことをしたらー、痛い目に遭うってこーとかなっ?こわーいなー」
クロは、雪のように白い髪を風になびかせつつ、ゆっくりと立ち上がる。
「効いてなかったってこと……?」
「効いていないということはないはずですがねぇ」
至近距離から攻撃を叩き込めば大ダメージを与えられると思っていただけに、少々ショックだ。こんなにあっさり立ち上がってこられるとは、予想していなかった。
「やっぱ目標は、一人に絞ろーっと」
クロの狙いが再びゼーレに戻ってしまった。
これでは最初に逆戻りではないか。
「まだ来る気のようですねぇ……仕方ありません」
ゼーレは呟き、蜘蛛型化け物を自身の前へ呼び集める。
彼自身は怪我で上手く動けない。だから、蜘蛛型化け物たちに戦わせるつもりなのだろう。
「いきなさい!ただし、火は使わないこと!」
そう指示が放たれた瞬間、蜘蛛型化け物たちは一斉に動き出す。床を不気味に這いながら、近づいてくるクロを迎え撃つのだ。
そして、蜘蛛型化け物にクロの相手をさせておきながら、ゼーレは私の方を向く。
「カトレア、ここから出ていって下さい」
「……え?どうして?」
彼の瞳は真剣な色を湛えていた。
「あれの狙いは私です。貴女を追いかけはしないでしょう」
「待って。どういうことよ」
「先にここから去りなさい、と。そう言っているのです」
割れた仮面の隙間から覗く翡翠のような瞳。それは、今までで一番美しく、鮮やかな色をしていた。
なのに、なぜだろう。
今ここで別れたら、もう会えないような気がした。
具体的な根拠があるわけではない。会えないような気がする理由がする理由もない。ただ、『そんな気がする』というだけのことだ。
……でも。
「嫌よ。私、貴方をここに置いてはいけない」
クロの爪に抉られた脇腹と左腕は、少し時間が経った今でも、じくじくと脈打つように痛む。出血は止まってきているものの、赤いものが流れた跡はくっきりと残っている。
辛くて、逃げ出してしまいたい。こんな厳しい状況下で戦い続けるなんて嫌だと、そう思う。
けれども、ゼーレを放って逃げ出すのは、もっと嫌だ。
「私はまだ戦える。だから、今のうちに、早く倒してしまった方がいいわ」
するとゼーレは呆れたように返してくる。
「強情な女ですねぇ……分かりました」
珍しく、早く理解してくれた。純粋に嬉しい。
「無理だけはしないで下さいよ」
「えぇ!もちろんよ!」
体内の血を結構な量失ったからか、なんとなく寒い感じがする。それに加え、脇腹は痛いし、左腕は動きにくいし。これまでに体験したことのない、調子の悪さだ。
だが、ゼーレが私の意見に賛同してくれたという事実は、弱った体に元気を注ぎ込んでくれた。不思議なことに、胸の奥から力が湧いてくる。
これなら戦える。
私は今、一切の迷いなく、そう思えた。
- Re: 暁のカトレア ( No.89 )
- 日時: 2018/08/17 17:46
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 50PasCpc)
episode.82 襲撃などに屈しはしない
あの夜、私からすべてを奪った張本人の、ゼーレ。彼とこうして肩を並べる日が来るなど、誰が想像しただろうか。いや、誰一人として想像しなかったに違いない。
実際、私だって、そんな可能性を考えてみたことはなかった。
しかし、今、私とゼーレは共にある。敵同士としてではなく、共通の敵を倒さんとする仲間として。
ただ意外にも、私の胸中は、ダリアの空のようにすっきりと晴れ渡っている。ゼーレを訝しむ感情など、欠片もありはしない。こうして共にあれることが嬉しいくらいだ。
「私の蜘蛛に動きを止めさせます。貴女はそこへ、可能な限り攻撃を叩き込んで下さい」
「分かったわ。任せて」
クロはかなり強い。
人間を遥かに超越したスピード、異常な長さを誇る爪の攻撃力。それらが上手く組み合わさり、見事な戦闘力を生み出している。
だが、あくまでそれは、一対一の時にこそ大きな力となるのだ。
スピードも爪も、多数の敵を相手にするのに向いているとは、あまり言えない。
もちろん、素人が相手ならば余裕だろう。しかし、ある程度戦える者たちに一斉にかかってこられた時にどうかと言えば、話は変わってくる。
「拘束しなさい」
ゼーレが冷たい声で命令すると、既にクロの相手をしていた蜘蛛型化け物たちの動き方が急変した。
このような光景を見ると、まるでゼーレが大軍の将であるかのように思えてきて、何だか面白い。
「うわ、うわわっ。気持ち悪ーい」
大量の蜘蛛型化け物に絡まれたクロは、不快感を露骨に表しつつ言っている。
それはそうだろう。
こんな大量の蜘蛛に張り付かれるなんて、私だったら発狂していたに違いない。
「カトレア、もう少しです」
「分かったわ。よくなったら言ってちょうだい」
「そちらこそ……準備しておいて下さいねぇ」
黒い蜘蛛たちがわさわさと動き、クロの全身を包んでいく。
今は味方だと思っているから耐えられている。だが、もしいきなりこの光景を見せられたとしたら、悲鳴をあげて逃げ出していたことだろう。それほどに凄まじい光景である。
「うわっ。や、やめっ、うわぁ」
クロは四肢をじたばたさせて抵抗しようとする。けれど、ゼーレの兵たちの前では、そんなものは無力だ。手足を動かすくらいの力では、蜘蛛型化け物の群れからは逃れられない。
やがて、ゼーレが口を開く。
「……もうそろそろ良いでしょう」
翡翠色の瞳は、私を確かに捉えていた。
「では頼みますよ」
「えぇ」
頷き、右手首の腕時計へ意識を集中させる。
先ほどの光線は、至近距離から食らわせたにもかかわらず、致命傷を与えるというところまでいかなかった。それゆえ、今度は先ほどよりも威力を上げなくてはならない。だが、威力を操作するなどできるのかどうか……。
そんな風に考え込んでいた私に、ゼーレが声をかけてくる。
「力むのは不格好ですねぇ。普段通りで問題ありませんから、もっと気楽にいきなさい」
光線を発射する直前、彼の言葉が耳に入った。
その優しい言葉は、私の強張っていた心を、一瞬にしてほぐしてくれる。まるで、冬の氷を解かす春の陽のように。
「……そうね。そうよね!」
ゼーレへ返事をするのとほぼ同時に、腕時計から赤い光線が放たれた。目標であるクロに向け、光線は一直線に宙を駆ける。
——どうか、これで終わりますように。
私はただ、それだけを願った。
これ以上戦いが続くのはもう嫌だ。身体的なこともそうだが、精神的にも厳しい。早く平穏を取り戻したい。
赤い光線は、蜘蛛型化け物に取り押さえられているクロに突き刺さり、そして彼の身を貫く。これまでにないほどの力強さで。
起こる爆発。
煙が立ち込める。
それから数秒が経過し、その煙が晴れると、力なく倒れるクロの体が視認できた。
「今度こそ……やった?」
白い髪は埃にまみれたように灰色に染まっている。
ネコ耳も動いてはいない。
先ほどもしばらくしてから動き出したため、油断は禁物だが、どうも動きそうな気配はない。
「ほう……なかなか凄まじい威力が出ましたねぇ……」
すぐ隣にしゃがみ込んでいたゼーレが、心なしか動揺したような声で言った。続けて、負傷している体を重そうに持ち上げる。そして、クロの方へ歩み寄っていく。私はそんなゼーレを追って歩いた。
「そんな普通に近寄って大丈夫なの?」
「まぁ、あれだけの威力の光線ですからねぇ……問題ないかと」
倒れているクロに接近すると、ゼーレはその場へ腰を下ろす。そして、その機械の腕でクロの体に触れた。
すると驚いたことに、クロの体が、すうっと霧状に散る。
「……今度こそ、終わりましたか」
クロの体は塵となり消えた。
それは、化け物を倒した時とよく似た消滅の仕方であった。
「倒したのね」
「そのようですねぇ……」
ゼーレの言葉を聞いた途端、この胸に、嬉しさが溢れてくる。倒した、やってのけた、という達成感が大きい。
もちろん傷は痛かったが、それはさほど気にならなかった。
「やったわね!ゼーレ!」
私は夜に相応しくない大きな声を出してしまい、数秒後、慌てて口を塞ぐ。こんな大声を出しては怒られてしまう、と思ったからだ。
「あ……いきなり大声出してごめんなさい」
一応謝っておく。
するとゼーレは、一度呆れたように溜め息を漏らした後、私から視線を逸らして述べる。
「ま、よく頑張ったと思いますよ」
その後、アニタが部屋に訪ねてきた。
赤く濡れた室内や、出血によって血まみれになってしまっている私を見て、彼女はかなり驚いていた。それはもう、失神しそうなほどに。
アニタは私の腕や脇腹の傷の手当てをしっかり行ってくれた。
だが、やはりそれだけでは終わらず、説教もがっつりついてくるという悲劇。頑張って戦ったにもかかわらず叱られるのだから、何とも複雑な心境だ。
彼女の中の私は、きっと今でも、昔の私のままなのだと思う。
それから数時間。朝が来てから、私とゼーレは、グレイブらに、昨夜襲撃があったことを伝えた。狙いがゼーレであったことも含めて。
- Re: 暁のカトレア ( No.90 )
- 日時: 2018/08/18 17:04
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JIRis42C)
episode.83 暫し、別れ
「基地へ帰還!?」
突如グレイブから告げられた言葉に、私は、暫し脳が思考停止してしまった。
今朝のミーティングによれば、シブキガニ退治は、かなり進んではいるものの、完全に終わってはいないということだった。にもかかわらず基地へ戻らなくてはならないなんて、私にはどうしても理解ができない。
「そうだ。その怪我ではまともに動けまい」
「ですがグレイブさん。まだ終わっていないのでは……」
「もちろんだ。私たちはもうしばらくここへ残る」
淡々と話すグレイブ。
その漆黒の瞳は、夜の湖畔のように静かな雰囲気を醸し出している。
「だがマレイ。お前はその怪我だ、それではまともに戦えまい」
彼女の視線は私の左腕に注がれていた。
確かに、彼女の発言もあながち間違ってはいないのかもしれない。
だが、手当てはちゃんと行っているし、痛みも既に落ち着きつつある。動かすと痛むことは痛むが、戦えないほどの激痛ではない。それに、怪我したのは、幸い、利き手の右手ではなかった。
それゆえ、まだ戦えると思うのだが。
「私、まだ戦えると思います」
一応言ってみる。だがグレイブは首を左右に振るだけ。
「戦えなくなるまで、無理をして戦い続けることはない」
「ですが……」
私が言葉を返そうとすると、グレイブはそこへ重ねてくる。
「心配するな。もちろん、一人で帰れとは言わない。ゼーレも帰らせる」
「二人で帰るということですか?」
「そうだ。二人とも負傷組だからな、先に退いておいてくれ」
なぜだろうか。
形容し難いもやもや感が、胸の奥に広がる。
そういうことではない、と分かってはいるのだが、「もう必要でない」と言われているかのような感覚だ。仲間外れにされてしまったような気がして、正直、少し辛い。
そんなことを思い俯いていると、グレイブは、軽く首を傾げながら尋ねてくる。
「どうした、マレイ」
紅の唇から出る声は、芯はありつつも優しげな、温かみのあるものだった。そこから、負の感情が伝わってくるといったことは、少しもない。にもかかわらず憂鬱になるのは、多分、私の考えすぎなのだろう。
「何だか暗い顔をしているな。怪我のせいか?」
グレイブの発想はややずれていた。
強い心を持った彼女には、きっと、私の心など分かりはしないのだろうな。そんな風に思うと、どこか寂しくも感じられた。
私だって、私が面倒臭い人間だということは、嫌というくらい分かっている。それなのに理解してほしいと思うのは、贅沢だろうか。
……いや、考えるのはもう止めよう。
こんな答えの出ないことを考え続けている場合ではない。いくら頑張っても答えが出ないことを考え、それによって憂鬱になるなんて、損としか言い様がないではないか。この考え事は、もう止めにしよう。
それより、もっと意味のあることを考える方が、ずっと有意義だ。
「いえ。何でもありません」
だから私は、グレイブの顔を見つめて、あっさりと返した。
「では荷物をまとめてきますね。ゼーレにも伝えておきます」
「そうか。それは助かる。ではよろしく頼む」
こう言うだけで良かったのだ。
たったこれだけで話がスムーズに進むのなら、もっと早くこう言っておけば良かった——そんなことを思ったりした。
話が終わり、私が席から立とうとした瞬間、グレイブは述べる。
「それと、帰還にはフランも同行する。怪我人二人では心もとないだろうからな」
ということは、私とゼーレとフランシスカの三人で、帝都の基地まで帰るということか。
ゼーレとフランシスカは、また喧嘩しそうだ。
だが、たまには騒々しいのも良いかもしれない。今はなぜか、そんな風に思う。
グレイブとの話を終えてから、ゼーレがいるはずの部屋へ行き、基地へ帰還しなくてはならなくなったことを伝えた。それに対して彼は、「そんなことだろうと思いました」と、嫌み混じりに呟くだけだった。
その後、私は荷物を置いている自分の客室へと戻り、トランクにすべての持ち物をしまった。こんなことになってしまったがために、結局使わずじまいの物もたくさんだ。念のため、と持ってきた物の多くは、ただ持ってきただけになってしまい、非常に残念である。
ゼーレは動くのがしんどいらしく、蜘蛛型化け物の上に乗って移動していた。彼の場合は、昨夜のクロの襲撃だけではなくボスにやられた傷もあるため、仕方ない。
私とゼーレは、基地へ戻る準備が済んでから、フランシスカと合流。
アニタにお礼を述べて、宿を後にした。帝都行き列車に乗るべく、乗り場へと向かったのである。
「マレイちゃん、怪我は大丈夫なのっ?」
列車へ乗り込み、席につくなり、フランシスカが話しかけてきた。
「えぇ。このくらいなら」
「へーっ!マレイちゃんも強くなってきたねっ」
私とフランシスカ、そしてゼーレ。三人は、二人席が向かい合う形にセットされた、四人用の席に腰かけている。通路側の列に私とフランシスカが向かい合わせ、ゼーレは私の隣の窓側。そういった位置である。
「それにしても、ゼーレ狙いの襲撃だったんだっけ?巻き込まれて災難だったね」
「えぇ。本当に驚いたわ。でも、ゼーレが一人の時じゃなくて良かった」
するとフランシスカは、目をぱちぱちさせる。
「え?そうなの?」
「そうよ」
「でもでも、ゼーレがいなかったら襲われずに済んだんじゃないのっ?」
「それはそうだけど……。でも、一番怖いのは、ゼーレが一人の時に狙われるパターンよ」
私とフランシスカが話している間、ゼーレはというと、やはり窓の外を眺めていた。金属製の指に乗った一匹の小さな蜘蛛型化け物も、脚をちょこちょこ動かしながら、窓の方を向いている。小さな蜘蛛と一緒に外を眺めるなんて、少し可愛らしい。
そんなこんなで、私たち三人のダリアから帝都へ帰る列車の旅は、まったりと続くのであった。
- Re: 暁のカトレア ( No.91 )
- 日時: 2018/08/18 18:04
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JIRis42C)
episode.84 左腕を診てもらう
帝都にある基地へと戻った私は、フランシスカの提案もあって、医師に診てもらうことになった。無論、この左腕の傷を、である。
私は、フランシスカに、医師がいる部屋まで案内してもらった。
なんせ、そこへ行くのは今日が初めてなのだ。
「こんなくらいで行ってしまって本当に大丈夫なの?」
「もちろん!十分な怪我だよっ」
確かに、私にとってはこれまでにないほどの重傷だ。しかし、それはあくまで私史上のことであって、この程度の傷はよくあることかもしれない。こんなくらいで騒ぐなんて馬鹿だ、と思われないか若干心配である。
医師がいるという部屋に着くと、フランシスカは、その扉をコンコンと軽くノックする。それから、「失礼しまーす」と言って、扉を開けた。
「……マレイちゃん?」
直後、私の名を放つ声が耳へ入ってきた。
なんという偶然だろうか、と私は驚く。トリスタンがいたからである。彼は医師と思われる人と向かい合わせに座っていた。
「トリスタン!」
私が彼の名を呼ぶより早く、フランシスカが口を開く。睫毛に彩られた丸い瞳は、いつになく輝いている。真夏の太陽のように。
だが、トリスタンの表情はというと、フランシスカのそれとは真逆だ。
「あぁ。君も一緒だったんだ」
「トリスタン、体調は大丈夫っ?困ったことがあったらフランに言って!協力するからっ」
「ありがとう。多分頼まないと思うけど」
相変わらずフランシスカにはそっけないトリスタンだった。
この時ばかりは「さすがにもう少し優しくしてあげても……」と思ってしまった。フランシスカだって明るく振る舞っているのだから、少しは親しみを持って接してあげればいいのに。
「マレイちゃん、どうしてここに?」
トリスタンはフランシスカを通り過ぎ、金の髪をなびかせながらこちらへ歩み寄ってくる。穏やかな色が浮かぶ彼の顔は相変わらず整っていて、見惚れてしまった。
「ちょっと怪我したの。それで、フランさんが、診てもらっておいた方がいいって」
「け、怪我!?そんな!!」
「待って、落ち着いて。トリスタン、落ち着いて!」
慌てた様子の彼を制止してから、すぐに医師の方を向く。
トリスタンと話しにわざわざここまで来たのではない。私がここへ来たのは、傷の状態をチェックしてもらうためである。
「あの、今診ていただいても大丈夫でしょうか?」
すると、私たちがどたばたしているのを微笑んで眺めていた老齢の医師は、こくりと頷いた。
「もちろんもちろん。怪我かな?体調不良かな?」
「怪我です」
「おぉそうかい。ではここへ座ってもらえるかな?」
「はい。ありがとうございます」
心の広そうな人で、私は内心ほっとした。「このくらいで来るな!」と怒られたらどうしよう、と密かに不安だったからである。
「では傷を見せてくれるかな?」
「はい」
トリスタンやフランシスカも見守る中、私は制服の左袖をめくり上げる。アニタが応急処置で巻いてくれた包帯に包まれた腕が露わになると、トリスタンが動揺したように呟く。
「そんな。マレイちゃんが本当に怪我を……」
老齢の医師は、私の左腕をそっと掴むと、「少々失礼するね」と告げてから包帯に手をかける。そして、慣れた手つきで器用に包帯を解いていく。
こんな上手な解き方、私にはできそうにない。
さすがは医師、といったところか。
やがて、包帯がすべて外れると、切り裂かれたような傷のある皮膚が露出する。クロの爪にやられた傷は、見た目が派手だった。自分でこんなことを言うのなんだが、かなり痛そうな見た目をしている。
「おぉ……」
何とも言えない、といった顔をする老齢の医師。
表情はただの優しいおじいちゃんのそれだ。
しかし、目つきはただのおじいちゃんのものではない。彼の目からは、傷に向き合う真っ直ぐな心が伝わってくる。私の左腕を見つめる、彼の鋭い眼光は、非常に印象的だった。
「これは結構派手にいったね。よし、まずは消毒しようか」
「お願いします」
「すこーし沁みるかもしれないけど、我慢してね」
「はい。分かりました」
傷を左腕の傷を消毒してもらった。
それから、うっかり忘れかけていた脇腹の方も診てもらう。老齢の医師によれば、脇腹の方は比較的軽傷らしい。
それを聞いて、私はほっとした。
もしここで重傷だなんて言われたら、トリスタンやフランシスカを心配させてしまう——そんなのは嫌だったから。
「でもマレイちゃん、軽傷で良かったねっ」
「えぇ。ほっとしたわ」
診察室を出ると、私は、トリスタンとフランシスカと三人で、食堂へ向かった。食堂でなら喋りつつ休息できるかな、と思ったからだ。
「怪我なんて慣れないから、本当は少し心配だったの。だから、フランさんが『診てもらった方が』って言ってくれて、凄く助かったわ」
するとフランシスカは、腕組みをしながら、顎をくいっと持ち上げる。誇らしげな表情だ。
「でしょ?フラン、役に立つでしょ!」
「えぇ。本当に」
「これからもどんどん頼ってくれていいからねっ」
なぜだろう。今日は妙に親切だ。
そこへ口を挟んでくるのはトリスタン。
「役に立つと言うのなら、マレイちゃんを怪我させないでほしかったな」
トリスタンの言葉は、フランシスカへ向けられたものだった。不満の色に満ちた、静かながらも鋭さのある言葉である。
「怪我させておいて、役に立つなんてよく言えるね」
「……ごめん」
フランシスカはらしくなく落ち込んだ顔をした。お気に入りの異性から鋭い言葉を浴びせられるのは堪えるのかもしれない。
だが、これはさすがに、フランシスカが可哀想だ。だから私は、トリスタンへ声をかけた。
「トリスタン、フランさんは悪くないのよ。怪我したのは私が弱かっただけだわ。フランさんは私に的確なアドバイスをしてくれたの。だから、そんな言い方をしないで」
するとトリスタンは、暫し、考え込むように口を閉じた。
私が言っていることを理解してくれればいいのだが……。
「心配してくれているのは嬉しいわ。でも、他の人を責めるのは止めてちょうだい」
「……そうだね」
やがて口を開くトリスタン。
その表情は、柔らかなものだった。
「ごめん。マレイちゃんがそう言うなら気をつけるよ」
- Re: 暁のカトレア ( No.92 )
- 日時: 2018/08/19 17:45
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: /ReVjAdg)
episode.85 正しくは
私は、トリスタンとフランシスカと三人で、食堂にて話を続けた。
当たり障りのない話題がほとんどだが、それでもやはり楽しい。
化け物のいない空間で仲間と共に過ごす時間は、何にも代え難い幸せだ。贅沢な食事も、豪華な衣装も要らない。ただ、こうして落ち着ける場所があるだけで、十分である。
「そういえば、ゼーレはどこに行ったんだろっ?」
話題を振ってきたのはフランシスカ。
言われてみれば、確かに、ゼーレがどこにいるのか不明だ。
一旦別れる時、彼は「基地内をぶらつきでもしておきます」と言っていた。だから基地の中にはいると思うのだが、具体的に今どこにいるかまでは分からない。
「そういえばそうね。早く会いたいわ」
「あんなやつに会いたいなんて、マレイちゃん、やっぱり変わってるね!」
ばっさり言われてしまった。
私はやはり、少しおかしいのだろうか……。
「マレイちゃんは普通だよ!」
フランシスカの発言に対し、トリスタンはガタンと立ち上がった。彼の眉はいつもよりつり上がっているように見える。
「駄目よ、トリスタン!きつい言い方は駄目!」
私は慌てて制止した。
これ以上フランシスカがトリスタンに当たられては可哀想である。
「あ……ごめん。つい……」
トリスタンは気まずそうに漏らす。
「分かってくれればいいのよ」
「マレイちゃんはさすがに心が広いね……!」
深海のように青い双眸を輝かせながら、こちらを見つめてくるトリスタン。理由は分からないが、妙に嬉しそうだ。
その時。
ゴソゴソという音と共に、蜘蛛型化け物に乗ったゼーレが現れた。
ナイスタイミングである。
「用は終わったのですか?カトレア」
蜘蛛型化け物が移動するため、ゼーレは歩かなくていい。そういう意味では、化け物を操れるというのも便利そうだ。乗り物も要らないし、手間もさほどかからない。極めて効率的である。
「ゼーレ!」
「終わったようですねぇ」
「えぇ、そうよ。さっき終わったの」
トリスタンは眉間にしわを寄せ、訝しむように、ゼーレをじとっと見つめている。
今の彼の顔は、いつも私に向けるような柔和な表情ではなかった。やはりゼーレのことが気に入らないのだろうか。
「傷は……どうでした?」
ゼーレは静かな声で尋ねてくる。
私はそれに、はっきりと返す。
「そんなに酷くはないわ。脇腹も軽傷という話よ」
するとゼーレは、少しほっとしたように、溜め息を漏らした。
「ほう。ま、それなら良かったです」
「心配してくれていたのね。ありがとう」
真っ直ぐに見つめながらお礼を述べると、ゼーレはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「まさか。心配してなどいません」
せっかく良い感じだったのに、台無しだ。
……いや、この方が彼らしくて良いのかもしれないが。
「相変わらず素直じゃないねっ」
私とゼーレのやり取りを近くで見ていたフランシスカが、呆れたように笑みをこぼしながら言う。もはや安定の、はっきりした物言いだ。
それから数秒が経った頃、トリスタンが唐突に腰を上げた。
何事かと思い戸惑う私をよそに、彼はゼーレの方へ寄っていく。彼の青い瞳から放たれる、刃のように鋭い視線は、ゼーレに突き刺さっている。ただ、さすがはゼーレ。その程度では怯まない。
「……何です?」
高さ一メートルほどの蜘蛛型化け物に座ったまま、ゼーレはトリスタンを睨む。いまだに装着している割れた仮面の隙間から見える翡翠色の瞳からは、ただならぬ威圧感が漂っていた。
「マレイちゃんを護るんじゃなかったのかな」
トリスタンとゼーレ——二人の間に漂うのは、殺伐とした空気。
交差する視線が火花を散らし、私はもちろんフランシスカでさえ入っていけない空気だ。
「どうしてマレイちゃんがこんな怪我をしたのか、ちゃんと説明してもらわないと困るよ」
「貴方は関係ないでしょう。いちいちでしゃばってこないで下さい……正直、鬱陶しいです」
「鬱陶しいと思われたっていいよ。そんなことよりも、どうしてマレイちゃんを怪我させたのかの方が大事だから」
黙ったまま、フランシスカへ目を向ける。彼女はやれやれといった顔をしていた。同感だ。
「まったく、うるさい男ですねぇ。貴方には関係な——っ!」
ゼーレは急に言葉を詰まらせる。
その喉元に、トリスタンの剣の先が突きつけられていたのだった。
「説明しないつもりなら、容赦はしない」
白銀の剣の刃は、獣の牙のように、ぎらりと輝いている。
食堂という場所には似合わない。ただ、もしここが戦場であったなら、勇ましく美しく感じたことだろう。
「勘違いしないでほしいね。僕は君を仲間だとは思っていないよ」
いきなり武器を取り出したことに驚いたらしく、フランシスカは、口をぱくぱくさせていた。恐らく、制止しようとでもしたのだろう。制止しようとして、しかし、できなかった。そんな感じである。
「動かない方がいいよ。喉を斬られたくないならね」
「……野蛮人が」
剣先をゼーレの喉元へ当てたまま、さらに接近していくトリスタン。
「さて、答えてもらおうか」
「剣を下ろしなさい。そうすれば……答えて差し上げても構いませんよ」
「随分余裕だね」
「貴方が私を斬ることはない。それは分かっていますからねぇ」
ゼーレの口角がクイッと持ち上がる。余裕に満ちた笑みだ。
この状況——見た感じトリスタンが上に立っているようだが、案外そうではない。ゼーレはトリスタンを見抜いている。そういう意味では、ゼーレの方に分がありそうだ。
「カトレアの目の前で私を斬るなど……貴方には無理でしょう」
「みくびらないでもらえるかな」
トリスタンの目つきがますます鋭くなる。
「私はただ、真実を述べたまでですよ。できるのならば、とっくに斬っていたはずですからねぇ」
これにはトリスタンも口をつぶる外なかった。
そうだった、と、私はこの時になって思い出す。
ゼーレは戦闘能力も高いが、口喧嘩は特に得意なのだ。彼はリュビエさえも圧倒する口を持っている。
不快感を露わにしながらも言葉を詰まらせているトリスタンに対し、ゼーレは続ける。
「……無意味な争いは止めましょう。心配せずとも……貴方の質問には答えますから」
するとトリスタンはやっと口を開く。
「言ったね。今度こそ約束は守ってもらうよ」
「もちろんです。しかし……前は約束を破ったような言い方は、止めていただきたいものです」
「マレイちゃんを護らなかったのは、事実じゃないか!」
「そうやってすぐに怒らないで下さい」
攻撃的な態度をとるトリスタンとは対照的に、ゼーレは冷静に振る舞っている。
今ゼーレが攻撃に転じれば、すぐに戦いが始まることだろう。
だが、ゼーレは攻めには出そうにない。無益な争いを避けようとしているのもあるだろうが、自身の体調を考慮して、という部分が大きいのではないかと私は思う。
「カトレアを負傷させたことは謝ります。ただ……」
ひと呼吸空けて、ゼーレは続ける。
「勘違いしないで下さい。正しくは、『護らなかった』でなく、『護れなかった』なのです」
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