コメディ・ライト小説(新)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

暁のカトレア 《完結!》
日時: 2019/06/23 20:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。


《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。

※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。


《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153


《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん

Re: 暁のカトレア ( No.113 )
日時: 2018/08/30 11:16
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: YJQDmsfX)

episode.106 穏やかな日々に戻りたい

 フランシスカと話をしていると、ゼーレとトリスタンがどこかから帰ってきた。二人が喧嘩せず一緒に行動しているというのは、結構珍しい光景だ。
「マレイちゃん!」
「……カトレア」
 トリスタンとゼーレは、ほぼ同時に私の名前を述べる。
 まるで練習していたかのような揃いようである。これを練習なしでやったのだとしたら、かなり凄いと思う。もういっそ双子にでもなってしまえば、という感じだ。
「聞いたよ!マレイちゃんが、ボスを殺害場所まで引き寄せるための囮になるんだって!?」
 早速言ってきたのはトリスタン。表情を見た感じ、彼も、今さっき知ったところのようだ。ということはやはり……このことを前以て聞いていたのは、ゼーレだけだったようだ。
「マレイちゃん、本当に引き受けたの!?」
 トリスタンはかなり狼狽えている。
「危険すぎるよ!」
「分かっているわ、トリスタン。でも私はやるの。そう決めたのよ」
 一応説明をしてはみたものの、今の彼は、到底話を聞いてくれそうな状態ではなかった。多分、今はいくら丁寧に話したとしても、右から左へ通り抜けておしまいだろう。だから、それ以上説明するのは止めることにした。
「とにかく、私はできる限りのことをするわ。決めたことだから」
 私はそれだけ言って、話を変える。
 せっかくなのでゼーレに話を振ることにした。
「ところで。ゼーレ、貴方はどんな話を聞いてきたの?」
 すると、それまで無言だったゼーレが、腕組みしながら口を開く。
「私ですか?私は……隊員を飛行艇内へ連れていく手順について、シンとかいう男から話を聞いていました」
「グレイブさんじゃなかったのね」
「当然ではありませんか……彼女は貴女の担当だったでしょう」
 言われてみればそうだ、と思った。
 私に説明をしてくれていたグレイブが、ほぼ同時にゼーレにも話をしていた可能性なんてゼロだ。そんな簡単なことも見落として言葉を発してしまったことに、私は内心、恥ずかしさを覚えた。
「確かにそうね。……それで?ゼーレの方も問題はなさそう?」
「えぇ。特別問題はありません。襲撃中は隠れておき、後から隊員らを飛行艇内部へと送る。それだけですから」
 ゼーレは、淡々とした調子で自分の役割について話していた。彼はさすがだ、結構しっかりと分かっている。
「ただ問題なのは……向こうが来るのがいつなのかが分からない、というところです。それがはっきりすればより分かりやすくなるのですが」
「いつ来ても良いように準備しておいて、と言われたわ」
 私はしばらく、指定の部屋に二人の隊員と共にいておかなくてはならない。特に夜間は、絶対にそこから離れてはならないそうだ。ボスに連れ去ってもらい逃すわけにはいかないからである。
「……はぁ。滅茶苦茶ですねぇ。ということは……カトレアは今晩からその部屋へ?」
「そうみたい」
 ゼーレに対して話をしていると、フランシスカがすかさず挟んでくる。
「えぇっ!?何それ!フラン聞いてないっ!」
 そういえばそうだった。先ほどフランシスカと話した時には、このことは言わなかった。
 もちろん、隠そうとしていたわけではない。意図的に言わなかったのではないのだ。単に、そういう話の展開になっていかなかったから、というだけのことである。
「マレイちゃんったら、どうしてフランには言ってくれなかったの!?もっと早く言ってくれたら、その一緒にいておく隊員の枠、フランが貰ったのにっ!」
 そんなこと言われても……。
 私が決めたわけではないので、私に言われてもどうしようもない。そういった類の相談は、グレイブ辺りにすべきだと思うのだが。
「それで、来る敵みんな、ぶっ潰したのに!」
 フランシスカは頬を丸く膨らませつつ漏らす。愛らしい顔に浮かぶ表情からは、沸々と湧く不満が感じられる。
「いやいや。それじゃ意味ないよね」
 敵をぶっ潰す、などという勇ましい発言をしたフランシスカへ突っ込みを入れたのは、トリスタン。急に話に参加してきた。
「えっ、何?フラン、おかしかったかなっ」
「うん。おかしかったよ」
「えー?どこが?」
「いろんなところ。でも特に、敵をぶっ潰すなんて言っているところ」
 トリスタンはらしくない無表情な顔で、フランシスカのおかしな点を厳しく指摘する。
 アザラシ型化け物との戦いによって多少は友情が芽生えたかと思ったが、案外そんなこともなかったようだ。トリスタンのフランシスカに対する態度は、さほど良くなっていない。ほんの少し長文を話すようになったかな?というくらいのものである。
「どうして?敵を倒すのは普通だよっ」
「いや、今回だけは倒しちゃ駄目だから。抵抗しつつも負けてマレイちゃんを奪われてしまう、っていうシナリオがあるから」
「あー……そっか」
 フランシスカは意外にも納得している。
 そんな説明だけでいいのか、という突っ込みを入れたくなるが、それはぐっとこらえた。
 今は呑気に突っ込んでいるような時ではないからだ。

 その後、私は予定通り、襲撃を待つ部屋へと移動した。
 そしてそこで、護っていると見せかける役の隊員二人と顔を合わせる。
 一人は男性、もう一人は女性。どちらも見たことのない隊員だ。しかし結構気さくな人たちだったため、ほぼ初対面の私に対しても躊躇うことなく話しかけてくれた。それが私にどれだけ勇気をくれたかということは、もはや言うまでもない。
 しかし、私の心は重いままだった。
 いつ起こるか分からない、もしかしたら数日後かもしれない——そんな襲撃を待つのだから、胃が痛む。私としては、なるべく早い方がいい。そうすれば、何もかもが早く終わるから。
 少しでも早く作戦を終えて、穏やかな日々に戻りたい。
 今私の胸にある思いは、ただそれだけだった。

Re: 暁のカトレア ( No.114 )
日時: 2018/08/31 04:09
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xXhZ29pq)

episode.107 眠たい、眠たすぎる

 結局、その夜は何も起こらなかった。
 小さな窓、テーブルと椅子、そして壁に掛かった時計。それ以外には何もない殺風景なこの部屋で、私は、二人の隊員と共に一晩過ごした。
 全員が眠ってしまうと、もしもの時に対応が遅れるので、交代で少しずつ寝る。そんな夜だった。

 ——そのため、非常に眠い。

 夜が明けて、小さな窓から柔らかな朝日が差し込んでも、この寝不足による眠気は消えてくれなかった。瞼の奥が重く、頭もすっきりしないという、何とも残念な状態になってしまっている。
 大事な仕事が待っているというのに。数分後にその時がくるかもしれないのに。
 ……こんな調子では駄目だ。
 そんなことを思いつつ、血行が悪くなっていると推測される目元を擦っていると、黒いショートヘアが綺麗な女性隊員が声をかけてくる。
「マレイちゃん。目、そんなに擦っちゃ駄目よ。あまり刺激すると腫れてしまうわ」
 女性隊員は、口元に優しげな笑みを浮かべながら話しかけてくれる。彼女だって昨夜はあまり眠っていないはずなのに、弱っていそうな感じは微塵もない。
「あ、気をつけま……ふわぁぁ」
 ついあくびをしてしまった。
 その様子をしっかり見ていた女性隊員は、軽く握った拳を口元へ添え、くすっと笑う。
「凄く眠そうね」
「眠いです……ふぁ」
「交代で眠ることにはあまり慣れていなかったのかしら」
「はい。あまり経験がなくて」
 私は連続であくびをしそうになるのを、苦笑いでごまかす。……いや、ごまかせてはいないか。
 しばらく時間経って、今度は男性隊員が話を振ってくる。
「にしても、昨夜は何もなかったなー。いつになったら攻めてくるんだか、って感じやわ」
 彼の印象的なところは、坊主頭。つるりとした頭部は形がよく、まるで、滑らかな彫刻のようだ。髪の毛が一本もないが、哀愁は漂っていない。
「ですね」
 リュビエの宣戦布告が偽りでなかったとすれば、あの日から数えて一週間以上経つことはないはずだ。そのことから考えれば、二三日以内には攻めてくるはずである。
 もっとも、リュビエの宣戦布告が偽りであったなら、話は大きく変わってくるわけだが。
「マレイさんはさぁ、早いのと遅いのとどっちがいい系?」
「襲撃が、ですか」
「そうそう。どっち派なんかなーって思って」
 こんな時だというのに、男性隊員は明るい顔をしている。深刻な表情にならないところが不思議だ。
「早い方がいいです」
 私が答えると、男性隊員は目をぱちぱちさせながら言う。
「へーっ、そうなんや!案外積極的なんやね。怖ないん?」
 いやいや、怖くないわけがないだろう。
 そんな突っ込みを入れたい衝動に駆られつつも、なるべく平静を保つよう意識して返す。
「まさか。怖いですよ、かなり。だからこそ、早く済ませてしまいたいんです」
 嫌なことを後回しにするというのは、胃を無駄に痛めるだけでしかない。楽しいことなら待っている間もワクワクするだろうが、嫌なことの場合はその逆である。
「ふふっ。そりゃそうよね」
「えっ、そうなん!?」
「嫌なことは先、嬉しいこと楽しいことは後。それが普通よ」
「えー!そうなんー!」
 女性隊員と男性隊員が仲良く話しているところを眺めていると、自然と穏やかな気持ちになった。
 今私は、いつ仕事が始まるか分からないという状況のただなかにある。その緊張感といえば、かなりのものだ。だからこそ、こんな風に、ただの会話だけで和めるのかもしれない。

 そんなことをしているうちに、凄まじかった眠気も段々ましになってきた。
 瞼の重苦しさは変わらない。しかし、あくびは止まってきたし、曖昧だった意識も鮮明になってきた。これならボスが来ても大丈夫そうだ。
 何だかんだでようやく元気になってきた私に、女性隊員が尋ねてくる。
「マレイちゃん、今からはどうするのかしら」
 首を傾げる瞬間、顎くらいまでの丈の黒髪がさらっと揺れる。凄く綺麗だと思った。
「今から……何も考えていませんでした」
「ここにいとく?」
「あ、はい。いつ始まってもいいよう、ここにいておきます」
「じゃあ、寝る?」
「そうします!」
 こればかりは即答だった。
 始まってしまえば、どれだけ長引くか分からない。しばらく眠れない可能性だってあるのだ。
 だから、寝不足は、なるべく今のうちに解消しておかなくては。
「即答ね」
 私が即座に答えたのを受け、女性隊員は言った。珍妙な芸を見でもしたかのように、くすくすと笑っている。
「はい。寝不足では十分働けるか分からないので……」
「確かに。それもそうね」
「けど、本当に寝ても大丈夫なんですか?」
 いつ襲撃が起こるかも分からないのに、私だけ呑気に寝ていていいのか?
 そんな疑問が芽生えたのだ。
 私の問いに、女性隊員は落ち着いた声色で答えてくれる。
「いいのよ。ほら、寝るなら今のうち」
 落ち着いているが、明るさのある声だった。
 その声からは、女性隊員の優しさが、ひしひしと伝わってくる。
「では、少し眠らせていただきます……」
 とはいえ、椅子に座った体勢で眠らなくてはならない。そのことに今さら気づいてしまった。
 言ったはいいが、ちゃんと眠れるのだろうか……。
 椅子に座ったまま、漠然とした不安を覚える。
 しかし、目を閉ざしてぼんやりしているうちに、何となく眠くなってきた。一度は目が覚めたような気がしたものの、やはり眠いことに変わりはなかったようである。これなら無事眠りにつくことができそうだ。
 どのくらい長く睡眠をとれるかは分からないが、今はただ、全力で眠るのみ。
 ——次に目を覚ましたら、戦いが始まっているかもしれない。
 そんなことを頭の片隅で考えつつも、私は、あっという間に眠りについたのだった。

Re: 暁のカトレア ( No.115 )
日時: 2018/08/31 04:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xXhZ29pq)

episode.108 その時は来る

 ふと目を覚まし、壁に掛けられた時計へ目をやる。そうして、短針が指し示す数字を見た瞬間、私は驚きを隠せなかった。
 既に夜だったからである。
 私が眠りについたのは、まだ、柔らかな朝日が降り注ぐ時間だった。なのに、気がつけば日が沈んだ直後。
 この状況で驚かない人がいるわけがない。
 ……いや、広い世の中には驚かない人もいるのかもしれない。だが、かなり稀だろう。
「おっ。起きたんや!」
 目覚めたばかりの私に声をかけてきたのは、綺麗な形の坊主頭が特徴的な男性隊員。
 他人が起きたことに、ほんの数十秒程度で気がつくなんて、結構鋭い人だ。ふとそんなことを思った。
「あ、はい。起きました。何か変化はありましたか?」
 念のため尋ねてみると、男性隊員は首を左右に振る。
「いや、まだ何もないで」
「そうですか……」
「なんや、残念そうやな。何もなかったら、ラッキーやんか」
 普通に考えれば、確かにそうだ。襲撃なんてない方がいいし、何も起こらない穏やかな生活をしていたい。敢えて言うまでもない、当たり前のことだろう。
 だが今は、早く終わってほしいという気持ちの方が大きい。
 早くすべてを終わらせるためにも、さっさと襲撃してきてほしい——そんな風にさえ思ってしまう。
「そうですよね。確かにその通りだと思います。ただ……」

 言いかけた時、女性隊員が室内へ駆け込んできた。
「マレイちゃん!始まったわ!」
 襲撃の始まりを知らせてくれた彼女は、緊張感のある表情をしている。
 もっとも、敵襲となれば、顔が強張るのも無理はないが。
「うわ……いよいよ始まったんや……」
 女性隊員からの知らせを受け、坊主頭の男性隊員は顔をしかめる。嫌だなぁ、というような表情だ。かなり分かりやすい。
「マレイちゃんを護るふり、するわよ」
「護りきったらあかんとこが辛いわ」
「それは私だって同じよ。でも仕方ない。決められたことだから、やるしかないのよ」
 坊主頭の男性隊員と、黒いショートヘアの女性隊員は、そんな風に言葉を交わしていた。その様子からは、二人の暑苦しすぎない絆が感じられる。
「ま、取り敢えず待とか」
「えぇ。外の隊員が敵をここまで誘導してくれるはずだもの」
 二人の会話を傍で聞きながら、私は、いよいよこの時が来たのだと再確認した。
 もうまもなく、その瞬間が来る。
 私が捕らえられ、ボスのところへ連れていかれるであろう、その瞬間が。
 数秒先も見えない。そんな状況におかれた私を襲うのは、言葉では形容することのできないほどの不安。
 そして、その瞬間が来るという恐怖だ。
 だがそんなものに負けるわけにはいかない。心を落ち着かせようと努力していると、女性隊員がふいに振り返り、私に声をかけてきてくれる。
「マレイちゃん、大丈夫?」
「あっ……はい」
 私は慌てて頷く。
 だが私には、平静を保てていないことを隠すほどの力はなかったようだった。
「凄く強張った顔してるわよ?」
「あ……」
 何も返せない。
 彼女の言うことが、まぎれもなく真実だったから。
 やると決めたのにまだ不安に圧されていることが不甲斐なくて、言葉を失ってしまう。黙って俯くことだけしかできない。
 そんな私に対し、女性隊員は微笑みかけてくれる。
「大丈夫よ。幸運なマレイちゃんなら、きっと無事でいられるわ」
 ……幸運な、か。
 確かに、私は何度も窮地を脱してきた。だが、その中で失ってきたものも多い。だから、単に幸運だとは言えないと思う。
 ただ、自分は不幸だと信じ込んでしまうよりかは、幸運だと思っている方が良いのかもしれない。自分が幸運な人間だと思うことで引き寄せられてくる幸運だって、一つ二つはあるだろうから。
「……そうですよね」
 だから今は信じることにした。
 何を、って?
 私が幸運な人間だということを、である。
「頑張ります!」
 私がはっきり述べると、女性隊員は、私と目を合わせたままこくりと頷く。
 気さくで優しく、だがしっかりとした芯がある。そんな彼女に、私はいつの間にか憧れていた。知り合って一週間も経たないような関係ゆえ、彼女のすべてを理解したわけではない。だがそれでも、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

「こんばんは」
 黒いショートヘアが印象的な女性隊員へ視線を向けていた私の耳に、突然、聞き覚えのある女声が入ってくる。いきなりのことに戸惑いつつ声がした方を向くと、視線の先には、リュビエの姿があった。
 私とほぼ同時にその存在に気づいた隊員二人が、固い表情で、すぐさま立ち上がる。
「見つけたわよ、マレイ・チャーム・カトレア。今日こそ捕らえさせていただくわ」
 蛇のようにうねった緑の髪が目立つリュビエが言った。それに対し、女性隊員が鋭く返す。
「勝手なことを言わないで!マレイちゃんは化け物狩り部隊の一員よ!渡さないわ!」
 しかしリュビエは、ただ嘲笑するだけ。
「お前に聞いてなどないわ」
「帰ってちょうだい!」
「いいえ、それはできないわ。何せ今日は」
 リュビエがそこまで言った時、どすん、と床が揺れた。何事かと思っていると、リュビエの背後から大きな影が現れる。
 ——その影の正体は、ボスだった。
 背はかなり高い。それに加え、がっしりした体つきで、頭部を除いて全身を灰色の甲冑で覆っている。赤みを帯びた髪は非常に派手で、正面から見ると獅子のようだ。
「我が直々に迎えに来てやったぞ、マレイ・チャーム・カトレア。さぁ、我のところへ来い」
「い……嫌」
 ボスの威圧感に圧倒されつつも、勇気を出して、何とか返す。しかしボスは、私の言葉など微塵も気にかけない。
「案ずることはない。我のところへ来れば、良いことがたくさんあるぞ」
 それに対しては、男性隊員が返す。
「嘘臭いことばっかり言うなや!」
 彼は木製の剣を握り、ボスに向けて構えている。
 作戦のこともあるため倒すつもりではないだろうが、十分戦う気満々に見えた。彼は意外と演技が上手い。
「女の子を狙って、罪悪感とか感じへんのか!」
 坊主頭の男性隊員が叫ぶと、リュビエは「失礼な!」と声を荒らげた。そんな彼女をボスは制止する。
「お主は我に逆らうつもりか」
「間違ってることは間違ってるって言う。それだけや」
「逆らうのだな……ならば仕方ない」

 数秒後。

 木製の剣が床へ落ち、カランと虚しい音を立てる。
 男性隊員が倒れたのだ。
 ボスが放った、目にも留まらぬ一撃によって。

Re: 暁のカトレア ( No.116 )
日時: 2018/09/01 06:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fhP2fUVm)

episode.109 いつか明けを見るために

 木製の剣を構えていた坊主頭の男性隊員は、ボスの一瞬の攻撃によって、胸元から血を流して倒れた。
「……っ!」
 その光景を目にした女性隊員は、愕然として言葉を失っていた。顔面蒼白になり、両手で口元を覆っている。仲間が一瞬にしてやられたという事実を、受け入れきれていないのだと思う。
「何てことをするの!」
 私は思わず叫んでいた。
 心ないことをしたボスに対して、である。人を人とも思わないような行いは、許されたものではない。私欲のために他者を傷つけるなんて、論外だ。
 続けて私は、腕時計をはめた右手首をボスの方へと向ける。
「貴方の狙いは私でしょう!他の人を巻き込むのは止めて!」
 ボスの視線が私へと向く。
 その瞬間、悪寒が走った。
 彼の目つきは極めて鋭いものではない。なのに、信じられないくらいの恐怖感を覚えてしまう。
 だが、その程度で怯んでいるようでは駄目だ。そんな弱い私では、この先待ち受ける苦難を乗り越えてはゆけない。
「さすがだな、マレイ・チャーム・カトレア。やはりお主は、我の目的達成のために必要な娘だ」
 その瞬間、リュビエの鋭い視線が飛んでくる。嫉妬をはらんだような視線が肌に触れると、チクッと痛んだ。ある意味恐ろしい。
「では連れ帰るとしよう」
「させないわ!」
 ボスが私のいる方へ一歩踏み出す。女性隊員はそれに反応し、すぐさま、私とボスの間へ入る。
「マレイちゃんは渡さないわよ」
 黒いショートヘアが印象的な女性隊員は、険しい表情でボスを見つめていた。演技のはずなのに、演技とは到底思えないリアルな表情だ。
 それから彼女は、手首に装着した腕時計へ指を当てて銃を取り出し、胸の前で構えた。そこそこな大きさのある銃器は、まるで敵を威圧するかのように黒光りしている。
 銃口を向けられたボスは、すぐ後ろに控えているリュビエを一瞥し、彼女に、小さな声で「やれ」と命じる。
 そんなボスの指示に対し、軽く頭を下げつつ「はい」と答えるリュビエ。やがて彼女は、ゆったりとした足取りで、ボスより前へ歩み出る。
「我が偉大なるボスに逆らったこと、地獄の果てで後悔なさい」
 そう吐き捨てたリュビエの手には、赤く細い蛇が絡みついていた。前に見たことのある、蛇の形をした化け物だ。
 狙いは私なのか、あるいは女性隊員なのか。その答えは分からないが、いずれにせよ、危険であることに変わりはない。
「……蛇?」
 女性隊員は眉間にしわをよせ、怪訝な顔をして呟いた。
 それに対してリュビエは、見下したような笑みを浮かべる。嫌な感じの笑みを。
「その通り」
「何をするつもりなの……?」
「偉大なボスに逆らった愚か者を断罪する。ただそれだけのことよ」
 リュビエがまとう黒一色のボディスーツは、てかてかしており、何とも言えぬ不気味さを漂わせている。
「それがあたしの役目よ」
 うっすらと笑みを浮かべつつ述べるリュビエ。彼女の視線は、今、女性隊員へと向いている。ということは、リュビエの狙いは女性隊員なのだろう。
「さて、話もここまで。とっとと片付けさせていただくわ」
 ふふっ、と笑みをこぼし、リュビエは続ける。
「消えなさい!」
 言葉が威勢よく放たれると同時に、大量の蛇が現れた。急に現れた個体は、すべて、直径五センチ程度太さだ。
 どうやら、赤く細い蛇の出番はまだのようである。
 女性隊員は負けじと銃口を上げ、弾丸を放って対抗した。光輝く弾丸は大量の蛇を消滅させていく。
 だが——彼女は既に、リュビエの罠にはまっていた。
「えっ」
 女性隊員の首筋には、いつの間にか、赤く細い蛇が這っていた。そのことに気づいた女性隊員は、すぐに、払い落とそうと試みる。しかし既に遅かった。
 彼女はカクンと膝を曲げ、床に倒れ込む。
 トリスタンでも耐えられなかった毒だ、彼女が耐えられる可能性はかなり低い。
 そんな光景を見つめていたところ、いつの間にやら接近してきていたボスに手首を掴まれてしまっていた。その力の加え方から察するに、私の手首を折るつもりはなさそうだ。
「……離して」
「残念だが、それはできない」
 ボスは静かな声で答える。
 乱暴さは感じられない声だが、地鳴りのような低音が不気味だ。
「お主には、我のところへ来てもらわねばならんのだ。お主の力が必要なのだ」
 そんなこと言われても、ちっとも嬉しくない。
 人を傷つけ、世界を壊す。そんな邪悪な者に必要だと言われても、喜びの感情など微塵も芽生えない。むしろ不快感が湧くだけである。
 ただ、今回はボスに誘拐されることが私の仕事だ。だから、下手に抵抗するというのは良くない。ここは大人しくしておく方が賢いのかもしれない、と思った。
「傷つけるつもりは毛頭ない。だが、抵抗するというのならば、傷つくこととなるだろうな。マレイ・チャーム・カトレア、利口なお主になら、どうするのが正しいかくらい分かるだろう」
 山のように大きな体をしたボスは、低い声でそんなことを言っていた。
 やはり、傷つけること自体が目的ではないようだ。それなら、ここは大人しくしておく方が賢明だろう。
「……分かったわ」
 これからどうなってしまうのだろう、という不安は付きまとう。けれども今は、私がすべきことだけに集中しなくてはならない。それが最優先である。
「その代わり、もう誰にも手を出さないで。それを約束してくれるなら、貴方についていってもいいわ」
 するとボスはゆっくりと頷く。
「いいだろう。お主が我のところにいる間だけは、襲撃はしない。それで文句はないな」
「いいえ。ずっとよ。二度と誰にも手を出さないと誓って」
 少々強気に出てみる。
 今ならいける気もしたのだが、これにはさすがに頷いてもらえなかった。もっとも、当たり前といえば当たり前なのだが。
「残念ながら無理な願いだ。お主が我のところにいる間、に限定する」
 ……まぁそれでもいいだろう。
 ずっと襲撃され続けるよりかはましだ。

 こうして私は、いよいよ、ボスに連れていかれることとなった。
 当然不安はある。先の見えぬ道を行くことに対する恐怖感も大きい。
 だがそれでも、今の私は、やる気に満ちている。私は決して強くなどないけれど、自分にしかできないことがあるのだから、やるしかない。いや、やってみせよう。やり遂げてみせよう。

 そして、私は必ずこの目で見るのだ。

 ——この国の夜明けを。

Re: 暁のカトレア ( No.117 )
日時: 2018/09/02 03:26
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: UIQja7kt)

episode.110 ついていきたい、ついていかせて、ついていく

 マレイが連れていかれたのと同じ頃。化け物を片付け終えたばかりのグレイブのもとへ、様々な用事で走り回っていたシンがやって来る。
「グレイブさぁぁーん!!」
「シンか。どうした」
 長槍を構えていたグレイブは、漆黒のロングヘアをふわりとなびかせて、シンの方へと目を向ける。
「ついにーっ!マレイさんがぁぁぁーっ!」
「そうか」
 淡々とした調子で返し、片手でシンの口を塞ぐグレイブ。
「上出来だな」
「で……ですねぇぇぇ……」
 シンの四方八方に跳ねた柿渋色の髪は、汗によって、額や頬にぺったり張り付いている。いかにも汗臭そうな見た目だ。しかし、グレイブが不快な顔をしていないことを思えば、汗臭さはさほどないのだろう。
「よし。順調だな」
「けどぉぉ……マレイさんについていた隊員のお二人がぁぁぁー……」
「何?」
 シンの発言に眉をひそめるグレイブ。
 彼女が発した言葉に対し、シンは言いにくそうな顔で答える。
「男性隊員がぁ……やられてしまったみたいでぇぇ……」
 シンが言った瞬間、グレイブの美しい顔が強張る。
「何だと!?」
 紅の唇から飛び出したのは、はっきりとした声だった。そこには、彼女の驚きやら何やらが詰まっている。シンから男性隊員がやられた報告を受け、彼女がどれほど動揺しているのか。それがはっきりと分かるような声色だった。
「もう一人はどうなったんだ」
「女性隊員の方ですかぁぁぁー?」
「あぁ。そうだ」
「彼女は、毒を受けたようでしたよぉぉぉ……一応、既に救護班によってぇぇー処置が施されてぇぇーいると思いますぅぅぅ」
 グレイブは静かに、そうか、とだけ返した。
 それから数秒空けて、シンに向かって述べる。
「では私は、トリスタンたちの方へ向かう。シン、お前はここを頼む」
「…………」
 しかしシンは返事をしない。俯き、黙り込んでしまっていた。
 いつもは迷惑なくらい騒がしいシン。大きな声が凄まじいシン。そんな彼が、今、黙り込んでしまっている。何一つとして言葉を発さない。
 その様には、グレイブもさすがに不自然だと思ったようで、彼女は首を傾げつつ尋ねる。
「どうかしたのか?」
 シンは答えなかった。
 俯き黙るという、先ほどの様子のまま、制止している。まるで、彼だけの時間が止まってしまったかのような、そんな雰囲気だ。
 そんな彼の様子に、グレイブはますます怪訝な顔になる。
「何を黙っている。言いたいことがあるのなら、さっさと言え」
 それでもシンは黙っていた。
 ただ、唇が震えている。何か言いたいことがある、と主張したそうに。
 けれど、グレイブがそんな小さなことに気づくはずもない。当然だ、俯いている者の唇にまで注目するような人間なんて、滅多にいないのだから。
「おい、シン。もういいのか?」
「…………」
「そうか。言いたいことがあるわけではなかったのだな。では私は」
 言いながら、グレイブがシンに背を向けた——その瞬間。
 それまで何一つ動きを見せなかったシンが、突如、グレイブの上衣の裾を掴んだ。声は発さず、片手でそっと。
 そのことに驚いたらしいグレイブは、顔面に戸惑いの色を浮かべながら、体を再びシンの方へ向ける。
「何だ」
 グレイブが低い声を発した。
 それに対し、シンはようやく面を持ち上げた。
「……グレイブさん」
 瞳は潤み、目の周囲はほんのりと赤みを帯びている。鼻からは心なしか鼻水が垂れており、鼻から口までの間を濡らしていた。また、口角は下がり、お世辞にも明るいとは言い難い顔つきだ。
 そんなシンの顔の状態に、グレイブは、暫し困惑した表情のままだった。
 ——直後。
「嫌ですよぉぉぉーっ!!」
 それまでずっと黙っていたシンが、急に、大声をあげた。
 獣の咆哮にも負けぬほど凄まじい叫び声が、辺りの空気を派手に揺らす。
 突如放たれた、人の叫びとは信じられぬような叫びには、グレイブも驚きを隠せていない。目を見開き、言葉を失ってしまっている。彼女は、シンの奇妙な言動には慣れている。が、予告もなしにここまで巨大な声を出されては、さすがに、すぐに言葉を返すことはできないようだ。
「グレイブさん!ボクを残して戦いになんてぇぇぇー!行かないで下さいぃぃぃーっ!!」
 シンは叫びながら、グレイブの両肩を手で掴み、彼女の激しく前後に振る。
「ま、待て!止めろ!」
 あまりに激しく動かされるものだから、グレイブは、肩を掴むシンの手を鋭く払った。
「いきなりそんなことをするな!首を痛めたらどうしてくれる!」
「あ……うぅ……」
 グレイブが言い放った厳しい言葉に、シンは身を縮めた。彼女に叱られると畏縮してしまうのは、いまだに変わらないようである。
「言いたいことがあるのなら、暴れずに言え!普通に言ってくれ!」
 するとシンは、ついに、泣き出してしまった。
「ず……ずびばぜん……ぼぶばだだ……」
 涙ながらに話すシンだが、何を言っているのかまったく聞き取れない状態だ。
「ぐれびぶざんでぃ……ぶりじでぼじぐなぐで……」
「おい、まったく聞き取れん」
「ぼんどうでぃ……だだぞれだげでぇぇぇー……」
 まったく意味が理解できない状態に呆れたグレイブは、その白色の上衣についたポケットからハンカチを取り出す。そして、シンの顔へガッと押し当てる。
「貸してやるから、まずは拭け。いいな。それから話すんだ。でなくては、何を言っているのかまったく分からん」
「ば……ばびぃぃ……ありばどう……ござびばず……」
 それからシンは、グレイブに命ぜられた通りに、ハンカチで顔を拭いた。涙やら鼻水やらで濡れた凄まじい状態の顔を、彼女に借りたハンカチで、丁寧に拭っていく。
 やがて、ようやく落ち着いてくると、彼は言った。
「ボクもグレイブさんとぉぉぉ……一緒にぃぃ……戦いたいですよぉぉぉー……」
 彼はただ、そう言いたかっただけのようだ。それだけのためにこんなに時間をかけるとは、さすがはシン、としか言い様がない。
「戦場へ同行したい、ということか」
「はいぃぃぃー……」
「なるほど。だが、今回は特に、お前には向いていない任務だと思うが」
 シンはそこで口調を強める。
「でもぉぉぉー!一緒にぃぃぃーっ!行きたいんですよぉぉぉーっ!」
 まるで、おもちゃ屋へ行きたいとごねる子どものようだ。
 グレイブはすっかり呆れ顔。ただただ呆れる外ない、といった表情をしてつつ述べる。
「分かった分かった。いいだろう、そんなに行きたいなら、連れていってやる」
「え。……い、いいんですかぁぁぁーっ!?」
「時間がないからだからな、勘違いするなよ」
「やっ……やったぁぁぁーっ!ああぁぁぁぁーっ!!」
「叫ぶな、耳が痛い」
 そんなこんなで、グレイブについていく許可を何とか得た、シンであった。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。