コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.18 )
- 日時: 2018/05/12 18:46
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: l1OKFeFD)
episode.13 フランシスカは良い娘?
「それじゃあマレイちゃん、申し訳ないんだけど、今日だけフランの部屋で過ごしてくれるかな?明日までにはちゃんと一人部屋を用意するから」
「分かったわ、トリスタン」
私はトリスタンに連れられ、フランシスカの部屋に向かう。
部屋の手配が間に合わないため、今夜だけ自室は無しで凌がなくてはならない。そこでトリスタンが、フランシスカの部屋に泊まれるよう手配してくれたようだ。凄くありがたい。
それにしても——この基地はかなり豪華である。
ここはレヴィアス帝国軍の基地だ。しかし、すべての軍人がここを利用しているわけではない、とトリスタンは話す。
「この基地はほとんど、僕やフランが所属する『化け物狩り部隊』の人間が使っているんだ」
「他の軍人さんは使わないの?」
トリスタンは歩きながら頷く。
絹のような長い金髪が滑らかに揺れていた。
「なんせこの辺りには化け物がよく出る。だから、いつでも出動できるように、ここで暮らし始めたんだよ」
「帝都も何げに大変なのね……」
栄えてはいるものの都会ではないダリアで暮らしていた私は、帝都は夢や希望に溢れているものと思い込んでいた。当たり前のようにそう信じ、それを疑ったことは一度ない。
だが、トリスタンの話を聞いていると、私の想像は間違いだったのだとひしひしと感じる。帝都だからといって誰もが幸福に満ちているのではない。その事実は、そこそこ衝撃的だった。
「僕は慣れているから平気だよ。ただ、初めて来た人なら戸惑うかもしれないね」
確かに、その通りだ。実際に、初めて来た人——私は、今、色々な意味で戸惑っている。
私の場合それに加えて、新たな土地にいることによる緊張と待ち受ける未来への不安もあり、脳内が滅茶苦茶だ。脳内が滅茶苦茶というのはつまり、頭の中が、十二色ほどの絵の具を手当たり次第混ぜたような状態だ、という意味である。
「あ、着いた」
「フランさんの部屋?」
「そうだよ」
トリスタンがドアをノックすると、中から「はーいっ」とフランシスカの明るい声が聞こえてきた。続けて、パタパタという軽快な足音。そしてようやくドアが開く。
そこから現れたのは、ミルクティー色のボブヘアが愛らしいフランシスカ。
「トリスタン!待ってたよっ」
彼女は、太股の真ん中くらいまでの長さの桜色のワンピースに、いつの間にやら着替えていた。丈はかなり短いが、色気はあまりない。
「トリスタン!遅かったから心配したっ……!」
「心配は要らないよ。それより、マレイちゃんをよろしく」
フランシスカの大袈裟な言葉を軽く受け流すと、トリスタンは私の背をそっと押す。
「今夜だけだから」
「よ、よろしくお願いします!」
私は慌てて頭を下げた。
部屋を借りるのは今日だけとしても、これから同じ部隊の隊員としてお世話になる予定なのだから、印象は大切だ。いきなり悪い印象を持たれてはまずい。
するとフランシスカは、その可愛らしい顔に明るい笑みを浮かべる。
「……よろしくねっ」
一瞬の空白は気になるところだが、私はあまり気にしないよう努めた。聞けもしない、分かりもしない、そんなことを気にしても無意味だからだ。
「じゃあフラン、後はよろしく」
トリスタンは淡々とした声で言う。しかも、「こんな顔もするんだ」と思うような無表情だった。
彼が去った後、私とフランシスカは二人きりになり、気まずい空気に包まれる。
「えっと……マレイちゃん、入る?」
「あ、はい」
「それじゃあ、どうぞっ!」
桜色のワンピースが可愛いフランシスカは、声も笑顔も明るい。はつらつとしている。
……しかし、どこかぎこちない。
フランシスカの部屋は、いかにも女の子のものといった感じだった。
あまり広い部屋ではない。しかし、ベッドの掛け布団や椅子とテーブルのセットなど、すべてが可愛らしい物だ。桜色を基調とし、ところどころ、レースやリボンなどで飾られている。
「そこに座っていていいよっ。あ、コーヒー飲める?」
「飲めないことはないです」
「好きじゃない?」
「えっと……あまり」
私は椅子に腰を掛け、フランシスカの問いに答えていく。だが、不必要に緊張してしまい、上手く話せない。トリスタンの時はそんなことはなかったのに。
「じゃあ、ハーブティーとかにするっ?」
彼女は明るく接してくれる。なのに私は、同じように明るく返せない。
「……あ、はい」
「はいはーい!じゃ、ハーブティーにするねっ!」
私は椅子に座ったまま、彼女の背を見つめていた。
背筋はピンと伸び、脚はすらりと長く。後ろ姿からでさえ、自信がみなぎっているのが分かる。彼女は可愛い顔立ちだが、顔が見えずとも、魅力的な女性であると察することができてしまう。
——私とは大違い。
つい、はぁ、と溜め息を漏らしてしまった。
私は、私の顔を、不細工だと思ったことはない。しかし美人と思ったこともない。ただ、私はどこにでもいるような普通の女だ。顔立ちはもちろん、髪色も毛質も、平凡である。他の女性に勝てるような部分は一つもない。
「——ちゃん!マレイちゃん!」
はっとして、顔を上げる。
すると目の前にフランシスカの姿があった。マグカップを持ち立っている彼女は、怪訝な顔をしている。
「ぼんやりして、どうしたの?」
「……あ。ごめんなさい。少し、考え事を」
ますます気まずくなってしまった。
「考え事?えー、なになにっ?」
フランシスカはマグカップを私の前へ置くと、トントンと数歩歩いて、ベッドに腰掛ける。それから、その長い脚をパタパタと動かす。
「フランで良かったら聞いてあげるよっ」
彼女は優しかった。
ほんの一瞬怪しんだりはしたけれど、彼女はやはり、親切で良い娘だ。
きっと、そうに違いない。
- Re: 暁のカトレア ( No.19 )
- 日時: 2018/05/13 08:53
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pD6zOaMa)
episode.14 謎だらけの一日目
それからというもの、私はフランシスカと色々な話をした。
好きな食べ物や好みの色。どんな動物か好きかや、どの季節が一番過ごしやすいと思うか。話題はすべて、そんな、たわいないもの。今日出会ったばかりというのもあり、私も彼女も、相手の深いところを詮索するような真似はしなかった。
それでも、楽しい。心からそう思った。
今まであまり同年代の娘と話すことのなかった私にとって、彼女と過ごす時間は、宝石のように輝いて見える——いや、間違いなく輝いていたと思う。
こうして、帝都で過ごす初めての夜は、終わった。
翌朝。
私は何も分からぬまま、フランシスカについていく。
そして、トリスタンと合流した。
「トリスタン、おはよっ!」
「あぁ、おはよう」
「何それー。どうしてそんなに愛想ないの?」
フランシスカは相変わらずのハイテンションでトリスタンに絡んでいく。
トリスタンに接する時と私に接する時では、明らかに雰囲気が異なっている。言葉遣い自体はほぼ同じなのだが……不思議だ。
「マレイちゃん、よく眠れた?」
彼は白い衣装に身を包み、爽やかな青年といった空気を漂わせている。美しい顔立ちも健在だ。
「えぇ。フランさんにも親切にしてもらったわ」
「そっか。それなら良かった」
「フランさんも、トリスタンも、優しいわ。帝国軍、いい人がたくさんね」
今は純粋にそう思う。
まだ全員を知ったわけではない。だが、トリスタンもフランシスカも、悪い人ではなかった。そんな二人の仲間なら、きっと、悪人はいないだろうと思うのだ。
「マレイちゃんに褒められたら、少し照れるな」
「そう?」
意味がよく分からず首を傾げていると、トリスタンは目を細めてはにかむ。
「そうだよ。君なら、僕の深いところまで見てくれそうな気がする」
トリスタンの発言に私はきょとんとする外なかった。
だって、意味が分からないんだもの。
「とにかく行こうか。今日の予定は、朝食の後、簡単な審査だけだよ」
「少ないのね」
「え。もっと増やす?」
「いいえ。そういう意味じゃないわ」
それにしても、審査とは一体何なのだろう。
入隊試験のようなもの?能力——あの赤い光の強さか何かを審査されるということ?
……いや。そもそも私は、まだ何も知らない。あの赤い光だって、私自身が意図して発したわけではないし。あの時、私はただ、助かることを願っただけ。だから、もう一度あれをできるかと言われれば、分からない。
トリスタンの横を歩けば歩くほど、私の脳内は混乱していく。それはもう、溜め息を漏らしたくなるほどに。
基地内にある広い食堂で朝食をとり、それから私は、基地の近くに建てられた修練場へと向かった。トリスタンによれば、審査はそこで執り行われるらしい。それを聞いて「実技系の審査なのだろうな」と察した私は、上手くやれるのかという不安に包まれながらも、前を向いて歩いた。
今さら逃げるわけにはいかない。
そんな風に、自身を鼓舞しながら。
その後、修練場へ着くと、白いシャツとズボンを渡され、着替えるよう命じられた。
なので私は、更衣室でワインレッドのワンピースを脱ぎ、指定された服に着替える。そして、速やかに更衣室を出る。
「フランさん!」
「遅かったね、マレイちゃん」
更衣室のすぐ外にいたフランシスカは、彼女らしからぬ淡白な声でそう言った。どうやら、あまり機嫌が良くないようだ。
「すみません」
「なーんてね。気にしなくていいよっ」
「……え?」
意図が掴めず戸惑っていると、彼女は呆れ顔になる。
「マレイちゃんって、冗談通じないよね」
「冗談、ですか?」
「あー、もういいもういい」
やれやれ、といったアクションをされてしまった。
私に理解力がないため、呆れられるのも仕方ないといえば仕方ない。だが、ここまで露骨にされると、さすがに少し悲しい気分になる。
「さ、行こっ」
「はい!」
気合いを入れて返事する。
すると彼女は、「マレイちゃんって面白いよね」と言い、クスクスと笑っていた。
もしかしたら私は、ややおかしいのかもしれない。
「マレイ・チャーム・カトレア、か。正直、素人の娘が化け物を倒せるとは思えないが……」
「真実です」
「お前がそう言うのなら、真実なのだろうな」
私とフランシスカが修練場のメインルームへ着いた時、トリスタンは黒い髪の女性と話をしていた。
女性は腰までの黒髪ストレートロング。そして、よく見ると美人だ。漆黒の瞳と血のように赤い口紅が印象的で、美少女のフランシスカでさえくすんで見えるほどの凛々しい美しさである。もちろん私など足下にも及ばない。
またしても美女が現れたことに、私は、動揺する外なかった。この化け物狩り部隊は、どうしてこうも美しい者ばかりなのか……。もはや帝国七不思議の一つと言っても差し支えなさそうである。
そんな彼女が、いきなり私へ歩み寄ってくる。
「グレイブだ。よろしく頼む」
彼女は手を差し出して、落ち着いた声色で挨拶してくれた。
離れていても美人だと分かったが、近くで見ると、その美しさをよりいっそう感じる。私とは完全に別世界の生き物のようだ。
漆黒の瞳は凛々しく、しかし女性らしさを失ってはいない。腰まで伸びた長い黒髪はしっとりと艶があり、まさに大人の女性といった感じである。
「初めまして、マレイです。よろしくお願いします」
「あぁ。これからよろしく」
彼女は、その美しさゆえに、近寄りがたい空気を漂わせている。けれども、感じの悪い人ではなさそうだ。声や口調は淡白だが、冷たさはない。
トリスタンとフランシスカが見守る中、私はそんなグレイブと握手を交わした。
- Re: 暁のカトレア ( No.20 )
- 日時: 2018/05/14 07:00
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: OZDnPV/M)
episode.15 挑戦
「では早速。マレイ、その力を見せてもらおうか」
……え?
何の説明も前振りもなく、いきなり何を言い出すのか。
「待って下さい。意味がよく——」
「化け物を貫くほどの赤い光、期待している。これを使い、その力を見せてくれ」
黒髪の美女グレイブは、戸惑う私など微塵も気にかけず、腕時計を差し出してくる。トリスタンが持っているものとよく似たデザインの腕時計だ。
私は仕方なく受け取る。
しかし、できる気がしない。
これで何度目かになるが、あの時は必死だったのだ。私とトリスタン、二人の命がかかっていた。だから何一つ分からないままに腕時計を使い、そして奇跡が起きたのだ。あの赤い光は恐らく、神様が私に力を貸してくれたのだろう。私はそう思っている。
だが、今さら「あれは私の力ではなかった」なんて、言えるわけがない。そんなことを言えば、幻滅されるだろうし、トリスタンの名も傷つけることになるかもしれないから。
そんな恐ろしいこと、できるはずがないではないか。
「マレイちゃん、どうしたのっ?まさか——できないなんて言わないよね?」
グレイブから腕時計を受け取り、黙り込んでいた私に、フランシスカが声をかけてくる。今一番嫌な言葉をかけてくる辺り、彼女らしい。
「マレイちゃんの赤い光、フランも早く見たいなっ」
「どうしたんだ、マレイ。ここではできないと言うのか?」
美少女のフランシスカと、美女のグレイブ。強烈な挟み撃ちだ。
——あれは奇跡だったんです。
そう言いたい。少しでも早くそう言って、この場から逃れたい、期待から逃れたい。そんな強い衝動に駆られる。
けれどそれでは駄目だ。
これは私自身が選んだ道。楽な方向に逃げるなんて狡い。
「マレイちゃん、無理しなくても……」
「やるわ、トリスタン」
心配そうな顔つきで言うトリスタンの言葉を遮り、私はハッキリと述べた。
できる保証はない。ただ、できないと決まっているわけではないのだ。可能性があるなら私は試す。前へ進むために。
「ようやく見せる気になったようだな」
グレイブが紅の唇に微かな笑みを浮かべる。
「はい。やります」
成功の望みは薄いが、私は強く頷いた。
物は試しである。
「やったねっ。フラン、楽しみ!」
「いかほどのものか、見せていただこう」
私は一度目を閉じる。緊張に震える心を落ち着けるために。それから数秒し、瞼を開けると、あの時の感覚を思い出しながら、指先で文字盤に触れる。
だが、結果は予想通り。
僅かな可能性を信じてはみたが、物事とはそう上手くいくものではないと、改めて思い知る。
——赤い光は出なかった。
長い沈黙。
深い深い暗黒にいるような、そんな感覚に陥る。
「あれーっ?何も起こらなかったねっ」
少し楽しそうなフランシスカの声。
「そ、そんな。どうして……」
私は思わず漏らす。
分かってはいたが、まさかここまで駄目だとは。
「トリスタン。やはり、夢でも見たのではないか?この娘に特別な力があるとは」
「マレイちゃんが赤い光を出したのは本当です」
「だがしかし……」
「今は危機的状況じゃないから失敗したのかもしれません。あの時は化け物に襲われていたから。それで力を発揮できたという可能性もあります」
トリスタンは、懸命にフォローしようとしてくれた。
最高に気まずい状況の私を擁護しようとしてくれるとは驚きだ。彼の言動には、私の想像を優に越えていく優しさがあった。
「では、化け物の前へ晒して確かめる外ないと言うのか?」
「ある意味そうかもしれないですね」
「それでは、赤い光とやらを目にすることはできないじゃないか。力を確実に使える保証がない娘を化け物の前へ出すことなどできん」
グレイブは腕組みをし、眉間にしわを寄せる。その黒い瞳から放たれる視線は、トリスタンを捉えていた。
「どうすればいいと思います?」
「こちらに押し付けようとするな!連れてきたのはお前だろう。自分で考えろ!」
グレイブに厳しい言葉をかけられ、トリスタンが言い返そうと口を開いた——その瞬間。
突如として、ビーッビーッと大きな音が鳴り響く。
「ちょ、何!?襲撃!?」
顔を強張らせるフランシスカ。
「ありえん。まだ午前中だ」
「でもでも、これは化け物襲撃の合図っ。ね!トリスタン!」
フランシスカが振ると、トリスタンはこくりと頷きながら返す。
「そうだね。午前中なんて、かなり珍しいけど」
三人の発言を聞いていると、化け物は大概夜に現れるものなのだと分かった。そういえば、私の生まれた村が襲われたのも夜である。
ちょっとした会話の中にも意外と情報があるものだな、と私は密かに感心した。
「減っている時を狙って襲撃してくるとは……いつもいつも、卑怯な奴らだな」
グレイブは低い声で呟く。
その美しい顔に浮かぶ表情は険しく、化け物への憎しみに満ちていた。漆黒の瞳は鋭い光を放ち、血のように赤い唇は歪んでいる。
「フラン、状況確認を」
「はいはいっ」
フランシスカは軽く返事をし、桜色のミニスカートのポケットから、片耳に装着するタイプの小型通信機を取り出す。
……それにしても、最先端技術だ。
やはりこれも帝都だからなのだろうか。
ダリアでは洗濯さえ自力だというのに。レヴィアス帝国の技術格差はこれほどのものなのか、と正直驚きを隠せなかった。
「トリスタンはマレイの身を護る。問題ないな?」
「もちろん。言われなくとも、そのつもりです」
淡々とした口調でそれぞれに指示を出していくグレイブは、勇ましく、男らしかった。彼女が女性であると理解していても、不思議と「かっこいい」と思ってしまう。
もっとも、そんなことを考えているほど余裕のある場面ではないのだが。
- Re: 暁のカトレア ( No.21 )
- 日時: 2018/05/15 19:08
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kJLdBB9S)
episode.16 お迎えにあがりました
化け物の襲撃を知らせる、けたたましい警報音は、それからもしばらく鳴り響き続けた。
初めての体験で慣れていないというのもあるのだろうが、警報音を長時間聞いていると耳が痛くなってくる。気づけば両耳を塞いでしまっていた。
「大丈夫?マレイちゃん」
私が耳を塞いでいることが気になったのか、隣にいたトリスタンが尋ねてくる。
彼の、深海のような色をした瞳は、こちらを見つめながら、不安げに揺れていた。それでも色は美しい。
「えぇ、大丈夫よ」
そう答えながらも、私の手は彼の袖を掴んでいた。完全に無意識で。
これには私も驚いた。なぜって、掴もうと思っていないのに掴んでいたからである。
それにしても、無意識とは結構恐ろしいものなのだと、こんな形で知ることになろうとは。予想外だ。
「あっ……。ごめんなさい」
私は彼の袖から、手をパッと離す。
「いきなり掴んだりして、驚かせてしまったわよね。ごめんなさい。別に深い意味はないから、気にしないで」
すると彼は、数回まばたきし、きょとんとした顔をする。
「マレイちゃん、どうして謝るの?」
「だって、いきなり他人の袖を引っ張るなんて、驚かせてしまうじゃない。だから謝ったのよ」
まさかこんなことを説明する羽目になるとは思わなかった。
「そういうもの?」
「えぇ。そういうものよ」
トリスタンの感覚は、時折、一般人とずれているように感じる。だが、その美しい容貌は、感覚のずれすら魅力に変えてしまうのだ。
「そっか。マレイちゃんが言うなら、きっとそうなんだね」
生まれ落ちたばかりの雛のような純真さ。
この世とは違う世界からやって来たような幻想的な麗しさ。
——これら二つの要素が上手く絡み、トリスタンという一つの奇跡を生み出したのだろう。
「でも僕は、袖を掴まれても嫌じゃないよ」
「……はい?」
私は思わず、腑抜けた声を出してしまった。
その理由は一つ。
トリスタンが、自ら、私の手を握ってきていたからである。
「僕は君と手を繋ぎたいと思うよ」
「はぁ」
「それに、こうして傍にいたいとも思うよ」
「……そう」
「いつまでもマレイちゃんと親しくしたいし」
「…………」
相応しい返答が見つからない。私はただ、困惑の色を浮かべることしかできなかった。
「もうマレイちゃんが傷つかないように、頑張って護ろう、とも思うよ」
口説き文句のようにも思える言葉の数々。しかし彼は、それを素で言っていた。それも、恥ずかしげもなく言うものだから、かなり強烈だ。
「トリスタンって……少し変わっているのね」
しばらく言葉を失っていた私の口からようやく飛び出したのは、シンプルな本音だった。
「……僕が?変わっているなんて、今まで一度も言われたことがないよ?少し変わっている、とさえ言われたことはないし」
不思議な感覚だ。
こうしてトリスタンと話している間だけは、恐怖や不安をすべて忘れられる。化け物が襲撃してきているということさえ忘れてしまいそうなほど、心が穏やかになっていく。
「言われたこと、ないのね」
変わっていると言われたことがないのは美男子だからだろう、と私は思う。
周囲の者たちも、トリスタンに進んで嫌われたくはないはずだ。だから、「変わっている」なんて、仮に思ったとしても言わない。敢えて言う必要のないことだ。
美しさが呼ぶ孤独もあるのかもしれない。
ふと、そんなことを考えた。
「うん。誰も僕の内面なんて見ようとしないから」
トリスタンは小さく言い、寂しげに微笑む。
「でもトリスタン、人気者じゃない。洗濯の時だって、女性に囲まれていたでしょ。それって凄く幸せなことよ」
すると彼は、少し俯き、吐き捨てるように言う。
「幸せなんかじゃない。見ず知らずの人に寄ってこられても、ただ疲れるだけだよ」
トリスタンは、ああやってちやほやされるのは好きでないようだ。いろんな人がいるのだなぁ、と改めて感じた。
もし私が男性だったら、女性にちやほやされると嬉しい……と思うのだが。
「トリスタンは女の人が嫌いなの?」
「え。そんなことないよ。マレイちゃんのことは、好きだよ」
「えっ!?」
耳に飛び込んできた意外な言葉に、うっかり大きな声を出してしまった。慌てて口を塞ぐ。
いつ化け物が来るか分からない状況だ。呑気なことを考えている暇などない。
だが、いきなり「好きだよ」などと言われては、さすがに驚きを隠せなかった。
トリスタンが私をそういう目で見ていないことは分かっている。けれども、こうもストレートに言われると、そういう意味かと思いそうになってしまうのだ。
「……マレイちゃん?」
「いっ、いいえ!何でもないわ!」
「どうして慌てているの?」
痛いところを突いてくる。
「そんなこと、聞かないでちょうだい!」
「どうして?」
正直に理由を言うなら、これ以上突っ込まれては困るから、だ。しかし、そんなことを言えるわけがない。
「女には言いたくないこともあるのよ、トリスタン。だから根掘り葉掘り聞かないで」
「どうして言いたくないの?」
「だーかーらー、いちいち質問してこないでって言ってるでしょ!」
「僕が信用できないから?」
「違うっ!」
私は声を荒らげてしまった。
こういう時、自分はつくづく小さい人間だと思う。純粋に好奇心で尋ねてきている彼にすら腹を立てるのだから、どうしようもない。
「あ……ごめんなさい。ついきつく言ってしまって、ごめんなさい」
「気にしていないよ。こっちこそ、ごめん」
トリスタンは苦笑しながら謝罪してくれた。
彼は何も悪くない。なのに私は、彼に謝らせてしまった。それが少し、心の中にしこりとして残った。
「悪いのは私よ、トリスタン。だからその、本当に——」
言いかけた、その時。
メインルームいっぱいに、爆発音が響いた。
音の直後に爆風。
私は半ば無意識に身を縮める。
それと同時に、トリスタンは一歩前へ出た。素早く取り出した白銀の剣を構えながら。
「おはようございます、マレイ・チャーム・カトレア。改めてお迎えにあがりました」
聞き覚えのある声とともに現れたのは、銀色の仮面で顔を隠した不気味な男——ゼーレだった。
- Re: 暁のカトレア ( No.22 )
- 日時: 2018/05/16 18:25
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: loE3TkwF)
episode.17 嬉しくない評価
突如として現れたその男がゼーレであると気づくのには、それほど時間がかからなかった。というのも、黒いマントに顔全体を覆う銀色の仮面という、非常に個性的な格好をしているのである。こんな奇妙な容姿の者はそうそういない。
「また現れるとはね。何の用かな?」
トリスタンはゼーレへ、冷ややかな視線を向ける。
「そちらこそ、またしても邪魔をする気とは……少々面白くありませんねぇ」
ゼーレの足下付近には、高さ三十センチほどの蜘蛛の化け物が数匹這っていた。彼と同じく、闇のような黒。その形もあいまって、凄まじい気味の悪さだ。
「勧誘ならお断りだよ。マレイちゃんは渡さない」
「私は貴方に聞いてはいませんが」
「マレイちゃんは帝国軍に入るよ。これはもう、決定事項だから。今さら勧誘したって、もう遅いよ」
トリスタンとゼーレが言葉を交わしている間、私は不安に苛まれていた。
フランシスカやグレイブがいる時なら、ゼーレが現れても心強かったのに。トリスタンと私だけになったところを狙うとは、卑怯の極みだ。
「……なるほど。こういうのは私の趣味ではありませんが……」
刹那、ゼーレが動く。
あまりに素早く、私の目では動きを捉えられない。
「実力行使、も仕方がありませんねぇ」
「くっ!」
ゼーレの拳をトリスタンは防いでいた。
あの速度の動きを見きり、剣の刃部分で防ぐとは。ゼーレは速いが、トリスタンの反応速度も結構なものだ。常人を遥かに超えている。
「どうしたのです?まさかこの程度で動揺するのですか?」
「…………」
「そんなわけ、ありませんよねぇ。貴方はいつもあれほど大口を叩くのですから、私よりずっと強いのでしょう」
挑発的なことを言われても、トリスタンは答えない。表情は夜の湖畔のように静かで、落ち着いている。
良い判断だと思う。
実力がほぼ同等の二者の戦いにおいて、心が乱れるというのは、敗者になる可能性を高めるだけだ。ゼーレもそれを分かっていて、挑発的な発言をしているに違いない。
「……無視ですか」
呟いた直後、ゼーレは片足を振り上げ、トリスタンの脇腹めがけて蹴りを繰り出す。
先日巨大蜘蛛の化け物にやられた傷を狙った蹴りだと、私はすぐに気づいた。そこで、それをトリスタンに伝えようと、口を開きかける。しかし、それより先に、トリスタンは蹴りを避けた。
一歩下がり、体勢を整えるトリスタン。
ゼーレはそこへ、さらに襲いかかる。今度は拳だ。
しかしトリスタンは冷静そのもの。彼の青い瞳は、ゼーレの体だけをじっと捉えていた。
「甘いよ」
彼は白銀の剣を一振りする。
——その刃は、ゼーレの胴体を確実に切り裂いた。
「……っ!」
腹部の傷から赤い飛沫が散り、さすがのゼーレも動揺した声を漏らす。それから彼は、トリスタンの剣に斬られた腹部を片手で押さえ、一歩、二歩、と後退した。
傷を庇うような動作をしていることを思えば、痛覚は存在するようである。
「死にたくないなら、今のうちに退いた方がいいよ」
「……は?貴方は馬鹿なのですかねぇ。このくらいで退くわけがないでしょう」
「馬鹿じゃなくて、親切なんだよ」
今のトリスタンの一撃で、二人の立ち位置が逆転したように感じる。
さっきまではトリスタンがやや劣勢だった。しかし現在は、ゼーレの方が不利な状況である。
傷を負ったこともそうだが、真にゼーレが不利な状況を招いているのは、彼のその性格だろう。ここは一度撤退して体勢を立て直すのが賢い手。それはほぼ素人の私にでも分かること。けれども、彼の高いプライドは、撤退などを許しはしない。
「親切……ですか」
ゼーレはぼやきながら、金属製の右手を前へ出す。
「それは侮辱の間違いでしょう!」
そういう問題ではない。
相応しい二字熟語を選択する会でもない。
「やはり貴方は不愉快極まりない男ですねぇ!消すに限ります!」
どうやらゼーレは、トリスタンの「親切」発言に腹を立てたようだ。口調は激しく、声色は荒れている。
その数秒後、彼の足下に這っていた蜘蛛の化け物が、一斉にこちらへ進んできた。
もはや地獄絵図。トリスタンの背後に隠れている私でさえ、半狂乱になりかかったほどである。……もちろん、声を出すのは何とか我慢したが。
「小賢しい真似は通用しないよ」
トリスタンは淡々とした声で述べ、地面を這う蜘蛛の化け物に剣先を突き立てる。
一匹二匹刺し潰すと、蜘蛛の化け物は彼から離れ始めた。これはあくまで推測だが、このままでは殺られる、と本能的に察したのかもしれない。
「まぁ……そうでしょうねぇ」
言いながら、ゼーレは一瞬にしてトリスタンの背後へ回る。
彼の狙いはトリスタンではなく、私だった。
ゼーレは無機質な腕で私の襟を掴む。この前と同じパターンだ。黒い彼の姿は、近くで見ると余計に恐ろしい。
「ではシンプルに行かせていただきます。マレイ・チャーム・カトレア、私とともに来なさい」
「……そんなの、嫌よ」
「おや?この短期間で変わりましたねぇ。前は怯えて何も言えなかったというのに」
こんな評価のされ方、ちっとも嬉しくない。
「さすがですねぇ、マレイ・チャーム・カトレア。この成長ぶりなら、ボスが気になさるのも理解できます」
「マレイちゃんから離れろ!」
トリスタンが剣を握った手を動かそうとした瞬間。ゼーレは襟を掴んでいるのと逆の手で、私の首を握った。
首にひんやりとした感覚を覚える。恐らく、ゼーレの手が金属だからだろう。
「動かないで下さい」
「それ以上はさせない!」
「動けば、彼女の首を締めますよ」
ゼーレは、ふふっ、と笑みをこぼす。
「一歩も動かないで下さいねぇ。分かりました?」
化け物狩り部隊は一体何をしているのか——そんな思いが、私の中でじわりと広がっていく。
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