コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.128 )
- 日時: 2018/09/11 01:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5TWPLANd)
episode.121 戦いは終わらない
立ち上がったトリスタンは、白銀の剣を手に、再びボスへ挑んでいく。勇敢なその姿は、まるで伝説の英雄が出てきたかのようだった。
「総員、攻撃!ただし、マレイに当てないように!」
トリスタンの諦めず挑んでいく姿に触発されたのか、グレイブが命じる。その命を受け、それまで動きを止めていた隊員たちは攻撃を再開する。
無数の光弾が降り注ぐと同時に、前衛の隊員らが一斉にボスへ襲いかかった。
「面倒なやつらめ……」
ボスは「ふんっ!」と攻撃を跳ね返しながら、不愉快そうに顔をしかめる。食事中にハエが飛んできた時のような表情だ。
「こっ、攻撃が効きませんっ!」
「硬すぎる!」
「跳ね返されちゃいますよー!」
隊員らは口々に訴える。
しかしグレイブは、「攻撃の手を緩めるな」と指示するだけで、それ以上手を打つことはしない。
「ふんっ!」
「きゃああっ」
「ふんっ!」
「え、ちょ、うわぁっ」
「ふぅぅんっ!!」
「はわわー」
そのうちに隊員らはボスの反撃を受け、次から次へとやられていってしまった。
ちなみに、やられて、と言っても死んだわけではない。戦闘を続行することはできそうにない状況になってしまった、ということである。
「グレイブさん、何か手を!このままでは埒が明きませんよ!」
ボスと一旦距離をとったトリスタンが叫ぶ。
「……だが」
「放っておけば、どんどんやられてしまいます!」
「それもそうだな……」
トリスタンとグレイブが言葉を交わすその間にも、隊員たちは次から次へと倒されていっていた。いくら腕時計による身体能力の強化があろうと、ボスの圧倒的な力の前には無力である。
「ふん。弱い、弱いぞ。我に敵う実力者はおらぬものか」
口元に余裕の笑みを湛えつつ、ボスはそんなことを言う。
彼の言うことも間違いではない。実際、これまでの戦いで彼に勝てそうな隊員はいなかった。
しかし、普通はそんなことは言わないだろう。思ったとしても、心の中に留めておくはずである。それを何の躊躇いもなく平然と言ってのけるボスは、かなりの自信家だと思われる。
そんなことを考えていると、ボスは突然、私へ視線を向けてきた。
「……何ですか」
「我と渡り合える者がいるとすれば、お主くらいだろうか」
はい?という感じだ。
なぜボスの中の私の評価がそんなに高いのか、理解に苦しむ。
「何ならやってみても構わんぞ」
「……え?」
「お主の力、今ここで我に見せてみてもいいぞ」
急にそんなことを言われても、という感じだ。心の準備くらいはさせていただきたいものである。
「どうする?マレイ・チャーム・カトレア」
ボスは落ち着きのある声色で尋ねてきた。
しかし、すぐに答えることはできなかった。
しばらくまともに使っていないこの力を、ボスの前でちゃんと使える自信はなかったからである。
だが——ある意味では、これはチャンスだ。今ここで私が頑張れば、作戦成功に一歩近づけるかもしれない。
「分かった、やるわ」
悩み悩んだ末、私はそう答えた。
「見せてあげる!」
するとボスは、眉を上げ、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ふっふっふっ……良かろう」
何やら愉快そうに笑った後、ボスは私の左腕から手を離す。
よし、これで自由の身だ。
「ならばやってみるがいい」
「えぇ!やってやるわよ!」
一応強気に言っておく。
というのも、強気な発言をしておかなくては、弱い私が出てきてしまいそうな気がするからである。
私は右手首にはめた腕時計の文字盤へ指を当て、ボスに向けて構えた。狙うはボスの胸部。この際、すべて消し去るくらいの心持ちでいく。
「消えて——!」
念じるのとほぼ同時に、腕時計から赤い光が溢れ出した。その光は一本の線となり、ボスへと真っ直ぐ突き進んでいく。
そして、赤い光線はボスの胸部へと命中した。
だが、胸部には甲冑があるため、貫くことはできない。赤い光線は甲冑によって防がれてしまっている。
「ふぅんっ!」
ボスはまたしても力む。
すると、腕時計から放たれていた赤い光線は、一瞬にして消えてしまう。
「そんな!」
驚きのあまり、言葉が滑り出てしまった。
本気で放った一撃が、一瞬にして防がれてしまうなんて。そのことに、私は、密かに大きなショックを受けた。
「さすが我が目をつけた娘。なかなかの威力だったぞ」
今この状況で褒められても、ちっとも嬉しくない。
だって、私の弱さが証明されたところなのだから。
ボスに傷をつけるには、もっと威力を高めなくてはならない。そうでなくては、みんなの役に立てない……。
そんな思いが津波のように押し寄せてくる。
「だが、我を傷つけるに至るほどではないな。さすがに我と渡り合うという段階ではなかったようだな」
「まだよ!」
「何だと?」
——でも、まだ諦めるわけにはいかない。
「次は、次こそは、絶対に!」
諦めたら、すべては終わる。
ここで終わりにするわけにはいかない。絶対に。
「やってやるわ!!」
言葉と共に、腕時計から、再び赤い光が迸った。
長い夜を終わらせて、レヴィアス帝国に夜明けを迎えさせる。私たちは、そのために今ここにいるのだ。
「マレイちゃん!何するつもり!?」
トリスタンが動揺したように叫ぶのが聞こえた。
でも、それに答えることはできない。今何が起きているのかなんて、私にもよく分からないから。
「おぉ……まだやる気のようだな」
ボスは目を見張りながら、感心したように述べていた。その様は、新種の生物を発見した学者のようである。
「もう誰も傷つけさせはしない!もう誰も殺させたりしない!あんな悲劇は、もう二度と起こさせない!」
不思議な感覚だ。
私はこんなことを叫べるような勇敢な人間ではない。にもかかわらず、私は叫んでいる。一切躊躇いなく、ボスに向けて言葉を発しているのだ。
まるで、何者かが取り憑いているかのようだと、密かに思ったりした。
「全部ここで終わらせる!!」
口から言葉が出た刹那、腕時計から放たれる赤い光は、これまで見たことがないくらいの規模に広がる。
——そして、視界全体が紅に染まった。
- Re: 暁のカトレア ( No.129 )
- 日時: 2018/09/11 01:13
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5TWPLANd)
episode.122 誰もが笑っていられるような
目を覚ますと、懐かしい香り。
そして、暖かな日差しを肌に感じた。
私は記憶を辿る。
そう、私は——飛行艇の中庭でボスと戦っていたはずだ。
周囲を見回してみる。しかし、ボスもトリスタンたちも見当たらない。若草色の地面も、噴水も、視界には入らない。今私がいるのは、飛行艇の中庭ではなさそうである。
そうだ、と思い立ち、自分の体を見下ろす。
すると、赤いドレスを身にまとっていることが分かった。襟には華やかな刺繍と、飴玉のように輝くビーズ。やはりこれは、ボスに着せられた赤いドレスだ。
服装は明らかに先ほどまでの続き。なのに場所は飛行艇の中庭ではない。
私は夢でもみているのだろうか……。
それから私は、再び、辺りを見回してみた。
地面は舗装されていない。ほぼ土のままで、ところどころに小石が転がっている。周囲には様々な形の木々が生い茂っており、どこか懐かしさを感じさせる風景だ。暖かな太陽光が差し込む空は、青く、澄みきっている。
「綺麗な……ところ」
私は半ば無意識で呟いていた。
それと同時に、目から涙がはらりと落ちる。
悲しいことがあったわけではない。にもかかわらず、自然と涙がこぼれたのは、視界に入る景色があまりに美しかったからだろう。
ちょうど、そんな時だった。
「マレイ」
どこからともなく聞こえてきた声に、私は驚き周囲を見回す。驚いたのは、その声が、聞き覚えのある声だったからである。
「……母さん?」
涙を拭いて、キョロキョロと目を動かしてみた。だが、母の姿は見当たらない。
ただ、再び声が聞こえた。
「マレイ。ここよ」
「……母さん?どこなの?」
「ここよ」
その瞬間、手の甲に何かが優しく触れるのが分かった。温かな感触に、また涙がこぼれそうになる。
「後ろ。マレイの後ろにいるの」
母の声が耳元で聞こえ、私は恐る恐る背後へ視線を向ける。するとそこには、あの夜と何も変わらない母の姿があった。
「母さん……なの?」
「大きくなったわね、マレイ」
すべてが炎の餌食となったあの日。すべてが失われたあの夜。私の目の前で塵と化したはずの母が、今、目の前にいる。その事実を、私は、すぐには理解できなかった。
「そして、強くなったのね。昔は泣いてばかりだったのに」
母はそう言って、私の瞳を見つめながら笑う。
「石ころにつまづいて、転んで、いつも泣いていたのが懐かしいわ」
昔の私を知る者は、今やこの世にはいない。それだけに、母が昔の話をしてくれることは嬉しかった。もちろん、過去を思い出してしまうわけだから、切なくもあるけれど。
「母さん。私は……死んだの?だから、母さんのところへ来れたの?」
それまでは少しも思わなかったけれど、母と言葉を交わした瞬間、急にそんなことを思ったのだ。私が死んだから、母のもとへ来れたのではないか、と。
だが、母は首を縦には振らなかった。
「それは違うわ。マレイは死んでなんていない」
「じゃあ、私はどうして……こんなところにいるの?死んでいないのに母さんに会えるなんて……変よ」
母は死んだ。そして、死人が生き返ることはない。
それは、決して揺らぐことのない事実だ。
「それはね、マレイ。貴女がそれを望んでくれたからよ」
「私が……望んだから?」
「そうよ。貴女が望んでくれたから、今こうして、話すことができているの」
そう言って、母は私をそっと抱き締めてくれる。体全体に、言葉にならないほど心地よい、温かな感触が広がった。
「待って。そんな非現実的なこと……理解が追いつかないわ。望んだら死人に会える、なんて聞いたことがないもの」
すると母は、ゆったりと頷きながら言葉を発する。
「そうね。でも、世の中には非現実的なことだってあるのよ」
……そういうものなのだろうか。
確かに世の中には、人間には到底理解できないような不可思議ことがたくさんある。私だって、それを知らないわけではない。
だが、死んだはずの人とこうして話すというのは、どうも慣れない。
「こんなことを面と向かって言うのは少し恥ずかしいけれど……可愛い娘にまた会えて、幸せよ」
「……私も会いたかった」
母の優しい言葉に、私は本心を返した。
これまでずっと、忘れよう忘れようとしてきたけれど。でも、完全に忘れることはできなくて。心のどこかでは、母にもう一度会いたいと思っていた。その願いがこんな形で叶うとは夢にも思わなかったけれど——嬉しいことに変わりはない。
「母さんに会えて、嬉しい。ずっと寂しかった。いつかまた、どこかで会えたらって、本当はそう思っていたの」
幼い日に感じた温もりを、こうしてまた感じられている。懐かしい香りに包まれながら、大切な人と言葉を交わせる。
凄く幸せなことだ。
この時間が永遠になればいいのに、と思った。
——でも。
ふと、私の脳に、そんな言葉が浮かんだ。
それと同時に、幸福に溺れていた私の脳は、現実へと引き戻される。
そうだ、私は帰らなくてはならない。トリスタンやグレイブのいる、あの中庭へと。そして、すべての元凶であるボスを倒さねばならないのだ。
だから私は、その身を母の胸から離した。
「ありがとう、母さん。また会えて、本当に嬉しかったわ」
「……マレイ?」
「でも私、いつまでもこうしてはいられない」
やっと再会できたのにまた別れなくてはならないなんて、寂しいし、悲しいし、切ない。
けれど、私は行かなくてはならないのだ。
「みんなのいるところへ、帰らなくちゃ」
「マレイ……ずっとここにいてもいいのよ?そうすれば、戦うことも傷つくこともなく、幸せに暮らせるわ」
「ううん。母さん、私は、みんなのところへ帰るわ。早く帰って、ボスを倒さなくちゃならないの」
すると母は、切なげな眼差しでこちらを見つめながら、静かに微笑んだ。
「そう……いい仲間に出会えたのね」
母の言葉に対し、私は強く大きく頷く。
「そうなの!みんないい人ばかり!全部終わったら、母さんにも紹介したいわ」
「……良かった」
「え?」
「良かったわ。貴女が暗闇を歩き続けずに済んで」
母が笑ってくれると、私も嬉しい気持ちになる。
「ありがとう、母さん」
そう、笑っている方がいい。
みんなが笑顔で過ごせる世界の方が、ずっと素晴らしい。
「またね」
だからこそ、私は戦う。
誰もが笑っていられるような、平和な世界を作るために。
- Re: 暁のカトレア ( No.130 )
- 日時: 2018/09/11 01:14
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5TWPLANd)
episode.123 毒
「……ん」
気がつけば私は、飛行艇の中庭へと戻ってきていた。人の声が飛び交っていて、何やら騒がしい。
ゆっくりと瞼を開く。
すると、すぐそこに、私の顔を覗き込むゼーレの顔があった。
「えっ!?」
私は思わず大きな声を出してしまう。
まさかゼーレがいるなんて、欠片も想像していなかったからである。トリスタンやグレイブならともかく、ゼーレがいるとは、衝撃だ。
「カトレア!気がつきましたか!」
ゼーレはゼーレで、私が急に目覚めたことを驚いている様子だった。
「えぇ」
「良かった……!」
私が小さく返事をすると、ゼーレはほっとしたように溜め息を漏らす。額も頬も汗にまみれているが、瞳には安堵の色が滲んだ。
「……心配させないでいただきたいものですねぇ」
「ごめんなさい。心配させてしまって」
「……目覚めたので、許して差し上げます」
相変わらずの物言いだ。だが、日頃なら複雑な心境になったであろう物言いさえ、今は微笑ましく感じられる。
私はすぐに体を起こし、周囲を見回す。どうやら、まだ戦いは続いているようだ。
「どういう状況なの?」
速やかにゼーレに尋ねた。
すると彼は、青白くなった顔に浮かぶ汗を黒いマントの端で拭きつつ、口を開く。
「私は……フランと共に、リュビエを追ってここまで来ました。私たちが中庭へ着いた時は、貴女が力を使った後だったようでしたが……あのボスが、珍しくダメージを受けていました」
彼の簡単な説明からすべてが分かるわけではない。しかし、私が力を使ったということは確かのようだ。そして、それによってボスにダメージを与えたということも、事実のようである。
「現在は……トリスタンらが、ボスやリュビエと戦っているようですねぇ……」
「そうだったのね」
「もうひと頑張り、というところでしょうかねぇ……っ」
そこまで言った時、ゼーレは突然、手で額を押さえた。
「ちょっ、ゼーレ!?」
いきなりのことに、私は慌てることしかできない。
本来はこういう時こそ冷静に対処すべきなのだろう。しかし、私はそこまでしっかりした人間ではない。情けないことだが。
「どうしたの!?」
「……いえ。放っておいて下さい。何でもありません」
「嫌よ!放ってなんておけないわ!」
「カトレア……貴女は自分の心配をしなさい……」
そう述べるゼーレの声は、弱々しかった。
彼は私が心配することを望んではいないのだろう。しかし、私は弱った彼を心配せずにはいられない。
「何かあったの?もしかして、また怪我を?」
「……いえ」
「ストレスで胃が?」
「……いえ」
「悪寒とか?関節痛とか?」
「……馬鹿ですか、貴女は。風邪をひいてなど……いません」
思いつく限りの辛いことを聞いてみたが、ゼーレは、そのどれにも頷かなかった。はぁはぁと荒い息をしながら、首を左右に動かすばかりである。
「だったら、何なの!?」
焦りやら不安やらによって落ち着きを失ってしまった私は、つい調子を強めてしまう。
するとゼーレは一瞬口を動かしかけた。が、すぐに黙り込む。凄く気まずそうな顔をしている。
「何があったの?」
私はもう一度尋ねる。
今度は小さな声になるように意識して尋ねてみた。
すると、しばらくしてから、ゼーレはやっと答える。
「……毒で」
「毒!?」
思わず大声を出してしまい、慌てて口を塞いだ。
「毒って、一体?」
「……リュビエの蛇の毒です」
「そんな!元仲間にまでそんなことを!?」
リュビエの蛇、と聞くと、思い出すのはトリスタンだ。彼が蛇の毒を受けて連れ去られた時のことが、脳内に浮かんできた。
だが、まさかゼーレにまで、毒を食らわせるなんて。
「ゼーレはかつての仲間じゃない!」
「かつての仲間……リュビエにしてみれば、そんなものは関係のないことです」
ひと呼吸おき、ゼーレは続ける。
「……敵、ですから」
夜の湖のように静かな声で述べるゼーレ。その声は、どこか寂しげな空気をまとっていた。もしかしたら、本当は少し、寂しいと思っているのかもしれない。
——刹那。
「ゼーレ、ごめんっ!一匹そっち行った!!」
耳に飛び込んできたのは、フランシスカの高い叫び声。
そして、それとほぼ同時に、こちらへ迫ってくる一匹の蛇型化け物が見えた。
「……厄介……ですねぇ……」
ゼーレは掠れた声で漏らしながら、迫りくる蛇型化け物へと視線を向ける。そして、よろけながら立ち上がると、高さ一メートル程度の蜘蛛型化け物を二匹作り出した。
彼は全身に毒が回り弱っているはず。しかし、蜘蛛型化け物を作り出す速度は普段と少しも変わらない。
「カトレアをやらせはしません……!」
向かってくる蛇型化け物は、これまでに見たものたちと比べても、かなりの大きさだった。
輪切りにした断面は直径一メートルほどあるだろう、と推測される太さ。成人男性四人分くらいはありそうな長さ。
それらが見た者に与える衝撃といったら、もはや言葉にならぬほどの、凄まじいものである。
「……護りなさい!」
ゼーレが指示を出す。
すると、二匹の蜘蛛型化け物は、蛇型化け物に向けて炎を吐き出した。あの夜私の村を焼き払ったのと同じ炎だ。
蛇型化け物は、炎に包まれ、じたばたと悶えるように動く。
しかし、しばらくすると、一気にこちらへ進んできた。体に移った火は消えきっていないにもかかわらず、である。
「来たわ!ゼーレ!」
「……カトレアは下がっていて下さい」
「どうして!下がっていなくちゃならないのはゼーレの方よ!」
「まったく……うるさいですねぇ……」
そんな風に言い合いをしている間にも、蛇型化け物は近づいてきた。火をまとっているため、先ほどまでよりも危険度が増してしまっている。
そもそも負傷しており、毒でさらにダメージを受けてしまったゼーレでは、この敵には勝てない。そう判断した私は述べる。
「退いて、ゼーレ。私が」
——だが、言い終わるより先に、彼は私を突き飛ばした。
想定外の突き飛ばし方をされた私は、何もできぬまま、その場で転倒してしまう。
「……どうして。どうして、そんな乱暴なことをするの?」
問ってみるが、ゼーレは何も答えない。彼の瞳は、すぐそこへ迫る蛇型化け物だけを捉えている。
次の瞬間、蛇型化け物はその大きな尾を、ゼーレに向けて振り下ろした。
「ゼーレ!!」
あんな太い尾を叩きつけられたら、いくらゼーレとはいえ無事ではいられないだろう。良くて軽傷、悪ければ死亡だ。
不安に駆られながらも、勇気を出して、思わず閉じてしまっていた瞼を開く——そして、視界に入った光景に驚いた。
ゼーレの金属製の両腕が、蛇型化け物の尾を掴んでいたのである。
「……焼きなさい」
彼の口が微かに動く。
直後、二匹の蜘蛛型化け物は、蛇型化け物とゼーレに向かって炎を吐き出した。
「駄目よゼーレ!危ないわ!」
彼がしようとしていることに気がついた私は、咄嗟に叫ぶ。
「貴方まで巻き込まれる!」
でも、もう遅かった。
彼を止めることは、私にはできなかったのである。
- Re: 暁のカトレア ( No.131 )
- 日時: 2018/09/11 15:28
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SqYHSRj5)
episode.124 覚悟とか忠誠とか
二匹の蜘蛛型化け物が放った炎は、敵である蛇型化け物を、ゼーレ諸共包み込む。その瞬間、私の脳裏に蘇ったのは、あの夜の光景だった。
すべてが燃え、焼けて、最後には目の前で母が塵となる——。
私が何よりも恐れていたあの光景が、今再び、鮮明に蘇った。
何度も夢に見たほど、恐ろしい光景。毎晩私を恐怖のどん底へと突き落とした、呪いのような光景。帝国軍へ来てからは忙しい毎日で、しばらく忘れていたけれど、思い出してしまった。
「……ゼーレ!」
絞り出すようにして叫ぶ。
今はただ、彼の声が聞きたかった。嫌みでもいい。傷つくようなことでもいいから、声を聞かせてほしい。
——お願いだから、私を遺して逝かないで。
少しすると、炎が収まった。
そこに蛇型化け物の姿はなく、ただ黒いものだけが残っていた。
「ゼーレ!」
私はすぐにそこへ駆け寄る。そして、焼け焦げた黒いマントの下にある人間の体を、そっと抱き上げた。
「大丈夫?生きている……わよね?」
彼の体は、想像以上の重さだ。動くことはない。
「……ゼーレ。ねぇ、何か言って」
見下ろす彼は死体のように静かだった。ただ、冷たくはなっていないことを思うと、まだ辛うじて生きているのだろう。
そうよ、ゼーレが死ぬはずがない。こんなくらいで、こんな炎くらいで。
私は心の中で呟き、自分を励まそうと試みる。しかし、込み上げてくるものを止めることはできなかった。
目からは無数の涙の粒が、はらはらとこぼれ落ちる。こんなことをしている場合ではない、と目元を拭っても、感情の波は収まることを知らず、涙の粒はどんどん溢れてくる。
そんな私の頭に、ふと、何かが触れた。
今まで経験したことのない感触に、戸惑いつつも面を上げる。そして目にしたのは、蜘蛛型化け物の脚だった。
「え……」
蜘蛛型化け物が、私の頭を撫でてくれていたらしい。まるで親が子を撫でるかのように、優しく、頭を触ってきている。
「励まして……くれているの?」
言いながら、私は、「やはりゼーレは生きている」と確信した。
前にクロやシロを倒した時、その後に彼らが作り出した化け物を見かけたことはなかった。作り出した本人が消えた後は、大抵何もなくなっていた記憶がある。
しかし、今はそれらの時とは違い、蜘蛛型化け物がこうして存在している。ということは、恐らく、ゼーレはまだ生きているのだろう。
ゼーレが死んだと思いたくない私の都合のいい解釈かもしれないが、まんざら間違ってもいなさそうな気がする。彼の体にまだ温かさが感じられる、ということもあるし、ゼーレがまだ生きている可能性は高い。
ただ、動けるような状態でないことだけは確かだ。
「ゼーレ……終わらせてくるわ」
私は彼の体をその場に置く。それから、近くにいる二匹の蜘蛛型化け物へ「お願いね」と言って、立ち上がる。
「貴方の優しさを無駄にはしない……だから、すべてが終わるまで待っていて」
横たわるゼーレへ告げ、私はトリスタンたちがいる方へと歩き出す。
リュビエを、そしてボスを、ここで倒す。決着をつける。
その覚悟は固まった。もう決して揺るがない。これまで何度も覚悟をする瞬間はあったけれど、これが最初で最後の——本当の覚悟だ。
「マレイ!気がついたのか!」
「起きたんだね、マレイちゃん。でも、まだあまり動かない方がいいよ」
「そうだよっ!まだじっとしていなくちゃ!」
戦場へと歩いていった私に向かって、グレイブとトリスタン、そしてフランシスカが、そんなことを言っていた。
だが、今の私には関係ない。
心を決めたのだ。戦うと。だから、じっとなんてしていられない。
「戦うわ、私も」
今は腕時計があるから、私だって戦える。
「ここですべてを終わらせて……一刻も早く帰りたいの」
すると、トリスタンが微笑しながら口を開いた。
「もちろん。僕も同じ気持ちだよ。マレイちゃんの言う通り、こんなところでもたもたしてはいられない」
繊細な容貌ながら、その笑みには芯がある。その芯とは、戦場に生きてきた者の、決して折れることのない強さだ。
「トリスタンがそう言うなら、フランも賛成!確かに、こんな時間は勿体ないもんねっ!」
「マレイ、お前はなかなか良いことを言うな。さすがだ」
フランシスカとグレイブも頷く。
「よし。マレイの言う通り、これで決着をつけよう」
グレイブは前へ垂れてきていた髪を片手で背中側へ流すと、長槍の柄を握り直す。
「ボス!リュビエ!そろそろ消えてもらう!」
勇ましく叫ぶグレイブ。
その声に反応し、リュビエがボスより数歩前へと歩み出す。
「お前たちにボスを倒すことはできないわ。あたしが、そんなことはさせないもの」
リュビエは淡々と述べる。
だが、落ち着きのある態度とは裏腹に、既にかなり傷ついているようだ。
蛇のようにうねった緑の髪は、下の方が、まるで火に炙られたかのように黒くなっている。また、体のラインが出るボディスーツには、ところどころに焼けたような跡があった。
「化け物工場は壊れちゃったしー、体力も消耗しちゃってるしー、もういい加減諦めてもいいんじゃないっ?」
フランシスカの発言に、リュビエの表情が鋭くなる。
「黙れ!工場も蛇型も関係ない!」
「えー。本当にっ?」
「お前らごときがボスを倒そうだなんて、百万年早いわ!思い上がるんじゃないわよ!」
リュビエが珍しく荒れている。これだけ冷静さを失っているということは、彼女としても、追い込まれつつある自覚はあるのだろう。だからこそ、こんな激しい物言いになっているに違いない。
「それ以上余計なことを言うなら、承知しないわ!」
憤りで落ち着きをなくしつつあるリュビエに、ボスが声をかける。
「リュビエ、落ち着くがいい」
「お言葉ですが、ボス!落ち着いてなどいられません!この無礼者をどうにかしない限り、落ち着いてなど!」
リュビエはらしくなくボスに口答えした。すると、ボスのリュビエを見る目が、急激に冷ややかなものに変わる。
「黙れ、女ごときが」
氷で形作られた剣の先を突きつけるような視線と、まったく温かみのない言葉。先ほどまでとは別人のようなボスの態度に、さすがのリュビエも動揺しているようだった。
「し……失礼致しました、ボス。しかし、その……身のほどをわきまえぬやつらには……」
動揺のあまりか、リュビエの発する言葉は、途切れ途切れになってしまっている。ボスにまた怒られたら、という恐怖もあるのかもしれない。
「身のほどをわきまえぬやつはお主だ、リュビエ」
「……え?あ、あたし……ですか……?」
「そうだ。お主は役立たずだ」
ボスの棘のある言葉に、リュビエはふらふらと後ずさる。
「も、もしあたしに無礼があったのなら……謝ります!何がお気に障ったのでしょうか!?」
「すべてだ」
ボスの発する言葉、その一つ一つが、リュビエを痛めつけていく。
「お主はろくに任務もこなせず、いつも負けばかりで戻ってくる。ずっと無能だと思っておった」
「無能……確かに、それは……その通りやもしれません……」
リュビエは唇を震わせながらも、必死に言葉を紡いでいた。その様からは、精神的ダメージの大きさが窺える。
「だが、その忠誠心だけは評価して、いつも大目に見てやっていたのだ」
「は、はい!ボスへの忠誠でなら、誰にも負ける気はありません!」
「しかし、先ほどのような口答えをした。それはつまり、お主が我に絶対的な忠誠を誓ってはいないということだ」
「いえ!あたしのボスへの忠誠は、決して揺るぐことのないものです!」
リュビエはボスに捨てられまいと必死だ。懸命に言葉を発している。
だがボスは、非情にも、残酷なことを命じた。
「ならば、ここで自害してみせよ」
- Re: 暁のカトレア ( No.132 )
- 日時: 2018/09/11 15:47
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SqYHSRj5)
episode.125 リュビエ
「ボス……。一体、何を……」
残酷な命令を受けたリュビエは、唖然としながら呟く。
ヒールの高いロングブーツを履いた脚が、微かに震えていた。
「ちょっと!いきなり何てこと言うのっ!?」
ボスの「自害してみせよ」などという滅茶苦茶な命令に、一番に抗議したのはフランシスカ。言われたのが敵であるリュビエだとしても、許しはできない——フランシスカはそんな顔をしていた。
「仲間にそんなことを命じるなんて、どうかしてるっ!」
「お主には関係のないことだ」
だが、フランシスカの抗議をボスが真摯に受け止めることはなかった。
「我が手の者がどうなろうが、お主らには関係のないことよ。参加してくるな」
「確かに関係はないのかもしれないけどっ……でも!仲間に対して自害を命じるなんて変だよっ!」
フランシスカはさらに続け——ようとしたのだが、リュビエがそれを制止した。
「……お前には関係のないことよ。口出ししないで」
「あんなこと言われて腹立たないのっ?」
「腹なんて……立たないわ」
リュビエは感情のこもらない声でフランシスカにそう言った。何もかもを諦めたかのようなその声には、さすがのフランシスカも言葉を飲み込む。
それからリュビエは、口を閉ざしたまま、ボスの前へと赴いた。彼の目の前に着くと、リュビエはすっとひざまずく。
「……承知致しました、ボス」
静かにそう述べたリュビエは、何も思い残すことはない、といった風な様子だった。
彼女はすべてを捨てるつもりなのだろうか——ボスのために。
「侵入者どもを排除した後、速やかに自害致します」
彼女の言葉からはとてつもなく強い決意が感じられた。
だがそれは、逆に、「己の生命など、もうどうとでもなれ」という、一種の諦めのような感情から来たものなのかもしれない。今はなぜか、そんな気がする。
そしてリュビエは立ち上がった。
「リュビエ……」
諦めの境地に達しているようにも見えるリュビエ。彼女を不安げに見つめているのは、意外にもフランシスカだった。
フランシスカはトリスタンに好意を抱いている。だからこそ、ボスを敬愛するリュビエが今どれほど辛い思いをしているのか、察することができているのかもしれない。
同じ恋する女性として、フランシスカはリュビエを心配している。そんな風に感じた。
「……何なの、その目は」
「えっ?」
「同情してあげている、みたいな目であたしを見ないで」
「べっ、べつにフラン、そんな目で見てないっ!」
するとリュビエは、吐き捨てるように「まぁいいわ」とだけ言った。
そして、動かしにくそうな右手を胸元へ当てる。
「もう……終わりだもの」
ゆっくりと唇が動く。
直後、非常に強い緑色の光が放たれた。
眩しさに思わず瞼を閉ざし、次に目を開けた時、そこにリュビエの姿はなかった。代わりに、一匹の巨大な蛇が佇んでいる。
「リュビエが蛇にっ!?」
一番に驚きの声をあげたのはフランシスカ。
彼女の言葉で、気がついた。目の前にいる蛇が、リュビエが変化したものなのだと。
その巨大な蛇は、フランシスカに迫っていく。
「やっぱりフランを狙ってくるよねー……」
言いながら、フランシスカはドーナツ型武器を二つ出現させる。そして、かつてリュビエだった巨大な蛇をターゲットとして、投げた。
だが、巨大な蛇はそれらをするりとかわす。まるで、その軌道を読んでいたかのように。
「フラン!援護する!」
無防備な状態で襲われそうになっているフランシスカを見、長槍を持ったグレイブがそう叫んだ。腕時計によって身体能力が強化されているグレイブは、一度地面を蹴るだけで、槍先が届くくらいまで巨大な蛇に接近した。凄まじい脚力だ。
「はぁっ!」
巨大な蛇に向けて、グレイブは長槍を振り下ろす。
それにすぐ気がついた巨大な蛇は、するりとすり抜けようとした。が、ほんの僅かに間に合わず、尾の先端を数十センチほど切断されてしまった。
けれども、巨大な蛇は尾の先の切断など微塵も気にかけない。何事もなかったかのように、フランシスカに迫る。
「来ないでっ!」
フランシスカは大量の光弾を発射する。
光弾一つ一つは小さいが、数が物凄く多いため、結構ダメージを与えられそうな感じだ。
——しかし。
「そんなっ。無視なの!?」
かつてリュビエだった巨大な蛇は、光弾を避けようともしない。光弾の嵐を躊躇いなく浴びながら、フランシスカへ突っ込んでいく。
巨大な蛇は、今、フランシスカしか見えていないのだろう。フランシスカを倒すことに、異常なほど執着しているように見える。
このままではフランシスカが危険だ。
彼女のためなら私も援護したいけれど、その隙にボスに逃げられては困るのでできなかった。今はただ、援護に回ったグレイブを信じる外ない。
フランシスカが放つ無数の光弾を浴びながらも、巨大な蛇はどんどん彼女へ近づいていく。そしてついに、巨大な蛇が攻撃に出た。尾で殴る攻撃だ。
「……んっ!」
放たれた一発目を、フランシスカは、両手に持ったドーナツ型武器で防ぐ。狙いが胸辺りだったため、何とか防ぐことができたようだ。
しかし、すぐに二発目が迫る。
「……あ」
体勢を立て直すのが間に合わず、フランシスカは巨大な蛇の尾に殴り飛ばされてしまった。
私が思ったほどの距離は飛ばなかったが、地面に倒れたフランシスカは動けそうにない。うつ伏せに横たわったまま、指先だけを震わせている。
「貴様っ!!」
その直後、グレイブの長槍が巨大な蛇を貫く。そして最終的には、巨大な蛇を真っ二つにした。
真っ二つにされてしまった巨大な蛇は、すうっと体が透き通り、やがてリュビエの姿へと戻る。リュビエの姿へ戻ると、彼女は地面にドサリと倒れた。
「ボ……ス」
そう一言だけ呟いた後、彼女の体から力が抜けた。素人と変わらない私が見ても分かるほど、分かりやすい脱力の仕方だ。
息絶えたのかどうかは分からないが、これで、リュビエが立ち上がることはもうないだろう。
残るは、ボス一人。
彼を倒しさえすれば、この戦いは終わる。そして、帝国を覆う夜の闇も消え去ることだろう。
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