コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.13 )
- 日時: 2018/05/07 20:27
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: vpptpcF/)
episode.8 新たな誘い
暗い闇の中、ゼーレと名乗る謎の人物と二人きりの状況。かなり危険な状況だと、素人の私でも分かる。だが、言葉を交わしてしまった以上、今さら逃げるわけにはいかない。いや、そもそも、私一人で彼から逃げきれるわけがない。
「……いきなり何ですか」
緊張で足が震えそうになるのを必死に堪え、平静を装いながら言葉を返す。するとゼーレは、金属製の片手をこちらへ差し出してきた。
「マレイ・チャーム・カトレア。我々のボスは貴女を気に入っているのです」
「ボス?気に入っている?まったく分かりません」
「頭はあまりよろしくないようですねぇ。……まぁいいでしょう」
次の瞬間。
私の喉元に、ゼーレの真っ直ぐ伸びた指が触れていた。目にも留まらぬ素早い接近に、私はゾッとする。
「……っ!」
「拒むなら力ずくで連れていくだけのことです」
ゼーレからはただならぬ空気が溢れ出ている。
私では敵わない、と本能で察した。
しかし、連れていかれるのは困る。私には宿屋の仕事やトリスタンのことがあるからだ。ゼーレがどこの誰なのかは知らないが、進んで関わりたい感じではない。
「共に来ていただけますね?」
銀色の仮面の顔が、少し笑ったような気がした。不気味だ。
私が答えを考えていると、彼は更に言ってくる。
「はい、か、いいえで答えて下さい。マレイ・チャーム・カトレア、どうなのです?」
ゼーレは、私の喉元に指先を突きつけたまま、静かな声色で言ってきた。
一応「いいえ」という選択肢もあることはあるようだ。しかし、もし仮に私がそう言っても、彼は私を強制的に連れていくのだろう。つまり、「いいえ」という選択肢はあってないようなものなのである。
今私が選べる道は二つ。
自らゼーレについていくか、彼に無理矢理連れていかれるか。
それ以外はない。
「どうなのです?」
「…………」
「沈黙は『はい』だと解釈しますよ」
「……嫌」
怖くて唇が震えた。
私の呟くような小さな声に対し、ゼーレは述べる。
「聞こえませんねぇ。もっとはっきり言いなさい」
それはそうだけれども。
今の私には、そんな勇気はない。目の前の彼に対してはっきりと物を言うなど、どう考えても無理だ。
「最後の機会をあげましょう。どうなのですか?」
「……い、いいえ」
言うや否や、ゼーレは急激に口調を強める。
「ならば強制的に連れていくまでです!」
襟を掴まれる。
これは本当にまずい、と、頬を汗が伝う。
——刹那。
「マレイちゃん!」
焦りと恐怖で満たされた私の耳に、トリスタンの声が飛び込んできた。
やはり彼は救世主だ。いつだって私を助けに来てくれる。
「トリスタン!」
私は声を振り絞り、彼の名を呼ぶ。名を呼ぶことに深い意味などないが、ただ、自分の存在を示したかったのだろう。そして、助けて、と言いたかったのだと思う。
「マレイちゃん!すぐに助けるから!」
トリスタンは怪我している。だが、その動きに鈍りはない。
彼は手首の腕時計に指先を当て、白銀の剣を抜く——そして駆け出した。
「……なにっ」
ゼーレはトリスタンの気配を察知し、素早く飛び退く。そのうちに、私とゼーレの間へ入るトリスタン。
「マレイちゃん、大丈夫?」
「えぇ、何とか」
「良かった。後は僕に任せて」
トリスタンは威嚇するように、白銀の剣をゼーレへ向ける。
長い金の髪が夜風に揺れていた。その様を眺めていると、まるでファンタジックな童話の世界に迷い込んだかのような、不思議な気持ちになってくる。
「……マレイちゃんに近づかないでもらおうか」
「それは無理ですねぇ」
厳しい顔つきのトリスタンを前にしても、ゼーレはまったく動揺していなかった。私でもトリスタンでも、彼にとっては同じのようだ。
「今朝、巨大蜘蛛に会ったでしょう」
「……どうしてそれを」
「あれは私の手下。その娘について調査するため派遣し——」
カァンッ!
言葉の途中で、金属と金属の触れ合うような甲高い音が響く。
ゼーレが言い終わるのを待たずに、トリスタンが斬りかかっていたのだ。ゼーレが機械の腕で防いだため、甲高い音が響いたのだろう。
「他人の話を最後まで聞かないとは、実に無礼な男ですねぇ」
白銀の剣を腕で防ぎながら述べるゼーレ。仮面のせいで表情こそ見えないが、その声は余裕に満ちている。
「マレイちゃんを利用する気なら許さない」
トリスタンはゼーレの腕に剣先を当てたまま言う。冬の夜風のように冷ややかな声色で。
するとゼーレは返す。
「利用する気なのは、そちらも同じではないですか」
「違う」
「いいや、違いません。同じことです」
言い終わるや否や、ゼーレはトリスタンに向けて高い位置の蹴りを放つ。トリスタンは白銀の剣を咄嗟に胸の前に引き寄せ、ゼーレの蹴りを防いだ。
一歩退くトリスタン。
対するゼーレは踏み込み、前へ出る。
「邪魔者は消すようにと言われているのでねぇ。邪魔するなら容赦しません」
至近距離からのゼーレの蹴り。トリスタンはそれを剣で防ぎ、すぐに攻撃に転じる。
「容赦しないのはこちらも同じだよ」
白銀の剣のひと振りで、攻撃しようと接近したゼーレを後退させる。
今度はトリスタンの番だ。
トリスタンは凄まじい勢いで剣を振り、ゼーレを圧倒する。日頃のトリスタンからは想像し難い荒々しさだ。
「……くっ。レヴィアス人にしては、なかなかやるようですねぇ」
「化け物狩りを生業としている人間だからね」
「なるほど……そういうことでしたか」
少し空けてゼーレは続ける。
「つまり我々の敵ということですねぇ」
「そういうことになるね」
「面白い。レヴィアス人もまだ捨てたものではないようですねぇ。くくく」
不気味な笑い方をするゼーレ。彼はトリスタンとこれ以上戦う気はないようだ。恐らく、戦うこと自体が目的ではないからだろう。
「まぁいいでしょう。いずれまた会うでしょうが、今日のところはこれで失礼します」
ゼーレは黒いマントを翻し、闇へ溶けるように去っていく。追いかける時間もない。ほんの数秒にして彼は消えた。
その後。
場に残されたのは、私とトリスタン——二人だけだった。
- Re: 暁のカトレア ( No.14 )
- 日時: 2018/05/08 16:59
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 7qD3vIK8)
episode.9 罪悪感
ゼーレが去った後、トリスタンは剣をしまい、話しかけてくる。
「マレイちゃん、怪我はない?」
「えぇ。おかげさまで無事よ」
こちらへ歩いてくるトリスタンは、今朝の怪我など微塵も感じさせない。巨大蜘蛛の化け物に抉られた傷はまだ治っていないはずなのだが、傷を庇っている感じはなかった。
「それよりトリスタン、今朝の傷は平気なの?」
「あぁ、うん。大丈夫だよ」
「本当に?」
「もちろん。気を遣ってくれて、ありがとう」
トリスタンは穢れのない柔らかな笑みを浮かべる。
こんな笑みは向けられては、さすがの私もときめいてしまいそうだ。私でこれなのだから、彼を恋愛対象として見ている女性なら惚れないはずがない。
「戻ろうか、マレイちゃん」
木々が夜風に揺られ、ガサガサと音を立てていた。
——夜の闇は嫌いだ。
母親を亡くしたあの瞬間を、すべてを失ったあの夜を、思い出してしまうから。
「……っ」
涙が浮かぶ。
泣くつもりはなかったのだが、気づけば瞳は湿っていた。溢れ出した涙は頬を濡らし、やがて顎からぽつりと落ちる。
なぜ涙が出るのかは、よく分からない。
今の私に分かるのは、恐怖と悲しみが混ざったような得体の知れない感情が、胸を満たしているという事実だけだ。
「マレイちゃん、大丈夫?」
目からこぼれ落ちる涙を手で拭っていると、トリスタンが声をかけてきた。静かだが戸惑いも感じられる声色だ。
「……っ。ごめん、なさい……」
「謝らなくていいよ。こちらこそ、怖い目に遭わせてしまってごめんね」
「トリスタンは悪くない……」
悪いのは私だ。
夜に一人で飛び出したりしたから、危険な目に遭った。
自業自得である。
「私が……勝手なことしたのが……」
「違うよ」
トリスタンはキッパリと言い、私の手をそっと握った。
彼の手は大きい。しかし繊細で、優しさが感じられた。目鼻立ちと同じく、中性的な雰囲気が漂っている。
「マレイちゃんは悪くない。今も、昔も」
——昔も?
脳内に疑問符が浮かぶ。
今は分かる。だが「昔も」という部分には違和感を感じずにはいられない。
だって私たちは、今朝知り合ったばかりだもの。
「昔も、って、どういうこと?」
睫毛についた涙の粒を腕で拭い、目を開いて、トリスタンへ視線を向ける。そうして視界に入った彼の顔は、真剣な表情だった。凛々しく整った、トリスタンの顔である。
場は暫し沈黙に包まれた。夜の闇は肌を刺すように冷たい。
それから少しして、彼はゆっくりと口を開く。
「……ごめんね」
唐突に謝罪したトリスタンの瞳は、雨降りの空みたいだった。暗い表情が彼の美しさを引き立てているのだから、皮肉なものである。
「え?」
「君の村が滅んだ、あの夜」
「あの夜のことを知っているの?」
怪訝な顔になりつつ私は尋ねる。
今朝出会ったばかりだと思っていた。当たり前のように、そう思っていたのだ。
だが、もしかしたら違うのかもしれない——そんな考えが、この時、初めて脳裏をよぎった。
トリスタンは以前から私を知っていたのだろうか。それなら、出会ったばかりなのに優しくしてくれたのも、納得がいく。ありえない話ではない。
「そうなんだ。僕はあの夜、化け物出現の連絡を受けて、マレイちゃんの故郷の村へ向かった。でも遅かったんだ。僕が着いた時には、村は既に、ほとんど壊滅状態だった」
冷たい風が髪を揺らす。暗闇の中でこうして話していると、まるで世界に私たち二人しかいなくなってしまったかのような、そんな気すらする。
「そんな時だったかな、逃げ遅れた親子を発見してね。急行したものの、結局、子の方しか助けられなかった」
彼の言葉を聞いた時、一瞬にして目の前が開けた気がした。
私の目の前に存在する、薄暗くもやのかかった、数歩先さえ確かではないような道。そこへ一筋の光が差し込み、私に「進め」と言っているような、そんな感覚。
「じゃあ、あの夜私を助けてくれたのは貴方だったの?」
なぜ考えてみなかったのだろう——トリスタンと私が知り合いであった可能性を。
「そうなるね。ただ、僕は君だけしか救えなかった。だから……ごめん」
トリスタンはそう言うと、僅かに俯き、憂いの色を浮かべる。
彼に罪はない。あるわけがないではないか、私の命を救ってくれたのだから。
しかし彼は罪悪感を抱いている様子だ。だから私は、いつもより明るい調子で、大きめの声を出す。
「トリスタンは悪くないわ!」
驚いたような顔でこちらを見るトリスタン。
「あの時助けてくれた人、貴方だったのね!助けてくれて、ありがとう!」
私は、彼に絡みつく鎖ではありたくない。
だから、いつもより明るく振る舞う。
「でもトリスタン、最初から分かっていたの?」
「ううん」
「なら、いつ気がついたの?」
すると彼は、少し間を空けてから、小さな声で述べる。
「名前を聞いた時だよ」
トリスタンは、答えてから気まずそうな顔をする。私の顔色を窺っているような表情だ。
自分は助けた側だというのに、感謝を求めることはせず、それどころか罪悪感を抱く。彼の心は謎だらけである。同じ人間だとは、どうも考え難い。
「もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「勇気がなくて、なかなか言い出せなかったんだ。ごめんね」
「別に、謝らなくていいわ」
まるで私が謝らせているみたいで、少々悪い気がするのだ。
「あ……うん、ごめんね」
「ほら!また謝った!」
「ごめん。これから気をつけるよ」
「ほら!また!」
「あ。ごめ……いや、違っ。わ、分かったよ」
やたらと「ごめん」ばかり言ってしまい狼狽えるトリスタンは、愛らしい。上手く言葉にできないが、とにかく愛らしかった。
「よし、取り敢えず戻ろうか。アニタさんが心配するから」
「……嫌よ。怒られるわ」
制止するのも聞かず飛び出してきてしまったのだ、間違いなく怒られることだろう。アニタに叱られるところなど、想像するだけで気分が悪くなる。
「大丈夫。事情は僕がちゃんと説明するから」
歩き出すのを渋る私に、トリスタンは微笑みながら言う。
彼の微笑みからは、純真さが滲み出ていて、凄く綺麗だった。まるで天使のよう。
「でも、アニタは聞いてくれないかもしれないわよ?」
「なんとか頑張るよ。だから、マレイちゃんは心配しないで」
「そう言われても、心配しかないわ……」
トリスタンがアニタに押し勝てるとは思えない。
「え、そう?僕あまり信頼されてないのかな?」
言い終わってから、彼は深海のような青い瞳で、私をじっと見つめてきた。吸い込まれそうになる瞳だ。
「けど、本当に問題ないよ。話は僕がつけるから」
真っ直ぐな視線に戸惑っていると、彼は再び笑みをこぼす。
「さ、宿に帰ろう」
「……えぇ」
私は彼を直視できず、やや俯いて返事をした。
この時、私の心は既に決まっていた。トリスタンについていこう、と。
二度、三度、彼は私を救ってくれた。これもきっと、何かの縁なのだろう。それなら、彼についてまだ見ぬ地へ飛び出すというのも、悪くはない——今は、そんな気がするのだ。
- Re: 暁のカトレア ( No.15 )
- 日時: 2018/05/09 21:12
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: u5wP1acT)
episode.10 私の決意
あの後、宿屋へ戻ると、やはりアニタに叱られた。しかし、いつもの憂さ晴らし的な叱りではなく、真に私の身を案じるゆえの叱りだったため、私は我慢することにした。そして、トリスタンが懸命に説明してくれたのもあり、最終的に、アニタの説教はいつもより短くて済んだ。
トリスタンには、本当に、感謝しかない。こんなに色々してもらって、申し訳ないくらいだ。
……いつかお返しができればいいな。
そして、翌朝。
一階でトリスタンと遭遇した時、私は私の心を述べた。
「トリスタン。私、行くわ」
いきなりの発言に、寝起きの彼は戸惑った顔をする。
妥当な反応だろう。何の前触れもなくそんなことを言われれば、戸惑わない者の方が少数派に違いない。
「えーと、何だったっけ?」
「帝国軍へ行くかどうかって話よ!」
寝ぼけたことを言うトリスタンに、私はハッキリと返す。すると彼は、さらに戸惑いの色を深め、二三回まばたきを繰り返した。
「本当にいいの?」
「えぇ、心は決まったわ。貴方が望むなら、私は帝国軍へ行く」
昨夜の時点で既に心は決まっていたけれど、一夜明けると、迷いなどもはや一片も残ってはいなかった。新たな場所へ行く不安がないわけではないが、今は不安よりワクワク感の方が大きい。
「本当にいいんだね?」
「もちろんよ。役に立てる保証はないけれど、私にできることは何でもするわ」
トリスタンは椅子に座ると、アニタに、二人分の朝食を注文した。それから、座るように促してくる。アニタの様子を気にしつつ、私は彼の向かいに座った。
「ありがとう、マレイちゃん。君はきっと国の宝になるよ」
「トリスタン。貴方って、少し大袈裟よね」
「そうかな?普通だと思うけど……」
お互いの顔を見合わせて、笑みをこぼす。その時私は、細やかな幸福を感じる。
こんなことになるなんて、考えてもみなかったけれど。
でも、悪い気はしない。
「帝国軍へ行く、だって?」
宿屋の一階、奥の部屋。
アニタの訝しむような声以外に音はない。
「マレイ、アンタ……何を言っているのか分かっているのかい?」
「はい」
「帝国軍なんて、女の行くところじゃないよ」
止めにかかってくることは想定内だ。
アニタの性格を思えば、止めようとしないはずがない。さすがの私も、それを想定しないほどの馬鹿者ではないのだ。
「分かっています。けれど、必要とされているんです。必要とされるなら、私は行きたい」
私の力が求められることなんて、今まで一度もなかった。だから想像してもみなかったけれど、必要とされることは嬉しい。それもトリスタンのような好青年に必要とされているのだから、なおさらである。
しかしアニタはなかなか納得してくれない。
「行きたいと思うのは自由だけどね、アンタ、宿屋の仕事はどうするつもりなんだい?」
「それは……」
この展開も予想はしていたのだが、いざとなると上手く答えられなかった。思わず言葉を詰まらせてしまう。
こんな調子では駄目だ。しっかりしなくては。
そう自身を奮い立たせ、ハッキリとした調子で返す。
「辞めさせていただく方向で考えています」
突然辞めるなど無責任の極み。それは分かっている。アニタに迷惑をかけてしまうということも、十分理解しているつもりだ。
だが、それでも私は帝国軍へ行く。必要とされる場所にいる方がいい、と思うからである。
「マレイ……それは無責任だよ」
「分かっています。すみません」
「今までの恩を忘れたのかい!?」
アニタは圧を強めてくる。
しかし、そのくらいで自分を曲げる私ではない。
「忘れるわけがありません。アニタさんには感謝しています。ただ、挑戦してみたいのです。私にどこまでできるかを」
平静を保ち、落ち着いた真剣な声で返す。
刺激しないように本気さを伝えるのは、なかなか難しい。だが、この程度で挫けそうになっているようでは、先が思いやられる。もっと強くならなくては。
「迷惑をおかけするのは分かっていますが、どうか、許して下さい」
私は頭を下げた。
アニタに雇ってもらってから、これまで、幾度も頭を下げてきた。、ミスした時、遅かった時、失礼があった時……その回数といったら数えきれない。
しかし、自らの意思で頭を下げるのは初めてだ。
そして沈黙が訪れた。
ほんの数秒が、永遠かと思うような長さに感じられる。アニタと二人きりの沈黙は、信じられないくらい重苦しい。
そんな重苦しい沈黙の果て。アニタはゆっくりと口を開いた。
「……分かったよ」
落ち着いた、穏やかな声色だ。
「本気なんだね、マレイ」
「はい」
「分かった。なら頑張りな」
その言葉に、私は初めてアニタの顔を直視することができた。視線の先のアニタは明るく笑っていた。
「その代わり、逃げて帰ってくるんじゃないよ!」
さっぱりとした声で放たれる言葉に、私は強く頷き、「ありがとうございます!」と返す。心の底からの言葉だった。
「本当にありがとうございます!」
私は、この時初めて、純粋に笑みを浮かべることができた。最後にもう一度礼を述べ、深く頭を下げてから、部屋を出る。
心は快晴だ。
部屋から出ると、そこにはトリスタンが立っていた。白い衣装に身を包んだ、長い金の髪が印象的なトリスタンである。
その、神から貰い受けたような均整のとれた顔には、心配の色が浮かんでいる。
「……どうだった?」
「頑張りな、って言ってもらえたわ」
シンプルに答えると、彼は安堵の色を浮かべ、ようやく頬を緩めた。
「そっか。それなら良かった」
微笑むトリスタンも悪くない……って、あれ?私は一体何を考えているのだろう。……まぁ、いいや。
「それで、今日中に出るの?」
「どっちでもいいよ。マレイちゃんが行けるなら今日でもいいし、無理そうなら明日でもいいよ」
「なら今日にしましょう!」
トリスタンは私の意思を尊重する立場をとってくれていたので、私はハッキリと答えた。
善は急げと言うものね。
「すぐに出発の用意をするわ」
若干気が早すぎる気もするが、特に問題はないだろう。
こうして私は、出発の準備をすることになった。
ここから先は、まだ見たことのない場所。何が起こるか分からない。
だが、大丈夫だ。
私にはトリスタンという道標がある。だから、歩いてゆける。
- Re: 暁のカトレア ( No.16 )
- 日時: 2018/05/10 22:58
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: lDBcW9py)
episode.11 列車に乗って
私は今、帝都へ向かう列車に乗っている。
トリスタンと一緒に。少ない荷物を詰め込んだ小振りのトランクを持ち、唯一のお出掛け着であるワインレッドのワンピースを着て。
彼の話によれば、アニタの宿屋があるダリアから帝国軍基地のある帝都までは、鉄道一本で行けるらしい。
そもそもダリアの外へ出たことのない私には、帝都の様子など想像できない。だが、都なのだから、素敵なところに違いない。きっと人々の夢と希望がつまったような場所なのだろう。
「鉄道って、こんな感じなのね」
隣の席でミカンの皮を剥くトリスタンに話しかけてみる——ちなみに、二人席なので周囲の視線は気にならない。
するとトリスタンは、視線をミカンから私へと移す。一つに束ねた長い金の髪が、夜空を駆ける流星のように動いた。
「そっか、マレイちゃんは列車に乗るの初めてなんだったね」
「えぇ。乗り物なんて乗ったことがないわ」
なんせ、こき使われてばっかりだったもの。
……とはさすがに言えないが、毎日仕事に追われていたことは事実である。
ただ、仕事ばかりの日々を送ってきたことを後悔はしていない。アニタの宿屋に雇ってもらえていなければずっと昔に飢え死にしていただろうし、シーツ洗いをしていなければ、トリスタンに出会うこともなかったのだから。
「それにしてもトリスタン、これで良かったの?」
「どういう意味かな」
ミカンの皮を剥ききったトリスタンは、両手を使って一房ずつに分けている。
潰してしまわないなんて凄い、と、私は内心感心した。
「療養中なんじゃないの?」
巨大蜘蛛の化け物と戦う直前に彼が言っていた言葉が、ずっと気になっていたのだ。「療養中なら、ゆっくりしていた方が良いのでは?」と思うからである。
「あぁ、そういうこと」
トリスタンは一房にちぎったミカンの実を私へ渡してくれる。彼の顔には、優しげで穏やかな笑みが浮かんでいた。春の日差しのような笑みだ。
「それなら気にしなくていいよ。どのみち一泊の予定だったから」
「一泊の療養なんて変よ」
「ま、確かにね。しかも、その間に怪我しているんだから、笑い話だよね」
そうだった。トリスタンは私を庇おうとして負傷したのだった。
思い出し、私は俯く。私のせいで、というのはどうも憂鬱な気分になってしまうのだ。もっとも、落ち込む権利など私にはないわけだが。
「でも、そのおかげでマレイちゃんという優秀な人材を発見できた。十分な成果だよ」
私は、哀愁漂う一房になったミカンを、口に含む。
薄い皮を歯が破ると、くちゅっと甘い汁が溢れる。口に入れたのはほんのひとかけらのはずなのに、果汁はかなりの量だった。ジューシーな味が口腔内に広がると、もっと食べたい衝動に駆られる。
さすがダリアミカン。美味しい。
「人材を発見って……帝国軍は人が足りていないの?」
私はミカンの余韻を堪能しつつ、思い浮かんだことを尋ねてみる。
すると彼は、少し気まずそうな顔ついをして、「そんな感じかな」と答えた。
どうも腑に落ちない。反応に不自然さを感じたのだ。だから私は、さらに尋ねてみることにした。この場においては躊躇いなど不要だろうから。
「何か事情でもあるの?」
私は彼の青い瞳をじっと見つめる。そうすると、彼はなおさら気まずそうな表情をした。これで確定だ、何かあることは確かだろう——そう思っていると、彼は観念したように口を開く。
「実はつい最近、化け物が大量に出現したことがあってね。その時に戦闘員がやられたんだよ」
「……死んだの?」
「何人か、ね」
トリスタンにあっさりとした調子で答える。
それに対して返す言葉を、私はすぐには見つけられなかった。咄嗟に相応しい言葉を見つけるのことなど、できるわけもない。私は何も言えず、沈黙が訪れてしまった。
深く長い沈黙——。
列車が走る規則的な振動以外に音はない。他と離れた二人席なのが裏目に出て、普通に呼吸をすることさえままならないような静寂に包まれる。
「……ごめんなさい。余計なことを聞いたりして」
長い沈黙を破り、私は謝罪した。今回の場合は、完全に私の配慮不足である。
しかし彼は、私を責めることはしなかった。
「気にすることじゃないよ。いずれは話さなくちゃならないことだったから」
トリスタンはやはり優しい。
けれど、彼の優しさに甘えてはならない。非は非だ。
「完全に配慮不足だったわ」
「そんなことないよ」
「いいえ!私はもう少し考えて話さなくちゃならなかった。それは事実よ!」
私が言い放つや否や、トリスタンはクスッと笑みをこぼす。まるで面白いものを見たかのような、自然な笑いである。
「……何か変?」
妙に笑われるので、どこかおかしいところがあるのかと不安になり、尋ねてみた。
するとトリスタンは、笑い続けながら、首を左右に動かす。
「いやいや。ただね?」
「何?」
「マレイちゃん、真っ直ぐだなって」
彼は激しく笑うあまり、指でつまんでいるミカンの房を潰しそうになっていた。笑うと無意識に指先に力が入ってしまうようだ。
「真っ直ぐ、って……」
「もちろん良い意味でね。マレイちゃんのそういうところ、僕は好きだよ」
好き——飛んできた言葉が心臓に突き刺さる。
それを合図に、なぜか、鼓動が加速し始めた。自分で言うのもなんだが、私の心はよく分からない。本当に、謎だらけである。
「そ、そう……」
私はぎこちなく返した。
そこへ、トリスタンはさらに言葉をかけてくる。
「そういえば、そのワンピース似合っているね」
「えっ。これが?」
「ワインレッドが大人っぽくて良いと思うよ。僕は好きだな、そのワンピース」
刹那、またしても心臓が跳ねる。口から飛び出しそうな勢いだった。このままでは心臓がもたない。
心を落ち着けようと頑張っていると、トリスタンは唐突に静かな声になり呟く。
「……楽しいな」
意味深な言葉に「どうしたの?」と首を傾げる。
「いや、誰かとこんな風に話すのはいつ以来だろうって思ってね」
「帝国軍の人たちとは話さないの?」
「こういう穏やかな会話はあまりしないかな」
それもそうか。仕事だけの関係なら、こんな風なたわいない話をすることはないのかもしれない。
「じゃあ、私が帝国軍に入ったら、もうこうやって話せない?」
だとしたら少し悲しい。
しかし、彼が頷くことはなかった。
「君がいいなら、これからもこんな関係でいたいと思うよ」
「本当!?」
「もちろん。僕はそれを望むよ」
よ、良かったぁ。
私は安堵の溜め息を漏らす。
「ありがとう!私も同じよ!」
「やっぱり、マレイちゃんは真っ直ぐだね」
「その言い方は止めて!」
不安がないわけではないが、今私は、凄く楽しい気持ちだった。胸は膨らみ、高鳴る。
いつまでもこんな二人でいられたらな、と思った午後だった。
- Re: 暁のカトレア ( No.17 )
- 日時: 2018/05/11 15:52
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: tDpHMXZT)
episode.12 帝都に到着
列車に乗ること数時間。
帝国に着いた時には、既に夕方になっていた。
つい先ほどまで真っ青だった空は、いつの間にか赤く染まっている。水彩画のように透明感のある、柔和な印象の空だ。ダリアの夕暮れ時とは、また違った雰囲気がある。
列車から降りると、辺りにはたくさんの人がいた。さすがは帝都——しかし、なぜか皆、帰りを急いでいる。
そんな中を、私はトリスタンに手を引かれながら歩いた。
慣れない人混みだ、ぼんやりしていては彼を見失ってしまう。だから私は、手と手が離れないように気をつけつつ、懸命に彼の背を見つめる。見失わないように。
やがて、ある程度駅から離れると、心なしか人が減った。どうやら駅前は混んでいるらしい。帝都と言っても、人が多い場所と少ない場所の差はあるようである。
「この辺りまで来ると、ちょっと人が減ったわね」
余裕が出てきたため、私はトリスタンに話しかけてみる。
すると、前を行っていた彼は、くるりと振り返った。
あれだけの人混みを歩いた後だというのに、彼は、いつもと何ら変わらない穏やかな表情をしている。疲労の色など欠片もない。
「慣れない?」
「えぇ。ダリアにはない光景だったわ」
ダリアも過疎化しているわけではない。それどころか、人の行き来は多い方だと思われる。しかし、ダリアにいる人々の多くは観光客だ。だから、先ほど駅の付近で見た人々のように、せかせかと歩きはしない。
歩くにしろ、話すにしろ、ダリアの人々と帝都の人々では、速度が違うようだ。不思議なものである。
「あんなにせかせかしている人の大群は見たことがないわ。なんだか、凄く新鮮」
良い意味でも、悪い意味でも。
「みんなが急いでいたのは、夕方だからだよ」
「そうなの?」
私はトリスタンと横に並び、石畳の道を歩いていく。硬い石畳が足の裏に触れるたび、何とも言えない気分になった。
「そうだよ。帝都じゃ夜には化け物が出るからね」
当たり前のように言うのを聞き、目が飛び出しそうなほど驚く。これほどの凄まじい驚きは、さすがに隠せていないことだろう。
「驚いた?」
「えぇ、かなり」
「ま、そうだろうね。ダリアはまだ化け物の発生件数が少ないみたいだし」
トリスタンは淡々と話す。
「そういうわけだから、マレイちゃん。これからは夜に一人で出掛けない方がいいよ。……いや、出掛けるのは原則禁止」
ある意味、当たり前かもしれない。
夜間に女が一人で外出するというだけでも危ないのに、加えて化け物が出るとなれば、もはや危険しかない。
「分かったわ。でも化け物が現れるなら、屋内でも危険なんじゃないの?」
「場合によっては、ね。ただ、屋外にいるよりかは間違いなく安全だよ」
彼の答えは予想外に普通だった。なので私は、さらっと、「まぁ、それはそうでしょうね」とだけ返した。それ以上の反応が思いつかなかったのだ。
それからも、私たちはひたすら歩いた。人の少ない道を、ゆっくりと。
帝国軍の基地だという建物へ到着すると、トリスタンは私に「ここで待っていて」と言う。なので私は、玄関口のソファに腰掛け、彼を待つことにした。
慣れない場所で一人になるとどうしても不安になる。悪いことが起こるのではないか、と考えたくないことが湧いてくるのだ。
そんな時。周囲を見渡しながらぼんやりしていた私の耳に、「こんにちはっ!」という明るい声が飛び込んできた。向日葵のように明るく晴れやかな声である。
声がした方へ顔を向けると、そこには、可愛らしい顔立ちの少女が立っていた。
「……あ」
「見かけない顔だけど、お客さんかなっ?」
ミルクティー色のボブヘア、長い睫毛に大きな瞳。そして、白い詰め襟の上衣に桜色のミニスカート。女性より少女という言葉の方が似合いそうな、柔らかく愛らしい印象だ。
さすがは帝都。
こんな美少女がいるなんて、驚きである。
「あ、えっと……」
つい視線を逸らしてしまう。
彼女の顔が愛らしすぎて眩しかったからだ。
ダリアにも可愛い娘はいたが、帝都の美少女はやはり格が違う。
「フランシスカ・カレッタっていいます!何か用件があるなら聞くよっ?」
「人を待っていて……」
「あっ、そうなんだ!誰を待っているの?」
曖昧な返事しかできない私にも、フランシスカは屈託のないはつらつとした笑顔で応じてくれる。
その心の広さに私は感動した。見ず知らずの他人にも優しく接する余裕のある人間など、滅多にいないと思う。
「トリスタ……トリスタンさんです」
いつもの調子で呼び捨てしそうになり、焦って言い直した。
本人の許可はあるものの、他の者にまで呼び捨てで言うのは問題があるだろう——そう思ったからである。
その瞬間、目の前の彼女は少し言葉を詰まらせた。ほんの数秒だけ顔面から笑みが消える。
だが、すぐに華やかな笑みを浮かべなおす。
「あっ……そうなんだ!貴女、トリスタンと知り合いなの?」
「はい。少しだけですけど」
「へぇ、そうなんだ!トリスタン優しいもんね!」
その言葉を聞いた時、不穏な空気を微かに感じた。さっぱり晴れていた空に一塊の雲がかかったような、そんな感じだ。
しかし私は心の中で首を左右に振る。
こんなに素敵な笑顔の美少女が、嫌な感じの発言をするわけがない。そう感じるのは、私の心が汚れているからなのだろう。
「はい。何度も助けていただきました」
「だよねー!トリスタンって、ホントに優しいよねっ」
なぜだろう、彼女の中に黒いものを感じる。そんなこと、あるわけないのに。
「マレイちゃん、お待たせ!」
ちょうどそのタイミングで、トリスタンが戻ってきた。
「ト……」
「あっ、トリスタン!お帰りなさいっ!」
フランシスカは、私が言うのを押さえて言い放つ。かなり積極的だ。
「あれ、フラン?どうしてマレイちゃんと一緒に……」
トリスタンが怪訝な顔をすると、フランシスカは屈託のない笑みを浮かべたまま返す。
「偶然だよっ」
向日葵のような明るい声は健在だった。
「それよりトリスタン!フラン、トリスタンの帰りを待ってたの!」
「ふぅん」
「もう!その返事、何なの!?」
そう言って頬を膨らますフランシスカ。やや一方通行感が否めない。
トリスタンはそんなフランシスカを軽く流し、私の方へ歩いてきた。
「ちょうど良かった。せっかくだし、先に紹介しておくよ」
そして、フランシスカを手で示す。
「もう聞いただろうと思うけど、彼女はフランシスカ・カレッタ。化け物狩り部隊の一員だよ」
「マレイ・チャーム・カトレアです。よろしくお願いします」
私は一応、簡単にだけ挨拶しておいた。
すると彼女は、ミルクティー色の柔らかな髪を指でいじりつつ、改めて自己紹介をする。
「本名はフランシスカ・カレッタ。だけど、これからはマレイちゃんも、フランって呼んでね。よろしくっ」
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