コメディ・ライト小説(新)

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暁のカトレア 《完結!》
日時: 2019/06/23 20:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。


《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。

※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。


《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153


《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん

Re: 暁のカトレア ( No.28 )
日時: 2018/05/25 19:41
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 07aYTU12)

episode.23 訓練生の中では浮く

 その夜、私は警報音によって目覚めた。化け物の襲撃を告げる、あのけたたましい警報音で。
 私はトリスタンの推薦があるので、若干特別待遇してもらっている。しかし、まだまともに訓練すら受けていない身なので、一応訓練生と同じような扱いだ。だから、戦闘に参加することはない。
 そういう意味では、少し気が楽かもしれない。……いや、訓練生は訓練生で役割があるかもしれないので、他人事というわけにはいかないが。
『襲撃です!隊員は速やかに、配置について下さい!訓練生は講堂へ!』
 警報音で目を覚ましたばかりで、半ば寝ているような状態の私は、いきなりの放送に慌てる。何をどうすればいいの、と。
「えっと、えっと……」
 帝国軍の制服へ着替える時間はない、と判断した私は、取り敢えず枕元に置かれた腕時計を掴む。それを急いで手首に装着し、大急ぎで講堂へ向かった。
 講堂は前に一度くらいしか行ったことがないため、少々不安もある。だが、まぁ、なんとかなるだろう。

 ——講堂に無事着いた。
 が、中へ入るなり、くすくすと笑われてしまった。
「見て、あの子!制服に着替えていないわよ!」
「やぁね。起きたまま来るなんて、恥ずかしくないのかしらぁ」
 聞こえてくるのは、嘲り笑いと嫌みな発言。それらが私へ向けられているものだということは明らかだ。
 そもそも私は訓練生の中に知り合いがいない。だから、このような状況においては知り合いがおらず、誰とも話せないのだ。
 もっとも、今までそれほど気にしてはこなかったが。
 ただ、この広い講堂の中に自分の居場所がないというのは、さすがに少し厳しい。
 けれど、こうなることは想像の範囲内。承知の上でここへ来たのだ、場にいづらい程度で弱音を吐くわけにはいかない。だから私は、「そんな柔い精神ではこれから生き残っていけないぞ!」と熱血教師のような言葉を自分にかけ、己を奮い立たせた。
 そんな時、突如黄色い声があがった。声の主は恐らく女性訓練生たちだろう。
 耳をつんざくような甲高い声に、私は一瞬めまいがしかけた。
「マレイちゃん!」
「……トリスタン!?」
 黄色い声を浴びているのは、どうやら彼だったようだ。
 なんというか……納得である。
「良かった!部屋に行ってもいないから、もう連れ去られてしまったかと思ったよ」
「ごめんなさい」
「無事ならいいんだ、気にしないで」
 トリスタンの整った顔には、安堵の色が滲んでいた。緊迫がふっと緩んだような自然な表情だ。
「今日もゼーレが来るの?」
「分からない。ただ、その可能性はあるね」
 いつもと変わらない接し方をしてくれるのは非常にありがたいことではあるのだが……周囲からの視線が痛い。
 恐らく女性訓練生たちからの視線なのだろう。全身に針を刺されたような感覚だ。
「取り敢えず移動しよう」
「え。い、移動?」
「君がここにいたらゼーレがやって来るかもしれないからね」
「あっ、そういうこと。訓練生の人たちまで巻き込まれたら大変だものね」
 脱出できるならしたい。
 なんせこの場の空気は、私には冷たすぎるのだ。
「そうそう。大丈夫?」
「えぇ」
 視線が刺さる刺さる。
 しかし「もうすぐここから出られる」と思えば、視線くらいは気にならなくなった。もはや関係ないのだ。
「じゃあマレイちゃん、移動しよう」
 トリスタンがそう言ったので、私は一度強く頷く。こうして、私は講堂を出られることになった。
 こう言ってはなんだが、正直少しほっとした。

 トリスタンに手を引かれ、基地内の通路を駆ける。
 何度か体が宙に浮きそうになったくらいの速度に、私はただ戸惑うばかりだった。彼が腕時計で身体能力を底上げしていることは知っていたが、まさかここまでだとは。
 同じ人間として、驚きである。
 そんな驚きを抱いたまま白い床の通路を走っていると、トリスタンが急に足を止めた。
 靴底が床に擦れる音——直後、目の前の壁に何かが激突する。
「グレイブさん!」
 トリスタンが声をあげた。
 そう、目の前の壁に激突した「何か」は、グレイブだったのだ。長い黒髪と美しい顔立ちが印象的な彼女である。
「トリスタン……と、マレイか」
 グレイブはこちらを横目で見て、落ち着きのある声でそう言った。壁に激突した直後だというのに痛そうな顔はしておらず、声も表情も淡々としている。
 彼女はすぐに立ち上がり、腕時計の文字盤に指先を当てると、背の丈ほどある長槍を取り出す。
 これは何度見ても不思議な光景だ。腕時計から武器を出すなど、現実離れしすぎである。しかし徐々に見慣れてきた気もする。トリスタンが白銀の剣を取り出すところを何度も見たためだろうか。
「加勢しましょうか?グレイブさん」
「いや、問題ない。それより、ここは危険だ。早く安全なところへ」
「分かりました」
 トリスタンが頷いてそう答えた刹那。深緑の蛇がこちらへ迫ってくるのが視界に入った。恐らくこれも化け物の一種なのだろうが、蛇と聞いて普通に想像する蛇よりも太く長く、深緑の体は気味悪く輝いている。
「来たな」
 グレイブは男のような低い声で短く呟く。
 そして、長槍を大きく一振りした。
 太く長い迫力満点の蛇は、彼女の長槍に薙ぎ倒され、巨大蜘蛛の時と同様に、塵となって消滅する。グレイブが蛇を倒すのには、十秒もかからなかった。
 彼女は強い。そう思った。
 巨大な化け物を目の前にしても怯まない度胸。慌てない冷静さ。いずれも今の私には欠けているものだ。つまり、私と彼女は真逆である。
「行くよ、マレイちゃん」
「え、えぇ」
 私は、トリスタンが傍にいてくれているから、何とか落ち着いていられる。だが、もし一人だったなら、こんな風ではいられなかっただろう。動くことすらままならなかったはずだ。

Re: 暁のカトレア ( No.29 )
日時: 2018/05/28 01:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: loE3TkwF)

episode.24 蛇の魔女

 大蛇の化け物はグレイブに任せ、私たちは先へ急ぐ。
 それからしばらくして、ようやく個室へたどり着くという、その時だった。
「と、トリスタン!」
「マレイちゃんっ!!」
 突如背後から現れた大蛇に絡みつかれ、頭が天井すれすれになるくらいまで持ち上げられる。
 私は女だが、もう子どもの体格ではない。だから、それなりの重さはあるはずだ。にもかかわらずこうも軽々と持ち上げるとは、かなり力持ちである。
 さすがは化け物、といったところか。
「待っていて、すぐに助けるから!」
 トリスタンはすぐに白銀の剣を抜く。これで助かる。きっと大丈夫だ、と思った。
 ——が、そう上手くはいかなかった。
 剣を抜いたトリスタンへ、無数の細い蛇が襲いかかってきたのだ。細い蛇たちは、私を拘束している大蛇の向こう側から発生しているようだが、どこからどう出てきているのかはよく見えない。
「……くっ。これじゃ」
 細い蛇を剣で斬りながら、顔をしかめるトリスタン。
 彼の剣速をもってしても、細い蛇のすべてを倒すことはできていなかった。しかも、倒すことができないだけではない。脚やら腕やらに絡みつかれている。
「マレイちゃん!すぐには助けられそうにない!ごめん!」
 トリスタンは、その均整のとれた顔を不快感に歪めつつ、大きめの声で言い放った。
 今回ばかりはトリスタン任せとはいかないようだ。大蛇の拘束から抜け出すためには、自力で何とかする外なさそうである。
「……そうだ」
 私は右手首へ視線を向ける。腕時計が見えた。頑張れば届きそうな距離だ。
「……よし」
 大蛇が真っ二つになる様を脳に浮かべながらに、動かせる左手を、右手首の腕時計へ必死に伸ばす。
 もう少し。後少し。
 ——そして。
 指先が腕時計の文字盤へ触れる。
 刹那、赤い光が溢れた。
 四方八方へと広がった光の筋は、天井や壁に反射し、大蛇の化け物の体を突き刺す。幾本もの光線が集まり、大きな火球かのようになっている。
 肉が焦げるような匂い、肌を焼くような熱——そして、気づけば地面に落ちていた。
「マレイちゃん!」
 全身に絡む細い蛇たちをようやく払い除けたトリスタンが、すぐにこちらへ駆け寄ってくる。一つに束ねた金の髪は、心なしか乱れていた。
「怪我はしてない?」
「えぇ。落ちた時に腰は打ったけれど……問題ないわ」
 尾てい骨がじんと痛む。
 しかし、数メートルの高さから落下したことを思えば、この程度で済んだのは奇跡だ。
「トリスタンこそ、大丈夫なの?蛇に絡まれていたけれど」
「うん。平気だよ」
 そう答え、私の手をそっと握るトリスタン。
 私がいきなり手を握られ戸惑っていると、彼は穏やかな声色で述べる。
「無事で良かった。また間に合わないかと思ったよ」
 トリスタンは、深海のように青い瞳で、こちらをじっと見つめてくる。
 その瞳は、不安と安堵が入り交じったような色をしていた。そして、僅かに下がった目尻からは、彼の穢れのない心が感じられる。
「心配してくれたのね。ありが——あれ?」
 言いかけて、私は物音に気づく。カツン、カツンと鳴る、足音に。

 音がする方向へ目をやる。すると、誰かが歩いてくるのが見えた。
 その「誰か」は、成人女性のような形をしている。
 女性にしてはやや背が高めで、しかし凹凸のある女らしい体つき。高いヒールのあるロングブーツを履いていて、脚はすらりと長い。そして、髪の緑と体の黒のコントラストが、目を引き付けて離さない。そこが一番印象的な点であった。
「こんばんは。会えて嬉しいわ」
「……何者?」
 トリスタンは、いきなり現れた謎の女性に対し、少なからず不信感を抱いているようだ。眉をひそめ、牽制するような低い声を出している。
 しかし女性はいたって冷静で、口元には笑みすら浮かべていた。
「あたしの名はリュビエ。ボスの一番の部下よ」
 目の前の彼女——リュビエは、目元を隠すゴーグルのようなものの位置を指で整えつつ、余裕のある声で名乗る。格好こそレヴィアス人とは思えないような珍妙なものだが、姿かたちは比較的レヴィアス人に近い。
「マレイちゃんを連れていきたいという話なら、お断りだよ」
 一歩前に出、険しい表情で述べるトリスタン。彼の美しい顔は今、警戒心に染まっている。
 深みのある青をした瞳は鋭い視線を放ち、それが彼の美貌を更なる高みへと連れていって……って、違う!そんなことを考えている場合ではない!
「お前が噂の騎士さんね?うふふ。話はゼーレから聞いているわ」
 黒のボディスーツに包まれたリュビエの腕には、数匹の蛇が絡んでいた。しかし、じっと見つめるまでは気づかなかったほど、自然な感じだ。
「やっぱり……ゼーレの仲間ってわけだ」
「えぇ、そうよ。でもあたしは、あんな情けないやつとは違う。もっと優秀なの」
 リュビエが片手を前へ出す。
 それと同時に、トリスタンは剣を構える。
「だから、愚かな失敗なんてしないわ」
 言い終わるや否や、細い蛇がトリスタンへ飛びかかった。
 一瞬では数えきれないほどの匹数だ。無数、という表現が相応しいかと思われる。
 だがトリスタンとて馬鹿ではない。リュビエがどう仕掛けてくるか、見事に読んでいた。
 彼は舞うように回転しながら剣を振り、蛇たちを近寄らせない作戦をとる。接近されれば倒しきれず、絡みつかれるからだろう。これは、大蛇と同時に現れた細い蛇たちとの一戦があったからこそ、考えられた作戦に違いない。そういう意味では、あの一戦も無意味ではなかったようである。
「うふふ……さすがに読まれているわよね」
 細い蛇たちは次から次へと消滅させられている。なのに、リュビエの表情からは、一向に余裕の色が消えない。
「じゃ、これならどうかしら」
 突然リュビエが言った。急な発言に警戒したトリスタンは、ほんの一瞬動きを止める。
 次の瞬間、トリスタンは怪訝な顔をした。
 何かと思い、私は目を凝らす。すると、数センチくらいしか長さのない極めて短い蛇が、彼の首にさりげなく張り付いているのが見えた。
「赤い……蛇?」
 私は思わず漏らす。
 非常に短いため、蛇という確信すら持てない。

 ——直後。
 トリスタンは膝を折り、床にしゃがみ込んだ。しかも顔面蒼白で、目も虚ろにになっている。明らかに様子がおかしい。
「ちゃんと効いたみたいね」
「……毒?」
「そうよ。筋肉を動けなくする毒だもの、直に座ることさえできなくなるわ。即効性だから、一分もかからないはず」
 ふふっ、と、リュビエは勝ち誇ったように笑う。
「さて」
 それから彼女は、会話の対象をこちらへ移す。
「これで邪魔されずに済むわね。マレイ・チャーム・カトレア、確保させていただくわ」

Re: 暁のカトレア ( No.30 )
日時: 2018/05/29 17:01
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: YUWytwmT)

episode.25 仲良くはない二人

「トリスタン!トリスタン!大丈夫?トリスタン!!」
 床に崩れ落ちたトリスタンに駆け寄り、声をかけながら揺すってみる。けれど彼は応じない。彼は、既に意識を失っており、その体は脱力していた。
「無駄よ。そんなことでは目を覚まさないわ」
 リュビエは冷ややかな声で述べる。そして、一歩、また一歩、と近づいてきた。
 何をされるか分からず、私は身構える。
「さぁ、大人しくあたしについてきてちょうだい」
「嫌です」
「お前の意思など聞いてはいないのよ」
「止めて!」
 私の腕を強制的に掴もうとしたリュビエの手を、私は強く払った。
 こんなことをすれば相手を余計に刺激することになるとは分かっている。だが、彼女の言いなりになるのは嫌だったのだ。
 私の人生は私が決める。私以外の誰にも、決めさせたりはしない。
「トリスタンを傷つけるような人には、絶対についていきません!」
 はっきりと言ってやった。
 するとリュビエは呆れ顔になる。馬鹿者を見るような目だ。
「あらあら、生意気ね。いいわ。それなら」
 そこで言葉を切り、彼女は私の腕を強く掴む。女性とは到底思えぬ、凄まじい握力である。
「二度とそんな生意気が言えないよう、教育してあげるわ」
 静かな声を発した後、リュビエは手の力を強めた。
 腕が締めつけられ、痛みが走る。
「……あ、う」
 慣れない苦痛に、声を漏らしてしまう。
 痛がっていることをリュビエに悟られてはならない。それは分かっている。けれど、半ば無意識に声が出てしまうので、どうしようもない。
「大人しく従いなさい。そうでなくては、腕が折れるわよ」
「い、嫌!こんなくらいで従ったりしない!」
 今従う態度に変われば、まるで痛みによって折れたかのようだ。そんなことは私のプライドが許さない。だから私は、必死に抵抗した。首を左右に振り、意思をはっきりと述べる。
「そう。よほど折られたいみたいね。それなら手加減はしないわ」
 一見余裕たっぷりに思えるリュビエの声。しかし、よく聞くと、心なしか苛立っているようにも聞こえた。そして、何か焦りのようなものがあるようにも感じられる。
 彼女の事情は知らない。だが、ふと思った。急がなくてはならない理由が何かあるのかもしれない、と。
 そういうことなら、とことん焦らしてやろう。焦らせば焦らすほど、勝ちの流れがこちらへ向かってくるはず………。

 しかし、そう簡単にはいかなかった。

「遅くなってすみませんねぇ。来ましたよ」
 ゼーレが現れたのだ。
 彼は高さ一メートルほどの蜘蛛に腰掛けている。
 そちらへ視線を向けるリュビエ。
「遅かったわね、ゼーレ」
「入り口に殺虫剤が撒かれていたのです。仕方ないでしょう」
「殺虫剤?何それ。お前、本当に馬鹿ね」
 二人の会話を聞いている感じ、あまり仲良くはなさそうだ。しかし二人は仲間。油断はできない。
 ただ、ゼーレの登場によって、少しは時間を稼げそうな気がする。
「そんなの無視なさいよ」
「可愛い子たちに、無茶はさせられませんからねぇ」
 ゼーレの口から飛び出した過保護な親のような発言に、リュビエは呆れて溜め息をつく。
「まったく。後がないと分かっているの?」
「もちろん、分かってますよ」
「なら頑張りなさいよ!最後のチャンスでしょ!このままじゃ、お前、居場所がなくなるわよ」
 リュビエは見下したような笑みを浮かべる。
「最後のチャンス……ですか」
 ぽつりと呟くゼーレ。
 彼はそれから、私の方へと歩み寄ってくる。
「潰そうとしておいて、よくそんなことを言いますねぇ」
 ゼーレは私の目の前まで来ると、唐突にくるりと身を返し、銀色の仮面で覆われた顔をリュビエへ向けた。
「ボスに好かれたいがために抜け駆けしようとしたことは分かっていますよ、リュビエ」
「……っ!」
「貴女の役目は兵を片付けることだけだったはずですがねぇ」
 リュビエとゼーレ——二人の間には、かなり緊迫した空気が漂っている。
「うるさいわね!お前が無力だから、あたしが代わりにやってあげようとしたのよ!」
「まさに余計なお世話というやつですねぇ」
「あぁもう、分かったわよ!好きにしなさい!」
 口喧嘩の勝者は、意外にもゼーレだった。
 本来口喧嘩なら、口が達者な女性の方が有利なことが多いと思われる。しかし、ゼーレの場合は違ったようだ。

 こうして、リュビエは撤退。私はゼーレと二人きりになってしまった。トリスタンはまだ目を覚ましそうになく、完璧に二人きりだ。
 正直、かなり気まずい。いや、敵対者と二人なのだから、「気まずい」などと呑気なことを言っている場合ではないのだが……しかしかなりの気まずさである。
 そんなことを考えていると、ゼーレが振り返り、私を見た。
「これでもう文句はないでしょう」
「……文句?」
「話し合いをお望みなのでしょう?」
「えぇ」
 私は静かに返す。
 緊張で背筋に汗の粒が浮かぶ。
 ゼーレとはこれまで何度も直接的に会話してきた。しかしその時はいつもトリスタンがいた。護るものの何もない状況だと、かなり不安だ。
「マレイ・チャーム・カトレア。今日こそ、我々のもとへ来ていただきます」
「……それは嫌」
「言いますねぇ。いつの間にそんなに気が強くなったのやら」
 彼の顔面は銀色の仮面で覆われている。だが、彼がこちらを見つめていることは確かに分かった。不気味な男と見つめ合うなど、本来、恐怖以外の何でもないはずだ。しかし不思議なもので、今はそれほど恐怖を感じない。
「ゼーレ、一つ聞かせてほしいの」
「なに?」
「貴方やさっきのあの女の人が言う『ボス』って……一体誰なの」
 ゼーレもリュビエも当たり前のように言っていたが、その正体を私たちは知らない。このままでは戦いようがないし、まともに戦ったとしても明らかに不利だろう。
 敵の情報こそ重要——そう思うから、尋ねてみたのだ。
 しばらくして、ゼーレは答える。
「……ボスは我々のリーダーのような存在。圧倒的な力を持つ男」
 落ち着いた声。だがその声は、どこか悲しくも聞こえた。
「圧倒的な、力?」
「その通り。なので、逆らわない方が賢明と思いますがねぇ」
 なぜだろう。今の私には、彼の言葉をそのままの意味で受け取れなかった。
 彼が言っているのは、自分たちのリーダー的存在である『ボス』という者の強さ。そしてその強さへの称賛。
 そのはずなのに、まるでそうではないかのように感じる。
「……ボスの目的は何?」
 私は視線を彼へ向けたまま質問した。
 彼はすぐには答えない。ただ、「答えない」という雰囲気ではなく、何やら考えているような雰囲気である。だから私は、そちらをじっと見つめたまま、彼が答えるのを待った。
 暫し沈黙。夜の闇のような、深い海のような、そんな沈黙だ。ほんの僅かな動き……いや、心音でさえも、空気を揺らしそうな気がする。それほどの沈黙だった。
 それから一二分が経ち、ゼーレはようやく口を開く。
「レヴィアス帝国を亡き国とし」
 そこで一度、彼は息を吸った。
「土地を己のものとすること」
 針で肌を刺するような、固い空気がこの場を包んでいる。
 私は彼の言葉に耳を傾ける。
「それが我々のボスの目的です」
 レヴィアス帝国を亡き国に。
 そんな私欲のために、あんな怪物を送り込み、人々を傷つけたというのか。人々を殺め、村を消し去ったというのか。
 そう考えると、心が怒りに震えた。

Re: 暁のカトレア ( No.31 )
日時: 2018/05/31 02:34
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: CejVezoo)

episode.26 抑えられない

 私の心は、今、行き場のない怒りに震えている。
 しかし、その怒りの炎は、目の前のゼーレだけに向けられたものではなかった。
 もちろん彼に非がないわけではない。私の故郷以外にもいくつもの村や街を滅ぼしてきたのだろうから、然るべき報いを受けねばならないのは確実だ。
 ただ、指示を出した『ボス』という者がいるのだとすれば、その者が犯した罪は、ゼーレのそれよりずっと重い。それは確かである。
「どうしてそんなことを!」
 行き場のない怒りに、つい声を荒らげてしまう。
 ゼーレに怒鳴ったところで何の意味もないということは分かっている。しかし、それでも抑えることができなかった。
「どうして!」
 するとゼーレは、一メートルほどの高さの蜘蛛から降り、静かな声で返す。
「そんなこと、知りませんよ」
 彼は機械風の腕で蜘蛛を撫でている。一応、使い捨てという認識ではなく、可愛がっているようだ。
「知らないじゃないわ!私の母親は化け物に焼き殺されたのよ!」
 半ば無意識に叫んでいた。
「それだけじゃない、村は焼き払われ、多くの人が死んだの!何の罪もない人間が!それなのに貴方は『知らない』で済ませるというの!?」
 こんなことを言っても意味はない。失われたものが返ってくるわけでもない。
 それは分かっている。
 ——けれど。
「悪魔!!」
 私は感情のままに叫んでしまった。
 本来これはゼーレに言うべきことではなく、『ボス』とやらに対して言うべきことなのだろうが。
「……酷い言われようですねぇ」
 呆れたように返してくるゼーレ。彼は私よりずっと大人だった。
「まぁ、間違いだとは言いません。村を焼き滅ぼしたのですから、怨まれるのも理解はできます」
 言いながら、ゼーレはさらに接近してくる。
 一歩一歩彼が近づいてくる様は、まるで闇が忍び寄るかのようで、気味が悪い。その凄まじい不気味さは、胸の奥に潜む恐怖を呼び覚ました。
「しかし……、到底分かり合えそうにはないですねぇ、マレイ・チャーム・カトレア」
「……もしかしたら分かり合えるかもしれないと、そう思っていたわ」
「けれど今は、もう思っていないのでしょう?」
「……いいえ」
 まさか本当に二人で会うことになるとは思ってもみなかった。もし攻撃してこられてもトリスタンが護ってくれる——そんな風に甘く考えていた。
「まだ完全には消えていない。もしかしたら分かり合えるかもという思いは、捨てきれない」
 分かり合える、なんてありえないことだ。そんなことを考えるのは、夢見る乙女か愚か者だけ。しかし、それに気づいてもなお、まだ「分かり合えるかもしれない」と思っている自分がいた。
「だったら?私を説得でもしますか?……無理でしょう?」
 くくく、と愉快そうに声を漏らすゼーレ。
「貴女は時折、私を理解したような口を利く。平和を望む聖女のふりをし、敵さえも理解しようとする善人を装う。けれども、本当は私を敵としか見ていないのです」
「そ、そんなこと……」
「間違ってはいないでしょう」
 ゼーレの言葉は、鋭く研いだ刃のようだった。
 彼は私のすべてを見抜いている。彼に寄り添おうとしたい自分はいるが、心がそれを許さず、結局憎しみが勝つこと。それさえ、完全に見抜かれているようだ。
「……そうかも、しれない」
 私が返せる言葉はそれしかなかった。
「でしょう?貴女も所詮、他のレヴィアス人どもと同じなのです」
 ゼーレはそう言って、馬鹿にしたように、くくく、と笑う。けれども声は笑っていなかった。愉快そうな雰囲気すらない。どこか暗いその声は、私の胸を締め付ける。
「これで分かったでしょう、話し合うことなど不可能だと」
「どうしてそんな言い方……」
「こちらも仕事ですからねぇ。貴女には悪いですが、強制的に来ていただきま——ん?」
 話が一段落し、ゼーレが実力行使に出ようとした、その時。
 パタパタと走っているような足音が聞こえてきた。聞いた感じ、二人三人程度の足音と思われる。蛇の化け物を倒しきった隊員かもしれない。
 もしそうだとすれば、幸運だ。
 隊員の誰かが私を発見してくれれば、ゼーレに連れていかれずに済む。
 そうこうしているうちに、足音は近づいてきた。恐らくもう少しだ。もう少しで助けが来る——そう思うと、萎れかけていた心が元気を取り戻してくる。

「不審者を発見!」
 数秒後、角を曲がってきた見知らぬ男性が大きな声で言った。不審者というのはゼーレのことと思われる。
 そしてさらに数秒後、見知らぬ男性の背後から、グレイブが現れた。
 彼女は私の姿を見るや否や目をパチパチさせる。それから、床に倒れ込んだトリスタンへ視線を移し、眉をひそめた。状況が掴みきれていないのだろう。そして最後にゼーレへ目をやり、その瞬間、彼女の綺麗な顔面が憎しみに染まる。
「まさか貴様がトリスタンを……!」
 ゼーレは答えない。グレイブの様子をじっと見つめるのみだ。
「答えろ!何をした!」
 声を荒らげるグレイブ。
 彼女は鬼のごとき形相でゼーレを睨みつけている。味方側の私でさえゾッとするような、憎悪に満ちた表情だ。
 けれどもゼーレは、顔色一つ変えずにいた。
「トリスタンに何をしたのか、と聞いている!」
「私は……何もしていませんがねぇ」
 その言葉は真実だ。
 だって、トリスタンをやったのはリュビエだもの。
「嘘をつくな!貴様以外に誰がトリスタンを傷つけると言うのか!」
 このままでは話が終わらない。ゼーレが「自分ではない」と言い、グレイブが「嘘をつくな」と言うループに陥ってしまうことだろう。だから私は、気が進まないものの口を挟むことに決めた。
「待って下さい、グレイブさん!トリスタンを傷つけたのは、本当に、ゼーレではありません!」
 攻撃的な返答が来ないことを祈りつつ言う。
 するとグレイブは、眉間にしわを寄せながら返す。
「マレイ、そいつを庇うのか?」
 彼女は美人だ。それゆえ、険しい顔をされると迫力がある。
 ただ、真実は捻じ曲げられるものではない。だから、「ゼーレではない」ことは、どこまでいっても「ゼーレではない」のである。
「庇うつもりはありません。ただ、話を聞いて下さい」
「……嘘ではないようだな。それならいいだろう」
 何とか信じてはもらえたようだ。嘘だと勘違いされて怒られたらどうしようかと思った。
 信じてもらえて良かった、と安堵の溜め息を漏らす。
 その直後だった。
 グレイブは突如命じる。
「人型を捕らえろ!」
 それに対し、最初に私らを発見した男性と後から追いついてきた男性が、同時に返事をする。
「「はい!」」
 体育会系のノリだ。
 さすがは帝国軍、教育がしっかりと行き届いている。

 それにしても、予想を遥かに越えていく展開だ。
 グレイブは男性らと共にゼーレを捕らえるべく動き出した。しかし、ゼーレとしては、今捕まるわけにはならないだろう。
 まもなく局面が一気に動くに違いない。

Re: 暁のカトレア ( No.32 )
日時: 2018/06/01 20:05
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Oh9/3OA.)

episode.27 朱に染まる、一輪の華

 グレイブより命を受けた二人の男性隊員が、ゼーレへと迫る。
 ちなみに男性隊員は、一人は刀、一人は拳銃を所持している。
「やれやれ……面倒なのが来ましたねぇ」
 一対二の状況だが、ゼーレは平静を保ち続けていた。表情は微塵も揺れない。私と話している時と比べても、今の方が遥かに冷静だ。
「せいっ!」
 刀の男性隊員は正面からゼーレへ斬りかかる。トリスタンほどではないが、そこそこ素早い。
 しかしゼーレには通用しなかった。
 彼は片腕で男性隊員の刀を防ぐと、即座に蹴りを繰り出す。男性隊員はまともに蹴りを食らい、数歩下がる。ゼーレの一秒もかからない反撃には、さすがについていけなかったようだ。
 だが、多分、男性隊員が弱いわけではない。
 ゼーレの速度が異常なのだ。彼に太刀打ちできる者がいるとすれば、それは恐らくトリスタンくらいであろう。
「威勢がいいのは結構。……しかし」
 刀の男性隊員へ接近するゼーレ。
 その時、男性隊員の顔には恐怖の色が浮かんでいた。
 先ほどの反撃に移る速度に怯んだか、あるいは、蹴りの威力がよほど凄まじかったか。真の理由は私には察せないが、恐らくはその辺りだろう。もっとも、あくまで私の想像だが。
「威勢がいいだけ、というのは可哀想ですねぇ」
 遠心力も加えたゼーレの蹴りが男性隊員の胸元へ突き刺さる。
 男性隊員は刀で何とか防いだものの、あとほんの少し遅ければ直撃していた、というくらいきわどいところだった。
 防御した時の衝撃が凄かったのか、男性隊員の顔は真っ青だ。
「何をしている!」
「す、すみませんっ……!」
 救護班と連絡を取り、意識のないトリスタンをそちらへ渡す準備をしていたグレイブが、鋭く叫ぶ。それに対し男性隊員はひきつった声で謝っていた。
「嫌な上司の典型ですねぇ、あの女」
 男性隊員の顔色を窺うことさえせず、厳しい言葉だけを吐くグレイブを、ゼーレはさりげなく批判する。
 私はそれを聞き、真っ当な意見だと思ってしまった。
「安心なさい。すぐに終わらせてあげ——」
「させるかっ!」
 ゼーレが刀の男性隊員に止めの一撃を加えようとした刹那、白く輝く光弾が、ゼーレに向かって飛んできた。拳銃を持った方の隊員が放ったものと思われる。
 避ける時間はないと判断したらしく、ゼーレは金属製の両腕で光弾を受けた。これは完全に、彼の腕が生身でないからこそできる芸当だ。
「ふ、防がれたっ!?」
 光弾を放った隊員は動揺していた。
「そちらは私が赴くまでもなさそうですねぇ」
 ゼーレは動揺する隊員を一瞥し、ふっ、と微かに笑みをこぼす。勝利を確信したような、余裕の笑みである。
 直後、彼が乗っていた高さ一メートルほどの蜘蛛の化け物が、動揺する隊員へ襲いかかった。
 あの巨大蜘蛛よりかは小さいが、それでも、日常生活で見かける普通の蜘蛛に比べればずっと大きい。脚に薙ぎ払われでもした日には、怪我することは必至である。
「何をしているんだ!」
 トリスタンを救護班の者へ渡し終えたグレイブが、視線を戦いの場へと戻し叫んだ。
 だが、男性隊員は二人とも言葉を失ってしまっている。まともに返事をできる精神状態ではない。
「なぜ返事しない!」
「ま、待って下さい、グレイブさん!お二人は戦闘で……」
 私はついフォローに回ってしまう。
 だって、あんな状態でさらに怒られるなんて、可愛そうなんだもの。
 しかし無視されてしまった。なんというか……複雑な気分だ。まさか完全に反応なしとは思わなかった。

「仕方ない。やるか」
 少しして、グレイブは独り言のように呟く。
 それから、腕時計の文字盤へ指先を当て、長槍を取り出す。
「次は貴女ですか」
「人型、覚悟!」
 今のグレイブからはただならぬ殺気が溢れ出ていた。それはもう、第三者として見守っているだけでもゾッとするような、凄まじい迫力である。
「人型とは……おかしな言い方をしてくれますねぇ」
「確保する!」
 長槍を手に、グレイブは勢いよく飛び出す。この戦い、まだ分からない。
「威勢がいいだけ、はもう止めて下さいよ」
「甘く見ないでもらおう!」
 攻めるグレイブ。護りに回るゼーレ。
 それだけを見ていると、一見グレイブの方が有利に見える。攻め続けているからだ。
 ただ、まだ勝敗は分からない。
「帝国を揺るがす者を許しはしない!」
「くくく。いかにも正義らしいセリフですねぇ。しかし、そこが嘘臭い」
「黙れ!」
「馬鹿らしい、そんなことで黙りませんよ」
 グレイブの槍さばきは、素人の私でも見惚れてしまうほど華麗だった。なぜか目が離せない。
「目的達成のため、邪魔になる者は消します」
「黙れ!トリスタンを手にかけた悪党が!」
「黙ってほしいのなら、貴女の手で黙らせてみなさい」
 それからも攻防は続く。何度も火花が散っていた。私からしてみれば、壮絶な戦いである。

 ——しかし、やがて決着の時は来た。
 そのきっかけは、拳銃を持った方の男性隊員が、後方から、ゼーレの足下へ光弾を放ったことだった。ゼーレは目の前の彼女だけに集中していたがために、足首に光弾を浴び、バランスを崩したのだ。
 そうして生まれた隙を、グレイブは見逃さなかった。
「……く」
「これで終わりだ!」
 彼女は力の限り長槍を振り抜く。
 紅の飛沫が散った。
 肩から鎖骨の付近にかけて槍に抉られたゼーレは、そのまま数メートル飛ばされ、豪快に床へ落ちた。だが、それでもまだ負けを認める気はないらしく、彼は立ち上がろうとする。
 けれどもグレイブはそれを許しはしない。
 彼女は、ゼーレが立ち上がれぬよう、彼の片足首に槍の先を突き刺した。
 抵抗されようとも、赤いものが溢れても、彼女の心は決して揺るがない。躊躇いもないように見える。
 その様子は、グレイブの持つ一種の異常性を、私にまざまざと見せつけた。美しい華には棘がある、とはこのことか。

 かくして、この一連の騒ぎは幕を下ろしたのだった。


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