コメディ・ライト小説(新)

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暁のカトレア 《完結!》
日時: 2019/06/23 20:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。


《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。

※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。


《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153


《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん

Re: 暁のカトレア ( No.58 )
日時: 2018/07/10 18:12
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: yOB.1d3z)

episode.53 グレイブとフラン

 その頃、帝国軍の基地は騒ぎになっていた。
 理由は言うまでもない。地下牢にいたはずのゼーレが、マレイ諸共、忽然と姿を消したからである。ゼーレと共に消えたのが、彼に狙われていたマレイだっただけに、走る衝撃は特に大きかった。
「グレイブさん、どうします!?トリスタンに続けてマレイちゃんまでって、これはさすがに不味くないですかっ!?」
「……あぁ。不味いな。やってしまった」
 もぬけの殻となった地下牢の個室で、グレイブとフランシスカは言葉を交わす。
「探しに行きますっ!?」
 フランシスカはいつになく慌てた調子で述べる。
 対するグレイブは、冷静さこそ保ってはいるが、その表情は険しかった。眉は寄り、目元に力が加わっているのが分かる。
「だが、慌てて動くのは危険だ」
「それはそうですけどっ……。トリスタンもいないのに、マレイちゃんまで!」
「落ち着け、フラン。捜索はする。だがまもなく夜だ、化け物が出る。朝を待つしかない」
 落ち着いた口調で話すグレイブを見て、フランシスカは頬を膨らます。
「後回しってことですか!」
 日頃はマレイに対してずけずけ物を言うフランシスカだが、マレイのことが嫌いというわけではなかったらしい。一応、マレイの身を案じてはいる様子だ。
「妙に大人しくしていると思ったが……」
 グレイブは、独り言のように呟きつつ、個室の奥へと足を進める。そして床へしゃがみ込むと、砕かれた拘束具をそっと手に取った。
「そういう狙いだったか」
 はぁ、と溜め息を漏らす。
 そんな彼女の黒い瞳には、ゼーレへの憎しみの色が滲んでいる。熱い憎しみの炎は、今もまだ、彼女の内側で静かに燃え立っていた。
 それからしばらくして、やがて、グレイブはゆっくりと立ち上がった。
 それに気づいたフランシスカは、丸い目をぱちぱちさせながら、グレイブへ視線を向ける。
「グレイブさんっ?」
「何だ、フラン」
「暗い顔をなさっているので、どうしたのかな、と」
 ストレートに聞かれたグレイブは、心なしか戸惑ったような顔をした。
 しかしすぐに、口角を持ち上げる。
「いや。何も、たいしたことではない」
 グレイブはフランシスカの直球には慣れている。だから、ちょっとやそっとで動揺したりはしない。
「人型の卑劣さを再確認しただけだ」
 紅の唇から出るのは、刃物のように鋭い言葉。
 グレイブから漂う異常なまでの威圧感は、フランシスカでさえゾッとするほどのものだった。熱いものが燃える瞳も、突き刺すような視線も、普通想像する範囲を遥かに超えた威圧感を放っている。
 そんなグレイブを目にし、フランシスカは恐怖に近い感情を抱いた。
 だからこそ、フランシスカは明るい声を出す。
「なるほどっ。分かりました!」
 そして、普段と変わらない笑顔を、フランシスカは作った。いつもマレイに眩しさを感じさせている、向日葵のように晴れやかな笑みを。
 向けられた明るい笑みに、グレイブは一瞬、目を見開く。
 彼女にはこのような状況下で笑うという発想がなかったため、驚いたのかもしれない。
「いつも明るいな、お前は」
 グレイブの頬がほんの少し緩んだ。
「フランが、ですかっ?」
「あぁ、そうだ。フラン……お前はなぜそんなにも明るいんだ」
 意外な問いに、目をぱちぱちさせるフランシスカ。
「お前も確か、かつて化け物にやられたのだろう?」
「はいっ」
「家族……だったか?」
 言いにくそうな控えめな声でグレイブは尋ねた。それに対し、フランシスカは首を横に振る。
「……婚約者ですよー」
 そう答えたフランシスカの顔は、寂しげな色を湛えていた。薄く浮かんだ笑みが、物悲しさを余計に高めている。
「トリスタンみたいな綺麗な金髪をした人でした」
 普通なら、しんみりするタイミング。
 しかしグレイブは違った。
 グレイブは、『失ったこと』にしんみりとするのではなく、『婚約者』に意識を向けたのだ。
「なっ……!その年で婚約者がいたのか!?」
「へ?」
 ぽかんと口を開けるフランシスカ。話の急展開についていけていないようである。
「ふ、フラン!それはさすがに気が早くないか!?」
 グレイブの心は、らしくなく揺れている。
「お前は確か、今まだ二十前だろう」
「そうですけど?」
「なのに、数年前に既に婚約者がいたなど、信じられん!」
 やや興奮気味に話すグレイブに、フランシスカは一歩退く。
「何ですか、いきなりっ」
「私はこの年ですら独り身だぞ!なのに、なぜお前には婚約者などがいるんだ!」
「わけが分かりませんっ。ただ親が決めただけの婚約者です!」
 思わぬ話題で言い合いになってしまう。
 日頃、特別仲良しなことはない二人だが、喧嘩をするような仲の悪さではない。しかし、今回は、グレイブが進んで鋭い口調になったため、半ば喧嘩のような言い合いに発展してしまったのだ。

 ——けれど、二人も子どもではない。
 少しして落ち着いたグレイブとフランシスカは、いつもの距離感に戻る。
「……少し言いすぎた。私はどうかしていたようだ」
 グレイブは素直に謝罪する。
 彼女は、そういうところはきっちりとした性格なのだ。
「そうみたいですねー」
 微塵の躊躇いもなく返すフランシスカ。
 フランシスカは、相変わらず相手のことをほとんど考慮しない発言をする。裏表がない、という意味では美点なのかもしれないが、少々困った部分といった印象である。
「とにかく、夜が明ければマレイの捜索をすぐに開始する。だからフランは心配しすぎるな」
「トリスタンもですよっ!」
 鋭いところへ切り込んでいくフランシスカ。
 その丸い瞳を見れば、トリスタンやマレイの身を案じていることがまる分かりだ。
「もちろん。一刻も早く探し出さなくては」
「何を今さらっ。遅いですよ!」
「フランは手厳しいな」
「全然進まないから言ってるんですっ!」
 それからも、二人はしばらく、地下牢内で言葉を交わし続けた。
 グレイブにとってもフランシスカにとっても、新鮮な体験だったことだろう。なんせ、二人はそこまで距離が近くなかったのだ。二人の距離が一気に縮まった——そういう意味では、マレイがいなくなったのも無意味ではなかったのかもしれない。
 ただ、この時既にマレイがトリスタンを助けるべく戦っているとは、誰一人想像しなかったことだろう。

Re: 暁のカトレア ( No.59 )
日時: 2018/07/11 21:55
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HPUPQ/yK)

episode.54 迫りくる障害を越えて

 私とゼーレは、やっとのことで、コウモリ型化け物の群れを殲滅し終えた。
 もちろん私一人の力ではない。ゼーレの蜘蛛型化け物たちが、炎を吐き出し、結構な数を倒したのだ。
 けれども、私が何もしなかったわけではない。もはやお決まりになりつつある赤い光球を連射する攻撃で、ゼーレと蜘蛛型化け物たちを後方から援護。その間に、コウモリ型化け物を何匹か倒しもした。
 皆に胸を張って話せるほどの功績ではない。こんなことを、化け物狩り部隊の隊員に自慢げに話せば、「化け物を倒すのは当たり前」と呆れられるだろう。
 小型の化け物を何匹か、ぷちぷちと倒したことなど、誇らしく他人に言うほどのことではないのだ。
 ただ、未熟な弱者である私にとっては、自信に繋がることだった。
「大体……片付きましたかねぇ」
 ゼーレは、付近にいた高さ一メートルほどの蜘蛛の化け物一体を、滑らかな手つきで撫でていた。
 彼の手は機械のような金属製。それなのに、人の手と同じくらい優しげな動き方をしている。愛する人に触れるような、小さな生き物を愛でるような、柔らかい動作だ。
「貴方の蜘蛛、強かったわね」
「普通です。それより、呑気な話をしている場合ではありません。いそぎましょう」
 そうだった。
 コウモリ型化け物の群れを倒しきったことで、すっかり気が緩んでしまっていたが、油断は禁物だ。
 ここは敵地。いつ次の敵が現れるか分からない場所なのだから。
「行きますよ、カトレア」
「そうね。急がなくちゃ」
「口で言っても……まったく意味がありませんねぇ。言葉ではなく行動で示して下さい」
 ゼーレは先に歩き出しながら、そんな嫌みを言ってきた。
 彼の背を追うように、やや早足で歩き出す。なぜ早足かと言うと、置いていかれたりはぐれてしまっては困るからである。

 ——しかし。
 前を行くゼーレの足が、突如止まった。
 軽く息が上がりそうな速さで彼の後ろを歩いていた私は、一瞬転びそうになりつつ足を止める。
「何よ急に!驚かせな……」
 途中まで言って、言葉を飲み込んだ。
 なぜなら、リュビエの姿が視界に入ったからだ。
 独特のうねり方をした緑色の髪。目元を隠すゴーグルのようなもの。そして、全身のラインが視認できるほど体に密着した、黒いボディスーツ。
 間違いない。
 トリスタンを二度も傷つけた女——リュビエだ。
「こんばんは」
 リュビエが足を進めるたび、ヒールが硬い音を響かせる。
 淡々とした足取りで接近してくるリュビエに、ゼーレは身を固くしていた。
「来ると思っていたわ。裏切り者のゼーレ」
 ゼーレとリュビエは、二人とも、ボスに使えている身だった。だから、私に力を貸すような真似をしたゼーレは、リュビエからしてみれば裏切り者なのだろう。
「そんな小娘につくなんて、甘々のお前らしいわね」
「何と言われようが……私には関係のないことです」
 元から仲良さげではなかったが、二人の関係はさらに悪化していた。もっとも、片方が相手側として現れたのだから、当然と言えば当然なのだが。
「ゼーレ、お前……本当にボスを裏切る気?」
 眉をひそめるリュビエ。
 彼女が放ったその問いに、ゼーレは静かな声で返す。
「馬鹿らしい。いずれにせよ、切り捨てるつもりなのでしょう」
 仮面越しでも分かる。ゼーレは悲しげな顔をしている、と。
 地下牢で過ごすうちに彼は、ほんの少しずつではあるが、人らしくなってきた。もちろん初めが人でなかったと言うわけではない。操り人形だった彼が一人の人間に近づきつつある、という意味だ。
「やはり裏切る気なのね。なら、やむを得ないわ」
 リュビエは片手を掲げる。
 すると、掲げた手の指先から、細い蛇が大量に発生した。
 その様は、泉から水が湧き出す光景を彷彿とさせる。もっとも、湧いてくるものが水ではなく蛇だから、泉よりずっと不気味な光景だが。
「ボスに逆らう者は、死あるのみよ」
「そう易々と殺られる気はないですがねぇ」
 リュビエの残酷な発言に対し、ゼーレは強気に言い返す。
「殺られる気があるかないかなど関係ない!ボスへの反逆など許されたことではないのよ!」
 珍しく声を荒らすリュビエ。
 彼女はボスを心から尊敬しているのだろう。それはもう、ボスのために命を散らしても構わない、というほどに。だからこそ彼女は、ゼーレが私側にいることが許せないのだと思う。
 あくまで私の想像だ。
 けれども、おおよそ当たっているだろう。
 リュビエが放った蛇の化け物は、一斉にゼーレへ向かっていく。ゼーレを先に潰すと決めたようである。
 ゼーレは蜘蛛の化け物へ指示を出し、向かってきた細い蛇の化け物を退けていく。
「行きなさい、カトレア」
「え?」
「真っ直ぐ進めば、すぐに着くはずです」
 脳内に疑問符が湧く。
 この状況で言われても、十分に理解できない。
「待って。どういうこと?」
 するとゼーレは、小声で返してくる。
「トリスタンを助けるのでしょう。早く行きなさい」
 そこまで言われて、私はようやく理解した。ゼーレが言おうとしていることを。
 だから私はしっかりと頷いた。理解した、ということが、彼にちゃんと伝わるように。
 そして、一人走り出す。
 トリスタンを助ける。その一心で。
「行かせないわよ!」
 背後からリュビエの鋭い叫びが聞こえてきたが、振り返ることはせず、ただひたすらに前だけを見つめて走った。

Re: 暁のカトレア ( No.60 )
日時: 2018/07/14 05:19
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hVaFVRO5)

episode.55 ならば私が

 リュビエのところへゼーレを残してきたことには、少々不安がある。
 彼はグレイブの拷問に近しい行動によって、体のいろんなところに傷を負っていた。ある程度時間が経っているとはいえ、まだ完治してはいないだろう。
 先ほどまでの動作を見ている感じでは、一応、何もなさそうではあった。けれども、完全に本調子とまではいかないだろう。
 そんな状態の彼をリュビエと戦わせるのだから、どうしても不安だ。
 だが、それでも私は進むことを止めなかった。
 せっかくここまで来たのだ、絶対にトリスタンを助けなくては。
 トリスタンを助けられなかった、なんてことになってはまずい。もしそんなことになれば、今度は私の身が危ないし、ゼーレに怒られそうだ。
 黒い床を蹴り、駆けてゆく。
 見つめるは前だけ。

 広間をしばらく走り続けていると、やがて、鉄で作られた格子が視界に入った。どうやらここが行き止まりのようだ。これ以上直進はできない。
「これ以上は行けないわね……」
 立ち止まり辺りを見回す。
 そんな時、どこからともなく、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「マレイちゃん?」
 それは、私が何よりも聞きたかった声。
 優しく穏やかな、トリスタンの声に違いなかった。
「トリスタン!?トリスタン、どこにいるの!?」
 私はキョロキョロしながら叫んだ。
 精一杯見回してみても、トリスタンの姿は見当たらない。
 先ほどの声が彼の声であることは明らかだ。だから、彼はこの近くにいるはずである。しかし見つけられない。
「トリスタン!どこ!?」
 もう一度、声をかけてみる。
 すると。
 数秒経ってから返答が聞こえてきた。
「多分近いと思う。格子の奥だよ」
 格子の奥。ということは、目の前の鉄格子を破壊して、中へ進まなくては会えないのだろう。
 こんなしっかりとしたものを果たして壊せるのか?いささか疑問ではある。けれど、やるしかない。トリスタンを一刻も早く救出するためには、「壊せるのか?」と考えるよりも行動することの方が重要だ。
「待っていて、トリスタン!すぐに行くわ!」
 私はそれだけ言うと、鉄格子を破壊するべく行動を開始する。
 方法はゼーレの拘束具を破壊した時と同じだ。腕時計から赤い光球を放ち、対象物を砕くのである。私がとれる方法はそれしかない。
 ——鉄格子は予想以上に頑丈だった。
 ゼーレの拘束具は数回で砕けたが、今回はそう容易く破壊できそうにはない。
 だが、このくらいで諦めたりはしない。もう少しでトリスタンに会える。その想いだけで、私は頑張れる。私を新しい世界へ連れ出してくれたトリスタンのためだ。大丈夫、まだやれる。
「マレイちゃん、何をしているの?」
「今、格子を壊そうとしているところよ!」
「多分無理だよ。その格子、凄く硬いんだ」
「硬いかもしれないけど、トリスタンを助けなくちゃならないでしょ!まだ諦めないわ!」
 もう止めてくれ、とでも言いたげなトリスタンの声に、私は少し腹が立った。
 苛立ちと焦りが混ざり、光球が上手く格子に当たらない。コントロールが乱れてきてしまっている。そのことが、余計に私を苛立たせる。
「もうっ……」
 早くしなくては。敵が来る前に、トリスタンを連れ出さなくては。
 なのに、鉄格子が邪魔をする。
 苛立ちがついに頂点へ達した私は、すべての苛立ちを込めた一撃を放つ。
「いい加減にしてっ!!」
 そうして放たれた赤い光球は、苛立ちがこもっているゆえか、いつもよりも大きかった。おかげでそれは鉄格子に命中し、鉄格子を砕くことに成功。
 これで中へ入ることができる。
 予想以上に時間を使ってしまった私は、急いで、鉄格子の向こう側へと進んでいった。

「トリスタン!」
「マレイちゃん!」
 私とトリスタンがお互いの姿を見、お互いの名を口から出したのは、ほぼ同時だった。
 前にもこんなことがあった記憶がある。懐かしい。
「トリスタン!生きていたのね!」
 私は、片膝を立てて床に座っていたトリスタンに、大急ぎで駆け寄る。
 さらりと流れる金髪も、神の子と勘違いされそうな整った容貌も、健在だった。彼がちゃんと生きていたことを知り、私の中の喜びは大きく膨らむ。
 駆け寄った私がトリスタンの手を握ると、彼は不思議そうに首を傾げた。
「どうしてマレイちゃんが?」
「助けに来たのよ」
「ありがとう。それはもちろん嬉しいよ。だけどマレイちゃん、誰とここまで来たの?」
 トリスタンの問いに、私は言葉を詰まらせる。このタイミングで「ゼーレと」なんて言いづらい。
 けれども、それ以外に言えることなどありはしない。
 だから私は、正直に答えることにした。
「ゼーレよ」
 するとトリスタンは、困惑したように数回まばたきする。そして、私をじっと見つめてきた。
 深みのある青い双眸に見つめられると、嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない複雑な心境になる。ただ、新鮮な果物のような瑞々しい感覚は、嫌いではない。
「ゼーレがこの場所を吐いたということ?」
「いいえ。一緒に来てくれたの」
 私が簡潔に答えると、トリスタンは何か閃いたような表情になる。
「それって、マレイちゃんをはめるつもりなんじゃ……!」
 誰だってそう思うだろう。元々は私を捕らえる任務を受けていたゼーレを信じられないのは仕方ない。いや、むしろ疑って普通だ。
 だが、私には、ゼーレが騙そうとしているとは思えなかった。そもそも、あの不器用なゼーレに、他人を十分に騙す演技ができるとは、考えられなかったのである。
「それは違うと思うわ。ゼーレは信用するに値する人よ」
「信用するに値する?それは僕には分からないな」
 トリスタンは納得がいかないようだ。
「ゼーレはこれまで何度も君を襲った。そして無理矢理連れ去ろうとしたよね。だから、僕は彼を信用できないよ」
「聞いて、トリスタン。彼は変わってきているの。もうあの時とは——」
 言いかけて、口を閉じる。
 というのも、私の背後から大蛇の化け物が現れたからだ。
「そんな……」
「下がって!マレイちゃん!」
「駄目よ!!」
 私を庇おうと前へ出かけたトリスタンを、慌てて制止する。腕時計無しで大蛇の化け物と戦うなど、危険すぎるからだ。
 それに加え、彼にあまり無理させたくないというのもある。
 私の腕時計を貸せば、恐らくは戦えることだろう。しかし、体の状態が不明なトリスタンに戦わせるのは、嫌だ。
「駄目よ、じゃないよ。マレイちゃんまで巻き込むわけにはいかないんだ」
 それは優しさなのだろう。
 けれども、私が求めてはいない優しさだ。
「なら、私が戦うわ!」
 無謀かもしれない。
 でも、トリスタンに無理をさせないためなら、私はやってみせる。
「マレイちゃん、何を言って……」
「化け物は私が倒すわ」
「無理だよ!そんなの!」
 トリスタンには何度も護ってもらってきた。
 だから今度は、私がトリスタンを護る番だ。
「貴方に指導してもらってきたもの、大丈夫よ」
「だけど……」
「大丈夫。任せて」
 戦闘の師であるトリスタンの目の前で、というのは緊張するが、これも運命なのだろう。
 今こそ、成果を見せる時である。

Re: 暁のカトレア ( No.61 )
日時: 2018/07/15 13:46
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: so77plvG)

episode.56 妥協点を探しつつ

 目の前には大蛇の化け物。
 頭部を勇ましく持ち上げたそれは、高さが二メートルくらいありそうだ。胴は太く、私よりも高い位置に頭がある。一般人が目にすれば、パニックになるか硬直するかの二択だろう。
 それでも、あの夜私の生まれた村を焼いた巨大蜘蛛の化け物に比べれば、まだ小さい。この程度の大きさなら、何とかならないこともなさそうである。
「駄目だよ!マレイちゃん!」
 背中側から聞こえてくるのはトリスタンの声。
 焦ったような声色だ。
「君一人じゃあれには勝てない!勝てるわけがない!」
「それでも、ここでやられるわけにはいかないでしょ!?」
 私は鋭い言い方をしてしまった。
 心から尊敬するトリスタンに、鋭い調子で物を言うなど、本来ありえないことだ。けれど、その「本来ありえないこと」をしてしまった。それは、危機的状況にあったからだと思う。
 ……言い訳だと思われるかもしれないが。
「マレイちゃん、僕が!」
「動いちゃ駄目よ。トリスタンは無理しないで」
「僕は平気……っ」
 トリスタンは大きな声を出しながら、立ち上がろうとして、すぐに膝を折った。手で右足首を掴み、顔をしかめている。どうやら右足首が痛むようだ。どこからどう見ても平気そうではない。
 私は彼に駆け寄りたい衝動に駆られた。
 痛みに苦しむトリスタンを一人にしておきたくない。せめて、傍にいて励ましてあげたい。
 だが、そんな呑気なことをしている暇などない。
 今は大蛇の化け物を倒すことに集中しなくては。
「トリスタンはそこにいて」
 座り込んでしまっている彼を一瞥し、柔らかな微笑みを浮かべる。
 少しでも安心してほしい。そんな思いからだった。
 そしていよいよ、大蛇の化け物へ視線を向ける。大蛇の化け物もこちらを見ていたらしく、視線が交わった。背筋を冷たいものが駆け抜ける。
 化け物と直接対決をするのは怖い。寒気がするほどに、恐ろしい。
 けれども、今さら退くことなんて不可能だ。既に引き返せないところまで来てしまっているからである。ここまで来てしまったら、戦い、倒すなり何なりするしかない。
 私は大蛇の化け物へ、腕時計を装着した右腕を向ける。戦いの幕開けだ。
「はぁっ!」
 赤い光球を撃ち出す時、気合いのこもった声が自然に出た。
 確かに私なのに、私ではないみたいな声だ。まったく別の誰かに操られているかのような、不思議な感覚である。
 腕時計から放たれたいくつもの光球。それらは、大蛇の化け物に向かって、一斉に飛んでいく。
 数秒後、私が放った赤い光球は、大蛇の化け物へ命中した。
 ドドッ、という低音が響く。
 これだけ浴びせれば、それなりのダメージは与えられただろう。もしかしたら虫の息にまで追い込めたかもしれない、とさえ思った。

 その時。
「危ないっ!!」
 耳に飛び込んできたのは、トリスタンの鋭い声。
 私は咄嗟に身構える。
 刹那、大蛇の化け物の尾が迫ってくるのが見えた。
 ——避けないと。
 本能的にそう感じた。
 あの太いものを叩きつけられては、間違いなく怪我をする。それも、大怪我になることだろう。そんな目に遭うのは嫌だ。
 私はその場から離れようと試みる——より一瞬早く、トリスタンが私の体を抱いていた。彼はその体勢のまま、飛び退く。抱き締められているせいでトリスタンの白い衣装しか見えない。だが、衝撃がこなかったことを考えると、恐らく、尾はかわせたのだろう。
「大丈夫?」
 床を転がり、その勢いに乗って中腰になると、彼は尋ねてきた。
「え、えぇ。平気よ。トリスタンは?」
「大丈夫だよ」
 トリスタンは、こちらへ視線を向けて、優しく微笑む。
 リュビエに連れ去られる前と変わらない、ふんわりとした笑みだった。眺めているだけで穏やかな気持ちになってくるのだから、凄いことである。
「やっぱり、マレイちゃんにはまだ無理だよ。ここからは僕が」
「いいえ。まだ戦えるわ」
「いや、後は僕がやる。君にこれ以上無理はさせられないからね」
「それはこっちの言葉よ」
 私とトリスタンは、大蛇の化け物の動きが止まっている間、そんな細やかな言い合いをした。
 こうして近くにいられること。触れ、言葉を交わせること。
 一見当たり前のようだが、今はそれが、心臓が大きく鳴るほどに嬉しい。上手く言葉にはできないが、とにかく喜ばしくて仕方ないのだ。
「いいから、僕に任せて」
「嫌よ。私も役に立ちたいの」
 こんなことをしている場合ではない。それは十分理解している。にもかかわらず、こんな無意味な言い合いを続けてしまうのは、トリスタンが近くにいるという安心感ゆえだろうか。
「とにかく、私も戦うから!」
「……そっか。そこまで言うなら仕方ないね」
 トリスタンは、じゃあ、と続ける。
「二人で!」
 それが彼の出した提案だった。
 私はその提案に、首を縦に振る。
 トリスタン一人に戦わせて私は何もしない、というのはもう嫌だ。私だって化け物狩り部隊の一員だもの、無力な存在ではありたくない。
 けれど、二人で、というのは良いと思う。
 二人で戦うのなら、トリスタンの負担を軽くするよう努められる。そして、私一人で戦うよりも、敗北するリスクは低い。お互いフォローしあえるというのは魅力的だ。
「そうね。そうしましょう」
「決まりだね」
 二人で戦う、に決定。
 しかし、次の疑問が生まれてくる。
「トリスタン武器は?素手はさすがにまずいわよ」
 すると彼は、どこからともなく、ナイフを取り出してきた。
「これを使うよ」
 装飾のない、短めのナイフだ。刃の部分に紫の粘液がこびりついているところを見ると、既に、化け物と戦うのに使用したものと思われる。
「それでいいの?」
「うん。マレイちゃんの援護があれば、これで十分」
 トリスタンの均整のとれた顔には、余裕の色がはっきりと浮かんでいた。自身に満ちた口元と、凛々しさのある目つきが、印象的だ。
 それから彼は、ナイフを持ち、構えをとる。
 先ほど痛そうにしていた右足首が問題ないのか、少々気になるところではある。だが、今の彼を見ている分には、問題なさそうだ。だから、「大丈夫なのだろう」と前向きに考えるように心がけた。
 今、二人の見つめるものは同じ。
 目の前にいる大蛇の化け物を倒す——ただそれだけだ。

Re: 暁のカトレア ( No.62 )
日時: 2018/07/18 21:32
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xPtJmUl6)

episode.57 合流

 大蛇の化け物は視線を、私からトリスタンへと移す。
 トリスタンが前へ出たため、彼を敵であると認識したのだろう。
「——行くよ、マレイちゃん」
 寒い冬の夜のような、静かな声だ。その冷たさに、身が引き締まる思いがした。いつもは冷静でも優しさを忘れない彼が放つ、すべてが凍りつくような声には、不思議な力を感じる。
 私はそっと頷き返す。
「えぇ。援護は任せて」
 それを合図に、トリスタンは床を蹴った。
 化け物特有の薄紫色をした粘り気のある液体が、べっとりとこびりついたナイフを手に、彼は勇敢に挑んでいく。
 目つきは鋭い。
 けれどもその青い瞳は、凪いだ海の如き静寂を映し出している。
 腕時計がないため、今のトリスタンは、いつものようには跳べない。巨大な敵と互角に渡り合うほどの身体能力は持っていないのだ。それでも彼は迷うことなく、大蛇の化け物を真っ直ぐに見据えている。見上げた精神力である。
 大蛇の化け物は尾を大きく振りかぶり、トリスタンに狙いを定める。恐らく薙ぎ払うつもりなのだろうが、そうはさせない。私は光球を放ち、バランスを崩させる。
「ナイス!」
 光球を受けてバランスを崩した大きな隙を、見逃すトリスタンにではない。彼は一気に距離を詰め、大蛇の化け物にナイフを突き刺す。
 深く刺された大蛇の化け物は、まるで悲鳴をあげるかのように、太い体をうねらせた。その動き方からは、最期の抵抗、といった必死感が漂っている。絶命する直前の者を見ているかのようで少しばかり胸が痛むが、同情している場合ではない。今だけは心を殺すよう努めた。
 トリスタンは一度ナイフを抜く。
 そして、再び突き刺す。これでもか、というほどの強い力を込めて。
「あと少し!?」
 いつでも光球を放てるよう準備しておきながら、トリスタンに尋ねた。大蛇の化け物が懸命にうねる光景を見続けるのが辛かったからである。少しでもいいから早くこの時間が終わってほしい、と思った。
 もちろん、大蛇の化け物に同情する必要性などない。それはまぎれもない敵なのだから。
 そのこと自体は理解しているつもりだ。
 それでも疼く、この胸の奥の一部は、良心という名の部分だろうか。
「すぐに終わるよ!」
 トリスタンは答えてくれた。はっきりとした口調だった。
 触れるほど接近している彼には、大蛇の化け物がもうすぐ消滅することが分かるのだろう。

 ——それから数秒。
 大蛇の化け物は、トリスタンの予測通り、消滅した。

「終わったね」
 目の前の敵を見事に倒したトリスタンが、粘液のついたナイフを片手に、こちらへと歩んでくる。黒の短い手袋を装着している彼の手も、ナイフと同じように、薄紫に濡れていた。
「えぇ。トリスタン、さすがね。私が出る幕なんてなかったわ」
 すると彼は、柔らかく微笑んでから、首を左右に振る。
「ううん、速やかに終わったのは君のおかげだよ。バランスを崩してくれたのが大きかったから」
「そう?役に立てたならいいけど」
 私は赤い光球をほんの数発放っただけだ。それ以外は何もしていない。
 もっとも、正しくは「何もしていない」ではなく、「何かする暇がなかった」なのだが。
「凄く助かったよ」
 言いながら近づいてくるトリスタン。
 彼の穏やかな表情を目にし、安堵の溜め息を漏らしていると、彼は急に抱き締めてきた。トリスタンは、がっしりとした男性的な腕ではないはずなのだが、その力はというと結構なものだ。
 全力で抱き締められると、私の力では抵抗できそうにない。
「……ありがとう」
 抱き締める体勢のまま、トリスタンは私の耳元で囁いた。
 それは、信じられないくらい弱々しい、消え入りそうな声。それは、日頃の穏やかで優しい声とも、戦闘時の勇ましく落ち着きのある声とも、違う。
「ちょ、ちょっと。いきなりどうしたの?」
 突然の意外な声色に、私は動揺を隠せない。
 弱さを感じさせるトリスタンを見るのは初めてで、彼が彼であると信じきれていない私がいる。
「寂しかったな」
「だから、急にどうしたのよ。何だか様子が変よ?」
「しばらく一人だったから……誰かに甘えたい気分なのかもしれないな。ごめんね、マレイちゃん」
 謝りつつも離れないところがトリスタンらしい。
「……怒ってる?」
 いかにも「怒っていない」という返事を聞きたいかのような問いが来た。
 狙いが見え透いているところが何とも言えない。
「怒ってはいないわ。……って言ってほしいのよね?」
「あ。気づかれた?」
「分かるわよ、そのくらい。私だってそこまで馬鹿じゃないわ」
 するとトリスタンは両の瞳を輝かせた。
 深海の如き深みのある青が、希望という名の輝きで満たされていく様は、「美しい」という言葉が似合う。
「やっぱり!マレイちゃんは僕を深く理解してくれているんだね!」
 ……え。
 いきなり、何を言い出すの。
「僕の深いところを見てくれるのは、やっぱり、マレイちゃんだけだよ。嬉しい」
「え?ちょっと待って、どういう展開よ?」
 抱き締められたままなので、胸元が圧迫され息苦しい。私は「そろそろ離してちょうだい」と言いながら、体を軽く左右に振ってみる。すると、トリスタンは私の心に気がついたらしく、両腕を離してくれた。
 ほっ、と安堵の溜め息をつく。

 その時。
「終わったようですねぇ」
 私たち二人の背後から声が聞こえてきた。聞き慣れた声だ。
 振り返ると、そこにはゼーレが立っていた。
 顔に装着した銀色の仮面には、先ほどまではなかったと思われる傷がいくつか刻まれている。リュビエとの交戦で刻まれたものだろうか。そして足下には、高さ一メートルの蜘蛛の化け物が、一体這っていた。
「ゼーレ!?」
 現れたゼーレを視認するや否や、トリスタンは顔を強張らせる。声は鋭く、表情は固く、一瞬にして変化している。
「リュビエは?」
「何とか上手くすり抜けてこれました」
「倒したわけじゃないのね……」
「えぇ。私がリュビエを倒すなど、不可能です」
 リュビエを倒しておいてくれたなら、少しはゆっくりできたのだが。
「今のうちに戻りましょう。カトレア」
 ゼーレは淡々とした声色で言った。
 それに、私は頷く。
 意思疎通ができている私とゼーレを目にし、トリスタンは怪訝な顔になっていた。私が化け物側の者と普通に接していることに、戸惑っていたのかもしれない。


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