コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.78 )
- 日時: 2018/08/07 02:05
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XsTmunS8)
雪うさぎさん
お久しぶりです! 返信遅れてすみません。コメントありがとうございます。
トリスタンを気に入っていただけたようで嬉しく思います。
興味を持ってもらえるキャラクターがいて良かったです。
コメディライトにしてはあまり明るくない内容になってしまっているかな? とも思いましたが、楽しいと言っていただくことができ、励みになりました。
これからも頑張ります。ありがとうございました!
- Re: 暁のカトレア ( No.79 )
- 日時: 2018/08/08 02:57
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1Fvr9aUF)
episode.72 どうしようもない二人
トリスタンは意識のないゼーレをアニタの宿へと運んだ。マレイがシブキガニ退治に残ることを選んだからである。
ゼーレの応急処置は、既に宿に戻っていたアニタが行った。応急処置、と言っても、止血や傷口の消毒などの簡単な処置だけ。ではあるが、「取り敢えず死は免れただろう」と、トリスタンはほっとしていた。
もし仮にゼーレが命を落とすようなことがあっては、信じて託してくれたマレイに合わせる顔がないからである。
その後ゼーレは、アニタが気を利かせて用意してくれた一階の個室のベッドに、横たえられた。狭い部屋の中、トリスタンはゼーレが意識を取り戻すのを待つ。
「マレイちゃん……どうか無事で」
静寂の中、トリスタンは祈るように呟く。
たとえ離れた場所にいても、彼にとってマレイが大切な存在であることに変わりはない。だから、彼は今も、マレイの身を案じている。
それから、数十分ほど経過した時。
「……カトレア……」
ベッドに横たえられていたゼーレが、突然、はっきりしない声で何かを漏らした。
何を言っているのだろう、と疑問に思ったトリスタンは、ゼーレに近づき耳を澄ます。
「すみません……いつも……で」
ゼーレは、目は開いていないし、体が動いてもいない。それらのことから、トリスタンは、ただの寝言だろうと判断した。
「それでも……貴女が」
これ以上は耳を澄まして聞く必要もない——とトリスタンが思った刹那。
「……愛しい」
意識のないゼーレの唇から漏れた一言が、トリスタンを動揺の渦に巻き込んだ。平穏な街を突如嵐が襲ったかのように。
トリスタンは思わず立ち上がる。
今は弱者の立場にあるゼーレにだから手は出さない。だが、これがもし本調子なゼーレの発言だったなら、トリスタンは間違いなく手を出していたことだろう。
それほどに、トリスタンを動揺させる一言だったのだ。
その数分後。
ゼーレが唐突に、上半身をむくりと起こした。意識が戻ったようである。
彼はトリスタンの姿を発見するや否や、尋ねる。
「……ここは?」
それに対しトリスタンは、「宿だよ」とだけ返した。
そっけない言い方だ。その声は、マレイに話す時の優しい声とは別人のような、淡々とした声である。
「相変わらず愛想が悪いですねぇ……」
「偉そうなことを言わないでくれるかな。君をここまで運んだのは僕なんだから」
空気は凍りつくように冷たい。
もし仮に、この場にマレイがいたとしたら、きっと胃を痛めていたことだろう。
「ゼーレ。ちょっといいかな」
氷河期のような空気が漂う中、先に話を切り出したのはトリスタン。
「……何です」
「君はマレイちゃんのことが好きなの?」
トリスタンの真っ直ぐな問いに、割れた仮面の隙間から覗くゼーレの顔面が一瞬強張る。しかしゼーレは、すぐに、普段通りの表情に戻った。
「……はっ。馬鹿らしい。そんなこと、ありえないでしょう」
否定するゼーレに、トリスタンは言葉を重ねる。
「眠っている時、『愛しい』とか言っていたけど、あれは?」
「何です、それは。ただの聞き間違いでしょう」
「いや、間違いなく言っていたよ。だって、僕はこの耳で聞いたからね」
執拗に言われ、眉を寄せるゼーレ。
「私には意味が分からないのですが」
「だからね。君が眠っている時に、マレイちゃんのことを『愛しい』って言っていたんだよ。あれは何?マレイちゃんを好きってことじゃないの?」
するとゼーレは、急に態度を変える。
「もしそうだったら……どうするつもりです?」
ゼーレは片側の口角を微かに持ち上げ、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。少し遊んでやろう、とでも思ったのかもしれない。
「僕としては、はっきりしてもらいたいところだね。好きなのか、そうじゃないのか、どっちなのかな」
トリスタンの表情は真剣そのものだ。
彼の青い双眸は、鋭い光をたたえながら、ゼーレをじっと見つめている。戦闘時ほどではないが、それに近しいくらいの、真剣な目つきだ。
そして、暫し沈黙。
長い静寂が部屋を包み込んだ。
トリスタンもゼーレも、何も言葉を発さない。先に口を開いた方の負け、というゲームをしているかのように、どちらも何も言わない。まさに黙り合いである。
もともと意地を張るようなところがある二人だ。こういうことになるのも仕方がない。
もっとも、マレイがいる時なら、話は別なのだろうが。
「……カトレアは今どこにいるのです?」
長い沈黙を先に破ったのはゼーレ。
黙り合いが始まり、既に十数分ほどが経った時であった。
「まだ砂浜にいるよ」
愛想なく答えるトリスタン。
「まったく、不愛想な男ですねぇ……ま、問いに答えるだけまだましですが」
そっけない態度をとられ続けているゼーレは、半ば独り言のような愚痴を漏らしていた。
しかしトリスタンは無視をする。
その態度に、「話にならない」と思ったのか、ゼーレは再び上半身を倒した。ベッドに横たわり、天井をぼんやりと眺めている。
一方のトリスタンはというと、室内にある椅子に腰をかけながら、瞼を閉じ、唇を一文字に結んでいた。ゼーレと関わりたくない、という気持ちが、態度に露骨に表れている。
その後も沈黙は続いた。
マレイのいない空間でゼーレとトリスタンが共存するのは、かなり難しいようだ。間に入るクッションのようなマレイがいれば何とかなるが、二人だけとなると、弾き合うばかり。
どうしようもない。
- Re: 暁のカトレア ( No.80 )
- 日時: 2018/08/09 00:18
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: .YMuudtY)
episode.73 優しい言葉と懐かしい香り
ゼーレをトリスタンに託した後、私はもうしばらく戦いを続けた。シブキガニからダリアを護るための戦いを。
その中で私は、フランシスカによる上空からの攻撃や、グレイブの迫力がある槍術を、じっくりと見ることができた。
シブキガニと戦いはしたが、最前線に合流したわけではなかったためだ。入った位置がやや後方寄りだったため、多少は余裕があったのである。
「大丈夫か、マレイ」
シブキガニ退治がある程度済んだ時、グレイブが私のところへやって来てくれた。
「あ、グレイブさん!はい。大丈夫です」
長きにわたる激しい戦いで、彼女は汗だくになっていた。だがそれでも美しい。汗で湿った黒髪が心なしか肌に張り付いている様は、言葉にならない色気を醸し出している。
「ゼーレは撤退したのだったな」
「はい。宿で手当てしてもらえていると思います」
「そうか。それなら——」
首を傾げていると、グレイブは私の肩をとんと押した。
「様子見に行ってやれ」
グレイブの血のように赤い唇から出たのは、思いの外優しい言葉。
彼女はゼーレを憎んでいる。そう思っていただけに、少々意外だ。
……いや、もしかしたら、彼女が気を遣っているのはゼーレでなく私なのかもしれないが。
「え、でも……」
「構わん、行ってくれ。ここは私たちに任せておいてくれればいい」
潤いのある漆黒の瞳は、私の姿をくっきりと映していた。それに気づくと、一層じっと見つめられているような気がして、何とも言えない気持ちになる。
「こちらのことは気にするな」
そう言って、ふふっ、と笑みをこぼすグレイブ。
いつも引き締まっている美しい顔が僅かにでも緩むと、なおさら魅力的に見える。完璧な者のちょっとした隙が良いのかもしれない。
「あ、ありがとうございます」
私はグレイブの言葉に甘えることにした。
戦場において、甘えなど許されたことではない。それは私だって分かっている。けれども、彼女が言ってくれたのだから、今くらいは甘えたって、ばちは当たらないだろう。
そして私は、高台の方へ走り出す。
目的地は、ゼーレがいるであろうアニタの宿だ。
アニタの宿へ着き、中へ入ると、料理中のアニタとばっちり目が合ってしまった。久々だからか少し気まずい。
「マレイ、久しぶりだね」
フライパンを動かし卵料理を作っている最中のアニタは、入ってきた私にすぐ気づいた。そして声をかけてきた。
私が少し気まずい思いをしていることなど、微塵も考慮しない。
「お久しぶりです、アニタさん」
「仕事頑張っているのかい」
「少しずつですが、頑張っています」
こうして言葉を交わす間も、アニタは、地道に料理を続けている。
スクランブルエッグの上にかける胡椒の香りが懐かしい。
「そうかい。それなら良かった」
彼女はそこで言葉を切った。トリスタンやゼーレのことは何も言わない。どうやら、こちらから聞かなくてはならないようだ。
なので私は尋ねてみる。
「少し前に怪我人が運ばれてきませんでしたか?」
いきなりこんなことを尋ねて、おかしくはないだろうか。そんなことを思い、一瞬躊躇いそうになってしまう。だが、だからといって放置するわけにもいかないので、はっきりと聞いてみた。
するとアニタは、思い出したように、はっとした顔をする。
「そうだった、忘れていたよ。怪我人の手当てはちゃんとしたから」
フライパンから皿へ、スクランブルエッグを移しながら、アニタは述べた。
そして、スクランブルエッグの乗った皿へ胡椒をかけつつ、続ける。
「あっちの個室へ案内したから。会いたきゃそっちへ行ってみな」
「ありがとうございます!」
アニタに言われた通り、私は一階の個室へと向かった。
一階にある個室は三つだけ。しかも、そのうち二つは客用ではない。だから、アニタが「そっち」と示す部屋がどこなのかは、すぐに分かる。一階にある唯一の客室は、一人客用の狭い部屋一つだけなのだ。
コンコン、と軽くノック。
そして、ゆっくりと扉を押し開ける。施錠されていて開かなかったら少し恥ずかしいなと思ったが、扉はいとも簡単の開いた。鍵はかかっていなかったようだ。
「マレイちゃん!」
室内へ入って数秒も経たないうちに、トリスタンの声が耳へ飛び込んできた。
「トリスタン!それに、ゼーレも!」
二人の姿を見つけ、私は思わず駆け寄る。
ゼーレは一つだけあるベッドの上で横たわっており、トリスタンはその付近に置かれた木製の椅子に腰かけていた。
無事な二人の姿を見ることができ、非常に嬉しい。
「トリスタン。運んでくれて助かったわ!ありがとう!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
まず最初に、ゼーレをここまで運んでくれたトリスタンへ、感謝の意を述べる。するとトリスタンは、顔面に花を咲かせていた。
そして次はゼーレだ。
私はベッドの方へ視線を向け、仰向きでベッドに横たわるゼーレに声をかける。
「ゼーレ。体は平気?」
「……カトレア、ですか」
顔を覆っていた銀色の仮面は、やはり、ところどころ割れている。そのせいで、一部肌が露出していた。こちらをぼんやりと見ている瞳は、まだどこか虚ろだが、翡翠のような色である。
「やっぱりまだ辛い……わよね?」
「いえ。もう問題ありません」
ゼーレはきっぱりと答える。
だが、様子を見ている限り、「もう問題ない」といった感じではない。
「ごめんなさい、こんなことに巻き込んでしまって。どうか、せめて今はゆっくり休んで」
するとゼーレは、金属製の片腕を、音もなくそっと伸ばしてくる。
私はその手を握った。
彼の意図は不明だ。ただ、なんとなく、その手を握らなくてはならないような気がしたのである。これといった具体的な理由があるわけではないが、その手をとった方がいい気がした。
つまりは、「握りたくなった」ということなのかもしれない。
「……カトレア」
「何?」
「くれぐれも……自身を責めたりはしないで下さいよ」
なぜこんなことを言うのだろう。今私の脳内には、疑問符しかなかった。
ゼーレはひねくれた人だ。根っからの悪人ではないが、事あるごとに嫌みを言う、厄介な性格の持ち主。
そのはずなのに、どうして——。
- Re: 暁のカトレア ( No.81 )
- 日時: 2018/08/09 17:43
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: okMbZHAS)
episode.74 それでも思う
自身を責めるな、なんてゼーレらしくない。
ひねくれた性格の彼のことだから、「貴女のせいですよ」くらい言いそうなものなのに。
「らしくないわよ、ゼーレ。そんなこと言うなんて」
「そう……ですかねぇ」
「貴方が嫌みじゃないことを言うと、何だか不安になるわ」
何げに結構失礼なことを言ってしまっている気がするが、これはまぎれもない事実なのだ。
初めて出会った日から、つい最近まで、彼はいつだって嫌みを言っていた。どんな状況下であっても、彼の口がたどり着くのは、人を馬鹿にするような言葉。どうしようもないくらい、そうだった。
だから、嫌みのない発言をしている彼を見ると、不思議な感じがするのだ。良くないことの前兆、といった感じすらする。
「マレイちゃん。多分ゼーレは、嫌みを言う元気すらないんだよ」
一人不安になっていた私に、話しかけてきたのはトリスタン。
端整な顔立ちと、そこに浮かぶ曇りのない笑みが、極めて印象的だ。
「そうなの?」
「うん、多分ね。結構なダメージを受けているみたいだったし」
「そっか……」
トリスタンが教えてくれたおかげで、ゼーレが嫌みを言わない理由が分かった。それは良かった。だが、嫌みを言う元気すらない、というのは問題だ。そんなに弱っているのなら、放ってはおけない。
悶々としていると、唐突にトリスタンが質問してくる。
「誰がゼーレにこんなことを?あのカニ型?それともリュビエ?」
「ボスよ」
するとトリスタンは目を見開いた。中央に位置する青い瞳は震えている。
「ボスってあの、赤い髪の?」
「そうよ……って、どうして知っているの?見ていたから?」
「捕らわれていた時に、一度だけ会ったからだよ」
それを聞き、その発想はなかった、と感心した。いや、感心している場合ではないのだが。
「そうだったの!」
「うん。まぁ、会ったと言っても、ほんの少しだけなんだけどね」
「何か言っていた?」
少しでも何か情報があるかと、軽く尋ねてみる。
しかしトリスタンは首を左右に動かすだけだった。
「ううん。情報は何も聞き出せなかった」
「そう……」
トリスタンが得た情報を隠すということはないだろうから、本当に何も聞けなかったのだろう。一つか二つくらいは何か聞けたものかと思っていただけに、残念な気分だ。だが、仕方がない。
その時、しばらく眠りに落ちていたゼーレが、もぞもぞと動き始めた。
すぐに顔をそちらへ向ける。すると彼の翡翠色の瞳と目が合った。
仮面が割れたことで目と目が合いやすくなったのはいいが、彼と目が合うことにまだ慣れないので、変に緊張してしまう。トリスタンと、ならだいぶ慣れたのだが。
「そうだ。ゼーレ、その仮面、もう外せば?」
私は思いつきで提案してみた。
どのみちもう仮面を装着する必要はないだろうから、と。
しかしゼーレは首を横に動かす。
「それは……お断りします」
「どうしてよ。もう要らないでしょう」
それでもゼーレは頷きはしなかった。
「人前で表情を晒すなど……恥を晒すも同然ですからねぇ」
なぜそんなことを思うのだろう、と、不思議で仕方がない。
表情を晒すことが恥を晒すことと同義であるのなら、私を含む誰もが、仮面か何かで顔を隠しているはずではないか。しかし実際のところ、顔を隠している者などほとんどいない。それが、表情を晒すことと恥を晒すことが同義ではない、という証拠だ。
ただ、ゼーレは心からそう思っている様子。
ということは、もしかしたら、育ってきた環境による影響かもしれない。
「誰にそんなことを教えられたの?」
私はゼーレに直接聞いてみることにした。本人に尋ねるのが一番早いと思ったからだ。
すると彼は、静かな声色で答える。
「……感情は無駄だと、そう私に教えたのはボスです」
そう話すゼーレの翡翠のような瞳は、どこか悲しげな色を湛えている。
「ただ、問題はそれ以前に……私が感情を持っていたこと……」
「違う!」
私は思わず声をあげていた。周囲が驚くような大きな声を。
「あ……ごめんなさい。でも、違うわ、ゼーレ」
周囲は彼が感情を持つことを責めたかもしれない。
環境は彼が感情を持つことを否定したかもしれない。
だが、それは違う。
「いいのよ、泣いたって笑ったって。それが他人に見えたって、何の問題もないの」
「……はぁ」
彼はこれまで多くのものに否定されてきたのだろう。
それゆえにこれほどひねくれたのだと、私は思う。
だから、だからこそ、私は彼を肯定してあげたい。すぐにすべてを理解して肯定することはできずとも、少しずつでも近付けるように、そっと寄り添っていたいと思う。
「だから仮面を外して。貴方はもう、本当の貴方を見せていいの」
トリスタンは口出ししないで見守っていてくれた。ありがたいことだ。
「ね?」
私はゼーレの瞳をじっと見つめた。
思いが届くように、と。
暫し沈黙があった。
海のように深く、森のように静かな、そんな沈黙が。
ゼーレは私の顔に視線を向けている。眠っているわけではない様子だ。なのに何も言わない。それがよく分からなくて、この胸の奥に潜む不安を掻き立てる。怒らせてしまったのだろうか、などと余計なことを考えてしまう。
不安に駆られた私は、つい、彼から視線を逸らしてしまった。
怒らせただろうか。あるいは、傷つけただろうか。関係が壊れてしまったらどうしよう。そんな感情ばかりが込み上げてくる。
気になるなら聞けばいいじゃないか、と思われるかもしれない。だが、それはそれでできないのだ。尋ねようと思っても、「それによって余計に嫌われたら」と考えてしまうのである。
なんだかんだで、私は何も発することができずにいた。
やがて。
長い長い沈黙の果て、ゼーレはようやく口を開く。
「……ありがとう、ございます。ただ、私には……無理ですねぇ」
ゼーレは言いにくそうに、一言一言、紡いでいく。
「人はそれほど……すぐには変わりません」
最後まで言い切った後、彼はこれまでで一番切ない笑顔を作った。
それはまるで、世界の終焉の直前に見る、束の間の夢のようだ。儚さで作られたガラス細工のような、見る者まで切なくさせる表情である。
ただ、その何とも言えない表情は、ゼーレが変わったということを証明していた。
あの夜私からすべてを奪い、恐ろしい記憶を植え付けた男。彼はもう、この世界にはいない。私は今、迷いなくそう思う。
そんなことを言えば、あの夜犠牲となった者たちに、厳しく叱られるかもしれない。「許すのか!」と詰め寄られるかもしれない。
だがそれでも私は思う。
今この瞬間を生きるゼーレは、あの夜のゼーレではないのだと。
- Re: 暁のカトレア ( No.82 )
- 日時: 2018/08/11 23:09
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: lyEr4srX)
episode.75 じゃあさ
その日の夜。
私が宿泊するのは、二階の西寄りにある一室だった。
二人部屋のため、さほど広くはない。だが、なぜか二人部屋を私一人が使うという状況になっていたため、やや広く感じられた。ベッドも椅子も二つづつ。それなのに使うのは私一人。贅沢と言えば贅沢なのだが、できれば誰かがいてくれる方が良かった。一人きりは寂しい。
私は二つ並んだベッドの片方に、仰向けに寝転び、天井をぼんやりと眺める。その頭には、ゼーレやトリスタンのことが浮かんでいた。
……って、そんなことを言ったら男好きみたいじゃない。
一応弁明しておくと、単に男が好きというわけではない。
ただ、最近二人の様子が、妙に気になるのだ。気になって仕方がない。
休めと言われているにもかかわらず黙ってついてくるという、非常に大胆な行動をとったトリスタン。素直な発言をし妙に繊細な表情を浮かべる、今までと雰囲気が変わってきたゼーレ。
私には、二人がよく分からない。
コンコンと軽いノック音が聞こえてきたのは、私が、考え込んで悶々としていたちょうどその時だった。
こんな夜に尋ねてくるなんて誰だろう、と怪しみつつも、「はい。どなたですか?」と声を出してみる。もちろん扉は閉めたままで、だ。
すると、扉の向こうから、「僕だよ」と答える声が聞こえてきた。声は「トリスタンだよ。ちょっといいかな」と続ける。その声が彼のものであると判断した私は、偽者だったらどうしようと少々恐れつつも、扉を開けた。
「夜遅くに、突然ごめんね」
扉を開けると、そこには、トリスタンが立っていた。
それを目にして、私は内心、ほっと安堵の溜め息を漏らす。
一つに束ねたさらさらの長い金髪。浮世離れした端整な顔立ち。そして、薄暗い中でさえ目立つ、深海のような青の瞳。
これほど精巧な偽者が存在するわけがない。
「急にどうかしたの?トリスタン」
「ちょっと話があるんだ。今大丈夫かな」
「えぇ、大丈夫よ。入る?」
トリスタンはここへは来ていないという話になっているはずだ。だから、極力ばれない方がいい。
シブキガニとの戦闘が始まる直前に一瞬トリスタンを見てしまったフランシスカは、「気のせいだろう」と言っておくことで何とかごまかせた。しかし、もしこのシーンをグレイブに見られたりなんかすれば、間違いなくややこしいことになる。
だから私は、彼を、室内に入るよう促したのだ。
「マレイちゃんがそう言ってくれるなら、少しお邪魔するね」
トリスタンは案外すんなりと部屋に入ってきてくれた。
速やかに扉を閉める。
これでグレイブには見つかるまい。ひとまず安心だ。
「どこにいたらいいかな?」
「好きなところでいいわ」
「ありがとう。マレイちゃんは優しいね」
「優しいなんて言われるようなことは何もしていないわ」
そんな会話をしながら、トリスタンはベッドに腰かけた。
先ほどまで私が寝転んでいたのとは違う方のベッドに、彼は座っている。なので私は、先ほどまで寝転んでいた方のベッドの上に、そっと座った。
ベッドとベッドの間は二メートルほど離れているため、これなら近くなりすぎないのだ。もちろん遠すぎることもないため、話をするにはちょうど良い距離だと思う。
「それで、話って何?」
二人ともがベッドに座り、少し経ってから、私は改めて尋ねてみた。
夜分に部屋を訪ねてくるくらいだ、何か大切な話なのだろう。そう思ったからである。
「いきなりこんなことを聞くなんておかしいって思われるかもしれないんだけど、それでもいいかな」
口を開いたトリスタンの表情は真剣そのものだ。
「えぇ、もちろんよ。おかしいなんて思わないわ」
彼の真剣な表情に戸惑いつつも、はっきりと返した。
すると彼は、決意したように一度頷き、唇を動かす。
「マレイちゃんは、ゼーレのことをどう思っているの?」
「……え」
「ゼーレのこと、男の人として見ているのかな」
私は暫し何も返せなかった。
だって、トリスタンからそんな問いが出てくるとは、ほんのひと欠片も思わなかったから。
予想外のことに素早く対応するのが苦手なのだ、私は。
「最近仲良くしてるよね。マレイちゃんがゼーレに対して抱いているものって、もしかして、恋愛感情?それとも、ただの仲間意識?」
冗談を言ってごまかせる空気ではなかった。
だが——そんなことを急に聞かれてもよく分からない。
「こんな聞き方は直球すぎかなとも思ったんだけど、ちょっと、気になって」
トリスタンの整った顔は、じっとこちらを向いている。目は心なしか伏せ気味だが、私から視線が逸れるといったことはない。
「何かあったの?」
時間稼ぎも兼ねて聞いてみた。
すると彼は、シーツをぎゅっと握りながら、小さな声で返してくる。
「……ゼーレがマレイちゃんのことを『愛しい』って言っていたんだ。半分寝言みたいな調子ではあったけど。でも、完全な寝言にしてははっきりしていてね」
私は思わず怪訝な顔をしてしまう。ゼーレがそんなことを言っているところなんて、まったく想像がつかないから。
「本当にそんなことを?」
「間違いないよ。付き添っていた時に聞いてしまったんだ」
「ゼーレは結構重傷だったもの、夢でも見ていたんじゃない?」
それ以外の可能性など、どうやっても考えられない。
だってゼーレは言っていたではないか。運命が許さない、と。あれほど迷いのない口調でそう言っていたゼーレが、私を愛しく思っているはずなどない。
人はそれほどすぐには変わらない——これもまた、彼が述べた言葉だ。
「きっと夢を見ていたのよ」
「僕は違うと思う。ゼーレは、君に優しくしてもらって、勘違いしているんだよ。きっとそうだ」
私は咄嗟に首を横に振る。
「いいえ!それはありえないわ!」
普通に言ったつもりだったが、予想外に大きな声が出た。私はすぐに「ごめんなさい」と謝る。
「あのね、トリスタン。私はゼーレに優しくしてなんてないの」
私は彼を何度も傷つけてしまった。
たとえば、トリスタン救出の後、グレイブと三人でいた時。私は保身のために心ない言葉を吐いた。
列車の中での喧嘩だって、私がきつく言い過ぎたことが原因だ。
「ゼーレのこと、何度も傷つけたわ。それについて言及してはこなかったけれど、それは彼が優しいから。多分……私のこと、あまり好きじゃないと思うわ」
そこまで言いきった時、トリスタンは唐突に立ち上がった。何事かと思っていると、彼はこちらへ歩いて接近してくる。意図が掴めない。
「じゃあさ」
戸惑っているうちに、ベッドの上に押し倒される。
たいして筋肉質でもないように見えるトリスタンだが、男性なだけあって、意外と力が強い。さほど力のない私などでは、抵抗できそうになかった。
「ゼーレのことは忘れて、僕だけに集中してくれる?」
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