コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.43 )
- 日時: 2018/06/17 01:29
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: n1enhNEv)
episode.38 初陣
「総員、配置につくように」
新しく仲間入りした私の紹介を終えた後、グレイブは、落ち着きのある声で隊員たちに告げた。
そして、私とトリスタンのいる方へ顔を向ける。
「二人は後方待機を頼む」
グレイブの声は淡々としていた。
信じられないほど落ち着き払ったその声は、今から戦場へ赴く者のそれとは思えない。
「後方で大丈夫ですか?」
トリスタンが真剣な顔で尋ねると、グレイブは腕組みをしながら答える。
「まぁ大丈夫だ。お前が前線から下がるのは、正直少し痛くはあるが、マレイを一人にするのは危険だからな。仕方がない」
彼女の漆黒の瞳は、トリスタンを捉えていた。
しかし、彼女がトリスタンへ向ける視線は、他の女性たちのものとは違う。グレイブはトリスタンを異性としては見ていないからだと思われる。
「前はよろしくお願いします」
「あぁ。任せてくれ」
トリスタンと言葉を交わすグレイブの態度は、淡白で、まるで男同士であるかのような雰囲気だ。
その後、トリスタンは軽く微笑みながら、私の方へと視線を向ける。
「マレイちゃん、行こうか」
「え、えぇ。そうね。ありがとう」
「ふふっ。今日のマレイちゃん、なんだか丁寧だね」
「そう?おかしかった?」
動くたび揺れる絹糸のような金髪。青く澄んで私の姿を映す瞳。
幻想的、という言葉が相応しい彼の容姿は、いつもと何一つ変わらない。戦いの前だというのに、穏やかな微笑みさえ普段通りだった。
グレイブと別れ、トリスタンと二人で、配置されている場所へと向かう。
夜間というのもあって、基地内は薄暗い。もちろん真っ暗なわけではなく、明かりもあることはあるが、十分な視界とは言えない薄暗さだ。
ぼんやりしていると、はぐれてしまいそうである。
「マレイちゃん、平気?」
狭い廊下を歩いていた時、隣を行くトリスタンが、唐突に話しかけてきた。柔らかな声色だ。
「えぇ、もちろん」
私は若干強がって返した。
だって、今さら弱音を吐くなんて情けないじゃない。
「暗いけど、怖くない?」
「もちろん」
「本当?表情が固いけど、本当に怖くない?」
うっ……。
あまり突っ込まないでほしい。
「……正直、緊張はするわ。初めてのことだもの」
私は表情まで繕えるような器用な人間ではない。だから、本心が顔に出る。強がりを言ったところで、トリスタンにはばれてしまうだろう。
だから、偽りの言葉を述べるのは止めることにした。
私の顔をよく見ているトリスタンの前では、嘘など、何の意味も持たないだろうから。
「戦いなんて、したことがないもの……」
ほんの数週間前まで、宿屋の従業員として働いてきたのだ。
こんな未来、想像してもみなかった。
すると、トリスタンはいきなり、私の手を握ってくる。「安心して」と言って微笑みながら。
相変わらず、驚くべき唐突ぶりだ。
「僕がいるから大丈夫。もし危なくなったら、僕がマレイちゃんを護るよ」
そして最後に、くすっと笑って、「あの時みたいにね」と付け加える。いたずらな笑みを浮かべるトリスタンは、どこか子どものようにも見えて、愛らしかった。
化け物の襲撃を告げるけたたましい警報音が、私の身を引き締める。この騒がしい警報音にもそろそろ慣れてはきたけれど、戦闘員の一人として聞く、という意味では新鮮だ。
トリスタンは既に、白銀の剣を抜いている。
「もし敵が来たら、マレイちゃんは僕の後ろから援護してね。基地付近だし、多分まだ当分来ないと思うけど」
「えぇ。やってみるわ」
私たちの持ち場は基地付近だ。
ほぼ基地内と言って差し支えのくらいの位置なので、かなり後方である。
「光球でいいからね」
「分かったわ」
そのくらいなら私にもできるかもしれない、と思った。
初陣をただの恥さらしで終わらせるわけにはいかない。トリスタンのためにも、帝国軍のためにも、少しでも役に立たなくては。
そうでなくては、私がここへ来た意味がない。
——それから十数分後。戦いの時は、唐突にやってきた。
私とトリスタンの前に化け物が現れたのだ。
化け物は狼のような姿をしていた。四足歩行で、赤い歯茎を剥き、白い牙が目立っている。私は見たことのないタイプの化け物だ。
「来たね」
白銀の剣を改めて構えるトリスタン。
その表情は、固く、真剣さに満ちている。
「いいね、マレイちゃん。あまり前へ出ちゃ駄目だよ」
「え、えぇ」
私は怯えつつも頷く。
何とか気をしっかり持とうとするが、脚の震えが止まらない。
「……気をつけて」
半ば祈るようにそう呟き、彼の背中を見守る。リュビエの時のようにトリスタンがまたやられたら、と一瞬考えてしまったが、すぐに首を振り、「大丈夫」と自分に言い聞かせた。
——刹那。
狼型の化け物がトリスタンに向かって走り出す。爛々と輝く瞳と、鋭い白色の牙が、大迫力だ。離れたところから見ているだけでもゾッとする。
しかし、トリスタンは冷静そのものだった。
狼型化け物が飛びかかってくる瞬間に狙いを定め、彼は、白銀の剣を下から上へと一気に振り上げる。輝く刃が化け物の身を裂く。
「よし」
トリスタンは納得したように小さく漏らす。
だが、それだけでは終わらなかった。トリスタンが襲いかかる狼型化け物を斬った直後、周囲に何匹もの狼型化け物が現れたのである。
一匹で突っ込んでくるただの馬鹿ではなかったらしい。
「囲まれてるわ!」
すぐには気づけなかったのだが、狼型化け物は、私たちを取り囲むような位置についていた。
「ど、どうする?」
「どうもしない。撃退するだけだよ」
「でも、数が多いわ」
額に冷や汗が浮かぶのを感じる。
敵に取り囲まれているという事実は、私の強くはない心をぐりぐりと痛めつけてきた。
「マレイちゃんは光球を連射して、化け物を極力寄せ付けないようにしてくれるかな」
「分かったわ、やってみる」
右手首の腕時計に指を当て、トリスタンに指示された通り、赤い光球を放つ。グレイブとの実力試験の時を思い出して、連射し続けた。
命中率はあまり良くない。というより、もはやほとんど命中していない。撃ち出す光球の八割以上が、化け物本体ではなく地面に当たっていた。
「ごめんなさい、トリスタン!当たらないわ!」
威力自体は実力試験の時より上がっている気がする。それは恐らく、実力試験の時より危機的状況だからだろう。だが、いくら威力があろうとも、当たらなければ意味がない。地面に当たったところで、砂煙を巻き起こすだけである。
「大丈夫、続けて」
トリスタンは冷静だった。そして、彼が冷静でいてくれるおかげで、私も何とか取り乱さずに済んだ。二人でいたことは正解だったと思う。
狼型化け物は恐ろしい。
だが、きっと大丈夫だ。
私は心を落ち着けるよう意識し、赤い光球を放ち続けた。
- Re: 暁のカトレア ( No.44 )
- 日時: 2018/06/17 14:50
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 4mrTcNGz)
episode.39 背中合わせ
私の光球が砂煙を舞い上げる中、トリスタンは狼型化け物を斬っていく。
砂煙のせいもあり、視界は極めて悪い状況だ。それはきっと私だけではないはず。トリスタンも同じだろう。
けれど、そんな環境下でも、トリスタンの動きは衰えてはいない。彼の青い双眸は、迫りくる化け物たちを確実に捉えていた。
帝国軍の制服でもある白色の衣装をまとったトリスタンは、宙を舞い、剣を振り、人間離れした動きで化け物を圧倒していく。一つに結われた金髪は、体の動きにあわせてなびき、黄金の弧を描いている。
つい見惚れてしまうような、美しい光景だった。
刹那。
「マレイちゃん!後ろ!」
トリスタンの叫び声が、耳へ飛び込んでくる。彼らしからぬ鋭い叫びだった。
半ば反射的に振り返る。
すると、狼型化け物の一体が、私に向かって迫ってきているのが見えた。白い牙を剥き出しにしている。今にも噛みついてきそうな勢いだ。
「……っ!」
私は詰まるような声を漏らしつつ、右腕をそちらへと向け、赤い光球を撃ち出す。離れた的を狙い撃つほどの精度はないが、この近距離なら掠りくらいはするだろう、と思ったからである。
右手首にはめた腕時計から放たれた光球は、襲いかかってくる狼型化け物の体に命中した。
私にしては大成功だ。
だが、一発で倒せるほど、狼型化け物は弱くなかった。
胴体部分に光球を受けながらも、そのままこちらへ突っ込んでくる。
「トリスタン!助けて!」
真後ろで剣を振るうトリスタンに叫んでみたが、声は届かなかった。その間にも、化け物は接近してきている。
——自力で何とかするしかない。
私は覚悟を決めた。
すぐトリスタンに頼ろうとしてしまうのは、私の悪いところだ。今は化け物狩り部隊の一員として戦場に立っているのだから、彼に頼るなど許されないことである。新米だとか、初めての戦場だとか、そんなことは関係ない。
「やるしか……ない」
独り言のように呟いた後、身構える。
こちらへ迫りくる狼型化け物とは、もう数メートルほどしか離れていない。私に与えられた猶予は、長く見積もっても十秒くらいだろう。
化け物が近づく恐怖が全身を駆け巡る。
けれど、これはただの危機ではない。危機は危機でも、ある意味ではチャンスなのだ。ここまで近ければ、私の光球はほぼ確実に当たる。
「お願い。当たって!!」
私は半ば神頼みのような発言をしながら、赤の光球を再び撃ち出す——つもりだった。
しかし、放たれたのは光球ではなく、光線。
炎のように赤く、目が痛むほどに眩しい。そして、太い。ダリアで巨大蜘蛛の化け物に襲われた時に、奇跡的に放ったあれに似ている。
そしてその光線は、気づけば、目の前の狼型化け物に突き刺さっていた。
「え……?」
思わず情けない声を漏らしてしまう。思っていたものと違うものが出たからだ。
襲いくる化け物は退けられた。
ただ、化け物を退けられたことよりも、光球でなく光線が出たことの方が驚きである。
そこへ、敵を斬り終えたトリスタンが戻ってくる。
白色が美しい帝国軍の制服をまとい、長い金の髪をなびかせる彼は、戦いの直後とは思えぬ涼しい顔だ。若干息が乱れていることを除けば、普段とほぼ変わらないと言ってもおかしくはない。
「やったね、マレイちゃん」
彼はさりげなく褒めてくれた。
こうして褒めてもらえると、やはり嬉しい。実力ではなく奇跡だと分かってはいても、嬉しいことに変わりはない。
「ありがとう、トリスタン」
「感謝されるほどのことじゃないよ」
私が感謝の意を述べると、トリスタンははにかみ笑いを浮かべる。
いつもの穏やかな笑みとはまた違った雰囲気があって、これはこれで魅力的だと思った。
そんなことで安堵したのも束の間。
またしても狼型化け物が現れた。数は先ほどより少ないが、威嚇する表情の迫力は凄まじい。
「まだ来るの!?」
「マレイちゃん、落ち着いて。動きは把握したから、もう大丈夫だよ」
やはりトリスタンは冷静だ。
だが、息があがっているのが、どうしても気になってしまう。
あれだけ動いたのだから当然と言えば当然なのだが、呼吸が乱れているというのは、どうしても不安な気持ちになる。
「まだ戦える?」
背中合わせに立ちながら、背後の彼に向けて尋ねてみた。
すると彼は、真剣な表情で頷く。
「問題ないよ。僕はまだいける」
白銀の剣の、細く長い刃には、薄紫色をした粘液がこびりついている。恐らくは化け物を斬った時に付着したものだろう。
「だからマレイちゃんは、自分の身を護っていて」
「トリスタンの援護は?」
「大丈夫。狼型となら、僕一人でも十分戦える」
はっきりと述べるトリスタン。
しかし私の心には不安が渦巻いている。トリスタンがやられたらどうしよう、なんて必要のない不安が、湧き上がってきて仕方ない。
けれど、止めるわけにはいかないのだ。
化け物と戦うことは、トリスタンの仕事。だから、たとえ不利であったとしても、そんな理由で引き留めるというのは違う。「戦うな」と言うことは、「働くな」と言うことと同義なのだから。
「……分かったわ。でも、気をつけて」
念のため言っておく。
これは、彼が必要としている言葉ではないだろうが、私にはこれくらいしか思いつかなかったのだ。
「うん。ありがとう」
するとトリスタンは、そう言って、ほんの少し笑みを浮かべる。ほんの少し恥じらうような、繊細な表情だ。
そして彼は、剣を抱え、再び戦いの場へと飛び出す。
私は、言葉では表し難い不安を抱きながらも、トリスタンを見送った。彼ならきっと大丈夫。そう信じて。
- Re: 暁のカトレア ( No.45 )
- 日時: 2018/06/18 21:27
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gF4d7gY7)
episode.40 緑の女と空飛ぶ少女
白銀の剣を手に、トリスタンは化け物を確実に切り裂いていく。その華麗な動きといったら、彼の美しい容姿と相まって、まるで神聖な舞のようだ。
私は言葉を発することなく、彼の戦う姿を見守っておく。
そんな時だった。
狼型化け物の一体が、彼の背後に迫る。
「トリスタン!危ないっ!」
私は半ば無意識に叫んだ。
その声を聞き、トリスタンは振り返る。しかし、間に合わない距離まで接近されていた。
このままではトリスタンが怪我をする、と思い、私は咄嗟に右腕を伸ばす。そして光球を放つ。
放たれた深紅の光球は、狼型化け物の足下を掠める。化け物の意識がこちらへ向く。
……よし!
今度は私が危険な状況に陥っていることは間違いない。だが、既に何体もの化け物を相手にしているトリスタンがさらに背後から狙われるよりかは、ましだろう。
狼型化け物は、目標を、トリスタンから私へと変える。
「マレイちゃん!?」
私の方へ向かう狼型化け物の姿を見、トリスタンは驚きの声をあげた。信じられない、といった風に目を見開いている。
「こっちは大丈夫!」
根拠のないことを叫んだ。
私は弱い。大丈夫な保証など、どこにもありはしない。それでも私は、迷いのないはっきりとした声で言った。
第三者には馬鹿だと笑われるかもしれない。ただ、それが今の私にできるすべてだったのである。
それからどのくらい経っただろう。どこからともなく、カツンカツンという足音が聞こえてきた。
「見つけたわよ。マレイ・チャーム・カトレア」
振り返ると、女性の姿が視界に入った。
蛇のようにうねった緑色の髪。黒いボディスーツに包んだ凹凸のある体。全身から溢れ出るミステリアスな色気。
間違いなくリュビエだ。
「リュビエさん……!」
トリスタンはまだ気づいていない様子である。
「久しぶりね」
「……何のご用ですか」
私は身を固くしつつ、低い声で尋ねる。
彼女はどんな手を使ってくるか分からない。だから、ほんの一瞬さえ警戒を怠るわけにはいかない。
「マレイ・チャーム・カトレア。今日は覚悟してもらうわよ」
「狙いは……私?」
「そうよ。あのゼーレとかいう馬鹿が何度も逃すものだから、ボスがお怒りなの。だからあたしがこうして迎えに来たってわけ」
リュビエは不満げに話す。ゼーレが私を捉え損ねたことに苛立っているのだろう。
「さ。一緒に来てちょうだい」
「お断りします」
「ふん。そう言うと思ったわよ」
リュビエへの警戒は続けたままで、後ろのトリスタンを一瞥する。
距離がそこそこあるため詳しくは見えないが、どうやら、まだ狼型化け物と戦っているようだ。
「だから、強制的に連れていくわ」
彼女は長く美しい指のついた手を、私がいる方に向けて出す。
すると、それを合図として、細い蛇の化け物たちがこちらへ向かってくる。一匹一匹は細いが、数が凄まじい。
ゼーレの蜘蛛に比べればまだましだが、かなりえげつない光景だ。
「強制できるものではありません!」
私は敢えて強気に言い放つ。
そして、右手首の腕時計から、赤い光球を撃ち出した。
「来ないで下さい!」
トリスタンの力を借りられない危険な状況にあるからというのもあってか、光球はそこそこの威力を持っていた。
次から次へと迫りくる蛇たちを、光球は、確実に潰していく。
「あらあら。少しはやるようになったわね。でも……、その程度では、あたしからは逃れられないわよ」
見下したような笑みを浮かべつつ述べるリュビエ。
「いいわね」
冷ややかな声を放ちながら、次はリュビエ本人が私へと迫ってくる。
細い蛇は何とか倒せた。しかし、私一人で彼女を倒すというのは、恐らく不可能だろう。なんせ、彼女の戦闘能力は未知数で、しかも、ゼーレのような隙が見当たらないのだ。勝ちようがない。
ただ、このまま大人しくしていては、本当に連れていかれてしまうことだろう。それは避けなくてはならない。
「マレイ・チャーム・カトレア、覚悟なさい!」
よりによって一対一。
なんてついていないのだろう。
「……っ」
リュビエが目前まで迫る。
このままでは確実にやられる——そう思った時だった。
「マレイちゃん!いくよっ!」
ちょうど私の真上辺り、上空から、愛らしい女声が聞こえてきた。
そして数秒後。
桃色に光る小さな弾丸が、リュビエに向けて、大量に降り注いだ。
「何事!?」
降り注ぐ弾丸に素早く気づいた彼女は、咄嗟に後ろへ下がる。
素早い判断と動作によって、リュビエは、降り注ぐ弾丸の多くをかわした。だが、さすがにすべてを避けることはできず、いくつかだけ食らってしまったようだ。
被弾したリュビエが静止している間に、一人の少女が舞い降りてくる。
天使のように地上へ降り立ったその少女は、フランシスカだった。
「えっ!フランさん!?」
「マレイちゃん、怪我はないっ?」
ミルクティー色の柔らかな髪に、整いつつも浮世離れはしていない愛らしい顔立ち。
見間違えるはずがない。彼女はフランシスカだ。
しかし、彼女がなぜここにいるのか、疑問でしかない。彼女は今夜は非番だったはずなのである。それなのに今ここにいるのは、おかしい。
「フランさんがどうしてここに!?非番なんじゃ……」
すると彼女は、軽やかな口調で返してくる。
「マレイちゃんのことだからピンチになるだろうと思って、こっそり見てたんだよっ。やっぱりピンチになったね」
グサリと刺さる発言に、何とも形容し難い、複雑な気持ちになった。
「でも、もう大丈夫!安心して!怪しいやつはフランが叩きのめしてあげるからっ」
フランシスカは、屈託のない笑顔で、意外と過激なことを言う。彼女らしいと言えば彼女らしいが、リュビエを不必要に刺激してしまいそうなところは不安だ。
ただ、トリスタンがこちらへこれない今、フランシスカの存在はかなり大きいと思われる。
フランシスカの強さは知らない。だが、私一人でリュビエに挑むよりかは、ずっとましなはずだ。
- Re: 暁のカトレア ( No.46 )
- 日時: 2018/06/20 22:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: lDBcW9py)
episode.41 続く戦闘
「伏兵を忍ばせていたとは。なるほど、だから余裕があったのね。マレイ・チャーム・カトレア、お前……少しは考えたってわけね」
「何それっ。フラン、伏兵とかじゃないし!」
リュビエと対峙するフランシスカの細い右手首には、私やトリスタンと同じように、腕時計が装着してあった。
「フランが来ていたのは、あくまでフランの意思!マレイちゃんを卑怯者みたいに言わないで!」
謎に満ちたリュビエが相手であっても、フランシスカは躊躇いなくはっきりと物を言う。思ったことをこうもストレートに言えるというのは、ある意味、一種の才能かもしれない。
「そうね、べつにどちらでも構わないわ。これだからこう、ということは何もないもの」
蛇のようにうねった緑の髪を揺らしながら、リュビエは、私たちの方へ歩みを進めてくる。
その様子を見たフランシスカは、小さな光る弾丸を、リュビエに向けて大量に放った。先ほどフランシスカが上空から放ったものと、同じものだと思われる。
しかしリュビエはしっかりと対応した。
大型の蛇の化け物を召還し、それを盾のように利用しつつ、フランシスカへ接近する。
「それはもう見たわ」
冷ややかな声で言い放ってから、リュビエはフランシスカに接近する。
「邪魔者は消えなさい」
「は?フラン、邪魔者じゃないけどっ!?」
リュビエは蹴りを繰り出す。
フランシスカは、両腕を胸の前で交差させ、リュビエの蹴りを防いだ。だがかなりの威力だったようで、顔をしかめている。
「お前、あまり強くないわね」
「何でそんなこと言われなくちゃなんないの!?」
「あたしはただ、純粋な感想を述べたまでよ」
リュビエとフランシスカでは、女性同士とはいえ、結構な体格差がある。
フランシスカとて小柄というわけではないが、女性らしく、愛らしい背丈だ。対するリュビエは背が高い。ハイヒールであることを除いても、フランシスカよりはずっと高身長に違いない。
だから、肉弾戦になれば、リュビエの方が明らかに有利であろう。
「消えてちょうだい」
リュビエは、背筋が凍りつくような冷ややかな声で、短く言った。
そして、先ほどまで縦のように扱っていた大蛇を、フランシスカに向かわせる。その勢いは凄まじい。
彼女は恐らく、邪魔者であるフランシスカを本気で潰しにいくつもりなのだろう。
「舐めないでよね!」
大蛇が迫ってきても、フランシスカは怯まない。
二本の指を速やかに腕時計へ当て、桃色に輝く武器を二つ取り出した。
その武器というのは、若干薄くなったドーナツのような形をしている。円盤の中心を円形にくり抜いたような武器だ。小さめなことを考えれば、飛び道具だろうか。
「それっ!」
フランシスカは両手に一つづつ持った武器を投げた。
円盤の中心を円形にくり抜いたような形のそれは、彼女の手から離れると、軽やかに宙を飛ぶ。そして大蛇へと向かっていく。
そして数秒後。
ドーナツ型をしたフランシスカの武器は、大蛇の体を傷つけた。ダメージを受けた大蛇は、呻くように、苦しそうに、うねうねと動いている。
さほど大きくはなく、薄くて軽そうなため、威力自体はあまりないだろうと予想していた。しかし、その予想は誤りであったのだろう。というのも、大蛇は結構なダメージを受けた様子だったのである。
「まだまだっ」
大蛇を傷つけた二つの武器は、ブーメランのように弧を描き、フランシスカの手元へと戻ってくる。彼女はそれを、すぐに、もう一度投げた。
だが、対象は先ほどと異なる。
次なる目標は、リュビエ本人だった。
既に十分なダメージを与えることができた大蛇は放っておいても問題ない、と判断したのだろう。
——しかし、リュビエは焦らない。
焦るどころか、余裕のある笑みを口元に湛えていた。
「無駄よ」
リュビエは一度高くジャンプし、宙へと浮いて、フランシスカが投げた武器をかわす。背があるわりには身軽だった。
そして、大きく一歩を踏み込む。
一気にフランシスカへと近づき、高いヒールのついたブーツを履いた足で、フランシスカを蹴る。
フランシスカは、一応リュビエの動きを読んではいた。
だが予想以上の速度だったらしく、防ぎきれない。
「……あっ」
フランシスカの腹部に、リュビエのヒールが命中する。
「いっ……」
「もう大人しくしていてちょうだいね」
その勢いに乗り、リュビエはフランシスカを蹴り飛ばす。蹴られた彼女の体は吹き飛び、軽く数十メートルは離れた場所の大きな樹に激突する。
信じられないくらい、凄まじい威力の蹴りだった。
食らってはいない——ただ近くで見ていただけの私にでさえ、その圧倒的な力は分かる。あんなものをまともに食らえば、すぐには立ち上がれないことだろう。
蹴りを受けたのが私だったら。
考えてみるだけで、恐ろしくてゾッとする。
「これで邪魔者は消えたわね」
リュビエはどうやら、フランシスカにはまったく興味がないらしい。蹴り飛ばした後、飛んでいった彼女に目をくれることは一切なかった。
今、リュビエの意識は、完全に私へ向いている。装着されたゴーグルのせいで目元は露出していないが、リュビエは、間違いなく私の方を見据えていることだろう。
ぞわぞわするほどのただならぬ威圧感を感じることを思えば、視線を向けられていることは確実と言って、差し支えないと思われる。
——ちょうど、その時だった。
「マレイちゃんっ!」
後ろからトリスタンの叫び声が聞こえてくる。狼型化け物をようやく殲滅しきり、こちらへ戻ってきたのだろう。
帝国軍の制服である白い衣装を身にまとった彼は、華麗な身のこなしで、私とリュビエの間に入った。
絹糸のような滑らかな髪も、穢れのない白色の衣装も、握っている剣の長い刃も。すべてが薄紫色の粘液で汚れている。薄紫色の粘液というのは、私が母を失ったあの夜も見た、化け物を斬った際に出る不気味な液体だ。
言うなれば、薄紫色の粘液は、化け物と戦った証である。
「マレイちゃん、怪我はない?」
「えぇ。何とか。フランさんが来てくれたおかげよ」
私は正直に話した。
今こうして負傷せずにいられているのは、間違いなく、フランシスカのおかげだ。
「フランが?そっか。でも、マレイちゃんに怪我がなくて良かった」
「私一人だったら危なかったわ」
「だね。でもフランじゃ心もとなかったんじゃない?ここからは僕が君を護るから、もう安心してくれていいよ」
安心なんて、そう簡単にできるわけがない。
トリスタンの強さを疑うわけではないけれど、彼は、ここまでの戦闘によって疲労しているはずだ。まだほとんどダメージのないリュビエと戦い、絶対に勝てるという保証は、どこにもない。
「あらら、今度は騎士さん?本当に、厄介なのがいっぱいね」
片手を口元へ添え、わざとらしく述べるリュビエ。
彼女はまだまだ余裕がありそうだ。
「そこを退いてはもらえないかしら」
「退かないよ」
「ま、そうよね。……仕方ない」
ならば、と彼女は続ける。
「騎士さんごと確保するまでよ」
リュビエは、トリスタンもろとも私を捕らえるつもりのようだ。
そんなことが可能とは思えない。だが、もし仮に秘めた力があるのだとすれば、可能なのかもしれない。
- Re: 暁のカトレア ( No.47 )
- 日時: 2018/06/22 15:26
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9j9UhkjA)
episode.42 いいことを思いついたわ
トリスタンと向かい合うリュビエの腕から、唐突に、一匹の蛇が発生する。銅のような赤茶色をしたその蛇は、ぐんぐん伸び、やがて一本の杖となった。一メートルくらいの長さの、細い杖だ。
白銀の剣を構えたまま、トリスタンは眉を寄せる。
リュビエは完成した杖を片手に握り、ふふっと口元に笑みを湛えつつ、改めてトリスタンの方を向く。
「騎士さんは剣を持っているものね、あたしも武器がなくちゃ」
だからといって自力で武器を作り出すとは。
もはや人になせる業ではない。
「だから杖ってわけだね」
「そうよ」
余裕のある声でそう言い、すぐに一歩踏み出すリュビエ。トリスタンは咄嗟に防御の体勢をとる。
——数秒後。
場に、かん高い音が響く。
「剣と剣では、面白くないもの!」
リュビエは握った杖で、トリスタンに襲いかかっていた。
しかしさすがはトリスタン。剣の刃部分で、リュビエの杖を、確実に防いでいた。一瞬にして迫られたにもかかわらず、である。
あれだけ細いものをしっかりと防いだトリスタンの能力に、私は正直感心した。
「防ぐとはやるじゃない?」
「こういう攻防は慣れているからね」
だが一度で諦めるリュビエではない。
彼女は隙をみて距離をとり、そこから、再び仕掛けていく。
剣と杖が触れる度、カァン、と高く鋭い音が鳴る。鼓膜をつんざくような痛々しい音の連続に、私は、思わず耳を塞ぎたくなった。それほどにうるさい。
しかし、当の二人——リュビエとトリスタンは、そんな音など微塵も気にしてはいない。
もっとも、正しくは「気にする暇などない」なのかもしれないが。
「トリスタン!無理しちゃ駄目よ!」
私は背後から叫ぶ。
彼が本当は疲れているということに気づいていたからだ。
トリスタンは、涼しい顔で、リュビエとやり合っている。一見本調子なように見える様子だ。
だが、それは違う。
これまで幾度も彼の戦いを見てきたからこそ分かることだろうが、今の彼は、かなり疲労が蓄積してきている。息の仕方や足取りを見れば、ほんの一瞬で分かるのだ。
「大丈夫だよ、マレイちゃん」
リュビエと剣を交差させていたトリスタンは、数歩退いてそう答えた。汗は額から頬へと流れ、肩で呼吸をしている。剣を扱う動作自体はそれほど変わっていないようにも見えるが、疲労が感じられるところが心配だ。
狼型化け物との長い戦闘を終えてからの、リュビエとの交戦。これはトリスタンでも厳しいものがあるかもしれない。
「まだまだいくわよ!」
距離をとり少しほっとしたのも束の間、リュビエはトリスタンへと向かってくる。トリスタンに回復の時間を与えはしないつもりなのだろう。
「受けてたつよ」
再び仕掛けてくるリュビエに気づいた瞬間、トリスタンの目つきが鋭く変化する。
そして、かん高い音。
リュビエの杖とトリスタンの剣先が触れ合ったのだ。二人の戦闘が、再度始まる。
私はその様子を、ただ見守ることしかできなかった。
一度は、赤い光球でトリスタンを援護することを考えてもみた。だが、逆に彼に迷惑をかけてしまいそうな気がして、実行はできなかった。それでなくともギリギリの戦いだ。ほんの少しの手出しがトリスタンを不利にするかもしれない。そう考えてしまい、私は助力することを諦めた。
今私が彼のためにできるのは、彼の足を引っ張らないこと。そして、彼の弱点とならないこと。
もはや、それしかない。
それからしばらく、リュビエとトリスタンの戦いは続いた。
どちらかが圧倒的に強いといったことはない。そして、二者とも、まったくと言って過言ではないほど引かない。だから終わりがこない。
だが、少し距離をとって見ている私には、トリスタンの方が追い込まれつつあるのだということが分かる。というのも、剣の振りにいつものような切れがないのだ。そして、速度も若干遅いように感じられる。
一方リュビエは、まったくと言っていいほど、疲れの色を見せない。
ハイヒールのブーツを履いているにもかかわらず、しっかりとした踏み込み。力強さのある落ち着いた足取り。杖の操り方も安定している。
「ちょっと遅れてきたわね」
激しい攻防を繰り広げながら、リュビエはそっと呟いた。
それを聞いたトリスタンは、少々、眉間のしわを深くする。
「もうそろそろ体がきついかしら」
「…………」
「答える余裕すらないみたいね」
トリスタンが弱りつつあることを見抜いたリュビエは、攻勢を一気に強める。彼女の動作が、ここにきて、また一段と速まった。
「……くっ」
何とかさばきつつ、声を漏らすトリスタン。彼の表情に余裕の色はない。追い込まれてきている自覚はあるようだ。
ただ、だからといって諦めるトリスタンではない。
「無理はしない方が体のためよ」
「……うるさいよ。余計なお世話」
トリスタンは険しい顔つきで返した。
その様を見たリュビエは、愉快そうに口を動かす。
「生意気な騎士さんね。でも——」
彼女は言葉を一旦切った。
そして、銅のような赤茶色の杖を、大きく振り上げる。
「これでおしまい」
色気のある唇が動いた。
そして、その直後に杖が振り下ろされる。
「……しまった」
焦った顔で呟くトリスタン。
そんな彼の額を、リュビエの杖の先が殴った。
「——っ!」
白銀の剣がトリスタンの手から落ちる。彼は殴られた痛みに、暫し身動きをとれなくなった。両手を殴られた額に当て、彼は苦痛の息を漏らす。
「トリスタン!!」
私は思わず叫んだが、彼からの返事はなかった。
意識がないわけではなさそうなので、強い痛みによって返事ができないものと思われる。
「ふふ。良いことを思いついたわ」
突然リュビエが独り言を言い出す。
何事かと訝しんでいると、彼女は急に、トリスタンの脇腹辺りを蹴った。痛む額に集中していた彼は、無防備なところを狙われ、地面に倒れ込む。
フランシスカの時とは違って吹き飛びはしなかったが、これはこれで痛そうだ。
「考えてみれば……マレイ・チャーム・カトレアだけがすべてではないわよね」
地面に伏したトリスタンの背を、リュビエは強く踏みつける。走る痛みにトリスタンが身をよじっても、彼女は足の力を弱めたりはしない。むしろ、さらに強めるくらいだ。
「いいことを思いついたわ。これは名案ね」
ふふっ、と楽しそうに笑いながら、リュビエはそんなことを呟く。
妖艶さのある唇に、大人びた声色。それらが、彼女の不気味さを、余計に高めていた。
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