コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.138 )
- 日時: 2018/09/13 02:09
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: iXLvOGMO)
episode.131 貴女も
長い夜は終わった。
これでもう、化け物と戦うこともないだろう。
残党がいる可能性はゼロではないため、恐らく、ではあるが。しかし、それでもいいのだ。化け物を生み出し襲撃してきていたボスがいなくなったのだから、もし仮に残党がいたとしても、じきに現れなくなるだろう。
長かった。
ここまでの道のりは、信じられないくらい長かった。
けれども、この道を選んだことを、後悔はしていない。むしろ、この道を選んで良かったと思っているくらいだ。
「……朝ね」
飛行艇から帝国軍基地へと戻った後、私は窓から、夜が明けるところを見る。
「……朝ですねぇ」
地平線から陽が覗き、空を、大地を、ほのかに照らす。
その光景は、まるで水彩画のようだ。藍と橙の絵の具を紙の上で馴染ませれば、きっとこんな感じになるのだろう——そんな色みをしている。
隣にいるのがゼーレなのが少し不思議な感じだけれど、誰かと並んで眺める夜明けは、言葉では形容し難い美しさだった。
「……カトレア?」
つい見惚れてしまい、窓の外を凝視していると、隣のゼーレが尋ねてくる。仮面の隙間から見える、その翡翠のような瞳は、穏やかな色を湛えていた。
「何を……ぼんやりしているのです」
「綺麗だな、って」
夜明けも綺麗だけれど、ゼーレも瞳も綺麗よ。……なんてね。言えるわけないか。
「……貴女も綺麗ですよ」
言われた!
私が考えていたパターンに、そっくりなこと言われた!!
なぜだろう、妙に悔しい。
「何それ。おかしなことを言うのね」
「……事実を述べたまでです」
「疲れてるんじゃない?」
「……もう結構です……皆のところへ、合流しましょう」
「それがいいわね」
私はゼーレとたわいない会話をしながら、グレイブらがいる方へと向かった。静寂から喧騒へと、戻っていく。
この日見た夜明けを、私は、一生忘れないだろう。
それから私は、簡単な検査を受けたが、身体的なダメージはほぼなかった。もちろん軽度の負傷はあったけれど、フランシスカやトリスタンに比べればずっとましだ。
一方、ゼーレはというと、蛇型化け物による毒素は消えていたらしい。恐らく、蛇型化け物を生み出したリュビエが絶命したからだろう。
ただ、毒が消えたといっても火傷のダメージがあるわけで、しばらくは治療に専念する必要がありそうだった。
二日後。
深い眠りから目を覚ました私は、医務室の近くの、負傷隊員用の部屋へ向かった。そこへ行けばトリスタンやフランシスカに会えるかもしれない、と思ったからである。
扉を開けると、広い部屋が視界に入る。壁も天井も床も白く、まさに病室といった感じの部屋だ。
区画ごとにカーテンで仕切られ、それぞれが一人でいられるようになっている。また、その仕切りのカーテンには、黒ペンで名前を書いた紙が貼りつけてあった。おかげで、姿は見えずとも、誰がどこにいるのか分かりやすい。
私は、奥へと歩を進めながら、見知った名前を探す。
しかし、なかなか見つからない。ゆっくりと歩いているため、見逃してはいないと思うのだが、なかなか知った名前を見かけない。
もしかして部屋を間違えたのだろうか——と思っていた時。
「マレイちゃんっ?」
弾むような愛らしい声が耳に入り、振り返る。するとそこには、フランシスカが立っていた。驚いたように、丸い目をぱちぱちさせている。
「フランさん」
「聞いたよっ。マレイちゃんがボスを倒したって!」
作りたての綿菓子のようにふんわりとしたミルクティー色の髪は、今日も変わらず柔らかそうだ。思わずぱふっと触りたくなるような髪質をしている。
「凄いねっ」
フランシスカは向日葵のように明るく笑う。
「怪我、もう大丈夫なの?」
私はそう尋ねてみた。
すると彼女は明るい表情のまま「大丈夫だよっ」と言う。そして、数秒してから、「ま、まだ痛いけどねっ」と付け加えた。
正直に「まだ痛い」と言うところがフランシスカらしい。
「それよりマレイちゃん、これ見てっ!」
フランシスカは急に話題を変えてくる。何だろうと思っていると、彼女は甲を上にして両手を差し出してきた。そうして視界に入った、フランシスカの両手の爪は、綺麗な桃色をしている。
「これは?」
「ネイルだよっ」
目を凝らすと、桃色の爪に柄が描かれていることが分かった。白いラインが見える。
「ネイル?確か、前にネイルサロンとか言っていた、あれ?」
「うんっ。そういえば、前二人で、ネイルサロン見たよねっ」
あれは、私が帝都へ来てまもなかった頃。フランシスカと二人で外へ出掛けて、そこで、ネイルサロンという言葉を教えてもらったのだ。
「行ってきたの?」
「ううん。これは自力でやったの!」
「へぇ、凄いわね」
純粋に尊敬した。
戦いが終わってからまだ数日だというのに、爪を飾ることへ意識を向けられるなんて。
「下手だけどねっ。今度マレイちゃんにもやってあげる!」
フランシスカは満面の笑みで言ってくれる。彼女はやはり優しい——改めて、そう感じた。
「マレイちゃんってぱっとしないから、ネイルとか興味なさそうだね!」
……感動が台無しだ。
いや、まんざら間違いでもないのだが。ただ、もう少し柔らかく言ってほしいと思ったりもする。
「それでマレイちゃん、今さらだけど、ここに何しに来たのっ?」
「フランさんとかトリスタンに会えるかな、と思って」
「そっか!」
いつもおしゃれな格好をしている彼女らしくなく、長袖シャツに緩そうなズボンという服装だが、それでも彼女は愛らしい。意外と小さくはない胸からさえも、少女のような初々しさが漂っている。
「トリスタンのところへ連れていってあげるよっ」
「ありがとう。助かるわ」
「フランについてきて!……迷わないようにねっ」
「えぇ」
フランシスカの背中を見ながら、私は、部屋の奥へと歩いていく。
どうやら、トリスタンがいるのは、もっと奥だったようだ。
- Re: 暁のカトレア ( No.139 )
- 日時: 2018/09/13 02:09
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: iXLvOGMO)
episode.132 いい娘?悪い娘?
「トリスタン!マレイちゃんが来てくれたよっ!」
フランシスカがカーテンをシャッと開けると、ベッドの上で横たわっているトリスタンの姿があった。だが、仰向きに寝ている彼の表情は、どこか不満げだ。遊びにいきたいのに行かせてもらえない少年みたいな顔つきをしていた。
しかし、フランシスカの発言を聞くや否や、素早く上半身を起こす。
「マレイちゃん!来てくれたんだ!」
トリスタンはその青い双眸を輝かせていた。
元気そうで何よりだが、もう少し大人しくしていた方が良いような気がする。負傷しているのだから、安静にしておくべきだろう。
「嬉しそうだねっ」
「うん。そりゃあね」
トリスタンは、やはり、フランシスカに対しては冷たい。
だが、前に比べると、冷たさはましになっているような気もする。もしかしたら、心の距離が少しは縮まったのかもしれない。共に戦った効果だろうか。
そんなことを一人で考えていると、トリスタンが私へ話しかけてくる。
「マレイちゃん、ボスとやり合ったって聞いたけど、怪我はなかった?」
トリスタンはこの期に及んでまだ私の心配をしてくれているのか。自分の方が負傷しているというのに。
「えぇ。平気よ」
そう答えると、彼はふぅと、安堵の溜め息を漏らした。
「それなら良かったよ」
「心配してくれてありがとう」
「いやいや。お礼を言われるようなことじゃないよ。むしろ、僕が謝らなくちゃならないくらいで」
トリスタンはそんなことを言った。
だが、私には意味がよく分からない。トリスタンが私に謝らなくてはならない要素が、一体どこにあるというのか。
「その……最後まで護りきれなくて、ごめん」
トリスタンは、先ほど起こした上半身を前へ倒し、そんな風に謝罪した。だが、謝られる意味が分からない私は、ただ戸惑う外なかった。
「どういう意味?なぜ謝るの?トリスタンは何も悪くないじゃない」
「また君を護れなかった……これは、謝らなくてはならないことだよ」
なんというか、正直少し面倒臭い。
「トリスタン。そういうの、面倒臭いよっ」
おっと、フランシスカが私の心を代弁してくれた。
こういう時はありがたい。
「君に言われたくないな」
「何それっ!」
トリスタンにあっさりと返されたフランシスカは、眉間にしわをよせ、頬を膨らませる。渋いものを食べてしまったかのような表情が、これまた愛らしい。
「それに、マレイちゃんは面倒臭いなんて思わないよ。マレイちゃんはそんな冷たい娘じゃないから」
「誰だって面倒臭いと思うことはあるよっ!」
「君は、だよね」
「フランが悪いみたいに言わないでっ!」
トリスタンとフランシスカが話している様子を眺めていると、なぜか自然と穏やかな気持ちになったりする。
そんなことをぼんやり考えていると、トリスタンの視線がこちらへ向いた。
「マレイちゃんは面倒臭いなんて思わないよね」
うっ……。
実は少し思ったけれど、「思った」なんて言えない。
「ま、まぁ、そんなに気にはなりませんでした」
私は曖昧な言葉を返し、何とかごまかす。
演技の下手な私のことだから、ばれてしまうかもしれないという不安もあった。だが、トリスタンの表情から察するに、ばれてはいないようである。
「そう言ってくれると思っていたよ。やっぱりマレイちゃんはいい娘だね」
トリスタンは首の後ろへ手を回し、乱れた金髪をくくり直す。
彼の場合は、髪の長さがそこそこあるだけに、放っておくとぐしゃぐしゃになってしまいやすいのだろう。
私にはない大変だな、と感じた。
「そんなことはないわ。私はべつに……いい娘なんかじゃないわ」
「謙遜しなくていいんだよ?」
「いいえ、謙遜なんかじゃないわ。私よりフランさんの方がいい人よ」
正直、という意味では、フランシスカはかなりの善人だと思う。時折ストレートな物言いをするところはたまに傷だが、悪人でないことは確かである。
「ほらっ、マレイちゃんも言ってる!フランは悪い娘じゃないって!」
「マレイちゃんは優しいからね」
「えぇっ。これでもまだ納得しないの」
フランシスカとトリスタンの軽やかなやり取りは、相変わらず、見ている者をほのぼのした気分にさせてくれるものだった。
こんな風にのんびり言葉を交わせるのも、戦いが終わったからこそ。
平和であることのありがたさを、改めて感じた。
フランシスカやトリスタンと楽しい時間を過ごした後、私は負傷隊員用の部屋から出る。
今度はゼーレに会いに行くためだ。
しかし、彼の居場所を私は知らない。誰かに聞いてみなくてはならないのだが、どうすればいいのか……そんな風に迷っていると、背後から声が聞こえてくる。
「マレイ、何をうろついているんだ」
振り返ると、帝国軍の白い制服をまとったグレイブが立っていた。さらりと伸びた長い黒髪と、真っ赤な口紅を塗った唇。そのコントラストが印象的だ。
「グレイブさん!」
「どこかへ行くところか?」
「ゼーレがどこにいるのか、どなたかに聞こうと思って……」
するとグレイブは、ふっ、と笑みをこぼす。
「なるほど、そういうことか」
なぜ笑みをこぼすのかがよく分からないが、取り敢えず頷いておく。
「連れていこう。こっちだ」
「いいんですか!?」
「もちろん。すぐに着く」
「ありがとうございます!」
私はグレイブの背を追って歩き出す。
誰かに聞いてみようと思っていた矢先に、グレイブの登場。これは幸運だった。まるで、目には見えない何かからの贈り物のようである。
「それにしても、怪我人に会いにいこうとは……やはり仲良しだな。マレイとゼーレは」
歩きながら、グレイブはそんなことを言ってきた。何やら少し楽しそうな表情だ。
「それほど仲良しではありません……私たちは」
「そうなのか?十分親しそうに見えるが」
「ただ、信頼しあってはいると思います」
あくまで私の感覚だが、嘘にはなっていないはずである。
- Re: 暁のカトレア ( No.140 )
- 日時: 2018/09/13 02:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: iXLvOGMO)
episode.133 普通の蜘蛛と間違えないように
グレイブに案内されてたどり着いたのは、医務室からはそこそこ離れた場所にある、個室だった。負傷者を寝かせておくのに相応しいとは思えない場所なので、正直少し意外だ。
部屋の前まで来ると、扉を開け、グレイブは中へと入っていく。私はそれに続いた。
「……触れないでいただけますかねぇ」
「じっとして下さいっ……すぐ終わりますからっ……」
「触るなと言っているのです!」
室内に入ると、いきなり、言い合いしている声が聞こえてきた。白いカーテンがあるため視認はできないのだが、恐らく、声を荒らげている方がゼーレだろう。
あまり迷惑をかけていないと良いのだが……。
そんなことを思いながら、グレイブの後ろを歩いていく。するとやがて、グレイブがカーテンを開けた。
そこにいたのは、ベッドに横たわりつつも不機嫌さを顔全体から溢れさせているゼーレと、負傷者を介抱する係と思われる女性。
「……何の騒ぎだ?」
グレイブが呆れ顔で尋ねる。すると、女性はすぐに顔を上げ、グレイブに向けてお辞儀をした。
「騒がしくして、申し訳ありませんっ!」
女性は丁寧に謝罪し、十秒ほど経って頭を上げると、説明し始める。
「ゼーレさんの体の包帯を変えようとしていたのですが、下手だったもので、痛いところを触ってしまったようでして……」
「あれはわざとでしょう!」
どうやら、今のゼーレはかなり機嫌が悪いようだ。声色はもちろん、発する言葉まで刺々しい。
さらに、彼の枕元には小さな蜘蛛型化け物がいて、前方の脚を持ち上げて威嚇している。小さい体を懸命に動かし、主人を護ろうとしているのかもしれない。
「あ、あの……」
ゼーレに鋭い言葉をかけられた女性は、今にも泣き出しそうな顔になりながら、オロオロしている。状況を説明しようにもゼーレが怖くてできない、といった様子だ。
「事情は後で聞こう。他のところでな」
「ありがとうございますっ!グレイブさん!」
「よし。では、マレイ。後はゼーレと仲良くな」
グレイブは私へ視線を向けると、微かに口角を持ち上げ、女性と共に部屋を出ていってしまう。意味深な笑みが謎だ。
こうして、私はゼーレと二人きりになってしまった。
狭い部屋に、二人きり。
しかし、いきなりすぎて、何を話せば良いのか分からない。
どうしよう、と悩んでいると、ベッドに寝ていたゼーレが小さく声をかけてくる。
「……カトレア」
彼の方へ視線を向ける。
すると彼は小さく続けた。
「少し……起き上がっても、構いませんかねぇ……」
「構わないとは思うけれど、起き上がれるの?」
「……えぇ。しかし……起き上がるなと言われるのです」
じゃあ、起き上がっちゃいけないんじゃない?本音はそんな感じだ。だが、あまりはっきりと言うのも可哀想な気がするので、柔らかい言い方にしておく。
「なら仕方ないわよね。横になっておいた方が良いと思うわ」
「……そうです、か」
ゼーレは残念そうだ。
「仕方ありませんねぇ……起きるのは止めておきます」
止めるのか、と、内心突っ込んでしまった。
だが、何だかんだで言いつけを守る真面目なゼーレは、微妙に愛らしい。愚痴を漏らしつつもちゃんとしている様は、愛嬌たっぷりだ。
私はゼーレが寝ている隣まで歩いていく。物理的に距離が縮まれば、話せることも増えるかな、なんて思ったからである。
「ゼーレ、さっきはどうしてあんなに怒っていたの?」
わけもなく尋ねた。
すると彼は、翡翠のような瞳だけをこちらへ向け、返す。
「……見苦しいところを見せてしまい、失礼しました」
彼の枕元にいる小さな蜘蛛型化け物は、いつの間にか大人しくなっている。威嚇するのは止めたようだ。
「上手く意志疎通ができなかった、とか?」
「……包帯を、変えようとしてくれたのは、良かったのですが」
「何か問題があったのね?」
ゼーレは大人しくなった蜘蛛型化け物を手に乗せると、もう一方の手で優しく撫でる。撫でてもらえた蜘蛛型化け物は、すっかりご機嫌で、ちょこちょこと脚を動かしていた。
「……あの女、痛いところばかり触るのです。それも、『そこは痛い』とはっきり言っているにもかかわらず、です」
「そう……それは辛いわね」
女性は、しなくてはならないことだから、と必死になっていたのだろう。そのせいで、ゼーレが痛いと訴えるのを聞けなかった。
多分、そんなところだろうか。
「そのうえ……この可愛い子に危害を加えようとしたのです」
ゼーレが述べると、彼の手に乗っている小さな蜘蛛型化け物は「そうそう」と言わんばかりに脚を動かした。
「危害、って?」
「……枕元にいたこの子を、叩き潰そうとしたのです」
「普通の蜘蛛と間違えたんじゃない?」
するとゼーレは、はっきり、首を左右に振る。
「そんなこと……あり得ません」
なぜそんなに自信満々で「あり得ない」と言えるのかが、私には理解不能だ。
ゼーレの蜘蛛型化け物は、限りなく蜘蛛に近しい容姿をしている。体つきも、脚の形も、普通の蜘蛛にそっくりだ。特に、小さい個体になると、動き方を見ない限り、ただの蜘蛛とほぼ同じである。
それゆえ、間違われることは多々ありそうだと思うのだが。
「あり得ないことはないと思うけど……」
私がそう言うと、ゼーレの手に乗っている蜘蛛型化け物は、その小さな体を震わせた。ぷるぷる、ぷるぷる、と。
怒っているのか、怯えているのか、よく分からない動作だ。
ゼーレは、蜘蛛型化け物が平常心を損なってしまっていることに気がつくと、その背中を人差し指でこする。
「……貴女がそう言うのなら、あり得るのかもしれませんねぇ……しかし、乱暴するなんて許せません」
「きっと悪気はなかったはずよ」
「……ですかねぇ」
ゼーレはまだ、納得がいかない、といった雰囲気を漂わせていた。
「私はそう思うわ」
「……ならば、そうなのやもしれませんねぇ」
とにかく、と彼は続ける。
「お騒がせして……失礼しました」
素直に謝罪するゼーレなんて、何だか不思議な感じがする。まるで、彼の皮を被った別人を見ているかのような、そんな感覚だった。
- Re: 暁のカトレア ( No.141 )
- 日時: 2018/09/13 14:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JbPm4Szp)
episode.134 幸せにしたい
「それでゼーレ。貴方はこれから、どうするの?」
私は疑問に思っていたことを質問してみた。
ゼーレが悪に手を染めることは、もうないだろう。彼に悪事を強制する者がいなくなったのだから、当然だ。
だが、それだけですべてが解決するわけではない。
彼はこれから先、あまり馴染みのないこの帝国で暮らしていかなくてはならないのだ。帝国に住み、生活するとなれば、職を見つけるなり何なりしなくてはならないだろう。そうなった場合、つてのない彼は、普通の人たちよりも不利だと思われる。
「帝国で暮らしていく予定?」
するとゼーレは小さな声で返してくる。
「……まだはっきりとは、分かりませんが」
横たわりながらも、彼の瞳はしっかりと私を捉えていた。
「……この国の人間ために、何かできることがあればと思います」
「帝国に仕えるの?」
「……私は国を傷つけた身。それゆえ……帝国に仕えるなど、許されたことではないでしょう」
どうやら、帝国に仕える気はさらさらないようだ。言い方を聞けば、それはすぐに分かった。
「なら、どこかで働く?」
「……しかし当てがありません。貴女以外には」
そこまで聞いた時、ゼーレが言わんとしていることはすぐに分かった。
彼は多分、私を当てにしているのだろう。頼れる者が誰もいないにもかかわらず、彼がこんなに余裕に満ちているのは、私に頼れると思っているからに違いない。
「私以外、ってことは、私を当てにするつもりなの?」
当たっている保証はないが、そう発してみた。
すると彼は、静かに、こくりと頷く。
「やっぱり!?」
「……働く場所を紹介してはいただけませんかねぇ」
「え、ちょ、本気で私を当てにしていたのっ!?」
「貴女なら……紹介してくれるかと思いまして」
やはり私の勘は当たっていたようだ。こんな風に一方的に頼られるというのは、極めて嫌なことはないが、そんなに嬉しくもない。
「待って、ゼーレ。無理よ。私だって、人脈はそんなにないもの」
今でこそ帝国軍の化け物狩り部隊という居場所があるが、私だって、ほとんど居場所のない人間だったのだ。その私が、ゼーレに職を紹介するなんて、できるわけがない。
そう、思っていたのだが。
「……宿屋があるじゃないですか」
ゼーレは自ら提案してきた。
積極性に驚きを隠せない。
もしかして彼は、アニタの宿屋に勤めたいと思っているのだろうか?……いや、でもあんな田舎へわざわざ行きたいと言うタイプには思えないし。いやいや、自ら言ってくるくらいだから、本当にアニタの宿屋に勤めたいということも……?
私はぐるぐると頭を巡らせる。
「……駄目、ですかねぇ」
残念そうにゼーレは呟いた。
違う!今は考え事をしていただけ!と言いたいところだが、そんなことを言えるわけもなく。
「ゼーレは宿屋で働きたいの?」
「えぇ」
「ダリアにあるアニタの宿屋で?」
「……はい」
理解できない。
なぜ敢えて宿屋を選ぶのか、私には分からない。
「どうして?もっと夢のある仕事に就きたいとは思わないの?」
愚痴るようで失礼かもしれないが、アニタの宿屋での仕事は、正直かなりきつかった。
来る日も来る日も、ほぼ同じ内容。しかも、その多くが、物を運ぶというような体力を消耗しやすいものだ。それに加え、アニタに常に急かされるため、精神的な摩耗も大きい。
ゼーレは、そんな大変な仕事に就きたいと言うのか。
「宿屋の仕事、かなり大変よ」
しかし彼は諦めない。
「少しは……学びになるかと思いましてねぇ」
アニタの宿屋に勤めて、何の学びをするつもりでいるのかが、かなり謎だ。
「学びって、何の?」
「……帝国で暮らすことの、です」
真面目だ……。
彼は私が思っている以上に真面目なのかもしれない。
「何それ。ゼーレは少し変わっているわね」
「……普通です」
「いやいや、普通とは思えないわよ。だって、暮らすことに学びなんていらないじゃない」
確かに、文化などという面では、よく分からないこともあるかもしれない。だが、わざわざ宿屋に勤めて学ぶほどのことはないはずだ。
私はそう考えていた。
しかし、ゼーレはまた違った考えを持っている様子。
「……いえ。色々なことをしっかりと学んでおかなくては……将来的に困りますので」
将来的に、という言葉が引っ掛かった。まるで、宿屋で学んだ先に目指す何かがあるような言い方だったから。
「将来的に?もしかして、何か大きな夢でもあるの?」
私は純粋に気になったこと尋ねた。
すると彼は気まずそうな顔をする。視線をこちらから逸らしたい、という思いが滲み出ているような顔つきだ。
言いたくないことを聞いてしまったのだろうか……と私が不安になっていると、ゼーレは重々しく口を開く。
「……はい。あるのです……いずれ叶えたい夢が」
彼らしくない、控えめな言い方だ。
「そうなの?夢があるなんて素晴らしいわね」
ゼーレに叶えたい夢があったなんて。正直、意外だ。彼は夢なんてみない質だと思っていたからである。
「それで、どんな夢?」
「……貴女、と」
「え?」
「カトレア……貴女を幸せにしたいのです」
「はい!?」
この時ばかりは、思わず本心を漏らしてしまった。
日頃なら口から出さないようにしただろう。が、今回はあまりに急だったので、発するのを止めきれなかったのだ。
「……突然どうしました?」
怪訝な顔で凝視されてしまった。
やはり、いきなり「はい!?」は、私らしくなかっただろうか。
「あ、ごめんなさい。ちょっと聞こえなかったわ」
何とかごまかす。
かなり苦しいごまかし方だが、こうなってしまった以上、仕方がないから。
「……何度も言わせるつもりですか」
ゼーレの眉間のしわが濃くなる。
「貴女はなかなか……良い趣味をなさっていますねぇ」
「趣味なんかじゃないわ、本当に聞こえなかったのよ。なのに、どうしてそんな言い方をするの」
今この空間には、私たちの声以外に音はない。防音の部屋ではないだろうに、外から聞こえてくる音は皆無だ。足音くらいは聞こえてきそうな気がするだけに、不思議である。
「恥ずかしいではありませんか……何度もあのようなことを、言うなんて」
ゼーレは詰まり詰まり述べる。
「ですが……仕方ありません。……特別に、もう一度、言うことにしましょう」
何だかんだでもう一度言ってくれるようだ。ありがたい。
「カトレア……私はいずれ、貴女を幸せにしたいのです」
- Re: 暁のカトレア ( No.142 )
- 日時: 2018/09/13 14:36
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JbPm4Szp)
episode.135 貴方の想いと私の心と
「私を?」
「……そうです」
一つの部屋に、私とゼーレは二人きり。
第三者がいないのはありがたい。おかげで、躊躇うことなくすべてを話せるから。周囲に気を遣わなくていい、というのは、精神的にはだいぶ楽だ。
だが、私かゼーレかどちらかが何かを発し続けなくては、すぐに静寂が訪れてしまう。そこが若干苦しい。
「……いや。このような言い方では……貴女には伝わらないのでしたねぇ」
ゼーレはベッドに横たわり、小さい蜘蛛型化け物を指で優しく撫でながら、告げる。
「カトレア。私と……共に生きてはくれないでしょうか」
思いの外、直球だった。
まさかこれほどストレートに言ってくるとは。予想外の展開だ。
「……我ながら単純だとは思います。ほんの少し優しくされたくらいで……愛してしまうなど」
表情を見ると、ゼーレが本気であることはすぐに分かった。彼は、冗談混じりの発言をする時には、こんな顔はしない——私にはそれが分かる。
だが、どのような反応をすれば良いのか……。
「……答え、聞かせていただいても構いませんかねぇ……」
私は答えなくてはならない状況に追いやられてしまった。もはや逃げ場なんてものはない。
——落ち着こう。
一旦心を落ち着けて、自身の心を整理するのだ。
まず、ゼーレのことは嫌いではない。むしろ親しみを抱いているくらいだ。けれども、それが恋愛という意味なのかどうかと聞かれたら、すぐに「はい」とは答えられないだろう。四六時中傍にいたいというような気持ちでもないから、微妙なところなのである。
脳内がある程度整理されたところで、私は正直な気持ちを述べることにした。
「私……よく分からないわ。もちろんゼーレのことは好きだけれど、それが『共に生きていきたい』ような好きかと言われたら、答えられないの」
ゼーレは、彼自身の心を、包み隠さず話してくれた。だから、私もちゃんと話そうと思う。今の私に話せることは、すべて伝えるつもりだ。
「……それは、どういった意味の回答なのです?共に生きていくなんて無理、と……暗にそう言っているのですか?」
「ち、違うの!そうじゃなくて!」
「……ならば何なのです」
ゼーレは不満げに口を尖らせる。
「だから、その……共に生きていくってことは、結婚するってことでしょう?ゼーレとそういう関係になりたいかどうか、まだはっきり分からないのよ」
「……やはり私が言った通りではありませんか」
まずい。ゼーレの機嫌が悪くなってきた。
「嫌なのならば、嫌だとはっきり言いなさい……!」
こちらを見つめる翡翠のような瞳には、苛立ちの色が滲んでいる。目は口ほどに物を言う、とはこのことか。
「違う!違うってば!」
「ならば、ちゃんと説明なさい……!」
上から目線な物言いをしているわりに、その声は震えている。微かではあるが、普通に聞いていて分かるくらいの震えだ。それに加え、まばたきの回数が徐々に増えていっている。
ゼーレの手のひらに乗っている蜘蛛型化け物は、様子がおかしいゼーレを、不安そうに見つめていた。
「違う、だけでは、何も分かりません!」
ついに爆発したゼーレは、上体をガバッと起こす。
——だが。
次の瞬間、彼は体を折り曲げた。
苦しそうに、詰まるような息を吐き出す。
明らかに不自然な動作だ。恐らく、怪我している部分が痛んだのだろう。痛むのが、以前受けた傷なのか今回の火傷なのかは、不明だが。
「傷が痛むの!?」
咄嗟に質問したが、ゼーレはまだ苦しいらしく、言葉を返してはこない。それどころか、起こした上体を前に軽く倒して、はぁっはぁっ、と荒い息をしている。
「ゼーレ、ちょっと我慢していて」
私は医療に関する知識が乏しい。それゆえ、こういった時に対処する方法を知らない。少しでも楽になれるよう、何かしてあげたいのだが、逆効果になるようなことをしてしまいそうで、動けないのである。
しかし、このまま放置というのも気が進まない。
となると、私にできることは一つだけ。誰か頼りになりそうな人を呼んでくること、だ。
「今、人を呼んでくるから」
ゼーレの背中をぽんぽんと軽く叩いた後、人を呼びにいくべく歩き出す——が、上衣の裾をゼーレに掴まれた。
「……結構、です」
彼のために行こうとしたのに、彼に止められてしまった。
「……もう少し、傍に……っ!」
言いかけて、ゼーレは再び顔をしかめる。私の上衣の裾を掴んでいるのと逆の手は、下半身にかけられたブランケットを、かなり強く握り締めていた。
「痛いの?」
私は一旦、人を呼びにいくのを中止し、ゼーレの横辺りに移動する。
「火傷したところ?」
「……恐らく」
今度は答えてくれた。
だが、ゼーレの言葉は私の胸を締めつけた。
彼が火傷を負ったのは、私を護ろうとしてのこと。だから、今彼が苦しんでいるのは、私のせいなのだ。
「ごめんなさい。こんな辛い思いをさせてしまって」
猫背のように丸まった彼の背中をさすりつつ、小さな声で謝る。
すると彼は、ゆっくりと、首を左右に動かした。
「……貴女のせいではありません」
さらに、苦痛に歪んでいた面を懸命に持ち上げると、微かに笑みを浮かべる。
らしくない下手な笑みだが、それでも、彼が持つ思いやりの心は伝わってきた。常に見えてはいないけれど、本当は持っている優しさが、私の胸を打つ。
「急に大きく動いたせいです……気にしないでいただきたいものですねぇ……」
「えぇ、分かったわ。でも、本当にこのままで平気なの?」
「……はい」
そうこうしているうちに、ゼーレはだいぶ落ち着いてきた。長引いた苦痛も、ようやく消えつつあるようだ。
悪化する一方でなくて良かった、と、私は内心、安堵の溜め息を漏らした。
「もう……落ち着いてきました」
「それなら良かったわ」
「……色々と、失礼しました」
「いいえ、気にしないでちょうだい」
よし、そろそろ話を戻せそうだ。
「それで——これからの私たちの関係についての話なんだけど」
ゼーレは、乱れたブランケットを直しつつ、視線を私へ向けてきた。
「少しだけ、考える時間を貰ってもいい?」
私とゼーレのこれからを決める、大切なことだ。
だからこそ、適当に決めたくはない。
「じっくり考えてみようと思うの」
それに対してゼーレは、穏やかな口調で述べる。
「……構いませんよ」
彼はもう、いつもの冷静さを取り戻している。
「……急かすつもりはありません。あくまで、いつか叶えたい夢ですから。考えていただけるのなら……もちろん待ちます。良い答えを楽しみに……待ちます」
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