コメディ・ライト小説(新)

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暁のカトレア 《完結!》
日時: 2019/06/23 20:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。


《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。

※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。


《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153


《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん

Re: 暁のカトレア ( No.103 )
日時: 2018/08/27 00:44
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: s/G6V5Ad)

episode.96 甘い、想い

 その頃、リュビエはボスの間へと向かっていた。現在の状況について、ボスに説明するためである。
「失礼致します、ボス。報告に伺いました」
 ボスから入室許可を得ているリュビエは、彼の部屋——通称ボスの間へ入ると、丁寧に述べる。
 すると、黒いベールのかかったベッドの奥から、ボスが姿を現した。
 のっしのっしと現れたボスは、襟を立てた白いシャツと黒のズボンだけという薄着だ。しかも、白シャツは彼の体よりずっと小さなサイズで、前面のボタンを留めることはできていない。それゆえ、胸から腹にかけ、見事に肌が露出していた。
「リュビエか。話すがいい」
「ありがとうございます」
 慣れた様子でボスの前にひざまずくと、リュビエは口を開く。
「一つ目。ゼーレを殺害すべく送り込んだクロとシロがやられました。二者とも、復帰は不可能と思われます」
 淡々とした口調で告げるリュビエ。
 クロとシロがやられたことなど、彼女にとってはどうでもいいことのようだ。二人の敗北を伝える彼女の顔に、特別な色は微塵も浮かんでいない。
「二つ目。マレイ・チャーム・カトレア及びゼーレの捕獲作戦について、伝えて参りました」
 リュビエが二つの報告を終えた瞬間、それまで黙っていたボスが突然述べる。
「そうか。ご苦労だったな」
 ねぎらいの言葉をかけてもらうことができたリュビエは、ほんの少し頬を赤らめ、言葉を詰まらせた。そんな彼女へ、ボスはさらに言葉をかける。
「リュビエ。お主はあの男などと違い、優秀だな」
「い、いえ……」
 ひざまずいた体勢のまま、恥ずかしそうに身を縮めるリュビエ。
 今の彼女は、どこにでもいるような、いたって普通の恋する乙女だった。マレイらと接する時の彼女とはまるで別人のような、初々しい雰囲気をまとっている。
「我の悲願を叶えるべく、今後も存分に働くが良い」
「もちろんです。あたしはただ、ボスのためだけに。貴方へ、この生涯を捧げます」
 リュビエは迷いなく忠誠を誓った。
 それによって機嫌が良くなったボスは、片膝を床につけてひざまずく彼女の喉元へ手を伸ばす。そして、彼女の頭部を、くいっと上げる。
 これにはリュビエも戸惑った顔をした。
「な、何でしょうか」
「そう、それでいいのだ。物分かりのいい女で助かる」
「もったいないお言葉です……」
 ボスに素手で直接触れられたリュビエの頬は、リンゴ飴のように赤く染まり、火照っている。ゴーグルのようなものを装着しているため目元は見えないが、多分、今の彼女は恋する乙女の瞳をしていることだろう。
「頼りにしているぞ」
「ありがたきお言葉。感謝致します」
 リュビエは礼を述べてから、少し間を空けて続ける。
「それで、作戦の決行はいつになさるおつもりなのですか?」
「うむ……」
「一週間以内、とのことでしたが、正確には何日後辺りを予定なさっていますか?」
 彼女が再び尋ねると、ボスはやっと重い口を開いた。
「実はな」
 ボスはリュビエの前に仁王立ちをしたまま、男性らしい声を出す。地鳴りのような、低く太い声である。
「今回は我も参加するつもりでいるのだ」
「なっ……!」
 問いの答えとは多少ずれているが、そんなことはどうでもよくなるほどに、リュビエは驚いていた。
 だが、当然といえば当然だ。
 ボスが自ら動くなど、極めて稀なことなのだから。
「なぜですか?もしや、あたしが頼りないから——」
 まさか、と、焦りの色を浮かべるリュビエ。
 しかしそれは違ったようで、ボスは首を左右に動かしている。
「すべてをお主一人に押し付けるわけにはいかんからな。それに、正直なところを言うなれば、我も久々に暴れたくなってきたのだ」
 ボスは楽しげな声で言いつつ手と手を合わせ、ポキポキと、指から威圧的な音を鳴らす。
 リュビエは慣れているから何も思わないようだ。しかし、もしこの場にボスとリュビエ以外の者がいたとしたら、きっと恐怖感を抱いていたことだろう。ボスは、それほどにパンチのある音を、一切躊躇いなく鳴らしていた。
「暴れたく?では、あたしがお付き合い致しましょうか?」
「いや、お主は休め。この前あの小娘にやられたダメージが、まだ残っているだろう」
「あんなくらい、たいしたことは……!」
「いいや。今は無理をすべき時ではない。お主は休め」
 拒まれたリュビエは、不満げに頬を膨らます。
 もしこの光景をマレイが見たとしたら、きっと口が塞がらなくなるだろう。一体どうしたのか、と、リュビエの頭を心配するかもしれない。
 それほどに、普段とは違った様子のリュビエである。
「いいな、リュビエ。大事な時に力を発揮できるようにしておけ」
「……分かりました」
 一応首を縦に動かしたリュビエだったが、明らかに納得していなさそうだ。表情はもちろん、声色にまで、それが滲み出ている。
 だがそれでも、リュビエはボスに逆らったりはしない。
 彼女のボスへの忠誠心は本物。たとえ少しくらい納得がいかずとも、それによって崩れるような柔なものではなかった。
「それではボス、そろそろ失礼致します。また何かありましたら、いつでもお気軽に」
 リュビエは一度、その場でボスにひざまずく。そして、数秒経ってから立ち上がる。
 立ち上がった彼女の姿勢は、まるで美しい彫刻のようだった。
 女性特有の、凹凸のあるライン。猫背でもなければ反り返りすぎてもいない、真っ直ぐ伸びた背筋。そして、すっと伸びる長い脚。
 スタイル抜群な彼女の立ち姿は見事としか言い様がない。どんな文句言いでも、この立ち姿には何も言えないはずだ。
「ゆっくりお寛ぎになって下さい」
「気遣い感謝する」
 短い言葉だけを交わし、リュビエはボスの間から退室した。
 結局はぐらかされてしまい、作戦決行の正確な日は知れずじまい。けれども、彼女には不満など欠片もなかった。それどころか、満足感がじんわりと広がっている。
「……触れていただけるなんて」
 リュビエは一人になってから、胸の前で片手をきゅっと握る。
 全身を満たす、ケーキのように甘い感情を、再確認しながら。

Re: 暁のカトレア ( No.104 )
日時: 2018/08/27 00:45
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: s/G6V5Ad)

episode.97 少し面倒な男

 翌日から、帝都にある帝国軍基地では、警備が強化されることとなった。リュビエから宣戦布告があったからである。いつ襲撃されるか分からない以上、仕方のないことだ。
「あー、やだやだっ。フラン、こういう空気嫌いっ!」
「……愚痴ばかり一人前に。うるさいですねぇ」
「何それ!感じ悪いっ!」
 私は今、フランシスカとゼーレとトリスタンの三人と共に、食堂で過ごしている。
 席順はというと、私の左右にゼーレとトリスタン、向かい側にはフランシスカだけ。どう考えても不自然な座り方だ。そこからも分かるように、何とも言えない微妙な関係性の四人ではあるが、嫌な感じはしない。
 ……ただし、喧嘩が起こらないよう気をつけなくてはならない。
「そういえばトリスタン、昨夜は当番だったんだよねっ?」
 パンケーキを頬張りながら尋ねるフランシスカ。
 トリスタンはそれに対して、テンションの低い静かな声で返す。
「そうだけど」
 私と話す時とは大きく異なる面倒臭そうな態度だ。直接関係していない私でさえ、ひやひやしてしまう。
「確か、足首痛めてたよね?大丈夫だったのっ?」
「君に心配されるようなことじゃないよ」
 トリスタンは相変わらず冷たい。
 だが、フランシスカの心は強かった。一瞬言葉を詰まらせこそしたものの、笑顔はまったく崩さず、話を継続する。
「そうなんだ!大丈夫だったなら良かった!」
 彼女はそう言って、小さめになったパンケーキを口へ運ぶ。フォークを持つ右手が綺麗だ。
 パンケーキを非常に美味しそうに食べる彼女を眺めていると、自然と、こちらまで食べたくなってきた。
「トリスタンは昨日どのくらい倒したのっ?」
「狼型を三十三」
「へぇー!凄いっ!さすがトリスタン!」
 フランシスカは明るい声色で大袈裟に褒める。
 トリスタンに気に入られたいがためなのか、空気を明るくしようとしてなのかは、分かりようがない。だがいずれにしても、彼女の存在が場を華やがさせてくれていることに変わりはないのだ。
 向日葵のような明るさを持つ彼女もまた、このような暗い世界には欠かせない種類の人間だと、私は思う。
「べつに凄くなんてないよ。ただ、狼型に慣れているだけだから」
「慣れてたって、三十三は凄いよ!だってフラン、前に狼型と戦った時、五匹くらいの群れに超苦戦したもんっ!」
「いや、それは君が接近戦に弱いからってだけだと思うよ」
 トリスタンはばっさりと言った。相変わらず、フランシスカに対してだけは厳しい。
「ちょっとトリスタン!それはさすがに酷いっ!」
「僕は事実を述べただけだけど」
「真実だとしても、言って良いことと悪いことがあるんだよっ!?」
 確かに、と思わないことはない。しかし、私は気軽に首を突っ込める立場ではないので、ひとまず傍観しておくことにした。
 ぼんやり過ごすというのも、時には悪くないものだ。
 そんなことを思いながら、隣の席のゼーレへ視線を向ける。
 彼は非常に退屈そうな顔をしていた。ふわぁ、とあくびをしている。こんなにのんびりしたゼーレを見るのは、初めてかもしれない。
 少しして私が目を向けていることに気づいたらしいゼーレは、すぐに、すっと背を伸ばす。だらしない姿を見られたくなかったのかもしれない。
「何です?」
 澄まし顔で口を開くゼーレ。
 直前まであくびをしていた人と同一人物だとは到底思えぬ、凛とした振る舞いである。ここまで急に変わると、もはや愛らしさすら感じられる。
「いえ。ただ、何かお話しようかなって、そう思っただけよ」
 特に何か用があったわけではない。
「……そうですか」
 小さな溜め息を漏らしつつ応じるゼーレの表情は、どこか残念そうだった。
 何を残念に思っているのかまでは分からない。ただ、もしかしたら、先ほどの私の発言は、彼の望んでいた答えではなかったのかもしれない。
「ゼーレ、どうしてそんなに残念そうなの?」
 彼の心を理解しようと、質問してみる。
 本当は、こんな質問をするのは失礼なことなのだろう。分からないからといって気軽に尋ねていいようなことではない、ということは私にも分かる。
 だが、それでも私は尋ねた。
 最終的に、分からないことを放置しておくことの方が失礼だろう、と判断したからである。
「残念そう……とは?どういう意味です?」
 私の質問に対し、ゼーレは首を傾げた。
 問いの意図が分からない、といった顔つきをしている。
「えっと、だから、その……」
 いざ聞かれると返答に困ってしまった。
 だって、私自身が勝手に「残念そうな表情をしているな」と思って尋ねただけだから。彼から「残念だ」と言われたわけではないから。
 単に私の考えすぎという可能性だってある。
 もしそうだったら、自意識過剰のようで、少々恥ずかしい。……いや、少々ではない。個人的には、かなり恥ずかしい。
「私が残念そうな顔をしていた、ということですかねぇ?」
「そ、そう!そんな気がしたのよ!でも……気のせいだったのかもしれないわ」
 焦りがあったせいか、ぎこちない話し方になってしまった。
 ゼーレに笑われたらどうしよう、という、小さな不安の芽が生まれる。
 けれども、彼は笑ったりはしなかった。
「そうでしたか……今後は気をつけます」
 落ち着いた声でそう述べる彼の顔を見た瞬間、「笑われたらどうしよう」という不安の芽は一瞬にして消え去った。彼の顔に浮かぶ表情が真面目なものだったからである。
 そこへ、口を挟んでくるフランシスカ。
「なになに?どうしたのっ?喧嘩?」
 フランシスカは、私とゼーレを交互に見つつ、何やら楽しげな顔をしている。その口振りからして、喧嘩を期待しているようだ。
 しかし、残念ながら喧嘩ではない。
「マレイちゃんは優しいから、喧嘩なんかしないよね」
 続けて口を挟んできたのはトリスタン。
 彼は「優しい」と言ってくれるが、昨夜散々当り散らしてしまった件があるため、何とも言えない複雑な気分だ。
「えーっ!そうなの?マレイちゃんって喧嘩しないのっ?」
「ちょっと待ってくれるかな、フラン。君はマレイちゃんを、喧嘩なんて野蛮なことをする人だと思っていたの?」
「べっ、べつに、野蛮なことをする人だなんて思ってはいないけどっ……」
 弁明しようとするフランシスカへ、訝しむような視線を向けるトリスタン。
「本当に?少しは思っていたから、『喧嘩?』なんて聞いたんじゃないのかな」
「違うよっ」
 フランシスカは首を大きく左右に振る。だがトリスタンは納得しない。
「心の奥に聞いてごらん?本当に思っていなかったのかな?」
「待って待って!トリスタン、ストップ!」
 ややこしいことを言いだす彼を、私は慌てて制止する。
 これ以上放っておいたら、危うくまた揉め事になるところだった。
「トリスタンは、それ以上何も言わないでちょうだい」
「でもマレイちゃん……」
「いいの。私のことは心配しないで」
「分かったよ」
 何だろう。この流れ、経験したことがあるような気がする。
「……まったく。いちいち面倒臭い男ですねぇ……」
 私たちが騒いでいるその横で、ゼーレは一人、呆れたように漏らしていた。
 もしかしたら、彼が一番大人かもしれない。

Re: 暁のカトレア ( No.105 )
日時: 2018/08/27 08:49
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AQILp0xC)

episode.98 足手まとい?

「はーっ!美味しかった!」
 パンケーキを完食したフランシスカは、満足そうな顔で、気持ち良さそうな大きな背伸びをした。向日葵のような笑顔が花開く。
 彼女を見ていると、いつの間にかパンケーキを食べたくなってきた。不思議なものである。
 そんなことを考えていた時、ゼーレがフランシスカに向けてこう言い放った。
「……よくそんな甘いものを食べられますねぇ」
 フランシスカはゼーレをキッと睨む。
「悪いっ?」
 睨んでいても可愛らしい顔だ。
 丸みのある輪郭と、柔らかそうな肌。それらは、見る者に、無垢な少女のような初々しさを感じさせる。
 しかしゼーレは、そんな可愛らしい彼女に対してでも、まったく遠慮しない。
「いえ、べつに」
 淡白な声色でゼーレは述べた。
 これ以上関わりたくない、という彼の心情が透けて見える。
「……もうっ」
 フランシスカは気を悪くしたらしく、頬をぷくっと膨らませていた。
 よく分からない態度をとられては、気を悪くするのも無理はない。怒りが爆発しなかっただけ幸運だったのだろうな、と私は思った。

 ——そんな時だ、突如警報音が鳴り響いたのは。
 けたたましい警報音は、鼓膜を貫きそうな大きな音。空気を激しく揺らす。
「襲撃っ!?」
 目を見開き、立ち上がるフランシスカ。その愛らしい顔には、驚きと焦りの混じった色が滲んでいる。
「まだ夜じゃない、けど……」
 動揺しているのはトリスタンも同じだった。
 何の前触れもなく突然警報音が鳴り出したのだ、動揺するのも無理はない。現に、私だって平静を保ててはいないのだから。
「例の作戦が決行されたということ?」
 私は落ち着いているように見えるように振る舞いつつ、トリスタンに質問する。
 すると彼はすぐに答えてくれる。
「分からない。でも大丈夫だよ、マレイちゃんは僕が護るから」
 言いながら、トリスタンは私の手を握る。意図が掴めず首を傾げていると、彼はそこから、流れるように抱き締める体勢へ移行する。
「ありがとう、頼りにしているわ」
 もちろん、ただ護られるだけの人間でいるつもりはない。でもできることがあるならば、それは進んでやる。彼の後ろに隠れ続けるような狡いことは、極力したくないから。
 だが、今の私には、腕と脇腹の傷がある。これが戦いにどのような影響を与えるかは分からない。それゆえ、一人で化け物と戦うというシチュエーションは、避けたいところだ。
「任せて」
 トリスタンはしっとりした声でそう言うと、ふふっ、と幸せそうな笑みをこぼす。
 その様子を凝視していたゼーレが、唐突に漏らす。
「……仲が良いですねぇ」
 何やら不満げな声色だ。
 もしかしたら、トリスタンと親しくしているのが気に食わないのかもしれない。もっとも、私が自意識過剰なだけ、という可能性も否定はできないが。
「ごめんなさい。気を悪くさせてしまった?」
「……いえ、べつに」
「ゼーレ、言いたいことは言っても良いのよ」
「気にしないで下さい。べつに……たいしたことではありませんから」
 そんな風に私とゼーレが話していると、フランシスカが急に、耳に着けた小型通信機を手で押さえた。
「はいっ!こちらフラン!」
 どうやら、誰かと通話しているようだ。
「はい。はいはい、そうですねっ、はい、……えっ」
 小型通信機を通して誰かと会話していたフランシスカの顔が急に強張った。両の眉頭は寄り、瞳は震えている。彼女の心が波立っていることは、聞かずとも明らかだ。
「はい……はい。分かりました。……では」
 フランシスカの声は、みるみるうちに弱々しくなっていく。
 そして、小型通信機を介した会話は終わった。
「何て?」
 トリスタンが怪訝な顔で問う。それに対しフランシスカは、固い表情のまま返す。
「何体かに入り込まれたって……」
 そんな馬鹿な。
 警備を強化していたにもかかわらず突破されたというのか。
「マレイかゼーレのところへ向かっていると思われる、って、グレイブさんが」
「なるほど。つまり、ここが狙われるってわけだ」
「これって、逃げた方がいいのかなっ……?」
「いや」
 弱気になっているフランシスカとは対照的に、トリスタンはやる気に満ちていた。彼の青い双眸は、刃のような鋭い光を宿している。まさに、戦士の目だ。
「ここで迎え撃つ」
 言いながら、トリスタンは立ち上がる。
「戦うの?」
 私はやる気満々な彼に尋ねてみた。すると彼は、一度、しっかりと頷く。迷いのない動きだ。
「ならトリスタン、私も一緒に戦うわ!」
 しかし、今度は首を左右に振られてしまう。
「戦うのは駄目だよ、マレイちゃん。負傷しているのに無理はさせられない」
「でもトリスタン……!」
「大丈夫。僕を信じて」
 トリスタンの両眼は、私一人だけをじっと捉えていた。
 その水晶玉のような瞳には、不安げな顔つきをした私の姿がくっきりと映っていて、少しばかり恥ずかしい。
「もちろん信じているわ。けれど、トリスタンに任せっきりは嫌。もう貴方に迷惑をかけたくないの」
「それはおかしいよ、マレイちゃん。もう、なんて言ったら、前にも迷惑をかけたみたいに聞こえる」
 本当は論争している暇なんてないのだが……。
「そうよ、前にも迷惑をかけたわ」
「迷惑をかけられた覚えなんて、僕にはないよ?」
「私を庇って、怪我したり、誘拐されたりしたじゃない!」
「そんなことが、君の言う迷惑なの?」
 逆に、迷惑でないとしたら何なのか。若干そう聞いてみたくなった。だって、怪我したり誘拐されたりすることが迷惑でない、なんてことを彼は言うのだから。
「ま、とにかく護るよ。侵入者の相手は僕がするから、心配は要らないよ」
 トリスタンは言いながら、こちらへ優しげな眼差しを向け、にこっと微笑む。水彩画のような柔らかな表情だ。
 彼は少ししてから、今度はフランシスカへと視線を向ける。彼の視線は一瞬にして、戦士のそれに戻った。
「やるよ。フラン」
「そ、そうだねっ。フランも頑張る!」
 フランシスカは素直に頷く。
 顔筋の強張りこそあるものの、弱々しさは徐々に薄れつつある。
「私は……何をすれば良いのですかねぇ」
 立ち上がったトリスタンとフランシスカを交互に見ながら、ゼーレが呟く。彼にも「何かしよう」という気持ちがあると判明し、地味に嬉しかった。
「何もしなくていいよ」
 ゼーレの呟きに応じたのはトリスタン。
「……ほう。足手まといだと?」
「違うよ。僕がやるから君は無理しなくていい、ってこと」
「やはり足手まといと……」
 執拗に言うゼーレに対し、トリスタンは調子を強める。
「そうじゃない」
 後ろ側で一つに束ねた絹糸のような金の髪は、こんな時でも美しい。この世のものとは思えぬ幻想的な雰囲気を醸し出している。
「マレイちゃんを護るついでに、君も護るってこと」
 その後、トリスタンは腕時計から白銀の剣を取り出し、敵の出現に備えていた。

Re: 暁のカトレア ( No.106 )
日時: 2018/08/27 23:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: YJQDmsfX)

episode.99 滑ってくるやつ、要注意

 トリスタンは白銀の剣を、フランシスカは二つのドーナツ型武器を、それぞれ持ち、戦う準備は完全に整っている。この状態ならば、敵が来たとしても十分応戦できることだろう。
 もしかしたら、二人がいてくれることがこんなにも頼もしいと思ったのは、初めてかもしれない。
 もちろん、助けてもらったことはこれまでにもたくさんあった。だが、今は、過去に助けてもらった時とは異なる感覚を覚えている。

 その時、フランシスカが叫んだ。
「来たっ!トリスタン!」
 彼女の声に反応して、遠く離れた廊下の向こうへ視線を向ける。すると、何かがこちらへ進んできているのが見えた。恐らく、それらが敵なのだろう。
 トリスタンは威嚇するように白銀の剣を構えたまま、二三歩前へと進み出る。
「フラン。ここからは援護、頼むよ」
「うん!トリスタン、無理しちゃ駄目だからねっ」
 短く言葉を交わすフランシスカとトリスタン。日頃は何もかもがすれ違っている二人だが、戦闘となれば一応協力はするようである。
 護ってもらう立場の私が言うのも何だが、トリスタンがフランシスカの存在を多少は考慮しているようで安心した。
 床を滑るようにして迫ってきたのは、アザラシ。
 いや、アザラシ型化け物、と言うのが正しいだろうか。昔何かの本で見かけたアザラシという生き物に、とにかくそっくりである。
「先手必勝!」
 トリスタンよりほんの少し後ろの位置にいるフランシスカが、勇ましく叫ぶ。
「行くよーっ!!」
 そして、持っているドーナツ型武器を二つ同時に投げた。
 二つのドーナツ型武器は、宙に大きな弧を描きながら、アザラシ型化け物へと飛んでいく。
 凄まじい勢いだ。
 私だったら絶対にかわせない、と確信を持てるほどの速さである。
 ——直後。
 二つのドーナツ型武器がアザラシ型化け物の体を切り裂く。
 彼女は一瞬にして、迫ってきていたアザラシ型たちを一掃した。さすがは化け物狩り部隊の隊員、といったところか。
「はーいっ!命中っ!」
 フランシスカは、顔に笑顔の花を咲かせながら、可愛らしい声を出す。彼女は時に、周囲の空気を明るく変えてしまうから、不思議だ。はつらつとした表情や発声が、非常に印象的である。
「どう?トリスタン。フラン、強いでしょーっ」
 胸を張り、自身に満ち溢れた顔つきで言う、フランシスカ。その表情からは、「これでも弱いと言える?」というような、挑戦的な雰囲気が漂っている。
「いや、べつに」
「ええっ。何その言い方ーっ!これでもフランが弱いって言えるの!?」
「弱い、なんて言うつもりはないよ」
「じゃあ強いって言ってよっ!」
「今回の戦闘の中で、もっともっと活躍したらね」
「もう!何それっ!」
 敵に向かう二人は、続く第二波に備えつつ、そんな会話をしていた。
 認められたいフランシスカと、認めたくないトリスタン——二人は、なんとなく似ているような気がしないこともない。……いや、気のせいかもしれないが。
 そんな中で、独り言のように呟くゼーレ。
「……元気な二人ですねぇ」
 彼はすっかり呆れ顔。
 多分フランシスカとトリスタンの会話を聞いていてのことだろう。

 そこへ、さらに敵がやって来る。またしてもアザラシ型化け物だ。
 ただ、先ほどのそれとは、外見が少しばかり違っていた。先ほどのアザラシ型化け物たちは白や灰色といった自然な色合いだったが、今来ているのはやや赤みを帯びている。女性に人気がありそうな、淡く可愛らしい色味だ。
 しかし、そんな柔らかな体色とは裏腹に、獰猛そうな顔つきをしている。
 大きく見開かれた血走っている目。獲物を殺す気に満ちているかのような激しい動作。そして、涎がだらだらと垂れている口。
 淡く可愛らしい体色とは対照的な、狂気を感じさせる様子である。
「ええっ!?今度のは可愛くないっ!!」
「これは僕の出番かな」
 剣の柄を握る手に力を加えるトリスタン。
 彼の本気の戦闘を見るのは久々な気がする。
 個人的には、痛めていた足首は本当にもう大丈夫なのか、ということが気になる。ただ、トリスタンならきっとやってくれることだろう。
 そう自分を納得させつつも、腕時計に指先を当て、いつでも援護できるように準備する。何事も、備えておくに越したことはない。
「やってやる」
 一言とともに、トリスタンの顔から柔らかさが消えた。
 深みのある青色の両眼から放たれる視線は、まるで念入りに研いだ刃のよう。向かってくるものなら、一切の躊躇いなく切り裂きそうな、そんな目つきをしている。
 そんな彼へ、接近していくアザラシ型化け物。
 両者ともただならぬ雰囲気を持っていて、私なんかは入り込めない空気だ。
「はぁっ!」
 気迫の声とともに剣を振り抜くトリスタン。
 その剣先は、アザラシ型化け物の一体をしっかりと捉えた。見事に斬られた一体は、一瞬にして塵と化す。
 だが、トリスタンへと迫るアザラシ型は一体ではない。何体もが同時に進んできている。複数で一斉に襲いかかり数で有利に立つ、という作戦に違いない。
 確かに、一斉に襲いかかられれば、いくら腕の立つトリスタンと言えどもすべてを捌くことは難しいだろう。
 数で押して勝とうという考えも、あながち間違ってはいないのだ。

 ——もっとも、この場にもう一人の戦士がいなければの話だが。

「させないよっ」
 フランシスカはちゃんと見ていた。
 そして、アザラシ型化け物の狙いをしっかりと読み取っていた。
「数で勝とうなんて、卑怯すぎ!」
 彼女が投げたドーナツ型武器が、アザラシ型化け物の戦闘能力を徐々に削っていく。
 最初に現れたアザラシ型とは違い、一撃で消滅させることはできないようだ。しかし、ダメージを与えることはできる。だから彼女は、回数当ててじわじわ削る戦法に切り替えたのだろう。
「トリスタンに怪我なんてさせないんだからっ」
 懸命に援護するフランシスカを見て、私は、「彼女もまた、一人の立派な戦士なのだな」と思った。そして、それと同時に、彼女に尊敬の念を抱いた。
 これぞ、フランシスカ・カレッタ。
 そんな彼女の真髄を垣間見ることができたと思った瞬間であった。

Re: 暁のカトレア ( No.107 )
日時: 2018/08/28 06:22
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: w93.1umH)

episode.100 距離

 フランシスカの援護を受けつつ、トリスタンはアザラシ型化け物を斬っていく。
 その剣捌きは、見ている者が思わず唾を飲み込んでしまうほど、華麗だ。襲いかかってくる敵を一体一体確実に仕留めていく様は勇ましく、剣を振り抜く動作は力強い。
 不安と感心が入り交じる心でトリスタンを見つめていると、隣のゼーレが唐突に口を開いた。
「なかなか……やりますねぇ」
 ゼーレの翡翠のような瞳は、アザラシ型化け物と交戦するトリスタンに向いている。興味がある、といった感じだ。
「トリスタンのこと?」
 ふと思い尋ねてみると、ゼーレはハッとした顔をする。
「あ、いえ。べつに、何でもありません」
「なかなかやる、って、トリスタンのこと?」
「まさか。あり得ないでしょう」
 ぷいっとそっぽを向いてしまうゼーレ。
「じゃあ、あのアザラシみたいな化け物のこと?」
 さらに質問してみるが、返答はない。ゼーレはそっぽを向いたまま黙り込んでしまった。
 聞かない方が良かったのだろうか、と不安になる。だが、そんなに際どい問いではないはずだ。黙るということは聞いてほしくない内容だったということなのだろうが、なぜ聞いてほしくないのかが謎だ。
 私が一人そんな風に思考を巡らせていると。
 それまで一切私を見ようとしなかったゼーレが、その面を、ゆっくりとこちらへ向けた。やや細めた瞳が、本当は言いたいことがある、と訴えているかのようだ。
「ゼーレ?」
「……トリスタンのことです」
「え?」
「先ほどの答え……トリスタンのこと、が正解です」
 言ってから、彼は機嫌を窺うような目つきでこちらを見てくる。
 ゼーレは他人のことなどあまり気にかけない質だと思っていた。それだけに、今の彼の目つきには少々驚きである。彼からこんな視線を注がれるというのは、不思議な感じがした。
「やっぱりそうだったのね」
 私がそう返すと、ゼーレは、アザラシ型化け物との戦いを継続しているトリスタンへと目をやる。
「なんというか……嘘をついてすみません」
 今日の彼は妙に正直だった。
 こんなにすんなりと謝罪するゼーレなんて、ゼーレらしくない。
「気にしないで。私だって、嘘をつくことはあるわ」
 私はそれだけ返した。
 人間なら誰だって、一度くらい嘘はつくものだろう。生涯一度も嘘をつかなかった正直者なんて、ほとんど存在しないはずだ。だから、私はそんなに気にはならなかった。
 他人の人生を壊すような嘘や命を奪うような嘘なら「気にならなかった」で済まされるものではないだろうが、今彼がついたような小さなものならば、激怒するほどの内容ではない。時にはそういうこともあろう、といった感じである。
「愛する者に嘘をつくのですから……救いよう馬鹿です。私は」
 勇ましく戦うトリスタンと、それをサポートするフランシスカ——二人の戦う様をじっと見つめながら、ゼーレはそんなことを呟いていた。
 私を一瞥しさえしないということは独り言なのだろうが、それにしても寂しそうな言い方だった。冬の夜に一人ぼっちで道を行く人、といったような哀愁が漂っている。
 そんなゼーレを放っておきたくない。
 わけもなくそう思った私は、彼に対して言葉を発する。
「いいえ、貴方は馬鹿なんかじゃないわよ」
 こんなありふれた言葉で彼を救えるとは思えない。励ませるとも思えないし、そもそも、彼が求めているのはこんなものではないのかもしれない。そういう意味で不安はあったけれど、今私にできることはこれしかないと思ったから、勇気を出して言ってみたのである。
「貴方がトリスタンを認めてくれるなんて、凄く嬉しいわ」
「……おかしなことをいいますねぇ」
「おかしくなんてないわよ、トリスタンは私の師匠だもの。師匠が褒められて弟子が嬉しいのは当然のことよ。もちろん、逆もだけれど」
「……はぁ。そうなのですか……」
 ゼーレは理解しきれていない様子だった。
 でも、今はそれでいい。すべてを理解しあうことはできずとも、僅かにでも相手を理解しようとする心があるならば、きっと上手くいくはずだもの。
 それから数秒が経って、ゼーレは小さく口を動かす。
「……ありがとうございます」
 唐突に放たれた予期せぬ言葉に、私は暫し戸惑いを隠せなかった。
「私がここにいられるのも、貴女のおかげです」
 追い打ちをかけるように告げられ、私はますます混乱する。
 耳に入ってくる言葉がゼーレによるものだと、どうしても理解できないからだ。
 素直でないことが特徴、と言っても過言ではない彼が、「貴女のおかげ」などと言ってくるなんて。到底現実だとは思えない。夢でも見ているのだろうか、と自分の感覚を疑ってしまいそうになる。
「あの……どうしてそんなことを?」
 私は思わず尋ねてしまった。
 それに対し、ゼーレは静かな声色で答える。
「罪人でありながら私が生きていられているのは、カトレア、貴女の温情ゆえ。にもかかわらず、まともに礼を言ってこなかったなと思ったので」
 こうしてゼーレと喋っている間にも、アザラシ型化け物は減ってきていた。トリスタンとフランシスカが頑張ってくれているおかげだ。後で思いっきり感謝の意を伝えなくては。
「お礼なんていいのよ。私はただ、貴方と敵対したくなかっただけだもの」
「……なぜ?」
「理由なんてないわ。でもね、貴方とはきっと分かり合えるって、勘が教えてくれたのよ」
 私の適当すぎる説明に、ゼーレはふっと笑みをこぼす。
「……勘、ですか。そんな曖昧なもので憎むべき敵を許すとは……貴女はやはりお人好しですねぇ」
「その通りだわ。あの頃は、私自身でさえ、よく分からなかったもの」
 ゼーレは、私から大切なものを奪った。だから、生涯かけて憎むべき敵——のはずだったのだ。
 なのに。
 それなのに、私はいつしか彼を憎く思わなくなった。むしろ、親しみを覚えるまでになっていた。
「ねぇ、ゼーレ」
 もちろん私は、彼を許したことを悔やんではいない。彼だって人だもの、幸せに生きてくれる方が良いに決まっている。当然だ。
 ただ、この胸に一つだけ、小さなわだかまりがある。
 私がこちらの陣営へ引っ張り込んだせいで、ゼーレがボスから狙われる身になってしまった。そのことに関する、わだかまりだ。
「一つ、聞いても構わない?」
「構いませんが……急にどうしたのです」
 このわだかまりを消し去るためには、ゼーレ本人から直接話を聞く外ない。
「ゼーレはこちらについたことで、ボスに狙われるようになってしまったでしょう。そのことについて、貴方は何か思っている?」
「一体何を……」
「私の選択のせいで貴方が危険な目に遭うことになってしまった。それを考えたら、私の選んだ道は間違っていたのではないかって、不安になるの。私はゼーレを不幸にしてしまったのかもしれないって、そんな風に思う時があるのよ」
 この際、隠すこともない。いっそすべてを話してしまえばいい。すべてを打ち明けて、その後のことは後で考えよう。
 私は自分へそう言い聞かせて、ゼーレとの会話に挑んだ。
「本当の気持ちを聞かせて」
 もっとも、それでも不安が軽くなることはなかったのだが。


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