コメディ・ライト小説(新)

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暁のカトレア 《完結!》
日時: 2019/06/23 20:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。


《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。

※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。


《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153


《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん

Re: 暁のカトレア ( No.93 )
日時: 2018/08/19 23:04
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gK3tU2qa)

episode.86 その腕の話

 トリスタンは白銀の剣を下ろし、ゼーレの喉元から剣先を離す。
 そして、怪訝な顔で尋ねる。
「どうしても護れない状況だったってこと?」
 ゼーレはわざとらしく、片手で、喉元をパッパッと払う。まるで、不潔な者に触られたかのように。
「そういうことです。私にでも、できることとできないことがありますからねぇ」
 あの時ゼーレがクロと交戦できなかったのは、ボスにやられた傷があったせいだ。だから仕方なかったのである。
「さすがにこの状態では……他人を護る余裕はありませんでした」
 だがトリスタンは納得しない。
「護れないと判断したなら、せめて、その場から逃がすくらいすべきだったんじゃないのかな」
「当然逃がそうとはしました。しかし、カトレアが拒否したのです」
 ゼーレを乗せている蜘蛛型化け物は、脚をさりげなく動かし、軽く足踏みしている。地味な動きが微妙に愛らしい。
「そうでしょう?カトレア」
 なっ……!
 私に話を振ってくるとは。
 しかし私は、心を落ち着けて、冷静に返す。
「そういえば、そうだったわね。あの時は勝手言っちゃって、ごめんなさい」
「いえ。謝ることはありません」
 ゼーレは視線を再びトリスタンへと戻した。
「そういうことです。納得していただけましたかねぇ」
 トリスタンは眉間にしわを寄せたまま言葉を返す。
「……分かった」
 ようやく、トリスタンの攻撃的な態度が緩んだ。刃のように鋭かった目つきは、ほんの少しだけ軟化している。
「まぁ、過ぎたことを責めても仕方ないからね。今回だけは許してあげることにするよ」
 ゼーレに対してだけは妙に上から目線なトリスタンである。
「その代わりと言っては何だけど、気になっていたことを聞かせてもらってもいいかな」
 気になっていたことってなんだろう?私はそんなことを思いながら、トリスタンとゼーレの話の行く末を見守り続けた。
 今ばかりはフランシスカも、私と同じように、黙って二人を見守っている。
「……何です?」
 軽く首を傾げるゼーレ。
 それに対してトリスタンは、真剣な顔つきで、ゆっくりと唇を動かす。
「その腕のことなんだけど」
「腕?」
「君の腕、明らかに人間のものじゃないよね。それは何?」
 意外なところを突っ込んだトリスタンに、私は衝撃を受けた。
 てっきり、また、恋愛感情だとか違うだとかについて質問するのだろうと、想像していたからである。
 腕の話が来るとは、夢にも思わなかった。
「それは何、とは……どういう意味です?」
 ゼーレは困惑の色を浮かべている。トリスタンが言った質問の意味が、いまいちよく分からなかったようだ。
「どうしてそんな腕なのか、少し気になってね。教えてくれるかな」
 トリスタンは躊躇いなく切り込んでいく。
 日頃は優しい彼が、意外にも複雑なところを尋ねたものだから、聞いていて不思議な気分になった。私に接する時の柔和な雰囲気とは真逆で、興味深い。
 ただ、ゼーレが不快感を抱いていないか、若干心配だった。

 それから少しして、ゼーレは答える。
「……分かりました」
 ゼーレにしては珍しく、すんなりと言った。
 彼のことだから、色々と嫌み混じりの言葉を吐くものと思っていたのだが、そんなことはなかった。私の脳は、少し、ゼーレと嫌みを関連づけすぎているのかもしれない。
 ちなみに、今のところゼーレは、不快の色を浮かべてはいない。
「初めてボスに会ったのは……確か、二十年ほど前でしたかねぇ」
 二十年も前——それは、私が生まれる前。レヴィアス帝国に化け物が現れるようになったのよりも、ずっと前である。
 話し出したゼーレの言葉を、トリスタンは真面目な顔つきで、黙って聞いている。余計なことを言わない方がいいな、と判断し、私も静かに聞いておくことにした。
「ある夜、私がいた島は襲撃に遭い、あっという間に陥落した……そんな感じだったはずです。もちろん、今やその頃の記憶は、あまりありませんがねぇ」
 ——同じだ。
 私の村が一夜にして壊滅したのと。
「島を護ろうと抵抗した大人たちはボスの手にかかり死に、戦いに参加しなかった幼い子どもはその身柄を拘束されたのです」
 話を聞くトリスタンの顔がほんの少し険しくなる。
「私もその中にいました。子どもたちを拘束したことをボスは、『来るべき日のための準備』と言っていた……もっとも、その意味など知る由もありませんでしたがねぇ」
 それはそうだろう。
 突然現れた謎の敵に身柄を拘束されて、『来るべき日のための準備』なんて言われても、誰だって困惑する外ない。もし仮に、その子どもの中に私がいたとしても、「何の話?そんなのいいから、早く解放してよ」程度のことしか思わなかったはずだ。
 純粋な子どもには、大人の考えはそこまで分からないものだ。
 特に、穢れた大人の思惑などは、読み取れるはずがない。
「それから十年ほどは、『来るべき日のため』とだけしか聞かされないまま、訓練を受けていましたねぇ。その中でぽんぽん死んでいったのは……懐かしい思い出です」
 ぽんぽんって……。
 表現はユニークで面白いが、内容は微塵も笑えない。
 いくら子どもだとはいえ、そんな簡単に死ぬような訓練、もはや訓練の域ではないではないか。内容の詳細までは知らないが、子どもに対してそんなに厳しい訓練を受けさせるなど、あまりに残酷だ。
「訓練で脱落する者もいれば、化け物研究のために実験体となり果てる者もいましたが……私は運が良かったので最後まで生き残ることができました。かくして、私はボス直属の部下となる権限を得たわけです」
「それで、腕は?」
「腕がこんなことになったのは、その後です。偶然ボスの意図を聞いてしまった私は、逃亡を試み、しかし結局捕まりました。そして、逃亡しようとした罪とのことで、気づけば両腕をちょっきりいかれてしまっていたのです」
 ちょっきり、とは、これまた独特な言葉選びだ。言葉自体は軽い響きだが、意味を考えると何とも言えない心境になる。
「意識が戻った時には、既にこの腕になっていましたねぇ」
 ゼーレはそこまで話すと、自嘲気味に笑うのだった。

Re: 暁のカトレア ( No.94 )
日時: 2018/08/20 18:04
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: V7PQ7NeQ)

episode.87 楽しく過ごそうよ

 帝国軍基地内にある食堂にて、今私は、ゼーレの失われた腕に関する話を聞いている。既に昼時は過ぎ、夕食まではまだしばらく時間があるという、中間的な時間帯であるため、食堂は空き気味だ。営業してはいるものの、人が少ない。
「そして、ボスは私に言ったのです。人の心を捨て、絶対服従することを条件に、命だけは見逃してやってもいい、と」
 ゼーレは己の機械風の腕を一瞥し、ふっ、と息を漏らした。まるで、過去の自分を軽蔑するかのように。
 そこへ、怪訝な顔をしていたトリスタンが、口を挟む。
「その条件を飲んだということなのかな」
「そうです。そして、化け物を生み出し操る力を授けられたのも、その時でした」
 放たれた問いに対し、ゼーレは首を縦に振る。
 その瞬間、トリスタンの整った顔に、憤りの色が浮かんだ。青い瞳は燃えている。
「じゃあ君は、自分が助かるためだけにボスについたんだ。そして、化け物を使ってたくさんの人を殺めた」
 トリスタンの声は静かだった。けれども、噴火する直前の火山のような、得体の知れない力を感じさせる。
「許されることじゃないよ、それは」
「まぁ……そうでしょうねぇ」
 蜘蛛型化け物の上に座ったままゼーレが返した刹那、トリスタンがテーブルを強く叩いた。
「どうしてそんなに飄々としていられるのかな!君は!」
 トリスタンの口から放たれた叫びは鋭く荒々しいものだった。嵐の夜の海のような激しさである。
「死んだんだよ!人が!それもたくさん!」
「そうですねぇ。しかし、私が生きるためのやむを得ない犠牲でした」
「……生きるため?ふざけたことを!」
 今にも殴りかかりそうになるトリスタンを、私は咄嗟に制止する。
「待って!トリスタン!」
 比較的空いている時間とはいえ、周囲に人が一人もいないわけではないのだ。こんなところで乱闘騒ぎが起きれば、私もゼーレも、また目をつけられてしまう。それだけは避けたい。
「トリスタン、喧嘩は駄目よ」
 私は彼の片腕を掴み、じっと見つめて、落ち着かせるように努めた。
「でもマレイちゃん……」
「言いたいことがあるのなら、落ち着いて言ってちょうだい」
 視線の先にあるトリスタンの瞳は揺れていた。
 その美しい瞳は、鏡のように、彼の心を映し出しているのだろう。
「……マレイちゃん、君の村や大切な人たちもゼーレにやられたんだよ」
「そんなことは分かっているわ」
 一メートルも離れていないトリスタンの瞳を、真っ直ぐに見つめることは、私にはできなかった。
 無論、いつもなら何も考えずに目を向けられただろう。
 しかし、この静寂の中で、彼を直視することは、今の私には難しかったのである。
「なら、どうしてゼーレに優しくする必要があるのかな」
「お願い。そんなことを言わないで。ゼーレは変わったの。もうあの頃の彼とは違うわ」
 私がそこまで言うと、トリスタンは黙った。
 さらなる静寂が私たちを包み込む。
 いつもは活気のある食堂なのに、よりによって今は、人がほとんどいない。一番端の席に座っている大人しい二人組くらいしか見当たらないという状況だ。
 こういう時にこそ騒がしさが必要なのに、と、私は心の中で呟いた。
 もっとも、心の中での呟きなど、何の意味もないのだけれど。

 ——長い沈黙。
 それまで激しく言葉を発していたトリスタンが黙ったことにより、その沈黙はより一層深まった。
 トリスタンは今、微かに俯き、憂いを帯びた表情で黙っている。そんな彼にかける言葉を、私は持っていない。ゼーレは自分を乗せている蜘蛛型化け物を撫でながら、静寂が過ぎ去るのを待っている様子だ。
 この沈黙が永遠になったらどうしよう——そんな風に思ってしまうほど、重苦しい空気が漂っている。
「ねぇ」
 そんな沈黙を、やがて一つの声が、破った。
「どうしてみんな、そんなにややこしいのっ?」
 声の主はフランシスカ。
 私を含む三人のごたごたに若干巻き込まれた彼女は、呆れ顔だった。
「ゼーレを仲間に加えるって言ったのはグレイブさんだよ?あの超化け物嫌いのグレイブさんが決めたんだし、もうこれ以上何だかんだ言っても無駄なんじゃないのっ?」
 それはそうかもしれない。
「せっかくの休める時間なんだからさ、せめてその時くらいは楽しく過ごそうよっ」
「フランには関係ない」
 トリスタンは冷たい態度をとる。
 それに対し、負けじと言い返すフランシスカ。
「あるっ!全然関係なくない!」
 制止していた空気が、少しづつ少しづつ、再び動き始める。
「だから、喧嘩はここまで!取り敢えず甘いもの貰ってくるから、それ食べて休憩!分かったっ!?」
 フランシスカは、席から立ち上がると、両手を腰に当てながらそう言った。兄弟喧嘩を収めようとしている母親のように。
 それから彼女は席から離れた。
 場には三人だけが残される。気まずさは最高潮に達している。
「トリスタン、取り敢えず一旦座りましょ」
「……そうだね」
 私は先にトリスタンへ声をかけ、彼を席につかせた。
 刹那、ちらりと彼の顔を見る。
 顔色を見る感じでは、だいぶ落ち着いてきているようだった。凄まじい迫力を醸し出す憤りの色は、既に消えている。これなら、平和的に進めていけそうな気が、しないこともない。
 続けて私は、ゼーレの方へと目を向ける。
「ゼーレ、体調は大丈夫なの?」
 蜘蛛型化け物を愛しそうに撫でていたゼーレは、さりげなくこちらへ視線を向けると、口を開いた。
「問題ありません」
 淡々とした調子で言った後、彼は再び、視線を蜘蛛型化け物へと戻す。
 ゆったりとした、柔らかな手つきで撫でてもらった蜘蛛型化け物は、脚をくいくいと動かして喜びを表している。何だか妙に幸せそうだ。
 眺めている方まで幸せな気分になってくるような光景である。

 こうして、本格的な喧嘩にまで発展することはなく済んだ。
 今回は、一歩誤れば殴り合い、というところまでいきかけていた。にもかかわらず、大喧嘩にならず済んだのは、フランシスカのおかげだろう。

Re: 暁のカトレア ( No.95 )
日時: 2018/08/21 22:30
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gK3tU2qa)

episode.88 辛さの意味

 それから三日。
 シブキガニを殲滅するべくダリアへ行っていたグレイブたちが、帝都へと戻ってきた。
 その夕方、今回の任務に関する報告とのことで、召集がかかり、私は指定の部屋へと向かう。指定されていたその部屋は、シブキガニ殲滅の任務が始まる前に一度呼び集められた部屋と、同じところだった。
 さすがに二度目は早く行ける。
「こんばんは!」
 扉を開け、元気よく挨拶をする。
 今は夕方で、昼という感じでも夜という感じでもない。そのため、「こんにちは」か「こんばんは」か迷った。が、外が暗くなりつつあることを考慮し、一応「こんばんは」を選択した。
 しかし中には誰もいなかった——いや、それは間違いだ。
 椅子がいくつも並んだその部屋の一番端、かなり目立たない位置に、ゼーレが座っていたのだ。
 つまり、正しくは「誰もいなかった」でなく、「一人だけいた」だったのである。
「……カトレアですか」
 彼はほんの一瞬こちらを一瞥し、ぽつりと呟いた。しっとりとした小さな声で。
「もう来ていたの?早いのね、ゼーレ」
「早くはありません。既に、開始予定時刻の二十分前ですからねぇ」
「二十分前って、だいぶ早いと思うわよ……」
 ゼーレは割れた仮面をまだ着用している。もはや顔の半分ほどしか隠せていないというのに、彼はまだ、着けたままだ。隠せているつもりなのだろうか。
「その仮面、外さないの?」
 私は彼が座っている方へ歩いていきながら、気になったことを尋ねてみた。そして、彼の隣の椅子に腰かける。
「今のところ……外す予定はありませんねぇ」
「なぜ?」
 外す気は微塵もなさそうな様子を不思議に思い、さらに尋ねてみた。
 すると彼は、愚痴を言うような声色で答える。
「じろじろ顔を見られると不愉快だからです」
 それを最後に、場は静まり返ってしまった。
 私とゼーレ二人だけでは、なかなか話が続かない。
 どうにかしようと話題を探してみたけれど、結局良さげな話題は思いつかなかった。何を話しても彼を傷つけてしまうような気がして、こちらから話を振る気にはなれないまま、ただ時間だけが流れていく。
「……カトレア」
 やがて、口を開いたのはゼーレ。
 気まずそうな顔をしながらも、視線はこちらに向けている。
「一つ、質問をしても構いませんかねぇ」
「もちろん。構わないわよ。何?」
 私は彼の翡翠のような瞳へ視線の先を向けた。
 それにより、ゼーレの顔に浮かぶ気まずさの色は、さらに濃くなる。何だか少し申し訳ない気もするが、彼から視線を逸らすことはしなかった。
「もし仮に」
 仮面の隙間から視認できるゼーレの唇が、控えめに動く。その息遣いからは、緊張している様子が窺えた。
「私が貴女を愛していると言ったら……貴女はどうします?」
 聞いた瞬間、心臓が大きく鳴った。
 ゼーレの質問があまりにも予想外のものだったからである。
「どうしてそんなことを聞くの?」
 私は、動揺を必死に抑えつつ、彼を見つめて問う。
 きっと冗談なのだろう。本気になって馬鹿らしい、と私を嘲笑うための質問に違いない。だって、それ以外に、彼がこんなことを問う必要性がないから。
 けれども、私の目に映る彼の表情は、真剣なものだった。
 他人を馬鹿にするための冗談を言っているとは到底思えない、繊細な表情をしている。
「ゼーレ、冗談なら止めて。そんな冗談……笑えないわ」
 そう言うしか、私には手がなかった。
 でも、仕方がないのだ。急に意味の分からないことを言われたのだから。
「この程度で本気になって馬鹿らしい、って、私を笑うつもりなのでしょう」
 今だけは、馬鹿だと笑ってほしかった。そんなわけないでしょう、と、いつものように嫌み混じりで言ってほしかった。
 そうでなくては、彼の意図が微塵も理解できない。
「……そうですねぇ。私も……そうやって笑えたなら良かったのにと思います」
 ゼーレはほんの僅かに俯いていた。
 その口元には、寂しげな笑みが、うっすらと浮かんでいる。
「出会いたく……なかった」
 彼の口から零れ落ちた言葉に、私は戸惑うしかなかった。
「え、何?いきなりどうしたの?」
 私は敢えて、何事もなかったかのように尋ねてみた。戸惑いは隠し、平静を装って、口を動かす。
 所詮私が行うことだ、薄っぺらい演技の域を出ない。
 だが、それでも少しは、この激しい動揺を隠せているはずだ。
「……辛いのです。もう、貴女といることが……」
「辛いって……どうして急にそんなことを言うの?もしかして私、何か嫌なことをしてしまっていた?」
「……そういうところです」
「へ?」
 つい情けない声が出てしまった。
 このタイミングで情けない声は、正直少し恥ずかしい。
「そうやって優しくされるから、辛いのです!」
「えぇ!?」
 ますますわけが分からなくなってきた。優しくされるのが辛いだなんて、明らかに変だ。
「優しくされればされるほど貴女が頭から離れなくなるから嫌なのです!」
 ゼーレは口調を急激に強める。怒った時のトリスタンをも凌駕するほどの迫力に、私はただ、慌てることしかできない。何がどうなっているのか分からないからである。
「え。え。ちょ、どういうこと……」
「分からないでしょうねぇ、貴女には!」
「ご、ごめんなさいっ!?」
 もはや、なぜ謝っているのかも分からない。
 これは何なの!?
「あのっ、えと……ごめんなさ……」
 彼を本気で怒らせたら、何をされるか分かったものでない。だから私は、ゼーレを落ち着かせようと、取り敢えず謝っておく。
 するとゼーレは、やっと言葉を止めた。
 己の額へ手を当て、少しして、はぁ、と溜め息を漏らす。
「失礼。少々取り乱しました……」
 どうやら冷静さを取り戻したらしい。
 私は内心、安堵の溜め息を漏らした。二人きりの時に怒らせてしまうというのは怖いものだ。
 それからゼーレは、わざとらしく、一度咳払いをした。
「どうやら察してはいただけないようですねぇ……」
 おっ、ゼーレの嫌みが……!
「仕方ありません。この際、直球でいきましょう」
「ちょ、直球?」
「そうです。貴女の物分かりが悪すぎるからですよ」
 おぉ……!
 ゼーレの性格の悪さが戻ってきた……!
 なぜか少し嬉しい。旧友と再会したような気分だ。
「分かったわ!何でも言って!」
 やっぱりゼーレは嫌みを言っている方がいいわ。その方が安心して話していられるもの。
 直後、仮面の隙間から見える瞳が、私を直視した。
 まるで、この胸を貫くかのように。
「こんなことを言う資格はないと分かったうえで言わせていただきます」
 そこで一旦言葉を切り、心を整えるように深呼吸を行うゼーレ。
 口の器用な彼が、わざわざ深呼吸してから言わなくてはならないようなことだ。きっと、とても大事なことなのだろう。
「私は貴女を、愛してしまったかもしれません」

 ……えっ。

Re: 暁のカトレア ( No.96 )
日時: 2018/08/22 21:05
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6Bgu9cRk)

episode.89 さらなる刺客

 突如放たれたゼーレの言葉に、私は言葉を失った。何も返せず、ただ、彼の顔を見つめ続ける。
 そんな私に、彼は口を動かす。
「驚いた顔をしていますねぇ……ただ、これはまぎれもない真実です」
 室内には私とゼーレしかいない。完全な二人きりだ。聞いている者も誰もいないだろう。そんな静まり返った部屋の中、ゼーレの静かな声だけが空気を震わせる。
「べつに、受け止めろとは言いません。貴女にそんな酷なことを求める気はありませんから」
 言いながらゼーレは、壁に掛けられた時計をちらりと見ていた。時間を確認しているものと思われる。
 その頃になり、ようやく脳が動き出してきた私は、口を開く。
「あ、いえ。ごめんなさい。少しびっくりしてしまっただけよ」
 口から滑り出たのは、そんな、何でもないような言葉だった。暫し頭が真っ白になっていた私には、この程度が限界だったのである。
「でも、愛してしまったかもしれないって、どういうこと?仲良くしたいと思ってくれているなら、それに越したことはないけれど……」
「仲良く?貴女は本当に子どもですねぇ」
 どうしてそんなこと言われなくちゃならないのよ!
 ……なんて、言えるわけもなく。
「私が求めているのは、そんなものではありません」
「じゃあ、貴方が求めているものは何?」
 開始予定時刻まで、あと十分ほど。
 この時間になってまだ誰一人来ないというのは妙だが、もうまもなく誰か来るはずだ。ゼーレがここへ来ていた以上、集合場所を間違えているという可能性は低いし、全員が遅刻ということも考え難い。
「私が求めているのは——貴女の隣です」
 ゼーレは私の問いに答えた。迷いのない、しっかりとした声色で。
「私の、隣?」
「そうです」
「どうして?今既に隣にいるじゃない」
 意味が分からず首を傾げていると、ゼーレはやれやれといった顔をした。完全に呆れられてしまっている。
 だが仕方がないではないか。私の脳では処理しきれないことを言われたのだから。
「まったく……貴女は疎いですねぇ。私が言っているのは、そういう意味ではありません」
「え。違うの?」
「私が言っているのは、物理的な位置のことではなく——」
 ゼーレが言いかけた時。
「心の距離、でごわすな」
 突如、どこからともなく、聞き慣れない声が聞こえてきた。低く極太の、いかにも男性らしい声質だ。
 そして、その直後。
 天井の一部がパカッと開き、ドシン、と黒い何かが落下してきた。
 黒い何かが落ちてきたのは、部屋の中央辺り。だから、私とゼーレがいる場所からは多少距離がある。しかし、敵の可能性もあるため、油断はできない。
 やがてむくりと起き上がる黒い何か。
「ゼーレ、あれは敵?」
「そんな感じがしますねぇ……」
 私は椅子から立ち上がった。
 もし敵だったなら、怪我しているゼーレを護らなくてはならないからだ。
 最悪私一人で戦わなくてはならない可能性もある。そのため、私は、心を強く持つよう意識した。
 何が待ち受けるにせよ、心の準備は必要だ。
「まさかここでゼーレ殿の恋心を聞いてしまうとは……」
 黒い何かは完全に起き上がる。
 その正体は男だった。
 髪とそこから繋がるように生えた顎ひげは真っ黒で、まるでゴリラのような男だ。肩と腕の筋肉が抜きん出て発達しているらしく、上半身が山のように盛り上がっている。
 そんな彼は、ゼーレをびしっと指差して言い放つ。
「しかーし!安心していただきたいでごわす!」
 何だろう、この人……。
「おいらは他人の恋について、勝手に広めたりはしなーい!」
 椅子から蜘蛛型化け物の背へと移ったゼーレは、ゴリラ風の男を鋭く睨む。
「……何者です」
 警戒したようにゼーレが聞くと、男は筋肉のついた腕を振り回しながら答える。
「おっと、自己紹介が遅れて申し訳なかったでごわすな。おいらの名はシロ!黒いけどシロでごわす!」
 恐ろしいほど似合わない名前だ、と思った。
「リュビリュビ様の命により、ゼーレ殿を抹殺しに参ったのでごわす!」
 その言葉が発された瞬間、室内の空気が急激に引き締まる。
 目の前のゴリラのような男——シロは、先日のクロと同じで、ゼーレの命を狙っているようだ。
 最近はこんなことばかりで、嫌になってくる。……もっとも、散々狙われてきた私が言えたことではないのだが。
「抹殺……!ということはやっぱり、ボスの手下!?」
「最終的にはそういうことでごわすな」
 シロは肩回しを豪快に行い、その後、指をバキバキと鳴らす。威圧的な音だった。
 そして彼は、再び、こちらへ指を差す。
「しかーし!おいらが働くのは、正確には、ボスのためではなーい!」
「だったら何のためにこんなことをしに来たの……?」
「教えて差し上げよう!すべては愛しのリュビリュビ様のためでごわす!」
 言いきってから、一人満足そうに頷くシロ。
 その表情は、すべてに満ち足りたようなもので、凄く幸せそうだった。
「……リュビエの手の者ということですか」
 ゼーレは、はぁ、と溜め息を漏らしつつ述べた。今の彼には呆れしかなさそうだ。
「その通りでごわす。しかーし!リュビリュビ様のことを呼び捨てにするとは、許せないでごわす!」
 シロは鼻息を荒くして憤慨する。敬愛するリュビエを呼び捨てにされたのが不愉快だったのだろう。しかし、私からしてみれば、『リュビリュビ様』などという愛称のようなもので呼ぶというのも失礼だと思うのだが。
 そんなことを考えていると、シロは急に、はっきりと宣言する。
「というわけで、ゼーレ殿。お命、頂戴致す!」
 いきなり戦闘体勢をとるシロ。
 彼は本気でゼーレを倒すつもりのようだ。
「カトレア……貴女は外へ出て下さい」
「駄目よ!ゼーレも逃げた方がいいわ!」
「もう貴女に……これ以上迷惑はかけられません」
 ゼーレは深刻な顔をしていた。
「早く行って下さい」
「嫌よ!」
「意地を張らないでいただけますかねぇ……」
「逃げるなら一緒に!」
 彼一人をここへ残して、私だけ逃げるなんて、そんなことはできない。
 なんせゼーレは負傷者である。蜘蛛型化け物がいるとはいえ、命を狙っているような者と一対一で戦わせるなど、絶対に嫌だ。

Re: 暁のカトレア ( No.97 )
日時: 2018/08/23 17:50
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 59tDAuIV)

episode.90 妄想風船

「おっと。そう簡単に、逃がしやしないでごわすよ?」
 私とゼーレのやり取りを聞いていたシロは、不愉快そうに顔を歪めながらぼやく。
 そして、続けて叫ぶ。
「行かせてもらうでごわす!」
 床を揺らすほどの叫び。
 そして彼は、私たち目がけて走ってくる。
「来たわ!ゼーレ!」
「……カトレアは下がっていて下さい」
 ゼーレは小さく返すと、その金属製の両腕を伸ばす。すると、床から、かなりたくさんの蜘蛛型化け物が現れた。詳しい仕組みは分からないが、かなり迫力のある光景だ。
「時間を稼ぎなさい」
 淡々とした調子で命ずるゼーレ。
 蜘蛛型化け物たちは、命に従い動き出す。半分は壁を作り出し、もう半分は近づいてくるシロを待ち受ける。
 だがシロはそんなことは気にしていないようだ。やや猫背気味の格好はそのままに、両腕をブンブン振り回しながら迫ってくる。
 勢い任せのシロ、配置を意識する蜘蛛型化け物。正反対ではあるが、どちらも凄まじい迫力だ。
 その光景を少し感心しながら見ていると、ゼーレが声をかけてくる。
「ここは一旦退きましょう、カトレア」
 割れている仮面の隙間から覗く翡翠のような瞳は、私をじっと見つめていた。その色は、真剣そのものである。
「え、退くの?」
「このスペースでは……さすがに不利ですからねぇ」
 目を細めながらゼーレは答えた。
「そういうこと。分かったわ。じゃあゼーレが先に……」
 言い終わるより早く、私はゼーレに抱き上げられた。
 この体勢は俗に言う『お姫様だっこ』というものだろう。しかし、実際にされてみた気分は、お姫様というより子どもだ。
 何とも言えぬ、複雑な心境である。
「揺れますから、そのつもりでいて下さい。くれぐれも……情けない声など出さぬように」
 背にひんやりとした感触。
 その原因は、ゼーレの金属製の腕が触れていることだと思われる。
「ちょっと、何をする気?」
「突破します」
「と、突破って?」
 私はゼーレの腕から降りると、蜘蛛型化け物の上に座った。
「一旦この部屋から出ます。ここは基地内ですからねぇ……敢えてリスクを負う必要もないでしょう」
 なるほど、それもそうだな。そんな風に思った。
 重さに差はあれど私もゼーレも負傷している。敵地でもないのに無理して戦うというのは、賢明な選択とは言えない。
 今は、ゼーレが言うように、一旦逃げるのが得策だろう。
「そうね。じゃあ任せるわ」
 私はゼーレと目を合わせる。そして、お互いに見つめあったまま、頷く。それとほぼ同時に、私たち二人を乗せた蜘蛛型化け物は動き出した。

 ——だが、シロとてそう易々と見逃しはしない。
「逃がさないでごわすよ!」
 私とゼーレが部屋の出口に向かっていっていることに気づいたシロは、蜘蛛型化け物の群れから目を逸らし、体をこちらへと向ける。
 そして、私たちの方へ突進してきた。凄まじい勢いだ。
「ゼーレ!来てるわ!」
 そう叫んだ——直後。
 突進してきていたシロの体が、宙に浮いた。筋肉隆々の太い腕を振り被っている。
 私は反射的に身を縮めた。
「おるゅああぁぁぁぁ!!」
 鼓膜を貫くは、凄まじい雄叫び。
 私は迫力に圧倒されて、その場で身を伏せる。それにより、シロの拳を浴びることは辛うじて免れることができた。
 しかし。
 シロの拳は、ゼーレへと突き刺さる。
「……っ!」
 ゼーレは詰まるような息を漏らす。
 彼は胸の前で両腕を交差させ、ぎりぎりのところでシロの拳を防いでいた。常人を遥かに超越した反応速度は、さすがとしか言い様がない。
 ただ、防ぎはしたものの、拳の勢いを殺しきれてはいなかったようだ。
 ゼーレの体は吹き飛ばされた。そして、信じられないほどの速度で壁に激突。ほんの数秒のことだった。
「……くっ」
 何とか立ち上がるも、よろけてまともに動けないゼーレ。そんな彼の腹部に、シロの拳が突き刺さった。
 今度こそは直撃。
 これにはさすがのゼーレも顔をしかめる。
「ゼーレ!」
 慌てて蜘蛛型化け物から降りようとした私に向け、ゼーレは鋭く叫ぶ。
「来る必要はありません!!」
 予想外にきつい言い方だったため、私は、その場から動けなくなる。
 そんな中、体をくの字に折り曲げたまま叫ぶゼーレの片方の腕を、シロが掴むのが見えた。
「ゼーレ殿も不幸でごわすなぁ」
 嫌らしく、にやにや笑うシロ。
「このような腕では、想い人を抱き締めることさえままならない」
 シロの心ない言葉に、ゼーレの瞳が揺れた。
 なぜそんなことを平気で言えるのだろう。そんな思いが、私の胸中を満たしていく。
 ゼーレは望んで腕を捨てたわけではない。それはシロだって分かっているはずだ。にもかかわらず、敢えて傷を抉るような真似をする理由は、私には分からなかった。
「喧嘩だけは、一人前に売りますねぇ……」
 ゼーレは、一時こそ動揺したような顔をしていたものの、既に落ち着きを取り戻しつつあるようだ。
 切り替えの早さは、見事である。
「死ぬ前に教えて差し上げるでごわすよ」
「…………」
「人の腕もない、愛されたこともない。そんなゼーレ殿には、恋なんて無理でごわす」
 言いきった後、シロは、ゼーレの腕をねじ曲げる。
 そもそも負傷していたゼーレが、筋肉隆々なシロから逃れられるわけもない。ゼーレはただ、苦痛に耐えるしかなかったことだろう。
 そんなゼーレを見て、シロは既に勝った気でいる様子だ。
「最期に何か、言い残すことはあるでごわすか?」
「……そうですねぇ」
「遺言は、おいらがちゃーんと、聞いて差し上げるでごわすよ」
 既に勝った気になられ、不快そうに顔をしかめるゼーレ。
「そしーて!ゼーレ殿抹殺に成功したおいらは、むふふ、リュビリュビ様に気に入られ、ぐふっ、リュビリュビ様と晴れて結ばれるのでごわす!むふふふふ」
 シロはゼーレ抹殺後に思いを馳せ、鼻の下を長くしていた。黒い顎ひげが目立つ顔面は赤らみ、鼻息は荒くなっている。
「むふふむふふむふむふむふふふふふ!ぐふふっ!ぐふふふふ!」
 彼はよほどリュビエを愛しているのだろう。リュビエのことが好きで好きで堪らない、ということだけは、ひしひしと伝わってくる。
 ……ただ、この光景をリュビエが見たら、シロに対して少なからず嫌悪感を抱くことだろう。
「早くリュビリュビ様に褒められたいでごわーす」
 妄想にふけるあまり、ほんの一瞬、ゼーレの腕を掴むシロの手が緩んだ。
 その隙を、ゼーレは見逃さない。
「……妄想が好きですねぇ」
 汚いものを見るような視線をシロに向けつつ、ゼーレはぽそりと吐き捨てる。
 ——次の瞬間。
 閃光の如く放たれたゼーレの蹴りが、シロの胸部へ命中した。


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