コメディ・ライト小説(新)

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暁のカトレア 《完結!》
日時: 2019/06/23 20:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。


《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。

※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。


《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153


《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん

Re: 暁のカトレア ( No.83 )
日時: 2018/08/12 16:39
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KnTYHrOf)

episode.76 流れる星に願うのは

 頬にひんやりとしたシーツの感触。私は今、トリスタンによって、ベッドの上で押し倒されているのだ。
 彼らしからぬ積極的な近寄り方に、私はただ、呆然とすることしかできなかった。
「……ち、ちょっと。どうしたの?」
 ベッド上で馬乗りになってくるトリスタン。
「何?何なの?」
「ゼーレとマレイちゃんが仲良くしているのを見ると、何とも言えない複雑な気持ちになるんだ」
 トリスタンのさらりとした金髪が、私の顔に触れる。こそばゆい。
 だが、至近距離で見ると、その髪は本当に美しかった。ほんの少しの明かりを照り返し、薄暗い中でも煌めいている。存在感が凄まじい。
「マレイちゃんをゼーレに取られてしまうような気がして……もやもやする」
 唇を微かに開いたまま、トリスタンはこちらをじっと見つめてきた。その青い瞳の奥には、熱いものが燃えている。
「だから、ここではっきりさせよう」
「え?」
「マレイちゃんが誰のものなのか」
 トリスタンは片腕を私の首へ回す。そして、顔を近づけてきた。
 均整のとれた彼の顔は、近くで見ても粗が目立たないほどに整っている。そもそも一つ一つの具が良い形をしていて、それらが合わさり一つの完成された容貌を作り出している。
 だが、いくら美しい顔をしているからといって、言いなりになるわけにはいかない。
「止めて、トリスタン。これ以上近づかないで」
「マレイちゃんは……僕のこと嫌い?」
 状況が掴みきれない。
 今のトリスタンは、まるで、酔っぱらって正気を失っているかのようだ。
「嫌いとかじゃないわ。でも、こんなことをするのは止めてほしいの。私たち、そんな関係じゃないでしょう」
 ある意味では師弟、ある意味では仲間。
 けれども、私たちの間に男女の関係なんてものはない。そんな関係、存在するわけがないではないか。
「トリスタンはこんなことをするために、わざわざ部屋まで来たの?」
 彼の青い瞳をじっと見つめながら尋ねてみる。
 すると彼は、はっ、とした顔をした。心の振幅が面に滲み出ている。非常に分かりやすい。
 数秒して、彼は慌てた様子で私の上から離れる。
「ご、ごめんっ!」
 かなり焦った顔をしている。
「マレイちゃん、痛くなかった!?大丈夫!?」
 トリスタンは飛ぶように退くと、慌てているのがよく伝わってくる声色で言った。らしくなく、瞳が揺れている。
 私はゆっくりと上体を起こすと、「大丈夫よ」と答えた。
 押し倒されただけで、まだ何もされていない。だからセーフだ。ややこしいことになる前にトリスタンが引いてくれて良かった。
 それから少しして、彼は、気まずそうな視線をこちらへ向けてくる。
「嫌われちゃった……よね。ごめん」
 何というか、いちいち面倒臭い。
「ごめん。帰るよ」
 まるで逃げ出すかのように、素早く立ち上がるトリスタン。
 その背中に私は言う。
「待って!」
 部屋から出ていこうとしていたトリスタンは、びくっと身を震わせ足を止める。そして、悪事がばれた人のような顔で振り返る。
 そんな顔しなくても、と思ってしまったくらいだ。
「……マレイちゃん」
「トリスタン、あまり無理しちゃ駄目よ。もやもやするのは、多分、疲れているからだと思うの。だから、本当に、ゆっくり休んだ方がいいと思うわ」
 さっきの彼の言動は、どう考えても不自然だった。彼がするとは到底思えないようなことを、彼は躊躇いなく行ったのだ。それは恐らく、色々あったせいで疲れているからだろう。
「様子を見に来てくれたのは嬉しいけれど、やっぱり、トリスタンは先に帰って休むべきよ。私たちはまだ帰らないし……」
 私は自分の意見を述べた。
 トリスタンは本来、帝都にある基地で休養する予定である。休養するよう言われているのに無理して行動するのは、あまり褒められたことではないと思う。
 すると彼は、少し目を伏せてから、静かにこくりと頷いた。
「……そうだよね。うん。マレイちゃんの言う通りにするよ」
 海のように深みのある青をした瞳は、どこか悲しげな色を湛えている。
 私は、そんな彼の手を、そっと握った。
 彼の手は私のそれより大きい。けれどもどこか頼りない雰囲気を漂わせている。もしかしたら、今の彼の心を映し出しているのかもしれない。
「私を大切に思ってくれるのは嬉しいわ。でも、無理はしないでちょうだいね」
 疲労は身体だけでなく精神にも影響を及ぼすものだ。疲れが溜まったことによって、もやもやしたり憂鬱になることもあるだろう。
 トリスタンが何とも言えない複雑な気持ちになっているのも、恐らくは、疲労の蓄積が原因だと思われる。美味しいものを食べ、ゆったりと過ごし、しっかり眠る。それだけで、いくらか楽になるはずだ。
「……うん」
 トリスタンは小さく答えた。
「ありがとう、マレイちゃん。急にあんなおかしなこと……どうかしていたよ。ごめんね」
「いいえ、気にしなくていいわ。私たちは仲間だもの」
 私は敢えて明るく言い放つ。
「困った時はお互い様よ」
 彼が私を何度も救ってくれたように、私も彼を救いたい。
 いや、救う、と言うのは大袈裟かもしれない。正しくは、できるなら力になりたい、という意味である。
 困った時はお互い様。
 だって私たちは、同じ部隊に所属する、共に戦う仲間だもの。

 トリスタンが部屋から去っていった後。
 私は一人、窓辺で、夜空を眺めた。
 暗幕を張ったような、真っ黒の夜空。そこにはいくつかの星が浮かび、生き生きと瞬いている。「私を見て、私を見て」と言わんばかりに。
 そんな星空を、突如、一筋の光が駆けていく。
 一際明るく輝く流れ星だ。
「どうか」
 私はすぐに手を合わせる。
 そして、そっと囁く。
「早く平和が訪れますように」
 叶う保証はないけれど、それでもただ、願うのだ。
 化け物が消えて、あのボスという人とその仲間も攻撃してこなくなった、平和そのものの世界をイメージしながら。

Re: 暁のカトレア ( No.84 )
日時: 2018/08/13 17:30
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xPB60wBu)

episode.77 楽しむことも悪くない

 翌朝、宿の一階に集まると、グレイブより本日の予定について連絡があった。
「まずは朝食を済ませろ。その後は海岸の警備にあたりつつ、カニ型が来るまで自由時間とする」
 やはりゼーレは来ていない。あの怪我では朝食は無理だったのだろう。
 そんなことを考えていると、隣の席のフランシスカが、こそっと話しかけてくる。
「自由時間、やったねっ」
 少女風の愛らしい顔に浮かぶ笑み。それは、向日葵のように明るい雰囲気を漂わせている。ほんの少しの自由時間を喜ぶなんて可愛い、と内心思ってしまった。

 化け物狩り部隊の隊員たちのためにアニタが作ってくれた朝食は、私が予想していたより、ずっと豪華だった。
 ガーリックの香りが食欲をそそるスライスパン。アニタお得意の胡椒がかかったスクランブルエッグ。ハム入りのサラダにはオリーブのドレッシングがかかっていて、おしゃれな味わいだ。
「マレイちゃんっ。この魚、美味しいね!」
 言いながらフランシスカが指差したのは、テーブルの上の大皿。表面だけ軽く炙った魚の切り身をトマトソースで和えた料理が乗っていた。この大皿は一つのテーブルに一つである。
「生っぽい魚ってあまりたべたことなかったけど、結構いいね!」
 珍しい魚料理に、フランシスカはご機嫌だ。
「そういえば、帝都は肉が多いわよね」
「うんっ。帝都じゃ魚は、ほぼ、干したものだけだしっ」
 同じレヴィアス帝国といえども、ダリアと帝都では環境がかなり異なる。食事の内容に差があるのも当然だろう。
「マレイちゃんも食べたら?美味しいよっ」
 フランシスカは笑顔で勧めてくれる。断るのも申し訳ないので、食べてみることにした。
 トマトソースのかかった魚の切り身を口へ運ぶ。切り身が舌に触れた瞬間、トマトの酸味が鼻に抜ける。
「どう?」
 心なしか残っているトマトの皮の食感は多少気になる。だが、魚の身も一緒に噛むため、不快感を覚えるほど気になるということはない。許容できる範囲だ。
「美味しいよねっ?」
 フランシスカが聞いてくる。
 しかし私は、すぐには答えられなかった。食べることに意識が傾いてしまっていたためである。
 魚の身は絶妙の食感だった。
 炙られた表面はホロリと崩れる。だが、それ以外の生に近しい部分は、しっかりと歯応えがある。これは、間違いなく、調理法が生み出した奇跡だ。
 思う存分堪能した後、フランシスカに目を向けて言う。
「美味しいわ!」
 すると彼女は両の手のひらを合わせた。
「だよねっ。フランもこんなの作れるようになりたいな!」
 ミルクティー色の髪がふわりと揺れる。
 まるで天使のようだと、私は思った。

「さぁぁぁーっ!いよいよこの時が来ましたねぇぇぇーっ!」
 海に面した砂浜に立ち、地平線に向かって叫ぶのはシン。太陽の光は眩しいくらいに降り注いでいる。
「海遊びぃぃぃぃぃっ!!」
 カニ型化け物——通称シブキガニはまだ現れそうにないため、海辺で少しばかり遊ぶことになったのだった。
 ちなみに、フランシスカの提案である。
 彼女はこういう場合に備え、水着を持ってきていたらしい。それを知り、私は驚くばかりだった。彼女の準備の良さには頭が上がらない。
「キタアァァァー!!」
「……黙れ、シン」
「あっ。グレイブさん。す、すみません」
 凄まじい咆哮をあげていたシンは、グレイブに淡々とした調子で制止され、申し訳なさそうに身を縮める。
 グレイブはシンを止めてから、私の方を向いた。
「フランはまだ来ていないのか」
「はい。多分今着替えているかと……」
 スカイブルーのカッターシャツを着たグレイブは、はぁ、と溜め息を漏らす。
「提案しておいて集合に遅れるとは、まったく、自由すぎだな」
 長い黒髪を耳にかける仕草をしながら、彼女は、そんな文句を呟いていた。
 確かに、提案者が遅れるというのは、普通は起こりそうにないことだ。だが、提案者が自由人のフランシスカだから、十分に起こり得ることだと思う。
 そんなことを考えていると、可愛らしさのある高い声が聞こえてきた。
「ごめんなさーいっ!」
 声がした方へ視線を向ける。すると視界にフランシスカの姿が入った。
「遅いぞ!フラン!」
 グレイブは少し不機嫌そうに振る舞う。
 だが私にとっては、グレイブの機嫌やフランシスカが遅れてきたことなど、どうでもよかった。それよりも大きな驚きがあったのである。
 それは、フランシスカが水着で走ってきていることだ。
「お待たせしました!」
「まったく。水着に着替えるのは勝手だが、待たせないでくれ」
「ごめんなさいって言ってるじゃないですかっ」
 フランシスカは桃色のビキニを身にまとっていた。
 青に包まれたこの場所では、桃色が非常に目立つ。
「まぁそうだな。これ以上言っても仕方がない。仕事ではないし、今回は許すとしよう」
「グレイブさんって、正直、いちいち面倒臭いですね!」
 明るい笑顔でばっさりと言い放つ。
 しかし、今の私にとっては、そんなのは些細なこと。それよりも、フランシスカが恥ずかしげもなく露出の多い格好をしていることの方が、ずっと気になる。近くには男性もいるというのに、惜しげもなく肌を見せるなんて、私には考えられない。
 さすがはフランシスカ、という感じだ。
「そうだ、マレイちゃん」
「何?」
 フランシスカが急にくるりとこちらを向いたので「何だろう?」と思っていると、彼女は両手をこちらへ差し出す。その手には真っ赤な水着。
「これ着てよっ」
 ……え?
 一瞬私は固まる。話に頭がついていかない。
「どうせ水着なんて持ってないんでしょ?フランの貸してあげる!」
「え、私が……これを?」
「そうだよっ。着てみてよ!」
 無理だ。人前で水着を着るなんて、できるわけがない。
 なんせ私は、フランシスカのように自分に自信があるタイプではない。意味もなく肌を他人に晒すなど、絶対に嫌である。
「い……嫌よ。水着なんて」
「マレイちゃんったら、何言ってるの!可愛い水着は女の子の特権だよ!?」
 それはそうかもしれないが……。
 だが、私には、露出の激しい格好をする勇気などない。
 何とか断ろうとしていると、彼女は赤い水着を私に押し付けてくる。よほど私に水着を着せたいらしい。けれど、こればかりは、大人しく従うことなどできない。
「どうして嫌がるのっ?」
「露出が激しい格好は嫌なのよ」
「いやいや!これはワンピースタイプだし、全然露出とかないよっ!?」
 確かに、ビキニよりかはましかもしれないが、それでも脚や腕は派手に出るではないか。それに、ワンピースではなく、あくまでワンピースタイプの水着だ。体のラインも出る。ラインが出たりなんかすれば、たるんでいる、と笑われそうだ。
「ほらほらっ」
「嫌!水着は着ないわ!」
 いくら圧力をかけられようが、こればかりは絶対に下がったりしない。
「どうしてっ?絶対似合うのに!」
「いや、だから、似合う似合わないの問題じゃなくて」
 そんなことで揉み合うことしばらく。
 ようやく、グレイブが口を挟んでくれる瞬間が来た。
「フラン。無理矢理というのは問題だ」
 淡々とした声に、私は内心安堵の溜め息を漏らす。
 グレイブが参加してきてくれて助かった。今、グレイブは私にとって、救世主である。
「えー。でもせっかく持ってきたのにっ」
「そうだな。それはある。だから一つ提案だ」
 ……ん?
「私が着る、というのはどうだ」
 えぇ……。
 大人のグレイブが真っ赤なワンピースタイプは厳しくないだろうか。
 いや、もちろん一部の層には人気が出そうな気がしないこともないが。美人だから何でも似合うだろうし。

Re: 暁のカトレア ( No.85 )
日時: 2018/08/13 23:00
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Oh9/3OA.)

episode.78 水着、砂浜、そして審判

 フランシスカの圧力から私を庇い、赤いワンピースタイプの水着を着ることとなったグレイブ。彼女は、水着を受け取りすぐに着替えると、みんなの前に現れた。
「ちゃんと着たぞ。これで文句はないだろう、フラン」
 真っ赤なワンピースから伸びる脚は白くて長い。不要な肉はないが、筋肉がそれなりにあるため、健康的なほど良い太さの脚をしていた。また、腹部は引き締まっていて、水着の布越しにでもはっきりとしたくびれがあることが分かる。
 スレンダーでかっこよく、美しい体型だ。
 グレイブは文句のつけようのない体つきをしている——が、色気はあまりない。
「は、は、はわわぁぁぁ……」
 だが、それでもシンは、顔を赤く染めていた。頬がリンゴ飴みたいだ。
 彼にとってはグレイブの水着姿であることが大切で、色気の有り無しはそんなに関係ないのかもしれない。
 真っ赤になりつつも興奮気味なシンとは対照的に、フランシスカは笑い転げていた。グレイブがワンピースタイプの水着を着て現れた瞬間から現在まで、ずっと笑い続けている。
「おい、フラン。なぜそんなに笑う」
「いやいや!だってグレイブさんったら、大人なのにワンピースとか!似合わなすぎですよっ!」
「待て、お前が着させたのだろう」
「フランが頼んだわけじゃないですけどー?」
 何とも言えない空気になってくるフランシスカとグレイブ。
 あぁもう、といった気分だ。
 なぜ良い空気を保とうと努力しないのか。私には理解ができない。
「それはそうだが……」
「じゃあ、フランのせいみたいに言ったことを謝って下さいねっ」
「いや。そもそもの原因を作ったのはお前だろう」
 グレイブは、腕組みをしながら眉をひそめている。一方フランシスカの方はというと、不満げに頬を膨らませていた。
 二人ともそう容易く折れる気はなさそうだ。
 もし仮に折れるとすればグレイブの方だろう。しかし、今回ばかりは、グレイブもすんなり謝りはしなさそうである。
「フランはマレイちゃんに親切にしてあげただけですけどっ?」
「その親切とやらがマレイを困らせていることに、なぜ気づかなかったんだ」
 厳しい顔つきとワンピースタイプの水着。
 言葉にならない馴染まなさだ。
「はいー?グレイブさんに何が分かるんですかー?」
 フランシスカは、両手を腰に当て、体を前方へやや倒しながら言う。
 その声色は「まさに嫌み」といった感じのものだ。
 言われるのがグレイブだから辛うじてこの程度で済んでいるが、もっと血の気の多い相手だったなら、間違いなく大喧嘩に発展してしまっていたことだろう。
「部外者がいちいち出てこないで下さいねっ!」
 満面の笑みで嫌みを吐くフランシスカ。
 ばっさりいくところが彼女らしい。なんせ彼女の口は、いろんな意味で恐ろしいのだ。
「……そうか。ま、それも一理あるかもしれないな」
「じゃあ謝って下さいっ」
 フランシスカは再び謝罪を求めた。
 年上の女性にここまで強く出られるフランシスカは、ある意味凄い人かもしれない。
「いちいち言わなくて大丈夫だ、ちゃんと謝るさ」
「亀みたいにもたもたしないで下さいねっ」
「あぁ。先ほどは、不快にするようなことを言ってすまなかった」
 グレイブは頭を下げることはしなかったが、ちゃんと謝罪の言葉を述べていた。表情も真剣そのもの。これならフランシスカも許すだろう。
「構いませんよー。ちゃんと謝ってくれるなら、それ以上は言いませんからっ」
 両手を腰へ当てたまま、桃色のビキニに包まれた胸を張り、満足そうに言うフランシスカ。ミルクティー色の髪から漂う甘い香りは健在だ。
「じゃ、遊びましょっか!」
 彼女はそれから、その愛らしい顔を私へ向け、「マレイちゃんも!」と声をかけてくれた。躊躇いなくばっさりいくところは少々怖いが、こんな風に巻き込んでいってくれるところは好きだ。
「何をするの?フランさん」
「うーん。何がいいかな。たとえば……スポーツとか?」
 浜辺でスポーツとは、何とも健康的である。
 だが、それなら水着を着る必要性はないように思うが。
「他にも、貝殻を拾うとか魚をとるとか、できるんじゃないっ?」
 フランシスカは楽しげに笑う。
 数年ダリアで生活していた私にすれば、海も砂浜も、何の特別感もない。当たり前にそこにある光景だ。だが、帝都で育ってきたフランシスカにとっては、海は特別なものなのかもしれない。
「スポーツをするならぁぁぁ!審判は任せて下さいよぉぉぉーっ!!」
 私とフランシスカの会話にいきなり乱入してくるシン。彼の叫びは、相変わらずの大迫力だ。
「黙れ、シン」
「いえぇぇ!黙ってなんていられませんよぉぉぉっ!」
 シンは、制止しようと声をかけたグレイブに、凄まじい勢いで迫っていく。だが、慣れゆえかグレイブは落ち着いており、眉一つ動かさない。彼女は冷静さを保ち続けている。
「このシン・パーンの名にかけてぇ、審判役から外れるわけにはぁぁ、いきませんよぉぉぉっ!」
「そうか、そうだな。だがまずは落ち着け」
「無理ですぅぅぅ!いくらグレイブさんのお言葉でもぉぉ、そればかりは無理ぃぃぃー!」
 一向に止まりそうにないシンを見て、グレイブは、やれやれ、といった顔をする。もはや怒る気にもならない、という様子だ。呆れきっている。
 シンの言動はいつだっておかしい。明らかに普通の人ではない、と見る者に感じさせる。
 けれども私は、その騒がしさが、意外と嫌いでない。
 珍妙な彼の言動は、いつだって場の空気を面白くしてくれる。その大声は沈黙を破り、そのユニークな容姿と振る舞いは深刻な雰囲気を掻き消してくれるのだ。
 生死が傍にあるような厳しい世界にこそ、彼のような人間は必要なのだ。私はそう思う。

Re: 暁のカトレア ( No.86 )
日時: 2018/08/14 21:55
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 32zLlHLc)

episode.79 兎のような猫

 あれから私たちは、砂浜で、自由な時間を過ごした。
 みんなでスポーツをしたり、漂着したガラス瓶の中の手紙を読んでみたり、眩しい太陽光を浴びたり。
 シブキガニの出現を待っているとは到底思えないような、明るくて楽しい時間だった。
 だが、結局シブキガニが姿を現すことはないままに、日は落ちて。私たちは、一人二人だけ見張りを残して、宿へと戻った。

「でね。フランさんとグレイブさんの水着姿を見ることができたの。盛り上がったわ」
「……はぁ。そうですか」
 海での自由時間を終え、夜。私は今、ゼーレが寝ているベッドのある、一階の個室にいる。
 なぜ私がかというと、トリスタンが帰ったために、ゼーレの様子を見守る者がいなくなったからである。
「どうでもよさそうね」
「えぇ。女性の水着など興味がありません」
 ベッドの上で上半身を起こしているゼーレは、どうでもよさそうな声で言った。
 私はそれを聞き、何となく意味深な発言だと思ってしまう。だが彼のことだ、単に言葉通りの意味なのだろう。それを意味深だと捉えてしまうのは、私が少しおかしいだけだと思われる。
「それはそうよね。変な話をしてごめんなさい」
「……いえ」
 この前ボスに割られた仮面を、彼はいまだに装着している。装着していても顔が半分近く露出しているというのに。それでも着けていたい、ということなのだろうが、私にはよく分からない。
 彼の顔を眺めながらそんなことを考えていると、ゼーレが唐突に話かけてくる。
「カトレア……そういえば、トリスタンはどうなったのですかねぇ」
「えっ?」
 急だったため、すぐには返事できなかった。
「今日になってからはトリスタンを見かけませんでしたが……彼はどこへ?」
 ゼーレの翡翠のような瞳は、私の姿をそっと捉えている。
 それにしても、少し意外だ。ゼーレはトリスタンのことなど気にしないものと、当たり前のように思っていたからである。
「トリスタンは帝都の基地へ帰ったわ。疲れているみたいだったから、昨日の夜に『帰った方がいい』って言っておいたのよ」
 事の成り行きを簡単に説明すると、ゼーレは翡翠のような目を細めて怪訝な顔をした。
「夜に……彼と会ったのですか?二人で?」
「えぇ。ちょっと用事があるって、トリスタンが私の部屋を訪ねてきたの」
「……用事?」
 ますます訝しむような顔になるゼーレ。
「そうよ。ま、たいした話じゃなかったのだけれど」
 このタイミングでこんなことを言えば、ごまかそうとしているかのようだが、これは真実だ。実際、これといった重要な用件があったわけではなかったのだから。
「まったく。相変わらずお人好しですねぇ……。どうしようもない」
「何よ、その言い方」
「貴女がお人好しだと言っているのです」
「だから、どうしてそんなことを言うのよ?」
 すると彼は、はぁ、と、わざとらしく大きな溜め息を漏らす。金属製の腕を組み、呆れている感が満載だ。
「トリスタンとて男なのですよ?何かあったらどうするつもりだったのですかねぇ」
 ドキッ!
 ……いや。あれは忘れるべきことだ。
「貴女はもう少し、男というものを警戒するべきです」
 アニタみたいなことを言うなぁ、と、私は密かに思った。
 私を長い間雇い続けてくれた、第二の母親とも言えるような女性であるアニタ。彼女も、男性との接し方には、非常に厳しかった。
 私が男性の宿泊客と少しでも親しくしていると、彼女はすぐに注意してくる。そして、後から厳しく叱られた。だが、そんな日々も、今や懐かしい。既に過去の思い出である。
「分かりますかねぇ……」
「えぇ。分かるわ。昔から、よく言われてきたもの」
 するとゼーレは、ふっ、とさりげなく笑みをこぼす。
 少しばかり馬鹿にされているような気もするが、まぁ仕方ない。
「そんなことだと思いました。これからは気をつけるようになさい」
 妙に上から目線だが、不思議なことに腹は立たなかった。ゼーレがこんなことを言うのは私の身を案じているからだと、分かっているからだ。
「そうね。貴方の言う通りだわ」
「おや、妙に物分かりが良いですねぇ。不気味。悪いことが起きそうな気がして仕方ありません」
 冗談混じりに述べるゼーレ。
 何もそこまで言わなくても、という感じはするが、言い返すことはしないでおいた。気まずい空気を作りたくないからだ。
 それからも、私はゼーレと細やかな会話を続けた。
 朝食が美味しかったことや、海で遊んで楽しかったこと。また、グレイブの水着姿にシンが大興奮していたことなど。
 私が話したのは、ゼーレにとってはどうでもいいような内容ばかりだ。しかし、彼にしては珍しく、ちゃんと話を聞いてくれた。不思議なこともあるものだなぁ、と思ったが、穏やかで楽しい時間を過ごすことができて満足だ。

 ——だが。
 そんな穏やかな時間は、そう長く続きはしなかった。
「こーんばーんはっ」
 私とゼーレだけしかいなかったはずの部屋に、突如として現れたのは、見知らぬ少女——いや、少年だ。
 見た感じは十二歳くらい。背は低めで、頭部からは大きな白色のネコ耳が生えている。ふわふわの短い髪は真っ白、目元を隠すアイマスクサイズの仮面の隙間から見える瞳は真っ赤だ。
 一見うさぎのようだが、ネコなのだろうか……。
「貴方は?」
 私は恐る恐る尋ねてみた。
 というのも、可愛らしい容姿のわりに、ただならぬ殺気を放っていたからである。
 すると少年は、屈託のない笑みを浮かべつつ答えてくれる。
「ぼく?えっとねー、ぼくの名前はクロ!」
 明るさが逆に不気味だ。
「えへへっ。白いのに変だよねー」
 ベッド上のゼーレを一瞥すると、彼も警戒した表情を浮かべていた。それを見て、私は、より一層警戒心を強める。
 すると、目の前の少年——クロは、安心させるような笑みを浮かべた。
「もーお姉さんったら。そんなに警戒しなくていーいよっ。だって」
 そこまで言って、クロは一瞬言葉を切った。
 数秒の空白。
 そして、ニヤリと笑った。これまでの純真な笑みとは真逆の、不気味さを感じさせる笑みだ。まるで死神のようである。
「ぼくのお仕事に、お姉さんは関係ないからさっ」
 最初は、油断させるさせるためにそんなことを言っているのだと、そう思った。だが、クロの様子を見ている感じ、私を騙そうとしているとは思えない。どうも、本当に私狙いではなさそうだ。
「ならどうしてここへ?」
 二度目の質問。
 だが、今度は答えてくれなかった。
「お姉さんに話すほどのことじゃなーいよっ」
 クロはまた、可愛らしい純真な笑みを浮かべている。
 だが、不気味に思えて仕方がない。
 リュビエが何度か来たように、私を狙って現れたのなら分かる。そういうことにはもう慣れてきた。けれども、今回の彼は、どうもそうではなさそうである。
「ぼくはただ、お掃除に来ただけなんだよねっ」
 刹那、クロはベッド上のゼーレに向かって駆け出した。
 ——そうか。
 駆け出すクロを見て、ようやく気がついた。
 クロの狙いが私でないというのなら、彼が狙っているのは、他ならぬゼーレ。この部屋には私とゼーレの二人しかいないのだから、当然ではないか。
「裏切り者は、ちゃーんとお掃除しないとねー」
「ゼーレ!」
 ただ叫ぶことしかできなかった。
 狙われるのがゼーレのパターンなど、微塵も予想していなかったからである。

Re: 暁のカトレア ( No.87 )
日時: 2018/08/16 01:14
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Jolbfk2/)

episode.80 覚悟を

 ゼーレに向かって駆け出した、ネコ耳の少年クロ。
 彼はベッドの方へ接近しながら、両の手の爪を伸ばす。これまた信じられないことだが、本当に、爪が一メートルほどに伸びたのだ。こんなことができるとは、もはや人間ではない。
「ばいばーい!」
 クロは、長い爪のついた両手を、ベッドに向けて振り下ろす。
 だがゼーレは、咄嗟にベッドから飛び降りていた。さすがの反応速度だ。しかし着地の際、顔に苦痛の色を浮かべる。
「……くっ」
「あははっ。痛そーだねー」
 笑いながらすぐに再びゼーレの方を向くクロ。
「次、いっくよー!」
 クロはさらに迫ってくる。
 ゼーレはまだ立てない。ボスにやられた傷が深いからだろう。
 このままではまずい——その思いが、私の体を動かした。
「止めて!」
 ゼーレとクロの間へ入る。
 しかし、本気でゼーレを狙いに来ているクロが、動きを止めるわけもない。鋭い爪が私の胸元へと近づいてくる。
「カトレア!」
 耳に飛び込んできたのは、緊迫したゼーレの声。
 クロの素早さは、私の想像を遥かに越えていた。腕時計に指を当てる時間なんて、あるわけがない。だが、何としても直撃だけは避けなくては。その一心で、私は体をひねる。
「……あっ!」
 結果、クロの長い爪は、私の左腕と脇腹を抉った。
 赤い飛沫が視界に散る。
 一瞬後から襲ってくる痛みに、そのまま倒れ込んでしまう。
「カトレア!」
 ゼーレの声が再び耳に飛び込んできた。
「何をしているのです!馬鹿ですか、貴女は!」
 その声は、らしくなく荒れている。いつもとは違い、激しい調子だ。
「あっちゃー。やっちゃった。お姉さん、ごめんねー?」
 起き上がろうとしている私に、クロは軽いノリで声をかけてきた。さほど悪いとは思っていなさそうな雰囲気である。
「でもぼくは悪くなーいよー。お姉さんが急に入ってきたせいなんだからねっ」
 ……やはり、反省していない。
 だが、こんなことをしている場合ではない。クロはまたゼーレを狙うだろうから、早く体勢を立て直さなくては。
 しかし、体が思い通りに動かなかった。
 脇腹の方はまだしも浅いが、左腕に負った傷は結構深そうだ。少なくとも、私が今までに受けた傷の中では、一番の酷さである。
 ただ、それでも止まってはいられない。
 私は可能な範囲で上半身を起こし、左手の指を腕時計の文字盤へと当てる。そして、右腕をクロへと向けた。
「なーんのつもりかなっ?お姉さんったら、ぼくに攻撃する気ー?」
 クロはまだにこにこしている。余裕どころか、私のことなど微塵も警戒していない様子だ。
 これだけ油断している相手なら、もしかすれば、一撃くらいは当てられるかもしれない。倒せるかどうかは別として、退けられる確率はゼロではないはずである。
「おもしろーい。お姉さんって、冗談が楽し——」
 最後まで言わせないタイミングで、光球を叩き込む。
 しかしクロは、高いジャンプでしっかりかわしていた。
「って、もしかして本気ー?」
 近距離から仕掛ければ命中するかと思ったのだが、そう簡単にはいかないようだ。だが、一度で諦める私ではない。
「これってー、もしやもしやー、冗談じゃなかったってことなのかなっ?」
「……ゼーレを狙うのは止めて」
 その瞬間、クロのネコ耳がピクッと動く。
「へー。お姉さん、結構言うんだね。面白いや」
 ——直後。
 クロがその場から飛び上った。
 その赤い瞳は、今度は私を捉えている。どうやら、狙いが私に変わったようだ。良いのか悪いのかはよく分からないが、これでゼーレは助かるかもしれない。そういう意味では良かった、と私は思った。
 両手の爪を下へ向けながら、私の頭上から下りてくるクロ。
 私は咄嗟に体を動かし、立ち上がれないままではあるが、彼の着地を避けた。危ないところではあったが何とか回避。爪の餌食にはならずに済んだ。
 だが、ゼーレと分断されてしまう。
「気に入ったから、お姉さんを先にやっちゃうねっ」
 クロは標的を完全に私に変えた。
 危険は伴う。けれど、私が相手なら、殺しにはこないだろう。生かしてはおくはずだ。
 本気でかかってこられない分こちらが有利——なんて思ってはいたのだが。
「うあっ!!」
 見えないほどの速度で接近してきていたクロ。
 その爪が、再び私の左腕を切り裂いた。
「カトレア!すぐに止めますから!」
 ゼーレの声だ。だが、物凄く遠くで聞こえたような気がする。
「さっせなーいよー」
 クロは愉快そうに言った。
 それから彼は、白いネコを大量発生させる。
 普通のネコのようにも見えるが、一斉にゼーレの方へ向かっていったことを思うと、恐らくは化け物の一種なのだろう。ネコ型化け物といったところか。
「お姉さん。これでぼくと二人きりだよっ」
 確かに、クロの言う通りだ。
 あれだけのネコ型化け物に邪魔をされては、いくらゼーレといえども、こちらにまで手を回せはしないはず。
 もはや私とクロの一対一。これは結構まずいことになってしまった。
「大人しくしてねっ」
「い、嫌よ!」
 こんなものはただの強がりにすぎない。だが、こうでもしていないと、心が折れそうになるのだ。だからこうして、強気な発言をする外ないのである。
「そっかー。じゃあ仕方ないねっ」
 楽しそうに言いながらさらに近づいてくるクロに向け、赤い光線を放った。しかし、やみくもに放った光線が命中するはずもなく、いとも簡単にかわされてしまう。
 迫るクロの爪。
 もはや私に反撃の手などありはしない。
「動かなかったら、苦しまずにすーむよっ」
 苦しまずに済む——ほんの一瞬だけ、その方がいいのではと思ってしまった。
 このまま痛みに苦しみ続けるより、終わってしまった方が幸せなのではないか、と。
 けれども、私の本能は、それを許さなかった。
「……いいえ」
 まだだ。私はここで終わるわけにはいかない。
 しなくてはならないことや、したいことが、私にはまだたくさんあるのだ。
「貴方の思い通りになんてならない!」
 私は覚悟を決めた。
 クロを倒す、という覚悟を、だ。
 彼との距離は数メートルしかない。数秒後には爪が突き刺さることだろう。
 しかし、爪が刺さることはもう怖くない。いや、怖くないと言えば嘘になるが、それよりも「クロを倒す」という決意の方が強いのだ。目的を達成するためなら、痛みなど厭わない。
 私はただ、クロの姿を懸命に捉えるように努めた。
「おしまいだねっ!」

 ——来る。

 狙うのは、クロの爪が私の体に刺さる直前。
 つまり、彼の気が緩む瞬間だ。


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