コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.63 )
- 日時: 2018/07/19 17:25
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: n1enhNEv)
episode.58 二度手間は、避けるに越したことはない
リュビエが来る前にここから離れるよう提案するゼーレ。
しかしトリスタンは納得できない顔だ。ゼーレを信頼できない、ということなのだろうが、こんな時に頑固になるのは止めていただきたいものである。
「マレイちゃん、本当に信じていいの?」
「えぇ。今は彼を信じるしかないもの」
「それはそうだけど、でも、ゼーレはマレイちゃんを狙って……」
トリスタンはまだゼーレを信じられそうにない。
そこへ、ゼーレが口を挟む。
「余計なことは言わず、さっさとしなさい」
淡々とした声できっぱり言われ、眉間にしわを寄せるトリスタン。
「……何様のつもりかな」
不快そうな顔つきをしながらもトリスタンは落ち着きのある声を放っていた。しかし、声の落ち着いた響きとは裏腹に、今にも食ってかかりそうな感じだ。
だがゼーレは言い合いを望んではいないようで、トリスタンの言葉を無視した。
彼は機械の片腕を伸ばし、ここへ来た時と同じように空間を歪ませる。空間の歪みは徐々に広がり、人一人が通れる程度の大きさに近づいていく。
到底現実とは理解できないような現象に、私の横に立つトリスタンは、目を大きく見開いていた。よく考えてみれば、トリスタンはこれを見るのは初めてだ。驚くのも無理はない。
やがて、空間のゆがみが広がりきると、ゼーレは私たち二人の方へ視線を向ける。
「戻りましょう」
ここを通過すれば、基地の地下牢へ帰られるのだろう。
こんなところ、一刻も早く脱出したい。
「えぇ、そうね。それがいいわ」
私はすぐ横にいるトリスタンへ目をやり、それから、彼に向けて手を伸ばした。
「トリスタン、帰りましょ」
すると彼は、数秒してから、私の手をとった。
まだ納得しきれてはいない顔色だったが、「そうだね」と言ってくれる。
「それじゃあゼーレ。ここからは、よろしく頼むわ」
「えぇ……任せて下さい」
やや不満げな声なのが気になるが、まぁ、それほど気にすることでもないだろう。
こうして私たちは、基地への帰路についた。
——それから少しして。
気がついた時、私は、基地の地下牢に立っていた。詳しい場所を言うならば、ゼーレが拘束されていた個室を出てすぐのところ。扉のすぐ外側である。
「ここは……?」
私と手を繋いだままのトリスタンは、不安げな表情で辺りを見回している。理解不能の展開に動揺しているらしく、青い瞳が揺れていた。
「場所はここで良かったのですかねぇ……」
近くにはゼーレの姿もあった。
銀色の仮面、黒いマント、どちらも健在である。
「えぇ。ゼーレ、ありがとう」
私は素直に礼を述べた。
トリスタンも一緒にここへ帰ってこれたのは、ゼーレが私に協力してくれたおかげだ。本当に、感謝しかない。
「貴方のおかげで助かったわ」
そう言うと、ゼーレは気まずそうに顔を背ける。
「……別に。感謝されるほどのことではありませんがねぇ」
「相変わらず素直じゃないのね」
「うるさいですねぇ」
素直に「どういたしまして」って言えばいいのに。
……まったく、ひねくれているんだから。
「何よ、そんな言い方しなくていいでしょ。ねぇ?トリスタ……ひっ!」
思わず上ずった声を出してしまった。
というのも、トリスタンが凄まじい形相でゼーレを睨みつけていたからである。恐怖を覚えるほどの迫力が、トリスタンから溢れ出ていた。
「いつの間にそんなに仲良くなったのかな……?」
「何です。もしや嫉妬ですか」
ゼーレはこの期に及んでまだ余計なことを言う。
相手を刺激するような言葉を敢えて言うのは、ゼーレらしいと言えばゼーレらしい。ただ、正直迷惑なので、止めていただきたいものだ。
トリスタンとゼーレが険悪な空気になりつつあった、その時。
「……マレイちゃん!?」
唐突に可愛らしい声が聞こえてきた。
咄嗟に振り返ると、そこには、フランシスカの姿があった。ミルクティー色の柔らかな髪に包まれた愛らしい顔は、驚きの色に染まっている。
「どうして!?」
フランシスカはミルクティー色の髪を揺らしながら駆け寄ってきた。
「どうしてマレイちゃんがっ!?」
それから彼女は、近くにいたトリスタンとゼーレを見つけ、余計に混乱する。
「えっ、どういうこと?どうしてトリスタンもいるの!?トリスタンはさらわれたんじゃ」
長い睫毛をぱちぱち動かしながら、早口に言葉を放つフランシスカ。彼女は完全に混乱しきってしまっている。
「待って。フランさん、落ち着いて。今から説明するから……」
「しかもゼーレまで!どうしてっ!?」
このままでは収まらない。
そう判断した私は、鋭く叫ぶ。
「落ち着いて!!」
声は人の気配のない地下牢に響いた。
そして、静寂が訪れる。
トリスタン、フランシスカ、ゼーレ、私。四人だけの空間から、音は完全に消えた。
「フランさん、今からちゃんと説明するわ。何があってどうなったのか、一つ一つ、きっちりと説明するから。だから、聞いてほしいの」
一から話せば長くなるだろう。それは目に見えている。けれど、こうなってしまった以上、説明する外ないだろう。
「……う、うん」
ようやく落ち着いたらしいフランシスカは、少し目を細めながら、ゆっくりと頷いた。この様子なら、ちゃんと話せそうだ。
「じゃあ最初から……」
私が言いかけた時、フランシスカは「ちょっと待って!」と重ねてきた。
「どうせなら一回の方がいいだろうから、グレイブさんのところへ行かない?事情の説明、グレイブさんにも聞いてもらった方がいいよっ」
確かに、その通りだ。
今ここで説明し、後ほどグレイブにもというのは、完全な二度手間である。まとめて説明できるなら、それに越したことはない。
なので私は頷いた。
- Re: 暁のカトレア ( No.64 )
- 日時: 2018/07/20 20:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0dFK.yJT)
episode.59 私には言えない
今後の予定をある程度考えた後、私たちは移動することとなった。
フランシスカは、グレイブに連絡しながら先頭を行く。その後ろにトリスタンと私。そして最後にゼーレ。ちなみにゼーレは、一人の牢番に見張られている。
リュビエに奪われたトリスタンの腕時計を、さりげなくゼーレが取り返していたことは驚きだった。
そんなことを考えつつ、私はトリスタンに話しかけてみる。
「あそこで一体何をされたの?怪我は?」
すると彼は、金の髪をなびかせて歩きながら、優しい声で答える。
「たいしたことじゃないよ。マレイちゃんに言うほどでもない、小さなことだから、気にしないで?」
「ごまかさないで」
トリスタンは私には隠すつもりなのだろう。
だがそんなことは許さない。
「ちゃんと教えてちょうだい。仲間でしょ」
「……そうだね」
廊下を歩きながら、トリスタンは諦めたように発した。ようやく話す気になってくれたようだ。
「いろんな化け物と戦わされてね、そのデータを記録されたんだ」
「トリスタンの戦闘データを?」
「うん。今後の化け物開発に使うとかなんとか」
つまり、トリスタンとほぼ同等の戦闘能力を持った化け物が開発される可能性がある、ということ。
それは、正直困る。
トリスタンの戦闘能力は、この化け物狩り部隊の中でも、かなり高い部類だ。そんな彼と同じくらいの力を持った化け物なんて、厄介としか言い様がない。
「それはグレイブさんに報告しておいた方が良さそうね」
「怒られないかな……」
「何を言ってるの。トリスタンは怒られなんてしないわ」
グレイブに怒られるとしたら、私の方である。
トリスタンは私を庇って連れ去られただけ。彼には何の落ち度もない。すべて私の力の無さゆえに起こったことだ。
「生きて帰ってきてくれただけで満足よ」
不安げな顔のトリスタンに、私はそっと微笑みかける。
彼の中の不安が少しでも和らぐことを願って。
いくらグレイブでも、私を庇っただけのトリスタンを怒るなんて、そんなずれたことはしないだろう。彼女とて馬鹿ではないのだから。きっと、「よく戻ってきた」と、温かく歓迎してくれるはずだ。
その後、グレイブと合流。そして私は、彼女に、ここに到るまでの一連の流れを説明した。
正しく伝わるよう、一つ一つ丁寧に説明するのは、なかなか大変だった。けれども、グレイブが落ち着いて聞いてくれたのは、良かったと思う。
結果的に、トリスタンはもちろん、私も怒られずに済んだ。
私は怒られるだろう、と予想していたため、少々意外な結果である。もっとも、怒られるより怒られない方がありがたいことには変わりがないのだが。
説明が一通り終わると、トリスタンはフランシスカに連れられて、救護班のもとへ向かった。傷の程度を確認し、必要な手当てを行うためらしい。
そうして部屋に残ったのは、私とグレイブ、そしてゼーレ。
三人だけになってしまった。しかも、何とも言えない気まずさのある、最悪な組み合わせだ。
「時にゼーレ」
沈黙を破ったのはグレイブ。
彼女は、私が座っている椅子の後ろに立たされているゼーレに、視線を向けている。漆黒の瞳から放たれる視線は、静かながら熱いものを感じさせる、不思議な視線だ。
「……何です」
「なぜマレイには力を貸した?」
壁や天井など、ほとんどが白い部屋では、グレイブの黒髪はよく映える。頭が動くたびにするんと揺れる髪は、艶やかで、大人の女性らしさを演出していた。
「トリスタン救出に協力する気は微塵もない、と言っていただろう」
「えぇ……その通りです」
「にもかかわらずマレイには力を貸した。その理由は何だ。彼女に恩を売りたかったのか」
グレイブとゼーレは話を進めていく。
私は放置だ。
「残念。惜しいですねぇ。正しくは、恩を返したかった、です」
「マレイに、か」
「カトレアには色々と世話していただきましたからねぇ」
ゼーレがそんなことを言うなんて。天変地異の前触れかと思ってしまうくらい珍しい。
しかし、私が彼へ目をやると、彼は顔を背けてしまった。
「なるほど。多少は恩を感じているのだな」
「だからといって貴女たちにつく気はありませんがねぇ」
ゼーレの発言に、グレイブは眉をひそめる。
「次は解放しろとでも言う気か」
彼はやはり、戻ってしまうのだろうか。リュビエたちのところへ、帰ってしまうのだろうか。
そうなれば、私たちとは、また敵同士だ。正直それは悲しい。
——そんなことを思っていると、無意識のうちに、目元が湿ってしまっていた。
「マレイ?」
私の異変に気がついたらしく、グレイブはこちらへ視線を向ける。訝しむような表情だ。
「どうした、マレイ」
指で目元の雫を拭うと、私は答える。
「ゼーレと……もう敵に戻りたくない」
言ってしまってから、後悔した。こんな発言、化け物絡みには特に厳しいグレイブが、許すわけがない。
「何だと?」
「あっ……あの、これは、違って……」
何とかごまかそうとして、余計に不審な言動をとってしまう。
「それはつまり、マレイはゼーレと仲間でいたいという——」
「違います!!」
私は心にもないことを言ってしまった。
「ゼーレを仲間だなんて!そんなこと、思っていません!!」
こんなことを言えば彼を傷つける。それを分かっていながら、私は、保身のためだけに酷い言葉を吐いた。
「それが本心でしたか」
ゼーレは腕を組みながら、ぽつりと漏らす。
金属製の腕が触れ合う音は、どこか物悲しい雰囲気を漂わせていた。
「やはり使い捨てだったのですねぇ。……そんなことだろうと思っていましたが」
——違うの。
そう言いたかったけれど、言えなかった。
あんなにはっきりと断言した直後に、「違うの」なんて……。
私には言えない。
- Re: 暁のカトレア ( No.65 )
- 日時: 2018/07/21 14:38
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AQILp0xC)
episode.60 臣下は今日も騒がしい
ゼーレとの誤解は生じたまま、夜は明け、翌日が訪れる。
今日は特に仕事がないため、私は、訓練に励むことに決めた。しかしトリスタンは、さらわれていた間に負った傷の様子を見ておかなくてはならない。そのため、代わりにグレイブが付き合ってくれることになった。
場所は修練場のメインルーム。
誰もいないこの場所は、私たち二人で使うには広すぎる空間だ。
「よし。では早速戦闘を始めよう」
「はい!」
約束を破り勝手にトリスタン救出へ向かってしまったことを責められないか心配だ。
だが、今はそんなことを考えている暇はない。
「まずは腕時計を外せ」
「えっ?」
「腕時計無しで戦う、ということだが」
「えぇっ」
無茶だ。
光球を使わずにグレイブと渡り合うなんて、私にできるわけがない。彼女はいきなり厳しすぎる。
「もちろん私も腕時計は使わん。これで文句はないだろう?」
いや、そういう問題ではない。
グレイブは腕時計が無くともそれなりに強いだろう。それに比べて私は、腕時計無しでは無力。何もできないに決まっている。
「待って下さい!無理です!」
「何を言う。無理を無理でなくするのが訓練というものだろう」
「だからって、いきなりすぎます!」
私が意見を述べた、その瞬間だった。
「いきなりすぎないですよぉぉぉー!!」
突如修練場内に響いたのは、シンの大きすぎる叫び声。
そのうるささといえば、反射的に両耳を塞いだほどである。
「おぉ、シンか」
私は鼓膜を貫かれそうになっているというのに、グレイブは眉ひとつ動かさない。
この巨大な叫びに、耳が痛まないのだろうか。もしかしたら慣れれば大丈夫になるものなのかもしれない、と、私は密かに思った。
「お部屋にぃぃぃ!いらっしゃらなかったのでぇぇぇー!探していたらぁぁ、ここまでぇぇ、来てしまいましたぁぁぁ!」
「おい、シン。落ち着け。もう少し静かに話せ」
「できませんよぉー。グレイブさんがいなくなってしまったかとぉぉぉー」
シンは半泣きのようになりながらグレイブにもたれかかる。
だがグレイブは甘い女性ではない。もちろん、気安くもたれかかることなど許すような性格でもない。
そのため、彼女はシンを厳しく突き放していた。
「用があるならさっさと言え。何もないなら帰れ。今私はマレイの訓練中だ、ダラダラと話す暇はない」
血のように赤い唇からこぼれる言葉は、厳しく、そして冷たい。
まるで、棘に護られる気高き薔薇の花のよう。
「え……えぇとぉぉ……」
シンは、頭をくしゃくしゃと掻きながら、言葉を探していた。
それでなくとも豪快に外向きにはねている髪を、さらに手で乱すことによって、頭部が凄い状態になっている。
そのことに、彼は気づいていないのだろうか……。
「えぇとぉぉー……」
「速やかに言わないのなら、何もなかったと解釈するからな」
「そ、そんなぁぁぁー」
なかなか話し出さないシンに見切りをつけたグレイブは、何事もなかったかのように私へ視線を戻す。
真夜中のような漆黒の瞳に見つめられると、何とも言えない感覚を覚えた。
「よし。では開始しよう。マレイ、全力でかかってきて構わん」
「は、はい」
「何だ、その返事は。小さい!」
「あっ……はい!」
何だ、そのノリは。
「もっとはっきりと」
「はい!」
「もっと、だ」
ええっ。
大きな返事に意味はあるのだろうか。謎だ。
けれど逆らうというのも何なので、一応、しっかりと返事をしておく。
「はい!!」
するとグレイブは、ようやく満足したらしく、話を進める。
「よし、では訓練開始だな」
「頑張ります!!」
返事はいつもより大きめの声にしておいた。
また先ほどのように、「もっと」と言われる気がしたからである。もっとも、これといった具体的な根拠はないが。
そしてお昼頃。
訓練を終えた私は、グレイブやシンと食堂へ行く。
「マレイ、何を食べるんだ」
席につくや否や、グレイブが尋ねてきた。
「私ですか?」
「あぁ。貰ってきてやろう」
グレイブは妙に親切だ。
彼女は厳しい人だが、時にこんな風に親切なので、不思議な感じがする。クールビューティーとちょっとした優しさ。そのコントラストは、この心をときめかせて仕方ない。
そこへ、シンが乱入してくる。
「ではぁぁ!ボクはカレーライスでぇぇぇー!」
「マレイに言っているのだが」
「ボクもぉぉぉ、グレイブさんにぃ、貰ってきてほしいですよぉぉぉー!」
「断る」
ばっさりと拒否されたシンは、大袈裟に肩を落とす。ショボーン、という効果音が本当に聞こえてきそうなくらいの、派手な落ち込み方だ。
「で、マレイは何を?」
「カレーでお願いします……」
「分かった」
グレイブは一度頷くと、速やかに席を離れる。取りに行ってくれたようだ。ありがたいが、少し申し訳ない気もする。
シンも彼女についていき、私はその場に一人になってしまった。
賑わう食堂内で一人というのは、少々寂しさがある。けれど、今私がここから離れてしまっては、席を他の人にとられるかもしれない。だから私は、ぽつんと椅子に座ったまま、グレイブたちの帰りを待った。
そんな時だ。
見知らぬ女性三人組が話しかけてきたのは。
「ちょっといいかしら?」
最初に言葉を発したのは、三人組の真ん中の女性。パサついた茶髪が目立つ、二十代後半くらいのパッとしない女性である。
「マレイさんよね?」
「はい」
「貴女、トリスタンに構ってもらっておきながら、例の人型化け物にまで手を出したんですって?」
私は一瞬、何を言われているのか分からなかった。
手を出したなんて、まるで、私が悪い女であるかのような言い方ではないか。なぜそのようなことを言われねばならないのか、理解不能だ。
戸惑いのあまり言い返せずにいると、パサついた茶髪の女はさらに絡んでくる。
「貴女って、随分男好きなのね。どんな技で迫ったのか、ぜひ伝授いただきたいわ」
「え?何を……?」
彼女は一体、何を言っているのだろう。
まったくもって理解できない。
しかし、そんな中でも一つだけ、分かることがある。それは、目の前の女性たちが面倒臭い人たちだ、ということだ。
- Re: 暁のカトレア ( No.66 )
- 日時: 2018/07/23 00:26
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0dFK.yJT)
episode.61 散らかったカレー
「とぼけないでちょうだい!どうやってたぶらかしたのかって聞いているのよ!」
パサついた茶髪の女性は、やはり、まだ絡んでくるつもりのようだ。
何やら面倒事に巻き込まれた感じがする。
しかも、よりによってグレイブもシンもいないタイミング。恐らく、私が一人になるタイミングを狙っていたのだろう……実に鬱陶しい。
「あの、なぜそのような誤解が生まれたのか分かりませんが、私はたぶらかしてなんてないです」
そんな必死じゃないわ。
心の中でそう吐き捨てるように言ってやった。もちろん、口からは出さないが。
すると、茶髪の女性の背後に控えている女性の片方が、急に叫ぶ。
「嘘ついてんじゃねーよ!」
つけ睫毛が睫毛のラインからずれているその女性は、女性らしいとは到底言い難いような荒々しい声色を発した。唾を飛ばしながら叫ぶ彼女に、品なんてものはひと欠片も存在しない。
「若いからって、ちょーしに乗ってんじゃねーよ!」
「調子に乗ってなんていません」
念のため、はっきりと言っておく。
それを聞き、つけ睫毛がずれた女性は、さらに荒々しい声を出す。
「どー見ても乗ってんだろが!トリスタン様に世話になってながら、他の男にも手ぇ出すとか、調子に乗ってるとしか思えねーんだよ!」
嫉妬しているのがまる出しだ。
恥ずかしくはないのだろうか……。
「そうよ。二股する女なんて、帝国軍の淑女として認められないわ」
今度は茶髪の女性が言ってきた。
この人たちは、なぜこうも厄介なのか。べつに害を与えるわけではないのだから、放っておいてくれればいいのに。
「してません」
「あの程度は普通だと言うの!?嫌みな尻軽ね!!」
「一方的に尻軽だなんて、他人の名誉を汚す問題発言ですよ。いい年して恥ずかしくないんですか」
すると茶髪の女性は、ついに、掴みかかってくる。
彼女の握力は信じられないくらい強く、私が抵抗できるような力ではなかった。
だが、怖くはない。
恐怖など、これまで十分に感じてきた。大切な存在と引き離される怖さも、化け物と戦わねばならない怖さも、経験済みだ。だから、女性に襟を掴まれる程度、怖いの『こ』の字もない。
「離して下さい」
取り乱してはいけない。
そう思い、私は冷静に言った。
「離せ言われて離すんなら、最初からしないっつーの!」
返してきたのは、掴みかかってきている茶髪の女性ではなく、その後ろにいるつけ睫毛がずれた女性の方。品の欠片もない声色と言葉遣いで、すぐに判断できた。
やはり簡単に離してもらえそうにはない。
ならば別の作戦を——と思った瞬間。
「何様のつもりで騒いでいる」
聞こえてきたのは、よく研がれたナイフの刃のような、冷ややかで鋭い声。耳を通過し胸にグサッと突き刺さるような声色だ。
「あぁー?そっちこそ、何様の……」
つけ睫毛がずれている女性は、相変わらずの品のない言葉を吐きつつ振り返る。そして、視界に入った人物に、顔を真っ青にした。
「ぐっ……!グレイブ!!」
艶やかな長髪、漆黒の瞳。そして、色気漂う鮮やかさが印象的な、紅の唇。カレーライスの乗ったお盆を二つ持っているが、美麗な容姿は健在だ。
「またお前たちか」
グレイブの後ろにはシンの姿もある。
「耳障りだ。とっとと立ち去れ」
グレイブの声からはただならぬ威圧感を感じる。
面倒な女性たちも、さすがにグレイブに逆らいはしないだろう——そう思っていたのだが、それは間違いだった。
「うぜーよ、アンタは!遠征部隊の死にぞこないが!」
それにはシンが黙っていない。
「グレイブさんにぃぃぃ、何言ってくれるんですかぁぁぁー!!」
シンは、今にも飛びかかりそうな顔つきで、女性たちを睨んでいる。普段のシンからは想像し難い、獰猛な獣のような顔つきだ。パンチのある巨大な眼鏡をかけているのもあいまって、かなりの迫力である。
「落ち着け、シン。相手にするな」
冷静そのもののグレイブが制止しようとしても、シンは止まらない。
完全に怒ってしまっているようで、今度は歯茎を剥き出しにしている。この前戦った狼型化け物を彷彿とさせる、驚きの、豪快な表情だ。
「グレイブさんを侮辱はさせませんよぉぉぉーっ!!」
「いいから落ち着け」
「無理ですよぉぉぉ!」
はぁ、と呆れた溜め息を漏らすグレイブ。
「黙れと言っているんだ」
「だってだって、死にぞこないなんて言うんですよぉぉぉ!?」
怒りに震えるあまり、シンは、手に持ったお盆の上のカレーライスをこぼしてしまっていた。後々、掃除が大変そうだ。
「とにかく」
グレイブはお盆を近くのテーブルに置き、目線をシンから女性たちへと変える。
「マレイから手を離せ。……まだ従わないというのなら」
手首に装着した腕時計から、グレイブは長槍を取り出した。
かっこよく構える。
「強制的にいかせてもらうが」
漆黒の瞳が怪しく煌めく。
その様には、さすがの女性たちも、恐怖を抱いたようだ。
女性たちは口々に「覚えてろ」といった趣旨の発言をし、一斉にこの場から逃げていった。
厄介な女性三人組が逃げた後、グレイブは長槍をしまう。そして、床に転んでいる私に手を差し出してくれる。
「大丈夫か」
「あ……ありがとうございます」
その時のグレイブは、いつになくかっこよく見えた。そのかっこよさといえば、一瞬「トリスタンよりもかっこいいのでは?」と思ってしまったほどである。
「ああいう柄の悪い連中は、大概、ずっと訓練生をしている輩だ。大きい顔をしているがさほど強くはない」
「そうだったんですか」
「だからああやって群れている。しかし、それこそ、今のマレイでも勝てる程度の相手だ」
そういうことらしい。
もっとも、仕組みを理解しきっていない私には少々難しいが。
「それゆえ心配しすぎる必要はない。だが、目をつけられると厄介だからな。気をつけた方がいい」
「分かりました」
「何かあれば早めに言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
それから、「さて」と、グレイブはシンへ視線を移す。
「その散らかったカレーをどうしたものか……」
- Re: 暁のカトレア ( No.67 )
- 日時: 2018/07/24 20:52
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: aOQVtgWR)
episode.62 一触即発?ややこしい
一週間ほど経った、ある昼下がり。
私はグレイブから呼び出しを受けた。指定の部屋へ行くと、フランシスカやトリスタン、そしてなぜかゼーレまでもが、既にそこにいた。もちろん、その他の隊員も数名いる。
部屋に入るなり、ゼーレがこちらを向いた。酷いことを言ってしまった一件以来、私とゼーレは気まずいままだ。
「あ……ゼーレも来ていたのね」
「何か問題でも?」
「い、いいえ。珍しいなと思っただけよ」
それは嘘ではない。本当に、珍しいと思ったのである。
「この前は……ごめんなさい」
「べつに。気にしていません」
ゼーレはそっけなくそれだけ言った。彼は、それ以上言及してはこなかった。
「マレイちゃん、こっちこっち」
そう言って手招きするのはトリスタン。
一歩室内に入った辺りで動きを止めていた私に、彼は、ジェスチャーで席につくように言ってくる。私は彼がジェスチャーで指示する通り、彼とフランシスカの間の席へ座った。
「マレイちゃん、遅かったねっ」
私が椅子に腰掛けるや否や、フランシスカは明るい声で言ってきた。
「すみません」
「大丈夫だよっ。だって、まだ始まってないし!」
それなら「遅かったね」なんて言う必要はなかったのではないだろうか。そんな思いが湧き上がってきたが、敢えて口から出す必要もないと判断したため、胸に秘めたままにしておく。
そのうちに、グレイブが現れた。
顔に近づく髪の毛を払い除けるたび、黒く長い髪はするんと流れる。捕まりそうで捕まらない小動物のようだ。
「待たせてすまない」
書類を胸元に持ったグレイブは、さらりと謝りつつ、みんなの前へ立つ。
「では今回の件について」
なぜゼーレもいるのかが、微妙に気になる。
「今回の任務の主な内容は、近頃ダリアに発生しているというカニ型化け物の殲滅だ」
——ダリア。
私の中で、言葉が響いた。
ダリアは私がここへ来る前に暮らしていた場所だ。私が暮らしていた頃は、化け物の被害はほとんどない土地だった。
それなのに、今は化け物が発生している。少々ショックだ。
「証言によれば、群れをつくり、一斉に砂浜に上がってくるらしい」
「気持ち悪いですねっ」
フランシスカは言う。快晴の空のようにすきっとした声で。
……カニ型化け物が聞いたら、傷ついただろうな。
「攻撃性はそこまで高くないそうだが、観光客が減りつつあるという話だ」
淡々と述べるグレイブに、トリスタンが返す。
「確かに、それは帝国にとっても問題ですね。景気が悪くなったら困りますし」
気にするべきは、そこなのだろうか?
心なしか疑問だ。
「そういうわけで、ダリアに出向いてカニ型化け物の群れを殲滅する。それが今回の任務なわけだが……」
グレイブは一度言葉を切った。それから、軽く瞼を閉じ、ひと呼吸おいてから目を開ける。漆黒の瞳が湛える色は、真剣そのものだ。
「トリスタンは外す」
瞬間、室内がざわめく。
当たり前だ。実力者ポジションのトリスタンが外されたのだから、みんなが驚くのも無理はない。
事実、私だって驚いている。
「僕はパスですか」
「あぁ。トリスタン、最近のお前は調子が悪そうだ。ゆっくり休め」
「……分かりました」
意外にも、トリスタンはあっさり引いた。
「代わりにゼーレを連れていく」
グレイブが告げた瞬間、室内の空気が凍りつく。
隊員たちからの刺々しい視線が、一斉にゼーレへ向いた。
それらの視線は、私に向けられたものではない。それは分かっている。にもかかわらず突き刺さるような感覚が肌を駆けるのは、隊員たちの視線の刺々しさゆえだろう。
「グレイブさん……どうしてですかっ?」
氷河期のような沈黙を破り、口を開いたのは、フランシスカだった。彼女はゼーレを睨んではいない。しかし、その愛らしい顔には、困惑の色が浮かんでいる。
「グレイブさんはゼーレを嫌って……」
「そうだ。だが、利用することにした」
ますます困惑した表情になるフランシスカ。
「本人によれば、ゼーレは向こうに捨てられたそうだ」
それを聞いてふと思い出した。トリスタンを助けた夜、ゼーレが、『やはり使い捨てだったのですねぇ』などと言っていたことを。
詳しいことは分からないが……もしかしたら関係があるのかもしれない。
「そこで、こちらへ力を貸してもらうことに決めた。間違いないな?ゼーレ」
「……間違いありません」
ゼーレは静かな低い声で答えた。それにより、場の緊張感がさらに高まる。
「分かったな、そういうことだ。化け物と縁を持つ者を仲間に加えるのは不愉快極まりないが、この際、利用できるものは利用する」
「酷い扱いですねぇ」
「黙れ、ゼーレ。私は貴様を甘やかしはしない」
「勘違いしないで下さい。貴女のために助力するわけではありません」
ゼーレは、今日も変わらず、口が悪かった。相変わらずな言葉選びである。
「ちょっと、グレイブさん!やっぱり駄目ですよっ。こんな偉そうなのを仲間に加えるなんてっ!」
「フラン、そう言いたくなる気持ちは分かるが堪えてくれ」
室内は何とも言えない空気だ。フランシスカ以外の隊員たちは言葉を発しはしないが、ゼーレへ刺々しい視線を向けていることに変わりはない。彼らの中にも、ゼーレへの強い不信感があるということだろう。
「もし仮に裏切るような素振りをすれば、私が責任を持って彼を始末する。それで問題はないはずだ」
グレイブは淡々とした調子で言いきった。はっきりと、きっぱりと。
フランシスカはそれからは発言しなかったが、その顔には不安の色だけが浮かんでいた。丸みを帯びた愛らしい瞳が揺れる様は、こちらの心まで揺さぶる。
けれども負けてはいられない。この程度の不安で弱っているようでは駄目だ。
もっと強くならなくてはいけない。私も今は一人の隊員なのだから。
説明会終了後、珍しく、ゼーレが自らトリスタンに声をかける。
「ついに外されてしまいましたねぇ、トリスタン。しかし、良いタイミングです」
いきなり失礼なこと言われ、トリスタンはむっとした顔をする。それでも顔立ちは美しい。
「……喧嘩を売っているのかな?」
「まさか。私はただ、『ゆっくり休んでほしい』と思っているだけですよ」
いやいや。さすがにそれは汲み取れないだろう。
「ともかく、カトレアのことは任せて下さい。これからは……私が彼女を護ります」
ゼーレは、なぜか、勝ち誇った声色だった。
「君は相変わらず性格が悪いね」
「そうですねぇ。しかし、貴方のような無能よりはましです」
不快感を露わにするトリスタン。
挑発的な発言ばかりするゼーレ。
二人の間に漂う空気は、これまで経験したことがないほどに最悪だ。
そんな最悪の空気の中にいる私は、胃がキリキリと痛むのを感じた。一触即発というようなこの状況は、私には厳しすぎるようである。
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