コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.118 )
- 日時: 2018/09/03 00:47
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HijqWNdI)
episode.111 決行まで
グレイブと、彼女に同行させてもらえることになったシンは、トリスタンらが待機している場所へと急行した。
今回の作戦の出発場所でもある、待機場所。そこには、既に、作戦に参加する隊員の多くが集合していた。まだ全員が集まっているわけではないようだが、それでも、結構な数の隊員が集まっていることに変わりはない。
「予定通り、マレイがボスに捕まってくれた」
グレイブが皆に告げると、一番に声を出したのはトリスタン。
「……マレイちゃんは、本当に大丈夫なんですよね?」
静かな声だ。しかし、その声からは、トリスタンが抱く不安が滲み出ている。それはもう、誰にでも分かるほどに。
「あぁ。彼女ならやってくれるはずだ」
グレイブは淡々とした調子で答えた。
それを聞き、トリスタンは俯く。
マレイを利用する。マレイをわざと危険な目に遭わせる。そんなことを黙って見ているしかないという事実が、彼の心を痛めているのだろう。
「そう……ですよね。マレイちゃんなら、きっと無事でいてくれる……」
まるで自分を励ますかのように呟くトリスタン。
そんな彼の様子を目にし、グレイブは確認する。
「トリスタン、大丈夫か?」
明らかに普段とは違う表情をしているトリスタンだが、グレイブの問いには小さな声で「はい」と答えた。
だが、どこからどう見ても大丈夫そうではない。
「マレイが心配なのは分かるが、しっかりしてくれよ。トリスタン」
「はい」
「ボスを倒しに行くのだからな、弱っている暇などない」
「……分かっています」
「そうか、ならいい。ではまた後ほど」
グレイブはトリスタンとの会話をそこで切り、他の隊員のところへと足を進めた。長い黒髪をさらりと揺らしながら。
落ち着き払っているグレイブが前からいなくなった後、トリスタンはその均整のとれた顔を俯けた。一つにまとめた長い金の髪も、彼の頬に添うようにして垂れている。表情ゆえか、髪まで元気がないように見えた。
そんな、不安に塗り潰された暗い表情のトリスタンに、ゼーレが声をかける。
「……何をそんなに弱っているのです?」
それに対し、冷たい態度をとるトリスタン。
「放っておいてくれるかな」
「そんな調子では勝てませんよ……ボスを倒すのでしょう?」
「放っておいてよ!」
執拗に聞いてこられることに苛立ったらしく、トリスタンは声を荒らげた。彼の青い瞳は、ゼーレを鋭く睨みつけている。
「君には分からないよ!僕の気持ちなんて!」
「……すぐに怒るのは止めて下さい」
「マレイちゃんを心配する僕の気持ちは、君には分からない!」
トリスタンが鋭く言い放った——刹那。
ゼーレは金属製の手で、トリスタンの腕をガッと掴んだ。
さすがのトリスタンもそれには驚いたらしく、目を大きく見開く。深海のような青をした瞳は、動揺を表すように、小刻みに震えている。
「……私とて、カトレアの身を案じてはいます」
夜の闇のように静かなゼーレの声に、トリスタンは言葉を詰まらせた。
言いたいことはたくさんあるが、言えない。そんな顔つきだ。
「カトレアの身が心配……それは分かります。しかし……今は弱っている場合ではないでしょう。一刻も早く作戦を完了させる。今の私たちにできることは……それしかありませんからねぇ」
珍しく長文を話すゼーレのことを見つめていたのは、トリスタンだけではない。今からの作戦に参加する一人であるフランシスカも、ゼーレの顔をじっと見つめていた。
「ふぅん。ゼーレも心配とかするんだねっ」
やがて、フランシスカが言った。
トリスタンとゼーレを包む沈黙を破ったのは、彼女の言葉であった。
「……私ですか?」
「うんっ。他人の心配なんてしないんだと思ってた」
「……なかなか酷いですねぇ」
フランシスカにはっきりと言葉をかけられたゼーレは、さりげなく顔をしかめる。超直球の発言に困惑しているのかもしれない。
「ま、だからってフランは信用しきったりはしないけどねっ」
あっさりと嫌みを吐くフランシスカ。
彼女らしいと言えば彼女らしい発言である。躊躇いなく本心の述べられるというところが、彼女の大きな特徴なのだ。
ただ、今から協力して戦いに挑むというこの時に発するべき言葉でないことは確かだ。それをあっさりと言ってのける彼女は、単に空気を読めない質なのか、わざと空気を悪くしようとしているのか……。
「言いませんよ、信用しろなんて。元々敵だった者を信用するなど、不可能だと分かっていますからねぇ……」
ゼーレは諦めたようなことを言いつつも、どこか寂しげな表情を浮かべていた。翡翠のような瞳も、マレイといる時のように生き生きとはしていない。
「とにかく……役目を果たしてさえくれれば、それ以上は言いません」
「何それっ!どうしてそっちが上なのっ!?」
「……勘違いしないで下さい。私とて、貴女方を救うためにここにいるわけではありませんから」
その瞬間、トリスタンが急に口を開く。
「どういう意味?」
あちゃー、というような表情を浮かべるゼーレ。
恐らく、面倒臭いトリスタンが話に参加してきたことへの気持ちが、顔に出たのだろう。
「私が力を貸すのは、あくまで、カトレアが辛い思いをし続けなくて良いようにするため。それだけ」
「マレイちゃんのことはちゃんと大事に思っているんだね?」
トリスタンの確認に対し、ゼーレは静かな声で返す。
「……そういうことです」
淡々とした声色だが、その奥には、熱く燃えるものが潜んでいる。誰にでもそれが分かるような、迷いのない言い方だった。ゼーレを少しでも知る者ならば、この言葉が嘘でないということが容易に理解できるはずだ。
「分かった。マレイちゃんを大事に思う気持ちが嘘じゃないってことは信じるよ」
「……相変わらず、上から目線なことを言いますねぇ」
「余計なことを言わないでくれるかな。怒るよ」
「……仕方ありませんねぇ」
ゼーレは無表情のまま、そっと頷く。
「しかし……貴方が喧嘩を売ってこないとなると、また少し、不思議な感じがしそうです……」
心なしか挑発的な言葉が耳に入ったトリスタンは、ゼーレをキッと睨む。
顔立ち自体は美しく柔らかな雰囲気だ。にもかかわらず、睨む時には刃のような鋭さが顔全体から溢れ出す。それが、トリスタンの不思議なところの一つでもある。
「その代わり、ちゃんと生きてよ。君が傷つくことでマレイちゃんが傷つくのは嫌なんだ」
「実に偉そうですねぇ……」
「勝手に死ぬのだけは止めてね。マレイちゃんが傷つくからさ」
「ふん。私とて……進んで死にやしませんよ」
漂うのは、言葉では形容できないような、微妙な空気。険悪とまではいかないが、決して良い感じでもないという、微妙としか言い様のないような空気である。
そんな空気に包まれたまま、作戦決行の瞬間が近づいてくるのだった。
- Re: 暁のカトレア ( No.119 )
- 日時: 2018/09/04 04:59
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JbPm4Szp)
episode.112 ボスの迎え入れ
ふと目が覚めた時、視界に入ったのは赤い布。赤と言っても、ワインレッドのような暗めの赤である。
ゆっくりと体を起こす。
すると、聞き覚えのある低い声が耳に入ってきた。
「おぉ。起きたようだな」
大きな影が視界を暗くする。それに気づいて顔を上げると、立ったまま私を見下ろすボスの姿が見えた。
「……っ!」
思わず身を固くしてしまう。
私は今、敵の手中にある。それを改めて感じたからだ。
「何も怯えることはないぞ。抵抗さえしなければ、乱暴な手段をとったりはしない」
ボスは落ち着きのある低音で述べる。
今までとは違うどこか柔らかさのある声に、私は戸惑いを隠せない。しかし、ボスは私が戸惑っていることなどには関心がないらしく、そこに触れてはこなかった。
「ドレスは気に入っていただけただろうか」
「ど、ドレス……?」
言いながら自身の体へ目をやり、その服装の変化に驚く。
「え!服が!」
帝国軍の白い制服を着ていたはずなのに、いつの間にか、血のように赤いドレスに変わっていた。
襟にはビーズで刺繍が施されており、肩回りが大きく露出している。また、スカート部は、体の外線が軽く出るマーメイドラインのもの。丈は足首辺りまである。するりとした滑らかな触り心地から察するに、生地は結構高級そうだ。
「これ、貴方が……」
「いいえ」
私が言い終わるより早く、ボスの後ろからリュビエが姿を現した。
「心配は不要よ。お前を着替えさせたのは、あたしだから」
よ、良かった……。
私は内心、安堵の溜め息を漏らす。
「ボスに着替えさせていただけるなんて思わないことね」
リュビエはそう言って、ふん、と顎を持ち上げる。見下されている感が凄まじい。
私はすぐさまボスへと視線を戻した。
そして問う。
「ドレスなんて着せて、私をどうするつもり?」
問いに対し、ボスのすぐ横に立っていたリュビエが、「無礼者!」と叫んだ。だがボスは、「止めろ」とリュビエを制止する。彼はそれから、「しかし……」とまだ何か言いたげなリュビエの頭を、そっと撫でた。
「お主は何も言わなくていい。黙って見ていてくれれば、それで構わん」
「しかし……!」
「我に逆らうのか?」
「い、いえ……」
若干調子を強められたリュビエは、身を縮めて後ろへ下がる。
それから、ボスは改めて私の方を向いた。
「まずはここに慣れてもらうことが先決かと思ってな。そのドレスも、お主を迎える時にと思いリュビエに作らせたのだ」
「そ、そうだったの……」
案外悪い人でもないのかもしれない。一瞬、そんなことを思ってしまった。だが私は、すぐに、心の中で否定した。この国に悲劇をもたらし、ゼーレの人生を滅茶苦茶にした、そんなボスが善人なわけがない。
「それで、私に何をさせるつもり?」
「お主には、これから、化け物開発に力を貸してもらう」
今から私をどんな目に遭わせるつもりなのだろう。
「人体実験でもしようって?」
「いいや。心配せずとも、そんな乱暴なことはしない。ただ、お主が持つ力について調べさせてほしいだけだ」
「調べる?」
「その通り。そのためにも、まずはここに慣れてもらう」
すぐには何も始まらないようだ。
これなら、まだ、希望があるかもしれない。ボスを中庭へ誘導できる可能性も、ゼロではないだろう。
「マレイ・チャーム・カトレア。何か必要なものがあれば言え」
「今?」
「いいや、いつでもだ。この部屋にいる間だけはな」
私は捕らわれた身。捕虜のようなもの。だから、酷いことをされる可能性があることだって理解していた。それでもいい、と思って、ここへ来たのだ。
それゆえ、この待遇の良さには戸惑いを隠せなかった。
それからどのくらいの時間が経過しただろうか。
部屋には時計がないため、正確な時刻を知ることはできないが、恐らく、二時間くらいだろうと思う。
私はずっとベッドの上。だから、退屈をまぎらわすために、指で遊んだり軽く脚を上下させたりしていた。もっとも、ボスとリュビエも同じ室内にいるのであまり暴れることはできないのだが。
——そんな時だった。
最初にガチャンと扉の開く音がして、続けて、タッタッタッと足音が聞こえてくる。
「リュビエさん!第一工場にて、異常が発生しました!」
「何ですって?」
ついに始まったのか——作戦が。
ここからが本当の戦いだ。そう思うのとほぼ同時に、全身の毛穴が締まるような感覚を覚えた。
私がしっかりしなくては、今回の作戦は成功しない。その重圧が、今さらのしかかってくる。
けれど、もはやそんな重圧などに負けている暇はない。
ここまで来たら、後は、やるべきことをやるまでである。
「つい先ほど、第一工場付近に、突如として侵入者が現れたのです!リュビエさん、来て下さい!」
「侵入者くらい、お前たちでどうにかなさいよ」
「しかしっ……数が多すぎるのです!」
私はベッドに横たわっているふりをしつつ、聞き耳を立てる。
リュビエらがいる場所まではさほど離れていないため、聞こうと意識しさえすれば結構普通に聞こえてくる。
「皆を集結すれば問題ないでしょ?あたしはボスについておかなくちゃならないの。そんな小さなことで呼ばないでちょうだい」
そっけない態度を保ち続けるリュビエ。
彼女にとって一番大切なものはボス。それゆえ、工場になど興味がないのだろう。
「……って、ああっ!第二第三も!侵入者が広がってきています!やはりリュビエさん、貴女のお力が必要です!」
「まったく……仕方ないわね」
聞こえてくるリュビエの声は、やれやれ、といった雰囲気をはらんでいた。
「ボス。行っても構わないでしょうか」
「あぁ。構わん、行け」
「ありがとうございます。それでは、失礼致します」
ベッドの周囲に垂れるベール越しに、リュビエが部屋を出ていくのが見えた。
これでいよいよ、ボスと二人きり。ここからが正念場だ。
- Re: 暁のカトレア ( No.120 )
- 日時: 2018/09/04 05:01
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JbPm4Szp)
episode.113 中庭
「あ、あの……」
私は勇気を出して、ベール越しにボスへ話しかけてみた。
胸の鳴りが加速する。額からは汗が吹き出す。全身の筋肉が強張る。
緊張は最高潮に達しているが、今さら引くことなどできない。ここまで来たのだ、後はひたすらに進むのみである。
「ちょっと……構わない?」
私の言葉に反応し、山のような影が近づいてきた。
ボスだろう。ボスの体の大きさは他とは比べ物にならないほどだ。それゆえ、影を見るだけで、接近してきたのが彼だと分かる。
やがて、ベッドを取り囲むベールがサッと開けられた。
「何だ」
視界に入ったのは巨体。
灰色の甲冑をまとった、隙などどこにもなさそうなボスである。
「何か、必要なものがあるのか」
低い声で問われると、私は、本当にこんなことを言っても良いのだろうか、と思ってしまった。
作戦だとは言え、彼を騙すのだ。もし途中で彼が私が騙されていることに気づいたなら、私は容赦なく叩き潰されることだろう。それ相応の覚悟をしなくてはならない。
「中庭を……見てみたいの」
「何だと?中庭?」
「えぇ。まだゼーレが生きていた頃、彼から聞いたの。飛行艇にある中庭は、凄く素敵な場所だ、って」
ほぼ嘘である。
しかし、私はボスを中庭まで誘導しなくてはならない。だから、こうして嘘をつくのも仕方ないこと。
すべて仕事のうちだ。
「だから……見てみたいと思って」
少しの沈黙。
その後、ボスは私を見下ろしたまま口を開く。
「そうか。ならば連れていってやろう」
「本当!?」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえた。
その時に偶然右手首を見て、腕時計が外されていることに気がつく。しかし、そんなことは重要ではない。
「本当に、連れていってくれるの?」
「お主がそれを望むのなら、連れていくくらいはしてやっても構わん」
「ありがとう!嬉しいわ!」
演技臭くなってはいないだろうか。それだけが心配だが、今のところボスの様子に変化はない。それを思えば、まだばれていない可能性もある。
私はベッドから勢いよく立ち上がって、言う。
「一度行ってみたいと思っていたの!」
真っ赤なドレスは予想していたより丈が長く、立ち上がった瞬間に転びそうになった。しかし、咄嗟にベッドを包むベールを掴んだため、転倒は免れた。
「何をバタバタしている」
獅子のように王者の風格があるボスは、慣れないドレスにあたふたしている私を、冷めた目で見ている。
何となく、悔しい。
「ごめんなさい。すぐに行くわ」
「我は待つのが嫌いだ。なるべく早く歩くように」
妙に偉そうな言い方に、若干腹が立った。
「……分かったわ」
こうして私は、ボスと二人で、中庭へと向かうこととなった。
作戦は順調。このまま彼と二人で中庭へ行けば、私の役目は、ひとまずそこで終わる。その後どうなるかは分からないが、他の隊員たちも合流する分、楽にはなるだろう。
それからしばらく、私は、ボスの後ろについて歩いた。
金属製の壁や床に包まれた通路は、何となくひんやりしている。私が露出の多いドレスを着ているせいかもしれないが、結構肌寒い。
そして、一歩踏み出すたびにカンと鋭い音が響くのが、不思議な感じだ。帝国軍基地の床はこういった素材ではなかったためか、どうも慣れない。
「早くしろ。我は不必要に待つのが嫌いなのだ」
「待って!速すぎよ!」
「ここは我が地。それゆえ、お主が合わせるのが当然だろう」
巨体を揺らしながらずんずん歩くボスは、私の方を振り返ることさえせずに、口を動かしている。
「そう……そうね」
「納得がいかない、といった声だな。何か言いたいのか」
「べつに。何もないわ」
「本当か」
少々面倒臭い。執拗に聞いてくるのは止めていただきたいものだ。
「私がそんな嘘をつくと思う?」
「いいや。ならいい、気にするな」
それからは沈黙だった。
先は見えず、静寂だけが私を包む。何とも過ごしづらい空気である。
そんな空気の中、私はただ歩く。歩き、歩き、歩き続けた。歩く以外に、今できることはなかったから。
「着いたぞ。ここが中庭だ」
数分歩き、中庭へようやく到着した。
そこは、信じられないほどに美しい場所だった。
若草色の大地に、煉瓦造りの花壇。そして、そこに咲き乱れる色とりどりの花。花を求めひらひらと舞う蝶さえ、この目には魅力的に映る。
美しい——その一言しか思いつかない光景だ。
「凄い……!」
私は思わず、目を何度もぱちぱちさせた。
飛行艇内にこんな美しい場所があったなんて。そんな思い、そして感動が、胸の内を満たしていく。
この美しい場所を今から血に染めると思うと、残念でならない。
だが、それは仕方のないこと。
レヴィアス帝国は、帝国に暮らす人々は、これまで多くの血を流してきた。化け物によって、数多の命が理不尽に奪われた。
そして、それはこれからも続くだろう。
だからこそ、今、化け物を送りこの帝国を悲劇へ引きずり込んだボスを倒さねばならない。そうすることでしか、私たちの暮らす帝国に明けをもたらすことはできないから。
「蝶も……飛んでいるのね」
「もう満足したか」
「いいえ……もう少し待って。もう少し、ここにいたいわ」
中庭の中央には噴水があった。
私は石造りの噴水の縁に座り、中に溜まっている水を手ですくう。ひんやりとした水が、指先と手のひらを濡らす。
「ボスはなぜ、私たちを狙うの?」
水面に映る自分の姿をじっと見つめながら、私はボスに質問した。
すると、彼は、淡々とした調子で答える。
「帝国を我が手の内に入れるためだ」
もしかしたら、ボスを説得するという選択肢もあるのかもしれない。ゼーレにしたように、温かく寄り添って理解しあうことも、一つだったかもしれない。
そんな風に思った瞬間もあった。
けれど、それは多分無理だ。
ボスはゼーレとは違う。
だから——説得することはできない。
- Re: 暁のカトレア ( No.121 )
- 日時: 2018/09/05 06:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
episode.114 あの人はいなくなっちゃった
飛行艇内にある化け物製造工場の一つ、第三工場。
フランシスカは、そこにいた。
「第一を落としました!」
「はいはーいっ」
化け物を製造する工場を攻めるのが一番早い。フランシスカにそう教えたのは、ゼーレだ。
彼はボスのもとで働いていた身である。それゆえ、どこを重要視しているのか、どこから攻めるのが効果的か、そういうことは知り尽くしている。
だから、フランシスカも、嫌々ながら彼の言葉に従ったのだ。それが一番効率的だから。
「本当にこれでいいのっ?リュビエ、まだ出てこないけどっ」
フランシスカは、後ろにこっそり控えるゼーレに、そう尋ねた。
「えぇ……じきに現れることでしょう」
「でも、もう第一を潰したんだよっ?なのに出てこないなんて、おかしくないっ?」
「リュビエは遅れて現れると……そう思いますが」
面倒臭そうな顔のゼーレ。彼を信頼しきれないフランシスカ。
二人の会話はぎこちない。
「本当にっ?怪しいー」
「……失礼ですねぇ」
「何?フランが悪いって言うのっ!?」
話せば話すほど、空気は悪くなっていく。
「フランだって、べつに、ゼーレといたくなんてないよ!トリスタンに協力したいだけだもんっ!」
頬を膨らませ言い放つフランシスカは、まるで幼い少女のようだ。実年齢は大人に近い彼女だが、その愛らしい容姿と言動からして、少女、という印象が強い。
「……結局、あの男ですか」
「そうだよ。悪いっ?」
「いえ……べつに」
フランシスカとゼーレが言葉を交わす周囲では、今も、化け物と化け物狩り部隊の隊員らとの戦いが続いている。製造工場を潰していっているにもかかわらず、化け物が減ることはない。
「俺はこっちをやる!お前はあっちの援護へ回れ!」
「おっす!」
「お腹空いてきたんですけどー」
「それぐらい我慢しろっ!」
辺りには、隊員たちの叫び声が響いている。大騒ぎだ。
しかし、襲撃により騒ぎを起こすことが目的のため、問題はない。
「貴女はなぜ……トリスタンに執着するのです?」
喧騒の中、ゼーレが尋ねた。
「彼はいつも、貴女に対して冷たい態度をとっている……あれを見れば、彼が貴女に気を持っていないということは……誰だって分かるでしょう」
挑発や嫌みではない、真剣さのある静かな声だ。それゆえ、フランシスカも怒って終わりとはいかなかったようで、彼女にしては真面目に答える。
「フランの婚約者、トリスタンに似ていたんだっ」
そう言って、フランシスカは切なげに笑った。
彼女の繊細な表情には、ゼーレも何かを感じたらしい。神妙な顔でさらに問う。
「婚約者に?その婚約者は、どうしたのです?」
フランシスカは、すぐには答えなかった。ゼーレの問いに対し、しばらく黙り込んでしまう。その問いの答えが、さらりと口から出せることではなかったからだろう。
「……言いたくないのなら、無理に聞こうとは思いませんが」
喋ることが得意なタイプのフランシスカが黙り込んだことに違和感を感じたらしく、ゼーレは、気を遣うような表情で言う。
——だが、フランシスカはやがて答えた。
「死んじゃったの」
ほんの僅かに顎を引き、目を伏せるフランシスカ。その哀愁を帯びた表情は、どこか大人びていて、見る者に、先ほどまでとは真逆の印象を与える。
「フランを庇って、あの人はいなくなっちゃった」
「……化け物に?」
「そうだよっ。夜道を二人で歩いていた時に襲われて、ね」
フランシスカの話を聞いたゼーレは、ほんの少し、瞳を揺らした。今の彼には、罪悪感というものがあるのかもしれない。
「その後、帝国軍に入ったの。そこでトリスタンに出会って、婚約していた彼にそっくりだったから嬉しくて。そのうちに、かっこいいなぁって思うようになったんだっ」
時折周囲に目をやりながらも、ゆっくりと打ち明けるフランシスカ。
「でも……分かってる。トリスタンはマレイちゃんが好きなの。だから、フランの出る幕はない……」
「そんなことは分かりませ——」
「いいのっ!」
ゼーレの言葉に被せるフランシスカ。
その顔には、寂しげな笑顔が浮かんでいる。
「マレイちゃんと一緒になれば、トリスタンはきっと幸せになれる!今はそう確信してるからっ」
フランシスカは「無理しているのでは」と心配になるほど明るい声で言った。その言葉に対し、ゼーレは首を左右に動かす。
「……違います。そうではありません」
「急に何?」
きょとんとするフランシスカに向けて、ゼーレは言い放つ。
「私は……トリスタンとカトレアが一緒になる話など聞きたくないのです」
「え。何それ」
若干引いたような顔をするフランシスカ。
「……もちろん、カトレアが幸せになることを望んでいないわけではありません。ただ……彼女がトリスタンの手の内に入ってしまうというのは……想像するだけでも、胸が痛むのです」
ゼーレの発言を聞いたフランシスカは、突然、ぱあっと明るい顔つきになった。そして言う。
「はいはい!なるほど!そういうことなんだねっ」
どうやら、ゼーレが言わんとしていることを察したようである。
「そっかそっか、分かった。その話はしないようにするよっ」
「……何やら楽しそうですねぇ」
「楽しいよっ。当たり前でしょ」
「……複雑な心境です」
向日葵のような眩しい笑顔を取り戻したフランシスカとは対照的に、ゼーレは苦瓜を食べたような顔をしていた。
——刹那。
目にも留まらぬ速さで、ゼーレに向かって何かが飛んできた。細い紐状の何かが。
「……これは」
ゼーレは手で首元に触れ、そこにある感触に顔を強張らせる。
「……蛇?」
「正解よ」
女性の声がゼーレに答えを返した。
フランシスカは、驚きに満ちたまま、声がした方へと視線を向ける。その先にいたのは——リュビエ。緑色のうねった髪を持つ、ボスの忠実な部下である。
「ゼーレ。お前、やはり生きていたのね」
しかし今のリュビエはいつもと雰囲気が違う。フランシスカがこれまでに見たリュビエとは別人のようだ。というのも、今のリュビエは目の本気度が凄まじいのである。
「そんなことだろうと思ったわ。お前がいなければ、こんな無茶な作戦、決行されるわけがないもの」
リュビエの声は冷たい。それはもう、氷河期かというほどに。
「あたしが今からすることは一つ。ゼーレ、お前を殺す。それだけよ」
「そうはさせないっ」
ゼーレを庇うようにリュビエの前へ出るフランシスカ。彼女の丸い瞳は、リュビエを凝視している。
「殺すとか簡単に言わないで!フランがいるところで好き放題できると思ったら、大間違いなんだからっ!」
「何とでも言っていればいいわ……どのみちここで消えてもらうのだけれど」
- Re: 暁のカトレア ( No.122 )
- 日時: 2018/09/05 13:04
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 16oPA8.M)
episode.115 その力、誰が為に
向かい合うリュビエとフランシスカ。そして、フランシスカの後ろで小型の蛇に絡まれているゼーレ。三人を取り巻く空気といったら、それはもう、凄まじく冷ややかなものである。
「ボスの聖域を荒らす者は、誰であろうと容赦しないわ」
リュビエは銅のような赤茶色の蛇を発生させ、それを一本の杖へと変化させた。一メートルほどの長さの細い杖を片手で握ると、フランシスカに向けて構える。
「他人の国を荒らしておいて、よくそんなことが言えるねっ」
愛らしい顔に不快の色を浮かべつつ、フランシスカは、ドーナツ型武器を出現させる。それぞれの手に一つずつ持ち、準備万端だ。
いつでも戦いを始められる体勢になってから、フランシスカは背後のゼーレを一瞥する。
「そっちはそっちで頑張ってよっ」
それに対し、冷ややかな声で返すゼーレ。
「……言われずとも」
ゼーレのそっけない返事に、フランシスカは視線をリュビエへ戻す。彼女がゼーレに目をくれたのは、ほんの一瞬だけであった。
そんな二人の愛想ないやり取りの後、リュビエが静かに述べる。
「覚悟はいいわね」
対するフランシスカは、一度だけ小さく頷き、「もちろんっ」と答えた。その表情からは、決して揺らぐことのない「勝つ」という意思が伝わってくる。今の彼女は、女性である前に、一人の戦士だったのだ。
——かくして、フランシスカとリュビエの戦いが幕を開けた。
先に踏み出したのはリュビエ。
彼女は、ある程度訓練を積んだ人間であっても捉えられないほどの速度でフランシスカへ接近し、大きく振り上げていた杖を一気に振り下ろす。
だが、フランシスカはそれを読んでいた。両手に持った二つのドーナツ型武器を胸の前で重ねるようにし、リュビエの杖を防ぐ。
「勘違いしないでねっ」
リュビエの一撃目を見事に防いだフランシスカは、年頃の少女のようなお茶目さをまといつつ、くすっと笑った。肩よりほんの僅かに短いミルクティー色の髪が、ふわり、と風になびく。
「フランべつに」
言いながら、フランシスカはリュビエを突き飛ばす。
そして、大地を蹴った。
妖精のように。天使のように。フランシスカの体は、軽やかに宙へと浮き上がる。
「弱いわけじゃないからっ!」
言葉が発されると同時に、光弾の雨が降り注ぐ。
宙にいるフランシスカが放ったのは、桃色に輝く小さな光弾である。
一つ一つは小さく、威力もそんなにはないだろう。だが、これだけの数が一斉に降り注ぐのだ。下にいる者が浴びるのは、一発や二発ではあるまい。そして、そうなってくるとまた、威力も変わってくる。
けれども、リュビエは避けていた。雨の如く降り注ぐあれだけの数の光弾。それを一つも浴びていないとは、かなりの能力の高さである。
「似たようなパターンは止めた方がいいわよ。あたし、そこまで馬鹿じゃないわ」
「あっそ!何とでも言ってればいいよっ!」
フランシスカは高度を下げながら、地面へ降り立つより早く、ドーナツ型武器を投げた。目標はリュビエである。
「甘い。甘いわ」
リュビエはすぐに二匹の太い蛇型化け物を生み出し、飛んできたドーナツ型武器から身を守った。
「あたしに勝ちたいなら、もっと新しいことをしなさい。でないと、お前に勝ちはないわよ」
大きな弧を描いて戻ってきた二つのドーナツ型武器を空中でキャッチすると、フランシスカは再び大地を蹴り、宙へと飛び上がる。
「また同じことをするつもり?」
リュビエは、大きく舞い上がったフランシスカを見上げ、半ば呆れたように呟く。
対するフランシスカは、いたずらな笑みを口元に湛える。
「そーかもねっ?」
「……何よ、その言い方は」
「フラン知らなーい」
わざと挑発するような言葉を並べるフランシスカ。彼女は空中から、桃色に輝く光弾を、再び放った。ガラス片のような光弾は、一斉に、リュビエめがけて飛んでいく。
リュビエは華麗な動作でそれらをかわし、淡々とした調子で言い放つ。
「言ったはずよ。似たようなパターンは止めた方がいい、って」
「うん!だから、変えたよっ」
にっこり笑うフランシスカ。
その様子に不自然さを感じたらしく、リュビエは素早く、視線をゼーレへと向ける。
だが、既に遅かった。
「馬鹿な!なぜ!蛇毒を入れられれば動けないはずよ!」
リュビエの蛇に絡まれながらも、ゼーレは蜘蛛型化け物を生み出していたのだ。
「……でしょうねぇ。普通なら」
予想と異なる結果に動揺を隠せないリュビエを嘲笑うかのように、ゼーレは漏らす。
「化け物の毒を体内に入れる訓練……若いうちに受けておいてラッキーでした」
「ゼーレ、お前っ……!」
彼によって生み出された三メートル級の蜘蛛型化け物が、リュビエに向かって炎を吐き出そうとしている。
「まさかボスを裏切るだけではなく、奴らの味方をするまで落ちぶれていたとは!ますます許せないわ!」
「……何とでも言って下さい」
リュビエは盾を作るべく、大きく太い蛇型化け物を数匹生み出し、自身の前へ配置する。
それとほぼ同時に、三メートル級の蜘蛛型化け物が炎を吐いた。
リュビエへ向かう炎は、まるで紅い花のようだ。
かつてマレイからすべてを奪った炎が、今はレヴィアス帝国のために使われているのだから——不思議なものである。
蜘蛛型化け物から放たれる炎の威力は凄まじいものだった。あらゆるものを真っ赤に照らしながら、徐々に周囲を巻き込んで、豪快に燃え上がる。
「ちょっとゼーレ、何これっ!フランこんなの聞いてないっ!」
上空にいたフランシスカは、慌てて地面へ降り立つ。
「火を吐くなんて知らなかったよ!フランが上にいるの知ってたよねっ!?」
「それはそれは……失礼しました。臨機応変に動くことさえもできないような愚か者ではないだろう……と思っていたので」
「何それっ!感じ悪っ!!」
フランシスカからの文句に、ゼーレはしゃがみながら応じる。
その間も、三メートル級の蜘蛛型化け物は、リュビエに向けて炎を吐き出し続けていた。
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